- プログラム
- 特別講演I
- 6月19日 14:20〜15:20
- 司会: 荒井由美子(国立長寿医療センター 長寿政策・在宅医療研究部)
- Epidemiological studies of ageing in Cambridge and the UK
- Prof. Carol Brayne(University of Cambridge)
- This presentation will describe the range and scope of two population based studies of ageing in the UK. These will be used to illustrate the potential value of such studies to understanding ageing in populations and their policy relevance.
The Medical Research Council Cognitive Function and Ageing Study (MRC CFAS) is a population based study of individuals aged 65 years and over living the community, including institutions. The fieldwork for this study began in 1991. The core aim focused on dementia and cognitive ecline in a representative sample of more than 18,000 people aged over 65 years. The study is a sixcentre multidisciplinary multiphased longitudinal design. There are five identical sites (Cambridgeshire, Gwynedd, Newcastle, Nottingham, and Oxford) and one (Liverpool) with a different sampling and interview structure. A selection of participants in the study were asked if they wish to donate their brain to the study after death. The number of successful donations is more than 550. Its major themes are dementia, depression, disability, healthy life expectancy, and health policy.
The Cambridge City over-75s Cohort Study (CC75C) is one of the largest and longest-running population-based studies of the very old. ecruitment in Cambridge started in 1985 and the current survey is year 21 of follow up. This study also has a brain donation programme and 230 donations have been collected so far. The study’s core themes are cognition and function in older old age, which cover multidisciplinary esearch interests as diverse as neuropsychology, genetics, palliative care and psychiatry with a range of investigations at various time-points including driving, bone strength, falls, physical performance and brain pathology. - 特別講演II
- 6月20日 13:00〜14:00
- 司会: 新井 平伊(順天堂大学医学部精神医学教室)
- 老人斑を越えて
- 森 啓(大阪市立大学大学院医学研究科脳神経科学)
- アルツハイマー病の病因分子としてアミロイドタンパク質(Aβ)が知られているが,その作用機序については,なお不明な点が残されている.Aβ 線維である老人斑除去を目的として実施された当初のワクチン療法は,おもわぬ副作用と治療成績の点で本質的な課題を生み出した.ただし免疫療法の方法論自身については,むしろ基本的な有効性が保証されたことで,広義の意味で今後の明るい材料として捉えたい.一方,最近の知見によると,アルツハイマー病はオリゴマーAβ がシナプス障害を惹起することで発症する,と提唱されている.しかしながら,高齢発症を説明する証拠としての蓄積性病変である老人斑病理とは異なり,ADDLs,Aβ ダイマー,Aβ*56 などのオリゴマーAβ が新しい病因論を唱うためには,なお証拠が不足していることも事実である.さらに,これまでのAβ 線維との両立論の可否についても忘れてはならない重要課題である.
本学医学部附属病院外来に受診した若年性の家族性アルツハイマー病の一症例を解析した結果,アミロイドタンパク質前駆体(APP)に新規の遺伝子変異を見出した.当該変異はAβ の22 番目のグルタミン酸をコードするトリプレット塩基の欠失変異(E693delta(Δ))である.合成ペプチドを用いた研究から変異型Aβ は線維状重合しないこと,オリゴマー形成が促進されることを明らかにした.シナプス機能への変異型Aβ 効果について検討したところ,ラット海馬での長期増強作用を著しく阻害することを観察した.さらに当該患者のPiB-PET によるアミロイドイメージングにおいてネガティブ像であったことから,疾患脳内でもAβ 線維を示さないことが確かめられた.このことは,当該症例が老人斑をもたないアルツハイマー病であることを示唆しており,アルツハイマー病の発症にはオリゴマーAβ だけで十分であり,老人斑の関与は副次的であって必須ではない,と考察した.
次に,オリゴマーAβ の分子代謝と局在に関する詳細な知見を明らかにする目的で,培養細胞で発現するAβ オリゴマーについて検討したところ,野生型Aβ より変異型Aβ の細胞外分泌量が有意に少ないことを見出した.主要分解酵素と想定されているネプリライシンやインシュリン分解酵素に耐性を示すばかりか,セクレターゼ分解による変異型Aβ の高産生性であることから,細胞内Aβオリゴマーが異常蓄積する結果,細胞内輸送機構や細胞内タンパク質分解機構の障害が生じていることを発見した.これらの研究成果に基づき,従来のシナプス変性に基づく細胞外障害説に加えて,細胞内Aβ オリゴマーに起因する病因論を新たに指摘した.現在,in vivo での発症機序を解明する基盤としてトリプレット塩基の欠失型ヒトAPP(E693delta(Δ))を導入したトランスジェニックマウスを用いてオリゴマー仮説のさらなる検証を進めており,アルツハイマー病病因論の総合的な理解と解明を目指している.
参考文献
Tomiyama T. et al. (2008) Ann Neurol. 63:377-387.
Takuma T. et al. (2008) NeuroReport 19 : 615-619.
Nishitsuji K. et al. (2009) Am J Pathol. 174 :957-969.
- 合同シンポジウム
- 6月18日
- 頭がかたくなるとは
- 鹿島晴雄(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
- シンポジウムI 高齢者の精神病状態、その症候学的検討
- 6月19日 15:30〜17:30
- 司会: 本間 昭(前・東京都老人総合研究所)
松下 正明(東京都健康長寿医療センター)
- 高齢者の口腔内セネストパチー
- 宮岡 等,宮地 英雄(北里大学医学部精神科)
- I.概念と歴史
身体の様々な部位の異常感を奇妙な表現で訴える症状を,症状名としてのセネストパチーという用語で表現し,それが単一症状性に持続する症例には,疾患概念としてのセネストパチーという用語を当てることが多い.日本でセネストパチーが広く知られるようになったのは,保崎による慢性体感幻覚症の報告(1959)とその翌年のセネストパチーに関する総説(1960)からであろう.保崎は慢性体感幻覚症の特徴として以下の点をあげた.(1)50 歳前後で発症,(2)身体所見を認めることがある(高血圧,動脈硬化,気脳写での脳室拡大と脳萎縮),(3)発病前後に他科,特に歯科で抜歯を受けている症例が多い,(4)発病は徐々で経過は慢性である,(5)症状は上半身,特に口中に関するものが多い.全身に及ぶ例でも上半身よりはじまったものが多い.(6)異常対象物を見ようと努力する,(7)治療はほとんど無効であり,効くとしても一時的である.その後,吉松(1966),矢崎(1970),伊東(1979)らの報告が続いて,口腔領域のセネストパチーに特殊な地位が与えられ,中高年から高齢者に多いと考えられるようになったと思われる.
II.口腔内セネストパチーの特徴
演者らは精神科外来だけでなく歯科口腔外科外来でも歯科医と同席下で診療に当たっている.そのような視点を加えて口腔内セネストパチーの特徴をあげる.第一に口腔は一般の内臓と違い,その形態を自分の目で確認できる.そのため,患者は何度も鏡をみる,唾を多量に吐き出すなどの行動によって,自分で異常を確認しようと努める.第二に,口腔は外科的治療を行いやすい部位であり,かつセネストパチー症状を有する患者はまずは歯科口腔外科を受診することが多い.診断的治療とでも言えるような外科的処置を受けた後で精神科医に診療依頼される症例は治療が難しい.第三に,患者の訴え方は多彩であるため,セネストパチーと診断するには表現の奇妙さだけにとらわれない慎重な評価が必要である.
III.年齢からみたセネストパチーの特徴
演者らは口腔領域にセネストパチー症状を訴える症例は3群に大別されると考えている.第一群は思春期から青年期に好発し,随伴症状として意欲低下を伴いやすい.第二群は中高年の女性に多く,異常感の訴えが奇妙さに乏しい.歯科口腔外科領域でいう舌痛症に近縁の病態であろう.第三群が高齢者のセネストパチーに該当すると思われるが,総じて以下の特徴がある.(1)やや女性に多い,(2)異常感覚を非常に奇妙な表現で訴える,(3)比較的単一症候的に訴えが続く.(4)口腔領域の症状はガムを噛む,歯科治療用のマウスピースを入れるなどによって,少し軽快することがある.これらにおいては,加齢に伴う知的機能の低下,それに伴う意味づけや表現能力の変化,また触覚や味覚を中心とする知覚機能の変化などの影響が十分検討されねばならない.また治療反応性が不良であり,薬物の副作用も出やすいことを考えると,少しでも苦痛を弱める対処は積極的に勧めるべきであろう.
- 遅発パラフレニー・接触欠損妄想症
- 古城 慶子(東京女子医科大学精神医学教室)
- 高齢発症の統合失調症症候群のうち,表題の2つの臨床像に絞って症状学的水準で再考するよう演者は要請された.1955 年にRoth, M.によって提唱され,主として英語圏で用いられた「遅発パラフレニーlate paraphrenia」と1973 年にドイツ語圏でJanzarik, W.によって提唱された「接触欠損妄想症ontaktmangelparanoid」の両概念である.因みに双方を遅発統合失調症症候群の下位群として等価で並列させることに異論がないわけではない.しかし状態像あるいは非臨床的諸因子に共通点が多いことも確かである.何よりもJanzarik 自身が1973 年の原著の中でRoth の論文を引用している一方で,Roth もドイツ語圏の精神医学への造詣が深い.1954 年にドイツ人のMayer-Gross, W. (旧ハイデルベルク学派.専門誌「DerNervenarzt」の創始者.1933 年にイギリスに亡命)とSlater, E.との共著での英語圏の主導的教科書「臨床精神医学clinical psychiatry」の執筆と,1955 年のRoth の原著の引用文献にドイツ語圏の成書が多いこととがそれを窺わせてもいる.演者もドイツ語圏の精神病理学(広義のハイデルベルク学派)への関心が強く,それを継承発展させたJanzarik の構造力動論に依拠しながら統合失調症問題を考えてきた一人である.
したがってまずは演者に馴染みの深いJanzarik の原著「接触欠損妄想症」を要約的に紹介することから出発したい(論点1).臨床的アウトラインだけを予告しておく.Janzarik は高齢(60 歳以上)初発の統合失調症の基本型に急性ないしは亜急性の症状豊富な動的な精神病(老年期統合失調症Alterschizophrenie,1957 年)を挙げた.より重大な意味を持つのが,第2の基本型である接触欠損妄想症であるとしている.Schneider, K.の診断基準(1 級症状)を基本に
して採択した高齢発症の統合失調症症候群(妄想幻覚状態)の患者800 例を母集団として,慢性の統合失調症症候群60 例(ほとんどが接触欠損妄想症)が対象(7.5%.男女比は1 対20 で女性が圧倒的)である.(1)孤立化,(2)性的迫害妄想の主題,(3)慢性経過(入院すると症状消滅,退院すると再発),(4)薬物療法と社会に統合する手段(生活状況の改善)とが肝要で養老院が好結果を生むことが挙げられている.
次いで「接触欠損妄想症」と「遅発パラフレニ―」との状態像あるいは非臨床的諸因子の異同へと進みたい(論点2).共通項は女性優位の高齢初発,類似の症状学的横断像,難聴も含めた社会的孤立状況である.特に両者ともに孤立化の意味を重要視しながらも両者の相違は,Janzarik が横断的縦断的脈絡での症状学の水準での考察だけではなく,自身の構造力動論的心理学を援用しての精神病理学の水準での位置づけの考察にまで及んでいる点,さらにJanzarik の方が孤立化の果たす病因論的役割を病前人格構造との絡み合いの観点から病態発生因子として強調している点を予告しておきたい.当日はこの点を詳述する.
最後に両概念の共通項を再び浮上させることによって今に何が生きるか,特に老年精神医学へどのように寄与できるか,社会精神医学あるいは治療論への通路となり得るか,という今日的意義(論点3)にも触れる予定である.
- 退行期メランコリー
- 古野 毅彦(独立行政法人国立病院機構東京医療センター精神科),
古茶 大樹(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
- 退行期メランコリーはクレペリンが教科書第5版(1896)で(躁鬱病と区別する形で)退行期の精神病の下位項目として確立した概念である.「中高年のすべての病的な不安性気分変調で,それが他の精神障害の経過における一時期を示すものではないもの」と定義され,「感情性の障害だけではなく臨床像は通常,妄想を含む,それはとくに罪責妄想であるが,被害念慮や心気念慮も含んでいる」と記されている.一般的には次のような特徴を有する病態として理解されてきた.(1)退行期(中高年)に発症する,(2)制止を欠き不安・焦燥が前景,(3)妄想を伴う,(4)病相は反復するのではなく慢性的経過をとりやすい,治癒せず欠陥状態に移行する例が少なくない,というものである.
その後クレペリンは弟子のドレイフスの予後調査の結果をもとに,教科書第8版(1910)で退行期メランコリーの大半を躁鬱病に統合し,メランコリー概念は消失する.しかしドイツを除くヨーロッパでは第5 版で示された退行期メランコリーを独立した類型として扱う考え方がその後も支配的であった.DSM‐II 1968)でも退行期メランコリーinvolutional melancholia として大感情障害の中で独立した地位を与えられている.その後も退行期メランコリーの独立性に関する議論は近年まで続いたが,現在の国際的診断基準ではこの類型に独立した地位は認められていない.現在の国際的診断基準にこの病態が含まれるカテゴリーを求めると「精神病症状を伴う重症うつ病エピソード」(ICD-10,F32.3)あるいは「精神病性の特徴を伴う大うつ病性障害」(DSM‐IV,296.24)となるが,このカテゴリーはいわゆる妄想性うつ病,精神病性うつ病を指し示すもので退行期メランコリー以外の他の病態も包摂するものである.しかし退行期メランコリーの患者は原不安の露呈,自殺念慮,自閉思考,病識欠如,匿病など症候学的に独特の特徴をもち,薬物治療が難航する例が多く(ECT が効を奏する例が多い),対処や治療を考える上でも独立した類型としておくことが望ましいと思われる.本発表では退行期メランコリーの症候学的検討を行い,経過,治療などについても言及する予定である.
- 遅発緊張病について
- 古茶 大樹(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
- 人生後半期の非器質性精神病のひとつに遅発緊張病がある.しかしながら,この類型は国際的には未だ忘れ去られた概念である.今日,遅発性統合失調症late onset schizophrenia といえば,人格や情意が保持された幻覚妄想状態(遅発パラフレニーlate paraphrenia)を指すことが多く,緊張病症状が出現する病態についての認識は乏しい.演者は,かねてからこの概念の有用性を主張し,その復興に努めてきた.遅発緊張病についてはSommer(1910)とJacobi(1930)の報告がよく知られている.両者はその転帰を除き,多くの共通点をもつ.この二つの報告によれば,遅発緊張病とは次のような病態である.(1)人生後半期に主として女性に発症,(2)しばしば心因を契機とする,(3)初期病像は心気・抑うつ状態,(4)不安・焦燥を伴う突発性の精神運動興奮を反復,(5)やがて種々の程度の精神荒廃に至る,(6)いずれかの段階で昏迷,無言,言語常同,拒絶などの緊張病症状が出現,(7)若年型と比べて高度の昏迷,カタレプシー,姿勢常同,命令自動,衒奇などは少ない.演者は1998 年に,自験例16 例の精神病理学的検討を行った.そして,典型例が今日でも存在していること,断片的な緊張病症状しか呈さない不全型があること,稀ではあるが死亡例があること,薬物療法に対しては難治性の経過を辿りやすいことなどを報告した.典型例では,病像が時間をかけて順次展開するので,横断面の精神病理像に重きを置く操作的診断基準を用いては,正しい診断に到達することが難しい.演者は遅発緊張病を厳密な疾患単位ではなく,一つの臨床類型として提唱する.その意味では,ある症例は遅発緊張病であるか,ないかではなく,どれだけ近いのかということしか言及できない.現時点では,躁うつ病も統合失調症も狭義の疾患単位ではなく,やはり臨床類型なのである.もし,統合失調症と躁うつ病の二分法に従うならば,遅発緊張病は前者により近い.しかし,遅発性統合失調症のもう一つ類型である遅発パラフレニーとは症候学的には大きく異なること,そして生命予後の観点からも,特別な注意を払うべき臨床類型として扱ったほうがよいと考える.
- シンポジウムII 認知症患者への社会支援
- 6月20日 14:00〜16:00
- 司会: 荒井由美子(国立長寿医療センター 長寿政策・在宅医療研究部)
池田 学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野(神経精神科))
- 認知症患者および家族への社会支援
- 荒井由美子(国立長寿医療センター 長寿政策・在宅医療研究部)
- 厚生労働省によると,わが国の要介護(要支援含む)高齢者およそ314万人のうち,何らかの介護・支援を必要とする認知症がある者は,149万人に上り,その後20年間で2倍以上に増加すると予測されている.その一方で,今後は,世帯主が65歳以上である「高齢者世帯」が急速に増加することが予測されており,「家族による介護」がますます困難な状況になるものと思われる.このような背景を踏まえ,近年では,認知症患者を地域で支えるという認識が主流になりつつある.
認知症患者が自らの尊厳を保ち,住み慣れた地域において生活を継続するためには,地域住民による理解と支援が不可欠である.しかし,一般生活者の多くは,未だ認知症に関する正しい知識を持しているとは限らない.認知症患者を支援する,あるいは家族介護者として介護する可能性は,誰にでも起こりうることである.
したがって,一般生活者における認知症に関する知識の普及は,喫緊の課題である.
そこで,我々は,わが国の一般生活者が認知症をどの程度理解しているのかを明らかにすることを企図した調査を行った.当該調査は,2006年7 月に全国の男女2,500人を対象として実施した.
調査の方法は,自記式質問票を用いて,認知症に関する「全般的な知識」「症状」「原因・治療・予後」に関する11項目について正誤を問い,認知症に係る理解の程度を抽出した.その結果,主として以下の2点が明らかとなった.第一に,認知症の症状が,記憶力の低下に限局したものではなく,理解力や判断力の低下など,多岐に亘ることを理解していない者が3割を占めていた.第二に,認知症の予後について理解していない者が回答者の9割を占めていた.
本調査の結果から,一般生活者における認知症の症状や予後に関する知識の欠如が確認されたが,これにより,実際に支援または介護を行う場合に,認知症患者との関係において,何らかの軋轢を生じる可能性が危惧される.
認知症患者が尊厳を保持し,住み慣れた地域において生活を継続するためには,介護・医療システムなどの公的制度による支援が不可欠である.しかし,認知症患者を真に支える社会を実現するためには,社会を構成するあらゆる主体が,認知症を身近な問題として認識することが必要である.そのためにも,一般生活者による認知症の正しい理解を促進することが,今後一層求められるものと思われる.
- BPSDをともなう認知症患者への支援
- 池田 学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野(神経精神科))
- 認知症にみられる精神症状と行動障害は,患者本人を苦しめるだけでなく介護者の介護負担を増大させ,両者のQOL を低下させ,入院や入所の時期を早める直接的な原因となる.これらの症状は,従来から周辺症状,随伴症状あるいは漠然と問題行動などとよばれてきたが,最近ではBehavioral and psychological symptoms of dementia(BPSD)「認知症の行動および心理症状」として改めて注目を集めるようになってきている.BPSD には,幻覚,妄想,抑うつなどの心理症状と徘徊,暴言・暴力などの行動障害が含まれる.
BPSD の内容は,疾患毎に,また病期毎に多岐にわたるので,治療の標的とする疾患ならびに症状を明確にして治療法を選択することが重要である.標的とするBPSD は,頻度が高く,介護負担の大きなもの,患者の日常生活上大きな支障をきたしているものが候補となる.とくに,患者本人や介護者にとってリスクの高いBPSD に対しては(例えば夜間の徘徊),迅速な支援が必要となる.
支援の手順としては,まず非薬物療法を試みることが原則である.そして,介護者教育を含めた非薬物療法や環境調節ではコントロールできない場合に,薬物療法を検討する.現時点では,確立された治療法が少ないので,非薬物療法,薬物療法ともに,標的症状に対する治療効果を十分に評価できる尺度を用いて,絶えず治療効果と副作用を監視しつつ実施することが必要である.
- BPSDと身体疾患を併せ持つ認知症患者への社会支援
- 粟田 主一(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム)
- 認知症という障害をもつ人は,認知症という障害をもつが故に,日々の生活の中でQOLの保持を阻む数多くの要因に直面している.その中でも,BPSD と身体疾患を併せ持つ認知症患者のための社会資源の不足,とりわけ医療資源の圧倒的な不足が,認知症患者のQOL 低下の重大の社会的要因になっているのは明らかである.
平成20年度に行った仙台市内の41の地域包括支援センターを対象とする認知症の医療に関するアンケート調査では,「認知症であることが理解してもらえない」「認知症に関する説明や助言がない」「専門医療機関へ紹介してもらえない」「専門医療機関(または専門医)が少なすぎる」「緊急対応できる医療資源が不足している」「入院を受け入れてくれる医療資源がない」といった内容の意見が数多く寄せられた.また,同時期に750の仙台市医師会登録医療機関を対象に実施したアンケート調査では,「専門医療機関が少なすぎる」「専門医療機関を受診するための予約待機時間が長すぎる」「身体疾患を併発したときの受け入れ先病院がない」「救急に対応できる医療機関が少ない」「長期療養できる医療資源が少ない」「専門医療機関とかかりつけ医療機関の連携体制がない」といったものが数多く見られた.仙台市医師会登録医療機関に対しては,さらに認知症の医療機能の現状について30項目の質問からなるアンケート調査を行った.因子分析を行ったところ,認知症のための医療機能に関して7 つの潜在因子が抽出され,その中では「周辺症状と身体合併症に対する入院応需機能」をもつ医療資源が現状では最も少ないことが明らかになった.
平成20 年度に厚生労働省は,(1)専門医療相談,(2)鑑別診断とそれに基づく初期対応,(3)合併症・周辺症状への急性期対応,(4)かかりつけ医等への研修会の開催,(5)認知症疾患医療連携協議会の開催,(6)情報発信,を事業内容とする認知症疾患医療センター運営事業をスタートさせた.平成19年度に日本老年精神医学会専門医を対象に実施したアンケート調査では,こうした機能をもつ専門医療資源は人口50 万人に対して少なくとも1件は必要ということであった(高齢化率を20%,認知症高齢者の有病率を8% とした場合).この数値からわが国の認知症疾患医療センターの必要設置件数を単純に推計すると,2015 年の段階で378 件となる.しかし,今日までのところ認知症疾患医療センターとして国の指定を受けた医療機関は全国で10 数件に過ぎない.
認知症のための包括的な医療・介護システムは,自治体ごとに,認知症高齢者数の将来推計値と地域特性を考慮して,そのあり方を考案すべきかと思われる.特に,BPSD と身体疾患を併せもつ認知症患者に対する医療・介護システムについて,精神科病床と一般病床における認知症患者の診療はどうあるべきか,院内連携や院外連携はどうあるべきか,医療と介護の連携はどうあるべきか,必要とされる医療資源と介護資源の総量はどうかなど,具体的な検討が必要となる.
- 在宅における診療支援の課題
- 木之下 徹(医療法人社団こだま会こだまクリニック)
- 地域における認知症を有する有病率は65歳以上で10% 弱と言われている.その際併発するBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)の出現頻度は,認知症者のうち8割前後であると国内外で報告されている.膨大な人数に対する地域の受け皿は明らかに不足している.平成19年度厚生労働省事業で行ったBPSD実態調査によると,BPSD の悪化要因として37.7% が薬剤,23.0% が身体合併症,10.7% が家族・介護環境である,という報告があがった.この数値は不適切な医療の結果であると同時に,身体的にも薬剤の調整の上でも医療要求度の高い状態であるともいえる.しかし地域における「適切」な医療介入行為についてもあいまいなままである.この「適切さ」を明確化し,共有することは,地域におけるBPSD 対応の上で急務である.たとえば,BPSD と薬の関係について考えてみたい.仮に「暴言のある人に静かにさせる薬を飲ませる」行為について,[(1)どのように適切に薬を飲ませるか],である.従来の他の医学では,その人の症状に合わせて薬を処方し,そのあと必要に応じてフォローをするものであった.しかし受療行動では問題のなかった伝達,理解,決定,
実行に関わる行動様式に,認知症があると,障害を生じる.これまでの保守的な医療システムは,これらの行動様式に障害がないことを前提として,形成されている.よって認知症高齢者の場合の「フォロー」についても,その障害に合わせて,保守的なシステムからの脱却と再構築が必要となる.そのための手がかりを与えるとすれば,飲んだ薬の効果を誰がチェックするのか,副作用はないのだろうか,あるとすればどのタイミングで誰が調べればよいのだろうか,などが挙げられる.
しかしこのような重要な変化よりもさらに重大な問題がある.それは,そもそもたとえば,[(2)「暴言のある人に静かにさせる薬を飲ませる」行為は本当に正しいのか,を決めなくてはいけない].暴言の原因がたとえば家族の関係性によって生じている,と読み取れたとする.そのときどうすべきであろうか.原因がコミュニケーションであれば,コミュニケーションで対応すべきで薬はいらない,という立場もある.逆に家族がいま大変だから薬を使うべきである,という意見もある.この局面においては,先ほどのような方法論の定式化は難しい.しかし,薬を出す,出さない,という意思決定のプロセスの定式化までなら可能かもしれない.その定式化のヒントをあげてみる.たとえば,「薬を出す」というとき,「薬を出す」メリットの中に本人はどのように組み込まれている
のだろうか,しばしば「省略」していないだろうか,という観点である.またこういった介護と医療の意思決定プロセスが共有できていなければ,たとえ形上「薬を使う」ことだとしても,時間がたつうちにどこかで齟齬を生じてしまう.
近年,パーソンセンタードケアという認知症を有する本人を主役とするケアの在り方が提唱されている.BPSD があればなおのこと本人不在に陥りやすい地域における認知症の介護や医療において,この考え方は忘れてはならない.認知症になると人でなくなるのか,という議論に終止符を打ち,認知症であっても最後まで人として人生を全うできるような基盤づくりが必要であると考える.
- わが国における認知症施策の今後の方向性
- 武田 章敬(厚生労働省老健局計画課認知症・虐待防止対策推進室)
- 平成20年5月,今後の認知症対策を更に効果的に推進し,適切な医療や介護,地域ケア等の総合的な支援により,たとえ認知症になっても安心して生活できる社会を早期に構築することが必要との認識のもと,「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」が設置され,7 月10 日にその検討結果が報告された.本シンポジウムでは,この「認知症の医療と生活を高める緊急プロジェクト」報告書をもとに今後の認知症対策について概説したい.
これまでわが国の認知症対策は,「痴呆」という用語を「認知症」に改めたことによる理解の促進,なじみの人間関係や居住環境の継続を重視した介護サービスを提供する地域密着型サービスの創設等の基盤整備及び地域ケア体制の構築等により,大きな成果が得られている.しかし,認知症の早期に確定診断が的確に行われなかったり,その後の医療と介護の連携が不十分であったために,適切な治療や介護の提供が行われなかったという事例も指摘されている.
このため,今後の認知症対策は,診断や治療に係る研究開発の加速と併せ,本人やその家族,周囲の人々の気づきを早期の確定診断につなげることを出発点として,的確かつ包括的な療養方針を策定し,医療と介護の密接な連携のもとで適切な医療サービス,介護サービスを提供するとともに,本人やその家族の生活を支援し,その質を向上するための施策の流れを確立することが必要である.また,若年性認知症対策についても,就労対策を含めた包括的な自立支援施策を推進することが必要である.今後,下記の認知症対策を中心とした総合的な施策を推進することを予定している.
1 実態の把握
2 研究・開発の促進
1)発症予防対策
2)診断技術の向上
3)治療方法の開発
4)発症後の対応(適切なケアの対応)
3 早期診断の推進と適切な医療の提供
1)認知症診療ガイドラインの開発・普及のための支援
2)認知症疾患医療センターを中核とした認知症医療の体制強化
4 適切なケアの普及及び本人・家族支援
1)適切なケアの普及
(1)認知症ケアの標準化・高度化
(2)認知症の早期発見など医療との連携
2)本人・家族支援
(1)認知症やその医療,介護,地域における支援施策等についての普及啓発
(ア)「認知症を知り地域をつくる10 か年」構想等の推進
(イ)小・中学校における認知症教育の推進
(2)誰もが気軽に相談できる体制の整備
5 若年性認知症対策
1)若年性認知症に係る相談コールセンターの設置
2)診断後からのオーダーメイドの支援体制の形成
3)若年性認知症就労支援ネットワークの構築
4)若年性認知症に関する国民への広報啓発
- 若手シンポジウム 若手精神科医の老年精神医学への取りくみ
- 6月20日 9:15〜11:45
- 司会:内田 直樹(福岡大学医学部精神医学教室)
鹿島 晴雄(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
- アルツハイマー病モデルラットにおける抑肝散の効果と
その作用機序について - 内田 直樹(福岡大学医学部精神医学教室),
大石 博史(福岡大学薬学部臨床疾患薬理学教室),
野上 愛(福岡大学薬学部臨床疾患薬理学教室),
高崎浩太郎(福岡大学薬学部臨床疾患薬理学教室),
三島 健一(福岡大学薬学部臨床疾患薬理学教室),
江頭 伸昭(九州大学病院薬剤部医薬品情報解析学講座),
岩崎 克典(福岡大学薬学部臨床疾患薬理学教室),
藤原 道弘(福岡大学薬学部臨床疾患薬理学教室),
西村 良二(福岡大学医学部精神医学教室)
- 抑肝散は,神経症や不眠症に使用される漢方方剤である.東洋医学では,肝のたかぶりは怒りや興奮などの精神症状をもたらすと考えられ,それらを抑えることから抑肝散と名づけられたとされている.近年,この抑肝散が認知症における心理行動学的症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;以下,BPSD)に有効であるとの報告が主に臨床の現場からみられるようになってきている.観察者盲検ランダム化比較試験でも抑肝散のBPSD に対する効果が示され(Iwasaki et al ., 2005),徐々にエビデンスが蓄積されている一方で,抑肝散の中枢作用について科学的根拠に基づいた研究はほとんどなされていない.
今回,アルツハイマー病の中核症状の薬効評価動物として報告したAβ-oligomer 脳室内投与と単回脳虚血(CI : Cerebral Ischemia)併用ラット(Watanabe et al ., 2008)を用いて,抑肝散の中核症状に対する効果及びその作用機序について検討を行った.
8 方向放射状迷路課題で観察されたAβ-oligomer+CI ラットの誤選択数の増加を抑肝散の2 週間連続投与(1000 mg/kg,p.o.)は有意に減少させた.さらに今回,microdialysis 法を用いて海馬におけるアセチルコリンの遊離量を測定したが,アルツハイマー病モデルラットで観察される背側海馬でのアセチルコリン遊離量の低下を抑肝散の2 週間連続投与(1000 mg/kg,p.o.)は有意に増加させた.これらのことから,アルツハイマー病モデルラットで観察された空間記憶障害を抑肝散が改善させた作用機序の一つとして,アセチルコリン神経系の賦活作用があることが示唆された.
- 若手精神科医は,いかにして老年精神医学に興味を持つのか
−多施設アンケート調査解析− - 柴田 敬祐(京都府立医科大学大学院精神機能病態学),
内田 直樹(福岡大学医学部精神医学教室),
上原 久美(横浜市立大学精神医学教室),
小田 陽彦(兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室),
川田 良作(京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座精神医学教室),
菊地 紗耶(東北大学大学院医学系研究科・精神神経学分野),
小林 清樹(札幌医科大学医学部神経精神医学講座),
白坂 知彦(札幌医科大学医学部神経精神医学講座),
鈴木 宗幸(壱岐市民病院精神科),
館農 勝(札幌医科大学医学部神経精神医学講座),
中野和歌子(産業医科大学精神科),
西村 良二(福岡大学医学部精神医学教室),
福居 顯二(京都府立医科大学大学院精神機能病態学),
- 【目的】今後わが国は,世界のどの国も経験したことのない高齢社会となることが,平成20年版高齢社会白書でも予想されている.高齢者の増加に伴い,高齢者のメンタルヘルスにも注目が集まってきており,特に認知症とうつ病は大きな課題となっている.認知症の患者数は社会の高齢化とともに増加し続け,2035 年には350万人を超えると予想されている.このような時代背景を反映し,本年6月より75歳以上の高齢者の運転免許証更新の際には,認知機能検査が義務付けられる.また臨床現場においても,特にその周辺症状が患者,および介護者を悩ませていることが問題となっている.一方,高齢者において,約15% はうつ状態にあり,大うつ病の有病率は平均6% であると報告されており,その病態は,若者のうつ病と比較して非定型の病像を呈することが多く,注意が必要である.このように老年精神医学への社会の注目が集まり,今後もさらにその重要性が高まっていくことが予見されているにもかかわらず,老年精神医学に興味を持つ若手精神科医が少ないことが指摘されている.宮島らが行った多施設アンケート調査では,精神科を選択した後期臨床研修医が興味を持っている専門領域を比較したところ,老年精神医学は全体の5% 以下と最も少なかった.また中野らが行った多施設アンケート調査でも同様に,若手精神科医,特に新臨床研修制度以降の若手精神科医において,老年精神医学に興味を持つものが少ないことが示されている.本研究では,多施設の精神科医を対象にアンケート調査を行い,若手精神科医における老年精神医学に対する興味を調査することを目的とした.
【方法】アンケートはNPO 法人日本若手精神科医の会(JYPO)のネットワークを通じ,全国多施設の精神科医を対象に実施した.統計解析には,Kruskal-Wallis test, Mann-Whitney’s U-test and Bonferroni Post Hoc test を用いた.
【倫理的配慮】アンケートの作成,回収において,匿名性に配慮した.またアンケート回答者の同意を得た上で,アンケート結果を集計,解析を行った.
【結果】137 名(男性104 名,女性33 名)がアンケートに回答した.平均年齢は33.6±5.8 歳で,精神科に従事していた平均年数は6.2±5.8 年であった.老年精神医学を専門分野に選択した対象数は,依存症の次に少なかった.専門分野の選択理由の割合について,老年精神医学を選択した群は‘やりがいがある’‘回復の見込みがある’が他群に比べ有意に低く,‘訴訟が少ない’が有意に高かった.
【考察】先行研究と一致して,老年精神医学を専門分野として選択する対象数は,依存症を除く他の専門分野よりも少なかった.他の専門分野と比較して,老年精神医学は,やりがいや回復の見込によってではなく,訴訟の少なさによって選択された.当日は対象数をさらに増やし,調査結果を報告する予定である.
- 認知症診断における脳血流SPECT実態調査
- 小田 陽彦(兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室),
山本 泰司(神戸大学大学院医学研究科精神医学分野),
前田 潔(神戸大学大学院医学研究科精神医学分野),
- 【目的】認知症診断における神経画像の重要性は言を待たない.とくに機能画像は脳病変が軽微な時期にすでに検出可能なことが多く,早期の診断には不可欠である.しかしながら臨床の場で脳血流SPECT はまだ十分には活用されていない.またかならずしもすべての認知症疑いの症例に脳血流SPECT を実施する必要はない.そこでわれわれは認知症における脳血流SPECT の利用実態を知る目的で,SPECT を保有する施設に勤務する認知症専門医を対象にインターネットを用いて脳血流SPECT 実施状況のアンケート調査を実施した.
【対象】ソネットM3 に登録されている医師のうち,所属診療科として神経内科,老人科/老人内科,脳内科,精神科,神経科に登録しており,新規の認知症患者を3 人/月以上診察しており,SPECT を保有する施設に勤務している医師103人を対象とした.
【結果】アンケート回答医師103 人の認知症新規患者数は,平均5.52±5.32 人/月であった.医師が診察している認知症患者の病型分類を検討すると,アルツハイマー型認知症(AD)45%,脳血管型認知症(VaD)20%,前頭側頭型認知症(FTD)6.7%,レビー小体型認知症(DLB)13%,ADとVaD の混合型10%,その他の型5.3% だった.認知症患者の重症度分類は,MCI 19%,軽度33%,中等度33%,重度15% だった.神経内科と精神科を比較すると,初診にかける時間および,CT・詳細な神経心理検査・髄液検査の実施割合に有意差があった.脳血流SPECT の実施件数は平均3.25±4.67 件/月だった.SPECT 件数とMCI,
軽度,中等度認知症患者数とはそれぞれ正の相関を示したが,SPECT 件数と重度認知症患者数との間には相関はみられなかった.医師のSPECT理解度とSPECT 実施件数は有意な正の相関を示した.
【結論】SPECT 知識度と実施件数には有意な相関があり,認知症早期診断のためにはSPECT 知識の普及が望ましい.
- アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症における
アポリポ蛋白E
- 小林 清樹(札幌医科大学神経精神医学講座),
内海久美子(砂川市立病院精神神経科),
館農 勝(札幌医科大学神経精神医学講座),
佐々木竜二(砂川市立病院精神神経科),
森井 秀俊(砂川市立病院放射線科),
藤井 一輝(砂川市立病院放射線科),
安村 修一(上砂川町立診療所),
相馬 仁(札幌医科大学医療人育成センター 教育開発研究部門),
小海 康夫(札幌医科大学分子機能分析部門),
齋藤 諭(札幌医科大学神経精神医学講座),
中野 倫仁(北海道医療大学心理科学部臨床心理学科),
齋藤 利和(札幌医科大学神経精神医学講座)
- 【目的】アポリポ蛋白E(ApoE)をコードする対立遺伝子ε 4allele は,アルツハイマー型認知症(AD)では高率に見出され,AD の危険因子であることが明らかになっている.一方レビー小体型認知症(DLB)においてもε 4allele の頻度が高いことが剖検研究において報告されている.しかし臨床診断例のDLB を対象とした報告は少ない.そこでDLB およびAD と臨床診断された症例を対象にApoE genotype とε 4allele を調べた.また,AD については,重症度(Clinical DementiaRating ; CDR)などを揃えた上でApoE のgenotype によってサブグループに分け,脳の各部位の萎縮の程度との関連を調べた.
【方法】対象はDLB の臨床診断基準ガイドライン(2006 年)でprobable DLB の基準を満たしかつMRI・SPECT あるいは心筋MIBG でDLBの特徴的所見を認めたDLB 42 例と,NINCDSADRDAの診断基準を満たしかつMRI・SPECTでAD の特徴的所見が認められたAD 135 例.ApoE genotype はPCR 法を使い,脳の委縮の程度については,頭部MRI を撮影後,VSRAD 及びvbSEE の各ソフトを用いて解析した.なお本研究については本人あるいは家族に研究の主旨・内容を説明して書面にて同意を得た.
【結果】DLB 群ではApoE4 へテロが17 例(40.5%)ApoE4 ホモが2 例(4.8%)でApoE キャリアーは45.3%,ε 4allele 頻度が25.0% であった.AD 群ではApoE4 へテロが61 例(45.2%),ApoE4 ホモが7 例(5.2%)でApoE キャリアーは50.4%,ε 4allele 頻度が27.8% であった.また脳萎縮部位との関連については,CDR 2 群においてε 4 を持つ群は持たない群に比べて海馬傍回の萎縮が有意にあった.CDR 1 群では有意差がないものの,同様の傾向があった.CDR 3 群はサブグループのsample数が少なく解析の対象から外した.
【考察】これまで報告されているAD 剖検例のApoE4 キャリアーは50 数% から60 数% , ε4allele 頻度は30 数%から40 数%で,今回の結果は剖検研究の結果に近い頻度を示していた.一方DLB についてはAD に比べ報告数は少なく,剖検例ではApoE4 キャリアーは35% から60%,ε 4allele は25% から40% と幅があるが,臨床例の報告ではこれより非常に低くε 4allele 10%台である.今回の結果は剖検例の頻度に近く,DLB においてもε 4allele はAD と同様に危険因子であることが臨床的にも確認された.また,AD では,ε 4 を持つ群は持たない群に比べて海馬傍回が萎縮しやすい傾向があり,初期には有意ではないが病期がすすむと,その差は有意となると思われた.当日は,ApoE genotype と様々な臨床所見との関連など,さらに詳細な検討結果を報告する予定である.
- 健常人におけるT2 white matter hyperintensityと
大脳皮質の萎縮率に関する縦断的研究
- 太田 深秀(筑波大学付属病院精神神経科),
根本 清貴(筑波大学付属病院精神神経科),
佐藤 典子(国立精神神経センター武蔵病院放射線科),
山下 典生(筑波大学臨床医学系精神科),
朝田 隆(筑波大学臨床医学系精神神経科
- 脳画像研究技術の発展に伴い,T2 image で明らかとなるWhite matter hyperintensity(WMH)が知的健常者も含めて,その脳萎縮に影響し得ることが知られてきた.WMH はアルツハイマー病にもしばしば付随するので脳萎縮も相加的におこりうるが,WMH が脳萎縮にどのような影響を及ぼすかについての知見は乏しい.特に各葉の皮質下白質のWMH が皮質領域にもたらす影響と基底核,視床領域のWMH がもたらす影響との違いについてはほとんど知られていない.WMH を伴うアルツハイマー病などの脳萎縮のパターンを知るためには,WMH を伴う健常高齢者における経時的な萎縮パターンを知ることが基礎になる.本研究はこの点を明らかにすることを目的とした.今回我々は検査開始時点で認知機能が正常とみなされた66〜84 歳の方々を対象に縦断的な脳神経画像研究を行った.対象者は87名である.対象者には検査に関する説明を行い文書にて同意を得た.なお本研究は筑波大学「医の倫理」特別委員会の承認を得て実施した.このうち74
名はT2 画像上基底核,視床領域にWMH がない,もしくはほとんどない症例であり,残り13名はこれを認める群である.全ての症例は平均3.8年間,期間内に原則として年1 回頭部MRI を撮影した.WMH 容量はFazekas の視認法にて評価した.初回と,平均3.8 年後の画像所見を用いてvoxel-based に観察期間中の脳皮質及び基底核,視床の萎縮率を算出した.基底核及び視床にWMH を有さない群で行ったVoxel-based morphometric analysis では両側前頭前野,後頭葉皮質および両側視床における萎縮率と検査開始時点でのWMH 容量との間に正の相関が認められた.基底核及び視床にWMH を有さない群および有する群を含む87 名における検討では右後頭葉にのみ相関が認められた.今回の縦断的研究において,視認法で評価した,調査開始時点における基底核領域を除外した白質領域のWMH の容量と3.8 年後の皮質及び視床の萎縮率との間の正の相関が認められた.この結果から,知的に正常な高齢者であっても一定以上の容積のWMHはその後の脳の萎縮率に影響を与えることが示された.また,基底核,視床領域のWMH は他の葉におけるWMH とは異なるメカニズムで大脳皮質の萎縮に影響を与えることが示唆された.健常人の大脳皮質の経時的な萎縮パターンを知る上で,皮質下血管病変が大脳皮質の萎縮に及ぼす影響を正確に評価することが重要である.
- 教育講演 I
- 6月19日 17:45〜18:45
- 司会: 武田 雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
- 第1会場
- アルツハイマー病研究 最近の知見 −治療に向けて−
- 田中 稔久(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
- 我が国の認知症性高齢者は現時点で180万人を数えるが,この数は今後も増加し続けており2020年にはほぼ300万人に達するものと予想されている.このうちの約半数はアルツハイマー病(AD)とされており,AD の早期診断法の確立および治療法の開発は社会的急務ともいえる.ADの神経病理学的特徴として,老人斑と神経原線維変化が知られており,その主要構成成分はアミロイドβ と異常リン酸化タウ蛋白である.病態に密接に関与するこれらの蛋白を手がかりに,診断法と治療法に関して様々な研究が行われてきた.
アミロイドβ の生成に関してはβ およびγ セクレターゼが関与していることが明らかとなり,その分子基盤の理解が近年急速に進んでいる.診断への応用に関しては,脳脊髄液中のアミロイドβ1-42 が有用な診断マーカーとしてよく知られている.さらに,治療への応用としてはβ およびγセクレターゼに対するモジュレーターの開発も進んでいる.また,アミロイドオリゴマーの毒性が知られるようになり,アミロイドの重合阻害剤の開発も行われている.また,アミロイドを除去する免疫療法に関しても研究が進められている.また,タウ蛋白に関しては,AD 以外にもタウオパチーといった神経変性疾患群に認められ,タウ蛋白の重要性が再認識されるに至っている.診断への応用に関しては,脳脊髄液中のタウ蛋白およびリン酸化タウ蛋白は有用な診断マーカーとして知られている.治療への応用としては,リン酸化阻害剤およびタウの自己重合阻害剤の開発が進んでいる.様々な研究をふまえて,治療薬の臨床治験成績も学会および論文上の報告されるようになってきた.ここでは,アルツハイマー病研究における最近の知見について概説し,近い将来における 治療戦略に関してオーバービューを行いたい.
- 教育講演 II
- 6月19日 17:45〜18:45
- 司会: 守田 嘉男(兵庫医科大学精神科神経科学講座)
- 第2会場
- 老年期妄想性障害の諸相 −症例検討を中心に―
- 大原 一幸(兵庫医科大学精神科神経科学講座)
- 初老期・老年期には,自らが依って立っていた理念,家族環境や社会環境が揺らぎ,身体的な衰え,感覚器官の衰え,さらには自らを支えていた脳機能そのものが低下する事態が待ち構えている.無難にこの事態を乗り越える人もあるが,或る人はその変化の中で自らを病的に位置付け,また或る者は自らを失っている.ここでは初老期・老年期の妄想性障害について症例を中心に多次元的に検討する予定である.
【物盗られ妄想】「娘に通帳を盗られた」などと訴え,後から冷蔵庫や布団の隙間から通帳が出てくる.将来の生活不安,財産を守りたい,嫁に取られたくない,などという老齢者の心理的構えや,エピソード記憶障害,生活歴(資産家であったり,苦労した人生)などが関与して出現するが,アルツハイマー型認知症(AD)では時間性と意味が断片化し,妄想はやがて消失する.妄想が持続する症例は短期記憶障害があり海馬が萎縮していてもAD ではない.物盗られ妄想に「いじめられている」などの迫害的要素を伴うことも多く,老人施設などで物盗られ妄想が出現した場合には同室者や看護者など特定の個人が妄想対象となり,(復権,闘争)パラノイアとなることもある.侵入妄想(あるいは人物誤認・幻覚)に基づく物盗られ妄想では,強迫的な戸締り行動などを伴うこともある.【迫害妄想・被害妄想】一人暮らしの高齢者で,「電話線に盗聴器が仕掛けられている」などと被害妄想を訴えるものの,家族との同居や入院により速やかに幻覚妄想が消失する例があり接触欠損パラノイドという.名が示すように家族あるいは社会的な孤独が重視されるが,認知機能低下も無視できない.難聴者の迫害妄想は幻聴を伴うことが多く,周囲への気遣い等の様々な要因が関与している.自験例では夫が難聴者であるために妻が被害妄想を呈した例がある.転居や独居となった後に「マンションの上の人が悪く言っている」などと訴える例では,敏感関係妄想あるいは投影性同一視の機制が心理的な不安とともに関与している.遅発パラフレニーlate paraphreniaでは幻覚を伴うこともあり,明らかな脳器質性疾患が除外された場合に診断される広範囲な老年期精神障害を包括する概念であるが,丁寧に個々の症例を検討すべきである.遅発統合失調症Sp?tschizophrenie とは真の統合失調症の晩発型されそのような症例に稀ならず遭遇するが,たとえ臨床症状が統合失調症と区別しえないとしても,そもそも老年期に発症していること自体により発症基盤が統合失調症とは異なっている印象である(もちろんこのような例を含めて統合失調症とする立場もあるが…).同様に退行期メランコリーや遅発緊張病という治療抵抗性疾患も,臨床的視点からは脳機能自体の退行を仮定せざるを得ない,とうのが私の立場である.【嫉妬妄想】は配偶者の性生活歴や患者本人の心的負荷のみならず,AD,パーキンソン病,レビー小体型認知症などによる誤認や幻覚に影響されていることもある.【心気妄想】【否定妄想】【替え玉妄想】【幻の同居人】【皮膚寄生虫妄想】などについても報告する.
- ランチョンセミナー
- 6月19日 12:15〜13:05
- 第1会場
- 認知症治療の今日的課題
- 朝田 隆 ( 筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学 )
- 第2会場
- 酸化ストレス制御と神経ホルミシス:認知症予防のストラテジー
- 布村 明彦 (山梨大学大学院医学工学総合研究部精神神経医学講座)
- 第3会場
- うつ病と認知機能(案)
- 馬場 元 ( 順天堂大学医学部附属越谷病院メンタルクリニック科 )
- ランチョンセミナー
- 6月20日 12:05〜12:55
- 第1会場
- 我々のうつ病治療に問題はないか?
-うつ病への多面的なアプローチの重要性- - 渡邊 衡一郎 (慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
- 第2会場
- 認知症のリスクファクターについて
- 山口 晴保 (群馬大学医学部保健学科)
- 第3会場
- レビー小体型認知症の診断と治療
-漢方治療による新たなアプローチも含めて-
- 池田 学 (熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野)
- 4階419
- 「もの忘れ」の診立て
−脳イメージングの使い分けを考える−
- 新井 平伊 (順天堂大学医学部精神医学講座)
- 一般演題
- 6月19日 口演発表
- 6月19日 ポスター発表
- 6月20日 口演発表
- 6月20日 ポスター発表