- 9 : 30〜10 : 45 第1会場
- 症例報告 1
- 座長: 深津 亮(埼玉医科大学総合医療センター神経精神科)
- I-1-1 9:30〜9:45
- 薬物療法により幻視が消失したシャルル・ボネ症候群の3症例
- 長濱道治,家田麻紗,山下智子,河野公範,宇谷悦子,川向哲也,林田麻衣子,安田英彰,岡崎四方,和気 玲,辻 誠一,宮岡 剛,稲垣卓司,堀口 淳(島根大学医学部精神医学講座)
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【はじめに】 シャルル・ボネ症侯群(以下,CBS)とは,主に視力障害のある高齢者が意識清明時に,人の顔や動物などの幻視を体験し,この幻視に対する批判力を有するものをいう.今回我々はCBSに対する治療を行い,幻視が消失した3症例を経験したので報告する.
【症例1】 73歳,女性.白内障を有するが,手術歴なし.X-2年頃より「笠をかぶった男達の行列が見え,男達は鮮やかな色の衣装をまとい,様々な旗を持っていた」などの幻視が出現.X年7月精査目的で当科入院.入院後も幻視を認め,不眠となる.入院18日目より抑肝散7.5g/日の投与を開始し,投与開始7日目から徐々に幻視が改善.投与11日目には幻視が消失し,入院46日目に退院.
【症例2】 92歳,女性.白内障を有するが,手術歴なし.Y-1年10月頃より「雪がふっている,そこに水があふれている」「そこで人がはっているから助けないといけない」などの幻視が出現.近医眼科を受診した際にも,「横にかわいらしい男の子が座っている」と,座席を1人分空けるような行動あり.Y年1月当科受診,抑肝散加陳皮半夏7.5g/日の投与を開始し,2週間で幻視がすみやかに消失.
【症例3】 77歳,女性.白内障を有し,Z-5年当院眼科にて両眼白内障手術施行.Z-2年頃から「布団に子供の顔が見える」などの幻視が出現.同年3月当科初診し,せん妄の診断でペロスピロンやミアアンセリンなどの投与を開始するも症状改善せず.Z-1年4月頃には「つばめの巣から子ども並んで顔を出している」「親子の人影が見える」など幻視の増悪を認め,抑肝散7.5g/日の投与を開始するも症状改善せず,Z-1年7月当科入院.入院後より抑肝散を中止し,8月よりアリセプト開始し5mg/日まで増量,1ヶ月ほどで幻視は消失.しかし,Z年5月より幻視が再燃,12月にクエチアピン70mg/日,リスペリドン0.5mg/日の追加投与を開始し,幻視は消失するも錐体外路症状が出現.
【考察】 3症例における幻視は,現時点で広く用いられているTeunisseらが提唱したCBSの診断基準を満たしており,CBSとしての幻視と考えられた.CBSはまれな病態と考えられていたが,視力障害のある高齢者には比較的高頻度に生じることが知られてきた.CBSに対する確立した治療法はないが,抗てんかん薬,非定型抗精神病薬,ドネペジル,漢方薬などの有効性が報告されており,3症例においてもこれら薬剤の中から選択して治療を行ったが,特に高齢者における薬物治療には副作用の少ない薬剤を選択すべきであると思われた.症例3では錐体外路症状などの副作用を認めたが,症例1・2では副作用を認めず,漢方薬は認容性の高い薬剤であると思われた.また,症例3においては抗精神病薬に対して過敏性を示したが,CBSに関連する中枢病変のひとつとして,以前より認知症との関連が指摘されており,特に病初期に幻視を生じやすいレビー小体型認知症の前駆症状として出現する可能性が推測される. - BACK
- I-1-2 9:45〜10:00
- 高齢アスペルガー症候群の2例 ;その孤独な生涯と教育効果について
- 中本理和,山口成良,松原三郎(医療法人財団松原愛育会松原病院)
- 【はじめに】 いわゆる『空気を読む』能力に欠けていたがために,人間関係及び社会生活に多大な障害をきたし,肉親から愛情をもらえず拒絶され孤独に苦しんだ人生を過ごし,老齢期に至った女性の2例を経験した.2症例とも社会性及び言語コミュニケーションに障害を持つが,高齢のため生育状況については詳細不明である.症例1では,自身のコミュニケーション不全からくる理解不能な周囲との軋轢から,妄想や攻撃性をきたし,家族と同居困難となった.症例2においても,社会常識の欠如や他人への配慮を欠いた生活を送るうちに長男夫婦と同居困難となった症例である. 2症例とも障害についての教育を行ったところ,高齢ではあるが障害の克服に意欲を示し,妄想や攻撃性などの2次的障害に軽快をみた.尚,症例についてはプライバシーに配慮し,一部改変してある.
【症例1】 81歳女性.裕福な商家に生まれた.幼少時より気性が激しくすぐ癇癪を起こすので「手に負えない」と言われ,2姉妹のうち本人にのみ乳母がつけられて育った.着物やお金に対する執着が強く,次々と新しい着物を買ってもらっては,気に入らないと言ってハサミで切り裂いたりした.20代で結婚し2児をもうけたが,33歳時離婚.X−1年より長男家族と同居となったが,被害妄想,攻撃的言動及び破壊行為がみられ,X年7月当院入院となった.抗精神病薬投与により鎮静化し,9月グループホームに入所となるも,再び被害妄想が活発化し,他入所者に対し攻撃的となったため,12月第2回目入院.この時に家族関係の悪さや生育暦などから,アスペルガー症候群を疑い,心の理論を施行したところ,3課題のうち2課題で通過できなかった.このことより社会性や想像力に生まれつき障害を持つと考え,本人にそのように告知したところ,次第に妄想や攻撃性が落ち着き,X+1年1月退院となった.
【症例2】 83歳女性.両親は早くに亡くなり兄弟もいないため,生育状況は不明である.20歳で結婚し一児を設けるも21歳時夫が死亡.夫の遺産のことで夫の兄弟と争い裁判になった.また長男が甘えてきても寄せ付けず撥ね退けるため,長男は親戚の家で育った.X−3年長男夫婦と同居となるも,長男の妻に対し攻撃的言動を浴びせ続けたため,長男の妻が出て行き離婚となった.X−1年長男が再婚すると,再婚相手にも攻撃的となり「○○子,自殺しろ!」などと怒鳴るため,X年10月当院入院となった.本人が「『人の気持ちがわからない』とよく言われる」「言葉の裏がわからない」と訴えるため,アスペルガー症候群を疑い,本人にそのように告知した.現在コミュニケーションのとり方について学習中である.
【おわりに】 アスペルガー症候群では,社会性の障害,コミュニケーションの障害,想像力の障害がみられるが,これらの障害が多大であると,肉親と愛情関係を育むことができず,社会においても信頼に基づいた人間関係のネットワークを築くことができず,孤立した人生を歩むことになると考えられる.そしてこの『生きにくさ』に本人が気づくと,大変苦しむことになり,うつや妄想を二次的に引き起こす.高齢者であっても早くこの障害に気づき,教育していくことが有効であると思われた. - BACK
- I-1-3 10:00〜10:15
- 進行性認知低下なきDLB か? 遅発緊張病か?;幻覚・妄想,カタトニア,後頭葉の血流低下所見を示す2症例
- 上田 諭(日本医科大学精神医学教室),小山恵子(東京医科歯科大学保健管理センター),大久保善朗(日本医科大学精神医学教室)
- 【はじめに】 中年期後期から初老期に抑うつで発 症し,幻覚・妄想を生じてカタトニアを呈する疾 患としては,遅発緊張病があげられるが,認知機 能の低下を伴えばレビー小体型認知症も同様の経 過を示す場合がある.本2例は,幻覚・妄想, カタトニア,抗精神病薬への過敏性を呈し,後頭 葉の血流低下所見を示すが,認知機能の低下は進 行をみせない初老期男性症例である.両疾患の病 態には共通するところが多く,症例を検討し,初 老期の疾患類型について考察した.
【倫理的配慮】 症例呈示にあたっては個人情報保 護の点から,匿名性に配慮した.また,学会発表 につき家族から口頭で承諾を得ている(症例はと もに故人).
【症例】 1.55歳男性.既往歴に著患なし.高卒. 45歳時,抑うつ的となり,精神科を受診.抗う つ薬などの処方は,副作用のため全て中断.46 歳時,抑うつ的になり,自殺企図があり入院.亜 昏迷状態で,lorazepam8mgで改善し退院した. 同時期より神経内科でパーキンソン病と診断され た.抗パ薬で幻視を生じた.49歳時,幻聴・妄 想,希死念慮を生じて入院したが,亜昏迷,顕著 な筋緊張,拒食,自傷がみられた.ECTにより, 緊張病症状,運動症状ともに著明に改善.退院後, 維持ECTにより比較的安定するものの,時に家 族内での心因を契機にカタトニアを呈す.病識は 曖昧で情意鈍麻がみられる.認知機能の軽度低下があり,脳血流SPECTで後頭葉の集積低下を認 めるが,進行性の認知機能低下はない. 2.66歳男性.既往歴に著患なし.高卒.29歳で結婚,2男をもうける.50歳時より不眠,食欲 低下がみられ,精神科を受診.薬物療法は奏効せず,仕事もこなせなくなり58歳で退職.65歳時, 強迫行為が目立ち精神科病院に入院.抗精神病薬 で筋固縮と動作緩慢が強まり,CK上昇を伴う意 識障害を生じた.この前後から「監視されている」 「逮捕される」と訴え,認知機能の障害も認めた. 66歳時に転院したが,幻聴・幻視・妄想,体感 異常,希死念慮を認め,時に姿勢常同を認めた. ECTが著効したが,情意鈍麻傾向と常同行為は 残存した.脳血流SPECTで後頭葉の集積低下を 認めるほかに器質的異常は認めない.軽度認知機能低下を認めるが,進行はみられない.
【考察】 本2症例は,初老期に抑うつで発症,幻 聴・幻視・妄想に進展し,抗精神病薬への過敏性 やカタトニアを生じやすい病態から,遅発緊張病が疑われる.一方で,パーキンソニズムや後頭葉 の血流低下所見からは,DLBも重要な鑑別疾患として考えられるが,認知機能低下が進行性ではない.進行性の認知機能低下なきDLBと考える べきか,遅発緊張病とDLBが重なる部分をもつ のか,両疾患の類縁性などについて考察し,初老 期の疾患類型に試案を提示した. - BACK
- I-1-4 10:15〜10:30
- 認知症高齢者の介護放棄(虐待)をいかにして防ぐのか;老年精神医学が果たすべき役割は何か
- 大野篤志,菅又典子(特定医療法人薫会烏山台病院栃木県指定老人性認知症センター),大島久智(医療法人尚寿会あさひ病院),奥平智之(医療法人山口病院(川越)),杉山 久(つつじメンタルホスピタル),深津 亮(埼玉医科大学総合医療センター精神神経科)
- 【目的】 我が国は世界でも前例のない超高齢化社会を迎えた.それに伴い認知症,特に認知症周辺 症状(BPSD)を伴う認知症高齢者の増加は,大きな社会問題となっているが,介護現場に重圧を 課している.この厳しい状況が悪化すると,高齢 者虐待に繋がることを我々は危惧している.最近, 介護放棄(虐待)を示した認知症を2例経験した.介護放棄を防ぐために老年精神科医が果たさ ねばならない役割とは何か,について考察を加え て発表する.
【方法】
【症例1】 83歳女性.AD+VD.HDS-R: 11点.X−4年頃より物忘れ出現.X−2年12月, 脳梗塞で呂律緩慢,左軽度片麻痺あり,A病院脳外科入院するも,激しい帰宅欲求あり,1日で強 制退院.独居生活から次女と同居し,長女,次女が通院介助しA病院で脳梗塞の点滴通院加療を 受けた.A病院で介護申請し,要介護3となり, X−1年2月よりデイサービス,ショートステイ を利用していたが激しい帰家欲求,不眠,徘徊等が出現した.介護負担により長女,次女の疲弊が 激しく,X−1年7月にグループホームに入所し た.入所後さらに,幻視,易怒性,興奮,暴力行 為等認められ,B病院神経内科受診し非定型抗精 神病薬の投与を受けたが改善を見なかった.グル ープホームでの対応が困難とされ,介護放棄に陥 っていた.その後,X−1年10月,BPSDの加 療目的に当院精神科入院となった.十分量の非定 型抗精神病薬の投与にてBPSD改善し,ケアプ ラン策定後,X年1月,次女宅に退院となった.
【症例2】 74歳男性.高度AD.X−9年,C精神科クリニックで認知症と診断され,当院精神科入院まで通院していた.X−5年頃より,人物誤認, 弄便,妻に対する嫉妬妄想,易怒性,暴言,暴力 行為等出現し,次第に進行したために,介護事業所より対応困難とされ,受け入れを拒否されるよ うになった.同居の妻や長女の介護疲労が極限に 達して介護放棄に陥った.担当ケアマネージャー の勧めで,X−2年11月,BPSDの加療目的に 当院入院となった.非定型抗精神病薬の投与にて 改善し,ケアプラン策定後,X−1年3月,自宅 に退院となった.
【倫理的配慮】 個人が特定されないよう発表の趣 旨を変えない範囲で若干の修正を行った.
【考察】 介護放棄(虐待)の原因は多様と考えられる.我々の経験した症例では,認知症のBPSD のために養介護施設での医療・介護を拒否され, 家族の介護負担が増大して極度の精神的身体的疲 労のなかで,患者の言動に左右され,患者を放任 し,介護放棄に陥っていることが明らかにされた. 認知症,BPSDに対する正しい知識,社会資源 としての介護サービスを認識,介護家族と地域と の連携協力体制の構築などを含め課題は多いと思 われる.しかし,啓発活動,疾病教育によって高 齢者虐待が解決できることを認識することが重要 である.一方で,適切な認知症医療・介護が提供 できずに介護現場から拒絶される患者がいること を十分に認識する必要がある.(かかりつけ)医師の認知症,BPSDの知識,治療技術が必ずし も十分とはいえない現実があるが,我々,老年精 神医学に携わる医療者には,適切な医療が提供さ れるよう地域ネットを構築して,不断の努力をし ていく義務があると考える. - BACK
- I-1-5 10:30〜10:45
- 近赤外分光法を併用した髄液排除試験により診断し、シャント手術に至った特発性正常圧水頭症の1例
;髄液排除の効果判定における近赤外分光法の可能性 - 和田民樹,疇地道代,上甲統子,野村慶子, 高屋雅彦,木藤友実子,石井良平,岩瀬真生,徳永博正,数井裕光,武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
- 【背景】 特発性正常圧水頭症(idiopathicnormal pressurehydrocephalus:iNPH)は,認知機能 障害,歩行障害,排尿障害を来し,髄液循環障害 による脳室拡大を認め,シャント術で症状が改善 しうる病態である.本症の診断上有用な検査に髄 液排除試験(Taptest)がある.これは,髄液排 除の前後で何らかの症状評価を行い,変化をみる 検査で,改善を認めれば陽性と判定され,外科的 手術も有効である可能性が高いと考えられている. しかし,我が国のiNPH診療ガイドラインで推奨されているTaptestに対しては,その効果判 定基準の一部に判定者の主観的判断に頼る項目が あるため,より客観的な評価基準が必要であると の批判がある.またiNPH患者は症状の変動が あるため症状による判定では正確性が十分でない との意見もある.近年,このiNPHの手術効果 予測精度の向上のために髄液排除中の近赤外分光 法(near-infraredspectro-scopy:NIRS)検査の 併用が有用である可能性が報告されている.我々 は従来の症状評価にこのNIRS検査を併用する ことで,脳血流と相関のある酸化型Hb濃度を髄 液排除中に測定し,増加を認めたものでは手術効 果がある可能性が高いのではないかという仮説を 立てた.今回,髄液排除中のNIRS検査で前頭 葉の酸化型Hbの増加を認め,髄液排除前後で症 状が有意に改善し,シャント術に至った特発性正 常圧水頭症の1例を経験したので報告する.
【症例】 80歳右利き女性教育歴8年
【現病歴】 X−2年12月,転倒により左大腿骨骨 折し入院した頃より無為が出現.X−1年11月, 再度転倒し入院した際,認知症を疑われた.X年 1月同居の家人も物忘れを感じるようになり,同年4月より排尿障害が出現.近医にて頭部CT施 行し,脳室拡大を指摘された.その後も徐々に症 状の悪化を認めたため,同年6月iNPH疑いに て当院当科を紹介受診となった.
【神経学的所見】 snoutreflex(+),尿失禁(+), 歩行障害(+),姿勢反射障害(+)
【画像所見】 MRI上,びまん性の脳萎縮,側脳室 の拡大,大脳基底核・視床にラクナ梗塞を認めた. 脳血流SPECTでは前頭葉を中心に基底核,視床, 後頭葉におよぶ著明な血流低下を認めた.
【Taptest】 髄液は初圧11cmH2O.26ml排除 し終圧2cmH2O.無色透明.髄液排除前後の変 化は,iNPHgradingscale(iNPHGS)で評価し た3徴は歩行・認知・排尿ともに3・3・3のま まで改善を認めなかった.歩行はTimedUpand GoTestで39.3秒→39.9秒,歩数47歩→45歩 と改善を認めなかったものの,10m往復歩行で は57.1秒→48.8秒,歩数89歩→80歩と時間と 歩数ともに10%以上の改善を認めた.神経心理 学的検査では,MMSE10/30→15/30,FAB5/18 →6/18,WMS-R注意index73→55.MMSEで3 点以上の改善を認めたことより,Taptest陽性 と判定した.
【NIRS検査】 髄液排除中のNIRS検査で酸化型 Hb濃度は右前頭葉で2.55μmol/L,左前頭葉で 3.06μmol/Lの増加を認めた.また髄液排除後に 無為・発動性低下が改善し,新聞を読もうという 意欲が出現し,家人との会話も増えた. X年11月6日L-Pシャント術施行となった.
【倫理的配慮】患者個人を特定することができな いよう匿名性に配慮した. - BACK
- 10 : 45〜12 : 00 第1会場
- 症例報告 2
- 座長: 井関栄三(順天堂東京江東高齢者医療センター・メンタルクリニック)
- I-1-6 10:45〜11:00
- PTSD および統合失調症との鑑別を要したTBI(高次脳機能障害)の一例
- 上村直人,谷勝良子,井関美咲,惣田聡子,赤松正則,諸隈陽子,下寺信次(高知大学医学部精神科)
- 【はじめに】 今回我々は当初,交通事故後のPTSD および妄想性障害と診断されていたが,自動車保 険会社の精査要請により大学病院を受診し, SPECT施行により高次脳機能障害と診断しえた 一例を経験した.本症例は今後,高次脳機能障害 の診断に携わる本学会員にも貴重な報告と考えら れたので報告する.
【倫理的配慮】 年齢および職歴などは個人を特定 しうるものは改変を行なった.また家族に対して は学術発表の目的で使用する旨の説明を行い書面 にて承諾を得た.
【対象と方法】 症例50歳男性右利き交通 事故後,幻覚・妄想および奇異な行動のため精神 科クリニック通院中 [学歴]中卒[職歴]大工[病前性格]世話好 き,几帳面,お人好し,頼まれたら嫌と言えない. [嗜好]飲酒(−)タバコ(−) 大工の仕事をしていたがX−1年4月,追突事 故被害にあい,救命救急病院受診.退院2ヶ月 後より,記憶障害,両手足しびれ,頭痛,耳鳴り が出現.また前医施行MMSE18/30であった. また追突事故後の頭部外傷・意識障害はなく,そ の後のMRI画像で器質的病変は全く証明されて いないが,奇異な行動,妄想などの出現があり, ぺロスピロン12mgを主剤とする抗精神病薬が 投与され,また保険会社との後遺障害認定の課題 もあり,精神科クリニックから,TBIの有無の 精査目的で,X年10月,高知大学精神科物忘れ 外来受診.当院初診時所見としては脱抑制や急に 立ち上がり,「もう帰る」というなど注意の転導 性の問題が指摘された.その後外来同伴受診した 家族の説明では食行動の変化(同じ食品ばかり好 む),夜間徘徊する,奇妙な絵を描くなど幻覚妄 想に加えて行動障害,人格変化を認め変容が持続していることが確認された.事故前からの言語障 害や行動障害はなく,社会的適応もよく,FTD をはじめとする変性疾患は否定的であると考えら れた.
【神経心理検査】 レーブン6-4-212/3729分54秒 TMTA:750secB:施行できず
【画像検査SPECT】 X年10月受傷後1年6 ヵ月後 両側前頭葉眼窩脳の血流低下を認め,前頭葉症 候群,高次脳機能障害など器質的疾患を示唆する ものと考えられる.
【高次脳機能障害症状評価】 記憶障害,注意障害, 病識欠如,失行症,遂行機能障害を軽度認めたが, 社会的行動障害として感情コントロール,対人技 能,固執性,意欲低下,妄想を中等度認めていた. これらの症状は明らかに事故後1年後に顕著と なったが他院脳外科でのMRI画像では異常を全 く指摘されていない.Shigenobuら2006のSRI 評価では31であり常同行動・強迫行動評価でも 高得点を示していた.
【考察】 当初,交通事故後のPTSDもしくは事故 をきっかけとした統合失調症の発症を疑われ,当 院紹介受診したが,詳細な行動評価,および SPECTの結果から臨床的には高次脳機能障害と 診断した症例を経験した.本例では事故後にいわ ゆる高次脳機能障害の定義である,器質的異常が 画像で確認できず,幻覚妄想や奇異な行動などの 症状の激しさから精神病や,反応性精神病と考え られ抗精神病薬が使用されていたが,MRIレベ ルでの異常がなくても交通事故後の記憶障害や, 遂行機能の障害が目立たなくても精神病症状の出 現があれば常に高次脳機能障害の存在を考慮する 必要があると考えられた. - BACK
- I-1-7 11:00〜11:15
- 認知症にアルコール依存症を合併した4症例について
- 森川文淑,田端一基,猪俣光孝,直江寿一郎(医療法人社団旭川圭泉会病院)
- 【目的・方法】 認知症にアルコール関連問題が合 併した症例は臨床場面で経験するが,その報告は 少なく実態を十分に把握できているとはいえない. また同症例の傾向として,背景に様々な身体合併 症が併存していることやアルコールへの陰性感情 のため家族や周囲の理解,協力が得られないこと が多くその治療やマネジメントに苦慮することも 少なくない.今回我々は,認知症にアルコ−ル依 存症を合併した4症例を経験したため若干の考 察をまじえ報告する.
【倫理的配慮】 本報告の主旨について説明し,患 者またはその家族から同意を得た.
【症例1】 診断はAD,アルコール依存症.68歳 男性.元教員.20歳頃より日本酒1合程度の晩 酌をしていたがアルコール関連問題は認めなかっ た.63歳時から物忘れ,アパシーが出現し,64 歳時より連続飲酒となり,暴力行為も出現した. 66歳時からは酩酊し度々救急病院に搬送される ようになった.68歳時には,多動,徘徊があり 対応困難なため当院へ入院した.入院時のMMSE 19点,HDS-R22点であり脳MRIでは海馬,前 頭頭頂葉の萎縮,脳血流SPECT(IMP)では両 側後部帯状回の血流低下を認めた.
【症例2】 診断はDLB,アルコール依存症.73 歳女性.主婦.若い頃は機会飲酒でありアルコー ル関連問題は認めなかった.71歳時から物忘れ, 鮮明な幻視,パーキンソンニズムが出現した.72 歳時からは連続飲酒が見られ,家族への被害妄想, 物盗られ妄想も出現し不穏を呈すため警察が介入 することもあった.73歳時に,家族と口論にな り刃物を振り回したため警察官とともに来院した. 入院時のMMSE19点,HDS-R24点.脳MRIでは前頭葉の萎縮が目立ったが海馬の萎縮は軽度 であった.脳血流SPECT(IMP)では両側後頭 葉の血流低下を認めた.症状軽減後,グループホ ームに入所とした.
【症例3】 診断はAD,アルコール依存症.88歳 男性.若い頃は機会飲酒でアルコール関連問題は 認めなかった.85歳時から物忘れが出現し,86 歳時からは連続飲酒となった.同時期より易怒的 傾向も出現し妻への暴力行為も見られた.対応困 難となり88歳時当院に入院した.入院時の MMSE17点,HDS-R11点.脳MRIでは前頭 頭頂葉,海馬の萎縮が目立った.
【症例4】 診断はAD,アルコール依存症.78歳 女性.主婦.20歳頃より毎日日本酒1合を飲酒 したが,アルコール関連問題は認めず.76歳時 から,物忘れ,アパシー,徘徊が出現した.同時 期より連続飲酒となった.77歳時より幻視が出 現し不安焦燥も増強した.78歳時には生活維持 困難となり衰弱が目立ったため当院に入院した. 入院時のMMSE16点,HDS-R9点であり脳 MRIでは海馬,前頭頭頂葉の萎縮,脳血流SPECT (IMP)では前頭側頭連合野の血流低下(右>左) と後部帯状回の血流低下を認めた.
【考察】 本4症例は病歴上アルコール依存症だが, 入院後の経過および各検査所見より認知症が先行 して発症していることが判明した.よって老年期 以降にアルコール関連問題が明らかになった症例 については常に認知症との鑑別が必要であると考 えられた.また,認知症にアルコール依存症を併 存する症例には通常の断酒アプローチは有効でな いため,独自のアプローチが必要と考えられた. - BACK
- I-1-8 11:15〜11:30
- リスペリドンにより軽躁状態を呈し炭酸リチウムを併用した口腔内セネストパチーの1例
- 佐藤典子,植木昭紀,守田嘉男(兵庫医科大学精神科神経科学講座)
- 【はじめに】 セネストパチーでは身体の様々な部位に神経学的に理解できない奇妙な異常感を執拗 に訴える.単一症状に経過する狭義のものと,う つ病や統合失調症の部分症としての広義のものが ある.薬剤に反応し難く患者は症状に囚われ治療 に難渋することが多い.私たちはリスペリドン開 始後軽躁状態となり炭酸リチウムの併用により完 全に消失した口腔内セネストパチーを経験した.
【倫理的配慮】 匿名下の学会発表について本人, 家族に書面で同意を得た.
【症例】 75歳の肥満体型の男性.病前性格は明朗, 活発,積極的,社交的だが敏感,頑固,固執的である.大学卒業後,営業部門に定年まで勤務した. 大動脈弁狭窄症で人工弁置換術を受け,高血圧症, 甲状腺機能低下症の治療中である.X−1年5月, 眩暈が出現したが耳鼻科的に異常はなかった.8 月から自宅の鍵が選び出せない,旅行に行った場 所を忘れたことに拘り,漠とした不安を訴えた. X年3月,口の中に小さな丸い粒や酸っぱい唾液 がたまる感覚が出現した.5月,奥歯の金冠や前 歯の間から仁丹や素麺が出て舌で押すと音がして 潰れ,残った仁丹や素麺は爪楊枝や歯磨きでは取 れずメロンの種や糸蒟蒻になると訴えた.7月に 異常感覚のために開口,咀嚼できず摂食困難となり受診した.服装は整い礼節は保たれていた.注 意は常に異常感覚に向き,自我違和的で不快感を 訴え,執拗に除去を求めた.角遂感や切迫感はあ るが思路障害はなかった.妄想や幻覚の存在は否 定し,特定の病気への罹患の心配はなかった.口 腔内に異常はなく神経学的所見も特になかった.長谷川式認知症検査は29点であった.血中クレアチニン値の軽度上昇以外,脳画像検査を含め異 常はなかった.スリピリドを150mg/日,3週間, 塩酸セルトラリンに変更し25mg/日から6週間 かけて100mg/日まで投与したが,一層誇張さ れた奇異な感覚に変化し食欲不振で体重も減少し た.リスペリドン1mg/日投与に変更,4日目か ら異常感覚が減り食欲が出ると共に気分が良くな り口数が増え散歩に出かけるようになった.1.5 mg/日,3週間投与後,異常感覚はさらに減った. しかし気分が高揚し多弁で幾分誇大的な内容を上 機嫌に話すようになった.変薬の提案に対し立腹し不遜な態度を示し,諌めた妻を罵り攻撃性も窺われた.炭酸リチウム200mg/日を2週間追加 投与したが依然軽躁状態のためリスパダール1 mg/日に減量,4週間後には口数は減り攻撃的な 言動もなく穏やかで異常感覚はほとんどなくなっ た.さらにリスパダールを0.5mg/日に減量,2 週間投与後に異常感覚は消失したが物忘れに拘り 不安を訴えた.炭酸リチウム400mg/日のみを1 週間投与したが上顎に膜が張ったような感覚が再 度出現した.リスペリドンを併用再投与し1.5mg /日で不安の訴えはなく躁状態は呈さず異常感覚 は消失した.リチウム血中濃度は0.61mEq/L, 甲状腺機能に異常はなかった.
【考察】 セネストパチーの基礎に気分障害が存在 し,それらの改善はリスペリドンの直接的な薬理 効果と考えられた.低用量のリスペリドンの躁状 態惹起作用に対して炭酸リチウムが有効であった. - BACK
- I-1-9 11:30〜11:45
- 両足壊疽・呼吸不全について同意者不在で治療方針決定に苦慮した認知症路上生活者の一例
- 秋元和美,山田健志,中島さやか,細田益宏,古田 光(独立行政法人東京都健康長寿医療センター精神科)
- 【目的】 治療同意者不在の認知症患者に対する対
応を検討する.
【方法】 両足壊疽・呼吸不全の認知症患者一例につき検討を加える.
【結果】 症例は74歳女性.プライバシー保護のため病状に直接関わらない部分は適宜脚色・変更した.長年の路上生活の末,X−3ヶ月公園で倒れているところを発見され一般病院に搬送,生活保護受給で行政が介入することとなった.入院時すでに両側足底部壊疽が高度で認知機能低下が著しかった.また親族が一切の関わりを拒否したため生活歴,既往歴,現病歴の詳細は不明である.包帯を自分で外して投げる,徘徊,暴言等のため強制退院となり複数の病院を転院した.福祉事務所が都立精神保健福祉センター高齢者精神医療相談班に処遇相談,当科に受け入れ打診があり,区長同意による医療保護入院となる.著しい見当識障害と近時記憶障害(HDS-R:3/20)を認め食事関連などの簡単な会話が成り立つのみであった.足底部は著しい炭化と悪臭を伴う壊疽となっていた.また胸部レントゲンにて右肺門部にmassと肺野全体に浸潤影を認め呼吸器科で気管支拡張症に伴う難治性慢性気道感染症(緑膿菌+MRSA)と診断された.X+3週,SPO2低下と間歇的発熱を認めメロペネム・酸素投与を開始したが意識レベル低下,親族に再度連絡取るも関わりを拒否,治療同意者不在のため治療方針決定困難となり倫理委員会を開催した.挿管の適応なし,下肢切断術の適応なしと判断,DNRの方針を病院として確認した.X+2ヶ月一般病院内科へ転院となる.
【考察】 本症例について治療同意者不在のため倫理委員会を開催し精神科・身体科・看護・病院管理部が一堂に会することで適切な治療方針を確認,実施することができた.
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- I-1-10 11:45〜12:00
- 健忘と失調症状で初発し,精神科病院へ入院となった傍腫瘍症候群の1例
- 石田琢人,太田朋恵,川野泰周,入江幸子(桜ケ丘記念病院)
- 傍腫瘍症候群は腫瘍の遠隔効果により,多彩な症状が出現する症候群であり,しばしば腫瘍の診断に先行して発症する.今回我々は肺癌が診断される以前に健忘,失調症状で発症し,認知症が疑われ精神科病院へ入院となった傍腫瘍症候群の1例を経験したので,報告する.
【症例】 70代,男性
【現病歴】 X年Y月9日,玄関をウロウロするようになり,嘔吐が出現.同日近医内科を受診するも,特記すべき異常を指摘されなかった.Y月11日にはめまい,ふらつき,物忘れも出現したためA病院神経内科を受診,CT,採血上特記すべき異常なく“認知症”との診断で経過観察されることとなった.しかし,自宅で徘徊等の行動が出現したため,Y月19日当院受診し同日入院となった.入院当初より立位は不安定であり,顕著な前向性健忘と,5年程の逆向性健忘を認めた.腰椎穿刺の結果軽度の細胞数上昇があり,全身検索を行ったところ両肺野に腫瘤陰影を認めた.Y+1月11日に家族がB病院呼吸器科を受診,CT上は肺癌が疑われるものの,精神症状のため化学療法は困難との判断のもと,画像および腫瘍マーカーで経過をフォローすることとなった.Y+1月中旬頃より精神的に不安定となり,家族に対する易怒的態度がみられた.Y+1月22日の検査で腫瘍マーカーの顕著な上昇および腫瘤陰影の増大を認めたため,肺癌および傍腫瘍症候群と診断した.家族は積極的治療を希望しなかったため,当院で引き続き経過を見ることとなった.Y+2月中旬頃より呼吸苦が出現,呼吸苦に対してプレドニゾロンを開始,その後より記憶機能が若干改善した.疼痛もモルヒネでコントロール可能となり,易怒性もやや軽減,家族とも穏やかに面会するようになった.Y+3月18日永眠された.なお,症例報告にあたっては,“学術大会における患者プライバシー保護に関する指針”にのっとり,患者個人が特定される事のないよう配慮した. - BACK
- 9 : 30〜10 : 45 第2会場
- 心理療法とその他の治療
- 座長: 宮岡 等(北里大学医学部精神科)
- I-2-1 9:30〜9:45
- レミニセンスバンプの青年期に焦点化した「思い出深い音楽」による認知症ケア
;E.H.エリクソンの社会発達説から - 西村ひとみ(立命館大学大学院応用人間科学研究科)
- 【目的】 認知科学研究においてライフサイクルの青年期にレミニセンス・バンプが明示されており,筆者が実施した「思い出深い音楽」に関するアンケート調査においても同様なバンプがみられた.本稿ではバンプを示した想起内容に焦点化し,エリクソンの青年期の社会発達を主とした分析から要因を探求し,認知症ケアに役立つ「思い出深い音楽」研究として考察する.
【方法】 認知機能が遂行されている60歳代から90歳代の114名へ,「思い出深い音楽」のアンケート調査を実施した.その結果得られた総数341曲の中で,バンプを示した青年期の105曲に焦点化して,思い出の内容として自由記述された想起内容に関して,エリクソンの青年期の社会発達関連項目(自己と他者,場面とその詳細)と筆者の音楽関連項目(音楽類型,音楽分野)による質的分析を行う.
【倫理的配慮】 アンケート調査時に正式な研究依頼書を提示し,承諾を得て実施した後,研究報告書を提出した.本稿の発表に関しては匿名性に配慮した. 【結果】 エリクソンの社会発達に関連する分析項目として,自己と他者(友人,家族,恋人)の関係は友人41%,恋人14%,母(家族)11%であり,想起された場面(社会,学校,家庭)は社会が61%,学校10%,家庭9%であった.その社会場面の詳細は戦争32%,娯楽30%,回顧16%,仕事14%を示し,続いて筆者の音楽関連の分析項目である音楽類型(活動,嗜好,受容,インパクト,背景)は歌唱と楽器演奏の音楽活動型が31%と最も多く,音楽分野は80歳代と90歳代は戦前歌謡曲,70歳代はラジオ歌謡,60歳代は戦後歌謡曲が主として示された.
【考察】 認知症ケアは音楽療法研究を始め,脳科学研究,認知科学研究など学際的に,音楽と人との関係性について論じられている.認知科学研究では頑健に現れるレミニセンス・バンプの要因として,手がかりの安定に関する認知説,認知的機能がピークである生物学説,ライフスクリプト説,本稿で焦点化した社会発達説であると述べている.個人の「思い出深い音楽」が青年期にバンプを示す要因として,想起内容に登場する他者の分析項目である友人は,学童期までの家族,学校の対人関係性とは異なり,発達課題である友人関係の深化を示していることが分かる.社会場面からは,家族からの独立を示し,かつ体験的なモラトリアムの時期と捉えられ,記述内容においても多様に亘っている.音楽類型の活動型は音楽が情緒性と深く関わり,繰り返される文化領域への積極的な関与として捉えられ,独自性に繋がっている.音楽分野は年代別に顕著な結果が得られ実践に応用できる.以上の分析により,「思い出深い音楽」を動機づけとして得られた想起内容は,エリクソンの青年期の発達課題に基づくことが示唆され,音楽療法の臨床経験知と共に,認知症ケアに生かされることが追認されたと考える. - BACK
- I-2-2 9:45〜10:00
- 認知症介護者に対する集団精神療法の試み(第二報)
- 杉山秀樹,山縣真由美,杉山典子,一宮洋介(順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター)
- 【はじめに】 近年,認知症患者のみならず認知症介護者へのケアの必要性が指摘されている.当院メンタルクリニックにおいても,認知症介護者のサポート,ケアの一環として,2007年10月から認知症介護者のための集団精神療法(以下,グループ療法)を開始し,現在までに4グループ,のべ28名が参加された.昨年の本学会において,グループ療法の初回参加者の治療効果および今後の課題等を報告したが,今回は第2回から第4回までの参加者を加え,心理検査の結果をはじめ,初回からの現在までの改善点等を報告する.
【対象と方法】 当院外来を受診中の認知症介護者を対象に募集を行い,参加に同意が得られた28名のうち,継続して参加した18名(男性3名,女性15名,平均年齢61.83歳SD=9.99)を対象とした.参加者にはグループ療法の開始前と終了時に心理検査を実施し,各回終了後には感想の記入を依頼した.心理検査はProfileofMoodStates(POMS),Self-ratingDepressionScale(SDS),Zarit介護負担尺度(ZBI)を実施した.グループ療法は第1・3・5週の金曜日に60分,参加者が入れ替わらないクローズドグループの形式で合計5回または10回行った.スタッフは医師,看護師,臨床心理士が参加し,参加者が日々の介護体験や悩みを自由に語るディスカッション形式で実施した.
【倫理的配慮】 医師の診察時にグループ療法の内容,プライバシーの配慮等について説明を行い,文書で同意が得られた方を対象とした.なお,当院では治療への抵抗や偏見を考慮し,グループ療法という名称で募集,実施した.
【結果】 グループ療法という形で認知症介護者にかかわることは新たな試みではあったが,初回のグループ療法は既報のとおり,心理検査では一定の効果が見られ,参加者の感想からもグループ療法への好意的な評価,精神科スタッフの認知症介護者へのケアの意識と必要性が聞かれた.今回も,初回から第4回までの心理検査の結果を報告する予定であるが,現在も継続中のグループがあるため,詳細は当日報告する.また,第1・2回は1クール10回セット,第3・4回は1クール5回セットで行い,またグループサイズ(定員)の変更も行ったため,その比較検討も行い,報告する.加えて,現在グループ療法終了後の交流の場として「グループ療法参加者の会」の企画しており,参加経験者への聞き取り調査,途中で脱落したメンバーについての調査を行いたいと考えている.今後も認知症介護者のニーズに応えるサポート体制とグループ療法の治療効果,精度をさらに高める研究を継続しなくてはならないであろう.
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- I-2-3 10:00〜10:15
- 心理教育で改善した暴力と人物誤認と嫉妬妄想を呈したアルツハイマー型認知症の1例
- 高橋幸男(エスポアール出雲クリニック)
- 認知症のBPSDに対しては,まず非薬物療法的対応が求められる.非薬物療法としての心理教育によって軽快した暴力や妄想など(人物誤認,嫉妬妄想)を呈した1例について報告する.なお,事例の発表には,本人及び家族に承諾を得ている.
【症例】 A氏,81歳アルツハイマー型認知症妻との二人暮らし.近所に息子一家が住む.毎朝一緒にウオーキングをする評判のおしどり夫婦であった.A氏が80歳になった頃アルツハイマー型認知症が発症した.発症後半年経った頃から妻への暴力が始まった.1年経った頃には,妻に向かって「家内はどこへ行った?」と時々聞くようになった.さらに「男がいる!」と叫び暴力を振るうようになったために,息子と妻に連れられて当院を受診した.
【心理教育】 アルツハイマー型認知症を中心に多くの認知症者には共通する心理社会的病理(図)がある.心理教育は,A氏と妻の双方の思いを聞くことによって,この心理社会的病理を確認することから始まる.心理社会的病理からいえることは,BPSDの発症にもっとも重要な要素は,認知症に対して持つ家族・介護者の思い込み・偏見による認知症者への“関与の乏しさ”と中核症状にまつわる“失敗”に対する“非難”や“励まし”である.妻のA氏への“関与が乏しさ”は,妻からA氏への温かい日常会話が少なくなることである.認知症が進行するなかで,妻への寄る辺をなくし,不安感,孤独感,寂寥感をもったA氏は,妻の度重なる“励まし”に対して,次第に「叱られている」という思いを抱くようになり,追い込まれていった.叱られ続けることへの反応として暴力は生まれる.“励まし”続ける妻の表情は,眉間にしわを寄せた怖い形相である.混乱のなかで,優しい妻の面影を忘れ得ないA氏は,怖い顔をした妻を人物誤認せざるを得ないだろう.また叱り続ける妻に対し,「自分はいらぬ人間」と感じるようになったA氏は,妻に「男がいる!」と叫ぶのである.
【経過】 妻は,心理社会的病理から,A氏の暴力や人物誤認や嫉妬妄想のからくりを理解した.「家族は立派な介護者にはなれないが,BPSDを少なくすることはできる」と妻に話す.妻には,生活のなかで,A氏への関与を強めてもらった.具体的には写真などを用いて話しかけることを多くしてもらった.そして,もの忘れにまつわるA氏の“失敗”について“励まし”を少なくする努力をしてもらった.A氏の表情は次第に明るくなり,発症後,3年になるが穏やかな毎日を送っている. - BACK
- I-2-4 10:15〜10:30
- 認知症高齢者に対する噴霧型アロマの効果に関する事例的研究
- 河野禎之(筑波大学大学院人間総合科学研究科心身障害学専攻),吉岡 充(医療法人社団充会上川病院)
- 【目的】 近年,認知症患者に対する非薬物療法の1つとして,アロマを利用した介入の報告が多く
みられている.しかし,これらは主にアルツハイマー型認知症(AD)患者を対象に,特定の精油のみを使用した報告が多い.そこで,本研究ではAD患者に加えてレビー小体型認知症(DLB)患者を対象に,アロマによる効果を検討した.また,その際に単一の精油のみではなく,予想される効
果の異なる2種の精油を利用し,経過観察から 噴霧時間や間隔などの調整を行いながら介入を行 い,その効果を検討した.
【方法】 在宅の認知症患者4名(AD:1名,DLB:3名)を対象者とした.使用した精油は,覚醒を促す精油aと睡眠を促す精油b(※抄録作成時点において特許出願手続き中のため精油a,bとした)の2種とした.噴霧時間,間隔を調整でき る器材を使用し,(1)精油a,(2)精油b,(3)精油a+bの順に介入を行った.
【倫理的配慮】 本研究に際して,使用するアロマ の効果と副作用の可能性について文書をもとに口頭で十分に説明し,書面にて本人あるいは家族か ら同意を得た.また,本発表でも個人が特定でき ないように個人情報の取り扱いについて配慮した.
【結果】 対象者は男性2名,女性2名,平均年齢は86.0(±6.36)歳であった.いずれの対象者も, 介入前では日中の覚醒水準が低い場合が多く,易怒的な傾向や特定のものへの執着などのBPSDが頻発していた.また,夜間時の睡眠状態も悪く,レム睡眠時行動障害(RBD)が認められる例もみられた. 介入結果について,精油aのみの噴霧では4例とも日中の覚醒水準が改善され,会話の増加や活動性の向上がみられた.精油bのみの噴霧で は,特にDLB患者において,抑うつ傾向や以前からのBPSDの再発が2例において認められた.一方,精油aとbを組み合わせた噴霧では,日中の覚醒水準の改善とともに,幻視の訴えの消失やRBDの消失などの改善がDLB例において報告された. 以下に代表的な事例を示した.
【事例1】 (DLB,男性,87歳)
【導入前】 日中の覚醒水準は低く,夕方以降BPSD(易怒性,辻褄の合わない無理な要求など)やRBD が頻発していた.
【導入後】 精油bのみでは日中の覚醒水準が低下し,夕方から以前からのBPSDの再発がみられ た.一方で,精油aとbの組み合わせ,および その際に噴霧時間および間隔の調整を行ったとこ ろ,日中の覚醒水準の改善,BPSDの低下がみ られ,夜間時の良眠が確認された.
【結論】 本研究から,使用する精油の適切な選択と組み合わせ,経過状態からの適切な調整により,認知症高齢者のBPSD,特に日中の覚醒水準の改善および夜間の睡眠状態の改善が期待できるこ とが示唆された.今後,症例を増やし,より実証的な研究デザインにより効果の検討を行う必要が 考えられた.
【謝辞】 アットアロマ株式会社の協力に深謝する. - BACK
- I-2-5 10:30〜10:45
- アルツハイマー病に対するアロマセラピーの有効性 ;根本治療へ繋がる非薬物療法
- 神保太樹,谷口美也子,浦上克哉(鳥取大学医学部生体制御学講座)
- 【目的】 これまでの報告から,認知症に対して,アロマセラピーが有益な効果を及ぼすだろうことが予想された.我々は,これまで調査を行ってきたアルツハイマー病(AD)患者を主とする認知症患者に対して,施設A,施設Bにおいて,アロマセラピーが有効であるかどうかを検討するために,各施設の許可を得た上で,同意の得られた対象者に対して,アロマセラピーによる介入研究 を行った.
【方法】 施設Aにおいて,AD15例を含む高齢者41例を対象として研究を行った.これまで我々 が報告したアロマセラピーの有効性を,引き続き 検討するために,クロスオーバー法を用いて検討 した.アロマセラピーを行った期間と同じ長さの コントロール期間の後にアロマセラピーを実施し た.その後,効果の持続と消失を検討する為,ウ ォッシュアウト期間を設けた.それぞれの期間の 前後で検査を行ないその有用性を検証した.また, 施設Bでは,クロスオーバー法を用いて,高度 AD65例を含む高齢者77例を対象として,高度 ADに対してもアロマセラピーが有効であるかど うかを検討するために,介入試験を行った.ここ では,高度AD患者に対する,アロマセラピーの 有効性を検討したが,アロマセラピーを行った期 間をコントロール期間とし,その後アロマセラピーを実施した.そして,効果の持続と消失を検討 する為,同じくウォッシュアウト期間を設けた. 本件等は,倫理審査委員会の承認を受けて行われ,何れの場合も,対象者本人,若しくはご家族 を代諾者として,十分な説明の上,同意を頂いた方に対して実施した.
【結果】 軽度から中等度までのAD群については, 認知機能を評価する評価法である,老年期認知症行動評価尺度(GBSS-J)スケールでの有意な改 善が見られ,特に軽度から中等度までのAD群において抽象的思考点数の有意な改善が見られた. また,タッチパネル式認知症治療評価法(TDAS)において,認知機能全体の障害の程度 を表す総点について有意な改善が見られ,概念理解の点数についても有意な改善が見られた. TDAS総点については,AD群を対象とした検定で有意な改善が見られた. 高度AD群については,65歳以上の対象者のTDAS総点についてと,名称記憶の点数につい て有意な改善が見られた.
【考察】 今回,我々はアロマセラピーがADを主とする認知症患者の認知機能を改善し,認知症の 治療や予防に効果を持つことを示唆した. また,施設Bでの結果から,アロマセラピーが高度ADに対する非薬物治療として有望であり, 軽度なものに対してのみならず,高度ADに対し ても有効である可能性を示唆した. 今回の結果は,非薬物療法の中でも,特にアロマセラピーが,認知症の根本治療に繋がりえる可能性を示唆したと考えている. - BACK
- 10 : 45〜12 : 00 第2会場
- MCI とスクリーニング
- 座長: 忽滑谷和孝(東京慈恵会医科大学附属柏病院精神科)
- I-2-6 10:45〜11:00
- 認知症スクリーニング検査としての竹田式三色組合せテストの有用性(その1)
;早期および軽度アルツハイマー病群と健常群との比較検討 - 竹田伸也(鳥取大学医学部),藤松義人(鳥取県立中央病院),田治米佳世(鳥取生協病院),嶋田兼一(姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室),谷口敏淳,斉藤 基(鳥取生協病院),中込和幸(鳥取大学医学部)
- 【目的】 本研究では,非専門家でも短時間で実施
でき,評価が簡単であり,被検者の負担にならな
いアルツハイマー病(AD)スクリーニング検査
を作成し,AD早期発見のツールとしての有用性
について検討した.
【方法】 対象は,早期AD群(17人,平均年齢75.4 歳),軽度AD群(84人,平均年齢79.6歳),健 常群(36人,平均年齢71.1歳)の3群に分類さ れた137人の男女である.両AD群は,鳥取生 協病院精神科または姫路循環器病センター高齢者 脳機能治療室を受診した患者であり,健常群は, 鳥取生協病院健診センター脳ドックの利用者であ った.ADの診断は,MRIやSPECT,神経心理 学検査等の所見を参考にし,DSM‐IVに基づいて 行われた.このうち,早期AD群は,Clinical DementiaRating(CDR)が0.5かつMini- MentalStateExamination(MMSE)得点が24 点以上の者とした.一方,軽度AD群は,CDR が0.5または1を示した者で,既述した早期AD の基準を満たさない者とした.他方,健常群は, もの忘れの訴えがなく,DSM‐IVにより認知症の 診断基準を満たさず,MRI画像に認知機能に影 響を与える明らかな病変を認めない,MMSE得 点が26点以上の者とした.スクリーニング検査 は,Takedaetal.(2009)の開発したTakeda ThreeColorsCombinationTest(TTCC)を, 干渉課題を変えて用いた.本検査は,1つの図形 再生課題と2つの逆唱課題からなり,図形再生 課題に成功すれば陰性,失敗すれば陽性と判断し た.全対象者に,TTCC,MMSE,CDRの順で 検査を実施し,最後に再びTTCCを行った.年齢,性別,群を独立変数とし,TTCCの結果を 従属変数としたロジスティック回帰分析を行った. 一方,TTCC第1試行の結果に基づいて,特異 度および各AD群の感度を算出した.また,TTCC の再検査信頼性とMMSEを外的基準とする併存 妥当性を検討した.
【倫理的配慮】 個人が特定されない形でのデータの使用について本人または家族の同意を得た.
【結果】 ロジスティック回帰による分析の結果,群のみが有意な項目であり,健常群を基準としたTTCC誤反応に関するオッズ比は,早期AD群で25.5(5.0‐128.7),軽度AD群で46.6(11.7‐186.2) であった.感度は,早期ADに関しては0.82,軽 度ADに関しては0.89,特異度は0.86を示した.一方,TTCCの第1試行と第2試行の結果をもとに,四分点相関係数を調べたところ,両者の間に有意な相関を認め(φ=0.75,p<0.001),2試 行間の一致率は89%を示した.他方,TTCCの 結果に対してMMSE得点を外的基準とした Spearmanの順位相関係数を調べたところ,両者の間に有意な相関が認められた(r=0.57,p< 0.001).また,本検査に対する拒否や抵抗は,全対象者において認めなかった.
【考察】 TTCCは,ADに対し高い感度と特異度を有し,十分な信頼性と妥当性をもつ有用なADスクリーニング検査であることが示された.また,早期ADとの比較により,TTCCがADの早期発見のツールとして有用である可能性が示唆された.今後,早期ADの対象者を増やし,早期発見ツールとしての有効性をさらに検討したい. - BACK
- I-2-7 11:00〜11:15
- 認知症スクリーニング検査としての竹田式三色組合せテストの有用性(その2)
;竹田式三色組合せテストとMini-Mental State Examinationの関連 - 藤松義人(鳥取県立中央病院),竹田伸也(鳥取大学医学部),嶋田兼一(兵庫県立姫路循環器病センター),田治米佳世,斉藤 基(鳥取生協病院),中込和幸(鳥取大学医学部)
- 【目的】アルツハイマー病(AD)スクリーニング検査として開発された竹田式三色組合せテスト(TTCC)と,Mini-Mental State Examination(MMSE)を比較し,TTCC のAD 並びに認知機能評価の予測妥当性について検討した.
【方法】対象は,AD 群127 名(平均年齢78.8±6.2 歳.男性41,女性86),健常群36 名(平均年齢71.1±5.2 歳.男性12,女性24)の計163名であった.両群は,兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室,または鳥取生協病院精神科を受診した患者であり,健常群は,鳥取生協病院健診センターの脳ドックの利用者であった.AD の診断は,MRI やSPECT,神経心理学検査等の所見を参考にし,DSM‐IVに基づいて行われた.一方,健常群は,もの忘れの訴えがなく,DSM‐IVにより認知症の診断基準を満たさず,
MRI 画像に認知機能に影響を与える明らかな病変を認めない,MMSE 得点が26 点以上の者とした.全対象者に,TTCC とMMSE を実施した.得られた結果について,両テストのAD のスクリーニングテストとしての有用性を比較するために,Fisher の正確確率,感度・特異度を求めた(MMSE はCut Off 23/24 を採用).また,TTCCの認知機能の予測妥当性を検討するため,TTCCの結果とMMSE 得点との感度・特異度を検討した.
【倫理的配慮】対象者もしくは家族には,本研究の趣旨を説明し,同意を得たうえで行った.
【結果】両検査ともに健常群とAD 群との間で有意差を認めた(TTCC:AD 群vs 健常群,P<0.001.MMSE:AD 群vs 健常群,P<0.001).一方,感度および特異度に関しては,TTCC が.88,.86 を示し,MMSE が.86,1.00 を示した.TTCCの結果とMMSE 得点とのROC 分析を行った結果,ROC 曲線下面積(AUC)は.83 と中等度の予測能を示した.また,従来のCut Off Point 前後で最も高い感度・特異度が示された.
【考察】本研究の結果より,TTCC は感度・特異度ともに高く,AD のスクリーニング検査としての有用性が確認された.また現在,世界中で広く使用されているMMSE と比較しても,同程度の高い感度を示している.一方,TTCC の認知機能の予測妥当性に関しては,中等度のAUC を示しており,認知機能の低下とともにTTCC 誤反応のリスクが高まることが確認された.これは,TTCC がAD のスクリーニング検査としてのみではなく,より広義の認知機能の低下を予測可能な認知機能スクリーニング検査としての応用可能性を示唆している. - BACK
- I-2-8 11:15〜11:30
- アルツハイマー型認知症とMCI におけるWAIS‐IIIの成績の比較
- 渡辺健一郎,清水 聰,川村友美,窪田 孝,地引逸亀(金沢医科大学精神神経科学教室)
- 【目的】知能検査として従来はWAIS-R が使用されてきたが,WAIS-R は適応が74 歳までであるため,高齢者が主体となる認知症の研究においては,75 歳以上の患者の成績の評価や解釈は慎重にする必要があった.より低い年齢での基準による換算では,評価が低くなっていた可能性がある.しかし,WAIS-IIIでは適応は89 歳までに拡大され,高齢者でも無理な換算をせずに成績の比較検討が可能になった.今回われわれは,認知症研究におけるWAIS-IIIの有用性の検討を目的に,アルツハイマー型認知症とMCI のWAIS-IIIの成績を比較検討したので報告する.
【方法】アルツハイマー型認知症10 例とMCI 9例に対してWAIS-IIIを施行し,算出されたFIQ,PIQ,VIQ および下位検査項目の成績を2 群間で比較した.また,アルツハイマー群およびMCI群それぞれの群内でPIQ,VIQ を比較した.統計的検討にはMann-Whitney の検定およびWilcoxon 符号付順位和検定を使用した.
【倫理的配慮】本研究は診断治療目的でなされた検査結果による後方視的研究である.統計的検討では個人情報が特定されるような要因は極力排除した.
【結果】全対象のうち75 歳以上は9 例であった.アルツハイマー群の平均年齢は73.6 歳,MCI 群の平均年齢は73.4 歳であり有意差はなかった.FIQ,PIQ,VIQ はMCI 群で有意に高かった.下位検査項目のうち有意差を認めなかったのは「数唱」「語音配列」「絵画配列」「組合せ」であり,他の下位検査項目はすべてアルツハイマー群で有意に成績が低いか,その傾向を示した.MCI 群ではVIQ よりPIQ が有意に高値であった.
【考察】FIQ,PIQ,VIQ がMCI 群で高値になったことは,認知症研究におけるWAIS-IIIの有用性を示している.また,「数唱」はWAIS-R でもアルツハイマー型認知症とMCI で成績に差はないとされる項目である.
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- I-2-9 11:30〜11:45
- MCI サブタイプと特定の認知症疾患との関連について;利根町研究
- 木田次朗(筑波大学大学院人間総合科学研究科),根本清貴,朝田隆(筑波大学臨床医学系精神医学)
- 【目的】 PetersenによるオリジナルのMCIは記憶障害を中心に定義されていたが,近年ではamnesticMCI-single(aMCIs),amnesticMCImultiple(aMCIm),non-amnesticMCI-single(naMCIs),andnon-amnesticMCI-multiple(naMCIm)の4つのサブタイプが提唱されている.しかし,それぞれのサブタイプが,ある特定の認知症へコンバートするのかどうかはよくわかっていない.今回,われわれは,6年間の縦断的地域研究において,頭部MRI,脳血流SPECTを含む臨床的データからMCIサブタイプと認知症疾患の関連性について調べた結果を報告する.
【方法】 2001年から2002年にかけて利根町在住の65歳以上の住人1,888人を対象に,認知機能評価のための集団スクリーニングバッテリーである5-cogを行い,4つのMCIサブタイプ,認知症,あるいは正常の診断を行った.この中から脳画像検査に286名が同意した.2名はベースライン時認知症であり,58名はフォローアップ中に脱落したため除外し,残る226名が6年間にわたり定期的に,認知機能検査,脳画像検査を含む検査バッテリーを受けた.われわれはDSM‐IVに基いて認知症へのコンバートを調べ,認知症と診断された場合には,それを来す原因疾患(アルツハイマー型認知症;AD,レビー小体型認知症;DLB,血管性認知症;VaD,前頭側頭型認知症;FTD,その他)を,確立された臨床診断基準により,画像データも加味して,診断した.
【倫理的配慮】 全ての対象者から書面によるインフォームドコンセントを得た.本研究は筑波大学医の倫理委員会の承諾を得て行った.
【結果】 MCI群78人(aMCIs19人,aMCIm20人,naMCIs25人,naMCIm14人)と正常群148人をフォローアップしたところ,観察期間中47名が認知症へコンバートした.aMCIs,aMCIm,naMCIs,naMCImと正常群のコンバート率はそれぞれ,32%,85%,32%,43%,7%であり,aMCImで有意に高かった.どのMCIサブタイプでもADへのコンバートが最も多く認められた.
【考察】 先行研究と異なり,われわれは認知症診断の際,脳画像検査も用いた.aMCImは認知症全般だけでなく,特にADへ高いコンバート率を示したことから,MCIのサブタイプ分けは特定の認知症への進展をある程度予測するのに有用である. - BACK
- I-2-10 11:45〜12:00
- リバーミード行動記憶検査を用いた地域在住高齢者における記憶障害の検討
- 品川俊一郎(東京慈恵会医科大学精神医学講座),豊田泰孝,松本光央,松本直美,森 崇明(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学分野),足立浩祥(大阪大学保健センター),石川智久,福原竜治(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学分野),池田学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野)
- 【目的】 地域において認知症やMCIを検出することの重要性が高まっているが,スクリーニング検査で検出されないような地域在住高齢者にどの程度記憶障害が存在するのか,そしてそのうちで認知症やMCIが存在する割合は明らかではない.リバーミード行動記憶検査(RBMT)は日常生活場面での記憶障害の検出に優れており,日本においても標準化され,初期ADやMCIの対象に対してもその有用性が示されている.スクリーニング検査では認知機能障害が認められなかったが,家族が記憶障害を疑っている地域住民を対象とし,RBMTを用いて日常生活上の記憶障害を調べ,それらの対象の認知症やMCIの有無,臨床的な特徴を調べるのが本研究の目的である.
【方法】 本研究は第3回中山町高齢者疫学調査の一環として行われた.65歳以上の在住高齢者1,521名のうち調査への同意が得られた対象が1,290名であった.これらの対象に対しMCIの診断基準である,(1)本人あるいは介護者によるもの忘れの訴え,(2)年齢に比し記憶力が低下している,(3)全般的な認知機能は保たれている,(4)ADLは保たれている,のうち(1)(3)(4)を満たすものを抽出し,その対象に対してRBMTを用いて記憶障害の有無を確認することとした.調査対象者1,290名のうち,スクリーニングの認知機能検査で大きな障害を認めず(MMSE>23),身体的ADL(PSMS=6/6)および道具的ADL(IADL=5/5または8/8)が完全に保たれ,家族がある程度の記憶障害があると申告したもの(SMQ<40)は72名いた.そのうち,RBMTが完全に施行できたものが52例おり,それらに対してCDRと頭部画像検査にて確認し,最終的な臨床診断を行った.
【倫理的配慮】 対象となった住民と家族に対して口頭および書面で説明し書面による同意を得た.本研究は愛媛大学医学部倫理委員会の承諾を得て行われ,匿名性の保持及び個人情報の流出には十分に配慮した.
【結果】 52例中認知症があると診断されたのは9例(17%),MCIであると診断されたのは12例(23%)であり,半数は正常の対象であると診断された.52例のRBMTのSPSの平均は15.1±5.0点であり,SSの平均は6.4±3.0点であった.過去の報告に準じて,認知症とMCIのSPSでのカットオフ値を5/6とした場合,認知症の9例中2例のみカットオフ値を下回った.同様にSSのカットオフ値を0/1とした場合,カットオフ値を下回ったのは9例中0例であった.正常群とMCI群のSPSでのカットオフ値を16/17とした場合MCIの12例中11例が,同様にSSのカットオフ値を5/6とした場合は12例中7例がカットオフ値を下回った.
【考察】 今回の地域在住高齢者の対象ではRBMTの得点は比較的高く,正常と診断された対象が多かった.RBMTでは正常とMCIの弁別は良好であったが,MCIと認知症との弁別は困難であった. - BACK
- 15 : 25〜16 : 40 第2会場
- 入院・外来診療全般
- 座長: 小山善子(金城大学医療健康学部)
- I-2-11 15:25〜15:40
- 12年間の認知症治療病棟の入院動向の変化について;介護保険施行・改定前後を比較して
- 坂根真弓(財団新居浜病院),樫林哲雄(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学),酒井ミサヲ(財団新居浜病院),吉田 卓,森 祟明(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学),松本光央(愛媛県立今治病院),豊田泰孝,福原竜治,石川智久(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学),塩田一雄(財団新居浜病院),谷向 知(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学)
- 【はじめに】 認知症に伴う精神症状や行動障害(behavioralandpsychologicalsymptomsofdementia;BPSD)は,認知症患者ばかりでなく介護者に苦痛をもたらし,在宅介護を破綻させる大きな一因となる.そのため認知症患者は精神科病院などへの長期入院を余儀なくされてきた.そういった背景を受けて,在宅生活の維持を目的に平成12年から介護保険制度が導入され運用されている.今回我々は,12年間の認知症治療病棟の入院状況を調査し,介護保険施行前(平成9年7月−平成12年3月),施行後から改定まで(平成12年4月−平成18年3月),介護保険改定後(平成18年4月−平成20年12月)の3期に分けて介護保険制度がもたらした影響について検討したので報告する.
【対象と方法】 平成9年7月1日から平成20年12月31日までに当院の認知症治療病棟に入院となったのべ776件を対象に性別,診断,介護環境について聴取した.なお,調査にあたっては,患者や家族に調査の説明を行ったうえで聴取した情報を調査に使用する同意を得た.収集した情報は,個人情報保護に十分配慮し,患者個人が特定されないよう暗号化してから今回の報告のために使用した.
【結果】 全調査期間の入院は776件で,介護保険施行前243件(88.4件/年),介護保険施行後419件(69.8件/年),介護保険改定後114件(41.5件/年)であった.女性の占める割合は全期間で59.8%,各期間では66.3%,56.6%,57.9%であった.診断は全期間でAD324件(41.8%),VD168件(21.6%),FTLD68件(8.8%)の順であった.在宅から入院した例は595件(76.7%)で,「配偶者」254件(32.7%),「子供(嫁を含む)」200件(25.8%),「なし・不明」141件(18.1%),と続いた.また,施設からの入院は,63件(8.1%)あり,1年あたりの入院件数を介護保険施行および改定前後を比較すると,5.6件,6.4件,6件,と変化はみられなかった.介護保険施行前と改定後を比較すると,在宅から入院した例において,その主介護者が「配偶者」である例が31.3%から25.4%,「子供(嫁を含む)」である例が30.0%から21.9%,と減少していたが,「なし・不明」である例は22.2%から26.3%と増加していた.また,施設から入院した例は6.2%から14.0%と増加していた.調査期間の再入院は148例(215件)で,2回入院は105例,3回19例,最多入院は7回であった.その診断はAD74例(50%),VD28例(18.9%),FTLD10例(6.8%)の順で多かった. 主介護者が「配偶者」53例(36.5%),「なし・不明」36例(24.3%),「子供(嫁を含む)」33例(22.3%)の順で再入院が多くみられた.
【考察】 介護保険制度導入後,総入院件数が減少したことは,入院以外の介護環境が得やすくなった結果と考えられる.その一つである施設からの入院数は制度導入前後でほぼ不変であり,制度を利用することで,より適応しやすい環境の選択が可能になっていることが考えられる.当日は,その他の要因や,入院患者の質的な変化なども検討し,若干の考察を加え報告する. - BACK
- I-2-12 15:40〜15:55
- 高齢者病院救急外来における精神科の機能と役割
- 熊谷 亮,内海雄思,小松弘幸,野澤宗央,山本涼子,松原洋一郎,一宮洋介(順天堂大学医学部附属東京江東高齢者医療センターメンタルクリニック)
- 順天堂東京江東高齢者医療センター(以下,当院)は平成16年に東京都の二次救急指定医療機関に指定されており,以降東京都東部を中心とした地域の救急医療の一端を担っている.今回は平成20年1月〜12月の期間に当院救急外来受診患者を調査し,高齢者病院救急外来における精神科の機能と役割を検討した.対象期間に当院救急外来を受診した総患者数は5,112名で,そのうち精神科が対応した患者は184名(男62名,女122名)であった.平均年齢は77.6歳と高齢者病院であることを反映し高くなっていたが,60歳未満の患者も10名含まれていた.精神科基礎疾患はF0;125名(68.3%),F1;4名(2.2%),F2;12名(6.5%),F3;21名(11.5%),F4;5名(2.7%),F5;1名(0.5%),F6;3名(1.6%),G40;2名(1.1%)となっており,多くを認知症疾患が占めていた.受診理由は意識障害が23名(12.5%)と最も多く,以降食思不振22名(12.0%),不穏18名(9.8%),幻覚・妄想16名(3.3%),発熱16名(3.3%),不定愁訴14名(7.6%)となっていた.診察の結果精神症状の悪化と診断された患者は80名,身体合併症の併発と診断された患者は85名であった.身体合併症の種類は肺炎17名(20.0%),脳血管障害11名(13.0%),脱水・低栄養7名(8.2%),外傷5名(5.9%),尿路感染症5名(5.9%),てんかん発作4名(4.7%),心肺停止状態4名(4.7%),ほか心不全や骨折,糖尿病など多岐にわたっており,身体科との連携が不可欠となっていた.当院に入院となった患者は56名だったが,うち42名(75.0%)は身体合併症治療のための入院であった.当院の精神科病棟は認知症専門病棟であるため,一般的な急性期の精神症状には設備面の問題もあり充分な対応ができない状態である.今回対象となった患者の中にも対応困難となった症例が,特に若年例を中心に見受けられた.一方で精神症状・身体合併症に同時に対応できる病院はいまだに数が限られており,身体合併症治療を目的とした当院の救急外来利用患者数は高齢化社会の進行とともに今後も増加することが予想される.当院身体科および他院身体科・精神科との連携が今後の課題である.
- BACK
- I-2-13 15:55〜16:10
- 総合病院精神科病棟における高齢入院患者の在院日数に影響を及ぼす要因の検討
- 野本宗孝,小田原俊成,大槻正樹,藤田純一,日野耕介,岩本洋子,石ヶ坪潤,山口和己,杉山直也(横浜市立大学附属市民総合医療センター精神医療センター,横浜市立大学精神医学教室),平安良雄(横浜市立大学精神医学教室)
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【目的】 総合病院精神科病床における高齢入院患者は,身体合併症やケースワークなど種々の要因によって在院日数が長期化することが報告されている.高齢入院患者の在院日数に影響を及ぼす要因を明らかにするため,当センターに入院した60歳以上の患者を前方視的に調査した.
【方法】 当センターは精神科救急基幹病院であり,50床(開放28床,閉鎖22床,うち隔離室7床)の精神科病床を有している.当センターに入院した60歳以上の患者について,在院日数,精神医学的診断(DSM‐IV),同居者の有無,入院形態,入院前の住環境,身体合併症の有無,入院中の輸液・経管栄養・尿道カテーテルの施行の有無,隔離・身体拘束の施行の有無,家族のサポート態勢のほか入院時と退院時のハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D),Mini-MentalStateExamination(MMSE),BriefPsychiatricRatingScale(BPRS),Barthelindexについて検討をおこなった.
【倫理的配慮】 初診時,臨床研究に関する包括同意書をとっており,いずれの評価項目についても患者の治療に際して侵襲的に働くことはなく,結果の解析については匿名性が保たれるよう十分な配慮をおこなった.
【結果】 平成20年12月から平成21年2月時点での20症例について検討をおこなった.検討例における平均在院日数は21.0日であり,最短日数は7日,最長日数は28日であった.身体合併症を有する症例および隔離・身体拘束を施行した症例で在院日数が長くなる傾向がみられた.また,精神科的診断別の在院日数では,認知症症例が在院日数が長い傾向が認められた.Barthelindexが高値の場合,在院日数は短い傾向がみられた.
【考察】 総合病院精神科病棟において高齢入院患者の在院日数に影響を及ぼす要因の検討をおこなった.限られた医療資源,福祉資源を利用してより早期に入院治療から在宅治療への移行をすすめるためには,入院時に各症例についてアセスメントを行い,認知症や合併症を有した症例,Barthelindexが低値の場合には早期に介入してケースワークをすすめることが必要と考えられる.当日はさらに症例数を増やし,在院日数に影響を及ぼす要因について明らかにするとともに,入院日数短縮の方策と問題点について報告したい. - BACK
- I-2-14 16:10〜16:25
- 仙台市立病院認知症疾患医療センターにおける専門医療相談業務の実績と意義について
- 佐野ゆり,野呂雅人,大橋雅啓,高橋ふみ,藤原砂織,山下元康,福島 攝,鈴木一正,粟田主一(仙台市立病院精神科・認知症疾患医療センター)
- 【目的】 平成20年度に創設された認知症疾患医療センター運営事業は,「都道府県および指定都市が認知症疾患医療センターを設置し,保健医療・介護機関等と連携を図りながら,認知症疾患に関する鑑別診断,周辺症状と身体合併症に対する急性期治療,専門医療相談等を実施するとともに,地域保健医療・介護関係者への研修を行うことにより,地域における認知症疾患の保健医療水準の向上を図ること」を目的としている.仙台市立病院認知症疾患センターでは,平成19年度に診療科専従の精神科医療相談室を設置し,平成20年度からは認知症疾患医療センターとして,地域関係機関との連携業務を強化した新たな認知症医療を展開している.本研究では,当科の専門医療相談業務の実績を報告し,その意義について考察した.
【方法】 精神科医療相談室では,相談業務の,(1)外来・入院別件数,(2)新規・継続別件数,(3)援助方法別件数,(4)援助内容別件数,(5)連携機関別件数を月別に集計している.本研究では平成20年度の認知症疾患医療センター分の業務統計を分析するとともに,精神科医療相談室設置前後の新患受診者数の推移を調査した.
【倫理的配慮】 本研究は業務統計の調査であり,人口統計学的情報以外の個人情報は使用していない.研究実施にあたっては仙台市立病院倫理委員会の承認を得た.
【結果】 平成20年4月〜平成20年12月までの認知症疾患医療センター関連の,(1)相談総件数は1,564件(外来1,115件,入院449件),月平均では174件/月(外来124件/月,入院50件/月),(2)援助方法別では電話93件/月,面接73件/月,(3)援助内容別では,受診・受療援助85件/月,介護保険関係29件/月,関係機関・医療機関との連絡調整48件/月,家族の心理的援助19件/月,地域の社会資源活用18件/月,権利擁護7件/月,経済問題4件/月,その他14件/月,(5)連携機関別では,地域包括支援センター19件/月,介護支援専門員18件/月,医療機関22件/月,行政機関10件/月,その他15件/月であった.認知症疾患センターの年間新患数(月平均)は,平成17年度299人(25人/月),H18年度273人(23人/月),H19年度393人(33人/月),H20年度(4〜12月)322人(36人/月)であった.
【考察】 認知症疾患医療センターの専門医療相談件数は月平均174件/月(電話93件/月,面接73件/月)であり,これは平成17年度の当院の相談件数(49件/月:電話24件/月,面接25件/月)を遥かに凌駕するものである.このことは,認知症に関連した専門医療相談の潜在的なニーズが如何に高いかを示している.援助内容別では,受診・受療援助が最も多い.こうした支援が,鑑別診断に際しての医師の診療業務の負担を軽減し,新患受診者数の増加につながっているのは明らかである.また,関係機関との連絡調整,地域の社会資源活用,権利擁護,経済問題に関する援助によって,困難事例への対応が可能となり,診療の質を高めることに貢献している.連携機関別では地域包括支援センターとの連携が最も多い.専門医療相談業務は,医療と介護の連携を促進し,地域ネットワークの構築に寄与している. - BACK
- I-2-15 16:25〜16:40
- 老年期精神障害に対する精神科急性期治療病棟運用の試み
- 北村 立,北村真希,渋谷良子,稲葉政秀,西川 健,武島 稔,倉田孝一(石川県立高松病院)
- 【目的】 わが国の高齢者医療における精神科医療の本来的役割は,1.BPSDの急性期治療,2.うつ病など認知症以外の老年期精神疾患の治療が主なものと考えられる.可能であれば認知症高齢者の身体合併症治療にも関わるべきであり,少なくとも精神科病床が認知症高齢者の最終的受け皿であってはならない.しかし現在の精神科医療体制下ではこのような需要に対応することは困難である.その大きな要因の一つは通常の精神科病棟で処遇する場合,個室の長期間占拠や介護の問題などにより業務に支障をきたし,苦労の割には診療報酬上の配慮が乏しいことである.また認知症病棟では,認知症以外は対象にならない上,施設基準からも療養的色彩が強く適切な処遇が困難な症例も多い.そこで上記の問題に対応すべく,石川県立高松病院(当院)の認知症病棟50床を平成20年9月から出来高病棟に変更し,同年12月からは精神科急性期治療病棟(急性期病棟)として試験的運用を開始した.今回の報告は上記の試みから,認知症を含む老年期精神障害に対する急性期病棟の必要性を勘案することである.
【倫理的配慮】 当院倫理委員会の承認を得ており,個人を特定する情報の漏出はない.
【方法】 平成20年4〜9月に認知症病棟へ入院した新規患者を対象とし,その属性を分析するとともに,退院先,入院期間などを急性期病棟の施設基準と比較検討した.さらに認知症病棟,出来高病棟,急性期病棟での診療報酬の違いを比較した.
【結果】 調査期間中の入院総数92人のうち対象者は77人(男性35人,平均年齢80.3歳,医療保護76人)であった.入院前居所は自宅42人(55%),一般病院12人(16%),介護保健施設22人(29%)などであり,一人暮らしが21人(27%),高齢者世帯が13人(17%)含まれた.非認知症は12人(16%)であった.3ヶ月以内に48人(62%),5ヶ月以内に60人(78%)が退院し,退院先は自宅が25人(32%),介護保険施設が23人(30%),一般病院が8人(10%)などであった.退院者の平均在院期間は63.6日だが,3ヶ月以内の自宅退院が4割を超えたのは8月,9月の2ヶ月しかなかった.1日単価は認知症病棟が15,160円,出来高病棟が16,461円,急性期病棟が18,649円であった.
【考察】 急性期病棟は新規患者の4割以上が3ヶ月以内に在宅へ移行する必要がある.在宅とは患家あるいは精神障害者施設を指し介護保健施設は含まれない.高齢者の場合,介護保健施設からの入院患者や一人暮らし世帯の者などはたとえ症状が改善しても自宅へ退院するのは困難であり,現行の急性期病棟の基準を満たすことは難しく,退院先の条件の緩和が望まれる.また在宅への移行を目指した場合,認知症病棟では人員配置の面でも診療報酬の面でも不十分である.認知症を含む老年期精神障害を適切に処遇するには精神科的治療,身体的治療,介護の3つの側面から対応できる病棟が必要であり,新たな施設基準の設置が望まれる. - BACK
- 16 : 40〜17 : 25 第2会場
- 自動車運転
- 座長: 三村 將(昭和大学医学部精神医学教室)
- I-2-16 16:40〜16:55
- 認知症と自動車運転 ;運転中断までの長期的予後について
- 諸隈陽子,上村直人,赤松正則,谷勝良子,井関美咲,惣田聡子,下寺信次(高知大学医学部精神科)
- 【はじめに】 本年6月から新改正道交法の施行により75歳以上の免許更新時に認知機能検査の導入が予定されている.そのため医師にも徐々にではあるが認知症の自動車運転の是非について徐々に注目されるようになったが,一方で法的にはアルツハイマー病(以下AD)と血管性認知症では原則運転免許の更新ができないなどの対策ができつつあるが,認知症の背景疾患別の運転能力や,運転継続期間の違いなどにはまだまだ関心が払われていないのが現状である.そこで発表者らは,認知症の背景疾患の違いによる運転行動の違いや,運転可能期間について長期的視点から検討したので報告する.
【倫理的配慮】 本研究は高知大学倫理委員会による承認を受け施行された.
【対象と方法】 1995年9月〜2005年8月の期間に高知大学神経科精神科および関連施設を受診した痴呆患者で,調査時において運転免許を保持している83名を対象とした.なお調査研究に当たっては,研究調査の趣旨を説明し,文面にて同意を得た.対象者は,男性63名女性20名.臨床診断ではアルツハイマー型痴呆(AD)41名(男性28名,女性13名),脳血管性痴呆(VaD)20名(男性19名,女性1名),前頭側頭葉変性症(FTLD)22名(男性16名,女性6名)であった.対象者の平均年齢は70.7±9.7歳(AD群70.5±9.8歳,VaD群75.2±7.3歳,FTLD群67.2±10.1歳)であった.調査内容は調査期間中の交通事故の有無,発症から運転中断及び,痴呆診断から運転中断までの運転継続期間について評価した.【結果】調査期間中,83名の痴呆性高齢者中,34名(41.0%)が交通事故を起していた.運転継続期間では,痴呆診断後から運転中断までの期間はAD群19.1±16.3ヶ月,VaD群9.7±9.2ヶ月,FTLD群9.9±14.0ヶ月であった.また痴呆発症から運転中断までの期間では,AD群39.8±21.1ヶ月,VaD群27.1±20.5ヶ月,FTLD群28.2±23.1ヶ月であった.運転免許の更新についての評価では83例中42例,50.6%が免許更新に成功していた.疾患群別ではAD群41例中26例,63.4%,VaD群20例中6例,30%,FTLD群22例中10例,45.4%であった.また83例中41例,49.3%では家族が免許更新に行かせていなかった.AD群では過半数以上が運転免許更新に成功する一方で,家族が免許更新をさせなかった15例では,交通事故の危険性による家族の説得や鍵の取り上げ,車隠しなどの対応がなされ,興奮や暴力などの介護困難が出現する事例も多く見られた.VaD群では,免許更新をさせなかった14事例中8例では,脳梗塞の再発や,神経症状の進行悪化による入院のため,在宅生活継続困難となる事例 が目立っていた.FTLD群では22事例中8例,36.3%が,切迫した交通事故の危険性のため,精神科病院への強制入院を必要としていた.
【考察】 わが国では認知症の背景疾患別による対策は不十分であるといわざるを得ない.そのため,背景疾患別での認知症患者の自動車運転事例の蓄積と対策つくりが重要である. - BACK
- I-2-17 16:55〜17:10
- 認知症の自動車運転に関する医師会会員アンケート調査;医師から見た認知症患者の運転問題と課題
- 谷勝良子,上村直人,井関美咲,赤松正則,惣田聡子,諸隈陽子,下寺信次(高知大学医学部精神科)
- 【はじめに】 本年6月から新改正道交法が施行され,75歳以上の高齢者の免許更新者は認知機能検査の導入が予定されている.しかしながら認知症のケアシステム上重要な位置を占める開業医や医師会会員にはまだまだ制度変更の情報やその理解について混乱が生じている.そこで発表者らはK県医師会会員1,500名を対象に,認知症の自動車運転に関するアンケート調査を施行したので,その結果や,課題について考察したので報告する.
【倫理的配慮】 本アンケート調査は高知大学倫理委員会の承認を得て施行した.
【対象と方法】 対象は高知県医師会会員1,551名(H20.1.1時点)で,調査期間H20.3.1−3.31の期間に郵送回収方式で施行した.調査内容は,1)会員の背景,2)道交法に関すること,3)診断書作成について,4)運転能力評価について,5)認知症の運転についての質問を行なった.有効回答は441名で有効回収率は28.4%であった.
【結果】 診療所と病院勤務はおおよそ半々で民間病院勤務医が80%(内科医;44.1%,精神科医;8.8%)であり,勤務地では都市;267(61.5%),準都市;105(24.2%),中山間部;61(14.1%)であった.改正道交法への知識では2002年の法律変更自体を知らない医師が多く(53%)具体的内容(認知症が更新不可,医師が免許更新の判断に関わること)になると更に知らない医師が多かった(86%).ほとんどの会員が診断書作成経験がないものの(87%),作成者52名中,作成時の困難を感じているものは6名,12%であり,45名(86%)は困難なく作成できた.作成を断ったのは1名(2%)であった.30名の診断書作成書中,16名(53%)はてんかんであった.認知症は30名中7名,23%であった.運転能力に関する現状評価については,可能:10%(43/441)困難/無理:62%(272/441),わからない:21%(94/441)であった.運転能力に関する将来予測では,可能7%(32/441),困難あり31%(136/441),無理34%(149/441),わからない23%(103/441),無回答5%(21/441)であった.以上から,医師にとり現評価基準は問題があると考えられる.これらの結果は地域性,専門性,診療所・病院,公立・民間)で評価に関する差異はなかった.認知症ドライバーの運転継続に関し,441名中365名(83%)は運転中止すべきであると考えている.一方,どちらともいえない41名(9%),わからない10名(2%),やめなくて良い8名(2%)であった.医師会会員の実際の現場では診断書作成経験の有無や公安委員会からの依頼がなければ,認知症ドライバーの診療上の困難性は低く,まだまだ臨床医には認知症ドライバーの運転能力評価が意識化されていない可能性が高い傾向であった.
【考察】 医師が運転能力を判断できるかどうかについての質問では,できない:37.9%(167/441)であった.一方で,ある程度可能53.5%(236/441)問題なし3.4%(15/441)と予想外に過半数の医師が判断はある程度可能と考えていた.地域別,専門別,診断書作成経験有無別)で統計的に差異はなかったが,勤務地:中山間地域で,専門科別; 精神科で,診断書依頼経験;有の方が医師は運転能力は判断可能と回答する傾向が見られた.これらの可能性として,勤務地では免許の必要性から日常的に患者評価を行なっている,専門科別では生活障害を重視する精神科医療の特徴,診断書作成経験では通常臨床で運転能力評価の経験が医師の意識化に繋がっている可能性が考えられる. - BACK
- I-2-18 17:10〜17:25
- 認知症患者の運転行動特性の検討に資するための研究
;一般運転者における自己評価による運転行動と年齢との関連性に着目して - 新井明日奈,水野洋子,荒井由美子(国立長寿医療センター 長寿政策・在宅医療研究部)
- 【目的】 認知症患者の運転能力を正確に評価するための指標は未だ開発されておらず,現実には,介護者が患者の危険な運転に気づくことが,患者の運転中止に重要な役割を果たしていると考えられる.したがって,介護者に対して,認知症患者の運転行動における危険な兆候について情報提供することは有意義である.そのためには,認知症患者において注意すべき運転行動を,一般の高齢運転者や若年運転者の特性と比較した上で,その特異性を明確にすることが求められる.そこで本研究では,認知症患者の運転行動特性を検討するために,まず,一般運転者における運転行動の特徴について,主に年齢との関連性に着目して検討した.
【方法】 2007年10月に,全国の一般生活者(40歳以上の1,191名)を対象として,郵送法による自記式質問票を用い,自動車運転に関する意識調査を実施した.回答者1,010名(回答率84.8%)のうち,本研究では,普段運転する者(以下,「運転者」とする)517名(男性337名,女性180名;40〜49歳251名,50〜59歳88名,60〜69歳78名,70歳以上100名)を解析対象とした.調査項目から,基本属性,運転操作に影響すると考えられる身体症状12項目,及び運転行動(要注意運転行動及びその他の運転関連行動を含む)28項目を用い,高齢になるほど増加する運転行動について統計学的に解析した.
【倫理的配慮】 対象者に対し,本調査研究の意義及びデータの管理について十分説明した上で,無記名の質問票を用いて得られたデータを全てコード化し,解析を行った.
【結果】 運転行動に対する相関が高かった基本属性(性別及び世帯収入),及び,運転操作に影響する身体症状を共変量として,運転行動の発現頻度に対する年齢の影響を検討した.その結果,運転行動28項目のうち,加齢に伴い発現の頻度が高まることが認められた要注意運転行動は,1)右左折のシグナルを間違って出したり,出し忘れたりすることがある,2)歩行者,障害物,他の車に注意がいかないことがある,及び3)危険な状況へのとっさの対応ができないことがある,の3項目であった.
【考察】 本研究では,一般運転者の自己評価に基づく運転行動に着目し,加齢に伴って増加する一般運転者の要注意運転行動として,1)右左折合図の操作不適,2)他者(車)への注意不行き届き,及び3)危険回避行為の緩慢化,が確認された.これらの結果は,認知症の運転者に多く観察されることが報告されている「後退・車庫入れ時の失敗」「車線内走行困難」「物損・接触事故」「車間距離の保持困難」等の危険な運転行動が,認知症患者特有の行動であるかについて,今後検討を実施する上で,有用な知見を呈するものと考えられる.
【謝辞】 本研究は,厚生労働科学研究費補助金(認知症対策総合研究事業)H19‐長寿‐一般‐025(研究代表者:荒井由美子)の助成により行われた. - BACK
- 9 : 30〜10 : 45 第3会場
- 薬物療法
- 座長: 堀口 淳(島根大学医学部精神医学講座)
- I-3-1 9:30〜9:45
- アルツハイマー病における高用量donepezilの治療効果(第2報) ;服用1年後の評価
- 野澤宗央,杉山秀樹,一宮洋介(順天堂東京江東高齢者医療センター),新井平伊(順天堂大学医学部精神医学教室)
- 【目的】 ドネペジル10mgの治療効果と副作用について(第2報)―服用1年後の評価―
【対象および方法】 当院通院中のアルツハイマー病(AD)の患者61名(男性18名,女性43名)を対象とした.尚,軽度から中等度のADに対しては,適応外である旨を本人,家族に説明し,両者の同意を得た者のみ増量をおこなった.さらに遺伝子解析の説明も同様に行い同意を得たうえアポリポ蛋白E4の解析をおこなった.Donepezil10mg開始24週前,投与前日,投与4週後,投与8週後,投与24週後,投与52週後にそれぞれHDS-R,MMSEを用いて認知機能の評価をおこなった.
【倫理的配慮】 本研究の趣旨を説明し,本人及び家族から同意の得られたものについてのみ検討し,個人が特定されないように配慮した.
【結果】 全61名中,43例において有効性解析が可能であった.脱落した18名のうち7名がdonepezilの副作用が原因と考えられた.投与開始24週前と比べ投与前日のHDS-R,MMSEは共に有意に低下していた.その後投与24週後までは明らかな有意差は認めなかったが,投与52週後は投与24週後と比べ有意に低下していた.CDR得点で高度,中等度,軽度ADの3群に分別し評価したところ,中等度群においては投与開始24週前と比べ投与前日のHDS-Rは有意に低下していた.投与4週後,8週後は投与開始24週前と比べ有意差はなかった.また投与前日から投与24週後までは有意差はなかった.投与52週後は投与24週後と比べ有意に低下していたが,投与前日とは有意差はなかった.軽度群HDS-Rにおいては投与開始24週前と比べ投与後のそれぞれの時期は有意に低下していたが,投与前日以降の時期に有意差はなかった.Donepezil5mg内服期間52週未満,以上の2群に分別し同様の検討をおこなったところ,以上群HDS-Rにおいては投与開始24週前と比べ投与前日以降は有意に低下しており,投与52週後は投与4週後以降と比べ有意に低下していた.アポリポ蛋白E4の有無で2群に分別同様の検討をおこなったところ,E4有群HDS-Rにおいては投与開始24週前と比べ投与後のそれぞれの時期は有意に低下していたが,投与前日以降の時期に有意差はなかった.
【考察】 以上の結果よりdonepezil10mg内服によりdonepezil5mg服用時に認知機能障害の進行を余儀なく認めていた症例においても再度24週以上の期間認知機能障害の進行抑制が可能であると考えられた.52週後より次第に認知機能障害の進行抑制効果が減少する場合があると考えられた.Donepezil10mgに増量する時期としては,onepezil5mgの効果が持続している期間はそのまま継続して経過をみていく方がよいと思われた.また比較的軽度群の方がdonepezil10mgの有効性が高いと考えられ,今後適応拡大が望ましいと考えられた.24週後までの結果においてはアポリポ蛋白E4の存在はdonepezil10mgの治療効果を少なからず減少させる可能性が示唆されたが,52週後までの結果においては症例数の減少もあり影響を与えないと考えられた. - BACK
- I-3-2 9:45〜10:00
- ドネペジル投与中に徐脈性不整脈が認められた2例
- 荻原朋美,小林美雪(信州大学医学部精神医学教室),埴原秋児(信州大学医学部保健学科),天野直二(信州大学医学部精神医学教室)
- 【背景】 ドネペジルの重大な副作用として消化性潰瘍や錐体外路症状などとともに,洞不全症候群,心房内・房室接合部伝導障害などの心疾患も指摘されているが,実際にはドネペジル投与中に発現した洞不全症候群,心房内・房室接合部伝導障害の報告は少ない.我々はドネペジル投与中に完全房室ブロック(CAVB)を発現し,ペースメーカー植込み術の適応になった2症例を経験した.
【症例1】 80歳女性.X−2年頃より物忘れを認め,X年6月に当科初診した.初診時のMMSEは22点.アルツハイマー病(AD)と診断され,ドネペジルが開始された.X年11月,胸部不快感を主訴に近医総合病医院を受診.HR30回/分と徐脈を認め,心電図上CAVBを認めた.同日緊急一時ペーシングが行われ,第3病日にペースメーカー植込み術が施行された.退院後はドネペジルの内服を続け,在宅で当科通院を継続している.
【症例2】 77歳女性.糖尿病とアトピー性皮膚炎のため加療を受けていた.Y−7年頃より物忘れを認め,Y−5年9月に当科初診した.初診時のMMSEは25点.早期ADと診断し,ドネペジルが開始された.Y年12月,自宅で動けなくなり,近医総合病院を受診し,高度徐脈を指摘された.ドネペジルによる徐脈性不整脈への影響が考えられ投与を中止した.CAVBに対してペースメーカー植込み術がなされた.術後よりドネペジル投与を再開し,以後,約1年,在宅で家族の援助を受け,家事動作など行いながら生活してい る.
【考察】 ドネペジルなどのコリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)は,中枢性に選択的に作用し,通常の治療量での末梢性のコリン作動性副作用の発現は少ないとされる.臨床的には,嘔気・下痢などの消化器症状やめまい,不眠などの副作用が観察されることが多い.これまでにChEI投与中に徐脈や洞不全症候群,房室ブロックが出現または悪化したとする報告は,海外で1例,本邦で2例にとどまる.本報告の2例ともにドネペジルの開始後,6ヶ月,5年後にCAVBを発現している.ドネペジルの中止では徐脈性不整脈は改善せず,ペースメーカー植込み術により改善し,ChEIの継続的な内服が可能になった.高齢者では心疾患の既往を有する者も多く,心筋の器質性変化など伝導障害の頻度は増加する.ChEIの投与に際しては,心伝導障害に注意が必要である.また,ペースメーカー植込み術などの積極的な治療により,ChEIの治療を継続できる場合もある.
【倫理的配慮】 匿名化しての発表には本人および家族の同意を得ている.
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- I-3-3 10:00〜10:15
- 認知機能低下を示す超高齢者に対する抗うつ薬治療
- 小西公子(東京都立東部療育センター,昭和大学横浜市北部病院),堀 宏治(昭和大学横浜市北部病院・メンタルケアセンター)
- アルツハイマー病(以下,AD)にはうつ状態の合併が多く,こうしたうつ状態が加齢の影響により,診断しにくくなる.今回,心気・不穏状態を示したADの症例に対して,donepezilによって抑うつ症状が増悪したために,その投与を中止し,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SelectiveSerotoninReuptakeInhibitor,以下,SSRI)であるfluvoxamineを単独投与し,その日常生活活動が向上した超高齢者の症例を経験した.症例の報告を行うとともに,うつ状態を合併した超高齢のADの薬物療法についての考察を行った.症例の報告に当たって,本人並びに家族の了解を得た.また,個人情報の保護のために,症例の病状に差し支えない範囲で,一部,事実を改変した.X−1年頃から,記銘力の低下,日時の失見当を認めるようになり,電話で話したことを家族に伝えられなくなった.また,以前は油絵,写真,バイオリン,旅行と多趣味であったが,熱中できなくなったと言う.このため,家人が認知症を疑い,X年Y月に昭和大学横浜市北部病院(以下,当院)・メンタルケアセンター(精神科,以下当科)初診となった.初診時の診察では記銘力低下,時間の見当識,集中力低下が認められ,ADの診断の元にdonepezil5mgを投与するも,不安感が強くなり,心気傾向が強くなった.このため,救急外来を受診することが多くなった.このために,donepezilの投与を中止し,fluvoxamine25mgの単独投与を行った.その後は不安感が軽快し,救急外来を受診することはなくなった.以上のことから,うつ状態を伴う超高齢者のADに対しては,抗認知症薬ではなく,fluvoxamineなどのSSRIが有用である可能性が考えられ,中でもfluvoxamineは抗コリン作用がほとんどなく,しかもセロトニン(以下,5-HT)再取り込み阻害作用のほかに,認知機能の改善に関与する可能性が示唆されているσ1受容体の刺激作用を有することから,妥当な選択であったと考えられる.また,近年ADにおいてはアセチルコリン(以下,ACh)の低下のみならず,5-HTの低下が認められたとする報告が多いことから,AChの増加のみならず,5-HTの増加もADの薬物療法において必要なことと思われ,抗認知症薬のみならず,抗うつ薬の投与も重要であると考察した.これは,加齢の影響が強くなる超高齢者においてさらに重要となる.
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- I-3-4 10:15〜10:30
- 認知症の周辺症状(BPSD)に対する薬物療法
- 犬塚 伸,矢崎健彦,吉本隆明,山下功一,荻原朋美,天野直二(信州大学医学部精神医学教室)
- 【目的】 2001年度から2003年度までの3年間,厚生労働科学研究「アルツハイマー型認知症の診断・治療・ケアに関するガイドラインの作成(本間昭班長)」の分担研究者として,私たちは認知症の精神症状・行動障害(BPSD)の治療法(特に薬物療法)を文献等既存の医療情報に基づき科学的見地からエビデンスに基づき整理し,ガイドラインを作成した.その後5年経過したため,新たな文献検索を加え,2009年時点の最新のガイドラインを作成することとした.
【方法】 米国NCBIのPubMed(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/PubMed/)を用いて,BPSDの治療について,いくつかのリサーチクエスチョンに基づき文献を検索し,整理した.リサーチクエスチョンとしては
(1)精神病症状とagitationに対する薬物療法
(2)抑うつ症状に対する薬物療法
(3)睡眠障害に対する薬物療法
(4)せん妄に対する薬物療法
を設定した.
【結果】 前回の最終報告では2003年12月に文献検索を実施したが,今回の文献検索ではさらに新たな文献が100件以上ヒットした.(1)精神病症状とagitationに対する薬物療法では,前回の報告と同様に非定型抗精神病薬の有効性を示す文献が多かった.Risperidoneやolanzapine,quetiapineに加え,わが国でも2006年から使用できるようになっているaripiprazolの有効性も報告されている.またバルプロ酸など気分調整薬に関する有効性の報告も確認した.(2)抑うつ症状に対する薬物療法でも前回の検索と同様でSSRIとSNRIの有効性が報告されている.(3)睡眠障害に対する薬物療法に関する報告はごく少ない.高齢者に対する一般的な睡眠導入剤の使用方法が推奨されるということになるだろう.(4)せん妄に対する薬物療法では,(1)と同様の非定型抗精神病薬の有効性の報告が多かった.
【考察】 前回5年前と比較すると,agitation,精神病症状,せん妄に対するrisperidoneやquetiapineなど非定型抗精神病薬の有効性に関する報告が増加しており,さらにエビデンスが積み重ねられている印象をもった.一方で睡眠障害や抑うつ症状では有効性の報告がごく限定的であり,有効性のさらなる確認が待たれる.
【結論】 認知症に伴うagitaitonや精神病症状,せん妄に対する薬物療法としては非定型抗精神病薬をごく少量から開始し,効果をみながら漸増していくことが推奨される.抑うつ症状に対してはSSRIやSNRIを少量から開始し,効果をみながら漸増していくことが推奨される.睡眠障害については一般的な高齢者に対する睡眠導入剤の使用と同様,短時間作用型を少量使用することになる.2005年4月11日のFDAの警告(高齢認知症患者の行動障害の治療に対する非定型抗精神病薬の適応外使用について,注意喚起を要請する文書)もあり,少量投与,短期間の使用を心がける必要があることには常に留意が必要であろう.
【倫理面への配慮】 文献等既存の医療情報を整理,評価するものであるため,倫理面への配慮は特に要しない. - BACK
- I-3-5 10:30〜10:45
- 高齢発症の幻覚妄想状態に対するアルピプラゾールの使用経験
- 酒向依里,山本康裕,入谷修司,尾崎紀夫(名古屋大学医学部付属病院精神科)
- 【はじめに】 高齢期に発症する幻覚妄想状態はパラフレニーや遅発性統合失調症と呼ばれるが,多くの症例はDSM-IV-TRでは統合失調症または妄想性障害にふくまれる.しかし,これらの病態の特徴として思春期・成人前期で発症するそれと比較して,臨床症状の違いや加齢に伴う脳器質的要因の存在がある可能性など病因背景が相違することが指摘されている.今回,我々は65歳以降の高齢期ではじめて幻覚妄想症状を呈した3例を経験しAripiprazole(以下ARP)の有効性を経験したので多少の文献的考察をくわえて報告する.
【症例】 (1).76歳女性主訴は「変なにおいがし,頭がどーんと重い」 現病歴)X−3年5月夫が前立腺癌の診断を受けた頃から幻嗅症状が出現する.X−1年10月夫が病死し幻嗅症状顕著となりX年3月A病院精神科受診し入院となる.ARP6mgの内服開始後一週間で幻嗅・妄想は消退した.(2)72歳女性「A病院へ行け」と幻声にあやつられ受診現病歴)Y年1月知り合いの人物の幻声で命令されるようになる.同年6月「A病院へ行け」と幻声にあやつられ外来受診.同年7月入院となる.ARP6mgにて治療開始し徐々に増量し数週間で幻聴は消失した.(3)72歳女性 現病歴)Z−6年春頃より「電波を感じる」「誰かに狙われている」と話すようになり,同年10月B病院精神科受診.risperidon1.5mgで投薬開始されるも内服違和感のためコンプライアンス不良で程なく治療中断となり,病勢は衰えずしばしば混乱した状態がみられた.Z年1月A病院に紹介受診となる.ARP12mgより開始したところ服薬中断はなく徐々に幻聴・妄想に改善がみられた.
【考察】 文献的には高齢期の幻覚妄想状態は,女性に多く,妄想内容は世俗的で,病識は欠如しているとされる.身体表現性の症状や不眠などの治療には比較的理解を示す一方で,病識/病感を得るのが難しいため,特に外来でのコンプライアンス維持が困難であることをよく経験する.今回は,ARPを主剤として治療をおこない,この病態に有用なことが示唆された.即ち服薬中断を惹起する原因の一つである自覚的な違和感や副作用が少ないこと,高齢者に多い身体合併症に対して認容性が高いこと,などが要因と考えられた.またこれらの症例は脳機能画像で,加齢に伴う変化を認め,この病態に器質的背景が存在することが考えられた.(なお個人情報保護に配慮して,病歴を簡略化した.)
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- 10 : 45〜11 : 45 第3会場
- 神経病理関連
- 座長: 天野直二(信州大学医学部精神医学教室)
- I-3-6 10:45〜11:00
- 石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病が疑われたがレビー小体病と病理診断した1例
- 吉田英統(岡山療護センター精神神経科,岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室),石津秀樹,池田研二(慈圭病院),寺田整司,岸本由紀,大島悦子,石原武士,黒田重利(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室)
- 【目的】 石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病(diffuseneurofibrillarytangleswithcalcification,DNTC)は神経病理学的診断名だが,その特徴的な画像所見から「臨床診断が可能」とされるときもある.今回我々は臨床的にDNTCが強く疑われたが,剖検によりびまん性レビー小体病と診断された症例を経験したので報告する.なお本報告にあたって患者遺族の承諾を得ている.
【症例】 死亡時87歳女性.精神/神経疾患の家族歴なし.80歳時認知症が疑われ精神科病院に入院.入院時HDS-R15/30,MMSE24/30で記銘力障害が強く,易怒的だが幻覚は認めず.ADLはほぼ自立.神経学的に異常なし.副甲状腺機能など内分泌検査は正常,血清Ca,P,Mgも異常なし.頭部CT上,前頭側頭葉萎縮と両側大脳基底核,小脳の著明な石灰化を認めた.81歳施設入所し以後認知症は進行.85歳介護抵抗激しく再入院.奇声のみで意思疎通は不可.まもなく失外套状態となり,87歳肺炎で死亡.臨床診断は石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病の疑い.
【病理所見】 脳重は1000g.肉眼的には前頭葉,側頭葉(内側下方で強い)に萎縮.海馬,扁桃核は萎縮し側脳室下角は拡大.基底核および大脳白質に小梗塞巣を認めるが,基底核の萎縮はない.脳幹,小脳に著変なし.組織学的には,高度のアルツハイマー病変(BraakstageSPC,NFTV)を認め,側頭葉・前頭葉など皮質変性の強い部位では,皮質下のタウ病変(thornshapedastrocyte)もみられた.α‐synuclein免疫染色では,脳幹,辺縁系に加え新皮質にも広範にLewybodyおよびLewyneuriteを認めた.大脳白質はやや粗鬆化し,基底核および白質に小梗塞が散見される.被殻,淡蒼球外節・内節では大小血管に石灰沈着を多数認め,視床の一部でも血管壁は石灰化.中脳,橋, 延髄では細胞脱落は目立たず.小脳皮質,歯状核も保たれるが,皮質顆粒層,歯状核,小脳白質には多数の石灰沈着がみられた.
【考察】 レビー小体病理とアルツハイマー病理をともに広範に認め,びまん性レビー小体病(AD型)と診断した.基底核,小脳に高度の石灰沈着を認めたが,老人斑が多数出現しており現在のDNTCの病理学的疾患概念には当てはまらない.本例のような高齢発症の場合,臨床診断は特に慎重に行うべきであろう.また臨床診断の精度を上げるためには,髄液タウ蛋白,アミロイドβなどのバイオマーカーも検討していく必要がある. - BACK
- I-3-7 11:00〜11:15
- 超高齢者の一剖検例;argyrophilic grain disease は超高齢者適応障害の原因となりうるか?
- 井上輝彦,宇田川充隆,吉牟田千賀,三山吉夫,藤元登四郎(八日会大悟病院老年期精神疾患センター)
- 当院は,認知症を専門とする精神科病院である.ところが,必ずしも認知症とはいえない超高齢者の入院が,近年増加している.その背景として,超高齢者数の増加があるが,高齢者にとって生きにくい社会環境や高齢者独特の生物学的要因など,さまざまな因子のため,本人の本意としない精神科入院を余儀なくされている.今回は,超高齢者の一剖検例より,入院の原因となった精神症状と,脳の器質的な変化との関連ついて考察する.
【症例】 97歳,男性.性格:頑固.尋常小卒.国鉄関係に60歳まで就労.その後は年金生活.趣味は,書道,バイオリン,尺八,囲碁.90歳時,妻他界.心筋梗塞で治療.そのころ,「同じことを何度も言う.」「会話の辻褄が合わない.」等,認知症様症状が見られたが,単身生活は維持できていた.95歳頃,女性と同居.この頃,大金を使い果たした.96歳時,徐々に食事量減少.歩行も困難となった.心不全で入院中,介護抵抗,点滴自己抜去,夜間大声,拒薬,拒食を認めた.内科的治療終了とともに当院入院となった.入院後,病棟に馴染んでくると,徐々に食事を摂るようになった.心理検査等は協力が得られなかった.病棟での状況から,健忘・見当識障害は認めるが, 他人への気遣いもでき,人格反応はよく保たれていた.状況も或る程度理解できていた.身体的な要因や睡眠覚醒のリズムの乱れのため,病状の変動が目だった.どことなく投げやりで「好きにして何が悪い.」と言いたげな行為をすることもあった.入院4ヶ月頃,心身ともに安定していたが,突然の呼吸停止・心停止で死亡となった.97歳.(臨床診断)年齢相応の認知機能低下.いわゆる適応障害.(神経病理所見)開頭のみの剖検となった.脳重量1,100g.アルツハイマー病理はBraakstageII・amyloidB.血管病変は,軽度から中等度の虚血性白質病変,基底核に軽度のラクナ病変あり.Argyrophilicgrain(AG)を海馬・扁桃核等に認めた.側頭葉にはBalloonedneuronを認めた.
【考察】 本症例は,臨床病理学的には認知症と断定できない.しかし,抑えのきかない自己中心的な言動のため,在宅生活を維持できなかった.神経病理学的には,加齢に伴う変化に加えAG病も合併していた.超高齢者の適応障害の背景に,AG病の関与が疑われた.
【倫理学的配慮】 学会発表の承諾を得ている.また,抄録記載にあたり本人の同定が出来ない様配慮した. - BACK
- I-3-8 11:15〜11:30
- 嗜銀性グレイン型認知症剖検脳におけるリン酸化TDP-43の蓄積について
- 藤城弘樹(順天堂東京江東高齢者医療センター,順天堂大学精神医学,東京都精神医学総合研究所),井関栄三,山本涼子(順天堂東京江東高齢者医療センター,順天堂大学精神医学),笠貫浩史(順天堂大学精神医学),東 晋二(順天堂東京江東高齢者医療センター),内門大丈(横浜市立大学精神医学),新井哲明,秋山治彦(東京都精神医学総合研究所),土谷邦秋(松沢病院検査科),都甲 崇,平安良夫(横浜市立大学精神医学),新井平伊(順天堂大学精神医学)
- 【目的】 嗜銀性グレイン型認知症(Argyophilic grain disease:AGD)は後期高齢者に認められるタウ蛋白が異常蓄積する変性型認知症の一つであり,その臨床診断基準はまだ確立されていない.生前に前頭側頭葉変性症Frontotemporal Lobar degeneration:FTLD)と診断されたAGDが報告され,前頭側頭葉変性症の神経病理学的基盤として最新の病理診断基準にAGDが含まれている.一方で,FTLDの神経病理学的基盤として,もっとも頻度の高い(Frontotemporal lobar degeneration-ubiqutinated : FTLD-U)の異常蓄積蛋白としてTAR-DNA-bindingprotein43(TDP-43)が近年同定された.今回,我々は,AGD剖検脳において高頻度にリン酸化TDP-43の蓄積を認めたので報告する.
【方法】 神経病理学的にAGDと診断された15例を対象とした.免疫組織化学染色を用いてリン酸化TDP-43の蓄積の分布,程度について評価した.リン酸化タウ蛋白との共存の有無については共焦点レーザー顕微鏡を用いて検討した.
【倫理的配慮】 剖検時に家族に説明し,研究に対する同意を得ている.
【結果】 15例中9例(60%)でリン酸化TDP-43の蓄積を認めた.蓄積を認めた群は,認めない群に比較して属性とアルツハイマー病理の程度で有意差を認めない一方,AGDの病理学的ステージが有意に高かった.TDP-43病理の分布は,おおよそ嗜銀性顆粒の分布に一致していた.二重免疫染色では,一部でタウとTDP-43の共存を認めた.
【結論】 これらの結果は,TDP-43蛋白の異常蓄積がAGDの病理進展過程に関与している可能性を示している.また,FTLD-Uに特異性が高いとされるTDP-43がAGD脳においても高頻度に蓄積されていることが明らかとなった.異常蓄積蛋白に基づいたFTLDの神経病理基準において,AGDの再分類の必要性が示唆された.
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- I-3-9 11:30〜11:45
- 石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病(DNTC)の言語症状の臨床的特徴
- 羽渕知可子(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野,愛知県立城山病院),入谷修司,関口裕孝,鳥居洋太,石原良子(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野),新井哲明,長谷川成人,秋山治彦(東京都精神医学研究所),土谷邦秋(東京都立松沢病院),柴山漠人(あさひが丘ホスピタル),尾崎紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野)
- 【背景・目的】 石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病(DNTC)は,神経病理学的には前頭葉あるいは前頭側頭葉の葉状萎縮と大脳皮質の広汎な神経原線維変化,Fahr-typeの類石灰化が存在する比較的まれな認知症である.現在までに20数例の報告がされている.臨床的には記憶障害などのアルツハイマー病の症状と,脱抑制や言語障害など前頭側頭葉変性症(FTLD)の臨床症状を一部あわせもち,その出現は症例によってまちまちであるが,現在のところFTLDの範疇で考えられている.FTLDは,前頭側頭型認知症(FTD),進行性非流暢性失語(PNFA),意味性認知症(SD)と近年大きく3つのカテゴリーに分けられている.それぞれの臨床症状は萎縮部位と相関があるとされているが,近年変性タンパクTDP-43の発見に代表されるように,FTLDの疾病概念および分類も変遷の過程にある.そこで,今回DNTCの臨床症状のうち言語障害および前頭葉症状に焦点を当て,従来のFTLDの症状との異同を明確にすることを目的とした.
【方法】 剖検にてDNTCと確定診断された10例において,脱抑制および自発性低下などの前頭葉症状および言語障害などの側頭葉症状について,診療録より調査した.
【結果】 10例のうち前頭葉症状を呈したのは8例であった.また言語障害も10例中8例に見られた.うち1例がSDに類した症状を呈し,3例はPNFAに類した症状を呈したが,その他4例の言語障害は分類不能であった.
【考察】 DNTCは前頭葉症状と言語障害を併せ持つ傾向があると同時に,言語障害については非特異的な症状を呈する傾向にあると考えられた.DNTCもFTLDと同様に,臨床病理学的には病理像で臨床像が規定されるのではなく,萎縮部位により臨床像を規定していることがわかった.当日はこれらの結果について,各症例の臨床症状の検討とともに,文献的考察を加えて報告する. - BACK
- 15 : 25〜16 : 25 第3会場
- 疫学・社会医学
- 座長: 斎藤正彦((医・社)翠会和光病院)
- I-3-10 15:25〜15:40
- 若年性認知症に関する実態調査
- 池嶋千秋(筑波大学大学院人間総合科学研究科),池田 学,橋本 衛,小川雄右(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野),谷向 知,樫林哲雄(愛媛大学大学院医学系研究科脳・神経病態制御医学講座脳とこころの医学),宮永和夫(南魚沼市立ゆきぐに大和病院),米村公江(群馬大学大学院医学系研究科高次機能統御系神経精神医学),朝田隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
- 【目的】 65歳未満で発症した認知症患者について,認知症の程度,日常生活動作(ADL)の自立度,医療・福祉サービスの受給状況について調査を行った.
【方法】 2006年4月1日から2007年12月31日までの間に,茨城県,愛媛県,熊本県,群馬県,富山県,神奈川県横浜市港北区の6地域を対象とし,医療,保険・福祉,行政,および認知症患者が関連する可能性のある全ての機関に対し2段階の郵送アンケート調査を行った.1次調査では当該患者の有無について,2次調査では診断病名,現在の病状の概要など,より詳細な情報を尋ねた.特に2次調査では,当該患者個人の生年月日とイニシャルの情報から,複数機関による重複報告例の割り出しを試みた.認知症の定義はDSM-IVの診断基準を満たすものとし,「若年性認知症診断の手引き」を作成しアンケートに添付した.
【倫理的配慮】 本研究は筑波大学,愛媛大学,熊本大学,群馬大学,富山県医師会の各倫理員会の承認を得て行われた.調査の実施に当たっては,個人情報の保護を厳守した.
【結果】 アンケートは13,156機関に配布された.回答率は1次調査80.4%,2次調査81.7%であり,895施設から2,416名の回答を得た.年齢または疾患が調査の対象外であった者を除いた2,133例(男性1,302例,女性823例,不明8例)を解析の対象とした.認知症の基礎疾患は脳血管性認知症(VaD,40.0%)が最多であった.認知症の程度は,重度の者が34.9%であり,次いで中等度32.6%,軽度23.9%,不明8.6%であった.患者の処遇は,在宅で医療機関や介護保険サービスを受けている者が38.3%で最多であった.要介護度認定は受けていない者が34.6%と最多であり,認定を受けている者のなかでは要介護度3,要介護度5の順で多かった.ADLは食事・排泄・歩行・入浴・着脱衣の5項目のうち,すべてが自立している者が21.5%,すべてが全介助の者が15.7%であった.
【考察】 本調査における解析対象者は,生産年齢に該当する男性の占める割合が多かった.また,在宅で生活する者が多いこと,要介護認定を受けていない者が多いことが特徴であると考えられた.発表当日はさらに詳細な解析結果を報告する予定である. - BACK
- I-3-11 15:40〜15:55
- 地域高齢者の精神的健康とその関連要因 ;福井県における予備的検討
- 大森晶夫(福井県立大学看護福祉学部社会福祉学科),小坂浩隆(福井大学医学部病態制御医学講座精神医学領域),塚本利幸,北條蓮英,川端啓之,西川京子,吉弘淳一(福井県立大学看護福祉学部社会福祉学科)
- 【目的】 世界一の長寿国である日本においては,健康寿命の延伸こそが望まれている.健康とは身体的病気にかかっていないだけではなく,精神的にも社会的にも快適な状態と定義される.平均寿命自体には都道府県によって差があり,われわれは,その地域差の背景を調査するために長寿県の一つである福井県において行った調査から,高齢者の精神的健康とその関連要因について検討した.
【方法】 2007年12月から2008年3月の期間に福井県内の5つの地域(3市2町)から無作為に抽出した20歳以上の住民に自記式質問表「『なぜか健康長寿』を考えるアンケート―『こころ・からだ・しゃかい』の視点から―」を配布し,郵送法により回収した.このアンケートには,精神的状況,身体的状況,社会的状況に関する質問項目が含まれており,精神的健康の評価にはGeneralHealthQuestionnaireの12項目版(以下,GHQ−12と略す)が用いられている.その採点には12点満点のGHQ採点法を用い,3点以下を精神的に健康,4点以上は精神的に不健康と評価した.今回は,GHQ−12に有効な回答が得られた65歳以上の高齢者382人を対象として,その精神的健康状態と関連要因について,必要に応じて25歳以上45歳未満の若年群205人,45歳以上65歳未満の壮年群402人の調査結果と比較し,検討した.高齢群の平均年齢は74.7歳(65−96歳)で,男性181人,女性201人であった.調査結果の分析にはSPSS17.0JforWindowsを用い,有意水準はp<0.05を有意とし,p<0.1を有意な傾向ありとした.
【倫理的配慮】 質問票の表紙に,本調査の意義およびデータ管理についての説明を記載した上で,対象者から任意に無記名で回答・返送されたものをコード化して解析した.
【結果】 65歳以上の高齢群におけるGHQ平均得点は2.29で,若年群の3.74,壮年群の3.38に比べて有意に低かった.同じくGHQによる精神的健康者と精神的不健康者の比率は,高齢群では73.3%/26.7%で,若年群の54.1%/45.9%,壮年群の57.7%/42.3%に対して有意に健康者が多かった.GHQ得点と関連のある項目を重回帰分析によって調べると,高齢群では「生活満足度」と「気がねなく話せる人の数」に有意な関連性が認められ,「主観的健康状態」とは有意な傾向があった.
【考察】 高齢群は総じて精神的健康度が高かった.また,高齢群のみで精神的健康度が「気がねなく話せる人の数」と関連性を認めた.福井県は,三世代同居率が高く,女性就業率も高いことからも,世帯収入が上昇し全国有数の預貯金残高の多い県である.転入・転出者が少ない,持ち家比率が高いなどの特徴もある.さらに今回の高齢対象群で も約60%が「30分圏内の近隣に自分の子どもあるいは自分や配偶者の親が住んでいる」と答えており,緩やかな親族ネットワークで結ばれた「福井型の修正拡大家族」とでもいうべき居住形態が多い.つまり,にぎやかな家庭や慣れ親しんだ地域,人間関係に囲まれた,いわゆるソーシャルネットワークに恵まれた環境で生活し,孫の面倒をみたり家事をおこなうといった役割・生きがいをもって生活していることが,こころ豊かな高齢者の背景として考えられた. - BACK
- I-3-12 15:55〜16:10
- 地域在住後期高齢者における認知症の有病率:栗原プロジェクト
- 目黒謙一,石川博康,田中尚文,佐藤正之,中村 馨,葛西真理,大内義隆,加納美香(東北大学大学院医学系研究科高齢者高次脳医学),三村 將(昭和大学医学部精神科),朝田 隆(筑波大学精神科)
- 【序論】 我々は以前,宮城県田尻町在住の65 歳以上高齢者を対象にした全数調査の結果,認知症の有病率を8.5% と報告した.その後,本邦における高齢化は当時よりもさらに進行し,有病率も増加したことが予想される.今回,別の地域において75 歳以上の後期高齢者に焦点を当てて,有病率を再調査した.
【方法】 2008 年12 月−3 月,宮城県栗原市のモデル地区在住の75 歳以上後期高齢者372 人を対象にした調査が企画された.内容は介護保険情報の調査,および精査同意を得た高齢者対象の臨床的認知症尺度(CDR)判定・頭部MRI 検査・血液検査・神経心理検査・IADL 調査等である.検査異常者は,かかりつけ医に情報を提供し,認知症専門医の受診を勧めた.なお本研究は,東北大学および栗原市関連病院における倫理委員会の承認を受け,対象者から文書による同意を取得している.
【結果】 介護保険情報から認知症が疑われる高齢者(要介護1 以上・認知症の自立度以上)は全体の約20% であり,高齢ほど高い傾向であった.抄録提出時(2009 年2 月20 日)までに精査を完了した127 名において,CDR 1 以上と判定された高齢者は,全体の13.4% であったが,MRI にて脳梗塞が認められた高齢者は48.0% を占め,血管性危険因子も高血圧が68.5%,脂質異常症が40.9%,心疾患が25.2%,糖尿病が17.3% であった.
【考察】 後期高齢者の認知症の推定有病率は20%と考えられる.今後,脳梗塞などの合併症の多い後期高齢者を対象にした保健医療福祉の包括システムが必要である. - BACK
- I-3-13 16:10〜16:25
- 若年性認知症患者とその家族の負担に関する検討
- 野瀬真由美,池嶋千秋(筑波大学大学院人間総合科学研究科),奥村由美子(川崎医療福祉大学),児玉千稲,増田元香(筑波大学大学院人間総合科学研究科),朝田 隆(筑波大学臨床医学系精神医学)
- 【目的】 若年性認知症患者とその家族は老年期の認知症の場合とは異なる問題に直面する.しかしこれまで,多人数を対象に客観的指標を用いて示した報告はあまりみられない.そこで若年性認知症患者とその家族の臨床症状と生活状況を明らかにする調査を実施して介護負担の要因を検討した.
【方法】 対象は若年性認知症の家族の会関係の4団体の会員と筑波大学の外来患者とその家族である.集会場における一斉調査か郵送により回答を求めるかのいずれかの方法を採った.回答91 例のうち,解析対象は認知症の発症年齢が65 歳未満を必須条件として,最終的な解析対象は87 例であった.調査項目は患者・介護者の基本属性,患者の病名,現・発症年齢,現在の認知機能(CDR),ADL(PSMS),BPSD(NPI-Q),介護者の抑うつ度(CES-D),在宅介護者の介護負担度(J-ZBI),経済負担度(CCI の中から経済に関する4 項目のみ抜粋)である.経済負担度と抑うつ度に影響を及ぼす要因を検討するために重回帰分析を行った.
【倫理的配慮】 本研究は,筑波大学倫理委員会の承諾を得て行なった.データ管理はID を使用するなど個人情報の保護に留意した.
【結果と考察】 回答者の基本属性として続柄は,妻が58%,夫が25% であった.患者の基本属性として在宅生活の患者が78% であり,次いで施設,病院で生活していた.患者の診断病名はアルツハイマー病が75% と最多であり,次いで前頭側頭型認知症が20% であった.患者の現年齢・推定発症年齢についてはいずれも55‐59 歳が最 多であった.経済的負担度の合計点について,患者の現・推定発症年齢,介護者の現年齢,経済変化の有無,教育費を必要とする家族の有無を説明変数とし検討した結果,経済変化の有無(p=0.0014)と患者の現年齢(p=0.0144)との関連が強かった.患者の年齢が若く経済状況が悪化(減収)している場合に経済負担感がより強くなる傾向が認められた.抑うつ尺度得点について,介護者の性別を考慮したうえで,11 項目を説明変数とし検討した結果,介護者が男性の場合,患者の推定発症年齢(p=0.03)と関連があった.患者の推定発症年齢が高いほど介護者の抑うつ尺度得点は高くなる傾向が認められた.一方介護者が女性の場合,介護負担尺度得点(p<0.0001),介護者の現年齢(p=0.002),副介護者の有無(p=0.007),経済負担尺度得点(p=0.01)との関連が強かった.介護負担感,介護者の現年齢,経済負担感が高く副介護者がいない場合に抑うつ度がより高くなる傾向が認められた. - BACK
- 16 : 25〜17 : 25 第3会場
- 高齢者関連
- 座長: 前田 潔(神戸大学大学院医学研究科精神医学)
- I-3-14 16:25〜16:40
- 高齢者心気症の心理特性 ;大うつ病,アルツハイマー病との比較検討
- 服部英幸,吉山顕次,三浦利奈,藤江祥子(国立長寿医療センター精神科)
- 【目的】 心気症(Hy)を示す患者の診療においては不安障害,うつ病との関連が重要であるが,高齢者においてはアルツハイマー病をはじめとする認知症との鑑別についても考慮する必要がある.今回,我々は高齢者心気症患者の心理特性を大うつ病(MD)およびアルツハイマー病(AD)との比較において検討したので報告する.
【方法】 対象は国立長寿医療センター高齢者うつ病専門外来「こころの元気外来」および認知症専門外来「物忘れ外来」に受診した65 歳以上の症例150 例,平均年齢74.9 歳,男女比である.診断別では大うつ病65 例,アルツハイマー病50 例,心気症35 例である.大うつ病の診断はDSM-IVTRに,アルツハイマー病の診断はDSM-IV-TRに加えて全例に施行したMRI,脳血流シンチの所見を参考にした.心気症の診断はDSM-IV-TRの基準に合致し,大うつ病の診断に当てはまらない症例とした.すべての症例にGDS 30,やる気
スコア,MMSE,Cornel Medical Index(CMI)を施行した.CMI は深町の神経症領域レベル,および身体精神下位項目の点数を算出し3 群で比較した.大うつ病例33 例,心気症例18 例でMRI,脳血流シンチを施行した.実施に当たって十分なインフォームド・コンセントを得て,プライバシーに関する守秘義務を遵守し,匿名性の保持に十分な配慮をした.
【結果】 MMSE の平均はHy 群26.5,MD 群25.6,AD 群19.6 であった.GDS30 の平均はHy 群15.9,MD 群22.5,AD 群13.5 とHy 群では比較的低値を示し,AD に近かった.やる気スコアの結果はHy 群16.6,MD 群19.3,AD 群18.1 でありやる気スコアをGDS30 の値で割ったY/G の値はHy 群1.0,MD 群0.9,AD 群1.3 でMD に近い値であった.CMI の神経症レベルではHy 群3.1,MD 群3.0,AD 群2.1 であった.Hy における身体下位項目,精神下位項目の値の分布はADよりもMD に近似した.脳血流シンチでは,Hy群はMD 群と同様に前頭葉優位の症例が多いが,MD 群に比し頭頂葉優位の症例も高率にみとめた.個々の症例の中にはHy からAD に移行したものもみられた.
【結論】 Hy の結果はMD に近いと考えられたが,Y/G の値はAD に近く,また脳血流シンチの結果はAD を疑わせるものがありHy の診療にはADの先駆症状である可能性を念頭におく必要があることが示唆された. - BACK
- I-3-15 16:40〜16:55
- 脳機能画像検査と心理検査に基づく,抑うつ傾向を有する高齢者の特徴;バウムテストを含めた検討
- 村山憲男(順天堂東京江東高齢者医療センター・PET/CT認知症研究センター),井関栄三(順天堂東京江東高齢者医療センター・PET/CT認知症研究センター,順天堂大学医学部精神医学教室),川野雅人,三木秀哉(日本メジフィジックス株式会社),長嶋紀一(日本大学文理学部心理学科),新井平伊(順天堂大学医学部精神医学教室),佐藤 潔(順天堂東京江東高齢者医療センター)
- 【目的】 うつ病の診断基準を満たさない抑うつ症状は,高齢者にしばしばみられる症状である.本研究では,認知症がみられず,うつ病とは診断されないが抑うつ傾向を有する高齢者における脳機能画像検査と心理検査の特徴を検討した.
【方法】 2007 年4 月から2008 年3 月に,順天堂東京江東高齢者医療センターの認知症研究に健常ボランティアとして参加し,精神科医の診察によって認知症やうつ病,その他の精神・神経疾患が認められないと判断された65 歳以上の高齢者32名を対象にした.平均年齢は72.9±5.5 歳であった.日本語版Geriatric Depression Scale(GDS)短縮版を実施し,合計点が5 点以下で抑うつ傾向がみられない者を統制群,6 点以上で抑うつ傾向を有する者を抑うつ群とした.統制群に属した対象者は32 名中23 名(72%),抑うつ群に属した対象者は32 名中9 名(28%)であった.すべての対象者に,頭部MRI と脳18F-FDGPET の画像検査のほか,心理検査としてMMSE,WMS-R,WAIS-,バウムテストを実施した.
【倫理的配慮】 すべての対象者に対して研究の目的と方法,守秘義務を含めた倫理的配慮を説明し,文書による同意を得た.
【結果】 頭部MRI では,両群間の脳萎縮や脳血管障害の有無に明らかな差異はみられなかった.脳18F-FDG PET では,脳糖代謝量をt 検定で検討した結果,抑うつ群は統制群よりも左前頭葉,左側頭・頭頂連合野などに有意傾向以上の低下が認められた.年齢と教育年数,MMSE 得点では,t 検定の結果,両群間に有意差は認められなかった. WMS-R では,t 検定の結果,一般的記憶をはじめいずれの下位項目得点にも統計的な有意差は認められなかった.WAIS-III では,動作性IQ が,統制群は123.4±14.5,抑うつ群は113.4±9.7 で,t 検定の結果,有意差がみられた(p<.05).バウムテストでは,樹冠の高さ(mm)が,統制群は126.5±47.0,抑うつ群は96.9±35.9 で,t検定の結果,有意傾向の差がみられた(p<.10),また,空間使用数(個)が,統制群は85.4±42.3,抑うつ群は61.3±19.1 であり,有意差がみられた(p<.05).GDS 下位項目の回答傾向を直接確立計算法で分析した結果,主観的な記憶力の低下を訴えていた対象者が統制群は23 名中14 名(61%),抑うつ群は9 名中9 名(100%)であり,有意差がみられた(p<.05). 【考察】 これまでのうつ病研究と同様,本研究の抑うつ群にも前頭葉の糖代謝や動作性IQ の低下がみられた.また,本研究では,抑うつ群は統制群よりもGDS において主観的な記憶力低下を高い頻度で訴えたが,WMS-R 得点では客観的な記憶力に有意差がないことが示された.バウムテストでは,抑うつ群は,周囲に対する消極的・萎縮的な態度や将来への不安などを多く示していることが示唆された. - BACK
- I-3-16 16:55〜17:10
- 施設老人に認める身だしなみの障害について
- 奥田正英,佐藤順子,濱中淑彦,水谷浩明(八事病院精神科)
- 【目的】 社会生活を営むにはいわゆるTPO に合わせて身だしなみを整えることが必要である.しかし認知障害があると適切な身だしなみが乱れ,適宜介護を要する.今回私たちは施設老人について身だしなみに関連する行為を評価し,また認知症の評価尺度との関連などについて調べたので報告をする.
【方法】 対象は,A 市内にある特別養護老人ホームに入所している老人であり,障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)の判定基準を用いて“屋内生活は概ね自立しているが,介助なしには外出しない”に該当するランクA 以上の自立度を示す老人40 名(男女比9:31,平均年齢80.4±7.0歳)である.これらの老人について認知症高齢者の日常生活自立度を基準(認知症自立度)に従い判定し,改訂長谷川式簡易認知症検査(HDS-R)でも評価した.身だしなみについて整髪,洗面,口腔ケア,服装など日常生活で必要な行為の評価を行い,また鏡の使用や寒暖の訴えの有無などを調査して検討を加えた.
【倫理的配慮】 調査対象については匿名性を保ち個人情報の取り扱いには充分な配慮を行い,本研究の主旨を本人ないし家族に説明をして了解を得た.
【結果】 今回調査した特別養護老人ホームに入所している老人は寝たきり度でA1 が15 名,A2 が25 名であり,ランクJ はいなかった.認知症自立度は凡そIIbであり,HDS-R は平均9.7±7.6であった.身だしなみに関しては,殆どの項目で一部介助を受けていた.HDS-R の得点と認知症自立度や身だしなみの自立度には正の相関を認めた.鏡の使用は50%,寒暖の認知は25%,義歯の使用は45% で,歯科治療を希望する症例は10% であった.今回調査した身だしなみの6 項目(整髪,洗面,歯磨き,更衣,靴下の着脱,上履きの使用)について,1 項目でも全く出来ない症例が17 例(42.5%),6 項目全部ができない症例は4 例(10%)であった.
【考察】 今回施設療養中で日常生活の自立度が屋内生活は概ね自立している老人を対象にして,身だしなみの調査を行った結果,認知症自立度ばかりでなく身だしなみの自立度も,HDS-R の得点と正の相関を認め,認知障害の進行とともに身だしなみの自立が障害されることが示唆された.しかし,認知のどのような機能が身だしなみと関連するかについては今後更に検討が必要である.また身だしなみは単に自己の健康や衛生の状態を適切に認知することばかりでなく,より高次の社会性を考慮しないと決定できないので,施設ケアの老人を対象にすることは,施設環境による色々な制約を受けることから,身だしなみについてより基本的な要因について検討ができる利点があると考えられる. - BACK
- I-3-17 17:10〜17:25
- 認知症患者の抑うつ ;認知症専門外来初診患者の検討
- 兼田桂一郎,橋本 衛,矢田部裕介,本田和揮,小川雄右,池田 学(熊本大学医学部附属病院神経精神科)
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【目的】 認知症においては高率に抑うつ状態を伴うことが知られるようになっており,またうつ病による認知機能低下を原因とした仮性認知症も存在するため,抑うつ状態と認知症の関連は重要である.今回は専門外来を受診し,認知症と診断された患者の内,抑うつを認めた頻度とその臨床的特徴を報告する.
【方法】 2007 年4 月から2008 年12 月にかけて熊本大学附属病院神経精神科の認知症専門外来を認知症の精査目的で受診した343 名のうち,認知症と診断された242 例の患者を対象として後方視的に検討した.初診時NPI のうつの下位項目で1 点以上,GDS で10 点以上のいずれかを満たしたものを抑うつ状態を伴う例とした.疾患の診断名に関してはそれぞれの疾患ごとに国際的な診断基準を用いて実施した.
【倫理的配慮】 初診時に認知症の縦断的な経過を見るプロジェクトに対して,本人あるいはその家族に書面にて同意を得た症例のみを対象とした.また匿名性に十分配慮し,個人が特定されないようにデータ管理を行った.
【結果】 242 例の内訳はアルツハイマー病(AD)96例,脳血管性認知症(VD)51 例,レビー小体型認知症(DLB)32 例,前頭側頭葉変性症(FTLD)22 例,高次脳機能障害17 例,皮質基底核変性症(CBD)7 例,正常圧水頭症(NPH)6 例,混合性(AD 及びVD)認知症4 例,進行性核上性麻痺(PSP)3 例,その他3 例であった.全体では242 例の内83 例(34.3%)が抑うつを示した.MMSE の平均得点はうつ症状のある群では18.6±5.4,無い群は19.1±5.9 であった.Student’st-test による検定ではt-value 0.61,p=0.54 となり統計学的な有意差はなかった.変性疾患ではCBD 4 例(57.2%),DLB 15 例(46.9%)がうつ症状を示したのに対し,AD では31 例(32.3%),FTLD では5 例(22.7%)と疾患による出現頻度の違いが見られた.血管性の疾患に関してはVDでは21 例(41.2%)が抑うつを示した.
【考察】 本研究では認知症において抑うつの出現頻度が高いことが改めて示された.疾患ごとの出現頻度の違いは抑うつを生じる神経基盤の違いにも起因すると考えられた.認知機能の低下が軽い段階に自らの障害を認知して抑うつ状態になりやすいとも言われているが,本研究ではMMSE の平均点に差が出なかった.発表時にはさらに症例数を増やして考察を深めたい. - BACK