※所属は開催当時

プログラム/Program

タイムテーブル/Timetable

第34回大会:プログラム /Program

6月7日(金)

大会長講演
大会長講演
2019年6月7日 9:10~9:50 老年精神第1会場(大ホール2F/共通第18会場)
希望と尊厳をもって暮らせる社会をめざして
座長: 近藤  等 ( (医)朋心会旭山病院 )
演者: 粟田 主一 ( 東京都健康長寿医療センター研究所 )
粟田主一 ( 東京都健康長寿医療センター研究所 )
 
 認知症になってからも希望と尊厳をもって暮らし続けることができ,よりよく生きていける社会を創りだしていくこと.これは,日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG)が,2014年に会を発足するにあたって,会の活動目標として掲げた言葉である.私は,このときほど「希望」と「尊厳」という2つの言葉に重い意味を感じたことはなかった.
 私は1984年に医師となり,東北大学で精神医学を学んだ.それから2009年までの25年間に,大学病院や県内の病院に勤務しながら,老年精神医学の臨床研究に取り組んだ.1990年代には脳血流SPECTを用いた研究で,薬物治療が困難な老年期うつ病の前頭前野及び前部帯状回を含む傍辺縁系領域にCBF低下パターンが認められること,急性期ECTは高い治療反応率を示すが,再燃率は高く,寛解を維持するためには継続・維持ECTを必要とする例が少なくないこと,前頭前野のCBF低下パターンはstatemarkerである可能性があるが,傍辺縁系領域のCBF低下パターンはtraitmarkerである可能性があることを報告した.2000年代の初期には,疫学的調査介入研究において,高齢者の自殺にはうつ病などの精神的健康度低下とともに,ソーシャルサポートの欠如が深く関連すること,社会的孤立の解消を含む問題解決療法的アプローチが精神的健康度の改善や自殺リスクの低減に有効であることを示した. さらに,1990年代~2000年代の初期にかけて,精神保健相談事業において実施される認知症の相談支援事業が認知症の複雑化の予防に寄与すること,かかりつけ医療とともに,専門医療と地域連携推進機能をもつ医療機関の整備が必要であることを示し,認知症の地域支援体制づくりや認知症疾患医療センターの事業モデルを提案した.
 2009年からの10年間は,現在の職場で診療に従事しながら,高齢者の精神保健や認知症の社会政策に関わる研究を進めた.すなわち,2009年からは,生活困窮者を支援するNPO法人と連携して,社会的孤立,住まいの欠如,精神的健康度低下が生活困窮者の自殺リスクを高めることを示し,居住支援と生活支援を事業化させる研究に着手した.また,2011年からは東日本大震災で被災した石巻市網地島において認知症の支援体制づくりを開始し,2012年からは国立長寿医療研究センターと協働して認知症初期集中支援チームの事業モデルの開発を進め,2014年からは東京都の離島における認知症支援体制づくりに着手し,これらと並行して全国の認知症疾患医療センターの質の向上をめざした研究を進めた.2015年からはJDWGと連携して認知症の当事者が政策に参画するための方法論の確立に向けた研究を開始し,2016年からは大都市において認知症とともに暮らせる社会環境を創出するための研究,2017年からは若年性認知症の有病率と生活実態を把握するための研究,2019年からは独居高齢者等が安全・安心な生活を送れる社会環境を創出するための研究に着手している. これらの研究は,現在,研究所の研究員が役割を分担しながら進めており,研究成果の一部を本学会のシンポジウムと一般演題で報告する予定である.大会長講演では,これらの研究成果を踏まえ,「認知症の有無に関わらず,障害の有無に関わらず,人々が希望と尊厳をもって暮らせる社会」の創出をめざした政策研究を行うことの重要性について述べたいと思う.
特別講演
特別講演Ⅰ
2019年6月7日 13:20~14:20 老年精神第1会場(大ホール2F/共通第18会場)
老年精神医学の歴史と未来
座長: 粟田 主一 ( 東京都健康長寿医療センター研究所 )
演者: 松下 正明 ( 東京大学名誉教授 )
松下正明 ( 東京大学名誉教授 )
 
 超高齢社会を迎えて,これからの老年精神医学の目指すべき方向について,老年精神医学の歴史の流れのなかで考えてみたいというのが本講演の主旨である.しかし,限られた時間内での講演では,老年精神医学のなかで主として認知症を扱い,メランコリーや妄想性障害等の重要なテーマについては簡単に触れることになる.現在,老年精神医学の中心になるのはやはり認知症問題であるからである.
 ライフサイクルのなかでの高齢者への関心,あるいは高齢者にみられる認知症についての言及は古代ギリシアからみられているが,認知症を中心とした精神疾患を臨床的に詳細に記述したのは,19世紀初頭からの,P Pinel,JED Esquirol,GL Bayle,LF Calmeil,JGF Baillarger らのフランス学派である.とくに,老年認知症と並置される進行麻痺概念のフランス学派による提唱は老年精神医学史上画期をなしたといえる.
 19世紀は,老年認知症と進行麻痺が高齢期にみられる疾患として主要なテーマであったが,19世紀末から20世紀にかけ,前者から前頭側頭型認知症(ピック病),後者から血管性認知症が分離されるなど,高齢期にみられる器質性脳疾患の種々の疾患概念が確立されてくる.A Pick,O Binswanger,E Kraepelin,F Nissl,A Alzheimer,K Kleistなどの業績が燦然と輝いている.また,同時期,初老期・老年期メランコリーや,いわゆる妄想性障害概念も提唱・確立されてくる.このような歴史の流れからいえば,20世紀初頭をもって,老年精神医学という一つの専門領域が築かれてきたとしてよいであろう.
 そして,20世紀は,老年精神医学においては,神経病理学によって確立されたこれらの疾患概念,とりわけアルツハイマー型認知症,血管性認知症,前頭側頭型認知症をめぐって,その疫学,遺伝,臨床,病理,病態,経過,予後,治療に関する研究に集中してきた100年であった.とくに20世紀後半から21世紀初頭にかけては,科学技術の進歩に裏打ちされて,脳画像技術の開発,種々の検査法の開発,病態に基づく薬物療法の発展などが,認知症の理解に大きな影響を及ぼしてくることになった.
 現代もこのような歴史の潮流のなかにあるが,しかし,フランス学派から始まって200年,Kraepelinから始まって100年,何が最も大きく変わったかといえば,高齢者人口の構成であり,それに応じて,認知症性疾患の構造である.現代日本では,65歳以上の高齢者の全人口に占める割合が25%をはるかに超え,75歳以降の後期高齢者,85歳以降の超高齢者の激増が,高齢者にみる疾患構造を激変させている.このような事態は歴史上初めてのことである.とくに,超高齢者の激増は,認知症の定義,認知症の8割を占めるアルツハイマー型認知症の理解,臨床症状の意味,治療方針,抗認知症薬開発の方向性,多職種による治療・介護体制などに大きな変革を及ぼしている.時代の要請からいえば,これからの老年精神医学は,超高齢社会にふさわしい内容に変革せざるを得なくなるであろう.
特別講演Ⅱ
2019年6月7日 14:30~15:30 老年精神第1会場(大ホール2F/共通第18会場)
認知症基本法はどうあるべきか
座長: 本間  昭 ( お多福もの忘れクリニック )
演者: 宮島 俊彦 ( 東京大学高齢社会総合研究機構 )
宮島俊彦 ( 東京大学高齢社会総合研究機構 )
 
 認知症の高齢者は2012 年の約460 万人から,25 年には,65 歳以上人口の約5 人に1 人にあたる約700 万人に増えると予測されている.
 このため,政府は数次にわたって認知症施策を打ち出してきた.直近は,15 年の「認知症施策推進総合戦略」(新オレンジプラン)である.
 最近では,認知症に関する基本法の制定を求める意見が相次いでいる.一昨年5 月には自民党が「一億総活躍社会の構築に向けた提言」に「認知症対策基本法」の必要性の検討を盛り込んだ.昨年9 月には公明党が「認知症施策推進基本法」の骨子案を公表した.
 基本法を制定すれば基本理念や施策が定められ,推進計画の策定が国や都道府県,市町村に義務づけられる.予算や人員の充実にもつながるので,歓迎すべきだろう.
 制定にあたり,私は次の三点が重要だと思っている.
 第一は,本人の主体性を尊重することである.
 私は,当事者の会や支援者も含めた勉強会に10年前から参加してきた.本人たちが一貫して訴えていることは,認知症になると「問題のある人」というレッテルを貼られ,日常の暮らしの中で自主性が損なわれてしまうということである.
 誤解や偏見から,過去の対応は「隔離・拘束」「入院治療」「施設入所の対象」へと変遷してきた.しかし,今では働いている人,社会参加を続けている人も多い.地域で主体的に生きることを尊重し,認知症の人の活躍の場を広げていくことが望まれる.
 第二は,広く本人の意見を聞く場を設けることである.制定過程で本人の意見を聞くのはもちろんのこと,この法律により設けられる政府,都道府県,市町村の施策協議会の委員としても本人の参加を求めることが必要だ.そうすれば,真に必要な事柄が明らかになり,たとえ判断能力が衰えても暮らしやすい地域や社会の実現につながっていく.
 第三は,予防治療だけの観点で法律を作らないことである.
 私たちはともすると,認知症は病気なので,その予防や治療に関する「対策」が必要だと考えがちだ.しかし,障害の場合は「障害者基本法」であり,「障害者対策基本法」ではない.
 障害者対策基本法では,障害者は問題があるから「対策」の対象だと考えていることになり,その根底には障害者に対する差別意識がつきまとう.同様に,認知症対策基本法では,認知症の人は問題だから「対策」の対象にするといった誤解が生じてしまう.だから法律の名称も「認知症の人基本法」とすることが望まれる.
 誰もが認知症になり得る超高齢社会において,安心できる「人生100 年時代」を実現するためには,予防治療にとどまらず,見守り,街づくり,成年後見,被害防止,就労,社会参加まで含めた幅広い対応が求められているのである.
特別企画シンポジウム
特別企画シンポジウム
2019年6月7日 15:40~17:50 老年精神第1会場(大ホール2F/共通第18会場)
認知症のある人の暮らしをともに紐解き未来をつくる;
認知症未来共創ハブの活動を手がかりに
座長: 粟田 主一 ( 東京都健康長寿医療センター研究所 )
    堀田 聰子 ( 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 )
演者: 筧  裕介 ( 特定非営利活動法人イシュープラスデザイン )
    猿渡 進平 ( 医療法人静光園白川病院 )
    徳田 雄人 ( NPO法人認知症フレンドシップクラブ )
    樋口 直美 ( 当事者 )
    堀田 聰子 ( 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 )
1.認知症のある方の生活領域別課題と認知機能トラブルの共通言語化
筧 裕介 ( 特定非営利活動法人イシュープラスデザイン )
 
 認知症のある方が,日常生活においてどのようなことに困り,どのような生活上の課題を抱えているのか,こうした情報は世の中にたくさんあるように見えて,体系的に整理されている情報は実に少ない.記憶障害・見当識障害・実行機能障害と言った中核症状,暴言・暴力,徘徊,妄想などの周辺症状と呼ばれる医療者の視点での症状の情報に限られるケースが多い.
 本人がどんな症状を抱え,生活上に困りごと(生活課題)を抱えているかについて,周辺の家族や医療・介護職がしっかり理解せず,ステレオタイプで考えてしまうことが多い.
 認知症未来共創ハブでは,認知症のある方のインタビュー,および本人が発信している書籍・ブログ等の声を通じて,当事者の生活課題(約300)を抽出し,そのグループ化により,10の生活領域(衣・食・住・働・遊・買・金・健・交・移)を設定し,それぞれの領域別の困りごとを分析している.
 また,同時に各困りごとの背景にある,認知機能のトラブルを細分化(約50)し,定義することも試みている.
 本人が抱えている生活課題とその原因である認知機能トラブルの2つを可視化・共通言語化することにより,2つの効果があると考えられる.
 1つは,本人と家族,本人と医療・介護関係職の間のコミュニケーションを円滑にすることである.自分の状況を周囲に伝えることは時に難しい.周りの方も偏見や先入観なく認知症のある方を理解することは難しい.この両者の壁を取り除くことが可能になる.
 2つ目は,行政やまちづくり関係者が認知症のある方が暮らしやすい地域づくりに取り組む際の指針となることである.
 3つ目は,企業が認知症のある方の課題を解決するための商品・空間・サービス・メディアを開発する際の指針となることである.
 行政や企業にとって,認知症のある方が生きる世界を正しく認識することは難しく,理解が不足していること,困難なことにより,まだまだ認知症のある方が暮らしやすい社会が実現に向けて動かない原因があると考えられる.
 本講演では現在進行中の認知症のある方の生活課題と認知機能トラブルに関する調査・分析結果を紹介し,今後のプロジェクトの進め方に関する多くの皆さんからの示唆を頂けることを願っております.
2.認知症の人と共に;地域の次なる風景を創るパートナーとして
猿渡進平 ( 医療法人静光園白川病院 )
 
 福岡県大牟田市では,2002年から官民協働の体制を構築し,認知症の人が地域で安心して暮らしていけることを目的に「認知症ケアコミュニティ推進事業」を展開してきた.
 大きな事業としては4つあり,①人材育成(認知症コーディネーター養成研修)②認知症の早期発見(物忘れ予防・相談検診),③理解啓発(小中学生との認知症絵本教室),④地域づくり(認知症SOSネットワーク模擬訓練)である.
 特に2004年から始まった認知症SOSネットワーク模擬訓練は,各小学校区の民生委員,自治会などの地縁組織や医療・介護施設で構成する実行委員会を形成し,認知症の人や家族を見守る気持ちの醸成,または行方不明時の実効性の高い仕組みの充実を図っている.長年に渡り,これらの訓練の成果として,認知症の人に対して地域住民や商店街,銀行などが見守りを行い,自宅での生活が継続できている認知症の人は増加している.
 また,これらの活動の波及効果として,商業セクターは,買い物難民の為の“出張商店街”,更に認知症にやさしい商店街となるために“認知症サポーターのいる商店街”,地域のサロンの活性化のために“出張ゼミ”などの取り組みを開始している.このように行政,介護・医療機関,住民,そしてマルチセクターが「認知症にやさしい街」を創るための取り組みを進めている.
 近年では,地域共生社会の実現に向けて,「認知症の人が支えられる対象から地域を支える」ための転換として認知症の人が「ハタラク」取り組みを進めている.これは,企業側と介護サービス事業所,そして認知症の人(家族を含む)の3者に良い効果があり,市内では萌芽的にこれらの取り組みが広がってきている.
 これらの活動を振り返ると,まずは行政と事業所の協働,そして住民,さらにはマルチセクターが認知症をキーワードに意見を交わし,認知症の人が支えられる,そして社会参加できる地域づくりを展開してきたと言える.しかし,一方では認知症の診断前,あるいは診断直後の課題が顕在化してきている.筆者の周りにも,10数年前から認知症SOSネットワーク模擬訓練に積極的に取り組んできた住民が認知症になり,引きこもっている事例が発生している.つまり,大牟田市では「認知症になれば支えられる対象」だと言う啓発を実施してきたのかもしれない.これらの反省から,現在は認知症の人が認知症の人に出会い勇気を得る,そして私たち支援者と共に次なる風景を創るパートナーとしての展開を試みている.
 1つの事例としては「認知症にやさしい図書館」である.これは診断直後の本人の言葉が出発点である.それは「認知症に関わる色んな情報が欲しい,しかしネットは見つけにくく本屋には読みたい本が無かった.また図書館では見つけることができなかった.」という発言である.
 現在,認知症の本人や家族,大牟田市民,大牟田市の図書館長,認知症専門医,医療機関ソーシャルワーカー,地域包括支援センター,地元の中学教諭などと意見交換を実施しながら次なる風景づくりに取り組んでいる.今後も,本人の“言葉”に重点を置きつつ,様々なセクターでこれらの取り組みを推進していきたいと考えている.
3.認知症の人々と自治体の未来共創;町田市の取組みとパートナー自治体の構想
徳田雄人 ( NPO法人認知症フレンドシップクラブ )
 
 近年,国際的に注目を集めるキーワードのひとつが,認知症フレンドリーコミュニティー(DFC)です.医療を中心とした従来の考え方では,病気が問題を引き起こすので,予防や治療で問題を減らそうというアプローチでした.それに対して,DFCの考え方では,認知症に関係する出来事を,認知症に伴う症状を持つ人々と周囲の環境との間で起こる現象ととらえ,病気ではなく,地域や社会の側を変えていこうというアプローチです.例えば,お金にまつわることで考えると,これまで,金融機関の有人窓口でお金を引き出していた方が,複雑な仕様のATMになったことで引き出しが難しくなり,在宅生活が継続できなくなったという事象は,病気の進行というよりは,社会の側の変化に原因があると考えられます.
 どのような環境の変化が,生活に困難をもたらすのかは,現状では明らかになっておらず,こうした具体的な生活課題を解決していくためには,“支援側”が一方的な解決策を提示するのではなく,認知症のある人々と,行政や企業が協働することが求められます.日本を代表するDFCのひとつ,東京都町田市では,認知症のある人々と,行政や企業の協働が始まっています.認知症の人々が気軽に集い,日常生活のことや施策に関することまで語れる場(認知症本人会議など)があり,こうした語りを元に,認知症施策(まちだ認知症アイステートメント)や企業との協働(スターバックスと協働するDカフェ,農林業関係者と協働する竹林再生プロジェクト,書店・図書館との協働など)が展開されています.全国の地域で,認知症の人の体験や声を手がかりに,地域にどのように変化を起こしていくことができるのかが問われています.
4.レビー小体病の「当事者研究」がもたらすもの
樋口直美 ( 当事者 )
 
 私は,2013年に50歳でレビー小体型認知症の診断を受け,2015年から当事者として実名で活動を続けている.診断前後の症状と思索の記録を書籍化した「私の脳で起こったこと」(ブックマン社2015年.日本医学ジャーナリスト協会賞書籍部門優秀賞受賞)を上梓した後は,ヨミドクター(読売新聞社)や認知症関連の書籍等にコラムを寄稿してきた.
 現在は,幻視,幻聴,注意障害,見当識障害とも異なる時間感覚の障害,空間認知機能障害,嗅覚障害,自律神経障害等,様々な症状があるが思考力は保たれている.
 現在の主な活動は執筆で,自身の様々な症状をどのように体験しているかをエッセイ形式で客観的に書き続けている.(連載「誤作動する脳レビー小体病の当事者研究」.医学書院webマガジン「かんかん!」に2017年から掲載.)これが現在,当事者としての自分にできる最も重要な役割だと考えている.第三者が外から観察して説明する症状と自分が体験し,内側から観察する症状の間には,隔たりがあると感じてきたからである.
 今回のシンポジウムでは,この連載を基に,生活の中で表れる具体的な症状とそれに対して私自身がどのように工夫し,困りごとを軽減しているかを紹介するよう依頼されている.
 私の症状は,高次脳機能障害,発達障害,統合失調症等との共通点も多い.認知症という枠を越えて,広く脳の病気や機能障害を持つ人々の症状の理解や生活支援にもつながることを願っている.
 自らの症状を語ったり,記述したりする「当事者研究」によって私たちの症状が消えることはない.しかし従来とは異なる症状の捉え方が周囲に広がっていくことで,症状があっても生きやすくなることを実感している.それは医療者・介護者との人間関係も改善し,双方にとって様々な利益となるはずである.
5.認知症未来共創ハブ;認知症とともによりよく生きるいまと未来に向けて
堀田聰子 ( 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 )
 
 いま,世界で認知症のある方の数は約3,560万人,2050年までに1億人を超え,日本でも65歳以上で認知症のある方は,2012年時点で約462万人,2050年には1,000万人を超えると推計されています.
 認知症になっても,できるだけ自分のことは自分で,家族のなかで,仲間とともに地域で,職場で役割をもって,笑顔で過ごす方々が少しずつ増えてきました.
 日本各地で,世界中で,その方々の姿や声が,社会の灯りとなる力を放っています.
 しかし,自分や身の回りの人が認知症になったことで,日常生活や仕事で壁にぶつかり,うずくまっている人たちもたくさんおられます.
 そこで,私たちは「認知症とともによりよく生きる未来」をつくる活動を,皆さんとともにはじめたいと思います.
 「認知症未来共創ハブ」(https://designing-fordementia.jp/)は,当事者の思い・体験と知恵を中心に,認知症のある方,家族や支援者,地域住民,医療介護福祉関係者,企業,自治体,関係省庁及び関係機関,研究者らが協働し,ともに未来を創る活動体・プラットフォームです.
 1 .当事者参加型パネル
  1-1 認知症のある方等の語りのプラットフォームの構築
  1-2 コーディネート人材の養成,マッチング
 2 .学術研究・評価
  2-1 認知症のある方の体験・知恵の構造化と学術的知見との融合
  2-2 認知症のある方の社会参加・就労の推進基盤の整備
  2-3 共創による施策・事業・サービス・商品開発の知見収集と効果検証
 3 .実証・実装
  3-1 認知症フレンドリーな商品・サービス開発のガイドラインを整備
  3-2 認知症のある方と共に商品・サービス開発に取組む事業の推進
  3-3 認知症フレンドリーな事業に対する社会的投資の推進
  3-4 実証フィールド(リビングラボ)の構築
 4 .政策提言・発信
  4-1 共創に関わる政策提言・発信
  4-2 エビデンスや学術的な調査研究に基づく政策提言・発信
 認知症とともに生きる方々が安心して過ごせる地域が増えるために.
 その暮らしを支え,豊かなものにする事業・サービスがどんどん生まれるために.
 社員・職員やその家族が認知症になっても働き続けられる職場が当たり前になるために.
 あなたやあなたの大切な人が認知症になっても笑顔で暮らせるために.
 そして,あなたの思い・体験と知恵を,いまと未来に向けて活かすために.
シンポジウム
シンポジウム1
2019年6月7日 10:00~12:00 老年精神第1会場(大ホール2F/共通第18会場)
希望と尊厳をもって生きる
座長: 永田久美子 ( 認知症介護研究・研修東京センター )
    藤田 和子 ( 日本認知症本人ワーキンググループ,当事者 )
演者: 藤田 和子 ( 日本認知症本人ワーキンググループ,当事者 )
    丹野 智文 ( オレンジドア,認知症当事者ネットワークみやぎ,当事者 )
    渡邊 康平 ( 三豊市立西香川病院,当事者 )
指定発言:大塚 智丈 ( 三豊市立西香川病院 )
     山崎 英樹 ( (医・社)清山会いずみの杜診療所 )
1 .希望と尊厳:私が私として生きていくために「希望と尊厳」を,理念やお題目に掲げておしまいにしないでほしい.
 認知症とともに生きている私たち本人にとって「希望と尊厳」は,落ち込みがちな日々の中で,前を向いて自分らしく暮らしていくためになくてはならないことだ.些細なことで動揺しがちなこころとからだの安定と健やかさを保つための重要なアンカーでもある.そしてそれは特別なことではなく,人としてあたり前のこと(人権)が守られているか,日々の中でのごくごく基本的なことの積み重ねだ.
2 .体験を通じて見えてきた希望:一足先に認知症になった私たちの希望宣言
 認知症とともに生きる現実は,日々いろんなことが起き,不安や心配がつきない.
 しかしその中でも私たちは,従来の認知症にまつわる常識を超えて,よりよく暮らしていく様々な可能性があることを実際に体験してきている.例えば,診断後から介護が必要になるまでの「初期の空白の期間」を心豊かに暮らすために,ヘルプカードを自ら使って一人で安全に外出を続けたり,認知症の仲間や地域の人たちと語り合い暮らしやすい町を作る提案をしたり,一緒に楽しいひと時を過ごせる場や機会をつくる,認知症になったからこその体験を活かして病院で診断後の人たちの相談役として働く,会議や委員会に参画する等々.
 「一度きりしかない自分の人生をあきらめないで,希望を持って自分らしく暮らし続けたい.」
 「次に続く人たちが,暗いトンネルに迷い込まずに,もっと楽に,いい人生を送ってほしい.」
 そんな願いをより多くの人たちに伝えていくために,2018年11月に私たちは「認知症とともに生きる希望宣言」を発表した.全国各地の本人一人ひとりが,体験と思いを寄せ合い,重ね合わせる中で生まれたものだ.
3 .一人ひとりがよりよく暮らせる日々と社会のために:対話とアクションを一緒に
 現在,全国で500万人以上の認知症の人が暮らしている.その一人ひとりは,希望と尊厳をもって日々を暮らせているだろうか.
 年齢や認知症の進行段階に限らず,認知症とともに生きているすべての人が,自分なりの人生を生きている途上にあり,自分なりの思いを秘めている.いい出会い(特に医師とのいい出会い)があると,よりよく生きていける可能性は格段に広がる.
 認知症の私たち本人が希望と尊厳をもって生きていく姿が,家族はもちろん地域や社会全体の偏見をなくすための鍵であり,負わなくてもいい不安や苦労・負担をなくす近道だと思う.若い人たちにも,私たちが楽しく伸び伸びと生きている姿を身をもって示すことで,生きていくことの先にある希望を伝えたい.
 今,認知症とともに生きている一人でも多くの人が,希望と尊厳を持って生きていけるために,何が必要で,何ができるのか.
 いつかそのうちでなく,すでにそのための模索と実践が積み重ねられてきている.その追究をしてきている本人と医師の実体験と思索に学びつつ,力を合わせて現状をよりよく変えていく活路を見出したい.
 いつでも,どこでも,どんな段階でも,「私たち本人を抜き」にせず,対話を重ね,日々の暮らしと地域社会を一緒に創っていくアクションが,さざ波のように広がっていくことを心から願っている.
シンポジウム2
2019年6月7日 10:00~12:00 老年精神第2会場(小ホールB1F/共通第19会場)
認知症疾患医療センターの新たな展開に向けて
座長: 池田  学 ( 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室 )
    谷向  知 ( 愛媛大学大学院医学系研究科地域健康システム看護学講座老年精神地域包括ケア学 )
演者: 内海久美子 ( 砂川市立病院認知症疾患医療センター )
    武田 滋利 ( 医療法人大和会西毛病院精神科 )
    藤本 直規 ( 認知症疾患医療センター連携型/医療法人藤本クリニック )
    池田  学 ( 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室 )
1.認知症疾患医療センターの現状と課題;質の確保をめざして
内海久美子 ( 砂川市立病院認知症疾患医療センター ),粟田主一( 東京都健康長寿医療センター研究所 )
 
 2008年度から認知症疾患医療センター(以下センター)が設置され,2018年11月末時点で全国に440カ所設置されている.2020年度末までの目標設置数は全国で500カ所であるから,おそらく目標を達成できる見込みであろう.よって今後はセンターの質を確保する取り組みが必須の課題となる.
 事業の質を向上させるためには,PDCAサイクル(P:Plan,D:Do,C:Check,A:Act)を回転させる必要がある.その中心となるのは,都道府県に義務付けられている都道府県認知症疾患医療連携協議会であるが,粟田が主任研究者となって2015年「認知症疾患医療センターの実態に関する調査研究事業」で明らかになったのは,開催されていた都道府県は60%に過ぎなかった.また各地域のセンターが年に2回開催しなければならない連携協議会については,ほとんどのセンターで開催されているものの,その協議会のメンバーや内容は様々であり,実態は明らかになっていない.そこで今回,各センターで開催されている連携協議会の実態調査をおこない,当日はその結果を発表する.
 2016年の「認知症疾患医療センター事業評価に関する調査研究事業」では,各センターの実績報告書を作成し,かつセンターに対する外部評価を4都道県において実施した.その結果,センターの知名度は地域包括支援センターにおいては95%であった一方,かかりつけ医では52%にすぎない実態が明らかになった.また実績報告書から全センターでの鑑別診断件数を見てみると,レビー小体型認知症は6.5%と従来15%前後と言われている頻度からみると半分以下となっており,正しく診断できているかという課題がみえてくる.センターの専門医は,学会認定の専門医である必要はなく,認知症医療に5年以上従事した医師であればよい.正しい鑑別診断および治療方針決定のためには,医師の診療技術をブラッシュアップしていく必要性がある.またセンターは,医療ばかりではなく介護や家族支援を含めた総合的拠点であることを考えれば,医師だけではなくコメディカルスタッフへの研修も当然必須である.現在,センターの職員の質の向上のために,精神病院協会が主催する全国認知症疾患医療センター連絡協議会が年に1回開催され, 各センター事業に関する研修を実施している.また2013年からは認知症疾患医療センター全国研修会が熊本で開催され,センターが抱えている課題などを討論する参加型の研修会を年に1回各都道府県において持ち回りで開催されており,2018年に一般社団法人認知症疾患医療センター研修会が設立され,今後も研修の場を提供していく.
 2018年度の「認知症疾患医療センターの効果的,効率的な機能や地域との連携に関する調査研究事業」では,主に診断後支援の実態を明らかにするためにアンケート調査を実施中である.診断も重要だが,その後の生活支援が最も大切であることは言うまでもないが,果たしてその役割をこなしているのかは重要な課題である.
 センターは,認知症の医療と介護のまさに拠点であり,その役割と責務を十全に実践していけるかが,今後問われることになるであろう.
2.認知症疾患医療センターの新たな展開に向けて;精神科病院協会の取り組み
武田滋利 ( 医療法人大和会西毛病院精神科 )
 
 認知症センター事業に対する日本精神科病院協会(以下,日精協)の取り組みは平成5年にさかのぼる.老人性痴呆疾患センター事業は平成元年より全国9県14施設で始まったが,平成5年には37道府県83施設になり,多くの会員病院が指定されていた関係で,日精協会館で第一回老人性痴呆疾患センター運営検討委員会が開催された.平成10年の第2回運営検討委員会の開催以降,検討会は中断された.平成17年に当該事業は廃止されたが,老人性認知症疾患センターの今後についての検討が開始され,同年12月に全国老人性認知症疾患センター連絡協議会が発足され,平成18年10月に第2回連絡協議会及び「地域精神医療フォーラム」が開催された.平成18年の国立精神神経センターによる今後の認知症疾患センターのあり方に関する調査では,センターの機能には早期診断,鑑別診断機能の必要性(専門医の配置),BPSDのための介護困難ケースに対する専門的な相談(地域包括支援センターとの連携),入院・入所が必要な場合の認知症関連施設や専門病棟への紹介や情報提供,緊急対応が必要な時の精神科救急医療システムとの連携, 専門医療研修などが挙げられ,これらは精神科医療の枠組みの中で整備すべきと提言されている.平成20年より認知症疾患医療センター事業が始まり,現在まで毎年全国認知症疾患医療センター連絡協議会及び地域精神医療フォーラムが開催されている.認知症疾患医療センター事業は現在,基幹型,地域型に,連携型という新たな類型が加わった.日精協会員病院のほとんどが地域型であるが,それは精神科病床を持つためBPSDの急性増悪やせん妄への対応が求められているからであろう.平成30年の認知症疾患医療センター連絡協議会のアンケート調査でも地域型センターに期待される役割の第1位は「診断」で他の類型と同じだったが,第2位はBPSDへの対応で,特に急性増悪時の対応は他の類型よりその期待は非常に高かった.また,精神科への入院が必要な状態とは,BPSDの増悪という回答が圧倒的に多いことから,会員病院の地域型センターへの期待度が高いことが裏付けられた.しかし,今後の展開としてBPSDへの入院対応中心では,現在整備されつつある地域包括ケアシステムには対応できない. 今後は,認知症専門施設として地域包括ケアシステムの中でどのような役割を果たすかが重要な課題となるであろう.従前より認知症の相談窓口として機能はあるが,「ちょっと心配だから相談」と言うほど敷居は低くない.BPSDに困り果て,あるいは介護者が疲れ果ててからの相談では,入院期間も長くなりがちになる.これでは「認知症があっても住み慣れた地域で生活する」ことは難しくなる.身近で相談できる連携型センターという類型はできたが,専門医やスタッフ不足などで普及については未知数である.またその地域の医療資源の不足などで地域型がない場合に連携型で補うという傾向の地域もある.本来は身近なところに認知症相談窓口を整備することが目的でり,地域型センターも地域包括ケアシステムの中での認知症医療・介護連携の窓口としての機能強化を図っていく必要がある.
3.認知症疾患医療センター連携型が担うべき役割
藤本直規,奥村典子 ( 認知症疾患医療センター連携型/医療法人藤本クリニック )
 
 認知症の専門医療の提供と地域連携の中心的な役割を担う拠点として,2008年度から認知症疾患医療センター(センター)の設置が始まり,2014年には基幹型・地域拠点型の他,より身近なセンターとして診療所型が加わった.2017年からは病院にも適応拡大され,連携型と名称が変わった.2018年5月末までに設置された429箇所のセンターのうち,55箇所が連携型で,そのうち32箇所が診療所である.本発表では,診療所タイプのセンターについて,ホームページの記載などから背景や活動内容を分析するとともに,参考事例として,1999年に開設したもの忘れクリニック(2012年にS診療所とともに新類型のモデル診療所として紹介された)での20年間の活動を紹介し,連携型の担うべき役割を考えたい.
 まず現在ある32の診療所タイプの主な標榜科は精神科13,在宅系8,脳神経内科7,脳神経外科4で,内科16,リハビリ科6などが併設されていた.在宅系と内科は,認知症診療だけでなく,身体疾患の治療にも対応していた.診断用の機器としては21でCT/MRIを所有していた.また,19でデイサービス/デイケアを行なっていた.訪問診療/往診は13で,24時間対応の在宅療養支援診療所が6,訪問看護が13あり,診療所タイプはアウトリーチが特徴的であった.
 ところで,1999年に開設したもの忘れクリニックでは,本人への問診票の工夫などで,受診の敷居が低くなり,本人自身が希望する受診が増えている.また,診療終了直前の相談から始まる緊急受診も多く,視床出血の診断などで,多くが即日入院になった.(早期受診・鑑別診断)また,軽度期の不安感軽減のために,開業時からの本人・家族外来心理教育,2004年からの,活動を自分たちで決めるデイサービスもの忘れカフェを始めたが,受診がさらに軽度・若年化したために2011年から始めた,内職仕事を行う仕事の場には,ニートの若者なども合わせて30数名の軽度若年者が毎週参加している.様々な制度外の支援で,軽度期の支援の空白期間はほぼなくなった.(早期治療)開業当時からの電話相談は,県委託の相談センターとなった(専門医療相談)が,そこで得たニーズが,往診,介護現場へ出かける現地相談に結びついた.また,20年間続いている本人・家族交流会は,若年者本人も含めて,毎回数十名が参加している. 多職種連携では,かかりつけ医に疾患別ケア,家族支援などを指導することで,事例検討会を自分たちで運営するようになり,企業啓発などの若年対策でも中心的な役割を果たしている.開業当初は在宅看取りも行っていたが,在宅療養支援診療所と役割分担し,当院は外出困難例やBPSD例への往診に集約され,一部,初期集中支援チームの業務に引き継がれた.(地域連携)若年対策は,開業時の若年精神科デイケア,企業との就労継続支援の話し合い,仕事の場,もの忘れカフェと,ニーズに応じてPDCAサイクルで支援を展開し,モデル事業の委託など滋賀県の若年施策に反映された.
 診療所から始まった連携型センターは,本人・家族とより近い関係が取れること,受診の垣根の低さ,診療時間の柔軟性,即座にサービスを工夫できることなどのメリットを生かし,当事者ニーズに向き合いながら,それぞれの地域で不足する資源を補うことで,特徴ある医療サービスを提供できる.
4.日本老年精神医学会が果たすべき役割
池田 学 ( 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室 )
 
 認知症疾患医療センターは,専門的医療機能と地域連携拠点機能を持つ認知症医療の拠点として創設されて以来,確実にその数と内容を充実させてきたと思われる.すでに,全国には400カ所以上のセンターが設置され,2012年の認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)における設置目標数500件(高齢人口6万人に1件)に迫ろうとしている.自律的な研修のための全国組織として,認知症疾患医療センター全国研修会も有志によって継続されており,昨年まで毎年6年間開催されてきている.日本老年精神医学会では日本認知症学会と共同で,要請があればこの研修会の講師を学会費用で派遣することを決めている.
 専門的医療機能としては,電話・面接・訪問等による専門医療相談の他に,鑑別診断とそれに基づく初期対応があり,アルツハイマー型認知症,血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症の4大認知症以外に外傷や正常圧水頭症等による認知症,さらには相当数の軽度認知障害(MCI)を診断している(平成28年度老人保健事業推進費等補助金「認知症疾患医療センターの機能評価に関する調査研究事業」報告書).また,せん妄,老年期うつ病,老年期妄想症などが重要な鑑別の対象となっている.さらに,認知症の行動・心理症状(BPSD)と身体合併症に対する急性期対応が求められている.
 地域連携拠点機能としては,地元医療機関,地域包括支援センター,認知症初期集中支援センター等の多様な機関の多職種との連携が求められている.また,研修会の開催等による多職種の人材育成,地域住民への啓発活動が求められている.
 これらの機能は,まさに老年精神医学会の専門医に期待される技術や活動である.地域偏在を考慮して設置されている認知症疾患医療センターの多くに,老年精神医学会の指導医が勤務し,認定施設になってもらえれば,学会専門医の充実した研修施設を全国に配置することが可能になる.専門医機構のサブスペシャリティーを目指している本学会としては,認知症疾患医療センターは重要なパートナーであると共に,本学会会員の積極的な参画が認知症疾患医療センターの充実にも繋がると思われる.
シンポジウム3
2019年6月7日 10:00~12:00 老年精神第3会場(展示室B1F/共通第20会場)
老年期うつ病の病態,治療,社会支援
座長: 服部 英幸 ( 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター精神科 )
    水上 勝義 ( 筑波大学大学院人間総合科学研究科 )
演者: 馬場  元 ( 順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院メンタルクリニック,順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学 )
    平野 仁一 ( 慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 )
    水上 勝義 ( 筑波大学大学院人間総合科学研究科 )
    藤瀬  昇 ( 熊本大学保健センター )
1.老年期うつ病の病態と包括的な治療戦略
馬場 元 ( 順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院メンタルクリニック,順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学 )
 
 老年期うつ病にはより若い年齢で発症し,老年期に再発をしたもの(若年発症の老年期うつ病)と老年期になってはじめてうつ病を発症したもの(老年期発症の老年期うつ病)があり,その背景にある病態生理や臨床経過に違いがあることが指摘されている.一般に若年発症に比べて老年期発症のうつ病では脳血管病変を伴うことが多く,いわゆる血管性うつ病の特徴が目立つようになる.そして臨床経過としては高齢発症の患者は慢性化しやすく,予後(再発・再燃,認知機能障害,死亡率)も悪いとされる.老年期うつ病,特に老年期発症のうつ病ではこうした器質的背景に基づく認知機能の変化が,負のライフイベントに対する心理的反応に影響していると考えられる.このため環境調整を含めた心理・社会的介入がより重要となる.一方の若年発症の老年期うつ病ではいわゆる内因性の要素が大きいと考えられるので,休養や薬物療法などのより典型的なうつ病治療が必要になると思われる.当然身体合併症や併用薬剤の影響はいずれの場合も考慮する必要がある.
 薬物療法においては発症年齢や罹病期間,重症度によって抗うつ薬やプラセボの効果の出やすさに違いがあり,発症年齢が早く罹病期間が長い老年期うつ病患者ではプラセボ効果が出にくく,抗うつ薬の有用性が高いとされている.しかし比較的新しいメタ解析の結果では,老年期うつ病では全般的により若い世代のうつ病と比べて重症であってもプラセボ効果が出やすいと報告さており,老年期うつ病では薬物療法においてもプラセボ効果を引き出すような心理的アプローチが重要であると考えられる.
 老年期うつ病ではその一部がアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などの前駆状態であることも指摘されており,これら認知症性疾患の病理変化がうつ病の病態に関与している可能性もある.しかし認知機能障害を伴っていても精神療法や抗うつ薬治療が有効であるという報告もあり,仮に認知症の前駆状態であったとしてもうつ病に対する心理・社会的介入を中心にすえた積極的な治療は有用であろう.また老年期うつ病では再発が多く,再発を繰り返すと認知症発症のリスクが高まることも示されており,寛解後の維持療法期間においては認知症への移行を念頭に置きつつ再発予防を心がけることが大切である.
2.老年期うつ病と電気けいれん療法
平野仁一 ( 慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 )
 
 うつ病は全世界的に増加しており,その社会的,経済的負担は大きいとされている.しかし,薬物療法と精神療法で改善するうつ病は全体の約7割とされ,約3割では改善が認められないとされている.これらの難治のうつ病は電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)の適応となることが多い.
 ECTは全身麻酔下で頭部を通電し,全般性のけいれん発作を誘発する治療である.安全に施行でき,うつ病に最も有効かつ即効性があり,約80年の歴史を持つ治療法である.しかし,その作用機序はいまだ不明である.
 うつ病に対するECTは高齢者において有効性が高いとされている.また,近年うつ病以外の老年期精神疾患に対するECTの有効性を示唆する報告も散見され,うつ病を中心とした老年期精神疾患の治療においてECTは重要な治療選択肢となると考えられる.
 当日はうつ病を中心とした老年期精神疾患に対するECTのエビデンスならびに現時点において想定されている作用機序仮説について概観する.
3.認知症に併存するうつ状態の治療と社会支援
水上勝義 ( 筑波大学大学院人間総合科学研究科 )
 
 認知症にうつ状態が高率にみられることは知られている.アルツハイマー病(AD)のおよそ15%に大うつ病エピソードがみられるとされ,レビー小体型認知症(DLB)や血管性認知症ではそれよりもさらに多いことが報告されている.認知症にうつ状態が併存すると,認知機能の低下や生活機能の低下がより顕著となり,家族の介護負担が増悪し施設入所が促進されることが報告されている.このため,認知症のうつ状態に適切に対応することが求められる.
 ADにみられる大うつ病エピソードは,老年期の大うつ病と同様に,抑うつ気分や,喜びや興味の喪失がみられる点では一致するが,精神運動制止がより目立つことが指摘されている.一方で大うつ病はADの大うつ病エピソードと比較して,不安症状,睡眠障害,食欲低下などがより目立つことが報告されている.またDLBの大うつ病エピソードは,大うつ病と比較して,不安,焦燥,心気症,妄想,精神運動制止などの頻度がより多いことが報告されている.
 認知症にみられるうつ状態の治療では,まず心理環境要因に対する対応が必要となる.認知症者が置かれている状況の理解と受容的な対応が基本である.メタ解析によってうつ症状に対するグループプログラムによるソーシャルサポートの効果が示されている.このほか音楽療法や回想法の効果も報告されている.認知症者のうつ状態のレベルは,介護者の負担感と関連することが示されていることから,介護保険を介したサービスの導入や介護者に対する支援などが重要である.これらの非薬物療的対応を実施しても効果がみられない場合や,大うつ病エピソードを満たし緊急性を認める場合,薬物療法が行われる.ただし対症治療薬を用いる前に,ADやDLBの治療薬であるコリンエステラーゼ阻害剤の抗うつ効果を評価する.抗うつ薬を用いる場合,認知機能に影響する抗コリン作用が強い三環系抗うつ薬の使用は控えるべきである.副作用が比較的軽度と考えられるセロトニン選択的再取り込み阻害剤(SSRI)も,高齢者に対して出血や転倒リスクがあることに留意する. またセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤の認知症のうつ状態に対する報告はきわめて少ない.メタ解析の結果から,ADのうつ状態に対して抗うつ薬の効果は認められていない.このためADに対して抗うつ薬を用いる場合は,安全性に配慮しながらSSRI,SNRIなどの抗うつ薬を少量から開始し,効果を評価しながら,増量する場合も慎重に行う.かつて我々が行ったSNRIのミルナシプランを用いた検討では,最大投与量の平均値は40.4mgと非常に少量であった.DLBのうつ症状は併存する精神症状が多いことや,有害事象のために,薬物療法が困難なことが少なくない.このような場合,修正型電気痙攣療法(mECT)が有用なことがある.
4.老年期のうつ病予防のための地域介入
藤瀬 昇 ( 熊本大学保健センター )
 
 熊本県においては,従来から山間部の県境地域で自殺率が高いことが知られており,平成19年度からは球磨郡あさぎり町をモデル地域に指定し,3年間の地域自殺対策事業が推進された.熊本大学神経精神科では,平成20年度から,老年期のうつ病予防を目的に「スクリーニング調査」「相談事業」「啓発活動」を中心とした地域介入を行うことで当該事業に関わり,モデル事業が終了した後も現在まで継続して介入を行っている.
 スクリーニング調査は3年間で全町を網羅するように町を3区域に分け,毎年約1500人程度の65歳以上住民を対象とし,2段階で実施している.1次スクリーニングでは,各種質問項目からなる「こころの健康アンケート」を郵送し,回答のあった住民の中から,GDS(Geriatric depression scale)カットオフ値以上,強い経済的な心配,希死念慮のいずれかに該当した高齢住民をスクリーニング陽性者とし,2次スクリーニングである面接調査の案内を郵送している.2次スクリーニングでは,来場者に対し精神科医が精神科診断面接を行い,うつ病をはじめ何らかの精神疾患が認められた場合は,かかりつけ医への情報提供,専門医療機関への受診勧奨,町保健師によるフォローなど,その日の調査終了後に対応を協議している.
 これまで,北日本を中心としたわが国の先行研究では,多世代同居に高齢者の自殺やうつ状態が多くみられることが報告されており,欧米における報告とは異なることが指摘されていたが,われわれの調査では独居と抑うつとが関連していたことを報告している(Fukunaga 2012).また,2010年~2012年の調査では,高齢男性でのみ独居と抑うつが関連が認められ,家族形態は高齢男性でのみ抑うつのリスク要因であった.高齢者の独り暮らしは年々増加しており,老年期のうつ病対策としては性差を考慮する必要性が示唆された.
 一方,従来から面接調査への参加者を増やすことがうつ病予防介入の効果につながることが指摘されており,われわれの調査では,2次の面接調査への参加率とうつ病の出現率が年々低下しており,本調査の課題となっていた.そもそも抑うつの強い住民ほど面接調査に参加しないことが予想され,2次調査に参加した群と参加しなかった群とを予備的に比較してみたところ,非参加群のほうが,年齢,GDS平均点,GDSカットオフ値以上者の割合が有意に高いことが判明した.そこで2014年からは,2次調査への不参加高齢住民に対して電話調査を実施している.具体的には,十分に経験のある精神科医療スタッフが該当住民宅へ直接電話をかけ,大うつ病診断基準の主要2項目(抑うつ気分,興味・喜びの喪失)について質問し,抑うつが疑われた高齢住民に対しては住民健康相談利用の勧奨や保健師訪問等を行っている.当初は,いわゆる振り込め詐欺などの電話と勘違いされるのではないかと心配されたが,実際は概ね受け入れ良好で,電話調査の有用性についても報告している(IPA Asian regional meeting,2016). 当日は,スクリーニング調査に関連した興味深い知見も含め,われわれの取り組みについてご紹介したい.なお,本調査は熊本大学生命科学研究部倫理委員会の承認を得て行われている.
教育講演
教育講演1
2019年6月7日 14:30~15:30 老年精神第2会場(小ホールB1F/共通第19会場)
認知症診断における神経画像の意義;臨床・画像・病理をつなぐ
座長: 朝田  隆 ( メモリークリニックお茶の水 )
演者: 德丸 阿耶 ( 東京都健康長寿医療センター放射線診断科 )
德丸阿耶(東京都健康長寿医療センター放射線診断科),粟田主一(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と精神保健研究チーム),村山繁雄(東京都健康長寿医療センター神経内科ブレインバンク)
 
 77歳では喜寿,80歳は傘寿,88歳では米寿,90歳卒寿,99歳白寿,100歳百寿と,齢を重ねることを私達の社会は常に寿いできた.古い時代の東北の地では,認知症は二度童子(にどわらし)とも呼ばれていたと聞く.その言葉からは,認知症が地域社会,家族の中に受容されてきた暖かさ,おおらかさも感じとれる.家族,地域社会のありかたも大きく変容する現在,百寿者が5万人にも及ぼうとしている未曾有の超高齢化社会に突入した本邦では,世界に先駆け「認知症」と真剣に向き合おうとしている.
 認知症の一人一人が適切な医療,介護を選択し,地域社会の中で,「より豊かに生き抜く」ための第一歩となる精確な診断に,近年客観的なバイオマーカーとして神経画像が採択されているが,「日常診療での認知症画像診断」には,思いのほかの困難が常に伴う.画像を扱うに当たってまず銘記すべきは,「認知症と言う画像診断名はない」ことである.その上で,画像診断医は,認知症を来す無数の疾患を,客観的画像情報に基づき,できるだけ正確に臨床に結び付け,病態を明らかにすることを目的として,目を凝らしている.日常画像診断の現場では,特発性正常圧水頭症,代謝性脳症,アミロイドアンギオパチー関連炎症など適切な対処によって,臨床症状の改善が望める疾患をまず正しく鑑別することが必須である.その上で,認知症を来す要因が血管性であるのか,変性認知症であるのかを見極め,MRI,核医学などを駆使し,病期の判断,背景疾患について臨床診断に役立つ情報を提供することが望まれる. この姿勢は,地域の中で生きる高齢者に,どのような社会的サポートが必要か,どのように認知症発症予防,進行抑制をしてゆくか,認知症,軽度認知機能障害を社会がどのように受容してゆくかに指針を与え,適切な医療費配分,社会福祉基盤の整備にも直結してゆくものと考えられる.さらに認知症画像診断は,疾患修飾薬開発や疾患予防に直接寄与すべき時期に到達しており,効能評価サロゲートマーカー,早期あるいは発症前診断バイオマーカーとしての役割を担う.この重い責任を果たすために,神経画像の精度管理,汎用性の検証が必須の課題となる.アルツハイマー病など疾患単位の早期診断技術の開発は進んでいるが,疾患横断的な検証はいまだ十分とは言えない現状で,認知症の画像疫学的研究は,疾患横断的検討の可能性を包含し,包括的な早期あるいは発症前診断のバイオマーカーとして,また認知症発症要因の解明への可能性を追求する役割を担うものと期待される. 筆者の関わった「大都市における認知症高齢者の有病率と生活実態─高島平コホート研究」での軽度認知機能障害のMRI画像から,独居も多い大都市に住まう高齢者の「二度童子」の現状についても,言及したい.
教育講演2
2019年6月7日 14:30~15:30 老年精神第3会場(展示室B1F/共通第20会場)
高齢者の睡眠障害
座長: 中村  祐 ( 香川大学医学部精神神経医学講座 )
演者: 内山  真 ( 日本大学医学部精神医学系 )
内山 真 ( 日本大学医学部精神医学系 )
 
 高齢者においては,若年成人や中年と比較して不眠の訴えが多い.わが国での一般人口を対象とした疫学的調査では,成人のおよそ5人に1人に不眠がみられ,この頻度は,加齢により上昇する.睡眠薬の使用頻度も,不眠の頻度と同様に高齢になるほど高くなる.高齢者ではレストレスレッグス(むずむず脚)症候群,睡眠時無呼吸症候群などの身体的要因による不眠の頻度が高いことが特徴であり,不眠の訴えに対応する場合には,これらを鑑別することが重要である.
 高齢者特有の生活スタイルや心理社会的な問題が不眠を引き起こしている場合が多くみられる.加齢により腰痛や関節痛などの頻度が高くなるが,このための身体的休養を求めるようになると,早い時間から就床して眠ろうとしやすい.健康のためになると考え,極端に早い時刻から就床する場合もある.睡眠開始のタイミングは体内時計によりコントロールされており,眠気のない状態で就床しても,深部体温の低下や血圧の低下など睡眠に先行する身体の休息準備が整っていないため,入眠困難が生じやすい.薬物治療を行う場合において,就床時刻の適正化が必須である.一方で,特に男性では加齢により体内時計の朝型化が起こるための早朝覚醒が出現していることも多い.
 高齢者では,退職などで時間的余裕ができるため,不適切に長い臥床時間による浅眠化や中途覚醒が多くなる.長く臥床しているにもかかわらず起床時に回復感が得られなくなる.睡眠が量的に不足すると,睡眠欲求が高まり,睡眠は深くなるように,睡眠の発現とその深さは,覚醒中の大脳皮質の疲労に応じて制御されている.反対に,長く眠ろうと,必要以上に長く就床していると浅眠化,中途覚醒が起こり,睡眠の維持が困難になる.このような場合には,就床時刻を遅らせるか,あるいは起床時刻を早めるなどして,総臥床時間の短縮・適正化を行う必要がある.このような睡眠習慣の改善を行うことなく,睡眠薬を投与しても効果的治療は困難である.
 夜間に睡眠が困難で苦しい思いを経験すると,次第に気持ちよく眠れるかどうかということが気がかりとなり不安が増し,就床時刻が近くなると頭がさえて寝つけないという悪循環に陥る.いずれの年代においても,不眠症の慢性化にはこうした機制が大きく関与する.
 現在,睡眠中枢のGABA神経系の働きを増強するベンゾジアゼピン受容体作動性睡眠薬,メラトニン受容体に働き体内時計を介して睡眠の準備を整えるメラトニン受容体作動薬,覚醒維持機構を抑えることにより睡眠への移行を促進するオレキシン拮抗薬の3種類の睡眠薬が使用可能である.いずれの薬物を使用するに当たっても,安全で効果的治療のためには,高齢者特有の病態を知り,それぞれに応じた適切な生活指導と服薬指導の下で薬物療法を行うことが重要と考える.
教育講演3
2019年6月7日 15:40~16:40 老年精神第2会場(小ホールB1F/共通第19会場)
原発性進行性失語の臨床
座長: 川勝  忍 ( 福島県立医科大学会津医療センター精神医学講座 )
演者: 鈴木 匡子 ( 東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学 )
鈴木匡子 ( 東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学 )
 
 原発性進行性失語症(Primary progressive aphasia;PPA)とは,変性性認知症のうち,経過を通して失語が前景に立つものを指す.すなわち,初発症状が失語で,その後も失語が生活上の一番の問題となる.左大脳半球優位の萎縮や血流低下を示し,臨床的特徴および主たる病巣部位の分布から3つの失語型に分けられる.
 失語型を分類するためには,自発話,聴覚性理解,呼称,復唱,読み,書きの6項目を評価する.特にPPAにおいては,自発話における発語失行,単語の聴覚性理解,文や句の復唱がポイントとなる.臨床的には,まず核となる言語症状を捉え,画像所見と合わせて分類するのが実際的である.その後,言語聴覚士に依頼して失語症検査を行い,細かい言語症状を評価する.
 非流暢・失文法型は,不規則な構音の歪み(発語失行)のある努力性発話が特徴的である.一音一音の発話に努力を要し,音のつながりが悪く,自然なプロソディがない.失文法を伴う際は,助詞の脱落や誤りがみられる.一方,単語の聴覚性理解は保たれる.左前頭葉後部から島の萎縮・血流低下が目立つ.
 意味型は,発話は流暢で,利き手を聞かれて「利き手って何ですか」と問い返すように,名詞の理解障害が特徴である.物の名前をいう呼称も障害されており,名詞の理解と想起の両者が障害される.進行すると,物の名前が分からないだけでなく,物そのものの意味が分からなくなる.たとえば,金槌を見ても,それが何のためにどのように使う物かをジェスチャーなどで示すことができない.音読でも単語の意味を理解せずに読むため,「海老」を「カイロウ」と読むような類音的錯読(表層失読)がみられる.左側頭葉前部が底面から萎縮する.
 ロゴペニック型は,喚語困難のためとつとつと言葉少なに話すが,語音の歪みはない.また,復唱は単音では可能だが,少し長い句や文になると困難で,音韻的誤りも出現する.左頭頂葉を中心に萎縮・血流低下がみられる.
 PPAの問題点として,現在の診断基準では約1/3の症例が3型のどれにも当てはまらないことや,複数の失語型の基準に合致してしまう例があることが挙げられる.もうひとつの問題は,失語型と原因疾患とが1対1には対応しないことである.意味型はTDP-43病理をもつ前頭側頭葉変性症,ロゴペニック型はアルツハイマー型認知症が大部分を占めるが,非流暢型は大脳皮質基底核変性症,進行性核上性麻痺,ピック病などの様々なタウオパチーやTDP-43病理をもつ前頭側頭葉変性症などが報告されている.これはどのような原因であれ,機能低下部位が類似していれば同じような失語症状を呈してくるためと考えられる.したがって,原因疾患の鑑別は言語以外の認知機能障害,運動などの神経学的所見,画像所見も合わせて総合的に行い,治療方針を立てる.
 PPAでは初期には病識があり,不全感が強いため,失語型に応じて比較的保たれた機能を用いたコミュニケーションを工夫していく.また,言語が障害されていると介護者が患者の認知機能をより低くみなすことが多いため,介護者に言語以外の認知機能はほぼ保たれていることを伝え,患者が活動性を維持できるよう支援する.
教育講演4
2019年6月7日 15:40~16:40 老年精神第3会場(展示室B1F/共通第20会場)
高齢者の幻覚・妄想の背景病理とその対応
座長: 橋本  衛 ( 大阪大学大学院連合小児発達学研究科行動神経学・神経精神医学寄附講座 )
演者: 入谷 修司 ( 名古屋大学大学院医学系研究科精神医療学 )
入谷修司 ( 名古屋大学大学院医学系研究科精神医療学 )
 
 高齢者の精神医学的問題の背景は,脳,身体,心理社会的な要因にまたがり,その意味からBio-Psycho-Social diseaseとも呼ばれる.なかでも高齢期にみられる「幻覚・妄想」の症状は,操作的診断基準や脳神経病理像で規定される単一の疾患群ではなく,その背景に様々な病因病態を包含している.一方で高齢期には脳の何らかの老化現象があり,それが,幻覚妄想の成因に関与していることは推量されるものの,いまだその機序についてはいまだ不明である.また「高齢期の幻覚・妄想」というときの“高齢期”とはどの世代を指すのかの定義はないが,統合失調症を代表とする思春期~成人前期の幻覚妄想状態を呈する群とは違う切り口で捉える必要がある.操作的診断分類のDSM-5においては,統合失調症の診断基準には年齢の制限はないが,しかしながら55才以降の発症については,より若い群の精神病性障害と同じ病態かについては不明と記されている.歴史的には,高齢発症の精神病性障害は,遅発性パラフレニー,遅発性統合失調症などとも呼ばれていた. しかし,統合失調症の病因病態がいまだ解明されていないこともあり,統合失調症がはたして高齢期に発症するのか否かの議論にも決着がついていない.臨床的には高齢期の幻覚妄想が若年期とそれはその性質や成因について相違があること,後の脳剖検で器質因が明確になる症例があること,などから「高齢期の幻覚妄想」という臨床の現象を,精神医学体系全体のなかで捉える必要がある.そして,彼(彼女)らが長い人生経験や社会生活を営んできた精神活動の上に幻覚妄想が構築されているという認識も大事である.一方で,認知症に伴っておきる精神症状(幻覚・妄想)は,いわゆるBPSDとして,介護負担などの問題として社会的に大きな関心を持たれており,その医療的対応については,数多くの臨床研究や実践がおこなわれている.その場合に,認知症の切り口だけで,「幻覚妄想」を評価することは,患者の病態を理解することからすれば不完全となる可能性がある.それは,高齢期の幻覚妄想そのものについては,精神科医を含め高齢者の医療に携わる人々にとって正確な知識を持っておく必要があり,誤診をきたす可能性もある. 初期には精神症状を示しのちに認知症症状をきたすような症例やパーキンソン病の治療中に幻覚妄想を呈するような症例といった器質因が主体となるケースや,限定的な妄想だけを示しながら社会性は保たれ日常生活は自立している症例など機能性(内因性)精神疾患と判断されるケースを日常で経験する.このように個別性の高いとおもわれる高齢期の幻覚・妄想である一方で,皮膚寄生虫妄想症やシャルルボネー症候群,セネストパチーのような一定の共通症状をもった一群の病態もある.そして医療的対応については,身体因には薬物療法,心理的因子には非薬物療法といった紋切り型ではなく,それらの病態把握や理解が重要でそのうえで,アプローチもBio-Psycho-Socialな側面からの治療が求められる.このような観点から,臨床医はこの問題についてどのように整理・理解し対応すればいいのかについて考えてみたい.なお発表にあたり開示すべき利益相反はない.
共催セミナー
ランチョンセミナー1
2019年6月7日 12:10~13:10 老年精神第1会場(大ホール2F/共通第18会場)
Living well with the dementia
認知症新時代─どこから来て,どこへ行くのか─
座長: 角  徳文(香川大学医学部精神神経医学講座)
演者: 山崎 英樹(いずみの杜診療所)
共催: ノバルティス ファーマ株式会社
ランチョンセミナー2
2019年6月7日 12:10~13:10 老年精神第2会場(小ホールB1F/共通第19会場)
高齢者における不眠症対策のコツ
座長: 内山  真(日本大学医学部精神医学系)
演者: 小曽根基裕(久留米大学医学部神経精神医学講座)
共催: 武田薬品工業株式会社
ランチョンセミナー3
2019年6月7日 12:10~13:10 老年精神第3会場(展示室B1F/共通第20会場)
認知症と生活習慣病~多職種協働の大切さ~
座長: 田北 昌史(田北メモリーメンタルクリニック)
演者: 吉岩あおい(大分大学医学部総合診療・総合内科学講座)
共催: 小野薬品工業株式会社
ランチョンセミナー4
2019年6月7日 12:10~13:10 老年精神第4会場(第3会議室2F/共通第21会場)
精神関連疾患における画像診断活用法
座長: 繁田 雅弘(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
1.日常診療における神経画像診断活用法─いかに高齢者の器質的疾患を捉えるか─
  演者: 櫻井 圭太(帝京大学医学部放射線科学講座)
2.症例で診る高齢者精神関連疾患の画像
  演者: 古田  光(東京都健康長寿医療センター精神科)
 
共催: 富士フイルム富山化学株式会社
イブニングセミナー1
2019年6月7日 16:50~17:50 老年精神第2会場(小ホールB1F/共通第19会場)
認知症と高齢者てんかんの診断と治療
座長: 朝田  隆(メモリークリニックお茶の水)
演者: 宮澤 仁朗(ときわ病院)
共催: エーザイ株式会社
イブニングセミナー2
2019年6月7日 16:50~17:50 老年精神第3会場(展示室B1F/共通第20会場)
認知症の早期診断に対する神戸市の取り組み
座長: 前田  潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部)
演者: 山本 泰司(神戸大学保健管理センター・大学院医学研究科病態情報学)
共催: 日本イーライリリー株式会社
一般演題(口頭発表)
老年精神第4会場(第3会議室2F/共通第21会場)
6月7日(金) 10:00~10:36 薬物療法
10:36~11:24 ECT・神経化学・神経病理
14:30~15:18 症候学・診断①
15:18~15:54 症候学・診断②
一般演題(ポスター発表)
ポスター会場(2F)
日本老年学会(東北大学百周年記念会館)
特別招聘シンポジウム
2019年6月7日 9:00~11:50 東北大学百周年記念会館「川内萩ホール,2F」(共通第16会場)
人生100年時代における高齢者の今後;高齢者の定義再検討をどう生かすか
座長: 甲斐 一郎 ( 東京大学名誉教授 )
    大内 尉義 ( 国家公務員共済組合連合会虎の門病院 )
演者: 大内 尉義 ( 国家公務員共済組合連合会虎の門病院 )
    権丈 善一 ( 慶應義塾大学商学部 )
    牧野 利香 ( 内閣府政策統括官付参事官(高齢社会対策担当))
    南  砂 ( 読売新聞東京本社 )
    渡辺 捷昭 ( 公益財団法人長寿科学振興財団 )
    楽木 宏実 ( 大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学/日本老年医学会理事長 )
合同シンポジウム10 主導学会:第24回日本老年看護学会学術集会
2019年6月7日 13:20~14:50 東北大学百周年記念会館「川内萩ホール,2F」(共通第16会場)
それぞれの地域包括ケアから見出す実践の知見と共通の理念
座長: 堀内 ふき ( 佐久大学 )
    田中  滋 ( 埼玉県立大学 )
演者: 藤原 佳典 ( 東京都健康長寿医療センター研究所社会参加と地域保健研究チーム )
    佐藤  保 ( 公益社団法人日本歯科医師会 )
    山田 明美 ( 公益社団法人地域医療振興協会六合温泉医療センター )
    柴山志穂美 ( 埼玉県立大学保健医療福祉学部看護学科 )
合同シンポジウム11 主導学会:第18回日本ケアマネジメント学会研究大会
2019年6月7日 14:50~16:20 東北大学百周年記念会館「川内萩ホール,2F」(共通第16会場)
医療介護のアウトカム評価
座長: 竹内 孝仁 ( 国際医療福祉大学大学院 )
    葛谷 雅文 ( 名古屋大学大学院医学系研究科地域在宅医療学・老年科 )
演者: 梅垣 宏行 ( 名古屋大学大学院医学系研究科地域在宅医療学・老年科学 )
    岩佐  一 ( 福島県立医科大学医学部公衆衛生学講座,東京都健康長寿医療センター )
    深井 穫博 ( 深井保健科学研究所 )
    竹内 孝仁 ( 国際医療福祉大学大学院 )
合同シンポジウム12 主導学会:第30回日本老年歯科医学会学術大会
2019年6月7日 16:20~17:50 東北大学百周年記念会館「川内萩ホール,2F」(共通第16会場)
オーラルヘルス・在宅における口腔のケア・誤嚥性肺炎予防
座長: 米山 武義 ( 米山歯科クリニック )
    山谷 睦雄 ( 東北大学大学院医学系研究科先進感染症予防学寄附講座 )
演者: 横村 光司 ( 聖隷三方原病院呼吸器内科 )
    堀田 晴美 ( 東京都健康長寿医療センター研究所老化脳神経科学研究チーム自律神経機能研究 )
    吉田 光由 ( 広島大学大学院医系科学研究科先端歯科補綴学 )