「高齢者の睡眠障害とその治療」

大川匡子(滋賀医科大学精神医学講座)

 

はじめに
 加齢により,睡眠習慣が変化することはよく知られている.就床時刻が早くなり,より早朝に覚醒するようになる.これに伴い,中途覚醒や早朝覚醒などの睡眠障害が増加し,ある調査では60歳以上の高齢者では約3人に1人が睡眠障害を訴えているという.夜間の眠りの質が低下することで,日中の覚醒状態は低下し,覚醒障害を引き起こすことになる.
 高齢者の睡眠障害は,その特有の社会生活状況,身体的疾患が多くなること,加齢による脳の変化などさまざまな要因が関与して起こる.目だった身体疾患がみられず,自覚症状に乏しいことも多い.このような場合には,うつ病など精神的疾患が合併している場合も多い.本日は,高齢者によくみられる睡眠障害とその治療方法についてご紹介したい.

1.高齢者に多くみられる睡眠障害
 高齢者の睡眠障害は,睡眠の老化現象に加え,加齢に伴う特異的な睡眠障害が原因となることも少なくない.また,アルツハイマー病などの中枢神経変性疾患,脳梗塞などの脳血管性病変,喘息などの呼吸器疾患,糖尿病,高血圧などの内科疾患,うつ病,不安障害,アルコール症などの精神疾患に睡眠障害を伴うことが多い.高齢者では,加齢に伴い,このような精神的・身体的要因が数多くあることを念頭に置くべきである.(表)には加齢による睡眠障害の要因を示した.
 以下は代表的な睡眠障害である.

1)睡眠関連呼吸障害 sleep Related Breathing Disorders
 本症候群は,睡眠中に無呼吸が原因で中途覚醒,睡眠相の浅化が認められ,日中の眠気,易疲労感,熟睡感の欠如が生じる.10秒以上の呼吸停止が睡眠1時間あたり5回以上出現した場合,睡眠時無呼吸症候群と診断され,終夜睡眠ポリグラフィー検査により確定診断される.原因としては,肥満,上気道の形態異常が多いが,高齢者ではこれに加え呼吸調節中枢の加齢変化が関与していると考えられている.本症候群は,65歳以上では25%をしめるという報告もある.高齢者では不眠が主症状となることが多いが,より重症になると過眠を呈することがある.治療としては肥満者には減量,側臥位での睡眠指導,マウスピースの着用などがある.もっとも有効な治療は,睡眠中に強制的に空気を送り込む経鼻的持続気道陽圧法(C-PAP)である.注意すべき点は,アルコールや睡眠薬は筋肉を弛緩させ,かえって症状を増悪させることである.

2)むずむず脚症候群 Restless Legs Syndrome/
  周期性四肢運動障害 Periodic Limb Movement Sleep Disorder
 むずむず足症候群は,夕方から夜間入眠時に出現する下肢の異常感覚のため,著しい入眠困難をきたす疾患である.患者は,下肢のむずむず感,ほてりなどを訴える.貧血や腎障害に合併することが多く,原因疾患が軽減すると異常感覚も消失することがある.診断は,注意深い問診が重要である.
 周期性四肢運動障害は,睡眠中に下肢筋の不随意運動が周期的に反復して起こり,睡眠が障害される.60歳以上の高齢者で30%にみられ,男性に多い.入眠期に起こりやすいが,入眠後にもみられ,本人が自覚していることは稀で,運動の調節をしている神経機構へのコントロールがはずれることから下肢が勝手に動き覚醒を誘発する.診断には終夜睡眠ポリグラフィー検査が必要である.問診では,足がつる,つっぱるなどの訴えがある場合,本疾患を疑う.
 両者の治療はほぼ共通しており,クロナゼパムなどの不随意運動治療薬,中枢ドパミン作動薬などが有効である.

3)レム睡眠行動障害 REM Sleep Behavior Disorder: RBD
 レム睡眠機構に異常があると,夢体験が実際に行動となってあらわれ,睡眠中の異常行動として観察されることがある.RBDでは,上肢を上に挙げまさぐるような動きがもっとも特徴的で,寝言をともなうことが多い.その他に,殴る,蹴るなどの攻撃的運動,大声をだす,泣く,動き回るなどの複雑な行動もみられる.これらの異常行動は,20〜30分経過してレム睡眠が終わると再び正常な睡眠に戻る.異常行動の最中に,大声で呼びかけたり,体を揺することで目覚めさせることができる.この時,自覚体験を聞くと夢をみていたと話すことが多い.
 RBDには,認知症,パーキンソン病,脳血管障害など脳幹部を障害する疾患に起こる症候性RBDと他に原因となり得る疾患の見出せない特発性RBDがある.特発性RBDは主として50歳代以降に発症する.治療にあたっては,患者や患者の家族にこの病態を十分理解させ,患者の睡眠中の異常行動がもとで家族関係の悪化を防ぐとともに,異常行動中の転倒など患者がけがをしないよう寝室環境を整えることが必要である.薬物療法としては,クロナゼパムが有効である.

4)精神科的障害による睡眠障害
 高齢者の精神科的障害による睡眠障害では,うつ病による不眠が多い.加齢に伴い生活上の喪失体験や,環境変化により生きがいをなくし,うつ病を発症する高齢者は少なくない.老年期のうつ病では,若年成人に比べ典型的な抑うつ気分や精神運動抑制より自覚的な不眠が前景に立つことがある.診断のためには,食欲低下,気分の日内変動,易疲労感などのうつ症状について問診し,確認することである.診断が確定した後は,抗うつ薬などによる治療が必要となる.

5)認知症患者の睡眠障害
 認知症疾患を持つ高齢者では,睡眠障害がより重篤かつ高頻度にみられるだけでなく,睡眠障害に夜間徘徊,せん妄といった異常行動が随伴する.同時に,自律神経系,内分泌系,循環器系など,さまざまな生体機能における概日リズム障害がしばしば併存,もしくは先行して出現する.治療としては,光療法,メラトニン投与が有効とされる.

2.主な治療法
 加齢による睡眠障害に対し,リズム障害を調整する方法としてメラトニン投与,高照度光療法などの時間生物学的治療法が開発されてきた.高齢不眠症患者に日中に高照度光を浴びさせることで夜間のメラトニン分泌量が増加するとともに,睡眠も改善したという研究報告があり,この研究から多くの高齢者の不眠は昼夜の環境条件の不備に起因していると考えられる.
 また,筆者らの研究で,高齢者の不眠については環境,運動,食事,社会的活動など社会的接触の強化により,睡眠・覚醒リズムの改善がみられた症例もご紹介したい.

おわりに
 高齢者によくみられる睡眠障害とその治療法について紹介した.高齢化社会においてより高いQOLを保つために快適な睡眠は特に重要な要因である.日常診療において心身症状と睡眠障害の訴えは特に多いが,適切な診断・治療により快適な日常生活が得られる.さらにさまざまな睡眠障害を早期に治療することが多くの生活習慣を予防することにもつながるであろう.
 
表 加齢に伴う睡眠障害の要因
不規則な生活・睡眠習慣や環境因子 不安定な入眠・起床時刻
長時間の昼寝,日中の運動量の減少
外界の騒音,不適切な温度
睡眠を妨げる嗜好品の乱用
心理・社会的要因 睡眠に対する脅迫的観念,抑うつ気分,孤独,不安
興味の喪失,認知機能の障害
精神神経学的要因 うつ病,統合失調症,脳器質性疾患
身体的要因 身体疾患(循環器系,泌尿器系など)
睡眠中の大きないびきや呼吸停止(睡眠関連呼吸障害)
入眠時の下肢のむずむず感・不随意運動
(レストレスレッグス,周期性四肢運動障害)
睡眠に影響を与える薬物 睡眠薬,中枢神経抑制剤・刺激剤,降圧薬