「高齢者の気分障害,気分障害による自殺の予防」

前田 潔( 神戸大学大学院医学系研究科精神神経科学分野)

 

 1998年以来,わが国の自殺者数は,それまでの2万3千〜2万5千人から一挙に1.5倍の3万3千人前後となった.増加の内訳を見ると女性の自殺者数に大きな変化はなく,増加は男性のしかも中高年の自殺が大きな部分を占めていた.この増加した自殺者数は2006年現在も変わっていない(図1).自殺既遂者の10〜20倍自殺未遂者が存在し,彼らは自殺企図のハイリスク群でもある.
 自殺は以前から旧ソ連圏,東欧の諸国で多いことがよく知られていたが,その自殺率(人口10万対の自殺者数)は35〜50である.わが国の自殺率は20前半であるが,西側先進国のなかではもっとも高い(図2).この8年連続して3万人を超す自殺者に対する施策として政府厚生労働省も今年6月には自殺防止対策法を成立させている.
自殺の原因はさまざまである.健康問題,経済問題,家庭,職場,学校での問題などがある.精神医学との関係では気分障害をはじめ,統合失調症,強迫性障害,人格障害,アルコール関連障害などが自殺企図に関連している.自殺する直前の人は多くが抑うつ状態にあるといわれている.また自殺の前1か月の間に多くの人が心身の不調を訴えて診療所にかかっているというデータもある.
 自殺のリスクの高いものには,先の自殺未遂者のほかに,男性,高齢者のほかに単身者,失業者,薬物乱用,アルコール依存などがある(図3).ある調査では既存の精神障害としてはうつ病の30%をはじめとして,アルコール依存,統合失調症,人格障害の4疾患で75%を占めるといわれている(図4).身体疾患では人工透析,悪性腫瘍とくに頭頚部悪性腫瘍,AIDSが自殺に結びつきやすいといわれている.
 このように高齢者の気分障害,うつ病性障害は常に自殺の危険性と隣り合わせにあると考えられる.とくに妄想の強い妄想型うつ病,焦燥感の強い焦燥性うつ病は自殺のリスクが高いが,これらはいずれも高齢者のうつ病ではもっとも頻度の高いものである.高齢者のうつ病を診察する際,常に自殺の危険性について考慮すべきで,その危険性が察知された場合には入院など防止策を講じなければならない.
 うつ病の早期発見のためには一般診療所,かかりつけ医の存在が重要である.うつ病患者の多くはまず一般診療所を受診している(図5).かかりつけ医の研修もまたわれわれ精神科医の重要な仕事のひとつである.
 当日は高齢者の自殺予防,うつ病の早期発見について話題提供をする予定です.
 
図1 図2
       
図3 図4
       
図5 ※図をクリックすると拡大されます