「加齢による睡眠・体内時計の変化と睡眠障害」

内山 真(日本大学医学部精神医学系)

 

加齢による睡眠と体内時計の変化
 加齢により、生理学的睡眠特性が変化することがわかっている。歳をとると眠りが浅くなり、夜中にしばしば目が覚めるようになる。これは終夜睡眠ポリグラフ検査を用いた研究結果では、若年成人と比べ高齢者では、入眠潜時(就床してから寝つくまでの時間)が延長し、中途覚醒が増加し、睡眠段階1および2(浅い睡眠)が多くなり、睡眠段階3および4(深い睡眠)が少なくなることが明らかにされている。正味の睡眠時間は、若年成人と比べて1時間ほど短くなり、6時間台となる。
 加齢により体内時計の発振する概日リズムも変化を受け、実時間に対して前進する。高齢者では体内時計の前進により深部体温がより早い時刻に低下し、より早い時刻から上昇するようになる。このため夜早くに眠たくなり、朝早くに目覚めてしまう。このように、高齢者では早朝覚醒の準備状態が形成されている。
 加齢により、概日リズムの振幅の減少、すなわち昼夜のメリハリの低下が起こることも報告されている。メラトニンは松果体から分泌されるホルモンで夜間にだけ分泌され、体内時計による夜間の身体の休息を促す役割を持つ。夜間のメラトニン分泌が高齢者で少なくなっていることが示されている。夜間のメラトニン分泌の減少をメラトニン経口投与により補うことで、睡眠が安定化する可能性が示されている。現在開発中のメラトニン受容体作動薬の効果も期待される。

高齢者に多い睡眠障害
1)睡眠時無呼吸症候群
 眠ると全身の筋緊張が低下する。この時、睡眠時無呼吸症候群では舌が喉の奥の方に落ち込み呼吸を止めてしまう。換気が停止すると血液中の酸素濃度が低下する。これに対する防御反応として覚醒がおこる。患者は、睡眠中にこうした無呼吸と覚醒をくり返すため、夜間睡眠の質的低下が起こる。さらに、この結果として日中の眠気が出現する。中年以降の男性に多くみられるが、閉経期以降は女性の頻度も上昇する。睡眠時無呼吸症候群が高齢で始まった場合には、中途覚醒を主に訴える場合もある。確定診断には、終夜睡眠ポリグラフ検査が必要である。治療としては、経鼻的持続陽圧補助呼吸療法が適応となる。
2)周期性四肢運動障害とむずむず脚症候群
 周期性四肢運動障害では、睡眠中に繰り返す、四肢の不随意運動が原因となって浅眠化や中途覚醒が引き起こされる。不眠の訴えとしては中途覚醒が主体であり、随伴症状として熟眠感欠如、日中の眠気がみられる。下肢のぴくつきを自覚していない患者も結構多く、終夜睡眠ポリグラフィーを行って初めてわかることも多い。
 むずむず脚症候群では、就床と同時に下肢にむずむずとほてったような異常な感覚が生じ、下肢をじっとしているのが困難で寝つくことができないと訴える。睡眠障害の訴えとしては、入眠障害があり、熟眠感欠如、日中の眠気を伴う場合もある。患者は往々にして、眠れないから足の置き場のないような感じがするという具合に、勝手に関係づけて積極的に訴えないこともあるので、必ず尋ねる必要がある。
 周期性四肢運動障害およびむずむず脚症候群とも、睡眠薬は有効でない。背景にある異常感覚や不随意運動を治療するドパミン作動薬(プラミペキソールやロピニロールなど)やベンゾジアゼピン系薬剤であるクロナゼパムを眠前に投与する。周期性四肢運動障害およびむずむず脚症候群の背景に鉄欠乏性貧血や腎機能障害が存在する場合には、これらの身体疾患の適切な治療により、症状が軽快することがある。
3)うつ病
 大うつ病では、入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒と種々の睡眠障害を伴う。これに加え、休息感・熟眠感欠如、離床困難(目が覚めているのに気落ちして床からなかなか出られない)はうつ病に比較的特徴的な症状である。若年成人に比べ、老年期のうつ病では典型的抑うつ気分や精神運動抑制が目立たず、不眠のみを訴えることがあるので注意が必要である。うつ病が疑われた場合には、抗うつ薬投与によるうつ病治療と平行して不眠の治療を行う。
4)不眠症
 身体疾患を持つ患者の場合、疼痛や掻痒、夜間の頻尿(特に利尿剤服用中の患者)などにより、中途覚醒が増すことが知られている。高齢者に高頻度で投与されている身体疾患治療薬物のなかには副作用として不眠をもたらすものがあるので注意する必要がある。
 大きなストレスを受けると、一過性に不眠が起こる。しかし、この時の対処が適切でないとこれが慢性化して不眠症に発展する。寝つけないで苦しい思いを経験すると、眠りに対するこだわりが強くなる。こうなると精神的ストレスが解消されても寝つき自体が唯一の心配事となる。このような場合、床につくと今晩は気持ちよく寝つけるかどうかということが一番の不安の種になる。不眠を恐れるあまり、入眠時の不安が増強され、慢性的入眠障害に発展する。就床時刻にはこだわらず、眠くなるまで床につかないよう指導することが重要である。
 8時間が標準的睡眠時間でこれより短いと睡眠不足だと思っている患者は多い。定年退職や仕事が変わったなど生活に変化があった場合、早くに床に就くようになるなどの睡眠習慣の変化により、床の上で過ごす時間が増え、かえって眠りにつくのに時間がかかるようになったり、夜中に頻回に覚醒するようになること多い。7時間以上床の中で過ごさないよう指導する必要がある。

認知症と睡眠覚醒障害
 認知症では、夜中に眠らず興奮や幻覚妄想状態を示す夜間せん妄や、夕方から夜にかけて徘徊や興奮が出現する日没症候群など、1日の特定の時間帯に異常行動あるいは問題行動が出現することが多い。このため、こうした異常行動出現の背景に体内時計の加齢による概日リズム異常が関与することが考えられている。
 夜間せん妄や徘徊、日没症候群などを示す認知症患者では、健常高齢者に比べ深部体温リズムやメラトニンなどの内分泌リズムも不規則化し昼夜分泌の差が不明瞭になっていることが報告されている。これは、概日リズムのめりはりがなくなるため、日中に充分な覚醒レベルを保てず、夜間睡眠の維持が障害されると考えることができる。
 夜間せん妄や日没症候群を示す認知症患者に対して、介護者が昼間付き添って戸外の散歩などをさせ、しっかり目覚めさせて過ごさせてやると、夜間の不眠や異常行動が改善するという報告がある。運動や自然光(高照度光)の体内時計のメリハリを高める作用が関連すると考えられている。こうした時間生物学的治療は、薬物療法でしばしば問題となる過鎮静や転倒、錘体外路系症状などの有害作用がなく、今後の発展が期待される。