「介護保険の改正と人権擁護」

遠藤英俊(国立長寿医療センター包括診療部)

 

1.はじめに
 介護保険制度が改正され,平成18年4月から順次新しい仕組みが施行される.一昨年厚生労働省から「2015年の高齢者問題」という報告書がだされた.この報告書に今回の介護保険制度改正の基になった今後の理念が示されている.この報告書の考えに沿って,社会保障審議会介護保険部会を中心に検討を進め,法律が成立した.今回の改訂は5年前の介護保険制度の発足に匹敵するインパクトのある改正である.

2.介護保険制度発足からの流れ
 介護保険制度が始まってからの3〜4年間のデータを見てみると,要支援・要介護が激増し,現在既に400万人を超える方が給付を受けている.この増え方は実は当初の予想通りではあったが,問題はその内容にある.平成12年から13年にかけて島根県のある地域の数千人のデータベースで,認定状況の変化を見たところ,1年後には要支援の方の5割が悪化していた.これでは要支援や要介護1がどんどん増え,介護予防や維持にはつながらないということで,今回の新予防給付という考え方がでてきた.具体的には,約150万人いる要支援や要介護1(現行)の方にたいして,新予防給付として筋力トレーニング,口腔ケア,栄養改善を行なうものである.また,地域包括支援センターが対象者のアセスメントを行なうことになる.アセスメントをする主体が変るので,予防給付を実施する介護予防サービスにも大きな変化があるとものと予想される.
 もう1つの問題点は,老人老健施設では1年経過すると入居者の28.9%が,いわゆる特養ホームでは18.8%が悪化するという調査結果が出た.これに対して,在宅に極めて近い小規模な施設であるグループホームでは,悪化率が1年後に6%であった.この2つの調査結果を基に,国は今後特養ホームにおいては30床以上の規模のものは作らないという,大胆な計画が生まれてきた.つまりこれからの施設ケアは小規模で多機能ケアに代わっていくという方向性を打ち出した.施設ケアは個室化・ユニットケアが主流となり,老健でも5割を個室にしなければならない.基本的には施設は地域に展開へと変化していく.

3.制度改正の主要なポイント
 今回の改正で最も重要なのは地域包括センターの設置である.市町村に6000弱の地域包括センターをおくことになっている.センターの機能としては,一つは初期相談,家族支援などの相談窓口の設置,2番目に権利擁護への取り組みがある.成年後見制度から虐待問題まで扱う必要があり,担当者には十分な研修と経験が必要となる.
 改正の2番目に介護予防がある.運営協議会を作って介護予防の実施をバックアップすることにはなり,介護予防に必要なアセスメントや外部委託には保健師が責任を持つことになる.これまでの在宅介護支援センターは廃止され,今後は地域包括センターが介護予防サービスを事業者に委託することになり,優れた機能を持つ事業者の選定が重要になる.
 次にケアマネジメントの問題がある.ケアマネジャーに主任ケアマネジャーという上級資格を設け,今までのケアマネジャー・リーダーがバージョンアップし,市町村でケアマネジメントを統括する役割を担うことになる.

a) 認知症のケア
 要介護認定を受けた方の半数が認知症であったというデータを見て,ADL中心の身体的ケアから認知症中心のケアへと転換を図ることになった.身体モデルケアから身体ケア+認知症ケアモデル,もしくは予防モデルへと転換が図られ,地域における総合的・継続的認知症ケア支援体制の整備が計画されている.

b) 認知症ケアの地域における展開
 地域でケアの展開することを目指して導入された.すなわち,中学校区程度の広さの利用者の生活圏域内で完結する,安心で身近に感じる即時対応が可能な地域密着型のケアを実現する.サ−ビス計画の策定にはサービス圏域という概念を導入し,市町村長の介護保険事業計画として圏域単位でのサービス提供の完結が基本となる.ケアのあり方としては,地域全体で見ていく,そこに当然医療も必要であり,かかりつけ医・推進医師も必要となる.小規模・多機能サービス拠点は,在宅の利用者の容態の変化に対応した様々な介護サービスを随時適切に,すなわち365日・24時間切れ目のないサービスを一体的・複合的に提供する.基本的な考え方は,「通い」を中心として,要介護者の容態や希望に応じて,随時「訪問」や「泊まり」を組み合わせてサービスを提供することで,在宅での生活を支持することを目的としている.
 介護施設は10人個室で,10人単位で簡単な食事ができ,施設職員と一緒なって生活していくようなイメージのユニットケアに変わっていく.施設はこれまでとは構造も運用も変わり,一部は施設の外へも展開することになる.  

4.人権擁護と高齢者虐待防止
 身体虐待を受けた人は外傷などがあり,病院に来ることが多いが,高齢者虐待防止・養護者支援法が成立した.医師は虐待を発見したときに現在は通報義務がないが生命に危険が予測される場合には,
今後警察,市町村の窓口や地域包括支援センターに通報しなければならない.この法律は,介護者の制裁ではなく,介護者を支援し虐待を止めることを目的としている.性的虐待や心理的虐待,特に在宅における心理的虐待の報告は非常に多い.それに意図的に食事を提供しない,病院に行かせないなどの「放任」がある.この放任は気づかないと発見されず,こういう虐待の種類があるのだということを知っていなければならない.また,われわれ医療関係者には解決が難しい虐待として経済虐待がある.厚労省から昨年資料が発表されたが,その中で目立ったのが男性介護者による虐待である.これは医療では解決できず,弁護士に依頼したり,成年後見制度を使うことになる.
 虐待される人は,われわれの調査では,要介護度が高い人が多く半数が要介護3以上であり,7割が要介護認定者で,認知症の人が5〜6割いる.全国調査では被虐待者の8割に認知症があるというデータがある.虐待は医療機関とか訪問介護で見つけやすいが,虐待対策としてきちんと通報を義務づける法律が必要である.虐待の発見については,リスクアセスメント表が開発されている.

5.おわりに
 介護保険の改正には,ハード面とソフト面の二つがある.ハード面では,地域包括支援センターの設立,小規模多機能型のサービス拠点の設置が中心となる.今回の改訂は特に認知症のケアに対して影響が大きいと考えられる.他に高齢者虐待防止,車の運転や告知の問題など今後の課題も少なくない.さらに,プライマリ・ケアのレベルでは早期診断と早期治療をどのように的確に行なうか,地域における連携システムを如何に構築していくかが重要になる.また人権擁護や高齢者虐待防止対策も重要であり,地域で医師にそれらへの協力が求められている.