「老年期の器質性精神障害について」

三好功峰(精神衛生研究所)

 

 老年期には,老化に関連した大脳疾患や血管障害による脳障害の頻度が高くなる.多くの場合,大脳の器質性障害では,神経症状(神経画像の変化を含む),神経心理学的症状,それに精神症状(器質性精神障害)が,互いに関連しながら出現し,共存する.そのため,精神症状の原因を判断するのに神経学的診察や画像その他の臨床検査は欠かせないし,ときには治療に際して,それぞれの領域の専門医師の協同作業が必要となる.
 器質性(症状性を含む)精神障害として,認知症(アルツハイマー病,血管性認知症,ピック病,クロイツフェルド・ヤコブ病,パーキンソン病,HIVなどによるもの),せん妄,幻覚,緊張病症状,妄想,気分障害,不安,解離,情緒不安定(無力性),軽症認知障害(軽度認知障害),人格障害,脳炎後症候群,脳震盪後症候群などがある(ICD-10).
 これらの症状は,「器質性(または症状性)の可能性のある精神障害“possible”organic(or symptomatic)mental disorders」と「器質性(または症状性)が強く疑われる精神障害“probable”organic(or symptomatic)mental disorders」に分けることができる.

1)器質性(または症状性)の可能性のある精神障害
 幻覚,緊張病症状,妄想,気分障害,不安,解離,情緒不安定などのように,器質性(症状性)精神障害以外でもみられる精神障害では,脳神経疾患の存在が神経学的に明らかにされるとか,あるいは,認知障害症,せん妄などの症状が合併しているときにはじめて身体因性障害を疑うことができる.内因性精神障害と類似した病像がみられることもある.
 感情障害(ことにうつ,気分変動,不機嫌など)は,脳の器質性疾患で頻度の高い症状である.脳血管性障害,パーキンソン病,アルツハイマー病では認知障害とともにうつが見られることが多い.血管性うつとして,卒中後うつ病や,MRIではじめて血管性病変が明らかにされるうつ病がある.ただ,器質性と判断されるためには,原因となる脳神経疾患の神経症状や神経画像所見や,意識障害あるいは認知障害がみられることが必要となる.
 内因性精神障害においてみられるような幻覚・妄想が,意識障害からの回復期において出現することがある(通過症候群).また,器質性の幻覚は,しばしば意識障害を伴っており,ひと,動物,虫などが見えるといった幻視(しばしば錯視を伴う)である.また,器質性妄想では,認知障害を伴うことが多く,そのため系統化される傾向は少ない.被害的な内容の妄想,つまり,「物盗られ妄想」や不実妄想(嫉妬妄想を含む)が目立つ.妄想的誤認症候群には,人物に関する「替え玉妄想(カプグラ妄想)」,場所・状況に関する「テレビ誤認症候群」,「家の誤認症候群」などがある.特異なものとして「幻の同居人妄想」がみられることがある.
 器質性障害において,ときに,不安,解離,情緒不安定などのような神経症様の症状がみられる.確定診断のためには,脳神経疾患の存在を明らかにする必要がある.
 器質性の意欲・行動面での症状として,しばしば,衝動性の変化,自発性減退,動機付けの障害(アパチー)などが見られる.人格変化は,おもに持続的な行動と意欲の変化による.原因疾患(例えば,ピック病)によっては,特有な人格変化も知られている.このような行動や意欲の変化には,多くの場合,認知障害を伴う.

2)器質性(または症状性)が強く疑われる精神障害
 認知症(痴呆),軽度認知障害,せん妄などは,それ自体,器質性・症状性精神障害が強く疑われる症状である.
 意識障害が見られるとき,身体疾患による障害(症状性精神障害)を除外することができれば,脳梗塞,外傷,脳炎,中毒など急性の脳器質性病変による可能性が大きい.意識障害の代表的な病態であるせん妄では,幻覚,錯覚などの妄覚や,見当識障害,注意力,思考力の減退,日内リズムの変化,行動の混乱などが特徴的である.
 認知症(痴呆),軽度認知障害は,器質性の症状である.記憶,思考・判断力,見当識,言語,高次脳機能などの障害が中心となる.認知症のタイプとしては,アルツハイマー型認知症,血管性認知症,前頭側頭型認知症,レビー小体型認知症などがあるが,ICD-10においては「——病における認知症」と分類されていることからも明らかなように,認知症は症状群であり,それ自体,疾患を意味しない.持続的な認知障害(記憶障害を含む複数の認知欠損),社会的・日常的能力の低下が明らかあることが,それぞれの疾患における認知症の共通点である.ただ,「アルツハイマー型認知症Dementia of the Alzheimer Type, DAT」(DSM-IV-TR)に関しては実質的に疾患名として用いられた経緯があり,今日でも,「アルツハイマー病」と同義に用いられることも少なくない.しかし,本来は,「アルツハイマー病における認知症」(ICD-10)を意味するものであり,疾患名ではない.
 認知症の原因となるのは,大脳の広範な領域(大脳皮質,白質その他)の変化を引き起こす神経変性疾患(アルツハイマー病,前頭側頭葉変性症,レビー小体病,進行性核上性麻痺,皮質基底核変性症など),血管性障害(血管性認知障害),悪性新生物,代謝性疾患,中毒,栄養障害などである.認知障害の程度は,病変の範囲や重篤さに関連している.
 軽度認知障害(MCI)は,認知症とまでは言えないが,認知障害(記憶障害その他)は明らかに存在する状態で,多くは認知症の前段階と見なされる.しかし,その原因疾患は多様である.今後,認知症へ移行する要因や症状の特徴が明らかにされて行くものと思われる.