「脳血管障害と変性型認知症」

中村重信(洛和会音羽病院)

 

はじめに
 高齢者ではアルツハイマー病(AD)などの変性型認知症の6割と脳血管障害が合併し,診断に難渋する.コレステロール合成阻害薬スタチン系薬剤によるAD発症頻度の減少とか降圧薬による認知症発症頻度の低下より,ADが血管病であるとの仮説も提唱されている.この混乱を整理し,鑑別診断を容易にし,認知症の治療や予防法に触れる.

1.ADにおける血管の役割
 ADの発症や進展に脳血管が関与する.ADの原因として,神経細胞やグリア細胞の変性,細胞死に加えて,酸素やブドウ糖の供給も大切である.それらの血管を介する供給が途絶えると,脳の細胞機能低下は促進される.事実,AD患者が脳卒中発作後に脳機能低下が著しくなる.
 ADでは老人斑および脳血管にβ-アミロイド蛋白(Aβ)が沈着する.脳外由来のAβが脳血管に沈着し,それが脳実質に移動して老人斑を生成するという考えもある.
 最近,欧米でAβワクチンをADで治験されたが,ワクチン接種群で脳炎が発症し,ワクチンの治験は中止された.Aβワクチン投与群死亡例の剖検にて脳実質内の老人斑が消失し,ワクチンによりAβが脳外に除去されたと考えられる.一方,脳血管のAβは除去されずに残存しており,血管のAβは老人斑よりより強固な重合・沈着していると推測されている.血管Aβは強い力で凝集しており,それが溶け出して老人斑に移行するとは考え難い.
 ADにおける血管の役割は脇役に過ぎず,主役は加齢による神経細胞の変性である.ADの疫学調査により,この事実は明らかである(表1)1).脳血管性認知症(VD)に比し,ADは年齢の関与が大きい.
 調査法や診断基準に問題はあるが,わが国の疫学的研究ではVDの年齢別頻度は低下しているが,ADの頻度は変わらない2).食事の変化,降圧薬の改善・普及に伴い,脳出血を始め,重篤な脳卒中の頻度が減少し,VDはADと異なり減少傾向にある.
 ADは時間的経過が主で,脳の血管を介する因子は従である.ADにおける血管障害関与の重要性を否定しないが,ADなどの変性型認知症はVDと区別すべきである.

表1 ADおよびVDにおける危険因子のオッズ比

危険因子

AD
オッズ比(95%信頼度)

VD
オッズ比(95%信頼度)

性(男/女)

1.4 (0.73.1)

1.2 (0.52.7)

年齢(10歳毎)

6.3* (4.39.6)

2.0* (1.23.2)

教育(3年毎)

0.6* (0.40.9)

0.9 (0.51.6)

脳卒中

35.7 (16.682.5)

  *: p<0.05

2.ADとビンスワンガー型認知症(BWD)
 BWDは高齢高血圧患者に合併するVDである.BWDでは前頭葉皮質下の側脳室前角周囲を中心にX線CT,MRI T1画像にて低吸収域,MRI T2画像にて高吸収域を認める.側脳室後角にも同様の所見があり,小梗塞が白質,大脳基底核,視床および脳幹に多発する場合が多い.
 しかし,BWDでは全身,とくに大動脈に強い動脈硬化所見を認める.脳の小血管にヒアリンが蓄積して,脳血流や酸素供給が低下する.血圧変動による脳の血流量維持機構も破綻し,血圧の変化に対応できず脳機能障害が起きる.
BWDは神経線維周囲の髄鞘が障害され,大脳皮質下の神経線維の病変が緩徐に進行する認知機能低下,嚥下障害,歩行障害,排尿障害を起こす.高血圧症,全身の動脈硬化と上記の症状を画像所見と併せて臨床診断される.
 ADでも頭部MRI上,側脳室周囲に異常信号を認めることがあり,ADとBWDの鑑別診断が困難なことがある.BWDでは高血圧が長期間継続する.片麻痺は顕著でないが,歩行障害,嚥下障害,巧緻運動障害などの運動障害が初期より認められ,ADとは異なる.他覚的にBarré徴候,四肢の腱反射亢進,病的反射陽性が見られることが多いが,ADでは重度になるまで稀である.

3.ADと脳血管障害の合併
 いずれも高齢者では頻度が高く,偶然の合併も多い.好発年齢はADの方が高く,AD発症以前から脳血管障害や無症候性脳梗塞が発症する.しかし,血管障害が先行したからといってADの原因とはいえない.逆に,ADの人に脳卒中が起こり,認知障害が悪化することも多い.血管障害がADの原因ではなく,脳機能の悪化を促進したものと考えた方がよい.
 事実,脳卒中後の脳内老人斑や神経原線維変化の密度は脳卒中のない人と同程度であることから3),両疾患は独立しているが,合併により症状を悪化させる.

4.ADとVDの接点と相違
 接点として,VDでも海馬萎縮,コリン系活性低下があり,ADでも貧困灌流(misery perfusion)の状態にある.相違点としてADは皮質型で側頭葉皮質から全脳に波及するが,VDは皮質下型で前頭葉白質病変が主で,血管支配に一致した部位が障害される.大血管障害によるVDは血管障害の障害部位,時間関係が認知症発症と関連することが診断基準となるが,BWDでは困難なことが多い.

5.血管障害の危険因子とAD
 脳血管障害の危険因子がADまたは認知症の発症頻度を増加させる.
1)高コレステロール血症
 コレステロール合成阻害薬スタチン服用患者のAD出現率は低いが,高コレステロール血症が動脈硬化を介してAD発症を促進するのではなさそうだ.動脈硬化は40歳代までに完成し,中年期以降のスタチン投与は動脈硬化を介する効果より,神経細胞膜の組成変化によるAβ産生に対する効果と考えた方がよい.Aβは前駆体より細胞膜で切断されて生じるが,膜の脂質組成―コレステロールの比率が重要である.高齢者の細胞膜ではコレステロールの比率が高く,実験動物で低下させるとAβの産生が減少する.
 脂質を運搬する蛋白アポ・リポ蛋白E4(APOE4)を有する人はADになり易い.APOE4の病的意義も徐々に明らかにされ,現在のところ脳卒中よりはAβの産生に関係が深いと考えられている.
2)高血圧
 降圧薬が認知症の頻度を減少させる.わが国が参加した大規模試験(PROGRESS)でも降圧薬投与群で認知症の発現が少ない(表2).脳卒中の再発群で認知症の発症が減るが,非再発群では差はない.本結果はADよりVDの発症を減少させたと考えた方がよい.高血圧は脳動脈硬化を介して脳機能の低下に関係するが,AD自体の原因とするには証拠が不十分である.

表2 降圧薬による認知症の発症抑制

脳卒中再発

降圧薬(%)

偽薬(%)

危険度減少度(%) (信頼度;95%CI)

1.41

2.13

34 (335)

4.92

4.98

1 (2422)

3)脳動脈硬化
 老人斑の密度が脳の動脈硬化と相関する3).その相関は脳卒中発作やAPOE4の有無とは独立している.脳動脈硬化は脳血管障害を介してADを発症させるのではなく,別の機序や付帯徴候(epiphenomenon)であると思われる.

まとめ
 脳血管障害は認知症を悪化させるが,変性型認知症の主たる原因ではない.しかし,変性型認知症の発症・進展を防ぐために,コレステロール,血圧,血糖などの栄養,運動,薬物による管理が望まれる.

参考文献
1) Yamada M, et al.:Prevalence and risks of dementia in the Japanese population;RERF’s adult health study Hiroshima subjects. J Am Geriatr Soc, 47:189-195 (1999).
2) 中島健二ほか:痴呆の定義,経過,疫学.(中村重信編)痴呆疾患の治療ガイドライン,15-20,ワールドプラニング,東京 (2003).
3) Lawrence S, et al.:Atherosclerosis and AD. Neurology, 64:494-500 (2005).