認知症の抗精神病薬療法
-精神病症状,攻撃性に対して-

植木昭紀(兵庫医科大学精神科神経科学講座)

 

 認知症には記憶障害をはじめとする中核症状以外に多彩な精神症状,行動異常がしばしばみられる.これらは中核症状以上に介護者に大きな負担感を抱かせ,介護者の生活の質や介護の質を損なう原因や入院や施設入所の時期を早める大きな要因となる.とくに精神病症状や攻撃性は介護者を悩ます最も厄介な対処が難しい症状であり,それらを治療することは臨床医にとって最も重要な課題であるといってよい.中核症状に対しては今のところ根本的に治療することはできないが認知症の精神症状,行動異常に対する治療は対症療法ではあるものの効果が期待できる.また国際的にも認知症の行動心理症状と総称され,認知症治療の対象として重視されている.認知症の精神症状,行動異常が生じる背景には患者の社会心理的,生物学的要因が存在する.認知症の精神症状,行動異常に対して介入する場合,身体疾患の治療,投与されている薬剤の見直し,患者の置かれている環境や心理状態に沿った非薬物的な対応(ケア)から始めるのが適当である.それらの効果が乏しい場合には薬物療法,さらには入院治療を検討せざるを得ない.薬物療法に際しては,認知症を惹起している疾患や病期によって精神症状や行動異常の内容に差異があり,治療の標的とする疾患や症状を明確にして薬物を選択する必要がある.アルツハイマー型認知症ではコリンエステラーゼ阻害薬,前頭側頭型認知症では選択的セロトニン再取り込み阻害薬の有効性が示唆されている.認知症における幻覚,妄想といった精神病症状,攻撃性を含めたagitation に対して抗精神病薬を用いるが,安全上の懸念と保険適応外使用という問題がある.安全上の最大の問題としてはアメリカ食品医薬品局からの警告にもあるように心不全や突然死などの心臓障害,肺炎などの感染症,脳血管障害などの発生により死亡率が高くなることである.一方では抗精神病薬の中で,以前はハロペリドールといった定型抗精神病薬が少量使用されていたが,最近の無作為比較試験やメタ解析の結果から安全上の問題を考慮すると非定型抗精神病薬をこえて推奨できる薬剤はない.アメリカ食品医薬品局の警告の後も抗精神病薬が使用されているという実態がある.投与に先立ち身体状態を精査し患者や家族に十分に説明し同意を得た上で低用量から投与を開始するべきである.最大限の注意をはらいながら可能な限り単剤にとどめ,漫然と長期間投与することを避け,3 ヵ月ごとに効果と副作用の両面について評価を行い,症状が軽減,消退すれば,減量,中止するべきである.抗精神病薬が副作用などで使用できない場合は気分安定作用を有する抗けいれん薬であるカルバマゼピンや選択的セロトニン再取り込み阻害薬や塩酸トラゾドンといった抗うつ薬を考慮してもよい.認知症の精神症状,行動異常に対して劇的に奏功する薬剤がないことを前提に精神症状や行動異常を呈している認知症患者に真に薬物療法が必要であるか総合的に判断する慎重な態度が必要である.