老年期にみられる変性疾患の神経心理症状
-アルツハイマー型認知症の簡便な検査法‐

鹿島晴雄(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)

 

 老年期にみられる変性疾患の神経心理という演題をいただいた.アルツハイマー型認知症,前頭側頭型認知症,レビー小体型認知症,いくつかの非アルツハイマー型認知症の神経心理症状ということになるが,レビー小体型認知症における幻視や症状の変動性などはあるものの,ほとんどは広義のものも含め巣症状ないしその組み合わせである.従来の定義に従えば,認知症は知的機能の広範な障害ということになるが,上記の諸疾患における脳損傷部位はそれぞれ一定のパターンがあり,神経心理学的症状もそれに対応して一定のパターンを示す.認知症は共通する症候群として考えるよりも,それぞれの疾患による症状の組み合わせ(類型)として捉えるべき所以である.
 認知症の検査法にはさまざまなものがあるが,それらの多くは各課題の成績を加算して評価する“定量的”検査である.認知症が類型であり,異なる高次脳機能の障害の組み合わせであれば,各課題の成績の単純な加算は疑問が残る.類型としての認知症の評価は臨床的観察,記述という“定性的”評価が勝るといえよう.しかし“定性的”評価はしばしば主観的といわれ,経験により左右される.決められた課題からなる“定量的”検査を用い結果を“定性的”に評価するという,いわば両者の“中庸的”検査法が実際には有用と考える.本講演では,認知症を類型として捉える立場から,演者がアルツハイマー型認知症の診断,特に初診時に外来で行っている,簡便な“中庸的”神経心理学的検査法を紹介する.

アルツハイマー型認知症の簡便な検査法
 アルツハイマー型認知症では脳の全ての領域が等しく萎縮するわけではない.萎縮は海馬を中心とした領域,(側頭)頭頂領域,前頭領域に著しい.演者はこれらの脳領域に関係する機能,すなわち記憶,視空間操作,行為や概念の転換といった機能に関する課題,および脳損傷で非特異的に生じる全般性注意の課題からなる簡便な神経心理学的検査を作成,使用している.以下,施行順に述べる.
(1)全般性注意の課題:数唱
注意は脳機能の基盤となるものであり,注意の障害は殆ど全ての脳機能に影響する.高次脳機能の評価に際し注意の評価は不可欠である.課題は通常の数字の順唱と逆唱を用いている.注意検査の成績が著しく低下していれば,以後の課題は実施せず,問診やご家族の情報から評価する.順唱に比べ逆唱の成績が著しく悪い場合は(側頭)頭頂領域の機能障害が疑われる.

(2)記憶の課題:聴覚言語性の学習・七語記銘検査
“船”,“山”,“犬”,“川”,“森”,“夜”,“自転車”の7語の記銘検査である.「今から七つのことばを言いますから,よく聞いて憶えてくだきい.言い終わったら,憶えているものを言ってください.言う順序は構いません」という課題である.5回繰り返し,言った順序も記録する.他の課題の施行後に遅延想起を行う.この課題では記銘量と記銘のための方略が評価しうる.初めの“船”と最後の“自転車”は最も憶えやすく,しかも“自転車”は他の六語より長く印象深くなっている.この2語が記銘しえなければ,記憶障害以外のもの,例えば覚醒水準低下や,転導性亢進等を考慮する.二回目,三回目で答える語の順序をみると,被検者の憶え方の方略もある程度,推測しうる.中等症のアルツハイマー型認知症では五回目でも4〜5語になる.他の課題施行後に語の想起を求めると(遅延想起),成績低下はより顕著となる.軽度のアルツハイマー型認知症でもしばしば3〜4語になる.

(3)視空間操作の課題:手指構成・逆キツネ
(側頭)頭頂領域の障害では,自分がどこにいるのかわからない,道に迷う等の症状がみられる.自分の身体を空間内で正しい位置関係で動かすことが下手になり,例えば洗濯物がうまくたためなくなる.アルツハイマー型認知症では,(側頭)頭頂領域に関連した視空間操作の障害が早期から出現する.演者は視空間操作の検査法として手指構成を用いている.両手で影絵のキツネの形を作り,片手を半分ひねって両手のキツネをくっつけるもので,“逆キツネ”と称している.模倣で行う.この課題が容易に施行しうる場合は,記憶障害を認めても定型的アルツハイマー型認知症でないことが多い.透視立方体の模写が視空間操作の評価によく用いられるが,描くのを嫌う場合もあり,手指構成がより施行しやすい.“逆キツネ”は「両手で影絵のキツネを作り,片方を半分ひねって合わせてください」と言語指示のみで施行することもでき,模倣でできず言語指示でできた場合は,視空間操作の障害があることの有力な証拠となる.また前述した注意の課題で,逆唱はしばしば「頭」に数字を書きそれを逆に読む形を取ることがあり,視空間操作と関連が深い場合がある.順唱に比べ逆唱が著しく悪い場合は,視空間操作の障害,つまり(側頭)頭頂領域の障害の存在が窺われ,アルツハイマー型認知症を疑う所見となる.

(4)行為や概念の転換の課題:グーパーテスト
前頭領域の障害では行為や概念の転換が障害される.例えば“今考えていることから別の考えに切り換えることが下手になり”,また“一旦考えると同じことを考えつづける”などの症状がみられる.高次の保続である.この障害をみる課題として“グーパーテスト”がある.先ず左手で“グー”,右手で“パー”を作り,次いで左手を“パー”,右手を“グー”に変え,以後,左右の手で“グー”と“パー”の転換を続けていく.前頭領域の障害では転換が不良でしばしば両手とも“グー”や“パー”になる.また概念などの高次の機能水準での転換をみる課題も用いている.大中小と大きさが異なり,赤青緑と違った色で塗られた,丸と三角と四角の紙を用意し,“これらを分けてください”と求める.色で分けることが多い.次いで“別の分け方でも分けてくだきい”と言う.丸と三角と四角という形で分けることもできるし,また大中小の大ききで分けることもできる.“色”という分類概念から,“形”や“大きさ”という分類概念へのスムーズな切り替え,転換が評価しうる.
加齢によるもの忘れでは,記憶の課題の成績は悪くても,視空間操作の課題では目立った異常は見つからない.しかしアルツハイマー型認知症では,軽度の場合でも,両者の課題の成績は低下する.本検査の施行時間は5〜10分である.