第30回日本老年精神医学会
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6月14日(日)8:45〜9:35 老年精神第1会場(展示ホールB内)
大会長講演
座 長: 新井 平伊(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学)
TA-1
当事者のニーズに応える認知症医療を目指して
繁田 雅弘(首都大学東京大学院人間健康科学研究科)
 厚生労働省のモデル事業である認知症初期集中支援チームや東京都の認知症コーデイネーター/認知症アウトリーチ事業に関わる方より,本事業の対象となった認知症の人の多くは,過去に医療機関への受診があったとの話をしばしば聞く.診断がなされ,アルツハイマー型認知症治療薬の処 方が開始されたにもかかわらず,その後の診療が継続されず転院する人が少なくないとの国内外の調査結果もある.もしかしたら認知症の人が何らかの期待をもって受診したにも関わらず,医療がその期待に応えられなかったのかもしれない.国内外の治療薬の中断率も1年で50〜60%程度で,転院だけでなく治療自体の中断もあると思われる. 今後ますます早期診断を目指して受診勧奨が広く行われることになっているが,従来同様,少なくない割合で通院を中断し医療から離れる人が出てしまうことは望ましくない.それは早期診断が無駄に終わっただけでなく,一部の患者は認知症の告知を受け,治療に結びつかない不要な精神的衝撃を受けたことになる.早期診断とともに,ある いはそれ以上に認知症の人や家族と医療機関や医療職との関係を築くための配慮や工夫が今以上に必要と考えられる.一方,医療機関で行われる検査や評価が治療や療養生活に必ずしも生かされていない点も課題である.家族によっては何のための検査であったのか,診断のためだけの検査であったのか,疑問に思う場合もある.時間的にも財 政的にも負担を負って諸検査を行ったのだから,それに基づいた療養における助言や注意がなされるべきである.また,認知症の人や家族の情報提供のニーズに応える情報提供がまだまだ十分とは言えない.認知症の人や家族が希望する情報は,その内容が医療や福祉の専門職からみて必ずしも必要ではないと考えられるかもしれないが,本人 や家族がそのことを知って安心し,納得して受療を継続できれば,それは治療効果を高めることにもつながる可能性がある.同じ治療と同じ介護サービスであっても,すなわち同じコストであっても,認知症の人が精神的に安定し,本人や家族の心身の苦痛がより軽減され,生活の質がより上がるのであれば,それはまさに提供する医療と福祉 の質に高さを示すものであるといえる.今回は,こうした観点を含め,医療や福祉の当事者のニーズについてあらためて考えてみたい.

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6月14日(日)9:35〜11:45 老年精神第1会場(展示ホールB内)
30周年記念シンポジウム第1部 「認知症の早期診断を早期絶望にさせないために」
座 長: 池田  学(熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野), 真田 順子(さなだクリニック)
KS-I-1
1.小精神療法;希望につながる時間の共有
松本 一生(松本診療所(ものわすれクリニック),大阪市立大学大学院生活科学研究科)
(はじめに)
 認知症の人が増加するにつれて早期発見や対応の大切さが認識されるようになった.ここ10年ほどの間に認知症外来のある医療機関も増えて,「早期受診と対応が認知症の悪化を遅らせる」という言葉は今や当たり前のことになっている.しかし診断と告知がおこなわれた後に,認知症の人や家族がどのような時間を過ごすかによって,予 後は大きく左右する.本発表では診断後の本人と家族への小精神療法が持つ役割を考えてみたい.
(診断と告知)
 早期発見の際,告知の仕方やタイミングは大切である.どのような型の認知症であっても病識がある人とない人に分かれるが,病識を持ち自らの症状に悩む人に対しては喪失感を受け止めながら人生を支えていくことが求められる.病識がない場合には本人よりむしろ病識を欠く人と生活を続けていく家族介護者に寄り添い,心を支えること が大切である.発表では病識を有する人で告知を本心から希望した場合には告知をおこなうと予後が良い半面,本人が希望しない場合には,一方的な告知が却って心の傷になることを示す.
 病識がない場合には面接時間を本人と家族で分け,本人が検査に行く時間を活用して,その人に同伴受診した家族との面接に入るように心掛けている.外来では精神療法の50分間といった構造 化面接はできないが,15分程度の小精神療法の展開ができれば認知症の人と家族の疑問や悩みを受け止めることができ,結果として認知症の悪化を緩やかにすることができる.
(療法の効果)
 小精神療法は精神療法的面接の短縮版ではない.限られた時間の中に本人と家族への適切な情報提供と,その悩みに寄り添う共感のプロセスが求められる.そして本人と家族の問題解決スキルが上達して疾患の進行を抑えることにつながれば,認知症は「なったら終わり」ではなく「なってからが勝負である」との希望が見えてくる.
(あの人から私が消えゆく哀しみ)
 認知症の人の絶望を緩和するためには,時間の流れに沿った「伴走者」としての覚悟が求められる.一方の当事者である家族にとって大切な家族のだれかが認知症になることは大きな喪失体験である.かつて若年認知症の夫を介護する妻から「夫の悲しみは自分が変わっていく不安と向き合うこと,私にはあの人から私の存在が消えていく 哀しみがある」と告げられたことがあり,家族の苦悩の深さを感じた.
 小精神療法は不安と絶望に向き合う認知症の人と家族へのわれわれの祈りに似た行為なのかもしれない.認知症の完治はできなくとも,同じ側に立って見捨てることなくかかわる存在,伴走者たらんとするわれわれの決意を込めた「まなざし」である.
 疾患とともにある人を支え続けることこそ老年精神医学の徒の役割であり,演者もいつの日か「希望をつなぐ時間を共有できる支援者」になりたいと願っている.
KS-I-2
2.認知症の人の意思を感じ取るということ
人見 裕江(宝塚大学看護学部)
 超高齢多死社会となり,認知症等の要介護独居男性高齢者の増加,特に都市部の低所得困窮高齢者の増加とこれを支える側の脆弱化により,孤独死や犯罪,貧困等が課題となっている(宮本,2014).このような社会的背景のなかでの認知症の人の診断を希望あるものとするためには,その時々の認知症の人の意思を感じ取るかかわりとは 何かについて考えてみたい.その際,箕岡氏(2011)が告知について述べている,「告知に関する倫理的基礎知識」「告知することの意義」「告知の方法」「告知後の対応」は,認知症の人の意思を感じ取るかかわりの指針であり,バイブルであるともいえる.
 認知症の人の診断を希望あるものとするためには,診断の事実だけでなく,本人と家族と医療者が,現在の状態・情報を共有しつつ,医療とケアの目標や計画に関する合意形成プロセスにおける意思決定の支援が求められる.すなわち,現在の状況や情報をもとに,その後,人生の終焉までの住まい方や暮らし方の変更等のリロケーションダ メージによる混乱や苦悩が緩和されるような告知であることが重要となる.また,終末期の感染症,低栄養,脱水などの症状について,本人の希望に添いつつ,家族や周囲の関係者にとっても,納得のいく充実した経過になるような選択を支援する.アドバンス・ケア・プランニングAPCについても,話し合いの場をもち,苦痛を緩和する過不足のない医療とケアができるよう整えていく支援に ついて予期的な告知が求められる(高道,2015).
 一方,全国世論調査(読売新聞,2014.11.26)によれば,「自分が認知症になったら自宅で暮らせない」と考えている人が76%,その理由は,家族への迷惑56%,在宅サービスや支援が不十分22%,住民の理解や支え合いがない16%であった.すなわち,本人が望む自宅での暮らしを支援するためには,認知症になったらなぜ家族に迷 惑がかかったり,必要な在宅サービスや支援がなぜ不十分であるのか,どのように整うと満足だと感じるのか,住民の理解や支え合いがないのはなぜか,どのように理解し,支え合ったりできるのかを一人ひとりの患者や家族,および地域のつながりで考えていくことが求められる.
 これまでの本人の希望する暮らしを維持するためには,認知症患者の抱える複雑な生活ニーズに適切に対処できることが重要である.病院医療において,在宅復帰をサポートする病棟の制度化,緩和ケアや褥瘡対策,感染症対策チームなどが設置されている.治療介入のみならず,認知機能の状態が及ぼす生活への影響,食事や栄養,リハビ リなど多方面からのチームアプローチが不可欠である(川越,2012).医療と生活をつなぐ,多職種協働IPWや多職種連携教育IPEによる地域における様々な活動や交流が,認知症の人に限定することなく,子ども・子育て支援,障害者支援,生活困窮者自立支援,住宅政策など生活保障を視野に,地域のすべての住民にとって,住み慣れた地域における在宅ケアの限界点を高める仕組みづ くりが求められる.地域ケアの個別化として,生活支援に,介護保険制度のみでなく,地域支援事業,生活困窮者自立支援,障害者自立支援の諸制度を連結する個別化の強化により,認知症の人のニーズが満たされる関係を実現できる可能性もある.また,地域包括ケアの包括化のさらにその先で,広く雇用政策,まちづくり政策,住宅政策などと結び付けていく.さらに,地域の条件に応じ た地域化によるまちづくりを支えるなど,地域包括ケアシステムの構築が急務である(宮本,2014).
 NPO法人在宅何でもお手伝いねこの手みつ「認知症リカバリーネットワーク“つどい場ねこの手みつ”」の代表は,認知症の病名の告知において大切なのは,安心できる友だちの人間性と同じで,医師の人間性であると言い切る.クリステイーン氏は,診断のショックと予後診断の恐怖というものが人生の転機になる.認知症の人が求めるケアとは,恥じる気持ちや孤立,治療とサポー トの欠如につながるマイナスイメージを払拭することである.家族や友人,周囲の人たちとの関係のなかで,感情がつながるとき,自分が価値ある人間であると思えるようになると述べている.これがまさに,認知症の人の意思を感じ取るかかわりそのものである.
文献
宮本太郎(2014)地域包括ケアと生活保障の再編,明石書房
箕岡真子(2011)認知症ケアの倫理,ワールドプランニング,35-46.
高道香織(2015)肺炎で入退院する認知症高齢者と家族の意思決定支援のプロセス,看護管理25(1),43-51.
川越正平(2012)在宅医療バイブル,日本医事新報社クリステイーン・ボーデン(2008)私は誰になっていくの?,クリエイツかもがわ
KS-I-3
3.幻覚・妄想を本人の体験として理解すること
村井 俊哉(京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学))
 認知症の診断に該当する人(ここではAさんとする)が,「閉まっておいてあったキャッシュカードを盗まれたのよ,それと○○さん(夫のこと)がさっきまで部屋に来ていたのよ」と発言したとする.それを聴いたAさんの娘は,「何をおかしなことを言っているの,お母さんの通帳は去年解約したじゃないの,それにお父さんは5年前に亡くなったじゃないの」と反論するかもしれ ない.一方で,その報告をAさんの娘から受けた医師は,「前者は『物盗られ妄想』,後者は『人物誤認』,どちらもアルツハイマー病の周辺症状として典型的です」という返答をするかもしれない.そうした説明には合点がいかない娘に対して,医師は「アルツハイマー病というのはそういうものですから」との返答で済ませるかもしれない.
 私たちは,他者の気持ちを推し量るとき,無意識のうちに自分自身を他者の立場に置いてみて,自分であればその場合どう考えだろうか,というように考えている.このことは人文学の領域では「了解」という専門用語で呼ばれることがあるが,ヤスパースというドイツの哲学者は今から100年ほど前,この「了解」という用語を精神医学に導入した.Aさんの娘は,この「了解」という心 の働きを使って母親の気持ちを推し量ろうとしたが,うまくいかなかった.Aさんが抱える認知機能の変化を考慮しなかったためである.「母も自分と同じように考えるはずだ」ということを無意識のうちに前提としてしまったため,「自分であれば常識的にわかることを,母がそのように考えないのは,訳が分からない」,ということになってしまったのである.
 こうした「了解」の働きを補完するのが,ヤスパースの言うところの「説明」である.『物盗られ妄想』や『人物誤認』という専門用語を持ち出した担当医は,この「説明」という方法を用いたのである.娘から見ると,「どうしてそんなことを考えるのかわからない」としか言えなかった母の言葉について,医師は淡々と「説明」を与えることができたのである.ただ,このような「説明」 を与えられ,アルツハイマー病という病気はそういうものだと自分自身を納得させることができたとしても,娘の気持ちの中では,「どうして母がそんな気持ちになったのか」という核心のところが曖昧なまま残されるだろう.
 優れた臨床家,優れた介護者は,「了解」と「説明」を,経験の中からバランスよく組み合わせ,幻覚・妄想など認知症を持つ人に特有の体験の理解に成功しているはずである.ただ,では,どのように「了解」と「説明」を組み合わせるのか,という方法論は,精神医学という専門領域の中でも,案外,整理されていないのである.「了解」と「説明」の二分法を精神医学に導入したヤスパー スは,できるところまでは「了解」の作業を押し進めてみて,了解が限界に達したときは説明を用いるのがよい,ということを提案している.ただ,この提案は,統合失調症という病気を念頭に置いてのものであって,認知症の臨床においては,うまく適合しない面もある.
 本発表では,経験のある臨床家・介護者であれば経験則に従って普通にできていること,すなわち,幻覚・妄想など認知症特有の体験を本人の体験として理解するとき私たちが無意識のうちに行っていることについて,あらためて考えてみたい.
KS-I-4
4.認知症本人に対する生活障害への具体的な支援;心理教育的アプローチを通して
扇澤 史子(東京都健康長寿医療センター精神科)
 認知症に対する社会的関心が高まり,発症前後に自ら受診する者も少なくない.日々直面する様々な生活上の躓きに不安を抱く本人に,認知症の入り口で心理的葛藤に対してサポートし,生活障害を補う具体的な工夫や医療と介護をつなぐ社会資源に関する情報を伝えることは重要である.
 報告者の勤務する病院(認知症疾患医療センター)では,受診希望者に対して,最初に認知症専門相談室スタッフ(PSW,心理士,看護師等)が話を聞く仕組みがあり,訴えに丁寧に耳を傾けるところから関わりが始まる.本人自ら申し込むケースも一定数あり,訴えの内容は,「探しもので一日が終わる.疲れる」,「日付が曖昧になり,予定のメモを取ろうとしたら,同じ内容のメモが何 枚も出てきた」など,あらゆる生活場面で,自身の不出来さを二重三重に突きつけられるというものである.「情けない.自分でなくなると思う」と恐怖を抱く者や「家族には迷惑をかけられない.薬で進行が遅らせると聞いた」と受診にすがる者もいる.相談室では,本人が確実に受診できるように,受診日時の事前郵送に加え,受診日が近づくとインテークと併せて予約の確認を行う.家族の同伴を勧めても,頼れる身内がなく,生活が難 渋し始めている場合,本人の了解を得て,事前に地域につなぐこともある.このように,受診予約の開始とともに,本人への生活障害の支援は始まっている.さらに医師には受診の経過や本人の受診への期待を整理し,受診後有用と考えられる支援や窓口の情報と併せて伝える.
 受診後の支援の一つに,認知症と診断された本人と家族を対象に,医師,看護師,心理士,PSWが協働で実施する「認知症はじめて講座」がある.診断結果をただちには認めがたい本人や家族に対して,認知症が加齢に伴って増加するポピュラーな病気であること,病初期の生活障害が不安を招き,それを補う工夫や生活支援がいかに大切かを伝えることは重要である.例えば代表的な生活障 害に,予定管理の困難さがあるが,次に何が起こるか分からない不確定さは環境とのつながり感を奪い,根源的な不安に陥る.本人が知りたい時に,見やすい場所に日めくりを設置するなど,様々な方法で日時や予定を把握できるようにすることは重要である.
 さらに,進行性の生活障害を持つ本人にとって,いずれ家族や他者の生活支援を受けることが必要となるが,これは本人の「自立観」と大きく関わる課題である.本人が,他者の援助を受けないという自立観を持つ場合は,有用な支援が行き届かないこともある.その場合,我々は本人の自立観を尊重しながらも,関わりの中で,他者の援助を得ながら自分らしく生活するという自立観(出口, 2014)もあることや,そのために早めに相性のよい支援者を見つける利点が少しでも伝わるよう働きかける.本人に対する生活障害への具体的支援とは,生活場面での関わりを通して,本人が認知症を持ちながらも希望と尊厳を失わずに,主体的に生きることの支援である.したがって我々は,本人に伴走する姿勢で臨み,まずは本人に手を組んでもよいと感じてもらえるように関わる責務がある.報告では,実際に関わった具体例をもとに 認知症本人に対する生活支援について考察したい.
KS-I-指1
<指定発言1>受診のために本人が越えなければならなかったもの
水谷 佳子(のぞみメモリークリニック,NPO法人認知症当事者の会)
 2014年7月に東京都町田市で「認知症当事者研究」勉強会が開催された.この勉強会は,認知症がある人も,ない人も,ともに「認知症とどう生きるか」を考え話し合うものである.2012年9月に第1回を開催してから,6回目を迎えていた.この日,認知症当事者の藤田和子さんが話題提供することが決まっていた.事前の打ち合わせでは,「空白の期間」について言及すると聞いた. 早期診断の広がりによって,自分が認知症であることを認識できる「初期」で診断される人が増えているものの,診断前後から介護保険サービスの対象とされるまでの支援が未整備であるため,絶望に陥る人があとを絶たない.それが「空白の期間」なのだという.藤田さんの話題提供にあわせて,認知症当事者の人たち自身が最初に医療機関にかかるまで,告知のありよう,診断後の体験と支援に望むもの,それらの一端を明らかにし,勉 強会で報告することになった.
 インタビューしたのは,主に勉強会に参加予定の認知症当事者の人たち13人.「診断を告知される」ことが「結果的によかった」と答えた人が10人,「どちらでもない」2人,「悪かった」1人であった.「結果的によかった」と答えた人が多数を占めたものの,そう思えるまでの過程や告知の受け止め方はさまざまで,人生に大きな影響を及ぼした一人ひとりの物語があった.診断を受け るまで3年の月日を費やし,その間退職を余儀なくされ受診のための経済的負担も重なり暮らしが立ち行かなくなった人.認知症とは思わずに受診し告知を受け,絶望に陥った人.診断後の絶望から這い上がるまで数年を要した人.中には,診断を受けてほっとしたという声もあった.また,インタビューの中では,受診(あるいは告知)までのいきさつ,心のありよう,時間・費用などの負担,暮らしの中で増していく生きづらさが語ら れた.指定発言では,ごく一部ではあるがそれらの声を紹介したい.このインタビューは,既に何らかの形で支援に出会い,絶望を這い上がってきた道すじを第三者に話すことが可能なくらいまで気持ちの整理がつき,当NPOに繋がる状況にある人が対象であった.今まさに絶望の中にある人から話を聞けたのはひとりだけだった.このほか,今まで出会った人や,電話での相談において複数寄せられた「おそらく認知症だと思うが受診した くない」という本人の声を紹介する.
 受診するためには,受診して「よくなる」「よい方へ向かう」「悪くならない」「得るものがある」と思える「何か」が必要である.「認知症になったら人生終わりだ」という風潮.「認知症になるくらいなら,がんになってくれたらよかったのに」と言われた人が複数いる現実.「認知症と,よりよく生きられる」ことを誰もが確信し,認知症の診断の後も希望とともに人生を生ききることがで きる.それを実現するために,認知症の生きづらさを体験し,受診から診断,告知を経ていまを生きる認知症当事者の人たちの声が一助となるだろう.
KS-I-指2
<指定発言2>受診のために家族が越えなければならないこと
牧野 史子(NPO法人介護者サポートネットワークセンター・アラジン)
1.受診までのハードルについて
 認知症初期症状の本人を抱える家族が,変化に気づいてから医療機関の初診に至るまで平均9.5か月,確定診断に至るまで平均15.0か月という調査結果がある.(2013 認知症の人と家族の会N=465)
 おもな理由としては,
 @本人が病院に行きたがらなかった(38.4%)
 A変化は年齢によるものだと思っていた(33.6%)
 B本人に受診を言い出せなかった(21.2%)
 Cどの医療機関や診療科を受診すればよいかわからなかった(16.1%)
 D精神科や物忘れ外来を受診することに抵抗があったから(10.6%)
などである.家族会などで語られる家族の思いとしても,“本人を医療機関へ連れて行くことの困難さ”や“認知症の診断を受け入れることの心理的抵抗感”─この2つの要因が,受診を結果的に遠ざけていることを実感するものである.依然として,認知症という病気へのスティグマが一般社会に存在していることは否定できない.
2.早期診断に対する期待
 さらに,先の調査では,受診から確定診断された時期が遅すぎたと感じている人(N=153)が「早期診断を期待する」おもな理由として
 @早く治療を始められる
 A早くしないと症状がどんどん進行してしまう
 B身の回りのことや介護に関し,いろいろ早めに準備ができる
 C疾患に関する情報を入手することができる
とあげている.認知症に関する情報が日常的にあふれ,啓発が進んでいる現在においては,早期に受診をすることが,“本人や家族によってよりよい環境を準備できる”ことにつながるとの考えが拡がってきていると感じている.
3.受診にスムースにつなげるために(課題解決に向けた取り組み)
 一方で,介護を担う家族の状況も多様化,多世代化しており,高齢の介護者と特に働きながら親を介護するシングルの若年介護者の層(20代〜40代)も増加している昨今,早期に受診につながる地域の体制(環境)づくりが望まれる.
 特に必要なのは,認知症の初期症状に気づき,さまざまな葛藤を抱える家族が地域で気軽に相談に行ける“地域の資源”である.フォーマルな場所としては役所や地域包括支援センターということになるが,“相談する”という行為も介護の入り口(初期)にいる家族にとっては,ハードルが高いということを鑑みると,
 @“相談センター”とあえて表記をしないが,相談機能を内包する
 A本人も抵抗なく気軽に連れて行ける
 B地域のさまざまなインフォーマル資源やサービスの情報がありつながることができる
 C認知症の本人や家族を支援する地域の人たちと出会える
このような場所や地域資源(認知症カフェ・ケアラーズカフェ等)が日常生活のルートに,しかも日常圏域や各地域包括支援センターごとにあまねく存在することが望ましいのでは,と考える.
 
 気軽に手の届きやすい資源や受け皿が地域には必要である.
<総括1>
<総括1>池田  学(熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野)
<総括2>
<総括2>真田 順子(さなだクリニック)

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6月14日(日)13:15〜13:55 老年精神第1会場(展示ホールB内)
30周年記念シンポジウム第2部 <基調講演>
座 長: 松下 正明(東京大学名誉教授)
KS-II-基
医療介護総合確保法の意図はどこにあるか
田中  滋(慶應義塾大学名誉教授)
 医療介護総合確保推進法は,2014年6月18日に国会を通過した,19の法律を束ねる親法である.その第一条には,「(前略)地域における創意工夫を生かしつつ,地域において効率的かつ質の高い医療提供体制を構築するとともに地域包括ケアシステムを構築することを通じ,地域における医療及び介護の総合的な確保を促進する」と,地域包括ケアシステムという言葉が書かれている.
 続く第2条には,「(前略)地域の実情に応じて,高齢者が,可能な限り,住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう,医療,介護,介護予防(要介護状態若しくは要支援状態となることの予防又は要介護状態若しくは要支援状態の軽減若しくは悪化の防止をいう.),住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制をいう」と,地域包括ケアの定義が示された.
 この定義は,2013年4月に「地域包括ケア研究会」が提示した植木鉢図」の文章化といっていよい.
 そもそもこの研究会は,2008年以来,厚生労働省老健局と協力しつつ議論を積み重ねてきた.研究会においては,広島県三次町(当時),同尾道市,埼玉県和光市,新潟県長岡市,東京都多摩市,同稲城市等々における先進事例を集約し,言語化・理論化に努めるための討論が展開され,毎年の報告書を公表してきた.
 植木鉢図では,「住まいと住まい方」を象徴するしっかりとした植木鉢がおかれ,植木鉢の中には「生活と福祉」を示す豊かな土が入っている.土の上にプロフェッショナルたちが受け持つサービス,医療・看護,介護・リハビリテーション,保健・予防の3つが植物の葉として描かれた.また,ひとりひとりの利用者のために,ケアマネジャーがケアマネジメントプロセスの土台の上に立って仕事を遂行する様子も提示されている.そ して,植木鉢の土と草に対して地域包括支援センターが目を配り,地域ケア会議が水やりを行う.それらすべてを取り囲み,自治体が地域マネジメントに基づいてケア付きコミュニティを作る姿が示されている.
 さらに,植木鉢の土台として「本人・家族の選択と心構え」に相当する皿が置かれた.研究会メンバーは,これは戦後の日本社会ではタブーに近かったニュアンスの強い言葉だとは承知していた.ただし,団塊の世代の人数をふまえると,自ら選択を行い,人生の最期に対する覚悟を持つ必要性を指摘しなければならない,と意見が一致した.もちろん,医療保険・介護保険制度,地元の医療機関や介護事業者の与える安心感が事前の条件で ある.今では,「選択と心構え」は大きく支持されるようになっている.
 医療側では,確保法により改正された医療法に明記された病床機能報告制度と,地域医療構想がもつ影響が大きい.また医療・介護双方のプレイヤーは医療介護総合確保基金に対する理解が求められる.

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6月14日(日)13:55〜15:40 老年精神第1会場(展示ホールB内)
30周年記念シンポジウム第2部 <シンポジウム>「念願の医療福祉連携の実現を目指して」
座 長:今井 幸充((医・社)翠会和光病院),内海久美子(砂川市立病院精神科)
KS-II-1
1.自治体単位の連携と市町村単位の連携;医療の立場から視たそれぞれの必要性
平川 博之(医療法人社団博朋会ひらかわクリニック,公益社団法人東京都医師会)
 自治体単位の連携と市町村単位の連携について,医療の立場から視たそれぞれの必要性を述べるのが演者に課せられたテーマである.しかしながら一口に自治体と言っても,東京都のような大都市もあれば地方の小規模な都市もあり,同様に市町村単位も1つの市や区で県と同様の人口規模のところもある.よってとても一括りには論じることができない.そこで今回は東京都を例にとって両者の連携関連事業ついて医療職の視点で考察したい.
(1)医療と介護の連携に関わる東京都の取り組み
@在宅療養生活への円滑な移行の促進
 退院支援強化事業,在宅療養移行支援事業,在宅療養支援員養成事業
A医療・介護に関わる多職種の人材育成・確保
 在宅療養地域リーダー養成事業,在宅療養支援推進員養成事業
B多職種も含む認知症サポート医・かかりつけ医
 フォローアップ研修
C在宅療養推進基盤整備事業
 在宅療養普及啓発事業,医療と介護の関係者が効果的に情報を共有しながら,連携して在宅療養者を支えるネットワーク体制を構築する「多職種ネットワーク構築事業」(新規事業)
(2)医療と介護の連携に関わる区市町村の取り組み
@在宅療養推進協議会
 医療・介護の関係者等による協議会
A在宅療養支援窓口
 病院から在宅への円滑な移行等を調整する支援窓口
B在宅療養後方支援病床確保
 在宅療養者の病状が急変した際に受け入れる病床の確保
C認知症多職種協働研修
 認知症の人が状態に応じて適切な医療・介護・福祉の支援を受けることができるよう,認知症の人の支援に携わる専門職や行政関係者を対象として,認知症ケアに関わる多様な職種や支援者の視点を相互に理解し,認知症の人が必要とする支援を役割分担的かつ統合的に提供できるようにすることを学ぶ機会.
D多職種連携連絡会(新規事業)
 地域包括ケアシステムの推進に向け多職種が一堂に会し,各地域で連携して在宅療養患者を支える体制を整備するために必要な方策について検討を行うとともに,地域包括ケアシステムにおける在宅療養について都民の理解を深めるための講演会等の普及啓発を実施する.
 当日はこれらの事業,取組み状況等具体例をあげながら考察を加えたい.
KS-II-2
2.医療福祉連携における多層構造の仕組み構築;福祉の立場から視た連携の必要性と地域実践
山本 繁樹(立川市社会福祉協議会,立川市南部西ふじみ地域包括支援センター)
【背景】
 日本社会における少子高齢化の進展,社会経済状況の変容等を背景として,地域実践における総合相談の対応内容は広範囲にわたってきている.高齢者領域を見るだけでも,判断能力の低下により身上監護や財産管理等の支援が必要となる事例,認知症の独居世帯で常に見守りが必要な事例,身寄りとなる家族・親族がいない,あるいは関係が 希薄で入所時,入院時の手続き支援が必要な事例,本人以外の家族にも精神疾患や知的障害がある等の複数の課題を抱えている事例,地域関係者の介入やサービスの導入を拒否する事例,さまざまな形態の虐待事例とその背景にある介護負担や経済的課題,医療依存度が高い入院患者の在宅への移行支援,…等,課題が複合化する事例が増加しており,地域包括支援センターや社会福祉協議会等 の地域の総合相談窓口が対応するニーズは年々幅広さを増している.
 人の生活は多面的であり,地域ニーズに対応する総合相談支援においては,医療福祉連携を土台として,多様な社会資源の結びつきによる総合的な対応が求められる.そのためには,地域に多層的なネットワークを構築していかなければならない.
【相談支援の土台となる多層構造の地域包括ケアネットワーク】
 基礎自治体において確立が求められる地域包括ケアシステムにおいては,地域住民が住み慣れた地域で継続して暮らしていけるよう日常生活圏域で医療,介護,生活支援,予防,住宅支援等を一体的に提供していこうという「地域づくり」の側面と,今後の医療・福祉ニーズの増大に対応しうる「効率的なサービス提供体制への再編」という財政的な側面があると考えられ,入院期間の短縮 化,病院の機能分化,在宅医療の推進といった医療政策の流れと福祉・介護政策の流れを同時に見ていく必要がある.
 一方で市民の目線から見たときには,地域包括ケアとは「地域住民が住み慣れた地域で安心して尊厳あるその人らしい生活を継続できるように,介護保険制度による公的サービスのみならず,その他のフォーマルやインフォーマルな多様な社会資源を本人が活用できるように,包括的および継続的に提供すること」(長寿社会開発センター;地域包括支援センター運営マニュアル2012)(下 線部筆者)となり,医療福祉等の多様な社会資源間の連携と包括的支援による地域住民の福利の向上を目的とし,その中心には,地域社会の主人公たる地域住民がいることに改めて留意しなければならない.そのためには,支援の土台となる多層的な地域包括ケアネットワークを,多様な地域関係者の協働のもとに構築していく必要がある.
 本報告では,地域ケア会議等の仕組みを活用した自治体全域レベル,生活圏域レベル,個別ケースレベル,といった多層構造のネットワーク構築の実践を通し,地域包括ケアの実現に向けた医療福祉連携を中心とした地域の社会資源間のネットワーク構築の必要性と課題,及び今後の展望について述べる.
KS-II-3
3.地域連携に不可欠な医師会と行政の協働
弓倉  整(弓倉医院)
 認知症は,本人への「医療支援」に加え,住居・介護・福祉を加えた「生活支援」,家族がいる場合は「家族支援」が必要であり地域包括ケアの最たるものである.東京都の板橋区ではまず医師会主導で認知症対策に取り組み,板橋区行政と協働して活動を続けているので紹介する.
 板橋区医師会は平成16年から,「認知症になっても住みやすい板橋区をつくること」を目的として「板橋区認知症を考える会」を設置し,板橋区行政と協働して継続的な認知症対策を進めてきた.
 主な活動は@「もの忘れ相談医」養成と医師会員に対する継続的認知症啓発研修,A会員医療機関における認知症相談および診療,B会員医療機関と専門医療機関との医療連携体制構築,C板橋区からの委託事業である「もの忘れ相談事業」,D公開講座などによる区民啓発,E板橋区行政との連携,F近隣医師会との協働である.「かかりつけ医認知症対応力向上研修」と「認知症サポート医」養成も並行して行っている.
 板橋区医師会が認定するもの忘れ相談医とは,かかりつけ医機能に認知症対応力を一定程度担保した医師であり,認定には4単位の研修受講が必要で,更新も3年間に3単位の受講が義務づけられている.平成26年4月時点で板橋区医師会には91名の「もの忘れ相談医」が活動している.この活動は近隣医師会である豊島区医師会,東京都北区医師会,練馬区医師会にも波及し,現在4医師会の合同委員会を開催し,各医師会のもの忘れ相談医のための研修会も合同で受講単位乗り入れがなされている.
 「もの忘れ相談事業」は年間64回の区民向け認知症健康相談,5回の区民啓発講演会や認知症家族交流会等で,「もの忘れ相談医」がこの任に当たっている.
 平成25年からは板橋区が主催して,認知症疾患医療センターである東京都健康長寿医療センター,板橋区医師会,区内地域包括支援センター,民生委員,認知症家族会,訪問看護ステーション関係者による「板橋区認知症支援連絡会」を定期的に開催し,課題の抽出と共有,顔の見える連携体制作りを行っている.
 東京都のモデル事業である認知症早期発見・早期対応のアウトリーチ事業でも,板橋区が板橋区版「地域包括ケアシステムにおける認知症アセスメントシート(DASC-21)」を作成した.板橋区医師会のもの忘れ相談医養成研修会でも,DASCを地域包括との共通ツールとして使えるよう研修を行った.
 平成26年6月に板橋区医師会が医師会員全員に認知症アンケートを行った.全体の回収率は28.5%だったが,もの忘れ相談医91名のうち51名(回収率56%)の回答が得られた.アンケートに答えたもの忘れ相談医の98%が認知症診療を行っており,BPSD対応でも60.8%が「対応できる者は自院で対応」していた.また82.4%が多職種からの相談を受けており,もの忘れ相談医でない医師会員に比し認知症診療に対する意識の差が推察された.
 このように,認知症に対する多職種連携のために,「かかりつけ医」機能向上に向けた地区行政と医師会の継続的かつ緊密な協働が大きな役割を担うと考える.
KS-II-4
4.地域連携が活用すべき精神科入院機能
新里 和弘(東京都立松沢病院精神科)
 当院は,認知症専門病棟を持つ精神科病院であり,東京都区西南部2次医療圏(世田谷区,渋谷区,目黒区)の認知症疾患医療センターとして指定を受けている.
 認知症で精神科の果たす役割として,「最後の砦」的な入院機能が取り上げられることがあるが,精神科病院は入院病棟だけが独立して存在しているわけではなく,外来機能とセットである.今後,認知症患者に対し,適切な場所で適切なサービスが提供する循環型の仕組みを考えるにあたっては,精神科病院の認知症外来機能を充実させることは非常に重要なことであろう.そのことを頭に置いて入院機能について考えてみたい.
 地域にとって有益な入院機能を提供するためには,医療側と介護の側の2つの視点が一致することが重要であると考えている.つまり,家族や介護・福祉関係者がその認知症患者に対して感じた困難と,医療側が感じる入院の必要性の一致ということである.そのためにはお互いの実情を知ることが必要で,自らの側の都合ばかりを主張しても溝は埋まらない.よく言われるように,顔の見える関係を築くということが最も即効性がある.小さく密なネットワークが網羅的に広がることが 大切と思う.「地域の認知症対応力が増せば,緊急対応が必要な事例は減るはず」であり,そのような意識を持って緊急入院機能を活用することが必要と考える.
 一般的には,認知症患者に入院や入所が考慮される事態というのは,在宅での介護が困難な行動・心理症状が出現した際である.入院が入所より優先される状態とは,本人のBPSDの程度が重度で,ある程度強制的に治療開始せざるを得ない場合,薬剤調整を必要とする場合,閉鎖空間が必要な場合などが挙げられる.しかし家族が介護力をギリギリまで使い果たして患者を入院させた場合,ほとんど在宅への退院が難しいことも,我々は知っている.当院の認知症病棟の自宅退院 率は2割程度である.単身者が多いという事情もあるが,家族が限界まで頑張って入院を避けてきた事例も多い.もっと入院の敷居を下げて,病状がこじれる前に,(あたかもショートステイを利用するかの如く)入院サービスを利用できないか.精神科には,認知症の精神症状の見きわめや,薬剤の使い方など長年にわたって培われてきた経験が蓄積している.具合がひどくなる前に入院をするような流れを作るための,もっとも重要な前提条件は,2−3週間の入院,拘束ゼロ,非薬物療法の比重を大きくすること,などであろう.ま た,ボランティア導入,病棟を積極的に見学してもらうなど,病院を地域にオープンなものにしていく努力も必要だろう.入院機能の質の向上は,認知症を精神科で診ることの適否が試されていると考える.
KS-II-5
5.認知症ケアパスと地域社会資源整備
粟田 主一(東京都健康長寿医療センター研究所)
 ケアパス(care pathway)とは,特定の患者に対して,一定期間,適切な時に,適切な場で,適切な治療を提供するための標準的な道筋を示すガイダンスである.もともとは,外科的疾患や脳卒中などの急性期疾患に対して,科学的エビデンスに基づいて,ケアの質,アウトカム,サービス提供効率の改善をめざして開発されたものであるが, 高齢化の進展や慢性疾患の増加とともに,認知症のようなより複雑な状態にある患者に対して,適切な時に,適切な場で,質の高い統合ケアを効率的に提供するための方法として,統合ケアパスウェイ(integrated care pathway,ICP)の開発が注目されるようになってきた.そこでは,水平的統合と垂直的統合を可能とするケアの調整(coordination)と多職種協働(collaboration)を促進する仕組みづくりが重要な鍵を握っている.
 認知症ケアパスとは,認知症疾患のための統合ケアパスウェイ(ICP for Dementia)である.このような意味での認知症ケアパスはイングランドやスコットランドの認知症国家戦略に採用され,わが国では2012年に厚生労働省が示した認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)に取り入れられ,2013年度〜2014年度の間にすべての区市町村においてこれを作成し,2015年度からはじまる第6期介護保険事業計画にこれを反映するという計画が立てられた.しかし,今日のわが国には,認知症の人の暮らしを支えるための医 療,介護,住まい,生活支援,家族支援,権利擁護や意思決定支援のための社会資源が著しく不足している.また,ケアの質,アウトカム,サービス提供効率の改善を指標とする科学的エビデンスの蓄積はほとんどない.このような状況下で,それぞれの自治体が認知症ケアパスを作成していくことはきわめて困難であろう.
 しかし,それでも,わが国は,それぞれの地域において,地域の実情に応じた認知症ケアパスを試行的に作成し,想定される必要な社会資源を整備し,そのような歩みの中で実践的な経験と科学的エビデンスを蓄積していかねばならないであろう.演者が勤務する東京都健康長寿医療センター研究所は,東京都およびわが国の認知症施策の事業の質の評価を開始している.当日は,これまでに蓄積したいくつかのデータを紹介しながら,認知症ケアパスの開発という文脈の中で,区市町村および都道府県において整備が必要とされる社会資源について考察を加えたい.

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6月14日(日)15:40〜16:30 老年精神第1会場(展示ホールB内)
30周年記念討論会「認知症新時代に向けた関連学会の使命」
登壇者:秋山 治彦,新井 平伊,繁田 雅弘,本間  昭,森  啓
6月13日(土)13:15〜15:15 老年精神第1会場(展示ホールB内)
シンポジウム1「治療とマネージメントに生かす認知症症候学」
座 長:朝田  隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科),田中 稔久(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
S-1-1
1.幻視と錯視の理解とマネージメント
太田 一実(順天堂東京江東高齢者医療センター),村山 憲男(順天堂東京江東高齢者医療センター,北里大学医療衛生学部),井関 栄三(順天堂東京江東高齢者医療センター)
 幻視と錯視は,実際に対象がないにも関わらず知覚するか,実際の対象を誤って知覚するかという違いはあるものの,両者には共通点も多く,臨床的には類似した症状として扱われることが多い.幻視・錯視は,レビー小体型認知症(DLB)に特徴的な症状であり,後頭葉の機能低下や視覚認知障害,注意障害などと関連する.また,記憶障害に先行して出現することも少なくない.幻視・錯視によって見える内容は多様で,患者にとって比較的無害なものが見える場合もあるが,恐怖心や不快感が生じるようなものが見える場合もある. 幻視・錯視によって恐怖心や不快感が生じた場合には,妄想や行動化といった二次的な症状に発展する危険性が高まるほか,家族の介護負担の増大や,患者と家族の関係の悪化などにもつながる.
 DLBの幻視・錯視の評価は,NPIなど介護者へのインタビューによって評価する方法が主流である.しかし,実は幻視・錯視が出現していても,介護者がサインを見逃していたり,患者が周囲から異常だと思われることを危惧してサインを示さなかったりした場合には,その患者に幻視・錯視が生じているという評価にはつながらない.そのため,DLBの幻視・錯視をより直接的に評価できる神経心理学的検査の役割は大きく,視知覚課題や模写課題など,様々な手法が開発されている.
 DLBの幻視・錯視のマネージメントに関しては,DLBには抗精神病薬に対する感受性の亢進もあることから,非薬物療法の役割が大きい.幻視・錯視の出現や内容には,患者の精神状態や,見えているものが幻であるという認識(病識)の有無も大きく影響する.また,幻視・錯視が認知症の症状のひとつであるという一般的な知名度が低いことも患者の症状や介護者の負担感に影響すると考えられるため,教育的な対応も求められる.太田ら(2011)は,DLBの幻視・錯視に対する非薬物的介入法について報告した.たとえば,幻視・錯視に対して病識がないものの,確信度は比 較的低く,認知機能が比較的軽度な場合には,幻視・錯視の特徴や機序についてできるだけわかりやすく説明し,病識の獲得を促すことが重要である.病識の獲得によって見えたものが幻であると認識できるようになると,過度な恐怖心が生じにくくなり,近づいて確認するなどといった新たな対処方法にもつながる.また,たとえば,幻視・錯視に対して病識がなく,認知機能が中等度以上である場合には,患者には見えているものは実害を与えないから安心するように伝える一方で,介護者に対して幻視・錯視の機序や環境調整を含めた予防法を教育することが重要になる.いずれも,幻視・錯視そのものをなくすというよりも,幻 視・錯視が見えても安心できるようになり,その結果,幻視・錯視の出現頻度が軽減され,見えるものがより無害なものになるということが目標となる.
S-1-2
2.人物誤認の理解と対応
船山 道隆(足利赤十字病院精神神経科)
 人物誤認は,ある人物をその人物と認識することの障害であり,家族や知人など既知の人をそっくり似ているが違う人物である,あるいは,未知の人を近親者などに知っていると主張することである.人物誤認の研究は,CapgrasらのSosieの錯覚(カプグラ症候群)やCourbonらのフレゴリの錯覚など妄想型の統合失調症に出現した症候を端緒としたが,レビー小体型認知症,アルツハイマー病,脳血管障害,頭部外傷,てんかん,脳炎など脳器質疾患においても時に出現する.
 統合失調症に出現する人物誤認と脳器質疾患に出現する人物誤認では,随伴する症状や背景に推測されるメカニズムが異なる.統合失調症の場合はその人物から命令されたり迫害されたりと,何らかの影響を与えられることが多い.人物誤認が単独の症状で出現することは極めてまれであり,外界,内界,身体の変容感や離人症を伴いやすく,自我意識の障害が想定される.一方で脳器質疾患に出現する人物誤認では,その人物から命令されたり迫害されたりすることはなく,体系化は少なく浮動的であり,作話やせん妄との移行例も認める.しばしば合併する異常体験には,重複記憶錯 誤,幻の同居人,nurturing(養生)症候群,物とられ妄想などがある.背景には,軽度の意識障害,見当識障害,注意障害,エピソード記憶障害,意味記憶障害,失認や錯視などの神経心理所見を伴うことがほとんどである.
 人物誤認の患者を診る際には,これらの背景にある神経心理所見を念頭に置きながら対応することが大切である.また,各疾患のみならず各患者においても,意味記憶障害をベースとする例や軽度の意識障害が大きく影響している場合など,背景にある神経心理所見は多様である.さらに,人物誤認は家族など近親者多くに出現するため,患者の家族背景が治療の参考になることもあり,治療者は1例1例をていねいに診ていく必要がある.
 本発表では人物誤認が出現した認知症ないしは高次脳機能障害の患者を数例提示し,その背景にある症状を考えていきたい.
S-1-3
3.重複記憶錯誤の理解と対応
小田 陽彦(兵庫県立姫路循環器病センター)
 重複記憶錯誤は同じ場所が違った場所にもう一つある,同じ人がもう一人いるなどと主張する認知障害である.一般に器質性疾患において認められとりわけ右半球損傷,前頭葉損傷の意義が想定されている.右半球損傷,前頭葉損傷が重複記憶錯誤にどのように関与しているのかは詳細に明らかになっていない.Feinbergらによる文献調査では重複記憶錯誤69例の中で右半球損傷が左半球損傷よりも有意に(p<0.001)多かったとされている(Figure).
 カプグラ症候群やフレゴリ症候群といった他の妄想性同定錯誤症候群とは異なり重複記憶錯誤は思考の障害あるいは妄想性の障害とは考えられていない.例えば重複記憶錯誤では類似の人が2人とも存在するがカプグラ症候群では本物がいなくなってしまっている.さらに重複記憶錯誤では二重性はあいまいで病識のある場合もあるがカプグラ症候群では替え玉であることを患者は確信しており通常は訂正不可能である.
 1903年にPickの報告した重複記憶錯誤の症例は脳梗塞を起こした67歳女性である.彼女はPrague病院とそこにいる医師たち,助手たち,患者たちが彼女の故郷の町にも同時に存在すると訴えた.「二つの」病院の特徴について尋ねられると彼女は「今日の病院は前の病院の建て増しだと思う」と答えた.1976年にBensonらが報告した症例は頭部外傷後の男性で自分がいる場所はBoston市のJamaica Plain VA病院であると何度も伝えられてそれを記憶したにも関わらずそのJamaica Plain VA病院が自分の故郷であるMassachusetts州のTauntonにあると主張した. よく話をきいてみるとJamaica PlainはBoston市であることは認めJamaica Plain VA病院が2つあるのはおかしいと認めたが今いるのはJamaica PlainのTaunton分院だと主張した.ある時はこの病院は自分の家の空いた部屋に建てられたものだと主張した.病院の高さを尋ねられると「14階」と正答した.アルツハイマー型認知症においても神経変性が右半球に偏っていたり脳機能画像で右半球優位の糖代謝・脳血流低下を認めたりする症例において重複記憶錯誤を呈した症例が報告されている.またレビー小体型認知症においても2%以上の有症率で人物の重複記憶錯誤,場所の重複記憶錯誤がみられたとする報告がある.
 重複記憶錯誤は何らかの器質因,すなわち認知機能低下が背景にあると考えられているので重複記憶錯誤への対応の第一は認知機能低下の増悪因子の除去である.強力な抗コリン作用を有する第一世代抗ヒスタミン薬を含有する総合感冒薬の中止,せん妄の危険因子であるH2遮断薬の中止又はPPIヘの切り替え,認知機能を低下させるベンゾジアゼピン系,Z drug(ゾルピデム,ゾピクロン,エスゾピクロン),抗精神病薬の漸減中止,抗ムスカリン作用を持つ過活動膀胱治療薬の中止を検討する.廃用症候群は認知機能低下の増悪因子なので入院患者であれば離床や早期リハビリを促す.在宅患者であれば社会的活動やデイサ ービス利用を促す.アルコールは認知機能低下の促進因子たりえるので辞めさせる.
 これら器質因への対応の他に心理面への対応も必要となる.本人と介護者に重複記憶錯誤の機序をよく説明したうえで介護者には否定も肯定もしない中立的態度を保ってもらうように要請する.
S-1-4
4.食行動異常の症候学からマネージメントへ
品川俊一郎(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
 認知症患者に出現する食行動異常は,介護者を悩ませるのみならず,身体合併症の原因ともなり,時に在宅介護に破綻をもたらし,病院や施設におけるケアでも大きな問題となる.一口に食行動異常といっても病態は多彩である.演者らが認知症患者208例の介護者に対して行った食行動異常の包括的な調査ではさまざまな対処困難な食行動が認められ,一般的に重度で認知機能が低下した患者と,興奮や無為のある患者で食行動異常が出現しやすかった.抽出された24項目の因子分析においては,「食べ過ぎ」「嚥下」「食欲」「こだわり」の4因子が抽出された.認知症患者全体における食行動異常のマネージメントでは,このよ うな類型化が有用である.このように食行動異常の原因疾患や認知機能障害,BPSDなど多くの要素が関与する.原因疾患別に考えると,ADにおいては病初期から記憶障害に伴い,冷蔵庫の食材を腐らせたり,鍋を焦がしたりすることが出現し,早期診断の一助となる.中期になると,食事をしたことを忘れ繰り返し要求することがしばしば出現する.記憶障害に加えて固執や不安感,被害的な感情が伴っている場合も多いため,マネージメントにおいては注意が必要である.さらに進行して後期に入ると,食事摂取量が低下して体重も減少し,身体介助が必要になる.その際に食事介助に抵抗したり,拒食をしたりする場合がある.VaDの場合は血管障害による損傷部位によって 症状は異なる.皮質の損傷では運動麻痺や半側空間無視が食行動の問題につながりやすく,皮質下の損傷では,自発性の低下や思考の緩慢さによって食事に時間がかかり,摂食量が低下することが多い.FTDでは食欲の亢進,甘い物や濃い味付けへの嗜好の変化,決まった食品や料理に対して固執する常同的な食行動といった多彩な食行動の変化が出現する.これらの食行動は診断基準にも取り入れられ,他の認知症との鑑別においても役立つ.前頭眼窩面や島皮質との関連が指摘されている.DLBでは他の疾患に比べて嚥下の問題が生じやすい.これはパーキンソニズムのみならず,注意力や意識清明度の変動,幻視や自律神経症状などのDLB特有の症候が関与している.医療者 とケアスタッフには,症候から原因疾患や病態を評価・把握し,病態に沿ったマネージメントをする視点が求められ,それよって適切な対応が可能となる.
S-1-5
5.意味性認知症の症候学からマネージメントへ
小森憲治郎(財団新居浜病院臨床心理科),原 祥治(ふじグループ介護事業部),豊田 泰孝(財団新居浜病院),森 崇明(愛媛大学大学院医学系研究科神経精神科学分野),谷向 知(愛媛大学大学院医学系研究科地域・高齢者看護学講座),数井 裕光(大阪大学大学院医学系研究科精神医学分野)
 意味性認知症(semantic dementia:SD)とは,側頭葉前方部の著明な萎縮に伴う意味記憶の選択的障害例である(Snowden et al,1989).SDは前頭‐側頭葉に萎縮の首座を有し特有の失語症状や行動障害を主症状とする非アルツハイマー病性の変性疾患の包括概念である前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)を代表的する疾患である.
 SDは認知症疾患であることから,はじめに認知機能低下,続いて心理症状行動障害(BPSD),さらに進行すると生活障害(disabling symptoms)を来す.SDの特性として,意味記憶障害は言語および視覚性の対象の理解に及ぶため,進行に伴い重篤なコミュニケーション障害を引き起こす.一方,習慣的な記憶に役立つ日付や時刻,数値,道順などの把持は良好で,新たな予定や習慣を習得する能力に秀でている.またBPSDでは,常同行動(固執),脱抑制,興奮などの行動障害が比較的早期から高頻度に出現する一方,幻覚・妄想などの精神症状が出現することは稀である.さらに進行すると道具的なADLや食習慣・更衣・入浴・排泄などの自立機能の低下 (変容)が次第に明らかとなる(Kashibayashi et al,2010).進行期の入浴や更衣の困難は,常同・固執的な傾向にからBPSD化し,食行動では初期には特定の味覚への好みの偏りが現れるが,次第に規範への関心が薄れ次第に口唇傾向が強まることから,毎日同じ食品ばかりを食べる(買う),盗食や異食,食器なめ,一度に飲み込みむせるなど著しく破綻した食卓マナーへと発展する(Ikeda et al,2002).食行動に限らず『我が道を行く』行動障害は,意味記憶障害と結びつき著しいコミュニケーション障害を引き起こし,介護者への負担感や無力感を高め,適応上の大きな障壁となる.
 SDの常同・固執的なBPSDは,ルーチン化療法(Tanabe,Ikeda& Komori,1999)と名付けられた手法により,ドリルやパズルなどの課題への習熟や,受診の動機づけを高める手段として活用され,介護ケア環境への適応をはかり,介護負担を緩和させることが可能である(池田ら,1994).マネージメントの要点は,1)BPSSDを誘発する環境刺激を低減・除去,2)保たれた機能(BPSD含む)の利用,3)なじみの関係をつくる,4)目標行動への段階づけの4点に集約される(Hara in submission).
<総括>
朝田  隆(東京医科歯科大学医学部,メモリークリニックお茶の水)

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6月13日(土)13:15〜15:15 老年精神第2会場(展示ホールB内)
シンポジウム2「精神科医による認知症在宅医療のこれから」
座 長:内門 大丈(湘南いなほクリニック),新田 國夫((医・社)つくし会新田クリニック)
S-2-1
1.認知症のひとの在宅医療の方向性;精神科医の視点から
大澤  誠(医療法人あづま会大井戸診療所)
 精神科・内科を標榜して無床診療所を開業して28年目を迎えた.当初から認知症のひとをみるつもりで意気込んでいたが,私には開業する前の精神科病院におけるたった1年間の老人病棟における認知症のひとの診療体験しかなく,開業しても,脳代謝賦活剤や抗精神病薬の投与と家族とともに悩むことくらいしか治療の手段はなかった.ただ,老人病棟の1年間で感じた「このひとたちは何故ここに居るのだろう?」という素朴な疑問と,その回答にも似た,ある民間デイサービスにおける軽作業に励む認知症のひとたちの普通の姿への憧れが,私の仕事の原動力と言っても過言ではない.
 だから,当時の医療が取り組める『デイ』の形,重度痴呆患者デイケア(当院では,後に老人デイケア,通所リハビリと変遷)に取り組んだのも早く,開業後3年目のことであった.朝来て,昼間『デイ』で過ごし,夕方家に帰るという,私たちが通勤や通学で長い間親しんだ日々の『生活』のリズムを繰り返すことに意義を感じていた.しかし,そのひとたちも病の進行や合併症,そして老化に伴い,外来や『デイ』に来るのも難しくなる.自然に患家への『出前』も始まり,看取りも行うようになった.必要に迫られ,訪問看護も始めることとなった.『デイ』をやっていると,薬物を含めた身体の問題が認知機能の悪化やBPSDにつながることを多く知った.また,『デイ』に 来ようとしない人たちへの対応にも迫られることとなった.そのひとたちにも『出前』をすることになったが,それは医師である私よりは,看護師,OT,相談員の方が長い時間をかけることが出来,また長けてもいた.そしてその中には『デイ』に結びつくひともいたが,結びつかないひとも少なからずいた.それでも彼らスタッフとのつながりは,認知症のひとたちの数少ない社会的交流の機会となった.『デイ』を始めて約10年後,認知症グループホームにも取り組んだ.これは,認知症のひとたちの夜の姿を知ることに役立った.また,24時間,365日,認知症のひとと『生活』を伴にすることの大変さをスタッフを通して知ることにもなった.
 これが,私の認知症のひとの在宅医療の物語であり,『デイ≒通所介護・通所リハビリ・短期入所』による認知症のひとの生活再編成・『出前≒訪問・往診』・多職種協働・『生活』というキーワードが散りばめられているが,この物語は何も精神科医のみが語れるものではない.ただし,うつ病等の機能性精神障害等の鑑別や合併を治療の効果を見ながら判断すること,非定型抗精神病薬等の向精神薬の適切な使用は精神科医にとっての大切な役割であり,また,「本人の思いや不安に正面から向き合い,時にnarrativeに踏み込んで,本人の行動の意味を探ってそれを治療に役立てること」「家族の心情や家族間の葛藤を知り,家族精神力動に基づいた家族志向的な治療(family oriented therapy)を行うこと」等の非薬物療法は精神科医にとって,力を発揮できる分野と考えている.
 シンポジウム当日は,私の物語を語りながら,認知症のひとの在宅医療の方向性を精神科医の視点から探ってみたい.
S-2-2
2.神経内科と精神科在宅医療の関わりと展望
馬場 康彦,高橋 若生,吉井 文均,瀧澤 俊也(東海大学医学部内科学系神経内科学)
 東海大学医学部付属病院は県内で最初に認知症疾患医療センターが設置された施設であり,地域の多種にわたる機関に支えられ神奈川県西部における認知症診療の基幹病院として稼働している.現在,年間の外来件数は2100件にのぼり,380件以上の鑑別診断に関する診療依頼を受けている.認知症疾患医療センターにおける主な役割としては専門医療相談,鑑別診断と初期対応,合併症や行動・心理症状への対応,研修会の開催,認知症疾患医療連携協議会の開催,情報発信などがあり,地域の医療,行政,関連機関との連携強化や認知症の方と介護者への支援体制の強化を目的としている.この中で,神経内科医の実務としては発症早期における鑑別診断や治療方針の決定などが高い割合を占めている.また,定期に外来通院をしている症例の多くは身体機能に著しい低下を有し ていない状況にある.したがって,認知症診療における神経内科の役割としては病初期における医学的な対応が中心となることが多い.一方,疾患の進行とともに日常生活動作の低下や行動・心理症状の顕在化を示す認知症において,認知症疾患医療センターでの外来診療を継続することが困難となる症例も少なくない.病初期を経過した認知症の方々が,その後も長期にわたって安定した在宅生活を続けるために,医療としては病状の詳細な把握や行動・心理症状への早急な対応などが求められる.このような状況において,認知症の本人に寄り添うことが出来る精神科在宅医療は,失われつつあるご本人らしさを取戻し,より長く維持するうえで重要な役割を担っていると考えられる.さらに,神経内科医と精神科在宅医が疾患に関する情報を共有することは,地域における認知症診療の向上にもつながると考えられる.われわ れ神経内科医はしっかりと確実に精神科在宅医へと認知症診療のバトンを渡し,そして,精神科医とともに認知症の方々や介護者が希望を持てるような在宅医療の礎を構築することが求められると考える.
S-2-3
3.がん治療と認知症;治療医の悩み
藤澤  順(国家公務員共済組合連合会横浜南共済病院外科)
 当院は横浜市南部医療圏(2次医療圏)に位置する神奈川県がん診療連携指定病院であり,年間2000名を超えるがん患者の診療を行っている.
 この中で平成26年1年間に当院在宅医療室が退院支援にかかわり退院したがん患者69例のうち19例に訪問診療が導入されたが,そのうち認知症併存症例は7例であった.また緩和ケアチームとして年間90例あまりの患者の依頼を受けて介入支援をしている中でも認知機能障害のみられる患者は少なくない.
 これらの症例からがん治療医が苦悩する認知症がん患者に関する問題点として,@告知をするべきか?A治療方針などの意思決定を患者以外の人に託すか?B患者さんの抱える苦痛をどうアセスメントするか?Cがん治療医の“認知症”に対する誤った?理解などが見えてくる.以下に症例を提示する.
【症例1】70代女性,要介護2.半年前アルツハイマー型認知症と診断され服薬開始.自宅で転倒し左大腿骨骨折のため入院.本人・家族に説明し手術施行.術後経過は良好で日常会話や従命には問題なし.リハビリ目的で,転院調整進めるも術後13日目にタール便あり.胃潰瘍及び胃体部早期がんと診断され,この段階で転院は困難となった.ご家族と内視鏡治療,手術療法,抗がん剤治療などにつき相談した結果,「治療しない」という方針となり自宅への退院となった.この例では患者さん自身ががん治療に関して説明を受けておらず,また「もの忘れ」症状はあるが「判断能力」についての評価はなされていない.
【症例2】70代男性,肺癌,脳転移,多発皮膚転移,骨転移.病名については外来で告知されているが,本人は「“脳梗塞”とだけ聞いている,それ以上はまだ聞いていない」という.本人にとっての身体的苦痛は皮膚転移による痛み(神経障害性疼痛を伴っている)であり,緩和ケアチームに依頼あり.NRSで痛みを表現してもらう事にしたが上手く表現できず.オキシコドンで疼痛緩和を図るが,疼痛緩和の効果判定が困難であった.MMSE 15点.その後痛み増強し,徘徊,易怒性が目立つようになった.精神科介入しもともとの認知機能低下に加え,脳転移,せん妄と診断し投薬加療.治療科としてはがん治療を断念,在宅医療の方針として精神症状対応可能な訪問診療医に退院後の診療継続を依頼,その後在宅療養に移行した.のちに「病院の先生方はこんな状態ではとても家では無理だと思っているようだけど,私たちが大変だと思うケースはないから是非相談して」と心強い言葉を頂いた.
 病院主治医は精神症状が目立つ患者の退院支援は困難と決めることが多い.また認知症=がん治療は困難(判断能力なし)と決めることも多い.治療医の意識を変える事も必要なことである.
 今回提示した2例はいずれもがん患者である.しかし最近認知症をはじめ,慢性心不全,COPDなど非がん患者にも緩和ケアが必要という考え方が浸透してきた.今日の緩和ケアの考え方も踏まえ討論をしたい.
S-2-4
4.認知症在宅診療における睡眠障害について
藤城 弘樹(名古屋大学大学院医学系研究科睡眠医学寄附講座)
 睡眠障害の有病率は,加齢とともに急増し,特に認知症患者では,睡眠障害の出現頻度がきわめて高い.認知症患者の夜間の精神症状・行動異常(BPSD)によって,介護者の不眠が生じ,介護負担が増大することで在宅生活の継続が困難になることをしばしば経験する.夜間のBPSDには,認知症患者の睡眠障害が背景に存在すると考えられ,認知症の睡眠障害の効果的な治療は,重要な医学的課題である.しかし,認知症の睡眠障害は,不眠症のみならず,睡眠時無呼吸症候群,慨日リズム睡眠障害,睡眠時運動障害など多岐にわたり,複雑であり,治療法が確立されていない.認知症患者の自覚症状による病歴聴取や睡眠ポリグラフ検査の実施が困難であることも影響していると考えられ,特に認知症疾患別の睡眠障害の実態については報告がほとんどない.
 BoeveのReviewによると,実践的な認知症における睡眠障害の診断方法として,@不眠A過眠B夜間の過剰運動C夜間の幻覚/問題行動に分類し,5つの背景因子を考慮することを推奨している(Sleep Med Clin 2008;3:347−360).さらに認知症の睡眠障害に関する先行研究の多くが,アルツハイマー病と臨床診断された患者を対象としたものであり,認知症の多様な病理学的背景について留意することの重要性を指摘している.例えば,レム睡眠行動障害は,レビー小体型認知症/パーキンソン病認知症に疾患特異性の高い臨床症状であり,認知症の鑑別診断に重要であるばかりでなく,背景病理を考慮する上で役立つとしている.つまり,アルツハイマー病と比較した場合,ドパミンの障害に注意を向ける契機となりうる.
 精神科医は,認知症患者の睡眠障害の治療に関して,非薬物療法の重要性を踏まえた上で,診察に基づいた薬物選択を既に日常臨床の中で実践している.しかし,先述したように認知症の睡眠障害に対する治療法は臨床経験に基づくものが多いと考えられ,特に認知症疾患別の睡眠障害の知見は数少ないのが現状である.ドパミントランスポーターなどの神経画像の発達やオレキシン受容体拮抗薬の登場に伴い,特異的な脳病態に応じた睡眠障害の治療が期待されている.これらの背景の中で,認知症の睡眠障害の治療法の確立に向けて,精神科医の役割は重要であると考えられる.
<コメント1>精神科医の立場から
内門 大丈(湘南いなほクリニック)
<コメント2>総合診療医の立場から
新田 國夫((医・社)つくし会新田クリニック)

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6月13日(土)15:20〜17:20 老年精神第1会場(展示ホールB内)
シンポジウム3「脳画像と脳病理をつなぐ」
座 長:天野 直二(信州大学医学部精神医学講座),川勝  忍(福島県立医科大学会津医療センター精神医学講座)
S-3-1
1.アルツハイマー病に伴う,シナプス・ネットワーク機能の変化
中村 昭範(国立長寿医療研究センター脳機能画像診断開発部)
 Amyloid仮説に基づくAlzheimer病(AD)の病態進行モデルでは,amyloid βの蓄積→シナプス・ネットワークの機能異常→Tauによる神経障害→脳萎縮→認知機能障害→臨床症状の発現(発症)といった一連のカスケードが考えられている.我々は,PiB-PETによるamyloidイメージングをベースに,MRI/fMRI,FDG-PET,MEGといった非侵襲脳機能イメージング検査を組み合わせて,amyloid蓄積の次に脳に生じるとされる「シナプス・ネットワークの機能変化」を捉えて評価する試みを行っている.今回は主にMEGを中心的に用いて行った,以下の二つの検討結果について報告する.
1)局所amyloid蓄積と大脳皮質興奮性の変化
 ADでてんかん発作や脳波異常の頻度が高いことは古くから知られていたが,近年,マウスモデルでもてんかんが誘発され(Palop et al,2007),amyloid plaqueの近傍で神経細胞の興奮性が高まっているとの報告(Bousche et al,2008)がなされたことにより,あらためて注目が高まっている.そこで我々は,PiB陰性の健康高齢者(HC)48名,PiB陽性のHC 9名,同MCI 12名,同AD 10名を対象に体性感覚誘発脳磁場反応の回復曲線(SEF-R)(Ugawa et al,1991)を用いて大脳皮質の興奮性を非侵襲的に評価し,局所Aβ蓄積との関連を検討した.その結果,ADやMCIでは一次体性感覚野皮質の興奮性が高まっており,更にその程度は同部位のamyloid沈着量と有意な正の相関があることが認められた.これは,局所のamyloid蓄積がその部位の電気的興奮性を高めていることを示唆する所見であり,ADモデルマウスで認められた変化が,人の脳でも生じていることの傍証になるものと考えられた.
2)ADの前臨床段階でのFunctional connectivityの変化
 近年,認知機能正常の高齢者の約2‐3割にamyloidの蓄積がみられることや,amyloid蓄積からADの発症までには十数年もの時間を要すること等が明らかになり,この長期間にわたる「前臨床期」に脳内でどのような機能的変化が生じているのかを明らかにすることが,早期診断・早期治療介入の観点からも重要なテーマとなっている.fMRIを用いた検討では,ADの前臨床段階からDefault Mode Network(DMN)の機能低下が捉えられるとの報告(Sperling et al,2009)があるが,MEGを用いた検討はほとんどない.我々は,PiB陰性のHC 17名,陽性のHC 12名を対象に安静時自発脳磁場活動を測定し,DMN内に生じるFunctional connectivity(FC)の変化を詳細に検討した.その結果,amyloid蓄積に伴い,a)局所(同一領域内)のFCは有意に低下する,b)離れた領域間のFCはα波帯域では有意に低下するが,θ波,δ波の徐波帯域では逆に増大する,等の結果が得られた.以上より,MEGはADの前臨床段階でDMNに生じる複雑な機能的変化を詳細に捉えることが可能であることが示唆された.
S-3-2
2.嗜銀顆粒性認知症の症候学と画像
川勝  忍(福島県立医科大学会津医療センター精神医学講座,篠田総合病院認知症疾患医療センター),小林 良太(篠田総合病院認知症疾患医療センター,山形大学医学部精神科),林 博史,大谷 浩一(山形大学医学部精神科),佐々木哲也(秋野病院精神科),三浦 裕介,渋谷  譲(日本海総合病院認知症疾患医療センター・精神科)
 嗜銀顆粒性認知症(Dementia with grains;DG)は,嗜銀顆粒の出現を特徴とするタウオパチーで,高齢者ではアルツハイマー型認知症(AD)についで多い変性性認知症であることが剖検シリーズで指摘されている.DGは病理学的診断名ではあるが,剖検例に基づきいくつかの臨床的特徴が示されている.また,DGの病理学的病期分類では,認知症を呈するのは進行したステージ3であり,この次期には迂回回を中心に扁桃体や側頭葉内側部の萎縮が強く現れるので,画像診断でも十分捉えられる可能性がある.そこでわれわれは,A)臨床像として,軽度認知障害また は認知症が存在し,1)65歳以降発症,2)進行が緩徐な記憶障害,3)前頭側頭型認知症類似だがより軽度の人格変化(頑固さ・易怒性・攻撃性など),4)妄想(4つのうち2つでpossible,3つでprobable),B)形態画像所見としてCTまたはMRI軸位段にて,しばしば左右差を有する側頭葉内側前部の萎縮(迂回回萎縮に相当)があること(必須),を暫定的なDGの診断基準として以下の検討を行った.
1)VSRADとアポリポ蛋白E(ApoE)多型の検討
 山形大学医学部附属病院および篠田総合病院認知症疾患医療センターの認知症精査のために受診した連続例から,晩期発症型AD(LOAD)100例,DG 100例を診断し,VSRAD advanceとアポリポ蛋白E(ApoE)多型について検討した.女性の比率はADで78%,DGで68%,年齢は80.2±5.5歳と82.2±5.3歳,罹病期間3.45±2.13年と3.61±2.42年,MMSE 19.2±4.0点と18.2±5.7点,ADAS 10単語記銘3.30±1.28個と3.03±1.80個と,いずれも両群に有意差はなかった.VSRAD advanceによる側頭葉内側部のZスコアの平均は,AD 2.25±0.81,DG 3.79±1.21と有意にDGで同部の萎縮が高度であった.ApoEのε4の保有者はAD 59%,DG 31%で,DGで有意にε4保有者が少なかった.ε2の保有者はAD 6%,DG 9%で有意差はなかった.VSRADで年齢,重症度,罹病期間が同じでも,DGではZスコアが著明に高値になることが示された.逆に言えば,DGでは症状が軽いのにZスコアが高値であった.ApoEのε4の保有率は,DGではADに比べて有意に低く,病理診断例での先行研究の結果を支持するものであった.
2)アミロイドPiB-PET所見の検討
 PiB-PET連続例の視察的判定で,陰性およびごく軽度陽性を含めて陰性と,陽性とに分けた場合,早期発症型AD(EOAD)では19/20例95%が陽性,晩期発症型AD(LOAD)11/11例100%陽性なのに対して,DG 22例では50%は陽性だが50%は陰性であった.DGはADよりPiB陽性率は明らかに低かった.従来の研究でもADと診断された例のアミロイドPETは10‐20%で陰性とされているが,これはDGである可能性が高い.今後さらにタウイメージングによる検討を計画したい.
3)剖検所見との対応
 DGと診断した3例の剖検所見を得た.1例はADとTDP 43の合併でDG所見は軽度,1例はADとDLB所見の合併,1例は検索中である.以上の検討から,DGの診断に臨床症状と側頭葉内側前部の萎縮が指標とはなりうるが,高齢者では複合合併病理が多いことが問題である.とくに,側頭葉萎縮にADに合併するTDP-43病理の関与は,晩期発症型の意味性認知症との異同が問題になるが,DGでは側頭葉萎縮が強くとも,語義失語像は呈しにくいと推測される.
参考文献:
Adachi T et al, J Neuropathol Exp Neurol 69:737(2010)
Togo T et al, Am J Geriatr Psychiatry 13:1083(2005)
Ishihara K et al, Neuropathology 25:165(2005)
S-3-3
3.前頭葉障害の画像と病理
石原 健司(汐田総合病院内科)
(目的)臨床的に前頭葉機能低下による症状を認め,病理学的に検索された2症例について,臨床症状・画像所見が病理所見を反映しているか検討する.
(症例1)死亡時72歳の右利き男性.62歳時に発話障害で発症,翌年より右手の不使用が出現.64歳時に受診し,自発話の減少,抑揚の消失,呼称の障害,文の復唱障害,短文の理解障害を認め,非流暢性失語と診断.診察中に落ち着かない様子で立ち歩こうとするなどの行動異常,右運動無視,左下肢筋緊張亢進,閉眼障害,仮面様顔貌が見られた.その後,易転倒性,歩行障害,発話不能,右手の把握反射,手掌頤反射,ミオクローヌス,四肢腱反射亢進などの症状が出現,進行.全経過約10年で死亡.臨床診断はCBD.
画像所見:64歳時の脳血流SPECTでは両側前頭側頭頭頂葉における取り込み低下,70歳時の頭部MRIでは両側前頭側頭葉の萎縮,両側側脳室周囲のT2高信号を認めた.
病理所見:固定後の脳重1060グラム.肉眼的に運動野を含む両側前頭葉の萎縮,前頭葉白質・基底核・視床の萎縮と変色,中脳黒質の高度脱色素,青斑の脱色素,橋底部縦走線維の萎縮,延髄錐体の小型化が見られた.組織学的に前頭葉皮質・皮質下の変性,基底核の変性,中心前回を含む前頭葉皮質に多数のアストロサイト斑,嗜銀性顆粒と少数の神経原線維変化,白質に多数の嗜銀性スレッドとコイル状小体が見られた.脳幹では両側中脳黒質で神経細胞が高度に脱落.病理学的にもCBDと診断.
(症例2)死亡時59歳の右利き女性.52歳頃より声が出しにくくなり,動作緩慢,周囲に対して無関心となったために受診.発話障害,顔面・舌・軟口蓋の運動障害,下顎反射亢進,仮面様顔貌,四肢腱反射亢進,病的反射が見られた.その後,発話量が減少し緘黙状態となるとともに,脱抑制,常同行為,保続,姿勢反射障害,易転倒性,嚥下障害が出現,進行.徐々に無動性無言,四肢麻痺となり,59歳時には失外套状態.全経過約7年半で死亡.臨床診断は運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症.
画像所見:52歳時の頭部MRIでは両側尾状核頭の萎縮,前頭葉の萎縮を認めた.脳血流SPECTでは両側前頭側頭葉を中心に大脳前方部の広汎な取り込み低下を認めた.発症約7年後のMRIでは両側前頭側頭葉の著明な萎縮,脳幹の萎縮が見られた.
病理所見:固定後の脳重730グラム.肉眼的に中心前回を含む両側前頭葉が高度萎縮,側頭葉も全体的に萎縮.両側大脳脚・橋底部の著明な萎縮,延髄錐体の膨隆消失.割面では前頭葉の著明な萎縮と脳室拡大,前頭葉皮質の萎縮.大脳白質の変色,側頭葉皮質・辺縁系・基底核の高度に萎縮,脳幹の全体的な萎縮を認めた.組織学的には前頭葉・側頭葉・辺縁系の高度変性と好塩基性封入体,基底核・中脳黒質の高度変性,錐体路の変性を認めた.病理診断は好塩基性封入体を伴う前頭側頭葉変性症.
(結果)2例いずれも臨床的に前頭葉機能低下によると考えられる症状を,画像検査では両側前頭葉の萎縮,血流低下を認めた.病理学的には前頭葉の変性を認め,臨床症状,画像所見と対応しているものと考えられた.
(結論)臨床症状,画像所見は病理所見を反映している.
S-3-4
4.レビー小体型認知症の画像と病理
井関 栄三(順天堂東京江東高齢者医療センター精神医学)
 DLBの画像所見は,改訂臨床診断基準ガイドライン(2005年)において,示唆的所見として「機能画像(DATscan)で基底核のドパミン取り込みの低下」,支持的所見として「形態画像(CT/MRI)で内側側頭葉が比較的保たれる」,「機能画像(SPECT/PET)で後頭葉のびまん性の取り込み低下」,「MIBG心筋シンチグラフィーの取り込みの低下」が挙げられている.ここでは,これらの画像所見と病理との関連について述べる.
 DLBの病理は,レビー病理が背景病理であるが,多くの場合にアルツハイマー病理が合併する.レビー病理は,PDではBraakにより下部脳幹から大脳に上行性に進展するとされるが,DLBでは大脳から脳幹に下行性に進展する経路も推定されており,レビー病理はある部位から連続性に進展するのではなく,多中心性に出現して進展すると考えられる.
 「形態画像(CT/MRI)」については,DLBはADと比較して海馬を含む内側側頭葉の萎縮が軽度とされている.脳萎縮は神経細胞脱落の反映であることから,これはDLBの内側側頭葉の神経細胞脱落がADに比べて軽度であることを示している.レビー病理のみでは神経細胞脱落は軽度であり,この所見はレビー病理が主体の病初期にいえることで,アルツハイマー病理が合併した進行期にはADと同様の内側側頭葉萎縮を示す.
 「機能画像(SPECT/PET)」については,後頭葉のびまん性の取り込み低下,とくに,後頭葉一次視覚野の取り込み低下はDLBに特異性が高い所見である.ただし,病初期には同部の神経細胞脱落ではなく,線維路障害による機能低下を意味しており,ときに変動する.演者は,この所見は扁桃核のレビー病理から,二次視覚路を通じた後頭葉視覚野との線維路障害の反映であると考えている.しかし,病期が進んで同部にレビー病理が及ぶと,神経細胞脱落をきたして取り込み低下所見に変動はみられなくなる.DLBではしばしば後頭葉に加えて後部帯状回や頭頂側頭連合野も低下するが,演者はこの所見はアルツハイマー病理の合併を示すものと考えている.
 「MIBG心筋シンチグラフィー」では,交感神経節後線維の脱神経を示しており,PDを含めたレビー小体病に特異性が高い所見である.Braakのレビー病理の進展パターンによれば,自律神経節のレビー病理の出現は下部脳幹と同様に病初期に起きると考えられ,下部脳幹のレビー病理に由来するとされるレム睡眠行動障害の多くでMIBG心筋シンチグラフィーの取り込み低下がみられることもこれを支持している.
 「機能画像(DATscan)」は最近本邦でも認可され,黒質線条体ドパミン線維路の障害を示す所見である.線条体のドパミントランスポータの取り込み低下は,黒質ドパミン神経細胞の脱落を反映したパーキンソニズムの存在を示すが,これは進行性核上性麻痺など他疾患でも認められ,レビー小体病に特異的ではない.PDでは低下は必須であるが,DLBでは黒質ドパミン神経細胞脱落とレビー病理はしばしば軽度であり,この場合には低下はみられない.
<総括>
天野 直二(岡谷市民病院)

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6月13日(土)15:20〜17:20 老年精神第2会場(展示ホールB内)
シンポジウム4「認知症サポート医の次のステップを考える」
座 長:前田  潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部),水野  裕((社医)杏嶺会いまいせ心療センター・認知症センター)
S-4-1
1.認知症サポート医;アンケート調査から明らかになった課題
鷲見 幸彦(国立研究開発法人国立長寿医療研究センター)
 認知症医療連携・多職種連携においての認知症サポート医の役割はますます重要となっていく中で,現在,全国で3,200名余りの認知症サポート医がそれぞれの地域で活動しているが,その実態には地域事情等による濃淡が見られる,また,認知症サポート医の役割の明確化や評価のあり方についても,議論が十分に進んでいない状況にある.そこで,認知症サポート医の養成機関として,認知症サポート医の活動実態を把握し,今後の施策上の位置付けや方向性の検討のための基礎資料を得ることを目的とし調査を行った.調査対象は平成17〜23年度養成の認知症サポート医2,007名に対して郵送法で行い,回収票957票で回収率は48.5%であった.診療科の構成割合は,「内科」が48.9%,「精神科」27.2%,「神経内科」8.3%であった.また,認知症関連6学会の「専門医」は41.4%であった.認知症サポート医として日常活動があるとした割合は,@認知症診療では 904人(94.5%),A医療連携・多職種連携では804人(84.0%),B研修・啓発活動では614人(64.2%)であった.@の具体的な内容では「治療」が96.9%,「早期発見」が88.9%,「診断」が87.3%と9割前後で「あり」となった.連携の相手先として,「地域住民」で87.4%,「介護支援専門員等」が78.0%,「地域包括支援センター」が73.9%と8割近くとなった.一方,「かかりつけ医」は65.9%と相対的に低い割合にとどまった.研修・啓発活動への企画・立案や講師としての関わりは,「かかりつけ医認知症対応力向上研修」83.1%,「多職種研修」79.3%,「地域住民向けセミナー」83.4%と,いずれも8割前後の割合を示した.結果として認知症サポート医の個々のレベルにおいて,診療,連携,研修の活動は概ね行われている.もっとも,連携においては,地域住民や地域包括支援センターとの活動は行われている反面,かかりつけ医との医療連携については相対的に低く,充実・改善が求められる点もあ る.これらの活動実態に鑑みれば,既存の資源である多くの認知症サポート医(医療機関)を,地域の認知症対応に関する住民,介護事業者,かかりつけ医等にとっての身近な医療拠点として十分に活用していくことが必要である.また役割・機能の明確化や方向性提示には,診療科や学会専門医の状況を踏まえた検討が必要である.地域における認知症サポート医の活用には,行政と地域包括支援センターの理解が不可欠であり,市町村行政,各地域包括支援センター,地域医師会等によって,いかに認知症サポート医に一定の役割を担ってもらうか,認知症対策等総合支援事業等の活用による費用手当を含め,地域づくりを行うことが望まれる.これらのことから今回の新オレンジプランにおいて重要な柱の一つである認知症初期集中支援チームの専門医師の要件にサポート医であることが明記されたことは意義がある.
S-4-2
2.東京都における認知症サポート医活動の10年を振り返って
玉木 一弘(医療法人社団幹人会福生クリニック)
 消化器内科医の私と認知症の人との関わりは,35年前頃,認知症病棟で日当直のアルバイトをしていたことに始まる.その後開業し,15年前高齢者デイケアを併設,認知機能障害を併せ持つ人の増加を実感した.10年前の平成17年,東京都医師会の介護保険担当理事の立場から,国立長寿医療研究センターでの初回養成研修会を受講しサポート医となった.東京都医師会では専門医対患者数の状況から,認知症の人の日常診療に関わる「かかりつけ医」を母集団に,その対応力向上とサポート医養成を目指した.45地区医師会の推薦医を都が選任し,平成26年度までに偏りなくサポート医603名,かかりつけ医研修修了者2,556名(全会員数約2万名)が配置された.全国でも,平成23年度までのサポート医構成が,内科医5割,非専門医6割と,専門医群を上回ったことは現実の反映であろう.
 いざサポート医には成ったが,地域での専門医や合併症も担う連携先の確保,自治体や多職種との連携,啓発活動の課題は多く,都・区市町村・医師会の支援は不可欠であった.平成20年,都認知症医療機関実態調査を踏まえ,都の支援で診療のコツや,BPSDにも踏み込んだテキストを作成しフォローアップ研修を開始し,地域包括支援センターへのサポート医名簿の提供,医療機能情報提供制度で医療機関毎の認知症対応状況のネット公表も開始された.以降は二次医療圏毎に配置された認知症疾患医療センターや地区医師会の自律的活動が主体となり,アウトリーチチームにサポート医を派遣する地区医師会もある.
 最近の私自身は,老健施設を開設し介護の視点から多職種と多様なBPSDを経験しつつ,所属の地区医師会で,地域包括ケアに織り込んだ認知症研修や連携活動を行っている.両親も認知症で看取った.認知症診療で,研修や経験から心掛けていることは,1)診療を以下にプロセス化し,一過程でも多く関われるよう努める.@発症抑制A早期スクリーニングB相談C診察・検査・診断・鑑別D告知と家族啓発E療養環境調整F介護・社会支援調整G進行抑制HBPSDケアと薬物療法I薬の副作用回避J周辺症状をもたらす身体症状の改善K全身管理L身体合併症の医療M看取り等全人的医療等,2)診療を以下に手順化し実践に努める.@予約制で時間を作るA多職種と共有できる書式を使うB経時的認知症評価を行い家族評価も重視するC看護師は本人・家族と別に面談し,状態や思いを傾聴し医師に伝えるD医師は理学的診察に併せ,本人に自覚症・不安・思いを語ってもらうE医師は本人とは別に家族から状況を傾聴し,ねぎらう.F医師は家族と共に,状態変化に影響している事象・対応・服薬・体調等を 検討し,対応策を相談し多職種に引き継ぐGBPSDの薬物療法は,本人の安全や療養維持の為の限定的方法で,リスク有ることを伝え,可能な限り行わず,非薬物的ケアの利用を促すH受診毎に手順を繰り返し関係と理解を深める等.
 今,サポート医として大切なことは,役割を自問し,認知症の人と家族に向き合い,多職種との関わりや経験から機能を身に付け,それを地域の視点で発揮する機会をつかむ活動を継続することだろう.ここ10年,サポート医は経験を蓄え前進していると信じたい.
S-4-3
3.認知症サポート医の実態;認知症サポート医はいかに認知症医療に貢献しうるか
前田  潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部),山本泰司(神戸大学大学院医学研究科精神医学分野)
 認知症サポート医(以下,サポート医)の養成が始まって10年が経過する.サポート医は25年度末で3,257名が養成されており,新オレンジプランでは一般診療所(99,824施設)25か所に対して1人のサポート医を配置するという基本的考え方を20か所に1人に引き上げ,29年度末までに4,000人の目標を5,000人に上方修正されて養成される計画である.サポート医に関する調査の多くで,その認知度が低いという指摘がある.ある調査では「サポート医の機能はおろか,その存在や役割が住民や行政職は当然として,医師会員の中にもほとんど知られていないのが現状である」という意見に代表されるように,低い認知度が課題となっている.またその機能が不明確という意見も根強い.「サポート医が専門医とかかりつけ医(非専門医)に分かれており,このためにサポート医の機能があいまいになっている」という課題も存在する.
 われわれは2014年11月に兵庫県のサポート医を対象にアンケート調査を行った.その結果からサポート医の実態を紹介し,どのようにすればサポート医が認知症医療に貢献しうるかを考えてみたい.
 兵庫県では96名のサポート医がおり,全員に質問票を勤務先に郵送して回答を郵送にて回収する方法で調査を行った.65名(67.7%)から回答を得た.勤務先は診療所が60.0%,一般病院が27.7%であった.主たる専門診療科は内科41.5%,精神科33.8%,神経内科12.3%,外科9.2%であった.認知症学会,老年医学会など認知症関連学会の専門医を保持していない割合は50.7%であり,日本精神神経学会専門医が27.7%,日本老年精神医学会専門医が16.9%,日本神経学会専門医が13.8%などであった.
 サポート医として活動の実態については,「あまり活動していない」と「ほとんど活動していない」および「まったく活動していない」を合わせると52.3%になった.サポート医フォローアップ研修についても,「ほとんど出席していない」と「出席したことはない」を合わせると32.3%になった.
 自由記載ではやはり「サポート医の役割がわからない」「どう活動してよいかわからない」「かかりつけ医か専門医かによって役割は変わってくる」などの意見が多かった.
 今回のわれわれの調査でも多くのサポート医がどのように認知症医療に関わっていいのか戸惑っているようすがうかがい知れた.また関わって行きたいと考えているサポート医もその機会が乏しいとも考えているようであった.
 サポート医が活発に認知症診療に関わるにはまだまだ課題が存在することが明らかとなった.さらに新オレンジプランによると,あと3年で1,500名以上のサポート医の養成が計画されている.10年かけて養成した数の半数を今後3年間であらたに養成する必要があることとなる.そのためにもサポート医の役割の明確化と彼らの認知症診療への参加の機会の提供を図る必要があると思われた.
S-4-4
4.連携のための情報共有の仕組み作りにおけるサポート医の役割
数井 裕光(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
 認知症高齢者が地域で安心して療養生活を行うためには,かかりつけ医,認知症専門医,介護事業所など患者の診療やケアを担う専門家,および家族介護者,家族会,地域のボランティアなどの人達の間の円滑な連携が必要である.そして認知症サポート医は,この連携の要となり活動することが期待されている.私たちは,認知症患者の診療介護連携に必要な情報を皆で共有するための連携ファイルを作成し,大阪府の北摂地域で実際に使用した.そして連携ファイルにより情報共有が促進され,連携が円滑になることを確認した.その後,平成25年2月からは人口16万人の兵庫県川西市に連携ファイル(川西市つながりノート)が導入された.この川西市でのつながりノート導入はサポート医が主導し,さらにこれに関する啓発・推進活動もサポート医が中心となりおこなわれた.例えば,導入の数ヶ月前から川西市および近隣の医師会・歯科医師会,薬剤師会,介護事業 所,市民に対して繰り返し説明会を開催した.また本事業を啓発するためのポスター,ちらし,ステッカーなどの作成と市内各所への配置,市民向けの広報誌での案内もおこなった.事業開始後の活動としては,当初6ヶ月間は1ヶ月に4回場所と曜日をかえて,その後は1ヶ月に1回,連絡会をおこなっている.この連絡会はつながりノートの継続的な使用に必須な仕組みだと思っている.この会でよりよいノートの使用法を学びあったり,ノートの問題点をどのように修正するかなどを議論したりしている.またこの連絡会の中で,参考書を用いた連続講義を行ったが,この講義をビデオ収録した.このビデオ講義は現在,大阪大学精神医学教室神経心理研究室のHPにアップされ,川西市民であれば誰でも登録してIDをもらい,閲覧できるようになっている.当然,川西市医師会の医師は皆がIDを有している.さらに平成27年の事業として,つながりノートのさらなる使用促進のために,つながりノートの有用性 や使用法などの説明ビデオと前述の連続講義のビデオの一部をDVDに収録し市民に配布することになった.これもサポート医の尽力で実現した.以上のようにサポート医が,認知症患者の情報共有を円滑にするための仕組み作りに果たす役割は大きいと考えられる.
S-4-5
5.サポート医の養成とフォローアップ
坂本 眞一((医・社)平成会平成病院)
 高齢者が住み慣れた地域で生活を継続できるようにするための「地域包括ケアシステムの構築」が整備されるなか,在宅医療の大きな壁となっているのは「認知症と独居」ではないかと考える.
 認知症診療における「かかりつけ医」の役割として,@早期段階での発見・気づきA専門医療機関への受診誘導B日常的な身体疾患対応と健康管理C家族の介護負担,不安への理解D認知症介護サービス諸機関との連携,が挙げられ,期待されるところだが,その役割は十分に果たされていないのが現状である.その認識から,日本医師会と厚生労働省は平成17年から認知症早期対応システム構築のための研修体系として認知症サポート医の養成を開始した.研修を受けた認知症サポート医には,まず地域の医師や住民への認知症の知識の普及,「かかりつけ医」の認知症対応力向上研修の開催,地域において認知症専門医療機関と「かかりつけ医」とのネットワークの構築,そして地域包括支援センターとの連携等を地区医師会と協力して実現する大切な役割がある.
 熊本県では,熊本県かかりつけ医認知症対応力向上研修に加え,地域の核となってより専門医に近い立場で地域連携を推進する人材を確保するために,平成23年より認知症サポート医を対象とした熊本県認知症医療・地域連携専門研修を実施している.認知症疾患医療センター以外の認知症専門医として県内の認知症医療体制の構築に携わってもらうため,一定の要件(認知症臨床経験5年以上かつ認知症サポート医研修終了者)を満たした医師を対象者としており,講師は認知症疾患医療センタースタッフおよび行政担当者が務める.
 研修内容は,地域連携に積極的に関与してもらう必要があるため,認知症対策についての行政説明,認知症疾患医療センターの概要説明など診療以外の活動に関わる内容も加え,約7時間のプログラムを設定している.さらに研修終了者の責務として,地域拠点型認知症疾患医療センター事例検討会にアドバイザーとして参加するなど,地域をサポートする体制の一翼を担ってもらっている.現在熊本県の認知症サポート医養成研修の受講者は152人(平成26年度見込)に達しておりで人口割では日本一を継続しているものと思われる.かかりつけ医認知症対応力向上研修と同様に,研修終了者名簿を公表している.(県庁ホームページに修了者名簿を掲載)
 認知症患者を地域で支えていくには,専門医療の提供のみならず地域連携やネットワーク体制構築が鍵となる.連携機能を充実させるため,地域に向けた各専門職への働きかけがとくに重要であり,このような取組みを継続していくことこそが地域連携の推進につながると思われる.
 加えて,今年の1月29日に出された新オレンジプランのなかの「認知症初期集中支援チーム」のバックアップ機能としても重要な役割を背負っている.
 本講演では,熊本県における認知症サポート医に対しての取組とその役割を紹介し,加えて県独自で継続されている「かかりつけ医認知症対応力向上研修」修了者に対しての2回のステップアップ研修についても報告する.
<総括>
前田  潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部)

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6月14日(日)8:45〜11:45 老年精神第2会場(展示ホールB内)
シンポジウム5「老年期精神障害のマネージメント;精神病理と精神療法」
座 長:田子 久夫((公財)磐城済世会舞子浜病院),忽滑谷和孝(東京慈恵会医科大学附属柏病院)
S-5-1
1.加齢と性格変化;脳からみた理解と対応
三山 吉夫(藤元メディカルシステム大悟病院老年期精神疾患センター)
 高齢者では,生来の性格特徴が加齢とともに変化しやく,不安定,保守的,抑うつ的になりやすい.高齢者の性格を規定するのは,生物学的要因(加齢による脳の変化を含む)と社会・心理的要因である.加齢にともなう性格変化は,意欲,感情,関心,状況判断等による行動様式がもともとの特徴から持続的に変化した状態とされる.性格変化として,もともとの性格特徴がうかがえる状態から,もともとの状態をよく知らなければ判断できないほどに変化した状態とがあり,その鑑別に困難を感じることがある(性格特徴の量的/質的変化).加齢とともに優雅さや活力が変化して,“老人らしくなった”と表現される状態も性格変化である.身体の老化,脳の加齢や疾患による脳機能低下から,もともとの性格特徴が強調された場合,性格の尖鋭化と表現するが,どのレベルで性格変化(生理的/病的)とするかの判断は難しい.軽症認知症の段階で,性格が変化することもしばしば観察される.内向的→社交的,几帳面→ずぼら,せちがらい→ゆったり,といった性格変化はよくみられるパターンである.高齢者のスト レスによる神経症的行動と性格変化との鑑別が問題になることもある.
 前頭・側頭葉や辺縁系の加齢に伴う脳の変化や変性疾患に伴う病変,大脳白質の脳血管病変などは,性格の質的変化(器質性性格変化)をきたしやすい.器質性性格変化は,感情障害,行動抑制の低下,攻撃的言動,apathy,猜疑的言動,妄想構築などで表現されたりする.高齢者で,もともとの性格特徴からは理解し難い性格変化がみられた場合(質的変化),認知症性疾患の鑑別が問題になる.高齢者の認知症では,非認知症高齢者に比して性格変化の出現率が高く,不適応の原因になりやすい.AD,DLB,FTD,Va.D,CBD,PSP,Huntington’s disease,脳腫瘍,その他の原因による高次脳機能障害等がある.性格変化のパターンとしては,感情不安定型,脱抑制型,攻撃型,無感動型,偏執型,混合型などと分類される(DSM-IV, 1994).前頭側頭葉病変で代表されるFTDでは,状況判断力の低下,脱抑制,感情の平板化,無関心,多幸,常同行動がみられたりする.
 日常生活への影響を判断しながらの対応が基本となる.加齢に伴う性格変化の背景には,老年期心性(保守的,猜疑的・孤独になりやすい.関心・興味の狭小化.依存・頑固・内向的になりやすい)が存在することを理解し,行動様式が心理─社会的環境ストレスからの状態像である可能性も考慮しながら対応する.これらの状態の背景には,老化に伴う脳の器質性病変を共通とするが,病変の発症経過,程度,分布や症候が異なるので,対応も異なってくる.性格変化をきたしやすい脳の障害部位には,前頭葉眼窩面・穹窿面・内側面,側頭葉,Wernicke領域,視床下部腹内側部,基底核,扁桃核などがあげられる.代表的な認知症疾患の特徴的病変と性格変化との関係を述べる.
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2.老年期心性からみた神経症
大森 健一(獨協医科大学名誉学長,滝澤病院)
 神経症という用語はICD,あるいはDSMの普及以来あまり用いられなくなった.越野好文氏の定義によれば,神経症とは「心理的原因によって惹起される精神および身体の反応で,機能障害を症状とする疾患である.発症には性格要因と環境要因が関与している.精神病と異なり現実検討力のゆがみや人格の解体はなく,器質的な脳障害もない.精神症状の中心は不安で,身体症状としては,いわゆる自律神経失調性の不定愁訴が訴えられる.」と述べられている.状態像としては不安状態,抑うつ状態,心気状態,強迫状態,離人状態,解離性状態などがみとめられる.
 老年期おいてはこれら神経症状態の出現には脳の老化が密接に関係するが,そのほかに身体の老化,家族の変化,本人の社会性の変化,生活状況の変化などが大きくい関係している.前者の脳の老化の心性に与える影響については,今回は三山吉夫氏が「加齢と性格変化;脳から見た理解と対応」で述べておられる.そこで筆者は高齢者をとりまく状況を中心に,その状況を取り上げ,その状況に巻き込まれたときの高齢者の心の在り様,これがまさに老年期心性といえようが,それらを考察し,その対策を検討してみたい.その際参考として著名な作家や研究者が記述した老いの心の在り様に関する文献も適宜参照したい.
 従来高齢者に見られやすい性格特徴として保守的,自己中心的,易怒的,短気,引っ込み思案,義理堅い,頑固,融通性がない,ひがみやすい,(小阪憲司氏)でしゃばりたがるなどが指摘されているが,その多くは,若いときの性格傾向の先鋭化であることがおおい.この変化とも共通するのだが,とくに不安障害や抑うつ状態や心気状態を呈した患者たちの背景を考察したとき,身体の機能の低下,家族や社会での役割の喪失,配偶者の喪失,対人関係の減少,生きる目標の喪失などの喪失体験の存在を感得することは稀ではない.
 竹中星郎氏は「老年精神科の臨床」と題した優れた著書の中でこれらの喪失体験に関して,自己像と心身の喪失,社会や家庭での立場や役割の喪失,人間関係の喪失,精神的な資産の喪失の視点から詳述されている.これらの状況と元来の人格,性格の絡み合いの中で冒頭の神経症の定義で述べたような様々な症状が出現すると考えられる.
 ではこのような高齢者の神経症状態に対する精神療法的接近はどのようにあるべきであろうか.まずは十分な傾聴に基づいたうえでの病者と治療者で治療同盟を構築する支持的精神療法である.そのうえで前述したような状況因を分析し,環境の調整が望ましい.それは,たとえば役割の再構築である.それは残された生きる道における楽しさの再発見ともいえよう.
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3.老年期うつ病の精神病理と精神療法
上瀬 大樹(公益財団法人神経研究所附属晴和病院)
 「老年期うつ病」というわれわれにとって馴染み深い,しかしその実それほど明確な定義をもたない言葉の存在は,老年期のうつ病には通常のうつ病と異なる部分がある,という暗黙の合意の現れである.症候学的には,不安焦燥が強い,抑うつ気分を訴えることが少ない,意欲減退など精神運動制止が目立つ,心気的な不安が強い,身体的な愁訴が多い(仮面うつ病),妄想などの精神病症状を呈したり(妄想性うつ病),認知機能の低下を伴ったりすることがある(仮性認知症),遷延例や難治例が多い,などの特徴が指摘されてきたが,病像におけるこうした幅広さや多様さは,老年期うつ病の特異性を示すものというよりは,むしろその不均一性・多義性の反映とみるべきであろう.このような不均質な群を総体として眺めているだけでは,そこから有効な指針を導き出すことは困難である.
 高齢者のうつ病は,若い世代のそれと比べて遺伝負因の関与が少なく,脳機能の低下や身体疾患を背景に,老年期特有の心理・環境的なストレスが絡んで発症することが多い.換言すると,外因,心因の比重がより大きくなるということであるが,老年期うつ病の多様さ,不均質性の要因はこのあたりに帰せられるものと思われる.したがって,老年期うつ病と診断された個々のケースにおいて,治療の指針たりうるレベルの診断に到達するためには,症状自体の吟味に加えて,外因,心因の評価をいかに適切に行うか,が課題となる.
 外因の評価に際しては,脳血管性うつ病の概念や,周辺領域としてのアパシー概念が参考になる.脳器質的な抑うつとして老年期うつ病のサブグループに位置づけられる脳血管性うつ病については,これをうつ病と見なすべきかどうかという議論はあり得るし,アパシーに至ってはそもそもうつ病と明確に区別される概念であるが,こうした病態の臨床像に関する知見は,抑うつ状態を呈している眼前の高齢患者における外因的な要素を評価する上で有力な指針を提供するものと思われる.心因に関しては,老年期に特有のストレス因(図表)を考慮する必要があるが,重要なことはそのほとんどが「喪失体験」であり,しかも代替不能な性質のものが多いという点である.このことは精神療法上も重要なポイントなのだが,ここでわれわれは乗り越え難い困難に直面することになる.というのも,臨床医の多くは未だ老年期に達しておらず,すでに通過した青年期などとは違って自らがその年代を体験的に生きていないからであり, また老いとその延長上にある死のテーマは誰にとっても直視することが極めて困難で,避け難く否認しがちなものだからでもある.とはいえわれわれはこの現実から出発する以外にはなく,またそのことを虚心に弁えておくことによってしか,高齢者に対する精神療法の可能性は生じ得ないのではないかと思われる.
S-5-4
4.老年期パラノイア者の精神療法
大原 一幸(大原こころのクリニック)
I.対象
 ここで対象としている疾患の範囲は,クレペリンの教科書第8版のパラノイア,フランス語圏の復権妄想病(セリュー,カプグラ),解釈妄想病,熱情精神病(クレランボー)を中心としている.いずれも幻覚は欠如するか稀であるとされ(この点については後に触れる),一つ或は数個の公準(例えば,夫の浮気や隣人の侵入)に関して自らの正当性を頑固に主張し他人の忠告に耳を貸すことはない.公準以外でも自我感情が傷つくような事実関連は容易に否定される.人格荒廃へと至ることはない.遅発パラフレニー,敏感関係妄想(クレッチマー),疼痛性障害や心気症者,および認知症などによる妄想者の中で復権を求めて熱情的に行動する場合は,パラノイアの近縁に位置付ける必要がある.向精神薬の効果は極めて限定的である.
II.知覚・感覚の問題
 知覚・感覚は固有知覚などとして知覚神経と一対一の対応関係であると理解されがちであるが,知覚・感覚の一部は意識・無意識と同じく心的・身体的機能で構成される.自我心理学派であるフェダーンの言葉を借りると,身体−自我境界(身体自我感情)ということとなり,アンジューの概念では精神−皮膚となる.パラノイアの定義では幻覚は稀とされるものの現実に出会う老年期パラノイア患者の多くは知覚・感覚異常があり,妄想の出現に関与する.加えて様々な脳の変化(脳循環不全,微小梗塞,神経原線維変化,レビー小体,嗜銀顆粒,スレッズなど)によって知覚・感覚が変化をさらに被り易い可能性がある.定義上最も知覚・感覚異常が少ないものは復権妄想病であるものの,知覚異常がないパラノイアでは,その好訴内容は現実の誇張・歪曲と区別が困難なことがある.
III.精神療法
 上述したように老年期のパラノイアの主要精神病理は2つあり,第一には公準への執着,すなわち復権の主張や,妄想解釈に基づく嫉妬,迫害を,家人,世間に認めさせようとする熱情の持続にある.そこには無意識的意図が読み取れ,夫の愛の回復であったり,ルサンチマンであったり,子供や夫への介助や配慮を求めるものであったりと様々で,投影性同一視と考えられる原始的防衛機制である.こうした機制への心的エネルギーの注ぎ込みの持続,熱情の持続により,症状が継続すると言える.第二の病理として,知覚・感覚異常が存在している場合が多い.私は精神分析家ではないが,第一の病理は自己愛精神病の特殊な軽症例として理解され,第二の病理は身体自我境界の異常であり,何れの病理も主客となりうる.それ故パラノイアと統合失調症の精神療法は類似する.フェダーンは,パラノイア患者は試行的な思索と行動を行っているのであり,そこに精神療法の可能性が見出されるとし,家人や女性の支援者 などの重要性を指摘している.すなわち主治医のみならず家人や保健婦,民生委員,場合によっては弁護士などの援助を得て支持的に接することで自己愛の充足を目指し,関心が他の領域に転じることが治療目標である.しかし再燃しやすく忍耐強い治療継続が求められる.多くの患者では自己愛の充足以外の無意識的欲求は無いが,疾病利得などがあると治療は難渋する.発表日には症例を挙げて詳述する.
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5.老年期不安障害・心気障害への精神療法
中村  敬(東京慈恵会医科大学附属第三病院精神神経科)
 我が国の少し前の受療統計では,高齢者の神経症の頻度は抑うつ神経症,不安神経症,心気神経症の順であったという.また老年期には,抑うつ,不安,心気症状の混在する症例が多いともいわれる.老年期に認められる神経症(不安障害,心気障害など)の中には,中年期以前に発症した症状が老年期に増悪した症例がある一方,老年期に入ってから初発する症例も少なからず存在する.いずれにせよこの年代の不安障害や心気障害では,身体疾患への罹患,孤独,定年退職,経済的困難など老年期に生じることの多い環境因が発症と経過に影響を及ぼしていることは推測に難くない.
 とはいえ,上記のような環境因に変化をもたらさなければ改善が見込めないという訳ではない.例えば,身体疾患への罹患など明らかな誘因があって急性に生じた不安や心気症状には,患者の訴えに耳を傾け,医学的所見を改めて分かりやすく伝えると共に,抗不安薬や抗うつ薬を投与するといった常識的な対応で改善する場合も少なくないのである.その一方,浮動性不安が頑固に持続する症例や病気の可能性に強くとらわれた患者には,そのような対応だけでは,はかばかしい効果を挙げることが難しい.特に心気症状そのものを除去する目的で次々に向精神薬を投与することは,患者の不安を一層倍加する結果を招きかねない.したがってこうした症例には,薬物療法のみならず森田療法のような精神療法的アプローチが求められるのである.不安に駆られた患者は自己の身体感覚に注意を集中させ,それが病覚を高めて一層の不安を呼ぶという悪循環に陥りやすい.また疾病不安を解消するはずの身体医学的検索は,それが満足のいく効果を挙げ得ないために一層の心気 的固着をもたらし,二重の悪循環が形成されることになる.そこで,これらのとらわれ(悪循環)を打破するためには,疾病不安に対する患者の態度を取り上げ,不安との闘いに専心して本来の生活がなおざりにされている構図に患者の自覚を導くことが鍵になる.
 かつては「人格の可塑性が乏しい高齢者は精神療法の適応にならない」といった見解が支配的であった.だが,それは誤りである.自我が成熟し,ある時期まで適応的な生活を送っていた高齢者には,過去に遡って原因を探索するのではなく,患者の現在の生活に焦点を置き,生活の活性化を図るような精神療法的アプローチが効果を挙げることは多い.そのようなひとびとが,ひとたび自己の神経症的なとらわれに気づいたとき,健康な生活への復元力が現れることは決して少なくないのである.
 当日は老年期の不安障害,心気障害の症例を提示しながら,精神療法的アプローチの要点を紹介することにしたい.
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6.高齢者の幻覚・妄想の精神病理と精神療法
古茶 大樹(慶應義塾大学医学部精神・神経科)
 ここでは認知症以外の,症候学的な意味での非器質性幻覚・妄想状態を取り上げる.古くはRoth Mの遅発パラフレニーLate paraphrenia,Janzarik Wの接触欠損パラノイドKontaktmangelparanoidが知られている.2000年以降では,Howard Rらがかなり広い概念として,60歳以上に好発する機能性の幻覚・妄想状態を最遅発性統合失調症様精神病Very Late Onset Schizophrenia‐like Psychosisを提唱している.それぞれ共通する部分は少なくないが,提唱者の視点が違うので同一ではない.Roth は老年期の精神障害の臨床分類を確立することに主眼をおき,老年性および動脈硬化性以外の機能性精神病が確かに存在することを示した.Janzarikは,高齢発症の統合失調症の中には,派手な精神病症状を呈するものだけでなく,医療機関の受診に結びつかない慢性精神病があることを示し,その精神病理に孤独が非常に重要であることを印象 付けた.Howardらの主張には,高齢発症の非認知症性幻覚・妄想状態をどのように分類すべきか,とくに統合失調症との関連をめぐり英語圏とヨーロッパ(とくにドイツ語圏)との見解の相違をどうやって乗り越えるべきかという苦労がにじみ出ている.
 このシンポジウムでは,精神療法についても言及することになっている.おそらくここで求められているのは,どのような精神療法が有効かというようなエビデンスではなく,こういった患者に対し演者がどのような精神療法的アプローチをしているのかを披瀝せよということなのだろう.正直なところ,これといった特別な狙いを定めて精神療法を施しているわけではない.そもそも「精神療法」などとは呼べないのかもしれないが,患者の話をよく聞いているだけである.ただぼんやりと聞いていて,患者の言葉が私を素通りしてしまうわけではない.私の心は,患者の心(体験)を少しでもよく知ろうとしている.「こうなのかな,ああなのかな」と想像しながら耳を傾けていると,患者の辛さや心細さが実感として伝わってくる.そんなときに,「なるほどおっしゃる通りですね」「その心配はよくわかります」と慰安を込めて言葉を返す.幻覚や妄想をそのまま肯定するわけではないが,患者の体験そのものを否定しない.「あなたの言う通りだとすると,それはた いへんなことですね」「心配で眠れなくなりますね」とか,自宅への侵入を心配する患者が転居によって問題解決を図ろうとするなら,「引越しで解決するのではないかというあなたの考えは一理ありますが,本当に解決するのか私は心配です」とさらなる失望を食い止めるために,軌道修正を試みる.了解関連を意識して患者の心の動きを追う作業であり,そこで生じた感情的な共鳴を慰安の気持ちを込めて返すこと,そしてこうすれば心配事は軽くなるという希望をそえることが肝要だと思う.温かな眼差しで患者(の現存在)に関心を寄せる他者になること,それが患者の自己価値を高めることにもつながっている.「私のことをよくわかってくれる人がいること」は人にとって何よりもの心の支えとなるだろう.これは,高齢者の幻覚・妄想状態に限らず,有効な精神療法のエッセンスというべきかもしれない.

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6月14日(日)13:15〜16:15 老年精神第2会場(展示ホールB内)
シンポジウム6「認知症治療薬の開発試験における本人同意をめぐって」
座 長:角  徳文(香川大学医学部精神神経医学講座),三村  將(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
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1.認知症高齢者の医療同意と治験同意に関わる課題
成本  迅(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学)
 医療行為を受けることも治験への参加も共に法律的には一身専属的行為として捉えられ,本人から同意を得ることが違法性阻却の必須の要件となっているとのことである.しかしながら,日本の医療現場においては慣習的に家族から同意を得ることが一般に行われてきたことから,本人の医療同意能力がきちんと評価されることは諸外国と比較して少なかった.一方,2014年の国連障害者権利条約の批准以降,他者による代行決定については慎重に取り扱うべきとの指摘もあり,できるだけ本人の意向を推測して意思決定を支援する方向で検討が進められている.このような背景から,日本の医療現場においても本人の同意を重視し,それが有効な同意なのかを確認するための同意能力の評価が重要になってくると考えられる.
 医療同意でも治験同意でも,その内容の複雑さや危険性が,必要とされる同意能力に関係し,また治験同意においては,副作用や参加者にメリットがあるかなど様々な要因が関連するため,例えば認知機能の成績などを用いて一律に同意能力の有無を決定することはできない.このため,北村らによる邦訳があるMacArthur Competence Assessment Tool-Treatment(MacCAT-T)などの半構造化面接を用いて医療や治験の内容を反映させて評価を行うことが重要である.われわれは,MacCAT-Tを用いて抗認知症薬の服用に関する同意能力を測定する試みを行っており,当日はデータを紹介して課題について提示したい.また,侵襲性の高い治療や治験においては,評価者と治療者の利益相反にも気を配る必要がある.
 さらに,認知症高齢者を対象とした場合の特徴として,認知症の進行に伴って同意能力が徐々に低下したり,せん妄やうつ状態などの認知症に伴う心理行動症状(BPSD)によって一過性に同意能力が低下したりすることがあげられる.このような点を考慮して,認知症高齢者では,継時的に同意能力を再評価することが必要である.長期にわたる抗認知症薬の治験においては,本人同意で開始した治験について,途中で同意能力が失われる事態も予想されることから,開始当初にルール作りが必要であると考えられる.
 最後に,医療現場に同意能力評価を導入するにあたって,非専門医と専門医の役割分担や非専門医やコメディカルスタッフに対する教育の必要性,治療の内容によって手続きを簡素化するなどの実臨床で運用可能なシステムについても考察したい.実際,救急医療や介護施設などでは,認知症で同意能力が低下した高齢患者に対する治療が課題となっており,専門医よりむしろ非専門医がこの問題に関心を持っている状況もあり,今後は他の認知症診療と同様,同意能力評価についても連携が重要となってくるだろう.
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2.先進医療「家族性アルツハイマー病の遺伝子診断」の経験から考える;有益性と問題点,今後の課題について
山本 泰司(神戸大学医学部精神科神経科(認知症疾患医療センター))
1.先進医療「家族性アルツハイマー病の遺伝子診断」について
 当院において実施している「家族性アルツハイマー病の遺伝子診断」の先進医療の実施は平成16年11月19日に厚生労働大臣の承認を受けた(1回62,400円).現在まで年間平均で1‐3例の実績がある.
2.遺伝子診断を始める前の手順
@当院受診歴のある患者の場合:
 本人および家族と面接を行い,遺伝子診断の有用性と問題点を含めた説明を行ったうえで,疑問点に対して対応する.そのうえで少なくとも数日間検討したうえで後日判断する.
A他の医療機関からの紹介患者(もしくは自ら遺伝子検査希望)の場合:
 まず,担当医から患者情報を聴取する.さらに本人および家族と連絡を取り可能であれば来院のうえで面接を行ない,上記@と同様の手順で説明を行う.(患者が来院不可能の場合,主治医が上記説明をするか,もしくは当院担当医師が電話で説明する)
3.遺伝子診断の方法と結果の説明
 患者および家族から文書による同意を得たうえで,患者の血液10cc程度(通常は冷凍保存)を採取してDNAを抽出したうえで,APP,PS-1,PS-2,ApoEの各遺伝子をPCR法で増幅する.さらに,ApoEの遺伝子型はRFLP法を用いて判定し,他の3つの遺伝子は全てのエクソン部位ごとにPCR法で増幅した上で,シークエンサーを用いてフルシークエンスを行って変異遺伝子の有無を調べる.
 AD発症の原因遺伝子と推定される遺伝子変異が見つかった場合は,ゲノムデータベース(Alzgeneなど)を用いて既知の遺伝子変異であるかを確認し,さらに文献で報告されている家系と本症例における臨床症状を比較する.
 上記の手順で得られた情報を,1)紹介医師に文書で伝える,もしくは2)当院担当医師から直接本人および家族に説明する.
4.遺伝子診断の有益性と問題点
 現時点における上記遺伝子診断の有益性はそう多くない.しかし,個々の症例の認知症発症に関与する原因遺伝子もしくはリスク遺伝子が判明することは,1)本人および家族にとって,認知症への疾患理解が深まり今後の病状経過の予測に関してある程度有用であること,2)担当医師にとっては,症例の遺伝学的背景を正確に把握できることで予後の予測などをはじめ今後の診療に役立つ情報であることがあげられる.
 逆に,遺伝子変異が見つからなかった場合は,少なくとも現在判明している原因遺伝子のいずれにも遺伝子異常はないということで,患者および家族はいわゆる「この病気(アルツハイマー病)が子供に遺伝することはない」という安心(限定的ではあるが)につながる可能性が考えられる.
 一方で,問題点としては,1)「遺伝子変異あり」と確定しても,アルツハイマー病の根治療法が確立していない現状では今後の治療に直接的には役立たない点が少なくない,2)遺伝子変異がみつかった場合,その事実を知ったことで本人および家族がより深く悩んでしまう可能性がある,ということがあげられる.
5.今後の課題
 上記のとおり,現時点で「家族性アルツハイマー病の遺伝子診断」の有益性は限定的であり問題点も多いため,一般的に広く用いられる診断法ではないといえる.今後,アルツハイマー病の根本治療薬の開発が進んで,上記の遺伝子情報が直接的に治療に有効活用できる時代がくれば,遺伝子診断の有益性が明確に高まるものと期待している.
 最後に,認知症患者自身による同意の問題点に関しては当日の発表で説明する.
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3.認知症高齢者の同意能力評価;一般治療同意と治験参加同意の違い
北村 俊則(北村メンタルヘルス研究所,名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの診療学分野)
 医療や医学研究においては,本人の同意が必要である.これは,患者の自己決定の尊重が生命倫理原則の重要な一部であるからである.通常,生命倫理原則は(1)自律(autonomy),(2)恩恵(beneficence),(3)侵害回避(nonmaleficence),(4)公正(justice)の4つから構成され,それに基づいて医療は実施される.患者の自己決定の尊重は自律原則の現実的表現である.医学研究における患者(対象者)への倫理原則が医療における患者への倫理原則と大きく異なる点は,前者において恩恵原則が存在しないという点である.従って,医学研究における対象者の自律の尊重は医療における場合より重いものになる.
 民法理論で考えれば,患者に意思能力があってはじめて患者の自己決定に意味が出てくる.民法上の意思能力は医学において判断能力(competency,capacity)と呼ばれている.患者の意思能力(判断能力)が減弱していれば医療上の決定は代行判断者に委ねられる.医学研究において対象者に意思能力(判断能力)が減弱している場合(例えば小児,重症の精神疾患,認知症など)の扱いは,法学上も生命倫理学上も大きな議論を呼ぶ問題となる.従って,医学研究を実施する前に,対象者である患者の判断能力の程度を測定することは,対象者の自己決定権と法益を守る不可欠の作業である.
 研究場面での研究対象者の判断能力の評価法は治療場面の患者のそれと基本は同じである.しかし,患者の最善の利益を求めた行為を提案しているのではないことの確認が重要になる.Dunn et al. は研究場面における患者の同意能力評価法についてもそれまでに発表された評価法をまとめ,10個ほどの評価手法を紹介している.このなかで比較的広く使用されているのはMacArthur Competency Assessment Tool-Clinical Research(MacCAT-CR)である.すでに日本語での翻訳出版もされており(Appelbaum, P. S. and Grisso, T.:MacArthur Competency Assessment Tool for Clinical Research.北村俊則,北村總子(監訳)三澤史斉,長谷部真歩(共訳)研究に同意する能力を測定する:臨床研究者のためのガイドライン.北村メンタルヘルス研究所,2012),研修用ビデオもユーチューブにアップされている(http://youtu.be/-jFclGs_itk およびhttp://youtu.be/08U_GaIblHs).MacCAT-CRの研修会は北村メンタルヘルス研究所において定期的に開催されている(http://www.institute-of-mentalhealth.jp). 判断能力の減弱している可能性の高い認知症患者に治験を行う場合,判断能力評価は必須である.
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4.ヒトを被験者とする研究倫理の基礎と,認知症研究における倫理的論点
箕岡 真子(東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野,箕岡医院)
 昨今,アルツハイマー病に関する研究のデータ改ざんが新聞紙上を賑わせたが,その際に患者の同意を得ずにデータ収集がなされた可能性も指摘されている.このように,病気の進行と共に,認知機能や自己決定のための意思能力が低下していく認知症の人を対象とする研究においては,認知症の本人の同意と家族の代諾の問題,さらには認知症の人の尊厳や人権にも関わる重要な問題が潜んでいる.
 医学の進歩によって,病気を克服し,人々の健康増進に寄与することは,医療者の重要な責務であり,そのためには,ヒトを被験者とする臨床研究は重要な役割を果たす.1964年に採択され,以後,幾たびかの修正を経たWMAのヘルシンキ宣言は,ヒトを対象とする医学研究の倫理原則であり,「医学の進歩と社会への貢献」と「研究参加者の人権・健康の保護」のバランスをとることをその目的としている.また,研究を遂行する研究者には,科学的資質だけでなく,倫理的資質が必要なことが明文化されている(§12,2013年).
 また,国内においては,厚労省の「臨床研究に関する倫理指針」は,文部科学省の「疫学研究に関する倫理指針」と一本化され,2014年12月に「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」になっているが,インフォームドコンセントの定義など,倫理的視点からの問題点もある.
 認知症の人を対象とした研究倫理指針には,1994年のNIH-funded Alzheimer’s Disease Centers(ADCs)の一つであるNational Institute on Aging(NIA)が主導したもの,1997年のNIHの“Research Involving Individuals with Questionable Capacity to Consent:Points to Consider”,1997年のAmerican Alzheimer’s Association(AAA)が提言したEthical Issues in Dementia Research,1998年のNational Bioethics Advisory CommissionによるResearch Involving Persons with Mental Disorders That May Affect Decision-making Capacityなどがある.
 認知症の人を対象とする研究の倫理的論点には,「認知症そのものに関する研究か,認知症に関係しない研究か」,あるいは「治療的研究か,非治療的研究か」といった研究のカテゴリーに関わるもの.consentできる能力とassentできる能力の境界についての議論も含めての本人の同意や意思能力に関わる論点.研究のリスク・ベネフィット分析の問題.特にリスクとベネフィットが問題となるのは,家族等による代諾の問題と関連して,【最小のリスクより大きいが,個人に対して潜在的利益がある場合】に,家族等による代諾は可能かといった論点.また,【最小のリスクより大きく,かつ個人に対して潜在的利益がない場合】に代諾は許容できるのか?あるいはAAAが提言したように,本人によるインフォームドコンセントや,研究に関する本人の事前指示まで要求するのか?といった問い.特にリスクが大きく,潜在的利益がない場合に,家族が代諾できる根拠とは何かと云う重要な倫理的問いも出てくる.米国のように,Common Good approachや,altruism利他主義という考え方を日本でも採用し,その根拠 とすることは適切なのだろうか.また,リスクが大きく,潜在的利益がない研究の場合,今後,日本でも臨床研究に関する事前指示を普及することは可能なのだろうか等,認知症の人の研究参加に関する倫理的論点は多い.
 21世紀という高齢化社会において,アルツハイマー病をはじめとする認知症を予防したり,発症を遅らせたり,進行を遅らせたりすることは重要な課題である.それらの研究において認知症の人々の尊厳に配慮するためには,被験者となる認知症の人々の「Autonomy」と「研究に伴うリスクからの保護」について倫理的に十分に考慮する必要がある.そこで,日本臨床倫理学会は,認知症の人の研究参加に関わる同意・代諾と,意思決定のあり方を考えるために,「認知症の人を対象とする研究倫理について考える」ワーキンググループを2015年4月に発足させた.
S-6-5
5.臨床試験における本人の同意の法的意義
赤沼 康弘(赤沼法律事務所)
1.医療行為の同意
 医的侵襲行為は,原則として,行為の相当性及び本人の同意により違法性が阻却される.その同意がない限り刑法上の傷害罪となり,民法上は不法行為等となる.また,患者の側から見ると,これは医療に関する患者の自己決定権の行使であり,これを無視することは違法となる.
 この同意は,診療契約とは別個の行為であり,外科手術にとどまらず,侵襲行為すべてに同意が必要である.
2.医療行為に対する代諾
 患者本人が同意できない場合,本人またはそれに代わるべき者の同意があれば,違法性は阻却されるとするのが一般である.
 ただし,親権者はともかく,その他の者がこの同意に関する自己決定権を代理行使できるとする法的根拠は明確ではない.医師の説明義務の履行を受けることは契約法制上の代理権で可能であるが,侵襲行為の同意は人格権的権利であり,一身に専属すると考えられるからである.まして,家族と言うだけでは,何らの代理権もない.
 しかし,治療の高度の必要性があるときに,本人の意思を推測し,かつ本人の最善の利益を測り得る立場にある家族が同意するならば,最善の利益と社会的相当性の観点から違法性はないと評価できる.その点から見れば,家族等の承諾で治療行為が可能と解することができるといえる.
3.臨床試験と本人の同意
 臨床試験は,被験者にとって治療としての利益がある場合もあるが,全く利益がないばかりでなく不利益が生ずることもある.したがって,臨床試験の違法性が阻却され,許容されるについては,基本的に被験者の自己決定権に基づく同意に重点がある.
 それでは,同意能力がない者に対する臨床試験をどう考えるか.
 この点について,厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」(2003年7月30日)は,代諾者からインフォームド・コンセントを受けて治験を行うことを認める.
 親権者の親権行使における基本原則は,子の最善の利益である.したがって,侵襲性のある臨床試験に関しては,子に治療という利益があり得る限度で親権者の同意により許容されることになると考える.ただし,侵襲性がない場合やきわめて低い場合は,仮に子に治療上の利益がなくとも,親権者の同意を得れば,社会的相当性の範囲で許容される場合があると考えられる.同意能力がない成人の治験についても,基本的にはこれと同様である.すなわち,被験者にとって治療的利益があり得る場合には,身近な親族の同意が社会的相当性を基礎づけると考える.また,本人の意思が推測される場合は,その意思に従うことになる.ただし,後見人等が同意することはできない.
S-6-指
<指定発言>
斎藤 正彦(東京都立松沢病院)

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6月13日(土)9:00〜11:30 老年精神第1会場(展示ホールB内)
合同シンポジウム(日本老年看護学会合同プログラム)「認知症の人の暮らしを支える地域包括ケアシステムをめざして」
座 長:粟田 主一(東京都健康長寿医療センター研究所),諏訪さゆり(千葉大学大学院看護学研究科地域看護学講座訪問看護学研究分野)
合S-1
1.精神障害を抱える人の親の高齢化という視点から
井藤 佳恵(都立松沢病院)
 板橋区おとしより保健福祉センターが実施している認知症高齢者困難事例を対象としたアウトリーチ型相談事業では,近年,高齢化した世帯の精神障害者という課題を扱うことが増えている.
 同事業の対象となった認知症高齢者困難事例が抱える困難事象を「A.家族介護者に関わる困難事象」「B.地域社会との間で生じる困難事象」「C.虐待と財産管理に関わる困難事象」「D.身体医療に関わる困難事象」の4つに類型化すると,平成22年5月から平成26年12月の5年間(56か月)に演者が担当した131事例のうち,「A.家族介護者に関わる困難事象」は89.3%,「B.地域社会との間で生じる困難事象」は54.2%,「C.虐待と財産管理に関わる困難事象」は48.9%,「D.身体医療に関わる困難事象」は50.4%の対象者で認められ,「A.家族介護者に関わる困難事象」は全期間を通じてもっとも頻度が高い困難事象であった.「A.家族介護者に関わる困難事象」のうち,「家族の精神疾患(認知症を除く)」に注目すると,その頻度は平成22年15.4%,平成23年11.1%,平成24年23.3%,平成25年20.7%,平成26年34.1%と,この5年間で増加傾向が認められる.
 精神疾患をもつ子が認知症の親の唯一の介護者である世帯において,十分な介護ができずにネグレクト事例として把握されるケース,介護負担から子の精神症状が増悪して近隣トラブルが生じ,母子ともに地域社会からの排除されるケース等,精神障害者を抱える世帯の高齢化にともなう問題が,地域において増えていると感じる.平成14年に「新しい障害者基本計画」と「重点施策5か年計画」(「新障害者プラン」)が策定され,精神障害者の脱施設化の方針が示されてから10年になる.平成24年には「今後の認知症施策の方向性について」が発表され「認知症になっても本人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域の良い環境で暮らし続けることができる社会の実現」が基本目標として掲げられた.これらの施策が推し進められる中で,精神障害を抱える子の生活を支えていた親が高齢化し,認知症を抱え,その親の介護者の役割を精神障害を抱える人たちが負うことが期待される状況が生じている.このよ うな状況にある世帯に対する支援は立ち遅れており,今後さらに多くの精神障害を抱える人たちが,地域において,親の高齢化と認知症にともなう困難に直面するだろう.
 脱施設化,地域生活への移行が目指したものは,家の中に囲い込まれることではなく,必要な支援,社会資源に支えられた地域生活だったはずだ.しかしながら現行の制度下で,高齢者を担当する機関・部署と,精神障害者を担当する機関・部署とが連携することは難しい.認知症高齢者と精神障害を抱える介護者の双方の支援を包括的にコーディネートしていくことの難しさが,彼らの困難事象を一層,複雑困難化させている.親の高齢化,認知症,他界によって生じる世帯の困難事象の複雑化を予測し,対応していくためには,高齢者医療・福祉に携わる者が精神疾患の知識を持って介護者を見ること,精神保健福祉に携わる者が認知症の知識をもって高齢化した精神障害者の親を見ることが求められる.
合S-2
2.認知症の人を支える医療
西田 伸一(医療法人社団梟杜会西田医院)
 当院は昭和43年に開設された地域に密着した総合診療を行う診療所であり,外来診療及び在宅医療において認知症に関与する機会が多い.当院の担当する療養者の認知症有病率は,外来定期受診者の12.5%,在宅訪問診療対象者の45.1%,介護付有料老人ホーム入居中の訪問診療対象者の97.0%であり,MCIレベルから重度まで多くの認知症診療に携わっている.近年,認知症による進行した行動・心理症状の悪化で往診による医療介入を求められる事例が地域包括支援センター等から寄せられ,介護関係者や行政と連携して対応しており,これらのアプローチが認知症初期集中支援事業としてシステム化できるよう行政や医師会に働きかけている.また当院では認知症に対する社会活動として,アルツハイマーカフェを毎月地域包括支援センターや地域福祉センターと連携して開催している.近隣の公団住宅等の住民が高 齢化し単身世帯や認知症世帯が増えるなか,使われなくなった集会所を利用し,同集合住宅と近隣に居住されている方々にご参加頂いている.前半1時間を使って認知症についてのミニ学習会と合唱や体操を行い,後半1時間で参加者間の茶話会を行ってる.毎回当事者と介護者がそれぞれ10名前後,専門職関係者7名前後が参加している.参加者はほぼ固定しつつあるが,今後参加を広く募るか小規模のまま維持するか検討中である.また,演者が主催する医療介護の多職種連携の会において,認知症介護研究・研修センターの指導のもと認知症アクションミーティングを継続開催している.現在までに7つのアクションプランが企画されたが,今後具体的なアクションに繋げるための運営方法について検討中である.
 調布市医師会は平成23年度に東京都在宅医療連携推進事業のモデル事業として「ちょうふ在宅医療相談室」を開設した.平成24年度からは東京都の包括補助事業として継続され,平成27年度からは医療介護総合確保推進法に基づき地域支援事業の中に組み込まれ新たに「在宅医療連携拠点」として活動を継続することとなった.現在は在宅医療に関する相談対応と訪問診療医の推薦業務を主軸とし,摂食嚥下機能支援事業,他職種を対象とした勉強会の開催,在宅療養推進会議機能を兼ねた運営協議会の定期開催を行っている.本窓口にも認知症の対応困難事例の相談が寄せられており,来年度から認知症の対応困難事例についての事例検討会を開催していく予定である.平成26年度より当二次医療圏の地域拠点型認知症疾患医療センターである杏林大学付属病院が東京都の「認知症アウトリーチチーム」の事業を開始し た.今後は本事業に加え,各自治体で地域により密着した地域連携型認知症疾患医療センター等を核としたシステムの構築が必要であり,在宅医療連携拠点にも調整役としての役割が期待される.これら重層的なネットワークのもと,調布市が認知症を持つ方々にとって少しでも住みよい街となるよう,医療の立場と地域住民の立場から活動を継続して行きたい.
合S-3
3.認知症の人の暮らしを支える看護;ナレッジマネジメント拠点形成と地域への貢献
當山 房子(有限会社福祉ネットワーク・やえやま),酒井 郁子,黒河内仙奈(千葉大学大学院看護学研究科)
○石垣市における認知症ケアの課題
 福祉ネットワーク・やえやまあかゆら居宅介護施設(以下あかゆら)は,2003年5月に看護職が開設し,「人1人の生命を尊重しきめ細やかな個別ケアで生きることを支援する」を理念に,居宅介護支援事業所,通所介護事業所,訪問介護事業所,小規模多機能型居宅介護事業所,認知症対応型共同生活介護の5事業を運営している.
 2010年時点,石垣島では,認知症普及啓発活動への取り組みが始まったばかりであり,認知症対策が未整備であったため,介護サービスの量的不足,市民,保健医療福祉介護従事者の認知症に関する基本的知識の不足が生じ,認知症高齢者は,住み慣れた町で安心して暮らすことが困難となることが多く生じていた.
○認知症ケアナレッジマネジメント拠点形成の目的とプロセス
 そこで,当事業所の認知症ケア実践能力を高め,他職種と連携して地域の認知症ケアに関するナレッジマネジメント拠点を形成し,その効果を多面的に評価することを目的として,プロジェクトを立ち上げた.
 プロジェクトの目標を@あかゆらに認知症ケアのナレッジマネジメントの場をつくる,A石垣市内の認知症ケアに関わる保健医療介護福祉関係者がナレッジマネジメントの場に参加し,関係者に認知症ケアに関する実践コミュニティの育成の意識ができる,Bナレッジマネジメント拠点で共有された知識を市民にも拡大するの3点とした.
 方策として,あかゆら内に認知症ケアナレッジマネジメントの場として「ムヌウシリ会」を作り,石垣市内の認知症ケアに関わる医療福祉介護専門職および認知症の人と家族による事例検討をベースとした実践知共有の場とし月に一度開催した.この場で提案された改善策や困りごとは行政,医療施設,介護施設のステークホルダーとの対話の中で解決策を模索した.加えて,家族を対象としたケア相談会および認知症ケア研修を実施した.
○プロジェクトの長期的波及効果
 このプロジェクトを実施して,5年の間に,石垣市におけるステークホルダーが認知症ケアの課題を共有することができ,認知症予防の事業の開始,医療機関での認知症ケア研修の開催,多機関連携の充実,家族会立ち上げなどの様々な変化が生じている.
○認知症ケアへの看護からの貢献
 認知症ケアは多様な場で,多様な職種と住民が相互に交流しつつ提供される必要がある.関わるすべての人々が自分の地域の認知症ケアの課題と解決の方向性を緩やかに共有することで,それぞれの場と役割において自律的に活動を行いつつ地域での暮らしを継続することができる.看護職は,病院だけでなく,長期ケア施設,訪問看護ステーション,介護事業所など認知症ケアにかかわる多様な場に存在し,全体的包括的な視野で認知症ケアを構築し,実施し,評価できる.また組織作り,地域づくりに貢献し,認知症ケア拠点の形成に貢献できると考える.
 本プロジェクトは千葉大学大学院看護学研究科独立専攻修士課程ケア施設看護システム管理学の修士研究の一部である.
合S-4
4.認知症の人の暮らしを支える介護とリハビリテーション
谷川 良博(広島都市学園大学リハビリテーション学科)
1.はじめに
 認知症の人の暮らしを支えるテーマをいただき,当初は私自身が関与した地域での啓発や他職種との協業について構成を考えていた.しかし,このようなダイナミックな活動面よりも,そこに至るまでのプロセスを紹介することにした.人の暮らしは,毎日のちょっとした喜びや自信で成り立っている.認知症の人はそのような感情を得難い状況に陥っているのではないだろうか.私は認知症の人の誇りを取り戻すために,作業療法の技術を用いていることに思い至った.今回の発表では,その技術を紹介したい.
2.暮らしを構成する生活行為
 人の暮らしを少し分割してみたい.暮らしを構成しているのは,生活上の基本でもある日常生活動作(ADL),仕事や趣味などの生活行為の集まりであり,これらが連続し,互いに影響を与えあっている(図1).この生活行為は,人それぞれに生育歴や環境が異なり,自分なりのやりかたや価値観が詰まっている.個別性が高い行為であるため,支援する場合にはより注意深い観察が求められる.
3.生活行為を支えるための支援例
 認知症の人への生活支援は,彼らの生活行為のどこに不具合が起きているのかを調べ,解決の糸口も生活のなかから見つけていく.支援の例を3項目に分けて紹介する.
事例1.認知機能に由来する行為障害や日常生活遂行困難に対する支援
事例2.家屋改修や福祉用具の提案
事例3.できること,したいことを切り口にした生活行為の支援
4.活動(作業)分析の視点
 各事例への支援の基礎となったのは,活動(作業)分析である.例えば,事例3で紹介する料理を導入した女性(アルツハイマー型認知症)は,全ての工程を一人で完遂できない.この女性が料理をつくる際には,どの過程(1)に,どの程度援助(2)が必要かを評価する.太字(1)を見極めるには,その料理に必要な工程を事前に全て分析しなければならない.太字(2)の援助の程度は,直接援助と間接援助を適宜用いる.その割合としては,この女性を含め間接援助が多い.その理由は,発表の際に紹介したい.
5.まとめ
 暮らしを分割することで,生活行為の集まりとした.生活行為のひとつ,料理について,工程を分割して評価をした.このように大きな枠組みから,次第に単位を細かくして認知症の人の行動を観察し,分析する視点を用いることは,支援する側に様々な気づきをもたらす.シンポジュウムでは,さらに詳しく紹介をしたい.
合S-5
5.認知症の暮らしを支える住まいと生活支援
高橋 紘士(一般財団法人高齢者住宅財団)
1.ケアモデル再考
Function =(physical capabilities×medical management×motivation)
        (social, psychological, and physical environment)
 医療モデルから生活モデルへ
 正常逸脱モデルによる排除モデルから依存リスクの予見と事前対応による包摂モデル
 施設病院モデルからコミュニティケアモデルへ
2.地域包括ケアシステム
 保健・医療・看護・リハビリテーション・介護などの専門サービスのあり方は本人,家族の選択と心構えを基盤とし,生活支援と福祉サービスを媒介として,住まいと住まい方によって規定される
3.居住環境とはなにか
 ハードとしての住まいとそこで展開される生活支援
 自助・互助・共助・公助モデルと外山義による生活空間分類〜プライベート,セミプライベート,セミパブリック,パブリック
 デンマークの高齢者三原則生活の継続性・自己決定・潜在能力の活用
 認知症の人の居住環境と生活支援のあり方について,とりわけ,家族介護を期待できない単身者の増大を前提として居住環境と生活支援のあり方を考える
4.いくつかの実践から学ぶもの
 ふるさとの会(東京),ホームホスピス(宮崎),暮らしの保健室(東京),NAGAYA TOWER(鹿児島),大牟田白川校区
 家族を前提としないが,家族的支援の場をつくる,とも暮らしと地域支援
5.家族に変わる生活支援のあり方
 孤立化促進型居住と「とも暮らし」にによる互助と自助機能の復活と再生
6.岩江クリニック問題の意味
 シニアマンションでの高齢者虐待はなぜ起こったか.
 ケアサイクルマネジメント(長谷川敏彦)の不整合とマネジメントモデル
7.結語
 認知症の人の暮らしの場と生活支援をどう考えるか

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その他プログラムのご案内
■一般演題(口頭発表) ※項目クリックで詳細
6月13日(土) 09:10〜10:10 老年精神第3会場(展示ホール B 内) 検査
6月13日(土) 10:15〜11:03 老年精神第3会場(展示ホール B 内) 心理学・神経心理@
6月13日(土) 13:15〜14:03 老年精神第3会場(展示ホール B 内) 心理学・神経心理A
6月13日(土) 14:08〜15:08 老年精神第3会場(展示ホール B 内) 神経病理・遺伝学
6月14日(日) 09:40〜10:40 老年精神第3会場(展示ホール B 内) 疫学
6月14日(日) 10:45〜11:33 老年精神第3会場(展示ホール B 内) 薬物療法
6月14日(日) 13:15〜14:15 老年精神第3会場(展示ホール B 内) 症候学
6月14日(日) 14:20〜15:20 老年精神第3会場(展示ホール B 内) 地域医療
■一般演題(ポスター発表) ※項目クリックで詳細
6月13日(土) 09:10〜10:00 ポスター会場(展示ホール A) 疫学
6月13日(土) 10:00〜10:50 ポスター会場(展示ホール A) 症候学@
6月13日(土) 10:50〜11:30 ポスター会場(展示ホール A) 症候学A
6月13日(土) 13:10〜14:00 ポスター会場(展示ホール A) 心理学・神経心理
6月13日(土) 14:00〜14:50 ポスター会場(展示ホール A) 家族支援・福祉
6月13日(土) 14:50〜15:40 ポスター会場(展示ホール A) 地域医療
6月14日(日) 09:40〜10:30 ポスター会場(展示ホール A) 診断
6月14日(日) 10:30〜11:10 ポスター会場(展示ホール A) 検査@
6月14日(日) 11:10〜11:50 ポスター会場(展示ホール A) 検査A
6月14日(日) 13:10〜14:10 ポスター会場(展示ホール A) 薬物療法
6月14日(日) 14:10〜14:50 ポスター会場(展示ホール A) 非薬物療法・ケア
6月14日(日) 15:00〜16:00 ポスター会場(展示ホール A) 医療施設・その他
■ランチョンセミナー1〜9※整理券制
簡易な神経所見のとり方実践講座 ※事前申込制
 
会議等のご案内
■総会(6月13日17時30分〜18時30分,予定)
■評議員会(6月13日8時〜9時,予定)
■7学会合同懇親会(6月12日19時〜21時,予定)
 
 
※当日のプログラムと異なる場合がございます.当日のプログラムは,抄録集(老年精神医学雑誌26巻増刊号−U)でご確認ください.