第30回日本老年精神医学会
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口頭発表

6月13日(土) 9:10〜10:10 老年精神第3会場(展示ホール B 内)
検査
座長: 岸本 年史(奈良県立医科大学精神医学講座)
T-1
若年性アルツハイマー型認知症におけるPittsburgh compound B(PiB)-PETの意義
林 博史(山形大学医学部精神科),川勝 忍(福島県立医科大学会津医療センター精神医学),小林良太(山形大学医学部精神科),渋谷 譲(日本海総合病院精神科),大谷浩一(山形大学医学部精神科)
【目的】若年性アルツハイマー病(AD)では,記憶障害が目立たず失語・失行・失認などの症状が前景となることもあり,診断が難しいことが多い.また,その理由として,ADの指標とされる海馬・海馬傍回の萎縮がみられないことも多いために見逃されてしまうことが我々や他の研究者により報告されている.アミロイドPETの適正使用ガイドラインとして,若年発症の認知症,非定型的な病像などが挙げられている.今回,若年性AD疑いでアミロイドPETを施行した20例について,VSRAD advance所見や脳血流SPECT所見などと併せて検討したので報告する.
【方法】対象は,2013年5月から2014年8月までの間に,山形大学医学部精神科において若年性ADとして,精査のためPiB-PET検査を受けた20例で,年齢は平均60.5±4.9歳,罹病期間4.1±2.3年,MMSE 20.2±5.1点であった.脳MRIとVSRAD advanceによる海馬・海馬傍回萎縮度(Zスコア),Tc-99m-ECD-SPECTとeZIS,アルツハイマー型認知症の疾患特異領域の血流低下の程度(SVA),およびアポリポ蛋白E(ApoE)多型を調べた.11C-PiBはピッツバーグ大のMathisらの許可を得て自施設で合成し投与量は555 MBqとした.PET-CT装置(Siemens Biograph mCT)にて投与後70分間のダイナミック撮影を行い,50−70分の画像を用いて,小脳を参照領域としたStand-ardized Uptake Value Ratio(SUVR)画像で評価を行った.
【倫理的配慮】本研究は,山形大学医学部の倫理委員会の承認を得て,全ての患者あるいは家族から文書にて同意を得た上で行った.
【結果】若年性ADの診断を受けた20例中19例でPiB陽性であった.この19例のVSRAD advanceのZスコアの平均値は1.66±0.67で,カットオフ値の2未満が13例で68%であった.一方,脳血流SPECTでは,SVA値の平均値は2.49±0.94で,カットオフ値の1.19以上が18例,95%であった.ApoE多型ではε4キャリアが,50%で,E4/4型も5例,28%に認めた.PiB陽性例には前医で認知症を否定されたり,非定型的な症例が多く含まれていた.PiB陰性例は,記銘力低下があまり進行なく持続している例で,画像上はVSRADは正常でSVA増加の若年ADプロフィールで臨床・画像的には区別が難しかった.
【考察】若年性ADでは,MRIで海馬・海馬傍回の萎縮がなくても脳血流SPECTでADパターンを呈する場合が多く,従来の画像診断でもPiB─PETと同等の結果を得られるが,ごく一部にはPiB陰性の例が含まれることに注意が必要である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-2
Cube-copying testを用いたアルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症の鑑別の検討
岩本智秀,田端一基,昔農雄太,飯田愛弓,森川文淑,猪俣光孝,直江寿一郎(医療法人社団旭川圭泉会病院)
【目的】視覚課題を用いた神経心理検査においてアルツハイマー型認知症(AD)症例は構成障害を認めレビー小体型認知症(DLB)症例は錯視などの視覚認知障害を認める傾向がある.今回われわれは視覚認知障害を検出できるCubecopying test(CCT)を用い,AD症例とDLB症例の視覚認知の違いを鑑別できる可能性について検討した.
【方法】平成24年12月から2年間の間当院を新規受診した認知症患者のうちprobable ADおよびprobable DLBと臨床診断され,かつ脳血流SPECTでそれぞれ典型的なAD所見,DLB所見を呈するAD 109症例とDLB 29症例について解析した.ADとDLBの視覚認知の違いを検出するため2004年の前島らの方法を用いたCCT(透視立方体の模写)および前島らの方法を改変したCCT(非透視立方体の模写)を行った.透視立方体のCCTは前島らの方法に従って数値化を行い(Points of connection:0〜8,Plane-drawing:0〜12),非透視立方体のCCTについては透視立方体に比べ一つの点,3つの辺が少ないことを考慮し前島らの方法を改変して数値化した(Points of connection:0〜7,Plane-drawing:0〜9).年齢,MMSE総得点,CCTの各スコアはAD群とDLB群に分けMann-WhitneyのU検定を用い統計解析した.
【倫理的配慮】患者の匿名性保持,個人情報の流出に留意した.患者データは後方視的に診療録から抽出し,連結匿名法を用い管理した.本研究は当院倫理委員会の承認を受けた.
【結果】年齢,MMSE総得点はAD群とDLB群において有意差は認めなかった.透視立方体のCCTにおいてPoints of connectionのスコアはDLB群(2.2±1.92:平均±標準偏差)はAD群(3.8±2.45)より有意に低く(p<0.01),PlanedrawingのスコアはDLB群(6.3±3.23)はAD群(8.2±3.03)より有意に低かった(p<0.01).非透視立方体のPoints of connection,PlanedrawingのスコアはAD群とDLB群においていずれも有意差は認めなかった.
【考察】本検討においてCCTにおける透視立方体のスコアはDLB群がAD群に比べ有意に低く,DLBの視覚認知障害が反映されたものと考えられる.しかし今回の検討ではDLB症例数が少なく統計的に透視立方体と非透視立方体のCCTのスコアを用いADとDLBの鑑別を行うまでは至らなかった.今後症例をさらに蓄積し検討する予定である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-3
レビー小体型認知症とその鑑別すべき疾患におけるDATスキャン所見について
小林良太,林 博史(山形大学医学部精神科),川勝 忍(福島県立医科大学会津医療センター),渋谷 譲(日本海総合病院精神科),大谷浩一(山形大学医学部精神科)
【目的】2014年から我が国においても,ドパミントラスポーターのSPECT検査,DATスキャンが可能になったが,我が国におけるデータは少なく,その評価方法や意義についても検討の余地がある.今回,山形大学医学部精神科を受診し,レビー小体型認知症DLBとその鑑別が問題となり,DATスキャンを行った連続例について集計し,その意義を検討した.
【方法】対象は,DLB 12例(平均年齢79.6±4.9歳,罹病期間2.9±2.2年,MMSE 20.7±4.9点),prodormal-DLB 6例(同75.0±8.8歳,3.7±1.9年,25.8±3.4点),アルツハイマー型認知症AD 5例(同75.2±3.7歳,罹病期間4.7±3.7年,MMSE 18.6±1.7点),前頭側頭型認知症FTD(進行性核上性麻痺PSP 2例,運動ニューロン疾患を伴うFTD 1例)3例(同67.1±1.6歳,罹病期間1.5±0.1年,MMSE 19.7±3.8点),老年期うつ病6例(69.8±5.6歳,罹病期間1.8±2.1年,MMSE 24.5±5.4点)である.DLBの診断は,MckeithらのDLB診断基準でpossbile DLB以上とし,Prodromal-DLB(pDLB)は,DLBの診断基準の一部を満たすが,認知症のない例とした.
 ドパミントランスポーター(DAT)スキャンは,123I-FP-CITとSPECT-CT装置(Symbia,シーメンス)を用いて行った.結果は視察的に評価するとともに,DAT VIEWにて,Specific Binding Ratio(SBR)すなわち線条体ROI/全脳カウント比による比較も行った.
【倫理的配慮】対象者またはその家族等に対して検査内容の説明を行い,文書による同意を得た.本研究は山形大学医学部倫理委員会の承認を得て行った.
【結果】視察的な評価では,DLBでは12例全例で線条体での取り込み低下を認めた.pDLBでは6例中1例のみ低下,ADでは5例全例で正常,FTDでは3例全例で低下,老年期うつ病6例全例で正常であった.DAT VIEWを用いた評価において,SBR値の平均はそれぞれDLB 3.57,pDLB 7.52,AD 7.68,FTD 2.50,老年期うつ病8.42であった.これらを一元配置分析したところADとDLB,ADとFTD,DLBとpDLB,DLBと老年期うつ病,pDLBとFTD,FTDと老年期うつ病の間に有意差を認めた.DATスキャンが正常であったpDLB 5例のうち4例がMIBG心筋シンチグラフィーを施行しているがすべての症例で集積低下を認めた.
【考察】DATスキャンは,DLBとADおよび老年期うつ病とを明確に鑑別できるすぐれた検査と考えられた.しかし,シナプス前障害を有すると考えられるFTD-PSPおよびFTD-MNDではDLBと同様に全例低下しており,DLBとの鑑別はできなかった.また,pDLBで殆どの例では正常で,前駆段階ではDATスキャンは低下していないことが示されたが,今後,経時的な検討も必要と考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-4
非流暢性失語と前頭葉機能障害を呈したレビー小体型認知症の一例
石塚貴周,大毛葉子,片野田和沙,横塚紗永子,ア元仁志,春日井基文,中村雅之,佐野 輝(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科精神機能病学分野)
【目的】レビー小体型認知症(DLB)の臨床的特徴は,必須症状として進行性の認知機能障害と中核症状としての認知機能の動揺性,幻視,パーキンソン症状などのに加え,REM睡眠行動障害,抗精神病薬への過敏性,自律神経症状,抑うつなど多彩である.今回我々は,非流暢性失語と前頭葉機能障害のため前頭側頭葉変性症(FTLD)が疑われ本院当科入院となり,精査の結果,DLBの診断に至った症例を経験した.本症例はDLBでは稀な非典型的症状を呈しており,その詳細について報告する.
【倫理的配慮】今回の症例報告にあたり,本人から文書による同意を得ている.また,個人情報は全て匿名化し,経過や症状について一部改変して,個人が特定されないよう十分に配慮した.
【症例】72歳女性.特記すべき既往歴なし.出生,発育に異常はなく,地元の高校を卒業し,会社員として勤務した.結婚退職して5児をもうけ,現在は夫と共に商店を営んでいる.X−1年夏頃より,会話速度が遅くなり,洗濯物を畳まずに放置することが多くなった.X年2月頃より,本人の言葉が聞き取り難いと家族が感じ始め,同時期より歩行速度も徐々に低下した.食事を作る回数も減り,心配した家族に連れられて,同年10月に脳神経外科病院を受診した.言語障害の精査目的で同月に本院当科外来を紹介初診し,入院となった.臨床症状として,非流暢性失語と特発性のパーキンソン症状,起立性低血圧を認め,注意集中の低下や自発性低下を認めていた.心理検査では,HDS-R 27点,MMSE 29点,FAB 12点,リバーミード行動記憶検査14点,ADAS-J.cog 8点であった.頭部MRIでは前頭葉及びシルビウス裂開大を含めた側頭葉の萎縮を認め,脳血流シンチSPECTでは前頭葉内側域及び両側側頭先端部から左シルビウス周囲領域の低下を認め,FTLDの中でも進行性非流暢性失語症が疑われた.しかし,MIBG心筋シンチでは心筋への集 積は著明に低下しており,DATスキャンでは線条体集積の著明な低下を認めた.これらの臨床症状及び検査結果を総合してDLBと診断した.
【考察】本症例は主な臨床症状として非流暢失語と前頭葉機能障害を呈していた.このためFTLDを疑われ,精査を行った結果,DLBと診断が変更された.DLBの臨床症状は多彩であり,本症例のように非典型的症状を呈する可能性がある.パーキンソニズムや自律神経障害などのDLBの部分症状を呈する場合,頭部MRIや脳血流シンチSPECT等の検査に加えて,MIBG心筋シンチやDATスキャン等の機能画像検査を行うことも診断に有用であることを再認識した.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-5
軽度認知障害の予後におけるcerebral small vessel diseaseの影響
宮川雄介(熊本大学大学院医学教育部神経精神医学分野),橋本 衛,福原竜治(熊本大学医学部附属病院神経精神科),石川智久(熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野),遊亀誠二(熊本大学医学部附属病院神経精神科),田中 響,松崎志保,露口敦子,畑田 裕,川原一洋(熊本大学大学院医学教育部神経精神医学分野),池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野)
【目的】軽度認知障害(MCI)は,アルツハイマー病(AD)を中心とする変性疾患による認知症の前駆段階として知られており,MCIからADへのコンバートを予測する様々な因子が報告されている.大脳白質のびまん性の変化やラクナ梗塞などのcerebral small vessel disease(SVD)は,MCI症例の多くで合併がみられるが,認知症へのコンバートに与える影響は明らかではない.本研究では,MRIで観察されるSVDがMCIの予後に与える影響について検討した.
【方法】2007年4月から2011年10月までの間に熊本大学神経精神科認知症専門外来を受診した症例のうち,初診時にMCI(診断基準:International Working Group on MCI,2004)と診断され,初診から3年間のフォローが可能であった58名を対象とした.3年以内に認知症へコンバートした群と,3年間コンバートしなかった群に二分し,2群間の比較検討を行った.SVDの評価については,@MRIのFLAIR画像における大脳深部白質高信号(white matter hyperintensities)がFazekas scale 2〜3,A1つ以上のラクナ梗塞が大脳に存在する場合,としたうえで,@またはAを満たす場合をSVD+,@とAのどちらも満たさない場合をSVD−と定義した.
【倫理的配慮】本人あるいは家族から書面にて研究参加に対する同意を得,匿名性に十分配慮した.
【結果】58例の対象のうち,29例(50%)が3年以内に認知症にコンバートした.認知症の診断の内訳は,22例(76%)がAD,6例(21%)がレビー小体型認知症(DLB),1例(3%)が血管性認知症(VaD)であった.3年以内に認知症へコンバートした群は,初診時において平均年齢74.1±7.3歳,平均MMSE score 25.3±2.3,SVD+率が41%であったのに対し,3年間コンバートしなかった群は,初診時において平均年齢73.1±7.5歳,平均MMSE score 26.7±2.4,SVD+率が69%であり,これら3つの項目において2群間で有意差がみられた.3年以内の認知症へのコンバートの有無を従属変数とし,年齢,性別,教育年数,MMSE score,SVDの有無の5項目を独立変数としてロジスティック回帰分析を行ったところ,SVD+に対するSVD−のオッズ比は4.41倍であった(p=0.035).
【考察】本研究の結果は,SVDを伴わないMCIが,SVDを伴うMCIに比べ,早期に認知症へコンバートしやすい可能性を示唆している.一般的に,SVDはAD病理の進行を促進する因子と考えられており,SVDを伴うMCIのほうが認知症へコンバートしやすいと考えられがちである.しかし,SVDを伴う場合,SVDが認知機能障害の原因の一つとなり,MCIの呈する認知機能障害に占める変性疾患の影響が小さい状況を作りうるため,結果として認知症にコンバートしにくいということもあるのではないだろうか.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月13日(土) 10:15〜11:03 老年精神第3会場(展示ホール B 内)
心理学・神経心理@
座長: 加藤 伸司(東北福祉大学総合福祉学部)
T-6
健常者および軽度認知障害患者における認知機能の加齢性変化について
石井光樹(北里大学東病院,明星大学大学院),高橋 恵(北里大学医学部精神科学),滝澤毅也(北里大学大学院医療系研究科),大石 智(北里大学医学部精神科学),新井久稔(北里大学東病院,相模台病院),宮岡 等(北里大学医学部精神科学)
【目的】これまで,加齢や認知症による認知機能低下への影響に関して多くの研究がなされてきた.記銘力を中心として,選択的注意,構成概念,抑制,言語機能や視空間認知などの能力が加齢や認知症の影響で低下する事が分かっている.また近年では,認知機能低下を示すが日常生活には支障がない軽度認知障害(以下,MCI)についても研究が盛んである.これら正常加齢,MCI,認知症における認知機能の様相を把握することは適切なアセスメントや診断に寄与するだけではなく,医療者や家族などが患者の状態像を正確に理解することにも繋がり,より良い治療やケアに寄与するだろう.そこで本研究では,健常群とMCI群の各種認知機能を年齢区分ごとに記述し,加齢による変化の特徴について比較検討を行なった.
【方法】北里大学東病院の認知症鑑別コースを受診した患者のうち,いずれの診断名も付かなかった患者56名(Normal群)と,MCIの診断がついた患者161名(MCI群)を対象とした.加齢による変化を比較検討するために,患者は「64歳以下」「65歳〜69歳」「70歳〜74歳」「75歳〜79歳」「80歳以上」の5群に分け,神経心理学的検査の成績を比較した.
【倫理的配慮】本研究は北里大学医学部・病院倫理委員会の承認を受けた.
【結果】Normal群では,記憶に関してはWMSの言語性対連合の直後再生,論理的記憶の遅延再生,視覚性再生の遅延再生で年齢区分で有意差が認められた.実行機能に関しては,コース立方体の得点およびIQに有意差が認められた.言語流暢性および注意の転換に関しては,語想起の正答数および保続数に有意差が認められた.MCI群では,記憶に関しては言語性対連合の直後再生,論理的記憶の直後再生,視覚性再生の直後再生に有意差が認められた.実行機能に関しては,コース立方体の得点及びIQに有意差が認められた.言語流暢性および注意の転換に関しては,ストループテストに要した時間,語想起の保続数及び誤答数に有意差が認められた.
【考察】両群ともに,加齢によって即時記憶や実行機能,言語流暢性,注意の転換などの能力に低下が認められた.しかし,統計上は有意な低下を示さない項目も多く示された.また,いずれの値も基準値より2SD以上の低下を示すものではなかった.両群ともに診断は正常加齢ないしMCIであり,生活上の不適応は殆ど示していない.QOLも加齢による有意な低下を示さなかった.加齢によって一部の認知機能の低下は生じることは明らかだが,それがすぐに生活に障害をもたらすとは限らない.したがって,認知機能のみを基準にして診断を付ける事には慎重にならなければならない.本研究では遅延再生や絵画配列などには差が認められなかった.そうした加齢による影響を受けなかった指標について,認知症者のデータと比較検討することで,診断や鑑別に寄与できる可能性がある.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-7
認知症の家族介護者を支援する集団介入の試み;有用性および構造化の検討
藤田 雄,菅原佳奈子,福岡裕行,代田純一,小谷隆弘(医療法人恒昭会藍野病院),足利 学(藍野大学),園田 薫,杉野正一(医療法人恒昭会藍野病院)
【目的】家族交流会など認知症の家族介護者を支援する現行の集団介入は,主にフリー・ディスカッションで実践され,かつ被介護者における認知症の原因疾患が様々なため,個々の家族介護者が抱える問題が共有されにくいと考えられた.そこでアルツハイマー型認知症(AD)を介護する家族のみを対象とし,かつ個々の家族介護者が介護上困っている問題を,インシデント・プロセス法を応用して問題解決を指向し,介護の肯定感の向上および負担感の緩和を標的とする集団介入を試みた.その結果を報告し,今後の課題を明らかにすることを目的とする.
【方法】対象は藍野病院もの忘れ外来通院中の軽度から中等度(CDR1〜CDR2)のAD患者を介護する家族5名(続柄:夫3名,妻1名,娘1名).なお,5名とも患者が藍野病院で実施されている心理社会的介入に参加中で本研究の介入前から面識あり.グループ(G)はクローズドで60分,週1回,計8回実施.参加スタッフは臨床心理士1名(ファシリテータ;Fc.を担当),認知症看護認定看護師1名,精神保健福祉士1名の3名.1セッション(S)におけるGの流れは@各参加者が介護上の「困っていること」(問題)の内容を1,2行で用紙に記入.ASで話し合う問題をG全体で1つ選定し,Fc.が当事者に明確化・焦点づけ.B明確化・焦点づけがされた問題を話し合い,Fc.は当事者に今後どうしたいかを確認.なお,Fc.は動機づけ面接を用いて参加者の自律性を尊重した進行を心掛けた.また,グランドルールとして「批判しない」などを設定.評価は介入の前後に,介護肯定感の評価として介護肯定感尺度(櫻井,1999)を,介護負担感の評価としてZarit介護負担尺度日本語版(J-ZBI)を施行.また介入後に 今回の介入の有用性の評価としてサポートグループ効果尺度(櫻井,2006)を施行した.
【倫理的配慮】藍野病院医学倫理委員会において承認を得て,すべての対象者に文書で説明をし,書面にて同意を得た.
【結果】各尺度の得点について介入前後で比較をすると,介護肯定感尺度は介入前37.2±4.7,介入後40.6±4.5であった.個々の得点変化を見ると5名中4名が向上していた.J-ZBIは介入前36.2±21.4,介入後35.0±17.4であり,個々の得点変化は.5名中2名が低下,2名が上昇,1名が同一であった.サポートグループ効果尺度の得点は32.6±8.0であった.
【考察】本研究では,被介護者の原因疾患をADで単一化し,インシデント・プロセス法を応用して問題解決を指向する集団介入を試みた.今回採用した構造化が介護者の肯定感を向上させる上で有用な可能性が示唆された.S中参加者間で活発な発言が交わされ,Gの凝集性が高まったことは,原因疾患をADで単一化し,かつ,その重症度が均一だったという参加者の同質性の高さが影響している可能性が推察された.また介護肯定感の向上がみられた4名におけるサポートグループ効果尺度の内容からは,他の参加者と問題への対処方法などの経験を共有できたことが有用だったと解釈された.今後は参加者の同質性を考慮したうえで,より有用性の高いGの構造を検討していく.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-8
ADおよびVaD患者に対する通院リハビリテーション療法;精神症状,生活障害,介護負担に対する効果について
吉水由香里,樫林哲雄,岡野 裕,中西誠司,徳増慶子,横山和正,柿木達也(兵庫県立リハビリテーション西播磨病院認知症疾患医療センター)
【目的】認知症患者へのリハビリテーションは,認知機能のみならず精神症状を改善し,介護者の負担を軽減する効果が期待されている(三村 2012).本研究では通院リハビリテーションが,精神症状や日常生活動作,介護負担にどのような効果をもたらすか,また,介入が有効な症例はどのような特徴を持つかを明らかにする.
【方法】西播磨認知症疾患医療センターもの忘れ外来を受診し,アルツハイマー型認知症(以下AD)または,脳血管性認知症(以下VaD)と診断された患者のうち,通院リハビリテーションを導入した32例を対象とした(AD:21,VaD:11).作業療法士が評価に基づき,患者に適した活動を提供し,1回1時間,1週間または2週間に1回の頻度で合計10回の個別介入を行った.介入前後で,介護負担の評価としてZarit介護負担尺度(ZBI),認知機能の評価としてMini Mental State Examination(MMSE),精神行動症状の評価としてThe Neuropsychiatric Inventory(NPI),ADLの評価としてDisability Assessment For Dementia(DAD)を実施した.そして@介入による変化を明らかにするため,介入前後評価をMann-Whitney U Testを用いて比較した.さらに,A通院リハビリテーション療法に適した症例の特徴を明らかにする目的で,ZBI変化量(後−前)と介入前評価の相関解析を行った.
【倫理的配慮】今回の研究においては,患者または家族に個人情報保護に関して説明し,文書にて同意を得た.
【結果】@介入前後の比較では,AD,VaDともいずれの項目でも有意な改善や悪化は見られなかった.そこでZBIの改善傾向を認めたAD 9例,VaD 7例を抽出し介入前後の比較を行ったところ,ZBI改善傾向群VaDで,NPI下位項目である無為・無関心で有意な改善を認めた.ZBI改善傾向群ADの介入前後比較では,妄想,興奮,無為・無関心,易刺激性の得点の低下は認めたが,有意な改善は見られなかった.
AZBI変化量と介入前評価の相関では,VaDでNPI下位項目である興奮,脱抑制,易刺激性において正の相関(介入前に興奮,脱抑制,易刺激性が高い症例では,介入により介護負担が増大する傾向)を認めた.
【考察】通院リハビリテーション療法は,VaD患者に対してBPSDの中で無為・無関心の改善に有効であり,介護負担の軽減と関連していることが示唆された.AD患者では有意差は見られなかったが,妄想,興奮,無為・無関心,易刺激性が改善することで介護負担を軽減する傾向が認められた.一方で介入前に興奮,脱抑制,易刺激性が高いVaD症例に対する通院リハビリテーション療法は,介護負担の増加をきたす可能性が示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-9
重度認知症のための新しい認知機能検査;Cognitive Test for Severe Dementiaの開発
田中寛之,永田優馬,石丸大貴(大阪府立大学大学院総合リハビリテーション学研究科,医療法人晴風園今井病院),植松正保(医療法人晴風園今井病院),西川 隆(大阪府立大学大学院総合リハビリテーション学研究科)
【はじめに】MMSEなどの伝統的な認知機能検査では認知症が重度に至れば床効果を呈するために認知機能を詳細に評価できない.以前の研究で我々は海外で開発された重度認知症者用認知機能検査のSevere Cognitive Impairment Rating Scale(SCIRS)日本語版の臨床的有用性を検討したが,信頼性に欠ける項目や最重度認知症においては床効果を呈するなど,いくつかの課題が明らかになった.今回,これらの課題を解決するため,最重度認知症まで残存認知機能を測定できるCognitive Test for Severe Dementia(CTSD)を新たに開発して有用性を検討することとした.
【方法】CTSDは7つの認知領域(記憶,見当識,言語,視空間,行為,前頭葉機能,社会交流)に含まれる計14項目から成る30点満点の検査である.調査は2013年4月〜2014年11月にかけて行い,対象者は当院に入院する患者のうち,DSM-IV TRの診断基準により認知症と診断された者とした.全ての対象者について,重症度をCDRによって評定し,MMSE,HDS-R,日本語版SCIRS,CTSDの4種の認知機能検査を同週内の2〜4回に分けて実施した.検査−再検査信頼性をSpearmanのρ係数,評価者間信頼性を級内相関係数(ICC),内的整合性をCronbachのα係数を用いて分析した.妥当性については,対象者全体およびCDRの各階層群において,MMSE,HDS-R,日本語版SCIRSを外的基準とし,Spearmanのρ係数により従来の検査法との相関を検討した.さらに,CTSDの変化に対する検出感度を測定するためにMMSEとCTSDを6ヶ月後に再検査した.統計解析には,SPSS Ver.22.0を使用した.
【倫理的配慮】研究への参加については,対象者の家族に文面ならびに口頭による説明を行い,同意書への署名を得て実施した.
【結果】対象者は123名(男性37名,女性86名),平均年齢87.4±7.7歳であった.原因疾患の内訳はAD 73名,VaD 38名,DLB 6名,その他6名であった.重症度は軽度19名,中等度20名,重度84名であった.全対象者における各認知機能検査の得点は,MMSE 8.5±6.8点,HDS-R 7.3±6.8点,日本語版SCIRS 18.7±9.9点,CTSD 20.5±9.1点であった.CTSD総点の評価者間信頼性および検査−再検査信頼性は,Spearman ρ係数がそれぞれ0.943,0.899(p<0.001)であり有意な相関が得られた.各下位項目のICCは,すべての項目で有意な相関(p<0.001)が得られた.内的整合性に関してはα係数が0.934であり,CDR 3群のみの検討では0.896で,高い内的整合性が得られた.妥当性について,全対象者を通して4検査間において有意な相関が得られた(r=0.937〜0.945,p<0.001).各重症度における検査間の相関係数については,軽度・中等度群においては,CTSDはいずれの検査とも相関を示さなかったが,日本語版SCIRSは,中等度群においてMMSE,HDS-Rと有意な相関が得られた(MMSE:r=0.513,p<0.05,HDS-R:r=0.702, p<0.001).重度群においては,CTSDはいずれの検査とも有意な相関が得られた(r=0.867〜0.914,p<0.001).長期的変化については,重度群の36名の対象者を6ヶ月追跡し,MMSEの変化は初期評価時から1.3±1.6点で有意な変化はみられなかったが,CTSDは3.6±4.3点と有意な変化が得られた.
【考察】CTSDは最重度認知症まで,既存の認知機能検査より詳細に残存する認知機能を評価でき,変化に対する検出感度も高いことが示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月13日(土) 13:15〜14:03 老年精神第3会場(展示ホール B 内)
心理学・神経心理A
座長: 水上 勝義(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
T-10
重度認知症患者の家族に対する代理アドバンス・ケア・プランニングの試み
石橋健一(社会福祉法人広島厚生事業協会府中みくまり病院)
【目的】当院認知症治療病棟は行動・心理症状(BPSD)の治療を目的としており,入院時点で患者本人へアドバンス・ケア・プランニング(以下ACP)を行えない重度の認知症患者ばかりである.また高齢認知症患者の多くは急な身体合併症などにより終末期医療の選択を迫られることが少なくなく,このとき家族は十分な心の準備もないまま,選択を迫られることになる.我々はこのような状況で果たして患者の個人的価値に基づく,十分な判断が行えているのだろうかという疑問を感じていた.そこで家族に対して,家族自身が患者になったつもりで代わりにアドバンス・ケア・プランニングを行うことで患者の個人的価値を推測し,本人が望んだ可能性の高い医療を選択する一助とした.
【方法】当院認知症治療病棟において入院時に広島県地域保健対策協議会「終末期のあり方検討特別委員会」で作成したACPの質問用紙である「私の心づもり」を,家族向けに「もしあなたがご家族の立場だったら」と修正し,家族向け質問用紙としてその記入をお願いした.回答はカルテに保存し,終末期医療の選択を迫られたときに主治医,医療スタッフが参考として家族との話し合いに臨む資料とした.
【倫理的配慮】院内倫理委員会において審査を行った.家族の回答は診療資料として診療録に保存される.データは機械的,統計的に集団で処理されるため,個人が特定される情報を含まない.論文として成果を公表するときは,集団データとして公表されるので個人が特定されることはない.
【結果】代理ACPの記入について家族に特段の抵抗は見られず,ほぼ全家族から回答を得られた.記入に際して難しかった点の有無などを聴取したが特段の困難さもみられなかった.
【考察】進行した認知症患者の終末期医療の選択は医療者にとって困難な課題である.患者の人となりを類推できるほど長期の治療関係は望めず,家族に突然生じるインフォームド・コンセントの機会に十分なコンセントが存在するのかという疑問が付きまとう.これに対していくらかでも本人の希望を類推する方法はないものかと考えてこの方法を試みた.行ってみるとさしたる抵抗もなく,家族にも受け入れられ,一定の機能を果たすと考えた.但しこれはあくまで家族が類推した患者の希望であり,個人的価値が患者の経験に基づくという意味では身近な家族であっても本当の意味で正確に本人の希望を把握できるものではないことを理解しておく必要はあると思われる.しかし少なくとも突然生じ,短時間に家族に要求される高度な判断が結果として不十分な検討になることを防ぐ意味はあると思われた.当然医療者の一方的な価値の押し付けは免れる.さらに終末期医療の選択における家族の負担,および十分な判断を行えたのだろうかという事後の家族の迷いをいくらか軽減できるのではないかとも考えた.さらに患 者の配偶者や子供などに自分の終末期を見据えたACPの必要性についてもいくらか認識してもらえたのではないかと考えた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-11
バウムテストで描かれた木全体のサイズに示される地域在住高齢者の抑うつの特徴
村山憲男(北里大学医療衛生学部,順天堂東京江東高齢者医療センター),遠藤 忠,稲木康一郎(長野大学社会福祉学部),佐々木心彩(日本大学文理学部),深瀬裕子(北里大学医療衛生学部),太田一実,井関栄三(順天堂東京江東高齢者医療センター),田ヶ谷浩邦(北里大学医療衛生学部)
【目的】高齢者の抑うつを評価するための心理検査として,一般に質問紙検査が用いられることが多く,投映法検査に関する報告はほとんどない.
 バウムテストは,対象者に木を描くことを求める代表的な投映法検査のひとつである.他の投映法検査と同様,正確に評価するためには習熟が必要であり,結果に評価者の主観的要素も入りやすいが,描かれた木のサイズなど,評価が容易かつ客観的な指標もある.本研究では,バウムテストで描かれた木のサイズに示される地域在住高齢者の抑うつの特徴について検討した.
【方法】本研究は,長野県埴科郡坂城町中之条に在住している,65歳以上の高齢者を対象に実施した訪問式悉皆調査である.調査内容には,年齢,同居者の有無,外出頻度のほか,日本語版GDS-15,バウムテストが含まれていた.調査に自発的な同意が得られ,全ての項目に有効な回答が得られた238名を本研究の分析対象とした.
 GDS-15の合計得点に基づいて,0〜4点を健常群,5〜9点を抑うつ傾向群,10〜15点を抑うつ状態群とした.その結果,238名中,145名(60.9%)が健常群,79名(33.2%)が抑うつ傾向群,14名(5.9%)が抑うつ状態群に含まれた.
 バウムテストの教示には,最も単純な「木を描いてください」を用いた.描かれた木について,木全体の高さと幅を,それぞれ測定した.
【倫理的配慮】訪問調査に先立って,調査の旨を記載したハガキを対象者に郵送し,訪問を拒否する機会を設けた.訪問調査の際には,調査の目的や内容,調査に協力しなくても不利益は生じない旨を説明し,研究参加の自発的な同意を得た.
【結果】平均年齢は,健常群が74.3±6.5歳,抑うつ傾向群が74.5±5.9歳,抑うつ状態群が77.9±6.9歳であり,AVOVAの結果,3群間の年齢に有意差はなかった.同居者の有無に関しては,同居者なしが,健常群が11名(7.6%),抑うつ傾向群が8名(10.1%),抑うつ状態群が3名(21.4%)であり,抑うつ状態群は他群よりも多かった.外出頻度は,ほとんど毎日が,健常群が78名(53.8%),抑うつ傾向群が38名(48.1%)とそれぞれ約半数を占めた.それに対し,抑うつ状態群は4名(28.6%)と少なく,週2〜3日が7名(50.0%)と最も多かった.バウムテストでは,AVOVAの結果,木の高さと幅のいずれの指標でも,3群間に有意差が得られた.たとえば木の高さ(mm)は,健常群は204.7±49.3,抑うつ傾向群は196.0±53.8,抑うつ状態群は154.6±70.4であり,Tukey’s post-hoc testの結果,抑うつ状態群は他の2群よりも有意に低い値であった.
【考察】バウムテストにおいて木のサイズが小さいことは,内向性,非社交性,自尊心の低さなどを示す指標とされてきた.高齢者の抑うつには,社会的接触の欠如や,引きこもり,無気力,活力の低さなどが目立つのが特徴的であるといわれており,バウムテストはこのような高齢者の抑うつの特徴の一部が反映されると考えられる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-12
アルツハイマー病におけるBPSDの性差について
本田和揮(国立病院機構菊池病院),橋本 衛(熊本大学医学部附属病院神経精神科),矢田部祐介(熊本県精神保健福祉センター),福原竜治,石川智久(熊本大学医学部附属病院神経精神科),兼田桂一郎(くまもと青明病院),遊亀誠二(熊本大学医学部附属病院神経精神科),松崎志保,田中 響,畑田 裕,宮川雄介,川原一洋(熊本大学医学教育部神経精神科学分野),長谷川典子(熊本市こころの健康センター),甲斐恭子(あいクリニック),池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野)
【目的】アルツハイマー病(AD)は,最も頻度が高い変性性認知症疾患であり,記憶障害など見当識障害,構成障害などの認知機能障害だけでなく,物盗られ妄想,抑うつなどのBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)も高頻度に出現する.BPSDは精神科治療開始のきっかけとなるほど介護負担を大きくすることが珍しくなく,また患者の性別により介護者が担う役割も大きく異なってくることから,その性差を把握しておくことは極めて重要である.今回,AD外来患者のBPSDについて男女間の比較検討を行った.
【方法】2009年1月から2013年12月まで熊本大学医学部附属病院神経精神科認知症専門外来を初診した連続例のうち,NINCDS-ADRDAのADの診断基準を満たす554名(男性178名,女性376名)とした.認知機能をMMSE,BPSDをNeuropsychiatric Inventory(NPI)を用いて測定し,マンホイットニー検定ならびにフィッシャー正確確率検定を用いて男女間の比較を行った.
【倫理的配慮】本人あるいは家族から書面にて研究参加に対する同意を得た.匿名性には十分配慮した.
【結果】患者背景は,男性では平均年齢76.8±7.0歳,平均教育年数11.7±2.4年,平均罹病期間2.4±1.3年,女性では平均年齢77.5±6.2歳,平均教育年数10.2±1.7年,平均罹病期間2.6±1.5年であり,教育歴でのみ有意差が認められた.平均MMSEスコアは男性19.7±3.9点,女性19.1±3.9点で有意差は認められなかったが,平均NPIスコアは男性9.8±7.4点,女性12.4±8.9点であり,女性の方が男性よりも有意に高かった.またNPIの妄想,うつ,不安の下位項目において女性の方が男性よりも有意に有症率が高かった.
【考察】今回の研究によってAD患者ではBPSDには性差が存在し,女性の方が重度であることが明らかになった.また下位項目で,うつ,不安について男女間で有意差が生じた.生物学的要因,社会背景が影響している可能性が考えられるが,これらについての考察は当日発表する.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-13
書字障害や観念失行の目立ったアルツハイマー型認知症の一例
松山賢一(神戸大学大学院精神医学分野),鷲田和夫,古和久朋(神戸大学大学院神経内科学分野),阪井一雄(宝塚医療大学保健医療学部理学療法学科),山本泰司(神戸大学大学院精神医学分野)
【目的】日常生活における行為の障害は,認知症外来を受診する患者にしばしばみられる症状である.行為の障害はさまざまな原因で生じるため,問診や検査によって失行や失語などの認知症症状と鑑別することが必要である.今回,われわれは書字障害と観念失行が目立ち,問診と各種検査によりアルツハイマー型認知症と診断した症例を経験したので,報告する.
【方法】症例は80歳女性.X−2年頃から,もの忘れが目立つようになった.徐々に,片付けができない,買い物ができない,掃除機を使えない,電気コードの使い方がわからないなどの観念失行や実行機能障害を認めるようになった.また,字を書くとき手が震えてきれいな字を書けない,受け答えをうまくできないことがある,など書字障害や失語を疑う症状もみられるようになった.近医で認知症を疑われ,X年6月当院初診となった.
【倫理的配慮】本人,家族から発表の同意を得,発表に際しては匿名性に配慮した.
【結果】初診時,上肢に軽度の歯車様固縮を認めたが,安静時振戦はみられなかった.MMSEは14/30点(見当識−3,即時再生−1,計算−5,遅延再生−3,復唱−1,三段階命令−2,図形−1)と中等度の認知機能低下を示し,書字では手の震えがみられた.アルツハイマー型認知症(以下,AD)以外に,logopenic aphasia(以下,LA)などの失語症やレビー小体型認知症(以下,DLB)などのパーキンソン症候群が疑われたので,精査を行った.
 血液検査では特記所見なし.心理検査では,ADAS 19.3,WMS-R論理記憶(即時6/50,遅延4/50),FAB 8/15,GDS 13/15,CDR 1であった.頭部MRIでは,軽度から中等度の深部白質虚血の散在と正常加齢範囲内の大脳萎縮を認めた.脳血流SPECTでは,左優位に頭頂葉〜側頭葉外側の集積低下を認め,後部帯状回・楔前部の低下もみられた.WAB失語症検査を施行したところ,書字と構成の低下が目立ち,一方で復唱は保たれていた.DaT-scanでは基底核の集積低下はみられなかった.
 以上から,LA,DLB,皮質基底核変性症を除外し,ADと診断した.観念失行や書字障害は頭頂葉機能の低下から生じたものと考えられた.
【考察】もの忘れで発症したが,その後観念失行や書字障害などの症状をきたし,失語症やパーキンソン病(症候群)の疑われた症例であった.このように典型的なADの臨床経過をとらない症例はときおり経験するが,各種検査を組み合わせて精度の高い鑑別診断を行っていくことの重要性を再認識した.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月13日(土) 14:08〜15:08 老年精神第3会場(展示ホール B 内)
神経病理・遺伝学
座長: 北村  伸(日本医科大学武蔵小杉病院)
T-14
Neurotrophin(NT)-3遺伝子多型とアルツハイマー病との関連性;NT-3とアルツハイマー病
永田智行(東京慈恵会医科大学精神医学講座,東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター分子遺伝学部),品川俊一郎(東京慈恵会医科大学精神医学講座),柴田展人(順天堂大学医学部精神医学講座),小林伸行(東京慈恵会医科大学ウイルス学講座),Bolati Kuerban,大沼 徹(順天堂大学医学部精神医学講座),近藤一博(東京慈恵会医科大学ウイルス学講座),新井平伊(順天堂大学医学部精神医学講座),中山和彦(東京慈恵会医科大学精神医学講座),山田 尚(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター分子遺伝学部)
【背景】Neurotrophin-3(以下NT-3)は神経発達や神経の成長に作用する神経栄養因子の一つである.その遺伝子多型が児童の注意欠陥・多動性障害(ADHD)の危険因子もしくはその臨床症状に影響しているとの先行研究も散見される.その他神経栄養因子と精神疾患との関連性の報告はされているも変性疾患であるアルツハイマー病(AD)との関連性を示したものは未だ少ない.
【目的】本研究ではAD患者においてNeurotrophin-3(NT-3)遺伝子多型がその発症や認知機能などの臨床症状と関連しているかを調査することが目的となる.
【方法】本学及び順天堂大学精神医学講座の遺伝子研究へ参加した507人のなかから,年齢マッチされた143人のAD患者と105人の健常者コントロール(NC)群のDNAサンプルを抽出しNT-3の代表的な一塩基多型遺伝子型(SNPs):rs6332(G>A),rs6489630(C>T),をSNaPshot法もしくは直接シーケンス法を用いて遺伝子型を同定した(本学総合医科学研究センター分子遺伝学部).各アレル頻度をAD群とNC群で統計学的に比較した.さらにAD群のみから神経心理検査:Mini-Mental State Examination(MMSE),前頭葉機能検査(FAB)の全スコアとその下位スコアを比較した.統計学的手法としてアレル頻度の群間比較にはχ二乗検定を用い,ADの遺伝子型の群間比較にはKruskal-Wallis(クラスカル・ワリス)検定もしくはマン・ホイットニーU検定検定を用いた.p-value<0.05を有意差があるとした.
【倫理的配慮】本研究は本学および順天堂大学倫理委員会の承認を得ており,さらに研究参加者全員とその家族から事前に文書で同意を得ている.
【結果】rs6332(G>A)アレル頻度はAD,NCの2群間で有意差がみられた(OR=1.602,CI 95%:1.114−2.304,p=0.013).また,軽度AD(N=108)のrs6332遺伝子型3群間(G/G:41,G/A:47,A/A:20)でFAB下位スコア;葛藤指示スコア(p=0.014)(G/G<A/A;p=0.004,G/A<A/A;p=0.005)とMMSE下位スコア;3段階指示スコア(P=0.035)(G/G>A/A;p=0.013)で有意差を認めた.その他の神経心理検査の結果で有意差は認めなかった.rs6489630(C>T)のアレル頻度はADとNCの2群間で有意差を認めなかった.
【考察】以上から本研究の結果はNT-3の代表的なSNPs:rs6332(G>A)が,AD患者の発症に影響していることがわかった.さらにAD患者の遂行機能を反映した神経認知機能(葛藤指示,3段階指示)に影響し得ることが示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-15
「三焦鍼法」による認知障害治療の臨床的研究
Jingxian Han,Tao Yu,Jianchun Yu,Jiangwei Shi,Yujie Jia(天津中医薬大学第一付属病院(中国)
【目的】高齢社会になるにつれ,認知障害は高齢者に最も多い疾患の一つになってきた.しかし現在,有効な治療法がなく,家庭や社会に対して多大な負担となっている.私どもは臨床的な経験から「三焦鍼法」と呼称する鍼治療法を開発した.当演題は「三焦鍼法」を用いて,Alzheimer Disease(AD)と血管性認知症Vascular Dementia(VaD)の患者の治療後の臨床効果を治療前と比較した.また,VaD患者と健常者を対照に脳グルコース代謝に対する影響を検討した.
【方法】在宅高齢者と病院外来の患者からAD,VaD患者合計435名を選別した.それぞれに「三焦鍼法実施群」と「薬物投与群」に分けた.AD患者の「薬物投与群」にはアリセプトを投与し,VaD群にはCo-dergocrine Mesylateを投与した.Minimental state examination(MMSE),Activities of daily living(ADL),Neuropsychiatric Inventory(NPI)を測定し,治療12週目と24週後の治療効果について検討した.脳グルコース代謝について,VD患者と健常高齢者それぞれ10名を対象に,「三焦鍼法」治療の直後と治療後8週目にSPECT検査で評価した.
【倫理的配慮】「三焦鍼法」は長期に渡って臨床治療に応用し,安全な治療法である.アリゼプトとCo-dergocrine Mesylateは認知障害のポジティヴ対照群用の薬物である.実験研究は,患者や家族からインフォームドコンセントを得り,同意書にサインを求める上で行う.三ヶ月間の治療とMMSE,ADLのデータ採取に協力を求め,患者と家族に治療結果を告知し,六ヵ月後に再度の追跡訪問を行い,同研究チームが研究データの統計処理を行った.
【結果】「三焦鍼法」はAD,VaD患者の認知障害について治療前後ADとVaDのMMSEが7.40点と8.78点から10.25点と12.30点まで改善した.長期施術群で薬物投与群より優れ,AD,VaD患者の精神的な症状を改善することが分かった.治療24週後,ADとVaDのNPIの平均値が25.06点と23.72点から16.84点と17.03点となり,投与群に比べて有意の差が見られた.特に軽〜中等度のAD患者とVaD患者両群の周辺症状(激高,無気力,憂鬱,徘徊行為)等が改善された.また,当「三焦鍼法」治療は脳グルコース代謝を改善し,結果的に介護負担を軽減することができた.
【考察】認知障害,特にADの発病機序についてまだ不明である.これまでの治療法は十分に良い治療効果を得られていない.伝統医学である中医学は独自の理論体系を有し,臨床的に有効であれば有用としている.「三焦鍼法」の機序について我々は病理学的,酸化ストレス,神経伝達物質,アミロイドβなどの研究により結果をNeuroscienceなどに報告してきた.
【結論】三焦鍼法はAD,VaD患者の認知能力の改善や精神的症状を改善することができた.また脳グルコース代謝を活性化するという良い影響を与えることができた.その機序は不明であり,今後明らかにすべきである.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-16
肥満による持続性高レプチン血症が脳内の炎症を増強する;培養アストロサイトを用いた検討
吉山容正(国立病院機構千葉東病院神経内科)
【目的】肥満をその中核とするメタボリックシンドロームは各種慢性疾患の危険因子として注目されている.メタボリックシンドロームが認知症の危険因子であり,またその中核症状である肥満も認知症の危険因子とされているが,肥満状態はそれ自体が,特に糖尿病を合併することが多く,インスリン異常との関連が多くなされているものの,肥満自体がどのような機序で認知症の危険因子となるかの検討は困難な点が多い.そこでわれわれはタウオパチーモデルマウスPS19に明らかなインシュリン耐性が生じない程度の肥満状態を高カロリーえさにより誘導した.この研究において,レプチン耐性によって誘導される持続性高レプチン血症によりタウ病理が増強し,その背景に神経炎症の増強が関与している可能性を見いだした(老年精神医学会2012年発表).今回,高レプチンが炎症を誘導するかを,アストロサイトの培養細胞を用いて検討した.
【方法】レプチン受容体bを欠損し,持続的高レプチン状態と肥満を呈するdb/dbマウスの胎児と野生型マウス(WT)の胎児からの一次培養アストロサイト(PCA)を用い,この細胞にレプチンを各種濃度で添加し,1日後に炎症性サイトカインであるIl-1β,TNF-α,CCL-2をreal time PCRで定量化した.
【倫理的配慮】当院動物実験委員会の承認を得ている.
【結果】まず,PCRでアストロサイトに発現しているレプチン受容体のサブタイプを検討した.主にPCAではレプチン受容体aが発現していることがわかった.
 レプチンを添加すると,TNF-αはdb/dbとWT両者で濃度依存的に上昇し,IL-1βはWTでは変化が見られなかったがdb/dbにおいて10μg投与時に上昇した.CCL2は両者とも全く変化しなかった.
【考察】レプチンの食欲抑制作用以外の脳内における作用に関しては十分解明されていない.特にアストロサイトにおけるレプチンの役割は不明であるが,今回のわれわれの検討から,視床下部の食欲関連神経細胞のレプチン耐性による持続的高レプチン血症が,アストロサイトから炎症性のサイトカインの分泌を促す可能性を示した.培養で用いたdb/dbマウスはレプチン受容体bを欠損するため持続的高レプチン血症を来す.このような脳内環境で胎児期を過ごした脳由来のアストロサイトだけが,レプチン添加によりIL-1βの分泌が誘導されたことは,一定期間高レプチン状態に暴露することにより,レプチンに対する反応性が変化した可能性を示唆する.
 アルツハイマー病を含めた神経変性疾患において炎症が重要な役割を演じていることはよく知られている.また脳内の炎症の増強がタウ病理の増強を誘導することはiv vivoin vitroの研究で示されており,肥満によるタウ病理の増強と新鋭検証の増強が関連している可能性がある.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-17
レビー小体型認知症の一剖検例;合併病理の正しい診断には,症候の詳細な経過観察が重要である
井上輝彦,三山吉夫,藤元登四郎(藤元メディカルシステム大悟病院老年期精神疾患センター)
 後期高齢者の認知症には,様々な合併病理を認めるが,それらを生前に診断することは極めて困難である.合併病理の診断に経過観察が重要であったレビー小体型認知症(DLB)の一剖検例を報告する.
【倫理的配慮】発表に関し家族の同意を得ており,また,本人の同定ができないように配慮した.
【症例】家族歴:同胞に,脳溢血・脳梗塞が多い.
性格:温厚,交流も多かった.
生活歴:女学校卒.夫婦で八百屋の行商.67歳で仕事はやめ,趣味の生活を楽しんだ.69歳時,夫が他界.単身生活となった.次男が近隣に居住し支援したが,次男も83歳時他界.84歳からは,長男と同居となった.
現病歴:82歳時,胃癌で胃全摘手術.術後,「そこに人が立っている」等幻覚妄想が見られた.その後も幻覚妄想は持続.家事は自立,料理も出来ていた.83歳頃,幻覚妄想が頻回となった.84歳頃,小刻み歩行,方向転換が困難,起立時にすぐに歩きだすためしばしば転倒した.手指振戦あり.炊飯器が使えず,鍋焦がしも見られた.85歳頃,家事や料理に関心がなくなった.85歳時,当院初診.頻回に転倒.かけ布団を見て,「人が寝ている.」と言ったり,「死体がある.」「常に人が何人かいる.」と言うことがあった.神経学的には,軽度筋強剛のみ.思い通りにならないと,大声で叫んだ.良い時,悪い時があった.DLBと診断.受け応えは,概ね良好で,認知機能低下は軽度と考えられた.しばらくは,外来でフォローしたが,常時見守りが必要となり,85歳時,入院となった.入院後も,頻回に転倒転落,生傷が絶えない状態であった.時に不穏・焦燥・興奮・拒否が見られた.悪態をつくので,「どうしてそんなに口が悪いのか.」と尋ねると,「あんた達に負けんためよ.」と答えた.88歳時,肺炎で 死亡.亡くなる直前まで,受け応えは良好で,経過中,認知機能の悪化は軽度と考えられた.脳のみの剖検となった.
画像所見:MRIでは,側脳室下角の著明な拡大.SPECTでは,頭頂葉・後部帯状回の血流低下を認めた.アルツハイマー型認知症(AD)に矛盾しない所見と考えられた.
神経病理所見:脳重量1130g.アミロイド沈着なし.神経原線維変化braak stage II.嗜銀顆粒病理は側頭葉ステージ.
【考察】本症例は,症候学的には典型的なレビー小体型認知症であるが,頑固さや拒否が目立っていた.画像では,ADの合併が疑われたが,経過から認知機能低下の進行は目立たず,ADは否定的と思われた.神経病理学的には,純粋型のレビー小体型認知症に側頭葉ステージの嗜銀顆粒病の合併を認めた.頑固さや拒否の背景として嗜銀顆粒病理が考えられた.認知症の臨床診断には,症候の詳細な経過観察が重要と改めて認識させられた症例である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
T-18
レビー小体型認知症におけるドパミントランスポータースキャン検査の有用性の検討
畠山茂樹,牧野愛恵,安村修一,内海久美子(砂川市立病院精神科),鵜飼 亮(砂川市立病院脳神経外科),吉田英人(脳神経よしだクリニック),洞野綾子(砂川市立病院認知症疾患医療センター),加藤大亮,岡 雅大,藤井一輝,河崎一仁(砂川市立病院放射線科)
 ドパミントランスポーター(DAT)スキャン検査は,シナプス間隙に放出されたドパミンを再取り込みする構造物を可視化し,線条体における集積の度合いにより評価する分子イメージングであり,レビー小体型認知症(DLB)の診断の精度向上に寄与することが期待されている.今回我々は,DATスキャンの有用性について,砂川市立病院精神科(以下,当科)にてDATスキャンを施行した症例について検討したので,考察を加えて報告する.
【方法】当科にて2014年2月から12月までにDATスキャンを施行した45例について臨床症状,検査所見等を後方視的に検討した.これらのうち臨床的にDLBと診断された32例においてはさらに詳細に検討を行った.
【倫理的配慮】対象症例には検査前に文書にて説明し同意を取得した.また検討の際には個人情報が特定されないようにデータを処理するなど細心の注意を払った.
【結果】対象症例45例のうち,臨床的にDLBと診断されたのは32例で,うちDATスキャンが陽性であったのは28例であった.DLB診断におけるDATスキャンの感度は87.5%を示した.心筋MIBGシンチグラフィーの感度は79.2%であった.また,DATスキャン,MIBG,SPECTの3検査を全て施行したDLB23症例についても検討した.3検査とも陽性だったのは6例(26.1%),DATスキャンとMIBGの2検査が陽性だったのは10例(43.5%)であり,全体の69.6%はDATスキャンとMIBGの両方が陽性であった.一方でDAT陽性,MIBG陰性であったのが4例(17.4%),DAT陰性,MIBG陽性が2例(8.7%),2検査とも陰性が1例(4.3%)であった.
【考察】DLB診断におけるDATスキャンの感度はMIBGと同様に高く,診断に有用である.今回の対象症例には心機能低下によるMIBGでの評価困難例やMIBG陰性例もあり,このような症例についてもDLBの確定診断のためDATスキャンは有用であることが示唆されたほか,これまではpossible DLBにとどまっていた症例にDATスキャンを施行することにより,probable DLBと診断することが可能となり,診断精度の向上が期待される.一方で加齢や常用薬剤による影響や他の神経疾患との鑑別,評価基準が施設間で統一されていないことなどがDATスキャンにおける現時点での課題と考えられる.
 発表当日は本抄録提出後にDATスキャンが施行された症例も対象に加え,さらに詳細な検討,考察を行う予定である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 9:40〜10:40 老年精神第3会場(展示ホール B 内)
疫学
座長: 植木 昭紀(うえき老年メンタル・認知症クリニック)
U-1
さわ病院における認知症入院患者の実態調査
小倉亜矢,出口靖之,関口秀文,小渡稚子,譚  新,山下圭一,野上智子,澤  温(社会医療法人北斗会さわ病院)
【目的】わが国は高齢社会であり,それに伴い認知症を有する高齢者も急増している.認知症患者においては周辺症状が問題となり精神科入院が必要となることがある.夜間や休日,時間外の精神科救急システムに参画している病院のほとんどは精神科単科病院であったり,総合病院では認知症患者の対応ができないという理由で,精神科単科病院が入院の受け入れを担うことが多い.また認知症患者のほとんどは高齢者で,身体合併症を有していることが多いが,精神科単科病院は,身体管理が十分にできないという問題を抱えている.さらに救急入院を要する患者においては身体合併症を正しく把握できず,入院後に身体治療が必要になることや,合併症治療のために転院を要することも少なくない.これらの観点から,当院での現状について実態調査を行った.
 当院は,認知症疾患医療センターを有する地域精神科病院で,精神科救急病棟を2病棟(114床),急性期病棟を1病棟(58床)に加え,一般病棟を5病棟(283病棟)を運用しており,そのうち1病棟が認知症専門病棟(48床)である.精神科救急システムにも参画しており,時間内だけでなく,夜間や休日も含め,24時間体制で救急受け入れを行っている.
【倫理的配慮】今回の報告にあたっては個人情報の流失防止,匿名性の保持に関して十分に配慮した.
【結果】2013年4月1日〜2014年3月31日の間にさわ病院に入院した認知症患者を対象に調査を行ったところ,延べ入院者数は1668件でこのうち認知症患者は264件と全体の15.8%を占めていた.入院時間は86%が時間内で,14%が夜間・休日の救急対応であった.疾患はアルツハイマー型認知症が58%と一番多く,次いで血管性認知症,レビー小体型認知症となった.平均入院期間は84.3日で,他の精神疾患と比較して長期化する傾向がみられた.特に前頭側頭葉型認知症とレビー小体型認知症は長期化することが多かった.入院前の所在は6割が自宅,3割が施設,1割が病院からの転院であった.退院先は自宅が23%,施設が50%,転院が18%,死亡が2%という結果であった.転院についてはそのうちの7割が合併症治療のため他科へ転院となった.また時間内の入院患者においては合併症治療のための転院は11%であったのに対し,時間外の入院患者では24%が転院という結果になった.
【考察】今回の調査をみると救急で入院したケースはそれ以外の入院と比べて,身体合併症治療のための転院が必要になった割合が2倍であった.このため今後認知症患者が救急での入院に至らないために,認知症を早期から,かつ継続的に診療できる地域でのシステム作りが課題であると考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-2
地域高齢住民における認知症発症率の時代的変化とその要因の検討;久山町研究
小原知之(九州大学大学院医学研究院精神病態医学),二宮利治,秦  淳,吉田大悟,向井直子(九州大学大学院医学研究院附属総合コホートセンター),永田雅治(九州大学大学院医学研究院病態機能内科学),岸本裕歩(九州大学大学院医学研究院環境医学),北園孝成(九州大学大学院医学研究院病態機能内科学),神庭重信(九州大学大学院医学研究院精神病態医学),清原 裕(九州大学大学院医学研究院環境医学)
【目的】地域高齢住民における認知症発症率の時代的変化を明らかにし,その要因を検討する.
【方法】福岡県久山町において,1988年と2002年の健診を受診した認知症のない65歳以上の住民874名と1,232名をそれぞれ10年間前向きに追跡した.全認知症,アルツハイマー病(AD),および血管性認知症(VaD)の診断はそれぞれDSM-III R,NINCDS-ADRDA,NINDS-AIRENの基準に従った.認知症発症率は人年法を用いて算出し,直接法により性・年齢調整した.認知症発症率の比較にはCox比例ハザードモデルを,危険因子の平均値と頻度の比較にはそれぞれ共分散分析とロジスティック回帰分析を用いて性・年齢調整した.
【倫理的配慮】本研究は九州大学医学部倫理委員会の承認を得て行われた.
【結果】追跡開始時の危険因子レベルを比較すると,2002年のコホートは1988年のコホートに比べ収縮期血圧の平均値と喫煙頻度が有意に低かったが,降圧薬服用,糖尿病,肥満,高コレステロール血症,飲酒の頻度が有意に高かった.追跡期間中に1988年のコホートでは140名に,2002年のコホートでは332名に認知症発症を認めた.1988年のコホートにおける性・年齢調整した認知症発症率(対1,000人年)は24.5,2002年のコホートは38.1と,後者の発症率は前者に比べ1.6倍有意に高かった.一方,認知症の発症時年齢の平均値に明らかな時代的変化は認めなかった(1988年コホート82.2歳,2002年コホート82.0歳).認知症の病型別にみると,VaD発症率は1988年コホート7.2,2002年コホート7.9と明らかな時代的変化は認めなかったが,AD発症率はそれぞれ9.8,23.4とこの間2.3倍有意に上昇した.男女別の解析でも同様の傾向が認められ,特に男性におけるAD発症率の増加が目立った. 年齢階級別にみると,85歳以上の群における認知症発症率に明らかな時代的変化は認めなかったが,65‐69,70‐74,75‐79,80‐84歳の各群ではいずれも認知症,特にADの発症率が時代とともに有意に上昇した.
【考察】VaDの発症率に明らかな時代的変化は認めなかったが,認知症,特にADの発症率は時代とともに有意に上昇した.その大きな要因として,認知症の危険因子である糖尿病の頻度が増加していることが考えられる.VaD発症率に時代的変化を認めなかったことにも,糖尿病の増加が高血圧治療の普及と喫煙率の低下による予防効果を相殺したことが影響している可能性が高い.年齢階級別にみると,85歳以上の年齢層では認知症発症率に明らかな時代的変化は認めなかったが,65‐84歳の年齢層の発症率が2000年代で有意に上昇していた.その要因として,同年齢層における糖尿病頻度が時代とともに有意に増加したことが示唆される.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-3
キセノンCT-CBF法によるアルツハイマー型認知症患者の局所血流に関する検討;健常者群の脳血流量との比較から
山本誉麿,関口秀文,譚  新,小渡稚子,川嶋英奈(社会医療法人北斗会さわ病院精神神経科),深尾晃三(社会医療法人北斗会ほくとクリニック病院精神神経科),澤  温(社会医療法人北斗会さわ病院精神神経科),立花久大(西宮協立脳神経外科病院神経内科),岸本 浩(社会医療法人北斗会さわ病院精神神経科),辻 義則(社会医療法人北斗会さわ病院精神神経科),山下圭一(社会医療法人北斗会ほくとクリニック病院精神神経科)
【目的】アルツハイマー型認知症(AD)患者の脳血流に関しては種々の測定法にて皮質血流量について多くの報告があるが,皮質下構造を含めた報告は比較的少なく,それらの結果についても必ずしも一致したものではない.キセノンCT-CBF法は比較的非侵襲的に皮質・皮質下構造の局所脳血流を定量的に測定できるという利点を持つ.今回我々は本法を用いてAD患者の皮質・皮質下構造について脳血流を測定し健常者群と比較検討したので報告する.
【方法】対象はAD患者10例(平均78.2歳,MMSE平均20.8点)と健常者群10例(平均77歳,MMSE平均29点)である.局所脳血流測定はOMラインに平行に橋・小脳レベル,基底核レベル,側脳室レベルにて,Stable Xenon-CTCBFシステムを用いて行った.各断面について前頭葉,側頭葉,頭頂葉,頭頂葉,後頭葉皮質・白質,前帯状回,楔前部,尾状核,被殻・淡蒼球,視床,小脳ならびに橋に関心領域を設定し局所脳血流量(ml/100gbrain/min)を測定した.
【倫理的配慮】キセノンCTによる脳血流測定は診療報酬で定められた検査であり,AD患者群についての脳血流測定については通常の診療の過程で得られたものである.検査を行うにあたっては患者及び家族に検査内容や有害事象の可能性について説明し,口頭での同意を得たうえで行われた.健常者群の脳血流測定については本研究の目的について説明し,書面での同意を得たうえで行われた.これらのデータは全て匿名化して解析を行った.なお,本研究はさわ病院倫理委員会にて承認を受けている.
【結果】AD患者群は健常者群に比し,両側前頭葉皮質,側頭葉皮質,前帯状回,楔前部にて有意に低下していた(p<0.05).後頭葉皮質血流には明らかな差は見られなかった.また,AD患者では被殻,視床,小脳での血流量も有意に低下していた.一方,白質血流についてはAD患者群,健常者群間に明らかな差は見られなかった.
【考察】AD患者の脳血流は大脳皮質において有意な血流低下を認めた.一方白質において有意な血流低下は認めなかった.大脳皮質のみばかりではなく,基底核,小脳においても低下が認められた.レビー小体型認知症と異なり,後頭葉皮質血流の低下は明らかではなかった.このことから,キセノンCTによる脳血流量測定がアルツハイマー型認知症の診断に有用である可能性が示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-4
慢性期統合失調症患者における特発性正常圧水頭症のスクリーニング検査の重要性
山崎聖広,吉野祐太(愛媛大学医学部付属病院精神神経科学講座),松浦錦司,中井達也,菊池由美,三好 賢,三木大輔,中村篤美(社団法人八幡浜医師会立双岩病院),吉田 卓,越智紳一郎,森 崇明(愛媛大学医学部付属病院精神神経科学講座),廣田 茂(社団法人八幡浜医師会立双岩病院),上野修一(愛媛大学医学部付属病院精神神経科学講座)
【目的】急性期の統合失調症患者では,主に幻覚妄想や不穏興奮などが問題となるが,慢性期の統合失調症患者では,認知機能の低下や抗精神病薬の副作用による錐体外路症状やイレウスなどがしばしば問題となる.また,高齢になるにつれて合併する疾患も増え,統合失調症以外の治療が必要となることがある.そのなかでも,特発性正常圧水頭症(iNPH)は日常診療でしばしば見受けられ,高齢になるにつれて罹患率が増加する疾患である.またiNPHは,歩行障害,認知機能障害,尿失禁を特徴とし,上記の慢性期統合失調症患者の症状に類似する点がいくつもある.今回我々は,慢性期統合失調症患者において正常圧水頭症のスクリーニング検査を行い,その有用性について検討したので報告する.
【方法】対象は,社団法人八幡浜医師会立双岩病院に入院中の慢性期統合失調症患者かつ,研究に同意ができた患者14名(男:女=5:9,年齢68.4±5.3歳,罹病期間33.4±12.6年)とした.対象者には,BPRS,DIEPSS,MMSE,iNPH Grading Scale,Gait Status Scale-Revisedを施行し,頭部CT検査を行った.さらに,2011年版iNPH診療ガイドラインでpossible iNPHの診断を行った.その後,iNPH合併群と非合併群について,それぞれの評価尺度の点数を比較検討した.
【倫理的配慮】本研究は愛媛大学医学部倫理委員会の承認を得た.患者の個人情報に関する取り扱いには十分に配慮した.
【結果】対象者14名のうち,possible iNPHと診断できた症例は4例であった.iNPH合併群と非合併群において,それぞれの評価尺度の点数を,t検定およびMann-Whitney検定を用いて比較検討した.BPRS,DIEPSS,MMSEでは両群に明らかな有意差はみられなかった.一方,iNPH Grading Scale,Gait Status Scale-RevisedについてはPossible iNPH合併群で有意に得点が高かった.
【考察】本研究により,慢性期統合失調症患者のなかには,iNPHを合併している症例が散見され,iNPHのスクリーニング検査の有用性が示唆された.慢性期統合失調症とiNPHに関して,症状等に類似している点があるため,日常臨床においてはしばしば診断が困難となるが,認知機能や歩行障害,尿失禁などの症状に注意し,iNPHのスクリーニング検査や頭部画像検査をあわせて行うことにより,iNPHの治療の機会を逃さず,症状に対して一定の改善が得られる可能性があると考えられた.今後は,さらに症例数を増やして解析を行っていく必要があると考えられる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-5
全国で2年連続400億円超す詐欺被害と認知症患者の実態報告
安間芳秀(やすまクリニック,船橋市立医療センター脳神経外科),唐澤秀治(船橋市立医療センター脳神経外科)
【目的】本研究は船橋市立医療センター脳神経外科のメモリークリニックを受診した患者における詐欺事件の被害者の実態を報告し啓蒙することにある.
【方法】対象は2013年1月から2014年6月までの1年半にメモリークリニックを受診した患者757人である.男女差,詐欺事件の被害・判断力低下の有無,認知症のタイプによる被害の受けやすさの傾向等を統計学的に解析し検討した.
【倫理的配慮】本研究は患者の尊厳を守るべく倫理面での配慮を行うとともに情報管理に注意した.
【結果】詐欺事件の被害者の人数は753名中53名で,年齢は平均80.6±6.6歳,男性18人(34.0%)女性5人(66.0%)であった.一般に振り込め詐欺,還付金等詐欺の被害者は60歳代以上の女性に多い傾向にあるが,今回の調査では男女差間差は認めなかった.被害者の人数(53人)のうち45人が認知症であった.加齢+MCI 2人/160人(1.3%)で認知症45人/476人(9.5%)であり,認知症患者は詐欺事件の被害を受け受け易さ7.6倍と極めて高い.CDRの個別項目で判断力・問題解決能力が低下している群は(5人/169人[3.0%]),非低下群に比べて(7人/397人[1.8%]),7.3倍とこれも詐欺事件の被害を受け易い傾向にあり,認知症患者で判断力・問題解決能力低下群は(40人/307人[13.7%]),維持群に比べて(5人/169人[3.0%]),4.4倍と詐欺事件の被害を受けやすい傾向にあった.タイプ別診断では,ADで70歳以上に多い傾向にあった.本研究は2014年9月にNHKにより取材・報道を受けた.
【考察】昨今詐欺被害は社会的な重大事件で経済的かつ精神的にも重篤障害を生じる.今回の報告は本邦で初めての統計学的研究によりその実態を解析できた.残念ながら振り込め詐欺は日々進化する組織立った犯罪ビジネスとなっている.我々は詐認知症診療に携わる医師は欺被害を未然に防ぐ義務がある事を認識し,認知症の早期診断を行うと共に判断能力の低下した認知症患者は被害に合う可能性が高いことを本人のみならずその家族に対する注意喚起が必須である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 10:45〜11:33 老年精神第3会場(展示ホール B 内)
薬物療法
座長: 中村  祐(香川大学医学部精神神経医学講座)
U-6
アルツハイマー型認知症を発症したダウン症候群にリバスタッチパッチが著効した1例
森川文淑,昔農雄太,岩本智秀,飯田愛弓,田端一基,猪俣光孝,直江寿一郎(医療法人社団旭川圭泉会病院)
【はじめに】ダウン症候群(DS)は,アルツハイマー型認知症(AD)の病因関連物質であるamyloidβ−protein(Aβ)の前駆体amyloid precursor protein(APP)が存在する21番染色体のトリソミーであり,剖検脳では,ADと同様の神経病理学的変化が認められる.従来DS患者は短命とされてきたが,近年は医療技術の進歩等により平均寿命は著しく延長し,DS患者の高齢化に伴うAD発症は大きな問題となってきている. 特にDS患者のAD発症に伴う認知機能低下,生活機能低下,行動心理症状により,慣れ親しんだ施設での生活維持が困難となり,より介護力の高い施設への移動や入院を必要とすることが認められるため患者のQOLを維持するという観点から,その診断,治療は極めて重要である.今回我々は,ADを発症したDS患者の生活機能低下およびアパシー,不安・焦燥等のBPSDに対し,少量のリバスタッチパッチが著効し,慣れ親しんだ施設での生活維持が可能となった1例を経験したため報告する.
【倫理的配慮】本発表に際し,同意を取得し匿名性にも配慮した.
【症例】62歳,男性.出生時の詳細は不明.始語,始歩ともに4歳と遅れ,この時点でダウン症候群と診断された.10歳時より遠方の障害児施設に入所し,45歳時には姉の在住する地元の障害者施設に入所した.田中・ビネー知能検査にてIQ=19と知的障害を認めたが,食事,更衣等の日常生活はおおむね自立し,部屋迷い等もほとんど認められなかった.日中は軽作業に参加し,余暇にはTV鑑賞を楽しんだ.元来穏やかな性格であった.X−1年10月(61歳)頃より更衣が不完全となり,物の置き忘れや部屋迷いが以前と比べ目立つようになった.X年4月には,戸の開け方が分からない等の生活機能低下やアパシー,不安・焦燥が出現し,増悪したためX年5月当院を初診した.初診時の心理検査ではMMSE 4/30,日本語版DSQIIDでは21点(cutoff 20/21)であった.画像検査ではMRIにて頭頂側頭葉優位の大脳皮質萎縮,両側海馬萎縮(VSRADadvanceにてVOIatrophy=3.94)を認め,脳血流SPECTでは両側頭頂葉,側頭葉,後部帯状回,楔前部の高度血流低下を認めた.NIA/AA(2011)の診断基準に基づきprobableADと診断し,患者,家族 の同意を得てリバスタッチパッチ4.5mgを開始したところ,4週時点で生活機能,アパシー,不安・焦燥の著明な改善が認められ,その後も安定した状態を維持したため慣れ親しんだ施設での生活継続が可能となった.
【考察】患者のQOLを維持するという観点からADを発症したDS患者に適切な診断を下し,適応があれば積極的に治療を行うことは有効と考えられた.また少量のリバスタッチパッチはADを発症したDS患者の生活機能改善,アパシー,不安・焦燥等のBPSD軽減,アドヒアランス向上に有効な可能性があると考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-7
軽度アルツハイマー型認知症に対するコリンエステラーゼ阻害薬3剤の有用性の検討;160連続症例の1年間の追跡から
植木昭紀(うえき老年メンタル・認知症クリニック)
【目的】アルツハイマー型認知症(AD)治療薬が複数になり選択や変更を考える必要が出てきた.しかし本邦の治療ガイドラインは軽度ADに3つのコリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)の1つを選択するとしているだけである.ChEIの使い分けには3剤の長期効果を検証し効果が発揮されやすい患者の条件の考察が必要である.本研究ではChEIのみを投与した軽度AD患者の認知機能と日常生活動作能力(ADL)の推移を比較した.
【方法】平成23年1月〜平成25年12月に当院でDSM-IVの診断基準とFASTで軽度(FAST4)ADと診断,ドネペジル(D),ガランタミン(G),リバスチグミン(R)のいずれか1つを向精神薬,脳循環代謝改善薬,漢方薬と併用せず新規に投与した患者を対象とした.対象の恣意的選択がないように該当期間中の連続した患者を投与開始から1年間追跡した.ただし精神症状・行動異常に関しNPIの下位項目のいずれかが4点以上の患者は除外した.承認用法用量通り投与し1日量をDは5mg,Gは16mg,Rは18mgで維持した.薬剤の副作用である消化器症状に制吐薬,適用部位の皮膚症状に保湿薬,ステロイド外用薬を併用した.認知機能,ADLはそれぞれMMSE,DADで評価した.群間の比較は順序関係のない計数にχ2検定,連続変数(平均±標準偏差)に分散分析と多重比較検定を用い有意水準を5%とした.
【倫理的配慮】診療録から統計データを収集し患者の身体的,時間的な拘束はない.データは患者を特定できないよう匿名化し数量的に処理した.
【結果】対象総数は160名,D 87名,G 23名,R 50名であった.性別(D:男22;女65,G:男7;女16,R:男13;女37),年齢(D:79.1±6.0,G:82.2±4.9,R:79.1±6.0),合併症(D:59,G:18,R:31),MMSE得点(D:21.8±2.6,G:21.8±2.2,R:22.0±2.9)に関し薬剤間に有意差はなかった.D 32名,G 11名,R 23名が継続できなかった.理由は副作用,転院,家族や介護者の変薬希望,その他で,途中から来院せず理由不明(D:11,G:2,R:4)もあった.副作用(D:11,G:8,R:9)はGで有意に多く,出現後の変薬にD 5名,G 2名が応じずDに多い傾向であった.1年間継続できた患者の性別(D:男13;女42,G:男3;女9,R:男9;女18),年齢(D:79.7±6.3,G:83.7±3.6,R:79.0±5.7),脳血管障害合併(D:7,G:4,R:6),介護支援サービス利用(D:16,G:1,R:5),MMSE得点(D:21.5±2.6,G:20.9±2.1,R:22.1±3.1),DAD得点(D:86.1±7.2,G:86.2±4.7,R:86.1±6.6)に関し薬剤間に有意差はなかった.MMSEの4カ月,6カ月,1年後の変化量はDがそれぞれ0.0±0.3,−0.1±0.3,−0.6 ±0.3,Gがそれぞれ1.7±0.6,0.6±0.6,0.6±0.8,Rがそれぞれ1.4±0.3,1.2±0.4,1.0±0.4とDに比べ4カ月後でGとR,6カ月,1年後でRが有意に改善していた.DADの1年後の変化量(D:−5.50±0.80,G:−3.75±1.39,R:−0.93±0.85)ではRが悪化を最も抑制しDと有意差がみられた.
【考察】ADの限られた病期,病像においてRはChEIの中で認知機能やADLの低下の抑制に最も寄与する可能性が示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-8
自殺類似行動を伴うせん妄に対してミルタザピンが奏効した老年期うつ病の1症例
長濱道治,松田泰行,三木啓之,田中一平,三浦章子,金山三紗子,山下智子,河野公範,古屋智英,林田麻衣子,岡崎四方,和氣 玲,橋岡禎征,宮岡剛,堀口 淳(島根大学医学部精神医学講座)
 せん妄は身体疾患やその治療に伴い,急性に生じる意識混濁で,幻覚や行動の異常を伴うことがある.せん妄に対する薬物療法としては,主に抗精神病薬が用いられることが多いが,時に抗うつ薬が用いられる場合もある.また,せん妄症状は,幻覚や妄想などの精神病症状を認めることが多いが,自殺類似行動を伴う場合もある.今回,我々は,自殺類似行動を伴うせん妄に対して,抗うつ薬であるミルタザピンが奏効した老年期うつ病の1症例を経験したので報告する.なお,症例報告にあたり,患者個人が特定されないように配慮し,本人および家族に口頭で承諾を得た.
 症例は,88歳,女性.高血圧の既往歴あり.長年にわたり農業に従事した.これまで明らかな認知機能の低下は指摘されておらず,日常生活は自立していた.X−1年12月に,間質性肺炎に対するステロイド治療のため,総合病院内科に入院した.X年1月に入り,抑うつ気分を認めるようになり,『夢ばかり見る』などと不眠を訴えるようになった.その後,深夜に,突然,大声で叫び出し,ベッドサイドに置いてあったハサミで,自身の前腕を何度も激しく刺した.動脈性の出血のため,すぐに圧迫止血が行われ,縫合処置された.同院精神科にコンサルトとなった.臨床経過からせん妄と診断し,リスペリドン,トラゾドンを投与した.リスペリドンは副作用を認めたため中止し,トラゾドンは100mgまで増量するも,不眠は変わらず,日中は呼吸苦,抑うつ気分の訴えがみられ,せん妄の改善は認めなかった.トラゾドンからミルタザピンに変更し45mgまで増量したところ,せん妄は改善した.その後,間質性肺炎も改善し,ステロイドを漸減することができた.
 本症例では,せん妄による認知障害の結果,周囲の状況を正しく把握できず,妄想に影響された結果,自殺類似行動を認めた.また,せん妄発症前に認めた抑うつ状態が背景となり,せん妄によって抑制が低下した結果,自殺類似行動を認めた可能性も考えられた.いずれにしても,せん妄においては,自殺類似行動の防止が重要となるが,そのためには,せん妄の早期発見・早期治療が重要となる.せん妄に対する薬物療法では,リスペリドン,クエチアピンなどの非定型抗精神病薬が使用されることが多いが,過鎮静や錐体外路症状などの副作用が問題となることも多い.せん妄に対して,抗うつ薬が用いられることがあり,中でもトラゾドンやミアンセリンの有用性を示唆する報告が多い.本症例では,せん妄に対して,ミアンセリンの後続薬であるミルタザピンを選択したが,せん妄の改善には,強力なヒスタミン(H1)受容体遮断作用による鎮静睡眠効果や,5-HT2A/2C遮断作用による睡眠覚醒リズム改善作用が関与した可能性が推察された.しかし,一方でミルタザピンがせん妄を誘発したという報告もあるため,高齢者に対する使用には慎重を要する.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-9
Olanzapine 15mgが被害妄想に著効した初診時92歳男性例
西村 浩(厚木市立病院精神科)
【目的】超高齢者が示した幻覚妄想状態に対し,抗精神病薬を少量から開始し,慎重に増量した結果,oranzapine 15mgにて著明な効果を得られた経験を報告する.
【方法】1例報告
【倫理的配慮】発表に関し御本人ならびに御家族様から口頭にて快諾を得ている.プライバシーの保護には厳重に注意した.
【結果】裏の家からの悪口で安眠が妨害されていると訴えて初診した92歳男性例である.頭部MRIにては萎縮性変化とラクナ梗塞を認めた.甲状腺機能検査および各種ビタミンを含む血液生化学検査にても所見は認めなかった.統合失調症としての治療を開始するにあたり,90歳以上の超高齢者であることから,抗精神病薬少量投与から開始したが,oranzapine 15mgまで増量してようやく著明な効果が得られた.96歳に至るまで再燃なく,順調に経過している.
【考察】幻覚妄想を呈した超高齢者への対応には身体合併症を伴うことが多いこと,あるいは副作用への配慮などから,苦慮することが多い.詳細を報告するとともに,文献的考察を加える予定である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 13:15〜14:15 老年精神第3会場(展示ホール B 内)
症候学
座長: 一瀬 邦弘((特医・社)聖美会多摩中央病院)
U-10
Musicophiliaを呈した右優位側頭葉萎縮の一例
品川俊一郎,中山和彦(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
【背景】musicophiliaは音楽への過剰な嗜好性と定義され,Williams症候群などの神経発達障害,頭部外傷,脳卒中,側頭葉てんかん,そして神経変性疾患といったさまざまな病態で出現するとされるが,その出現頻度や神経基盤については明らかではない.今回我々は右側頭葉優位の萎縮を呈し,musicophiliaを呈した一例を経験したので,ここに報告する.
【倫理的配慮】本発表にあたっては本人及び家族から同意を得ている.患者個人が特定されないように,症例理解が損なわれない範囲で一部を改変した.
【症例提示】症例は68歳の右利き女性.高校卒業後に数年の就業を経て結婚後は主婦であった.元来特別な音楽的教育は受けておらず,音楽を趣味として定期的に聞くということもなかった.63歳より不眠気味となり,同時に易怒的になりやすいといった性格変化を認めた.次第に料理などの家事もしなくなった.症状は緩徐に進行したが,記憶力などに明らかな変化はなく,夫の手伝いで日常生活は自立していた.68歳に他院で頭部MRIを施行した際に側頭葉の萎縮を指摘され,当院受診となった.初診時点で神経学的には異常は認めずMMSEは28/30,FABは12/18であり,頭部MRIで右側頭極を中心とした右優位の側頭葉萎縮を認めた.語義失語や相貌認知障害は認めなかったが,夫の情報により,以前は興味を示さなかった音楽に興味を示し,特に流行歌を中心にラジオに1日何時間も費やすようになり,ラジオに合わせて歌うようになったことが受診後に明らかになった.歌う歌は同一のものではなく,流行の様々な音楽であった.クラシックなど他のジャンルには興味を示さず,また演奏にも興味は示さなかった.
【考察】本例のmusicophiliaは常同行動および脱抑制の一環として考えることが可能であると思われたが,病前の趣味からはなぜ他の刺激ではなく音楽に特異的であったのかは明らかでなかった.Rohrerら(2006)はEEG上右側頭葉に焦点のある部分てんかんをlamotrigineで治療した後にmusicophiliaを呈した例を報告し,皮質辺縁系のネットワークの変化と関連すると考察した.また左側優位のsematic dementiaにおいてmusicophiliaを呈した例も報告されている.一方でFTLDの多数例からVBMを用いてmusicophiliaと側頭葉内側の保持と関連付けた報告もある.今後さらに症例を蓄積し,musicophiliaの神経基盤を解明したい.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-11
暴行で顕在化した前頭側頭型認知症の1例
佐藤隆郎(秋田県立リハビリテーション精神医療センター)
【はじめに】高齢者の精神科救急においては統合失調症や感情障害よりも認知症の鑑別診断が問題になる症例が多い.暴行を主訴として精神科救急を受診して前頭側頭型認知症と意味性認知症の鑑別診断に苦慮した高齢者症例を報告する.
【倫理的配慮】個人情報保護のために,報告の趣旨を変えない範囲で病歴の一部を改変した.症例報告について本人へ説明した上で同意を得た.
【症例】70歳男性.
【現病歴】X−6年(64歳時)退職後から競馬や株で,計数千万円浪費.
X−1年から怒りっぽくなって,X年2月セールスマンに暴行.
X年4月自動車整備店でタイヤ交換を断られ,無理に車をピットに進めて,制止しようとした店長に暴行,逮捕された.翌日警察官同伴で当センター精神科救急受診.
【初診時所見】見当識障害なし.相同性の概念障害・呼称障害・表層失読・滞続言語・考え無精・衝動制御の障害・人格水準の低下を認めた.即日当センター医療保護入院.
【標準失語症検査】呼称障害あり.単語復唱,短文の音読・書き取りは可能.検査中に離院行為2回あり,心理検査は途中で中止.
【頭部MRI】右側頭葉の葉性萎縮,両側前頭葉の中等度萎縮.
【入院後の経過】帰宅要求が突然強まり制止が困難になることがあり,リスペリドン4mgを投与.
入院2週間目からは感情鈍麻・意欲低下が目立ってきた.
入院3ヶ月後には入浴のみ一部介助,緘黙状態.
入院5ヶ月後単科精神病院に転院した.
【考察】臨床経過と心理検査の結果より,本症例は言語障害と行動異常の両方を有し,意味性認知症の診断的特徴(Neary,1998),前頭側頭型認知症の主要診断特徴(Neary,1998)双方を満たすと考えられた.診断基準では,意味性認知症と前頭側頭型認知症とが排他的にはなっていない.二つの診断基準を同時に満たす場合の運用が不明確である.また,形態画像は意味性認知症を支持したが,臨床症状と乖離していた.
【最終診断】退院時診断は前頭側頭型認知症とした.言語障害より行動異常が病初期から前景に立っていた臨床経過を重視した.また意味性認知症にしては緘黙状態の出現時期が早すぎることも考慮に入れた.
【結語】精神科救急において行動異常と言語障害両方を有する前頭側頭型認知症の症例を経験した.高齢者で暴行を主訴とした患者の場合,前頭側頭型認知症も鑑別することが必要と考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-12
CSF中のAβ1-42の低下と総Tauの上昇を認めた患者の幻覚と脳萎縮の関係
鐘本英輝,数井裕光,佐藤俊介,鈴木由希子,吉山顕次,田中稔久,武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
【目的】アルツハイマー型認知症(AD)は認知機能障害だけでなく,多様な行動および心理症状(BPSD)を伴い,BPSDは認知機能障害と同等,あるいはそれ以上に介護負担を高める原因となっている.幻覚はADではそれほど頻度の高いBPSDではないが,介護負担への影響が非常に高い症状である.今回,AD患者の幻覚のメカニズム解明のため,CSFバイオマーカーでADパターンを示した患者の幻覚と脳萎縮パターンの関係を解析した.
【方法】対象は2009年4月から2014年7月までの間に大阪大学医学部附属病院神経科精神科で認知機能障害を主訴として検査目的で入院した患者で,CSF中のAβ1-42の低下および総Tauの上昇を認めた症例のうち,脳梗塞や脳挫傷,水頭症などのMR画像解析阻害要因を認めず,同時期に頭部MRIおよびMMSEやNPIなどの神経心理検査を施行していた50例.この50例をNPIの幻覚の項目の有無で幻覚有症群と非有症群とに分け,頭部MR T1強調画像を画像解析ソフトFreesurferで解析して得た各脳部位の体積を,頭蓋内容積で標準化した上でWilcoxon検定にて比較した.またWilcoxon検定で有意差を認めた部位について,年齢,性別,罹病期間,MMSEを補助因子として共分散分析を行った.
【倫理的配慮】対象となった全ての患者またはその主介護者から,臨床データの研究利用に関して書面にて同意を得た上で,データを匿名化し解析を行った.
【結果】有症群9例(男性:女性=5:4,年齢71.9±9.1,罹病期間3.4±1.9,MMSE 17.2±6.2),非有症群41例(男性:女性=25:16,年齢68.6±13.8,罹病期間2.8±1.6,MMSE 20.1±6.5)で,上記患者背景に有意差は認めなかった.各脳部位の体積比較では,右尾状核(p=0.0024),左中心後回(p=0.0034),右三角部(p=0.0086),左尾状核(p=0.0263),左上前頭回(p=0.0339),右上前頭回(p=0.0489)にて有症群は非有症群より有意に低値を認めていた.年齢,性別,罹病期間,MMSEを補助因子として共分散分析をした結果,右尾状核(p=0.0131),左尾状核(p=0.0483)で有症群は非有症群と比較して有意に体積低値を認めた.
【考察】CSF中のAβ1-42および総TauからAD病理が疑われる患者において,両側尾状核の萎縮と幻覚の出現に関係が認められた.先行研究ではADの幻覚妄想有症群では非有症群と比較して前部帯状回・前頭葉・腹側線条体の血流低下を認めていることや,MCIとADにおいてNPIの幻覚のスコアの増悪と帯状回・前頭葉の体積減少との間に相関を認めることが報告されており,幻覚の機序についてこれらの部位を含む皮質‐基底核ネットワークの障害との関係が示唆されている.今回はAD病理を背景に持つ患者において,そのネットワークの中でも尾状核の障害が幻覚発症に寄与していることが示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-13
高齢者における廃用性嚥下障害に関する分析
橋本洋一(苫小牧東病院)
 近年,日常の診療において,高齢者の廃用性嚥下障害患者の急増を認めている.
 今回,40症例の高齢者の廃用性嚥下障害患者について,解析を行ったので報告する.
【目的】高齢者の廃用性嚥下障害患者を経口摂取群・経口胃瘻併用群・経鼻栄養群・胃瘻造設群群の4群に分類し,発症からリハビリテーション開始までの期間,MMSE 23以上と以下での比較,覚醒レベル,空嚥下の有無,改善度について解析し,改善に関わる因子について考察を行った.
【方法】対象者40症例の年齢は男性79.14歳(21名)女性80.42歳(19歳)で前期高齢者9名(男性6名・女性3名),後期高齢者31名(男性15名・女性16名)であった.廃用症候群を来すに至った基礎疾患,発症から入院までの期間,MMSE 23点以上の群と以下の群の比較,覚醒レベル低下群での摂取形態,空嚥下群での摂食形態,退院時の摂食形態,改善度,退院時のADLについて解析した.
【倫理的配慮】本研究は苫小牧東病院倫理委員会の承認を受け,患者及び家族から同意を得ている.
【結果】高齢者の廃用性嚥下障害患者40症例について以下の解析を施行した.
 @用症候群を来した基礎疾患は肺炎で75%を占めた.
 Aリハビリ訓練後,約半数で経口摂取可能で,経鼻栄養,胃瘻造設各々が約1/4を占めた.
 B発症から入院までの期間(安静期間)は胃瘻造設群に比して,経口摂取群が短い傾向を示し,安静期間の短縮化が廃用による嚥下障害の防止に有用であると思われた.
 CMMSEと嚥下障害とは相関関係は認められなかった.
 D約1/3がまったく改善を認めず,リハビリテ−ションが必ずしも有効でなかった.
 E退院時のADLは全体に低値であったが,特に経鼻栄養群で顕著であった.
 F覚醒レベル低下は胃瘻造設・経鼻栄養群で顕著であった.
 G空嚥下は経口摂取群,経口・胃瘻併用群で顕著であった.
【考察】以上の結果より,肺炎による廃用性嚥下障害が多く,リハビリ訓練で約半数が経口摂取が可能となり,リハビリの必要性が示唆された.リハビリ効果をさらに高めるために,発症からリハビリ訓練開始時までの安静期間をより短縮化させることが重要であると思われた.退院時ADLが経鼻栄養群で特に低下し,経鼻栄養群でのADL低下を再確認することになった.覚醒レベル低下が胃瘻造設群,経鼻栄養群で顕著で,空嚥下は経口摂取群,経口・胃瘻併用群でより顕著に認められ,覚醒レベル向上と空嚥下の存在は,経口摂取をする上で重要な因子と考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-14
高齢統合失調症患者の精神症状および社会機能に影響を及ぼす認知機能;入院下の環境における検討
中川 伸(北海道大学大学院医学研究科精神医学分野),土田幸男(北海道大学大学院医学研究科精神医学分野,北海道大学大学院教育学研究院),松原良次(札幌花園病院),石金朋人(石金病院),牧 雄司(牧病院),豊巻敦人,北市雄士,北川 寛(北海道大学大学院医学研究科精神医学分野),森川 縫(牧病院),久住一郎(北海道大学大学院医学研究科精神医学分野)
【目的】統合失調症患者への生活支援が手厚くなることにより,入院せずに生活を送れる患者は徐々に増加している.一方,病状の不安定性や認知機能障害のために,長期間入院を余儀なくされる患者も多い.非高齢者の統合失調症にも少なからず認知機能障害は伴うが,高齢統合失調症患者ではより重篤である.認知機能障害は病状や社会機能低下の要因と考えられるが,その詳細な関係は不透明である.病状や社会機能との関与が予測される前頭葉機能として,動機維持機能,実行機能,自己統制機能,メタ認知機能の少なくとも4つが想定されている(Stuss&Alexander,2008;Levine et al.,2008).本研究は入院中の高齢統合失調患者における上記4つの前頭葉機能を含めた認知機能と病状・社会機能の関連を検討した.
【方法】北海道内の精神科病院3施設に入院中の60歳以上でDSM-IV-TRにて統合失調症と診断されたMMSE 20点以上の患者を対象とした.病状評価としてPANSS,認知機能評価としてCOGNISTAT,前頭葉機能検査バッテリー(言語流暢性課題,ストループ課題,アイオワギャンブリング課題(IGT),修正6要素課題),社会機能評価としてLSP日本語版(長谷川他,1997)を実施した.LSPは担当看護師が,その他の評価は医師・心理士が行った.検査は患者負担を考慮して異なる日に分割し,総ての検査を1週間以内で実施した.LSPとPANSSの得点を従属変数,各種患者データ・検査成績を独立変数として重回帰分析(ステップワイズ法)を実施した.
【倫理的配慮】本研究は北海道大学医学部倫理委員会において承認を得て,患者に文書にて研究の同意を得た.データは数量的に処理し,個人が特定されないよう配慮した.
【結果】対象患者は38名(67±4.6歳,女性18名)であった.重回帰分析の結果,LSP得点ではCOGNISTATの「理解」(β=.420,p=.006),「IGT」(β=−.318,p=.032)が抽出され,モデルは調整済みR2=.253で説明された.PANSS陽性尺度は「IGT」(β=.346,p=.017),「性別」(β=.362,p=.013),COGNISTATの「類似」(β=−.340,p=.019)が抽出され(R2=.323),陰性尺度は「IGT」(β=.464,p=.002),「理解」(β=−.302,p=.037)が抽出された(R2=.284).総合精神病理尺度では統計的に有意なモデルは作成されなかった.
【考察】社会機能とPANSSの良好さに対して「理解」「類似」の成績は影響を与えていた.「性別」では男性で陽性尺度が低いという影響が見られた.男性の方が女性よりも陰性症状を示す(橋本,2011)ことが影響している可能性がある.病状・社会機能に対して「IGT」は一貫して問題となっていた.「IGT」は前頭葉機能の中でも情動的な側面の制御に関わる認知機能である.「理解」や「類似」のような実際的な認知機能の障害と,「IGT」の情動的な認知機能の維持という不均衡が,入院下の環境においては病状の悪化や不適応に結びつく可能性が示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 14:20〜15:20 老年精神第3会場(展示ホール B 内)
地域医療
座長: 木之下 徹(のぞみメモリークリニック)
U-15
精神科救急病棟への高齢入院患者における疾患群ごとの臨床的特徴の差異と対応の在り方
長谷川花(沼津中央病院),石井美緒(沼津中央病院,横浜市立大学医学部精神医学教室),杉山直也(沼津中央病院)
【目的】精神科救急サービスの高齢者の利用は今後増加が見込まれる.精神科入院医療の機能分化が取り沙汰される昨今,今後急増が確実視される高齢者の精神科救急医療的対応の適切な在り方を検討するため,高齢入院患者のうち認知症を中心とした器質性疾患群と機能性疾患群の臨床的特徴の差異について解析を行った.
【方法】平成23年2月から平成26年5月までに当院精神科救急病棟に入院した65歳以上の患者277例を対象とした.平均年齢は72.2歳で男性は91名(32.9%)であった.
 対象を国際診断基準(ICD-10)のF分類によって退棟時主診断において,F0群(n=70;診断が認知症である割合61.4%)とその他の疾患群(機能性疾患群;n=207)に分け,その臨床的特徴の差異について,精神科急性期入院患者レジストリに登録された臨床項目のデータを用いて分析を行った.統計学的解析はSPSSを用い,χ2検定とt 検定を施行して2群間における有意差を検討した.
【倫理的配慮】通常の診療行為から得られるデータの解析であることから,匿名化による配慮を行ったうえ公表について包括的同意を取得し,院内の倫理会議での承認を得た.
【結果】F0群では,機能性疾患群と比較し,より高齢で,隔離や身体的拘束の期間が長い一方,在棟期間が短かった.F0群でのGAFは,入棟時・退棟時ともに有意に低かった.入棟時の症状スコア(BPRS)は,両群で差がみられなかったが,退棟時にはF0群で有意に低く,機能性疾患群ほどの改善が得られなかった.F0群では,入棟時・退棟時共にBPRSの下位項目の興奮と失見当が有意に高かった.3か月転帰においては,F0群で施設入所が有意に高かった.
 身体合併症の有無は入棟時には両群間で差はみられなかったが,疑い例も含めると退棟時にF0群では有意に多かった.
 一方,機能性疾患群で有意差をもって高率に認められた項目は,自殺念慮,他害であり,症状スコアの下位項目のうち不安,抑うつが高かった.
【考察】F0群では,入棟時の機能性スコアは重症で,隔離や身体的拘束が長い一方,短い在棟期間での施設移行がなされていた.一般に認知症では入院の長期化が問題視されるが,精神科救急医療においては,F0における治療の中核的目標である周辺症状などは改善が軽度であっても,積極的な退院調整によって短期の入院医療介入が実現できる可能性が示唆された.母数の違いはあるが,F0群ではより重度な身体合併症が判明するケースの率が高く,入棟時点で身体合併症の判明が低率である可能性を示唆しており,入院後できるだけ早期に身体医学的スクリーニングを行う必要性が考えられる.一方機能性疾患群では,自傷他害や抑うつのケアが主要な治療目標になる傾向が確認された.今後高齢者の精神科救急入院の増加が確実視され,疾患群による特徴を把握したうえで,的確な治療と速やかな地域移行が重要と考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-16
認知症高齢者の身体合併救急搬送についての一特養施設の経験;搬送を望まない入所者の意思の尊重から救急搬送の在り方を探る
仲 紘嗣(社福法協立いつくしみの会特養かりぷ・あつべつ内科),畠山広巳(勤医協中央病院救急外来心臓外科)
【目的】近年高齢者の救急搬送が増加しさまざまな課題が生じている.演者らは上記テーマでの後向き調査をおこない,救急搬送では本人の意思を尊重した対応の重要性を述べる.
【方法】2010年6月から2014年11月までの4年半に1日以上の入院を要した救急搬送52例(生存24,死亡28)を搬送群とし,この間の救急搬送歴のない入所者73例(生存46,死亡27)を対照群とした.なお,搬送結果外来のみの症例およびこの期間中に退園された症例の合計23例47回の搬送は集計から除外した.搬送後の診断は受け入れ救急病院の返信を得て記載した.
【倫理的配慮】匿名性に配慮した.
【結果】搬送群52例の総搬送回数は71回で,調査開始月から1年毎の搬送回数は,23,14,17,10,最後の半年は7回と,最初の1年がもっとも多かった.受け入れ救急病院は,搬送回数の79%が上記関連病院で,残りは他の脳外科病院と一般病院であった.生存例と死亡例を合せた搬送後の診断結果は,肺疾患が26回(肺炎21回),消化器疾患20回(急性胆のう胆管炎15回),脳疾患8回,整形外科疾患8回,心疾患5回,その他4回であった.上記調査期間の1年間が過ぎた頃,終末期ではない98歳直前の一高齢者に急性胆管炎が再発し,転院の意向を尋ねてところ,転院を拒否し当施設での治療なら受けるとの事例に出会って,本人の意思確認と家族の同意を得ることが大事との認識に至った.以降,入所時の医療説明や急変時に,可能な限り本人の意思を聴き,また本人家族から終末期における延命処置の希望の有無などを聴いている.認知症をもつ人の意思決定の判断は慎重にしなければならないが,演者らはその強い意思を尊重している.本人・家族との話し合いを重ね,施設での看取り例は,死亡63例(搬送群28例,対照群27例,この項だけ方 法欄で除外した救急搬送結果外来のみの症例中帰園後死亡の8例を加えた)中49例78%であった.また,搬送先での死亡9例を除くと91%であった.
【考察】調査期間始めの1年間での肺炎の搬送5例(3例は現在生存中,2例は搬送先で死亡)は当施設での治療あるいは看取りの選択もあったと考えられた.急性胆のう胆管炎12例15回のうち,6例が内視鏡ないし外科的治療を受けて改善帰園している.治療時90歳二人96歳一人の超高齢者もおり,生命力の強さを感じた.一方,救急搬送を望まない,終末期における延命治療を望まない,という選択には本人・家族の死生観が反映されていると考えられ,出来るだけ事前に聴いておき,急変時に参考にすることが重要と思われた.救急搬送では,暦年齢ではなく本人の生命力を基本とした対応が重要であるが,本人の意思の尊重とともに家族との話し合いも繰り返しおこない,医療者側との情報共有が必要である.認知症に関しては,知的な面だけでなく情緒・意思の面にもっと注目し認知症をもつ人として対応すべきと考えている.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-17
地域の認知症健診におけるTOP-Q(東京都大森医師会認知症簡易スクリーニング法)の有用性に関する検討;東京都大田区三医師会による認知症健診2105名のデータ解析
工藤千秋(東京都大田区3医師会認知症研究会,くどうちあき脳神経外科クリニック),荻原牧夫(東京都大田区3医師会認知症研究会,医療法人社団順新会おぎわら医院),金子則彦(東京都大田区3医師会認知症研究会,金子クリニック),熊谷ョ佳(東京都大田区3医師会認知症研究会,医療法人社団京浜会京浜病院),織茂 毅(東京都大田区3医師会認知症研究会,医療法人社団おはな会村上医院),青木伸夫(東京都大田区3医師会認知症研究会,青木医院),鈴木 央(東京都大田区3医師会認知症研究会,鈴木医院),渡辺 象(東京都大田区3医師会認知症研究会,じゅんせいクリニック),北條 稔(北條医院),荒井俊秀(荒井クリニック),南雲晃彦(東京都大田区3医師会認知症研究会,ナグモ医院),高瀬義昌(東京都大田区3医師会認知症研究会,医療法人社団至会たかせクリニック),岸 太一(東邦大学医学部教育開発室),山口晴保(群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学講座)
【目的】かかりつけ医も介護職も短時間で実施可能であるTOP-Q(東京都大森医師会認知症簡易スクリーニング法,文献1)を用いた地域医師会の認知症健診の取り組みをから,TOP-Qが地域医療の中でに認知症健診に果たす有効性を検証した.
【方法】平成26年7月1日〜9月30日に東京都・大田区3医師会(大森,田園調布,蒲田)に所属する53の医療機関にて,大田区の実施する特定健診及び長寿健診に来院した50歳以上の2105名(平均年齢73.11±9.69才,男730 女1367名)を対象とした.健診時,全例にTOP-Qを用いた問診と診察を行った.健診時,可能な限りMMSEの評価を行った.全被験者2105名中,MMSEを評価することができた被験者は1071名(平均年齢73.43±10.02才,男330 女741名)であった.
 TOP-Qは@時事的話題に関連する年数の計算,誕生日の質問A山口キツネ・ハト模倣テストB観察事項として1)振り向き徴候,2)ハンド・バレー徴候,3)回内・回外運動異常の有無からなる2項目チェック3項目観察(2−3形式)で構成される.
 統計解析:TOP-Q得点と認知症との関連については1)TOP-Q得点とMMSE得点とのKendall順位相関係数の算出,2)調査対象者をMMSE得点によって正常群・MCI群(同得点24点以上),認知症群(同得点23点以下)の2群に分けた上での,感度・特異度を算出した.TOP-Q項目の認知症有無の判別における影響力の検討には数量化II類を行った.TOP-Q得点による振り向き徴候,バレー徴候,回内・回外運動障害の有無の弁別のため,感度・特異度を算出した.
【倫理的配慮】対象者もしくは同伴介護者に健診内容の概略と結果を三医師会の研究に使用させていただくことを口頭で説明し同意を得た.また対象者の個人情報が守られ個人が特定されないよう配慮をした.
【結果】TOP-Q得点と認知症:TOP-Q得点とMMSE得点のKendall順位相関係数を算出したところ,τ=0.84(p<0.01)であった.次に,TOP-Q得点によるROC曲線を作成したところ,TOP-Q得点1点以下,2点以上でカットオフポイントを設定し,感度,特異度を算出したところ,感度:0.95,特異度0.86であった.TOP-Q各項目を説明変数,認知症の有無を目的変数とした数量化II類を実施したところ,相関比は0.60,判別率は0.93であった.各項目のカテゴリースコアレンジは,足し算:0.17,引き算:1.02,誕生日:0.80,キツネ:0.95,ハト:0.60,であった.TOP-Q得点と振り向き徴候,バレー徴候,回内・回外運動障害ではTOP-Q得点1点以下・2点以上をカットオフポイントとして,振り向き徴候,バレー徴候,回内・回外運動障害それぞれの有無に対する感度・特異度を算出したところ,振り向き徴候:感度0.76,特異度0.92,バレー徴候:感度0.83,特異度0.85,回内・回外運動障害:感度0.76,特異度0.86であった.
【考察】患者への心理的負担が少なく,かかりつけ医,介護職も数分で実施可能なTOP-Qは,認知症を早期に弁別できる可能性を有し,地域医療における認知症健診でのスクリーニングに有用である可能性が示唆された.
文献:老精医学会誌,25(6):683-689,2014
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-18
認知症高齢者のキーパーソン・後見人の現状と課題について
阿部庸子,佐々木真理,泉本典彦,下門顕太郎(東京医科歯科大学医学部附属病院老年病内科)
【目的】認知症高齢者の増加に伴い,認知症患者の権利擁護の必要性が,マスメディアで活発に取り上げられるようになっている.東京医科歯科大学老年病内科の外来では,高齢者の内科疾患管理のほかに,認知症高齢者の環境調整支援を行っている.その活動業務の中で経験した,成年後見制度の利用を検討した患者,または,後見の鑑定依頼を受けた高齢者の背景情報について整理し,認知症高齢者の権利擁護の有り方について検討した.
【方法】平成26年4月から12月までの間に,当科かかりつけの患者または他科・他院より依頼を受けて診療した高齢者の経過中に,認知機能低下により,本人以外の意向の確認が重要であると考えられた症例,及び,家庭裁判所の依頼により鑑定を行った高齢者の背景について,電子カルテ情報ならびに問診・心理検査を行った結果などについて整理した.
【倫理的配慮】全ての情報は通常診療ないし業務の過程において得られたものである.また,今回の情報整理にあたっては,個人が特定出来るような病歴番号等の情報は含めず,それ以外の情報についても保護・管理に十分な配慮を行った.
【結果】65歳から97歳までの8名の男女で,平均年齢80.5歳であった.性別の内訳は,男性1名,女性7名.このうち同居家族がいるものは,2名であり,それは互いが夫婦で後見申請をしたケースであった.それ以外は配偶者が死亡しており,独居または施設入所であった.また,独居のケースは子が隣家であった.経済的背景は,生活保護1ケース,年金のみが3人,家賃収入などの追加収入が有るものが3人,社主のための収入がある者が1人,生活保護が1人であった.認知機能としてはMMSEまたは長谷川式において実施不可〜20/30程度であった.
【考察】年金生活の独居高齢者が増加傾向にある中,自己財産の管理が困難となっているケースが増えている.さまざまな条件の高齢者が認知機能低下を来たす可能性があると考えられる.財産管理における後見人のみならず,医療行為や治療方針の決定にかかわるキーパーソンの今後有り方を検討する必要がある.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
U-19
独居高齢者認知症例への対応について;主に褥瘡や栄養管理面について
正木慶大,八田直己,三好紀子,金山紀子,久保嘉彦,小嶋美希(医療法人清順堂ためなが温泉病院精神科)
【目的】近年認知症患者の行動・心理症状(以下「BPSD」と略す)精神科病院への入院例は増加している.入院前の状況として近くに家族がいない,あるいは全く身寄りのない患者も多い.入院時すでに栄養状態も悪い場合が多く,BPSD加療とともに身体合併症なども出現しその対応で苦慮することも多い.今回はBPSD加療のために入院するも経過中に身体合併症を発症し加療するも臥床や栄養状態の悪化があり褥瘡なども発生したがポラプレジンクの使用などで栄養状態や褥瘡を改善できたアルツハイマー型認知症2症例について報告し,その考察を行う.
【倫理的配慮】症例呈示にあたっては個人情報保護の点から,匿名性に配慮した.症例報告にあたり家族に同意を得た.
【症例1】80歳女性.X−21年夫が死去し独居になった.関東に在住する子供が時々様子を見ていたがX−5年頃より言動の異常に気付かれ身の回りのことができなくなり往診を利用し介護保険サービスなどを導入して独居を続けるも本人の拒否が強くなり食事サービス以外受けなくなり徐々に衰弱しX−1年頃には自宅はごみ屋敷状態であった.X年転倒し動けない状態で発見され救急病院へ入院するもせん妄や暴力などがありBPSD加療目的で当院へ医療保護入院となった.入院後も拒否や易怒性が強かったがクエチアピン50mgで改善するも胆のう炎を発症し2週間臥床が必要であったが,胆のう炎治癒後も拒食が続き栄養状態も悪化し(例:Alb値入院時3.3→2.2g/dL)仙骨部や耳介部などに褥瘡を発症した.家族と相談のうえ鼻腔栄養を開始し濃厚流動食を1日1200 kcalでポラプレジンクとともに注入したところ本人の拒否もなく胆のう炎発症後半年でAlb値も3.2g/dLと入院時程度まで改善し褥瘡の改善もみた.
【症例2】84歳男性.X−7妻と死別し独居になった.X−1頃よりものわすれに気づかれた.X年住んでいたマンションの老朽化で立ち退きになり引越を余儀なくされ転居すると徘徊や介護抵抗などが出現し往診で認知症を疑われBPSD加療目的で当院へ医療保護入院となった.入院後クエチアピン25mgで易怒性なども改善するが2度の腸閉塞を発症し2度約10日間の臥床が必要となった.腸閉塞は治癒するも拒食となり栄養状態も悪化し(例:Alb値入院時3.3→2.7g/dL)仙骨部踵部に褥瘡が発生した.家族と相談のうえ少量より経口での栄養摂取に経口栄養剤375Kcalとポラプレジンクを併用したところ腸閉塞発症半年でAlb値3.8g/dLと入院前よりも改善し褥瘡の治癒も認め精神科を退院し療養型へ転院した.
【考察】独居認知症患者についてはBPSD加療目的での入院時に身体合併症を併発した場合,治療後に栄養状態の悪化や褥瘡といった症状を呈することもある.2症例についてポラプレジンクと補助栄養導入で栄養状態や褥瘡の改善もみた.
 概ね家族の疎遠さだけでも退院阻害因子となる.加えて悪い栄養状態では受入施設の拒否となりBPSD加療終了後の退院促進の上で遅延理由となるため対応には注意が必要であると考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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