第30回日本老年精神医学会
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ポスター発表

6月13日(土) 9:10〜10:00 ポスター会場(展示ホール A)
疫学
座長: 中村 紫織(湘南病院)
      
P-A-1
LEDによる概日リズム調整を目的とした照明環境が高齢者の睡眠状況に及ぼす影響
岡本和士(愛知県立大学看護学部),中谷こずえ(中部学院大学短期大学部),北川邦行(ミヤチ株式会社),久野 覚,吉田友紀子,松浪有高(名古屋大学),田上恭子(愛知県立大学看護学部),小林英樹(愛知県立芸術大学),宮地清和,高田誠一郎(ミヤチ株式会社),松山真由美(総合青山病院)
【目的】現在普及が進んでいる白色LEDの光には青色の波長が含まれ,これがヒトの睡眠に深く関与するメラトニン分泌が抑制的に作用を有するとの報告が散見されてきたが,私の知る限り,睡眠状況に及ぼす影響を検討した報告は皆無といえる.そこで,本研究はこの照明システムの効果の実証的検証を目的として,療養病棟の入院患者を対象に,共同研究者が概日リズムの調整を目的として開発した白色LEDを光源とする青色の波長を自動的に調整できる照明(以下照明システムとする)を導入し,スリープメーターを用いて睡眠状況に及ぼす影響に関する検討を行った.
【方法】対象は愛知県内の1病院の療養病棟の65歳以上の入院患者のうち,家族から同意が得られた15名(男性7名,女性8名)を対象とした.睡眠状況の観察にはスリープメーター(オムロンHSL-101)を用いた.睡眠状況の評価はスリープメーターを設置した平成26年2月20日から4月20日までと撤去1カ月後に行った.睡眠状況の評価には就床時間,睡眠時間,熟睡時間と夜間覚醒した時間を用いた.睡眠の安定の指標として評価期間として用いた5日間の最大値と最小値の差を用いた.青色の波長の強度は,朝〜昼間>夕方>夜間となるように設定した.
【倫理的配慮】本研究は名古屋大学エコトピア研究所の承認を受けた.
【結果】1.開始直後に比べ,全就床時間のうち睡眠時間の占める割合が設置開始2ヶ月後の時点で減少を認めた.しかし,睡眠時間中の熟睡時間の割合は増加傾向を夜間の目覚めの時間の割合は減少傾向を認めた.
2.開始直後に比べ開始2ヶ月後の就床睡眠時間差,熟睡時間差および夜間の目覚め時間差がいずれも減少していた.
【考察】本研究にて,昼間に青色の波長を加えたLED照明を用いたことで就床睡眠時間差が小さくなったことは,就床してから睡眠での時間のばらつきが少なくなった,即ち寝つきがよくなったことが推測された.さらに熟睡時間差と睡眠時間中の熟睡時間の割合が開始2カ月後まで小さくなったことは,熟睡時間の変動が少なくなったことを意味し,このことは深く眠れる状態が安定した結果と考えられた.さらに熟睡時間差および夜間の目覚め時間差に減少傾向が認められたことは,熟睡時間や夜間目覚める時間のぶれの減少を意味するため,結果として睡眠の改善,すなわち熟睡傾向が顕著になった結果と考えられた.これらの結果を考え合わせると,本照明は熟睡傾向の促進を含め睡眠の質の改善に寄与しうる可能性をが示唆された.これらの知見は,高齢者における不眠の改善を目的としたスペクトル・セラピーの確立に示唆を与える知見と考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.        
P-A-2
高齢者の抑うつ症状発症に寄与する危険要因;3年間の縦断的研究
兪  今(公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団)
【目的】うつ症状の出現率はうつ病の有病率よりかなり高く,加齢に伴って増加すると報告されている.抑うつ状態は老後における生活の質に大きな影響を与える一方,社会や家族の負担も増加させている.抑うつの発症の危険因子を明らかにすることは,うつ病の予防,支援対策を考える上で,重要な課題の一つである.本研究はうつ予防,支援対策に有益なエビデンスを得るために地域在宅高齢者を対象にした3年間の縦断的調査データを分析し,抑うつ症状の発症に寄与する危険要因を包括的に検討することを目的とした.
【方法】本研究の調査地域は新潟県B市とした.2009年度に基本チェックリストで評価された65歳以上の高齢者のうち,うつ状態またはうつ傾向のおそれがあると判断されたうつリスク該当者で,ベースライン調査時にGDS得点はが6点未満である1,216人から3年目に抑うつ指標の有効回答が得られた1,039人を抽出し本研究の分析対象者とした.その内訳は男性365人(35.3%),女性668人(64.7%),平均年齢は773(±5.7)歳であった.調査方法は郵送法である.評価指標は高齢者用の抑うつ尺度(GDS)を用いた.カットオフポイント6に基づき,6点以上は抑うつ症状あり,6点未満は抑うつ症状なしとした.その他,身体的健康面4指標,精神心理的健康面6指標,社会的健康面1指標と基本属性からなるものである.
【倫理的配慮】調査は対象者から同意を得て上に行った.なお,本研究は公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団の倫理委員会の審査を受け,承認を得た上実施した.
【結果】ベースライン時に比べ,3年目の抑うつ発症率は26.4%であった(GDS得点6点以上).
 抑うつ症状発症はベースライン時に年齢が高いほど(p<0.001),教育歴が短いほど(p<0.01),そして,家庭での役割なし群で多かった(p<0.01).同居家族数,居住年数,暮らし向き,性別と配偶者の有無とは関連性が認められなかった.
 年齢,教育歴,役割の有無の影響を取り除くと,抑うつ症状発症群と抑うつ症状発症なし群の両群間で交互作用が見られたのは,F値が高い順から特性不安,睡眠状態,状態不安,老研式活動能力,日常生活機能,幸福感,疾病管理自己効力感であった(F値:8.0〜800,p<0.01〜p<0.001).特性不安,睡眠状態,状態不安,老研式活動能力,日常生活機能,幸福感は抑うつ症状発症あり群で悪化が認められ,疾病管理自己効力感は抑うつ発症なし群で改善が認められた.
【考察】年齢,教育歴,役割の影響を取り除くと,抑うつ症状の発症にもっとも影響が強い3つのリスク要因は精神心理面の特性不安,睡眠状態,状態不安であった.いわば,個人の性格特性として現れやすい不安状態の悪化と睡眠状態の悪化,そして何らかのイベントが起きた場合,それに対する不安過敏性が高くなる状態不安の悪化が抑うつ症状の発症のもっとも重要な危険因子であることが明らかになった.その次に身体的健康度,幸福感と疾病管理自己効力感が抑うつ症状の発症の危険要因であった.上記の知見から,うつ予防,支援対策は精神心理面の健康の改善を中心とし,また生活機能障害,幸福感の構築,疾病管理などの広い視点から,包括的,かつ効果的に推進することが望ましいと考える.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.        
P-A-3
地域在住の高齢者における来世信念とオキシトシンの関係
今村義臣(佐賀大学医学部精神神経科,久留米大学比較文化研究所),溝口義人,鍋田紘美,松島 淳,川島敏郎(佐賀大学医学部精神神経科),小島直樹(小島病院),山田茂人(佐賀大学医学部精神神経科,聖ルチア病院),門司 晃(佐賀大学医学部精神神経科)
【目的】宗教や哲学,あるいは死の準備教育では,死と正面から向き合うことが現世での充実した生活を送ることに繋がるという考えが根底にある.我々は宗教性と生活満足度を調べ,死後存続信念(来世信念;Belief in life after death),つまり来世を強く信じる者ほど,生活満足度が高いことを見出した(Imamura et al.,2014).ここでは高齢者の来世信念とオキシトシンとの関係を調べた結果を報告する.オキシトシンは愛着や信頼といった社会行動に関係するホルモンとして近年注目されている.来世信念が死者と現存者の関係性を背景として成立しているのなら,その信念とオキシトシンとの間にも関係が認められる可能性があると考えた.
【方法】調査対象者:伊万里市黒川町在住の高齢者で,男性123名,女性202名,平均年齢は74±6.0歳であった.その大部分は全国認知症有病率調査に参加していた.調査票:来世信念は4項目を4件法で回答するもので,著者が中村・井上(2001)を基に作成した.配偶者との死別の有無,家族と同居・別居について回答した.この他にも,MMSEをはじめとする数種類の心理検査や教育年数や病歴等の聴取,診察が行われた.オキシトシン分析:血清を用いELISA法により測定した.手続き:調査は2009年8月から2011年3月の間に週1ないし2回ずつ,町内各居住区の公民館で行われた.参加者は予定された時間に来館し,採血の後,記入法の説明を受け,質問に回答した.
【倫理的配慮】佐賀大学の倫理委員会で承認を受け,参加者からは文書による同意を得た.
【結果】男女別に主だった変数間の相関を調べると,男性においてオキシトシンと年齢(r=−.25,P<.01),女性において来世信念と年齢(r=.16,P=.02)および来世信念とオキシトシン(r=−.18,P=.01)が各々認められた.来世信念を従属変数として重回帰分析を行った結果,オキシトシン(P<.01),性別(P<.01),および家族同居(P=.02)が関係していた.
【考察】(1)女性のほうが来世を強く信じている,(2)来世を強く信じるほど,オキシトシン濃度が低くなる,(3)家族と同居していない方が,来世信念が強い,ことがわかった.(1),(3)は西洋の報告でも一貫して得られる結果で,(2)は本研究が初報告である.オキシトシンが相手への信頼を高める(Kosfeld et al.,2005)ことを考えると,(2)は直感的には逆の結果のように見える.しかし末梢オキシトシン濃度は,人間関係における満足度が低くなる(友人や家族との接触が少ないと報告する)ほど高くなる(Taylor et al.,2006).つまり,来世を信じることが死者と現世の人間との間にある関係性(例えば愛着)を反映し,それが末梢オキシトシン濃度との関係に現れた可能性がある.本研究では来世信念の質問において死者との関係を問う項目がなかった.ただ,神との間に形成される愛着が精神的健康に良い影響を与える(Granqvist et al.,2010)ことを考えると,死者との間に形成された愛着が残された者に存続していると仮定すれば,来世信念と,生活満足度との正の関係,およびオキシトシンと の間の負の関係について一貫した説明ができると思われる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.        
P-A-4
地域高齢者における認知症の有病率及び発症率の変化について
園部直美,松本光央,山崎聖広,吉野祐太,森 蓉子,吉田 卓,上野修一(愛媛大学医学部附属病院精神科),池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野)
【目的】本邦では高齢化に伴い認知症患者が急激に増加しており社会的な問題となって久しい.中でもアルツハイマー型認知症(AD)と脳血管性認知症(VaD)の頻度が高く,本邦では従来はVaDが最も多く,近年はADが最多とされている.しかし,地域における実態に関しては明らかになっていない点が多い.そこで今回我々は超高齢化地域の現在の実態を明らかにすることを目的に認知症の病型別の有病率及び発生率の変化について検討した.
【方法】1997年,2004年,2011年に愛媛県伊予市中山地区の65歳以上の全住民を対象として画像検査も含む認知症の調査を行った.認知症の臨床診断にはDSM III-Rを,AD,VaDの診断にはそれぞれNINDS-ADRDAの基準,DSM IVを用いた.
【倫理的配慮】対象となった住民に対し口頭および書面で研究目的について説明し,同意を得た上で行った.また本報告に関しては匿名性の保持及び個人情報の流出には十分に配慮した.
【結果】全認知症の有病率は1997年においては4.8%であったが,2004年は7.1%と大幅に上昇していたが,2011年は7.1%と変化がなかった.一方,VaDとADの比率は1997年時点では1.33とVaDの方が多かったが,2004年には0.56とADの割合が多くなり,2011年は0.87とADの方が多いものの2004年時に比べVaDの割合が高くなっていた.
【考察】中山地区における認知症患者の有病率は2004年時に増加していたが,その後は有意な変化を認めなかった.本邦における認知症の推定有病率は少なくとも15%といわれており,中山地区の有病率は高齢化率が43.4%でありながら明らかに低かった.中山地区では従来より調査を基に危険因子に対する指導や認知症予防事業を行っており,そうした取り組みが効果をあげている可能性が考えられた.一方,2011年の調査ではVaDの頻度が増加に転じていた.そこで,当日は認知症の原因別に発症率の変化を検討し,危険因子と血管病変が増加に転じた要因に関して更に検討を深め報告する.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-5
精神科救急・合併症病棟における高齢自殺企図患者の現況;特に,レビー小体型認知症に着目して
武村 史,菊地未紗子(市立札幌病院精神医療センター),武村尊生(小樽市立病院認知症疾患医療センター),中下並人,鹿野智子,嶋香菜子,石井 純,林下善行,上村恵一,高田秀樹(市立札幌病院精神医療センター)
【目的】日本は世界に類をみない高齢化社会に突入している.そんな中,高齢者の自殺は深刻な社会問題の一つとなっている.警視庁の統計では,自殺者のうち60歳以上が4割を占める.
 高齢自殺者の約3/4がうつ病・うつ状態とされ,自殺予防対策も,うつ病・うつ状態を早期に広く発見することが重要とされてきた.しかし,高齢化社会に伴って激増している認知症については,これまで自殺の危険因子として挙げられて来なかった.
 市立札幌病院(以下,当院)救命救急センター(三次救急)に搬入された自殺企図患者のうち,既遂例の8%,未遂例の13%は診断が認知症であった(高田2013).また,救命救急センターに入院した自殺企図後の認知症患者のうち,62%は診断がレビー小体型認知症(以下,DLB)であった(菊地2014).
 DLB患者の自殺企図についてはあまり知られておらず,症例報告も少ない.しかし,当院精神医療センター(以下,当センター)では,自殺企図を契機に入院となり,精査の結果DLBと診断されるケースが散見されている.実際,DLB患者では抑うつ状態を呈することも多い上,焦燥が強まったり衝動的になるケースも多いことから,自殺行動とは結びつきやすいのかもしれない.
 この仮説を検証するため,自殺企図を契機に当センターに入院となった高齢患者について後方視的に診療録を調査し,特にDLBと診断されていた,或いは入院後診断された症例について検討した.
【方法】H24年4月1日からH26年12月31日の2年9ヵ月間に,当センターに入院した患者717名について,診療録を後方視的に調査した.自殺企図については,「自殺企図患者のケースカード」(保坂1991)に基づいて診断,分類した.DLBについてはMcKeith(2005)の診断基準を用い,その他の認知症や他精神疾患についてはICD-10に基づいて診断した.
【倫理的配慮】発表にあたっては個人を特定できないよう,匿名性の保持に十分配慮した.
【結果】自殺企図を契機に入院となった患者は134名であった.そのうち,60歳以上が40名(29.9%)であった.うちわけは,60〜69歳19名,70〜79歳11名,80歳以上10名であった.60歳未満の自殺企図患者には,DLB患者はいなかった.60歳以上の自殺企図患者のうち,ICD-10のF0に該当する者が24名,うち18名がDLBの診断に合致した.F1に該当する者はおらず,F2が5名,F3が7名,F4が3名であった.DLB患者18名の自殺企図手段は,薬物4名,毒物4名,飛び降り2名,刃器8名(うちwrist cutting 3名,その他5名),首吊1名(重複あり)であった.
【考察】高齢自殺企図患者にはDLB患者が多いことが,改めて明らかとなった.当日は自殺企図のさらなる詳細についても報告する予定である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月13日(土) 10:00〜10:50 ポスター会場(展示ホール A)
症候学@
座長: 橋本  衛(熊本大学医学部附属病院)
P-A-6
味覚障害を呈したレビー小体型認知症の1例;味覚障害と幻味との鑑別
鵜飼克行(総合上飯田第一病院老年精神科,名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野)
【目的】レビー小体型認知症(DLB)の特徴的な症状として,幻視,パーキンソン症状,レム睡眠行動障害,嗅覚障害などが挙げられるが,この他にも幻視以外の幻覚や味覚障害も認められることがある.味覚障害は,嗅覚障害と同様にαシヌクレイン病理と関連するとの見解もあるが,その詳細は不明である.一方,抗パーキンソン薬の副作用としても,低頻度ではあるが味覚障害が知られている.演者は以前,五感覚すべての幻覚を呈したレビー小体型認知症の症例報告を行っているが,その症例の幻味は,幻視と関連して出現しており,味覚障害との鑑別は容易であった1).今回,幻視とは関連が無く,奇妙な味覚異常(錯味・異味・悪味)を訴えた症例を経験し,その鑑別に苦慮したので,報告する.
【方法】症例を提示し,文献的な考察を行う.
【倫理的配慮】患者と家族から学会発表および論文化の承諾を得た.匿名性にも配慮した.
【結果】<症例提示>75歳の男性で,初診時の主訴は,パニック発作,動物や人の幻視,木が人に見えるなどの錯視であった.症状や画像所見から,probable DLBと診断し,ドネペジルを投与したところ,主訴症状は改善し安定した.その後,約2年間は概ね安定した生活を送っていたが,ついにドネペジル10mg処方を継続していても幻視が再発してきた.メマンチンおよび抑肝散による補助的薬物療法を行ったが,その効果は少なく,幻視および認知機能は徐々に悪化した.同時にパーキンソン症状(歩行困難・嚥下障害など)も悪化したため,抗パーキンソン薬も増量することとなり,最終的にはレボドパ300mg・ベンセラジド75mg・エンタカポン300mg/日が処方された.まもなく,食欲不振と味覚の異常を認めた.「プリンを食べても,プリンの味がしない.変な味がする」「トマトやチョコレートを食べると,吐気がするほど不味い」と訴えた.幻視も著明であったので幻味の可能性も否定できなかったが,抗パーキンソン薬による味覚異常を疑って減薬し,亜鉛を投与したところ,味覚異常は6週間ほど で徐々に改善した.一方,幻視は全く改善しなかった.
【考察】DLBにおける幻覚は,幻視の頻度が圧倒的に多く,幻聴や幻触(体感幻覚)がそれに次ぎ,幻味は稀である.また,幻視以外の幻覚は,幻視と関連して出現することが多い.一方,DLBとパーキンソン病の合併は必然的ともいえるが,パーキンソン病には味覚障害を伴うことが知られており,さらに,抗パーキンソン薬の副作用として亜鉛欠乏性の味覚異常も報告されている.これらを鑑別することは可能であろうか?
1)Ukai K et al. Efficacy of donepezil for the treatment of visual and multiple sensory hallucinations in dementia with Lewy bodies. Clinical Neuropsychopharmacology and Therapeutics 2011 : 56‐58.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-7
アルツハイマー病における生活習慣病,白質病変と精神症状との関連の検討
仲秋秀太郎(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室),川口彰子,佐藤順子,阪野公一(名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学),根木 淳(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室,名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学),田里久美子,岡 瑞紀,色本 涼(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室),成本 迅(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学),明智龍男(名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学),三村 將(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
【目的】アルツハイマー病における精神症状には多様な要因が関連する.アルツハイマー病では白質病変の頻度も高く,白質病変は糖尿病や高血圧などの生活習慣病とも関連が深い.しかし,白質病変と生活習慣病の精神症状への関与に関しては,いまだ不明である.そこで,頭部MRIにおける視覚的評価方法による白質病変の病変部位と重症度,生活習慣病の有無と特定の精神症状との関連を検討した.
【方法】名古屋市立大学こころの医療センター外来を受診した軽度と中程度のアルツハイマー病患者でNINCDS-ADRDAの診断基準をみたす患者(48名,平均年齢72歳)を対象に,以下の検査を施行した.
1)精神症状の評価:Neuropsychiatric Inventory(NPI)
2)生活習慣病(糖尿病,高血圧,高脂血症)の有無
3)視覚的評価方法による白質病変:
白質病変は,1.5テスラのPhilips社のMRIによるT2強調画像,FLAIR画像を用いた.二人の独立評価者が脳室周囲高信号(periventricular white matter Hyperintensities:PWMH)と深部白質病変:deep WMH)の2種類に分けて,皮質下白質と基底核の各部位の病変を視覚評価した(Fazekas et al. 1987,De Groot et al. 2000).
【倫理的配慮】この研究は,名古屋市立大学医学部倫理委員会において承認を得て,すべての対象者(患者と家族)に目的と方法を説明したうえで書面による同意を得た.
【結果】NPIにおける無関心および易刺激性は,糖尿病,高血圧の存在,および両側前頭葉の深部白質病変と両側の基底核領域の白質病変の重症度と有意な正の相関を認めた.異常行動は,糖尿病の存在と両側前頭葉の深部白質病変の重症度と有意な正の相関を認めた.また,糖尿病と高血圧の存在は両側前頭葉の深部白質病変の重症度とも有意に相関していた.
【考察】前頭葉における深部白質病変と基底核領域の白質病変は,前頭葉と基底核を連結する白質線維走行に影響を与え,その結果として,無関心および易刺激性,異常行動などがアルツハイマー病において出現するのかもしれない.加えて,糖尿病と高血圧は,白質病変の前頭葉の深部白質病変とも関連していたので,糖尿病,高血圧を背景に,深部の白質病変や基底核領域の白質病変が複合的に絡み合い,アルツハイマー病の特定の精神症状(無関心および易刺激性,異常行動)の発現に関与すると推測される.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-8
アルツハイマー病における妄想の縦断的変化の神経基盤;拡散テンソル画像による検討
根木 淳(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室,名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学),仲秋秀太郎(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室),川口彰子,佐藤順子,阪野公一(名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学),田里久美子,岡 瑞紀,色本 涼(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室),成本 迅(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学),明智龍男(名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学),三村 將(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
【目的】アルツハイマー病で出現頻度の高い妄想は認知症の進行を促進する要因ともなる.したがって,これらの精神症状の出現前後の脳画像変化に関する検討は重要な課題である.そこで,ベースラインにて妄想が併発していないアルツハイマー病患者を2年間追跡調査し,妄想が出現した患者と出現しなかった患者における縦断的変化を頭部MRI画像の拡散テンソル画像を用いて検討する.
【方法】名古屋市立大学こころの医療センター外来を受診したアルツハイマー病患者で,以下の適格基準をみたした患者を対象とした.
1.患者の精神症状を評価するNeuropsychiatry Inventory(NPI)にて,妄想の精神症状が併発していていない
2.過去にこのような精神症状の既往歴がない
3.抗精神病薬が投与されていないなどである.
 臨床症状の評価はNPIを施行し,1.5テスラのPhilips社のMRIを用いて拡散テンソル画像の撮影をベースラインから1年ごとに施行する.NPIは,ベースラインの時点から半年ごとに測定する.なお,NPIの妄想の項目が4点以上になった時点を,妄想の出現と判断する.画像解析には拡散テンソル画像によるFractional Anisotropy(FA)などの拡散指標の異常をDr.Viewのソフトウェア(AJS会社)を用いて関心領域を設定する(Stahlら2007).妄想が出現した患者と出現しなかった患者の2群を対象に,関心領域におけるFA値のベースラインと2年後の変化を比較検討する.
【倫理的配慮】この研究は,名古屋市立大学医学部倫理委員会において承認を得て,すべての対象者(患者と家族)に目的と方法を説明したうえで書面による同意を得た.
【結果】脳梁膨大部,両側側頭葉白質部位におけるFA値は,ベースラインと2年後を比較すると2群とも有意に低下していた.脳梁膝部と両側前頭葉白質部,内包などのFA値は,ベースラインと2年後を比較すると妄想が出現しなかった患者(32名)ではFA値は低下していなかったが,妄想が出現した患者(16名)ではFA値は有意に低下していた.
【考察】脳梁膝部は前頭葉下部を連結する線維であるので,この領域や前頭葉白質部位,内包などの脆弱性はアルツハイマー病における妄想の出現と関連すると推測される.加えて,妄想出現群においては,これらの領域における白質線維の構造異常が認知症の経過に伴い顕著になるのかもしれない.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-9
アルツハイマー病のBPSDに対するメマンチン塩酸塩の有効性・安全性の探索的検討
原口祥典(佐賀大学医学部附属病院精神神経科),松永高政(特定医療法人樟風会早津江病院),井上素仁(医療法人松籟会松籟病院),吉本静志(医療法人財団友朋会嬉野温泉病院),門司 晃(佐賀大学医学部附属病院精神神経科)
【目的】近年,先進国を中心に高齢化の進行に伴い認知症の患者数は増加している.認知症患者に出現する心理行動は,BPSD(Behavioral and psychological symptoms of dementia)と定義されており,介護する家族,医療従事者に多大な肉体的・精神的負担を強い,患者入所時期の早期化,看護費用の増加,患者,家族並びに介護者のQOLの著しい悪化の原因となっている.現状として,抗精神病薬以上の効果をBPSDに対して示す薬剤はなく,BPSDに対する治療の現状は必ずしも満足できる状況ではない.一方メマンチン塩酸塩は中等度及び高度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制を適応症として,2011年6月より日本でも使用可能となった認知症治療薬である.メマンチン塩酸塩にはBPSDの改善及びADLの向上についての報告もあることから,介護負担の軽減,患者と介護者のQOLの改善も期待される.さらに,抗精神病薬の減量または中止ができたとの報告もある.安全性の面では錐体外路障害が出現する頻度も少なく,安全性の面からも高齢者に投与しやすい薬剤と考えられる. 以上のことから,今回,精神科受診中の認知症患者で,抗精神病薬による治療後もBPSDが発現している患者を対象とし,メマンチン塩酸塩のBPSDに対する有効性・安全性と,BPSDによる介護者の負担度を探索的に検討した.
【方法】BPSDを認めるMMSE 19点以下のアルツハイマー型認知症患者に対して,メマンチン塩酸塩内服開始してから4週後,12週後,24週後の認知機能,介護負担度,PSDの程度の評価を行った.認知機能の評価はMMSE,BPSDの評価はNPI介護負担度についてはZarit介護負担尺度日本語版(J-ZBI)を用いて評価した.
【倫理的配慮】本報告は当院倫理委員会にて審議を十分に行い,承認を得た.また発表に対して患者のプライバシーに最大限配慮した.
【結果】メマンチン内服開始により介護負担度は全体的に軽減が見られた.しかし一部の症例では抗精神病薬が減量できず,増量せざるをえない例もあった.忍容性については因果関係は不明だが横紋筋融解症を併発し全身管理が必要となり中止せざるをえない例等もあった.
【考察】メマンチン内服開始により介護負担度は全体的に軽減が見られ,以前の報告と同様に,患者のみならず介護者へのQOL改善にも期待できると考えられた.抗精神病薬に関してもわずかではあるが減量を図ることができ,BPSDに対しても有効であり,且つ錐体外路症状の面からも安全性の高さが確認できた.周辺症状が活発な症例ではメマンチンのみでは周辺症状軽減が難しいと考えられ,抗精神病薬の一時的な増量もやむをえない状況もありうると考えた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-10
アルツハイマー病における病識低下とその代償機構について;脳血流SPECTを用いた検討
互 健二,加田博秀(東京慈恵会医科大学精神医学講座,町田市民病院神経科・精神科),品川俊一郎,稲村圭亮,永田智行,中山和彦(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
【目的】アルツハイマー病(AD)では疾患の進行に伴い病識が低下し,介護負担の増加や服薬コンプライアンスの低下に繋がる.病識には記銘力や遂行機能など種々の認知機能が関与しており,その神経基盤は複雑である.さらに,認知機能障害に対する取り繕い反応が特徴的であるといった指摘や,潜在的な病識の存在に関する指摘もあり,臨床場面においては病識の存在の判断は困難であることが多い.この背景として,ADにおいて神経変性が進行する一方で代償的に他部位の機能が上昇することも要因の一つとして推測されている.以上のことから,本研究ではADにおける病識低下の神経基盤について代償機構も交えた観点から検討を行うことを目的とした.
【方法】精神科外来を受診した56例の健忘型軽度認知障害(a-MCI),初期AD患者の病識をAnosognosia Questionnaire for Dementia(AQD)を用いて評価し,@病識低下と相関する背景因子について解析を行った.また代償機構を調べるため,そのなかでAQ-Dの「病識なし」の基準を満たさない群,すなわち「比較的病識の保たれている」と考えられた37例の脳血流SPECT検査を施行し,Aこの37例と年齢・性別を合致させた正常群12例との脳血流SPECT画像との群間比較を行った.次にB病識低下と関連する部位について,得られた背景因子を共変量として相関解析を行った.なお統計解析においてはSPSS-Jを用い,画像解析にはSPM 12を用いた.
【倫理的配慮】調査結果の詳細について個人が特定できないように処理し,個人情報の保護に十分注意を払った.なお本研究は町田市民病院の倫理委員会の承認を得て行われた.
【結果】@背景因子の解析では病識低下の重症度はMMSE,NPI「無感情」項目と有意に相関していた.画像の解析ではA正常群との比較において,左後部帯状回の血流低下が認められた.B相関解析では右前頭前野腹外側の血流低下,ならびに両側上頭頂小葉・左楔前部・右後部帯状回の血流増加が病識低下の重症度と有意に相関していた.
【考察】前頭前野腹外側は病識に関与する一方で前頭前野背外側とexecutive control network(ECN)を形成している.ECNには上頭頂小葉も含まれ,本研究で認められた上頭頂小葉の血流増加は前頭前野腹外側の低下を代償している可能性がある.また後部帯状回・楔前部は記憶の想起などにも関与し,同部位の血流増加はECNとは別の経路で代償している可能性がある.ADにおける病態失認に様々なネットワーク,代償機構が関わっており,その病態を複雑にしている可能性がある.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月13日(土) 10:50〜11:30 ポスター会場(展示ホール A)
症候学A
座長: 谷向  知(愛媛大学大学院医学系研究科地域高齢者看護学講座)
P-A-11
老年期身体表現性障害の重症度における認知機能障害と大脳白質病変の関連
稲村圭亮,品川俊一郎,永田智行,互 健二,忽滑谷和孝,中山和彦(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
【目的】身体表現性障害では身体疾患の罹患やライフイベントなど様々な因子が誘引となる.特に老年期の身体表現性障害においては,認知機能変化や器質性変化など若年者と異なる加齢に伴うさまざまな因子が関与すると考えられる.老年期うつ病においては,白質病変が症状発現に影響したとの報告もある.そこで我々は,加齢に伴う因子の中でも大脳白質病変(White Matter Hyperintensity:WMH)に着目し,それが老年期身体表現性障害の重症度に関連しているとの仮説をたて,その機序に認知機能の低下が関与すると考え,それを検証することを目的とした.
【方法】DSM-IV-TRにて身体表現性障害と診断された60歳から85歳までの高齢者38名を対象とした.身体表現性障害の重症度をハミルトン不安評価尺度(HAMA),The Short Health Anxiety Inventory(SHAI)にて測定し,認知機能の評価はMini-Mental State Examination(MMSE),Frontal Assessment Battery(FAB)を用いた.WMHの重症度はMRIにおけるT2強調画像およびFLAIR画像を用いて,Fazekaz分類に従いグレード0,グレード1,グレード2の3群に分けた.そして,その3群間における身体表現性障害の重症度の比較を行った.また,その過程に認知機能が影響していることを確かめるため,同様に3群間における認知機能の比較を行った.
【倫理的配慮】本研究は,慈恵医大倫理員会の承認を得ている.参加者には書面および口頭で説明の上同意を得た.
【結果】Fazekazグレード0,1,および2各群における年齢・血管危険因子などの背景因子に有意差は認めなかった.WMHが重度であるグレード2群は他の群より有意に身体表現性障害のHAMAおよびSHAIの値が高かった.認知機能検査においては,同群におけるFABの下位項目における類似性と葛藤指示の低下を認めた.HAMAで表される身体表現性障害の重症度は,上記の2項目と有意な負の相関を示した.
【考察】老年期における身体表現性障害においてWMHが重症度と関連し,またその重症度がFABにより示される遂行機能と関連しており,これが症状の形成過程および重症化に関与していることが示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-13
著しい体重減少を呈したレビー小体病の二症例;臨床症状の多様性について
小林健一(名古屋大学医学部附属病院精神科),藤城弘樹(名古屋大学医学部附属病院精神科,名古屋大学大学院睡眠医学),奥田将人(名古屋大学大学院睡眠医学),入谷修司,尾崎紀夫(名古屋大学医学部附属病院精神科)
【背景と目的】パーキンソン病の臨床経過において,約50%に体重減少を認めることが報告されている.しかし,類縁疾患であるレビー小体型認知症を含むレビー小体病における体重減少の発現頻度等に関する報告は乏しい.今回我々は,体重減少を呈したが,その病因を特定できなかったレビー小体病の2症例を経験したが,いずれも身体疾患や他の精神疾患との鑑別を要した.体重減少の発現機序は不明であるが,今回の二症例は,レビー小体病においても体重減少を呈しうることを示唆し,貴重であると考え報告する.
【症例1】78歳男性.75歳より歩行が不安定になり,78歳で脊柱管狭窄症の診断のもとプレガバリン等開始され,同時に根治手術の準備として糖尿病コントロール向上のため食事制限開始された.その後パーキンソン症状,食欲不振が出現し,薬剤中止されたが半年間で15kgの体重減少を認めた.糖尿病の既往を有するがMIBG心筋シンチグラフィでは,H/M比早期1.39,後期1.16,Washout率は70.1%を認め,前医にてパーキンソン病が疑われ,抗パーキンソン病薬が開始されたが無効であり,不安・動悸・アカシジア様の訴えが増悪し,精査加療目的で当科入院となった.入院時,体重減少・動悸・不安発作・便秘が認められ,UPDRS運動スコア5点,MMSE 22点であった.頭部MRIでは頭頂部優位の脳萎縮と深部白質虚血病変を認めた.脳血流SPECTではeZIS解析で頭頂葉から後頭葉にかけて軽度血流低下を認めた.ドパミントランスポーターシンチグラフィではSpecific Binding Raito 4.92であった.入院後に幻視が出現し,また,レム睡眠行動障害の病歴を聴取し,睡眠ポリグラフ検査上, REM sleep without atonia(RWA)を認め,レビー小体型認知症と臨床診断した.
【症例2】68歳女性.66歳より食欲不振が出現し,半年間で10kgの体重減少を認めた.食欲不振・不定愁訴が持続し,近医より各種抗うつ剤を投与されるも改善せず,精査加療目的で当科入院となった.入院時,食欲不振・体重減少・寡動・下肢異常感覚・便秘が認められ,UPDRS運動スコア8点,MMSE 30点であった.血液検査,頭部MRIでは異常を認めず,脳血流SPECTでは,eZIS解析で頭頂葉の軽度血流低下を認めた.MIBG心筋シンチグラフィでは,H/M比早期3.57,後期2.98,Washout率は35.5%であった.睡眠ポリグラフ検査上,RWAを認め,レビー小体病と臨床診断した.
【倫理的配慮】発表にあたり本人の同意を得,かつ個人情報保護に配慮した.
【考察】病因は特定できない体重減少が先行し,後にレビー小体病と診断された二症例を呈示した.症例1では,身体疾患を否定され,精神科紹介受診となった.症例2では,うつ病の診断基準項目の一つに体重減少が含まれており,うつ病が疑われた.レビー小体病における体重減少の発現頻度とその機序に関する報告はほとんどなく,今後の更なる検討が必要である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-14
認知症患者の陽性感情と陰性感情;疾患による違い
栗栖海吏,大島悦子,池田智香子,林  聡,進藤亜紀,(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室),横田 修(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室,きのこエスポアール病院),寺田整司(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室)
【目的】認知症疾患は現在,根本的な治療法が確立されておらず,薬剤やケアの効果を評価する際にはQOL測定が重要である.QOLは本来,主観的なものであるが,認知症患者から信頼性の高い主観的データを得ることは必ずしも容易ではない.また,QOL測定に際しては,患者の陽性感情や陰性感情の頻度は特に重要な測度であるが,認知症患者の感情面に焦点を当てた研究は非常に稀である.本研究では,患者の陽性感情や陰性感情に注目して,疾患ごとに比較評価した.
【対象と方法】2008年から2011年の間に岡山大学病院精神科もの忘れ外来を受診し,研究参加への同意が得られた60歳以上の患者の連続サンプルにおいて,アルツハイマー型認知症(AD)302例,レビー小体型認知症(DLB)26例,前頭側頭型認知症(FTD)21例を対象とした.陽性感情と陰性感情については「認知症高齢者のQOL評価票(QOL-D)」の下位尺度を用いて測定した.なお,統計解析はIBM SPSS statisticsを用いて,3群間で分散分析を行った後に,TukeyのHDS検定による多重比較を行った.
【倫理面への配慮について】本研究は岡山大学病院の倫理委員会で承認され,対象者やその家族から書面による同意を得て行った.
【結果】年齢・性別・MMSE得点については,AD・DLB・FTDの3群間で有意差は認めなかった.陽性感情の頻度については,DLB・FTD両群と比べるとAD群で有意に高かった.陰性感情の頻度については,AD・DLB両群と比べるとFTD群で有意に高かった.
【考察】陽性感情について,AD群に比較してDLB群やFTD群で有意に低かったことは,DLBでは抑うつ症状を呈する症例が少なくないこと,FTDでは前頭葉萎縮による無関心といった陰性症状が高頻度に認められることが関与している可能性が考えられた.また,FTD群でのみ陰性感情の頻度が有意に高かった.これは,QOL-Dでの陰性感情に関する質問において,焦燥・脱抑制に関する項目が多く,FTDでは他の疾患と比較して脱抑制行動が目立ちやすいことが影響していると考えた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-15
BPSDを理由に精神科に入院した認知症患者の治療および転帰の実態
新井哲明(筑波大学医学医療系),池田 学(熊本大学大学院),烏帽子田彰(広島大学大学院),北村 立(石川県立高松病院),松岡照之(京都府立医科大学大学院),安野史彦(奈良県立医科大学),横田 修(きのこエスポアール病院),安部秀三,栗田裕文(栗田病院),畑中公孝,田中芳郎(石崎病院),大川恵子(筑波大学医学医療系),池嶋千秋(八潮総合病院),太刀川弘和,朝田 隆(筑波大学医学医療系)
【目的】BPSDは患者の地域での生活を阻害し,精神科への入院の契機となる最大の要因の一つであり,また認知症患者の入院期間の長期化が問題となっている.BPSDの病態機序には不明な点が多く,入院の原因となりやすいBPSDの内容やその治療転機についてのデータは示されていない.BPSDの治療法には,薬物療法,身体的療法,非薬物療法等があるが,その実施基準は曖昧であり,効果も不明である.本研究の目的は,精神科における認知症患者のBPSDに対する治療の実態および転帰を把握するとともに入院長期化の要因を明らかにすることである.
【方法】認知症疾患医療センターあるいは精神科病院16施設に入院した認知症患者382名について,各BPSD症状の有症率,重症度,治療内容とその治療転帰等を,診療録を用いて後方視的調査を施行した.さらに,そのうちのアルツハイマー病(AD)とレビー小体型認知症(DLB)の計205例についてより詳細な調査を行うとともに,入院6ヶ月未満とそれ以上の2群に分けて解析し,入院長期化に関与する要因について検討した.
【倫理的配慮】本研究の実施に先立ち,筑波大学臨床研究倫理審査委員会の承認を得た.
【結果】382例において,BPSDの頻度は興奮が最も高く,入院期間は約4割が6ヶ月以上の長期入院であり,ADで入院が長期に及ぶ傾向が認められた.ADとDLB 205例では,入院の契機となる対応困難なBPSDとしては,興奮が最も多く,次いで徘徊,妄想,易刺激性,睡眠障害,幻覚などの順であった.薬物療法では,約60%に抗認知症薬が,約50%に抗精神病薬が使用されていた.非薬物療法では,作業療法が約70%,運動療法が50%と頻度が高かった.環境調整は約60%で施行されていた.退院時のBPSDの改善度は,無為無関心と多幸以外はすべて80%以上の高い改善度を示した.長期入院群では,要介護度,廃用症候群の頻度,寝たきり度が高く,退院時の認知機能が低い,興奮,無為無関心,易刺激性,睡眠障害のNPI点数が高いなどの特徴が認められた.また,入院長期化の要因の解析からは,家族の受け入れ拒否や退院後の入所施設が見つからない等の社会的理由と,BPSDが改善しない,身体疾患の増悪,ADLが回復しない等の患者自身の理由が複合的に関与する例が多いことが明らかとなった.
【考察】BPSDを理由に入院した患者に対し,薬物療法,環境調整,非薬物療法が組み合わされて施行されることが多く,無為無関心と多幸以外のBPSDの改善度は高く,入院治療の有効性は高いが,そのような多面的な治療が行われても,興奮,徘徊,異食などのBPSDが改善しないために入院が長期化する例は一定数存在する.また,入院長期化には,社会的要因および患者自身の要因が複合的に関与することから,それを防ぐためには,BPSDへの適切な対応だけでなく,患者の身体疾患の管理や運動機能の保持,家族の疾患教育,介護施設との連携強化など多面的な対策が必要である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月13日(土) 13:10〜14:00 ポスター会場(展示ホール A)
心理学・神経心理
座長: 玉井  顯(敦賀温泉病院)
P-A-16
認知症スクリーニング検査とMRI所見の乖離した群についての検討
山下裕之,森田喜一郎,小路純央,藤木 僚,加藤雄輔,佐藤 守,大川順司,内村直尚(久留米大学医学部神経精神医学講座,久留米大学高次脳疾患研究所)
【目的】平成24年1月から平成26年12月までの間に久留米大学もの忘れ外来を受診した者1220人において以下を検討した.
【方法】受診者の中で認知症の診断を受けた患者数は538名(平均年齢:77.8±8.2歳)で,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(以下,HDS-R)が21点以上且つMini-Mental state examination(以下,MMSE)が24点以上で,認知症重症度分類であるCrinical Dementia Rating(以下,CDR)は0.5以下を示し,非認知症と診断された受診者は682名(平均年齢:72.5±10.2歳)であった.
 一方,HDS-Rが25点以上かつMMSEが26点以上であるが,MRIのVSRAD advance解析で関心領域の萎縮を示すZスコアが2.0以上を示した群は83名(平均年齢:75.1±8.8歳)存在した.同群はスクリーニング検査所見と画像所見が乖離していると考えられ,我々は同群を乖離群とした.今回,乖離群,認知症群,非認知症群につきその特徴について比較し検討を行った.
【倫理的配慮】この研究は久留米大学倫理委員会の承認を得ている.
【結果】ADAS-J Cogの10単語想起課題では,認知症群の平均は1.5±2.0個,乖離群の平均は5.1±2.5個で,認知症群と乖離群間に有意差が観察された.VSRAD advanceのZスコアの平均は,認知症群が2.2±1.0,非認知症群が1.3±0.7,で乖離群は2.7±0.7であった.VSRAD解析の脳部位別の萎縮割合では,脳全体の萎縮および海馬領域の萎縮の割合で認知症群と乖離群の間に有意差は観察されなかった.
 乖離群32名の2年間の経過を観察した.32名中16名(50%)はHDS-RおよびMMSEが認知症域に低下し,認知症に移行した.初診時,HDSRが25点以上かつMMSEが26点以上でVSRAD advanceのZスコアが2未満である受診者20名(平均年齢:73.4±7.7歳,対照群)について,2年間経過を観察したところ4名(20%)が認知症に移行した.乖離群は対照群に比べ高率に認知症に移行した.乖離群は総受診者6.8%,認知症者の12.8%を占めた.
【考察】乖離群は認知症発症の危険性が高いが,スクリーニング検査では見逃される可能性があり,早期の画像検査が必要と考える.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-17
コース立方体組み合わせテストによるレビー小体型認知症とうつ病の鑑別における有用性
押岡美香,北村ゆり,白木幸子,押岡千賀子(医療法人鳴子会菜の花診療所)
【目的】一般的にコース立方体組み合わせテスト(以下コース)は簡易な知能検査として用いられている.今回コースがレビー小体型認知症(以下DLB)とうつ病・妄想性障害の早期鑑別に有用と考えられたのでここに報告する.
【方法】認知機能を評価するためADAS-jcog,WMS-R,RBMT,RCPMなど,様々な神経心理学的検査を施行しているが,精神疾患を疑い当院を受診された症例にコースIQで低値を示す群があった.鑑別のためドパミントランスポーターシンチグラフィ検査(以下ダットスキャン)を施行した.
【倫理的配慮】発表にあたり症例は個人が特定されないように配慮した.
【結果】症例1:60代男性,X−数年前に抑うつ状態となるが改善.X年2月「手が震えて仕事するのが怖い」など訴え,仕事ができず食欲も低下.X年5月うつ病を疑い家族に連れられ当院受診.神経学的所見は企図時の振戦がみられるものの幻視なく,その他も異常なし.神経心理学的検査の結果はWMS-R全てIQ 100前後,コースIQ 67,立方体模写は日により変動.脳血流SPECT(以下SPECT)では後頭葉の血流低下なし.うつ状態改善後もコースIQ 66で初診時と変化なし.ダットスキャンでは線条体の集積低下が認められた.
症例2:80代男性,X−数年前から隣家とトラブルがあり,以後被害妄想的な言動出現.数回脳神経外科受診されるが異常指摘されず.X年8月被害妄想的な言動が頻繁になりX年10月妄想性障害を疑い家族に連れられ当院受診.神経学的所見は企図時に振戦がみられるものの幻視なくその他の異常なし.神経心理学的検査の結果はADAS-jcog 5. 7点,コースIQ 77,立方体模写は日により変動するも大きな崩れなし.SPECTでは後頭葉の血流低下なし.ダットスキャンでは線条体の軽度集積低下を認めた.
症例3:70代女性,30代に自律神経症発症歴あり.X−3年夫が入院,病状落ち着かず付き切りだった.X−2年夫の病状は安定してきたがイライラしたり,泣くようになる.X−1年気分が沈むため他院受診.向精神薬処方され,イライラや泣くことが軽減.X年2月うつ病と物忘れを心配し当院受診.神経学的所見は軽度の振戦のみでその他異常なし.神経心理学的検査の結果はWMS-R 平均IQ 90台,立方体模写は日により変動.SPECTでは後頭葉の血流は軽度低下を疑う程度.ダットスキャンも形態異常は認められないが,全体的に若干の集積低下を疑われた.WMSRはうつ状態改善後平均IQ 100前後に改善,コースIQ 77.検査後の診察にて幻視を認めた.
【考察】DLBでは抑うつ,心気的な訴えや妄想などの症状が先行し,初期には認知機能障害は目立たないため検査で捉えにくく老年期発症の精神疾患との鑑別が非常に困難である.この3症例もコース以外の認知機能検査では著明な障害が認められなかった.しかし,症例1,2はコースIQが低値でダットスキャンは集積低下が認められたこと,そして症例3はダットスキャンでは集積低下が明瞭ではないが,コースIQは低値で,さらに幻視がみられたことからいずれの症例もDLBと診断された.
 コースIQの低値はうつ状態の影響を受けることもなく視空間認知機能障害を示すため鑑別に有用と考える.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-18
家族介護者が高齢者に物忘れ外来受診を促す理由についての検討;健常,MCIおよび主な認知症の比較
扇澤史子,古田 光,岡本一枝,今村陽子,白取絹恵,畠山 啓,齋藤久美子,千田亜希子,佐々木優子(東京都健康長寿医療センター),井藤佳恵(東京都健康長寿医療センター研究所),須田潔子,菊地幸子(東京都健康長寿医療センター),岡村 毅(東京都健康長寿医療センター研究所),萩原寛子,福島康浩(東京都健康長寿医療センター),粟田主一(東京都健康長寿医療センター研究所)
【目的】物忘れ外来受診は認知症と向き合うプロセスの入口であり,家族が本人のどのような変化を異変と捉え受診に至ったかを知ることは,家族支援の点からも重要である.本研究では受診に際して家族に事前聴取した主訴の内容分析を行った.
【方法】2013年9月〜2014年11月Aセンター物忘れ外来を初診した患者家族に,事前に自己記入式DASC 23(粟田,2013),J-ZBI(荒井ら,2003)を実施し,受診動機について自由記述内容を基に15〜30分程度の聴取を行った.分析対象は,経過,認知機能検査,画像検査結果をICD-10に基づいて,主治医がAD(+CVD),VD,DLB,Mixed Dementia,MCI,正常(NC)と診断した410名(患者:80.2±6.4歳,男:女=141:269,家族:60.1±15.3歳,夫54名,妻92名,娘154名,息子68名,嫁23名,その他19名,同居:独居=273:137)とした.
【倫理的配慮】病院として診療データの使用について予め告知し,患者または家族に文書にて研究の同意を得た.また,データは数量的に処理した.
【結果】自由記述と聴取内容は要約して記録し,グラウンデッドセオリー法(木下,1999)を参照しながらText Analyticsを用いて,家族が認知症を疑った具体的な認知・生活機能障害,BPSD等に分類した.その後,各カテゴリーの出現頻度について,χ二乗検定で群別に比較を行った.また,患者背景の参照のため,上述の尺度はKruskal-Wallis検定を行った.結果を表1に示す.
【考察】本抄録では紙面の都合上,患者背景と出現頻度の高い受診理由の一部掲載に留めるが(統計学的分析結果も省略),明白な生活機能障害やBPSDの他,正常加齢変化も受診動機に相当数含まれていた.本人・家族の不安を招きやすい生活上の躓き等の内容を検討し,適切な情報を提供することは,家族支援において,有用と考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-19
アルツハイマー型認知症におけるベントン視覚記銘検査の誤答パターンについて
光戸利奈,岩本竜一(医療法人辰川会山陽病院),山田達夫(一般社団法人巨樹の会赤羽リハビリテーション病院),辰川和美(医療法人辰川会山陽病院),橋本優花里(福山大学)
【目的】ベントン視覚記銘検査(以下;BVRT)は,元は脳疾患患者の視覚認知や視覚記銘の評価に用いられていたが,近年,ADやその他の疾病の視空間認知障害の評価に用いられている.例えば,Zanini et al.(2014)の研究では,ADと健常高齢者(以下;NC)のBVRTの成績を比較した.その結果,AD群はNC群よりも,「正確数」,「誤謬数」において成績が低下した.そして,6つの誤答タイプを比較した結果,AD群はNC群に比べ「省略」と「ゆがみ」において誤答が多く見られた.また,BVRTの「ゆがみ」の採点の中には「簡単な置き換え(正方形の代わりに円など)によるゆがみ;Substitution Major;以下SM」と「簡単な置き換えや回転とは別(図形内部の細部を省略・追加・置き違い・図形の分裂・図形の多様再生など)であるゆがみ;Inaccurate Major;以下IM」があるが,Zanini et al.(2014)の研究では,どのようなゆがみのパターンがAD群とNC群にみられたかについては明らかにしていない.そこで,本研究では,ADにBVRTを行い,Zanini et al.(2014)の分析に加えて,ゆがみの パターンについて分類することでADにおける視空間認知機能についての検討を行った.なお,抄録では結果が顕著に現れた図版8の結果を中心に述べる.
【方法】物忘れ外来を受診したAD患者(34名)と健常高齢者(24名)にBVRT(施行A,形式I)を行った.「正確数」,「誤謬数」および,6つの誤答タイプについて群間比較を行った.さらに,誤答タイプについて,「省略」,「ゆがみ(SM)」,「ゆがみ(IM)」「省略・ゆがみ以外の誤答」に分類し,それぞれの割合を求めた.
【倫理的配慮】本課題について対象者には検査の一部として実施することの了承を得た.また,個人が特定されないよう十分な配慮を行い,辰川会山陽病院倫理審査委員会の承認を受けた.
【結果】AD群は正確数,誤謬数においてNC群よりも有意な低下がみられた.また,6つの誤答タイプについてそれぞれ比較した結果,AD群はNC群に比べ「省略」と「ゆがみ」において誤答が多かった.次に,ゆがみのパターンについて図版8の結果を述べる.図版8は3つの図形で構成されており,左の図形は正方形の内部に曲線が入った図形,右の図形は正方形,周辺図形は三角形である.AD群はNC群と比べ,左右の図形では「IM」の誤答が多く,周辺図形では「SM」と「省略」の誤答が多かった.また,周辺図形については,NC群では「省略」の誤答は全くみられなかった.
【考察】AD群はNC群よりも「正確数」,「誤謬数」,「省略」,「ゆがみ」が低下することが示された.これはZanini et al.(2014)の研究と同様の結果であった.また,ゆがみのパターンについて,AD群は,左右の図形を再生する際,簡単な置き換えなどによるゆがみよりも,図形の細部の追加や分裂などのゆがみによる誤答が多かった.特に,正方形といった単純な図形の再生においても図形の追加や分裂などの誤答パターンがみられたことは,視覚性記憶の問題よりも視空間や構成能力の問題がより顕著に現れたのではないかと考察する.また,周辺図形について,NC群では省略する者はいなかったものの,AD群は省略や簡単な置き換えによる誤答が目立った.このことから,ADは図形の細部までの知覚が正しく行われていないことが疑われる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-20
MCI鑑別に有効な認知機能評価検査項目の集団実施への適用可能性
鈴木宏幸(東京都健康長寿医療センター研究所),小川 将(東京都健康長寿医療センター研究所,中央大学大学院),山内美紗子(東京都健康長寿医療センター研究所),高橋知也(東京都健康長寿医療センター研究所,横浜国立大学大学院),村山幸子(東京都健康長寿医療センター研究所,青山学院大学大学院),飯塚あい,長谷部雅美(東京都健康長寿医療センター研究所),小池高史(東京都健康長寿医療センター研究所,日本大学文理学部),藤原佳典(東京都健康長寿医療センター研究所)
【目的】適切な認知機能評価を目指して多彩な検査・尺度が開発されており,簡易な面接式検査としてはMoCA(Nasreddine et al.,2005)や7 MS(Solomon et al.,1998)がMCIや最軽度ADの鑑別において成果を挙げている.一方,地域健診においては対象人数の多さから,集団かつ低コスト・短時間で実施可能な評価方法の確立が求められている.本研究では従来の個別式評価において有効性が示されている検査項目を集団と面接で実施し,検査項目の集団実施への適用可能性についてMCI鑑別の点から検討する.
【方法】対象:東京都Z区において65歳以上の地域在住高齢者を対象に「脳の元気度チェック」への参加を呼び掛けた.参加者には初回に集団認知機能評価(A)への参加を求め,健康啓発講座を提供した.約1週間後に面接による認知機能評価(B)への参加を求めた.1度に20〜30名を募集し,Z区内の6地区にて計7回実施した.合計で155名が参加を申し込み,(A)・(B)ともに参加した127名(男性30名,平均75.5±6.1歳)を分析対象とした.検査項目:記憶機能の測定として,MoCA-Jの5単語記憶課題(5DR)と7MSのEnhanced Cued Recall(ECR;8項目の線画記憶課題)を実施した.(A),(B)ともに口頭で単語を提示し,(A)では筆記による回答を求め,(B)では口頭による回答を求めた.言語機能の測定として語想起課題の音韻課題と意味課題を実施した.60秒間に該当する言葉をできるだけ回答するよう求め,(A)では用紙への書き出し,(B)では口頭での回答を求めた.注意・実行機能の測定として,(A)では30秒間に数字を1から順にできるだけ書き出す課題(Speed I)と,30秒間に数字とひらがなを交互に書き出す課題 (Speed II)を実施した.(B)ではTMT-A・Bを実施した.その他に,(A)では視空間課題として時計描画,抽象思考課題として類似を実施し,(B)では基本属性調査とMMSE,MoCA-J等を実施した.
【倫理的配慮】本研究は東京都健康長寿医療センター倫理委員会の承認を得て実施し,データの使用について対象者全員に書面による同意を得た.
【結果】各検査の集団時と面接時の相関係数(r)は,5DRでは.46,ECRでは.61,音韻課題では.35,意味課題では.50,Speed IとTMT-Aでは−.38,Speed IIとTMT-Bでは−.59であった.次いでMMSEが24点以上かつMoCA-Jが26点未満である対象者(n=50)を操作的MCIと定義し,ROC解析から(A)の合計点(平均76.1±13.0点)のMCI鑑別の精度を検討した.その結果,感度は72.0%,特異度は71.4%であった.
【考察】MCI鑑別・認知機能評価において有効性が認められている面接式の検査項目について,いずれも集団実施における妥当性が認められた.また,集団認知機能評価の合計点を指標としたROC解析において,操作的ではあるがMCIの鑑別に良好な値が得られた.本研究において実施した集団認知機能評価項目の実施時間は25分以内であり,簡易かつ適切な認知機能評価検査として幅広い活用が期待される.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月13日(土) 14:00〜14:50 ポスター会場(展示ホール A)
家族支援・福祉
座長: 平澤 秀人((医)啓仁会平沢記念病院)
P-A-21
認知症要支援者と同居する家族の介護に対する見解の検討
水野洋子,荒井由美子(国立長寿医療研究センター長寿政策科学研究部)
【目的】本研究は,要支援認定を受けた者(以下,要支援者)の日常生活に関する実態の把握を企図して実施した調査(主任研究者:荒井由美子)において,特に,認知症要支援者と同居している家族の「介護に対する見解」に着目することにより,家族介護者の支援において留意すべき論点を明らかにすることを目的とした.
【方法】2013年2月現在,調査モニターとして登録をしていた全国の40歳以上の一般生活者のうち,以下のa)〜c)の回答者条件を全て満たした2,000名に対して,Web調査を実施した.
a)両親,義父母,配偶者の中で,「要支援1」又は「要支援2」の認定を受けている者がいる.
b)上記a)の要支援者の日常生活を把握している.
c)上記a)の要支援者の日常生活について,代理で回答することが可能である.
【倫理的配慮】本研究の調査対象者は,対象者本人の自由意思に基づいて,自ら調査モニターとして登録をしている者である.調査の実施に際しては,本研究の意義及びデータの管理,使途について事前に説明し,同意を得た上で実施した.
【結果】(1)回答者の内訳:男性1,112名(55.6%),女性888名(44.4%),平均年齢は56.9歳であった.
(2)要支援者の内訳:男性543名(27.1%),女性1,457名(72.9%),平均年齢は83.0歳であった.また,「要支援1」が691名(34.6%),「要支援2」が867名(43.4%),「要支援ではあるが1か2か不明」が442名(22%)であった.
(3)認知症要支援者と回答者の同居状況:要支援者2,000名のうち,認知症要支援者は,395名(19.8%)であった.この395名のうち,回答者と同居していた者は,130名(32.9%)であった.
(4)介護に対する回答者(同居家族)の見解@:認知症要支援者と同居していた回答者のうち,「介護を誰かに任せてしまいたいと思うか」との問いに対し,「思わない」と回答をしていた者は,25名(19.2%)であった.一方,「たまに思う」が40名(30.8%),「時々思う」が27名(20.8%),「よく思う」が23名(17.7%),「いつも思う」が15名(11.5%)であった.
(5)介護に対する回答者(同居家族)の見解A:上記の「介護を誰かに任せてしまいたい」との問いに対し,「(たまに/時々/よく/いつも)思う(n=105)」と回答していた者の,介護に対する見解(自由記述回答)を解析した(解析回答数;n=69).その結果,「介護費用の負担軽減」,「認知症の症状に対する消極的感情」,「介護者自身の充実した時間の確保」等の見解が確認された.
【考察】認知症要支援者と同居していた家族の見解から,「@回答者自身に関する事項」,「A公的支援等の制度に関する事項」,「B認知症要支援者に関する事項」の3つの論点が把握された.なお,特に「回答者自身に関する事項」からは,認知症要支援者のための介護を主軸とした支援とは別に,介護者自身の日常生活を視野に入れた支援の検討が重要であることが示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-22
本邦におけるアルツハイマー病患者への介護が介護者の健康転帰と資源利用に及ぼす影響
中村智実(日本イーライリリー株式会社研究開発本部),Amir Goren(Health Outcomes Practice,Kantar Health, New York, USA),William Montgomery(Global Patient Outcomes&Real World Evidence, Sydney, Australia),Kristin Kahle-Wrobleski(Global Patient Outcomes&Real World Evidence, Indianapolis, USA)
【目的】本邦におけるアルツハイマー病患者への介護が介護者に及ぼす影響について,健康転帰と医療資源利用の観点から記載する.
【方法】データは2012年の本邦におけるHealth and Wellness Survey(18歳以上,30,000人)から入手した.アルツハイマー病または認知症がある成人親族を介護する介護者と介護対象者を有しない非介護者を様々な健康転帰指標,すなわち作業能率・活動性障害調査票(WPAI),SF-36v2に基づく健康関連の生活の質(HRQoL),および医療資源の利用について比較した.さらに,社会人口統計学的特性,健康特性ならびに行動,およびCharlson comorbidity index(CCI)スコアを介護者と非介護者間で比較した.
【倫理的配慮】使用したデータベースは,個人が特定されないように配慮されている.
【結果】28,416人(介護者714人,非介護者27,702人)が回答した.介護者は非介護者より高齢(50〜64歳:46% vs. 25%)で,女性の頻度が高く(53% vs. 50%),既婚/同棲相手がおり(70% vs. 63%),飲酒者が多く(44% vs. 39%),CCIスコアが高く(0.4 vs.0.1,またはCCI 1以上が20% vs.11%),就労している割合が低かったが(53% vs.58%),これらはすべて統計学的に有意(p<0.05)であった.また,共変数(年齢層,性別,婚姻状況,CCI,保険加入,所得および教育)について調整したところ,介護者の方がうつ病(62%,p<0.001),不安(90%,p=0.033),不眠(60%,p=0.001),および疼痛(52%,p<0.001)のオッズが有意に高かった.さらに,介護者は非介護者に比べて,健康効用値(Health utilities)が低く(−0.031点,p<0.001),HRQoL[Physical component summary:PCS(−1.11点,p<0.001)およびMental component summary:MCS(−2.34点,p<0.001)]が低かった.就労者のなかでは,介護者は非介護者に比べて作業能率の障害の報告(16%多い,p=0.033)と活動 性障害の報告(23%多い,p<0.001)が有意に多かった.また,介護者は,非介護者に比して,医療機関への訪問(42%多い,p<0.001)と救急外来受診(140%多い,p=0.009)が有意に多かったが,入院などによる病院への来院件数は介護者で有意に高いということはなかった.
【考察】本邦におけるアルツハイマー病による認知症患者の介護者は,介護に関連する広範囲の負担(身体的,精神的,社会的,および金銭的)を経験しており,健康状態が比較的不良で,併存症のリスクが高く,生産性の障害が大きく,医療資源の利用率が高かった.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-23
高年齢タクシードライバーの抑制機能と事故経験;抑制課題付有効視野測定法高齢者版(VFIT-EV)を用いて
藤田佳男(目白大学保健医療学部,慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室),琴寄路子(目白大学保健医療学部),三村 將(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)
【目的】第二種免許所持者の高齢化が問題となっており,彼らが引き起こす事故が注目されている.特にタクシー乗務員は,一定の認知機能が必要と考えられるものの,認知機能が低下した者が業務を継続していることが報告されている本研究では臨床的認知機能検査に加えて,抑制課題と有効視野を同時に測定できるソフトウェア高齢者版(Visual Field with Inhibitory Tasks Elderly Version:以下VFIT-EV,藤田ら,2004と略す)を用い.タクシー会社の事故記録を用いてその関係を調べたので報告する.
【方法】研究参加者はタクシー会社に勤務する乗務員23名である.平均年齢は65.1±5.2歳(54−74歳)であり入社1年未満の者は業務未習熟者として除外した.認知機能検査はMMSE,TMT,WAIS-IIIの符号課題)を用いた.有効視野および抑制機能の測定はVFIT-EVを用いた.事故件数および第1当事者件数の年あたり件数を求め,それらが年1回以上の者とそれ未満の者の2群(事故多発群と事故散発群と略す)で認知機能成績等に違いがあるか比較を行った.
【倫理的配慮】研究参加者には口頭および書面で研究内容等を説明し,参加への同意を得た.本研究は目白大学人及び動物を対象とする研究に係る倫理審査委員会および公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
【結果】研究参加者の入社日から起算した勤務月数は118.4±122.5か月,年あたりの事故件数は0.82±1.1回であった.年あたりの第一当事者件数は0.62±1.0回であった.認知機能検査の平均成績は,MMSEが27.6±2.7点,TMT-Aは134.1±43秒,TMT-Bは182.8±88.1秒,WAIS符号課題は56.9±15.9,VFIT-EVの有効視野成績は89.3%,抑制課題でのお手つき回数は1.3±1.4回であった.次に,年あたりの事故件数を用いて事故頻発群6名と事故散発群17名の平均を比較したところ,年齢およびMMSE,TMT,WAIS-IIIの符号課題すべてに有意差は認められなかったものの,勤務月数では事故散発群が144.4±133.0か月に対して事故頻発群が45.0±25.8か月であり大きな差が認められた(P<0.01).またVFIT-EVの有効視野成績には有意差は認められなかったが,抑制課題でのお手つき回数は事故散発群が0.9±1.1回であるのに対し頻発群が2.3±1.9回で有意に多かった(P<0.05).
【考察】認知機能検査と運転技能には関係が認められるの報告があるが,今回は事故経験との関係は認められなかった.また有効視野成績と事故経験には関係があると報告があるが(藤田ら,2012),これも関連は認められなかった.これは今回の研究対象者がタクシー乗務員であり事故が収入減につながるため,運転行動の修正への動機づけも強いのでは考えられた.また,課題難易度の高い道路を走ることも多く,ヒヤリ・ハット体験などにより運転行動を振り返る機会が多いのではと考えられた.今後高齢アマチュアドライバーについても同様の調査を計画中である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-24
認知症の行動・心理症状と家族・親族関係の変化;メキシコシティの家族介護者に対する調査から
松岡広子(愛知県立大学),山口英彦(市民団体トランスパシフィコ(メキシコシティ))
【目的】認知症の行動・心理症状(BPSD)は,被介護者−介護者関係だけではなく,介護に直接関与しない家族・親族の心情にも影響を及ぼす.とりわけ,公的な社会保障が貧弱な開発途上国においては,家族・親族がほぼ全面的に介護の負担を背負うために,家族・親族関係への影響は無視できない.本研究はメキシコを対象として,BPSDと認知症介護をきっかけとした家族・親族間の結びつきの変化との関連を明らかにする.
【方法】調査の対象者はメキシコシティにおいてデイサービスを利用,もしくは患者家族会に参加している家族介護者とした.方法は自記式質問紙調査として,分析はBPSD 12項目の有無と家族・親族間の結びつきの変化の有無についてFisherの直接確率法による分析を行った.
【倫理的配慮】調査は所属大学の研究倫理審査委員会の承認を得て実施した.
【結果】回答者は54名であった.括弧内は有効回答における比率である.主介護者は女性が42名(77.8%)であり,実母の介護が27名(50.0%)と半分を占めていた.要介護者は女性が38名(70.4%)であり,80歳代以上が27名(50.0%)であった.アルツハイマー病25名(46.3%),血管性認知症8名(14.8%),混合型認知症7名(13.0%),前頭側頭型認知症5名(9.3%),レビー小体型認知症1名(1.9%)という診断状況であった.BPSDの各症状は要介護者の半数以上にみられた.認知症介護をきっかけとした家族・親族間の結びつきの変化に関して,患者と同居する家族間において変化ありが28名(57.1%),同居家族と近住の家族・親族間において変化ありが19名(55.9%),同居家族と遠方在住の家族・親族間において変化ありが18名(43.9%)であった.同居家族間における結びつきの変化の有無と有意に関連した症状は妄想,動揺攻撃,脱抑制,易怒(p<.01),多幸,睡眠障害(p<.05)であった.同居家族と近住の家族・親族間における結びつきの変化の有無と有意に関連した症状は妄想 (p<.01),動揺攻撃,アパシー,脱抑制,易怒(p<.05)であった.同居家族と遠方在住の家族・親族間における結びつきの変化とBPSDとに有意な関連はなかった.
【考察】多幸と睡眠障害は同居の場合にのみ,アパシーは近住の家族・親族が関わる場合にのみ有意な関連を示した.患者と日々接している同居家族にとって,多幸は患者自身が介護負担を理解していないように捉えられて不快なものであり,睡眠障害は生活リズムを狂わせて疲労を蓄積させるものである.ときどき患者に接する近住の家族・親族にとって,アパシーは患者の病状の悪化を印象付けて,患者に関わろうとする気力を削いだり,同居家族への不信を生んだりする.それらの症状に加えて,妄想,動揺攻撃,脱抑制,易怒といった陽性症状が速やかに緩和されれば,介護者の直接的な負担が軽減するだけではなく,家族・親族間の結びつきがより良い形で維持もしくは回復でき,同居家族や近住拡大家族が患者と介護者を積極的に支援し続けることにつながるだろう.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-25
認知症に伴う心理行動症状による暴力行為により夫婦関係と生活が破綻した認老2人世帯;認知症に伴う心理行動症状への早期治療介入の必要性
大野篤志,末藤淳一,小泉伸介,中井正彦(医療法人篤仁会富士病院(福島))
【目的】認知症に伴う心理行動症状,中でも暴力行為はは重大な社会問題となっている.アルツハイマー型認知症に伴う心理行動症状としての暴力行為により生活が破綻した認老2人世帯について報告し,認知症に伴う心理行動症状への早期治療介入の重要性について報告する.
【症例呈示】(症例1)夫79歳男性中等度アルツハイマー型認知症
(主訴)妻への暴言・暴力行為,もの盗られ妄想,車での徘徊等.
(現病歴)数年前から認知障害あり,X−3年頃から,A精神科クリニックにアルツハイマー型認知症の診断で通院していた.主訴が出現していたが主訴に対しては治療介入がなされておらず介護保険も未申請であった.X−1年4月頃から,特に誘引なく主訴が悪化し,暴言・暴力の対象の妻が重度のうつ病となり,妻が当院入院後のX−1年6月に,夫妻には子はいないため,妻の親族に連れられ当院初診,同日当院医療保護入院.
(入院後経過)FDAの警告を含め副作用について親族に十分説明し同意を得た上で,抗精神病薬を投与し,隔離や身体抑制なしで,入院翌日には主訴改善.
(症例2)妻79歳女性うつ病
(主訴)食事が摂れない,夫の暴力により右大腿部打撲で歩けない,重度の抑うつ状態
(現病歴)夫がA精神科クリニックでアルツハイマー型認知症と診断された後,間もなく夫からの暴言・暴力行為が認められた.X−1年4月頃から夫の暴言・暴力が激しくなり,X−1年6月に主訴のため心配した親族に連れられ当院初診,同日当院任意入院.
(入院後経過)点滴栄養,抗うつ薬の投与で,数週間で主訴改善.
【倫理的配慮】ヘルシンキ宣言等の基準を厳正に遵守し,患者,家族,患者と家族に関係する全ての個人,団体が特定されないよう匿名性,守秘義務に配慮し,発表の趣旨を変えない範囲で一部改変して発表する.
【結果】当初,妻は夫に対して恐怖心を抱いていたが,X年1月現在,妻は夫の病状を心配され,夫も妻の病状を心配されている.元来,夫妻は,子がいなかったため支えあって生活してきた歴史があり,夫婦仲も良かった.以前の夫婦関係が再構築されている.
【考察】夫の認知症に伴う心理行動症状に対して,早期治療介入がなされ,介護保険サービス等の社会資源が提供されていれば,夫妻の人生の道筋は大きく異なっていたと思われる.
 認知症に伴う心理行動症状への早期治療介入は,認知症患者に心の平穏をもたらすのみならず,家族関係の悪化,生活の破綻を防ぎ得るものと考える.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月13日(土) 14:50〜15:40 ポスター会場(展示ホール A)
地域医療
座長: 小田原俊成(横浜市立大学保健管理センター)
P-A-26
円滑な病病連携により,老年期うつ病に合併したS状結腸癌を治療し得た1例
関口秀文,出口靖之,譚  新,佐藤雅幸,小渡雅子,田中陽子,小倉亜矢,山本誉麿,川嶋英奈,澤  温(さわ病院),山下圭一(ほくとクリニック病院),深尾晃三(ほくとクリニック病院)
【目的】精神科救急にあたる病院のほとんどは精神科単科病院であり,身体管理が十分にできないという問題を抱えているが,実際には,精神科救急に身体的問題のある患者が来院したり,精神科救急医療の治療過程で身体合併症のための身体科治療が行わないことが少なくない.しかし今回,精神科救急と身体科救急のスムーズな連携により救命しえた一例を経験したので,若干の考察を加え報告とする.
【方法】症例報告
【倫理的配慮】今回の発表に際して個人情報が特定されないように配慮した.また,発表に際し本人・家族より電話承諾を得た.
【結果】症例:80歳,女性.
 精神神経疾患の家族歴・既往歴はなし.X−3年夫と「同じ年齢まで生きたしもういい」と家族に話していた.その頃,食欲低下しA病院受診となり老人性うつと診断され入院加療後,薬物治療にて改善し,X−2年5月高齢者住宅へ退院となった.しかし,X年9月25日頃より食事水分摂取を拒否し,希死念慮の訴えを認めるようになった.施設では点滴を拒否するため,X年10月1日外来受診となった.初診時レベルJCS III−100 血圧70台と低値であり,当院での緊急採血の結果,高度の脱水と腎前性の急性腎障害を認めた.精神症状に伴い循環不全の状態であったが,身体治療優先のため,B病院へ転院となった. 転院後,点滴治療にて脱水・腎障害の改善認めた.また,下部消化管内視鏡検査にて大腸癌を認め,本来なら手術適応であったが,高度の精神症状のため手術とはならず,精神症状治療目的にX年11月2日当院転院となった.入院時は表情暗く,抑うつ気分,意欲低下,希死念慮を認め医療保護入院とした.薬物治療を行うが反応は見られなかったため,11月2日よりmECT1クール施行したところ,症状改善認め,独歩・食事可能となり,12月3日B病院へS状結腸癌手術目的にて転院となった.その後B病院にて無事に手術行い,12月27日B病院退院とした.退院後はもとの高齢者住宅へ入所となった.
【考察】今回,病病連携を行った病院には当院ドクターが週1回リエゾン治療を行っており,精神科病院と身体科病院の協力体制構築には顔の見える関係を作りあえげることが,重要であると感じた.
 今後病病連携を強化していく先において,このような悪性疾患のような時間的制約のある症例には,精神症状の不安定な時期にも身体治療を行えるような医療体制の構築ができることを願う.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-27
ものわすれ予防検診における探索眼球運動の特性
中島洋子(久留米大学医学部看護学科,久留米大学高次脳疾患研究所),森田喜一郎(久留米大学高次脳疾患研究所,久留米大学医学部精神神経科学教室),石井洋平(久留米大学高次脳疾患研究所),小路純央,藤木 僚,大川順司(久留米大学高次脳疾患研究所,久留米大学医学部精神神経科学教室),古村美津代,松本まなみ,伊藤尚加(久留米大学医学部看護学科),内村直尚(久留米大学高次脳疾患研究所,久留米大学医学部精神神経科学教室)
【目的】平成26年度のF県T地区のもの忘れ検診において,小島等が開発した探索眼球運動解析装置を用いて視覚認知機能を検討したので報告する.
【方法】対象:65歳以上の検診参加者132名.総被験者をHDS-R,MMSEから認知症群(HDS-Rが20点以下またはMMSEが23点以下:28名)と非認知症群(104名)とした.さらに非認知症群を,高リスク群(HDS-R:21〜24点:17名),低リスク群(HDS-R:25〜27点:39名)および健常群(HDS-RおよびMMSE:28点以上:48名)とした.認知症群の中で,脳梗塞等の血管性性である検診受診者は解析データから除いた.平均年齢は,認知症群(79.6±5.3歳),高リスク群(77.1±9.0歳),低リスク群(77.0±6.9歳),健常群(73.8±6.6歳)だった.
方法:検診では認知症スクリーニングテストHDS-R,MMSE,10単語想起数,探索眼球運動計測,光トポグラフイー(NIRS)などを行った.探索眼球運動計測は,ナック社製のEMR-8を使用し,横S字1,2,3の3つのパターンを見せ反応探索スコアー(以下,RSSという)を計測した.注視が可能な者のみ検査を施行し,後で見た横S字を描いてもらった.本研究においては,横S字を描けない受診者は除外した.
【倫理的配慮】総ての被験者には,当研究を書面にて説明し同意を得たのち施行した.尚,当研究は,久留米大学倫理委員会の承認を得て行っている.
【結果】横S字2のRSSは,認知症群(2.7±1.4),高リスク群(2.3±1.6),低リスク群(3.2±1.6),健常群(3.5±1.3)で,群間に有意差は観察されなかった.
 横S字3のRSSは,認知症群(2.6±1.4),高リスク群(3.0±1.8),低リスク群(3.5±1.5),健常群(3.9±1.4)で,認知症群のRSSは,高リスク群,低リスク群および健常群より有意に小さい値であった.
 S2およびS3のRSSを合計した総合RSSは,認知症群(5.3±2.3),高リスク群(5.4±2.8),低リスク群(6.4±2.9),健常群(7.4±2.2)で,認知症群の総合RSSは,高リスク群,低リスク群および健常群より有意に小さい値であった.また,高リスク群の総合RSSは低リスク群および健常群より有意に小さい値であった.
 さらに総合RSSとHDS-R,MMSEおよび10単語想起数に有意な正の相関が観察された.また,総合RSSとMRIのVSRADのZスコアーに有意な負の相関が観察された.
【考察】探索眼球運動検査は,視覚認知機能を反映し,無侵襲で,いずれの場所でも計測可能であり,すぐに被験者に画像として見せることが可能で評価もでき,認知症の早期発見に有用な精神生理学的指標となりえる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-28
高齢者は自己の認知機能の低下をどのように感じているか?;地域在住高齢者におけるパーソナリティと認知機能,QOLに関する検討
橋本 学,高島由紀,八尾博史,杠 岳文(国立病院機構肥前精神医療センター),矢原耕史(久留米大学バイオ研究センター)
【目的】認知症の早期発見・早期治療は重要なテーマである.今日では認知症予防活動の重要性も指摘され,各地で種々の取り組みが試みられている.早期発見にせよ,認知症予防にせよ,高齢者自身が自らの認知機能低下をどのようにとらえているのかという視点が取り組みを成功させることにつながるであろう.我々は,認知機能とQOLとの関係に,各個人のパーソナリティがどのように関与しているのかを地域在住高齢者において検討した.
【方法】60歳以上の地域在住高齢者179人(男性75人,女性104人,年齢71.8±7.8歳)を被験者とした.被験者は精神神経疾患の既往がなく,脳器質性疾患を有していなかった.
 パーソナリティ検査として,ミネソタ多面人格目録(MMPI)を行った.認知機能検査として,リバーミード行動記憶検査(RBMT),modified Stroop test(mST)を行った.QOLの評価として,Short Form-8(SF-8)および日常生活満足度(SDL)を用いた.
 解析にはMMPIの10尺度それぞれに関する逸脱傾向群(T-score>70)の効果,RBMTの標準プロフィル点(SPS),スクリーニング点(SS)の効果,および両者の交互作用の効果を説明変数とした多変量回帰モデルを用いた.目的変数としては,SF-8の身体的サマリースコア(PCS)および精神的サマリースコア(MCS),SDL総得点を用いた.
【倫理的配慮】本研究は,肥前精神医療センター倫理委員会の承認を得た.被験者からは研究に関する同意を文書により得た.
【結果】MMPI T-scoreがすべて70以下の者は120名(67%)であった.mST part IIIでの反応時間が長いほどSF-8のMCSが低下するという関係が,MMPI 第4尺度(精神病質的逸脱)T-score>70の群にのみ検出された.mST part III/part Iの値が大きいほど,SF-8のMCSが低下するという関係が,MMPI 第1尺度(心気症),第7尺度(精神衰弱),第8尺度(統合失調症)のT-score>70の群にのみ検出された.RBMT SPSの得点が低いほどSF-8のMCSが低下するという関係が,MMPI第2尺度(抑うつ),第3尺度(ヒステリー),第4尺度(精神病質的逸脱)のTscore>70の群にのみ検出された.mST part IIIの反応時間が長いほどSDL総得点が低くなるという関係が,MMPI 第0尺度(社会的内向)のT-score>70の群で検出された.mST part III/part IとMMPI 第0尺度についても同様の結果であった.
【考察】今回の結果では,MMPIのすべての臨床尺度でT-score<70の者は約67%存在していたが,これらの群では認知機能とQOLの間に明確な関連は見いだされなかった.今回の被験者となった地域在住高齢者は,定期的就労を行っていないか,自営の農業を小規模に営んでいる者がほとんどであったため,認知機能とQOLとの間に大きな相関がなかったのではないかと考えられた.すなわち,MMPI T-score<70の群では,認知機能の低下が主観的QOLの低下につながりにくいと推測されるので,認知症の予防・早期発見の障壁となる可能性があるのではないかと思われた.一方,MMPIの特定の臨床尺度のT-score>70の群では,認知機能検査の結果が悪いほどQOL(とくにMCS)が低下する可能性が示唆された.MMPI T-score>70の群では,認知機能低下がQOLの低下につながりやすいと思われるため,各個人のパーソナリティ特性に応じた対応策を考慮する必要があるのではないかと思われた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-29
都市部地域在住高齢者のFABとMMSEの得点分布と年齢・教育年数との相関
佐久間尚子,宇良千秋(東京都健康長寿医療センター研究所),宮前史子(東京都健康長寿医療センター研究所,横浜国立大学大学院環境情報学府),新川祐利(東京都健康長寿医療センター研究所,東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻臨床神経精神医学),稲垣宏樹,伊集院睦雄,井藤佳恵(東京都健康長寿医療センター研究所),岡村 毅(東京都健康長寿医療センター研究所,東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻臨床神経精神医学),杉山美香,粟田主一(東京都健康長寿医療センター研究所)
【目的】前頭葉機能の簡易評価検査として利用されているFrontal Assessment Battery(FAB)の都市部在住高齢者の得点を検討する.
【方法】対象:東京都A市特定地区在住の65歳以上のすべての高齢者7,682名(女性53.9%,平均年齢74.1±6.9歳,平均教育年数12.7±2.9年)を対象とする3段階調査の最終調査における286名(女性52.4%,平均年齢78.5±7.1歳,平均教育年数10.6±2.7年).研究デザイン:平成25年に郵送留置き回収法による自記式アンケート調査「こころとからだの健康調査」を7,682名に実施した(1次調査).7,682名の中から無作為に3,000名を抽出し,死亡や転居を除く2,858名に案内状を送り,同意の得られた1,341名(参加率47%)に調査員(看護職)による訪問調査を実施した(2次調査).2次調査においてMMSEが23点以下のすべての143名(以下,低下群)と24点以上で年齢・性・教育年数を低下群と同等に無作為に抽出した143名(以下,健常群)を本研究の対象とした(3次調査).調査方法:平成25年〜26年に同意の得られた対象者宅に精神科医と心理士で訪問し,家族在席により同意書に署名を得た上で,医師が病歴や服薬状況,CDR等を評価し,心理士がMMSEとFABを実施した.検査方法:MMSEは逆唱を実施した上で合 計点から除き(30点満点),FABは原著に準拠し翻訳して実施した(18点満点).
【倫理的配慮】本研究は東京都健康長寿医療センター研究所の倫理委員会の承認を得て行われた.
【結果】参加率:参加者は131名(46%)で,低下群が58名(41%),健常群が73名(51%)だった.属性:低下群と健常群の平均年齢は80.2±7.1歳(66−97歳)と78.9±6.8歳(65−93歳),平均教育年数は10.3±3.0年(2−16年)と10.8±2.6年(7−18年)で両群に差はなかった.検査得点:低下群と健常群の平均得点は,MMSEでは21.0±4.3点(7−28点)と28.0±2.6点(24−30点),FABでは9.3±2.9点(4−15点)と13.5±2.7点(7−17点)であり,共に健常群の方が高かった.検査得点の相関係数:131名の2次調査と3次調査の2回のMMSEの相関係数(r=.824),3次調査における131名のMMSEとFABの相関係数(r=.735)は共に高かった.健常群のFAB得点:73名のFABの中央値は14点,最頻値は15点,MMSEとの相関係数(r=.517)は有意だった.年齢(r=−.216),教育年数との相関係数(r=.198)は有意でなかった.(参考:健常群73名のMMSEと年齢(r=−.348),教育年数(r=.250)との相関係数は有意だった).
【考察】対象者数は少ないもののFABの地域在住高齢者の得点資料が得られた.FABはMMSEに比べ,年齢,教育年数の影響が少ない可能性が示唆された.FABの検査の特徴をさらに追及する必要がある.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-A-30
地域の認知症相談における独居/高齢者世帯の特徴:多世代同居群との比較;認知症の早期発見/早期対応にむけての検討
稲垣千草,根本留美,川西智也,並木香奈子(日本医科大学武蔵小杉病院認知症センター),石渡明子(日本医科大学武蔵小杉病院神経内科),野村俊明(日本医科大学医療心理学教室),北村 伸(日本医科大学武蔵小杉病院認知症センター)
【目的】国民生活基礎調査(平成25年度版)によれば,65歳以上の高齢者がいる世帯2242万世帯のうち,夫婦のみの世帯が697万4千世帯,単独世帯が573万世帯と,独居/高齢者世帯が半数以上を占める.認知症診療では患者に関する家族からの情報も重要であり,専門病院の受診には可能な限り家族同伴が求められる.独居/高齢者世帯で適切なキーパーソンが不在の場合,受診の遅れや評価困難事例が多くなることも指摘されている.我々は,認知症疾患医療センターの独立した相談部門である「街ぐるみ認知症相談センター」(以下,センター)において,地域住民の認知症相談に応じている.相談では,問診とタッチパネル検査(以下,TP検査)やMMSE等の心理検査を通して,認知機能低下が疑われる場合にかかりつけ医に情報提供を行っている.今回,独居/高齢者世帯の来談者の特徴を明らかにし,今後増加が見込まれる同世帯への対応について考察を行った.
【方法】センターが開設された2007年12月〜2014年9月までに,自身のもの忘れチェックのために訪れ,来談者IDを取得した2778名(独居/高齢者世帯群1610名(57.9%),多世代同居群1103名(39.7%),不明65名(2.3%))の初回記録を分析対象とした.独居/高齢者世帯群と多世代同居群の間で,年齢,性別,TP検査得点,MMSE得点,情報提供書の有無について比較した.年齢,TP検査得点,MMSE得点については,Shapiro-Wilk検定の結果いずれも正規分布に従わないと判断し(p<.01),Mann-Whitney検定を行った.性別,情報提供書の有無の比較にはカイ二乗検定を採用した.
【倫理的配慮】センターでは来談時に研究発表に関して説明を行い,書面にて同意を得ている.
【結果】群間で年齢の有意差は認められなかった.性別では,独居/高齢者世帯の方が男性の占める割合が有意に多かった(p<.01).TP検査得点の有意差は認められなかったが,MMSE得点は独居/高齢者世帯の方が有意に高かった(p<.05).情報提供書の有無では,独居/高齢者世帯の方が情報提供書作成の割合が有意に低かった(p<.05).
【考察】センターでは原則としてTP検査が13点未満の場合にMMSEを実施し,認知機能低下が疑われる場合はかかりつけ医に情報提供を行っている.また,TP検査が13点以上でも,問診から認知機能低下が疑われる場合や本人が希望した場合に,MMSEを実施している.結果からは,独居/高齢者世帯群の方がMMSE得点が高く,情報提供書作成の割合が低い傾向が認められた.背景として,従来の指摘の通り,家族からの十分な聴取が得られない場合,来談者の認知機能低下を見落としている可能性が考えられ,継続的来談の推奨に力を入れる必要があると思われる.また独居/高齢者世帯の来談者は「頼る者がいない」と,認知症予防を含め今後の生活に不安や意識が高く,早期に来談する事例が多いように思われる.こうした認知症に対する意識の高さも,背景にあると考えられる.増加する独居/高齢者世帯が,認知症について気軽に相談利用できる機会が望まれる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 9:40〜10:30 ポスター会場(展示ホール A)
診断
座長: 一宮 洋介(順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター)
P-B-1
診断と治療に難渋したがラモトリギンが著効し退院に至った統合失調感情障害の一例
石井 洋,大友好司,竹内 靖(川崎こころ病院)
【目的】老年期に幻覚妄想を呈する疾患として統合失調症スペクトラム障害やレビー小体型認知症などが代表である.今回経験した症例は当初はレビー小体型認知症を疑ったがその後の経過の中で統合失調感情障害と診断し,食欲不振に伴い中心静脈栄養を含めた栄養管理が必要となり,ADLの低下も低下し,入院が長期化した.チーム医療による取り組みと共に薬物療法としてはラモトリギンが著効し,退院することが可能となった.診断と治療面において学ぶべき点が多い症例と考えられ,報告することとした.
【方法】症例報告
【倫理的配慮】匿名性に配慮し,臨床経過に影響がない範囲で病歴を改変し,患者及び家族より書面での承諾を得た.
【結果】X−10年頃から職場の人間関係に悩み抑うつ的になり,その後多弁になる等の気分の変動が目立つようになったが,精神科クリニックからリチウム等を処方され,落ち着いていた.X−1年に家庭内のトラブルがあり,それ以降自責的になり焦燥感も強くなった.希死念慮や幻覚妄想症状も見られ,A病院に入院した.入院中にMMSE11/30と認知機能の低下が見られた.B総合病院に検査入院した時にはSPECTと心筋シンチも施行し,レビー小体型認知症疑いとされている.その後やや精神的に落ち着いたこともありX年4月に自宅に近い当院に転院した.入院後,しばらくはレビー小体型認知症としての治療を行っていたが,エピソード記憶はある程度保持され,気分の変動と妄想的言動が目立ち,詳細な病歴の聴取により,認知症よりは統合失調感情障害などの精神疾患を考えるようになった.X年8月頃から抑うつ気分が強くなり,それと共に食欲不振が続き, X+1年1月には体重は37.0kg→28.9kgまで減少し,褥瘡も見られるようになり,中心静脈栄養にて管理することとなった.丁度同じ時期に気分安定薬をリチウムからラモトリギンに切り替えたところ徐々に抑うつ気分や気分変動が改善し,食事摂取量も安定してきた.身体的リハビリや在宅サービスの調整を行いながら,X+2年4月に自宅に退院することとなった.
【考察】本症例においては幻覚妄想・気分変動と共に認知機能の低下も見られ,レビー小体型認知症と統合失調感情障害の鑑別が問題となった.鑑別においては詳細な病歴聴取と行動観察が役立った.治療面においては気分変動があり,かつ抑うつ気分が強い症例に対するラモトリギンの有効性を改めて確認することとなった.ラモトリギンは同じ気分安定薬であるリチウムやバルプロ酸と比較してグルタミン酸神経系のAMPA受容体に対する作用が異なり,そのことが抑うつ気分の改善に寄与するものと考えられている.抑うつ気分が強く,他の治療薬に反応しないような症例には皮膚疾患などの副作用に注意しながら使用も検討すべき薬物と思われた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-2
過活動型せん妄の改善後,異常行動が遷延した脳表ヘモジデローシスの一剖検例
鳥居洋太(守山荘病院精神科),入谷修司,藤城弘樹(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野),梅田健太郎(守山荘病院精神科),藤田 潔(桶狭間病院藤田こころケアセンター精神科),関口裕孝(ミサトピア小倉病院精神科),羽渕知可子(城山病院精神科),三室マヤ,辰己新水,岩崎 靖,吉田眞理(愛知医科大学加齢医科学研究所)
【目的】高齢者では,幻覚,興奮,焦燥などのせん妄の過活動病像が治まった後も,異常行動が遷延することは稀ではない.今回,我々は,過活動型のせん妄が改善した後も,異常行動が遷延し,剖検において,軽度の脳表ヘモジデローシスを認めた症例を経験した.その病理的変化について,検討を行い,報告する.
【倫理的配慮】個人情報保護に留意し,倫理的配慮を行った.
【症例】死亡時75歳,男性.74歳時に頚部の悪性リンパ腫のために入院した.入院後まもなく,幻覚妄想を伴った過活動型のせん妄を呈した.幻視や興奮は抗精神病薬の投与により軽減したが,抑制の欠如した異常行動や,喚語困難,注意の維持困難が持続遷延した.入院3ヵ月後に,心不全にて死亡した.
<脳病理所見>脳重1420g.前頭葉内側面,側頭葉外側面,頭頂葉,後頭葉内側面にかけて,皮質浅層にヘモジデリンの沈着が認められた.
 組織学的には,大脳皮質の神経細胞脱落やグリオーシスは軽度であった.前頭葉,側頭葉,後頭葉の底面を中心にneutiric plaques,diffuse plaquesを認め,Braak stage C,CERAD Bに相当した.神経原線維変化はBraak stage IIであった.左前頭葉,視床に小梗塞を認めた.etat crible,細動脈硬化を被殻,淡蒼球,尾状核,大脳白質に認めた.
【考察】グリオーシスや神経細胞脱落は軽度で,神経病理上の変化はごく軽度といえる.しかし,前頭葉におけるヘモジデリン沈着は抑制の欠如,喚語困難などの前頭葉症状と関連している可能性がある.せん妄を引き起こすような脆弱性をもった身体状況下では,神経病理学的にはごく経度の脳病理変化も,せん妄の遷延や軽度の意識変容などの残遺症状の形成に影響を与える可能性が示唆される.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-3
自発性低下が目立ち脱抑制を欠いたタウ遺伝子変異(P301L)を有する前頭側頭型認知症の1剖検例
三木知子,横田 修(きのこエスポアール病院,岡山大学大学院精神神経病態学),三宅俊明,藤川顕吾(きのこエスポアール病院),石津秀樹,黒田重利(慈圭病院),大島悦子,寺田整司(岡山大学大学院精神神経病態学),森 蓉子,上野修一(愛媛大学大学院精神神経科学),佐々木健(きのこエスポアール病院)
【目的】自発性低下が前景に立って常同・脱抑制を欠きP301Lタウ遺伝子変異を有した前頭側頭型認知症(FTD)の1剖検例を報告する.
【症例】死亡時60才,男性,右利き
既往歴:糖尿病
家族歴:母は49才でクモ膜下出血を発症し53才で死亡.母方祖母は60代で死亡(詳細不明).子なし.妹は現在59才で健常.
生活歴:高校卒業後,一級建築士.独身.
現病歴:51才頃から仕事で資材の注文数を間違える.多額の借金もした.53才,自宅内は散乱していた.仕事は辞めた.再就職先したが杭打ちができず解雇された.物忘れはなかった.うつ病を自分で疑い近医精神科を受診したが抑うつ気分を欠き認知症を疑われ,A大学病院を紹介受診した.「緊張すると頭が混乱して考えられなくなる,仕事を探しているが書類を考えて書けない,頼まれると断れないができない」と訴えた.活動性低下はあるが接触性良好で,拮抗反復運動が拙劣な以外は眼球運動障害,パーキンソニズム,失行,失認,記銘力障害,常同,脱抑制,衛生への無関心,過食を含めて神経学的異常を認めなかった. 頭部MRIでは前頭葉に高度,側頭頭頂葉に軽度の萎縮を左右対称に認めた.海馬,扁桃核の萎縮は目立たなかった.脳血流SPECTでは前頭葉血流低下を認めた.常同や脱抑制を欠き,病識は保たれ,ADLは自立し,自発性低下のみが前景に立つ状態だが,画像所見を考慮してFTDと診断された.54才,スーパーの仕事に行ったが品物を3個ずつしか運ばず数日で解雇となった.頭部MRIでは前頭葉萎縮が進行し,HDS-Rは21点(遅延再生6/6点)であった.発語減少と大小便失禁が出現した.55才,食事,起立,歩行,着衣は自立だが,入浴は介助だった.デイサービスやショートステイを利用していたが,失禁や介護抵抗で介護者であった父親の負担が増え,当院に入院した.入院時,反響言語と両上肢の固縮・振戦を認め,以後進行した.56才,左手は強く 握った形で拘縮し,その後右手も同様となった.57才,口唇傾向と両側の足関節クローヌスを認めた.歩行は介助.59才,寝たきり.60才,痙攣発作が一回あった.同年に誤嚥性肺炎で死亡した.剖検後の遺伝子検索でタウ遺伝子にP301L変異を認めた.
【倫理的配慮】本研究は岡山大学病院倫理委員会の承認を受け発表について家族から同意を得た.
【考察】タウ遺伝子にP301L変異を有す例の初期症状は性格変化や脱抑制が多いが,パーキンソニズム,記銘力障害,歩行障害,意味記憶障害,自発性低下で発症した例も少数報告がある.本例では家族歴が不明瞭だったため生前に遺伝子変異の存在を疑えず,初期に常同・脱抑制を欠き,病識もあったためFTDとしても非典型な印象があった.P301L変異例の臨床像の多様性には注意を払う必要があると考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-4
もの忘れ検診における単一「しりとり」課題施行中の脳酸素化ヘモグロビンの変動
加藤雄輔,森田喜一郎,大川順司,小路純央,藤木 僚,佐藤 守,内村直尚(久留米大学医学部精神神経科学教室,久留米大学高次脳疾患研究所)
【目的】平成26年度のもの忘れ検診における,多チャンネルNIRSを用いて施行した,単一「しりとり」課題中の脳酸素化ヘモグロビン濃度の変動を検討したので報告する.
【方法】総被験者を,HDS-R,MMSEから認知症群(HDS-Rが20点以下またはMMSEが23点以下:28名)と非認知症群(104名)とした.さらに非認知症群を,高リスク群(HDS-R:21〜24点:17名),低リスク群(HDS-R:25〜27点:39名)および健常群(HDS-RおよびMMSE:28点以上:48名)とした.認知症群の中で,脳梗塞等の血管性性である検診受診者はデーターから除いた.年齢は,認知症群(79.6±5.3歳),高リスク群(77.1±9.0歳),低リスク群(77.0±6.9歳),健常群(73.8±6.6歳)で,認知症群が健常群より有意に少なかった.脳血流は,多チャンネル近赤外線トポグラフィー(日立ETG-4000)を使用し,我々が開発した単一「しりとり」課題を用いて計測した.脳血流は,左右各々22部位から酸素化・還元ヘモグロビン値を記録した.前方のデスプレイに映る1単語に続き,「できるだけ早く,1語のしりとりをしてください」と指示する視覚誘発の単一言語課題を用いた. 交互に12秒間隔で20個の正解するまで施行した.尚,80%以上の正解率の受診者のみをデータとした.ヘモグロビン変動量(以下,Hb変動量)は,刺激から6秒後までの100ms毎の近値面積,最大振幅および潜時(最大振幅までの刺激からの時間)を求め解析データとした.当研究においては,中前頭領域(左11,右12記録部).前頭極領域(左19,右22領域)を関心領域(ROI)とし検討した.
【倫理的配慮】総ての被験者に,当研究を書面にて説明し同意を得たのち施行した.尚,当研究は,久留米大学倫理委員会の承認を得て行っている.
【結果】中前頭領域と考えられる左11チャネルにおいて,酸素化Hb変動量は,面積及び最大振幅では,認知症群と高リスク群の間には有意差は無く,認知症群と低リスク群および健常群の間に有意差が観察された.潜時は,認知症群と高リスク群の間には有意差は無く,認知症群と低リスク群および健常群の間に有意差が観察された.さらに,高リスク群と低リスク群の間に有意差が観察された.前頭極領域と考えられる,左19記録部においては,酸素化Hb変動量は,面積では,認知症群と高リスク群の間には有意差は無く,認知症群と低リスク群および健常群の間に有意差が観察された.最大振幅は,群間に有意差は観察されなかった.潜時は,認知症群と高リスク群の間には有意差は無く,認知症群と低リスク群および健常群の間に有意差が観察された.
【考察】日本人に馴染みの深い,単一「しりとり」課題を用いた多チャンネルNIRS検査は,いずれの場所でも計測可能であり,無侵襲ですぐに被験者に画像として見せることが可能で評価もでき,認知症の早期発見に有用な精神生理学的指標となりえる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-5
血漿コリンエステラーゼ値を用いたリバスチグミンとドネペジルの使い分け;コリンエステラーゼ阻害薬の使い分け指標について
細井美佐(昭和大学横浜市北部病院薬局),堀 宏治(昭和大学横浜市北部病院メンタルケアセンター),小西公子(東京都立東部療育センター薬剤部),蜂須 貢(昭和大学薬学部臨床薬理学教室),富岡 大(昭和大学横浜市北部病院メンタルケアセンター),峯村純子(昭和大学横浜市北部病院薬局),稲本淳子,葉梨喬広,小金丸泰史,大内宏美,平田亮人,高橋茜里(昭和大学横浜市北部病院メンタルケアセンター),谷 将之(昭和大学病院附属東病院精神神経科),明石憲尚(昭和大学付属烏山病院精神神経科)
【目的】本邦におけるアルツハイマー型認知症(AD)治療薬の選択肢は,ガランタミンとリバスチグミン(R)が保険適応となり4成分5薬剤となった.これらは作用機序からコリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)とNMDA受容体阻害薬の2つに分類され,ChEIにはドネペジル(D)をはじめとする4薬剤がある.現在,ChEI同士の併用は認められていないため,ChEI 4薬剤の使い分けが重要なカギとなる.そこで血漿コリンエステラーゼ(p-ChE)を定期的に測定し,内服薬Dと消化器症状の副作用が少ないとされる貼付剤Rとの使い分けについて検討したので報告する.
【方法】2013年9月〜2014年12月を調査期間とし,DまたはRで治療開始した患者において,投与前および投与後6か月後のMMSEと血液検査項目に含まれるp-ChE活性値の変化を比較する.
【倫理的配慮】本研究は当院の倫理委員会の承認を取得後,本人および家人の同意により施行している.
【結果】未治療時の検査値をBase Lineとし,治療開始後6か月後のp-ChE活性値は,R治療群で低下,D治療群では有意な変動がみられなかった.また,p-ChE活性値が40%以上低下するとMMSE得点の改善がみられた.
【考察】D治療群ではp-ChE活性値の変動がみられず,R治療群では低下していることから,p-ChEの変動にはブチリルコリンエステラーゼが関与していると推測できる.p-ChE高値は,認知症と関係する糖尿病や脂質代謝異常との相関が,p-ChE低値は肝機能障害との関連性があることを踏まえると,p-ChE高値症例に対してはRを,低値症例にはDの投与が望ましいと考えられる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 10:30〜11:10 ポスター会場(展示ホール A)
検査@
座長: 数井 裕光(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
P-B-6
認知症スクリーニング検査におけるAD,DLB,うつ病の特徴;HDS-R,MMSEを用いた検討
岡本一枝,古田 光,扇澤史子,今村陽子,市川幸子,須田潔子,菊地幸子,萩原寛子,福島康浩(東京都健康長寿医療センター精神科),三瀬耕平(日本赤十字社横浜市立みなと赤十字病院),筒井啓太(東京都健康長寿医療センター精神科),井藤佳恵,岡村 毅,粟田主一(東京都健康長寿医療センター研究所)
【目的】認知症の治療やケアにおいて認知症の鑑別は重要だが,アルツハイマー型認知症(以下AD),レビー小体型認知症(以下DLB),老年期うつ病はいずれもうつ状態や認知機能の低下を示し鑑別が困難である.そこで本研究では,診察場面で多用される長谷川式簡易知能スケール(HDS-R)及びMini-Mental State Examination(MMSE)を用い3者の特徴を検討し鑑別の1つの手がかりを示すことを目的とする.
【方法】2010年1月から2014年10月にA病院精神科・もの忘れ外来でHDS-RとMMSEの両方を受検した者の内,AD,DLB,うつ病の診断があり,他の認知症との合併は除いた者を対象とした(平均年齢=77.76±7.69歳,外来:入院=138名:187名,男性:女性=93名:232名,AD=151名,DLB=62名,うつ病=112名).分析は,まずHDS-RとMMSEの合計点及び下位項目を従属変数に,年齢,診断,性別,受検形式(入院・退院)を独立変数にし重回帰分析(強制投入法)を実施し,診断が独立して合計点及び下位項目に関連しているものに関しAD,DLB,うつ病の差を検討した.
【倫理的配慮】個人が特定されないように解析では匿名化し倫理的配慮を行った.
【結果】重回帰分析の結果,合計点と下位項目においてMMSEの[呼称]以外全てに診断が独立して関連していた.続いてKruskal-Wollis検定を行った結果,全て3群間のいずれかで有意な差が認められMann-Whitney検定(Bonferroniの調整)による多重比較を行った.結果,HDS-Rの合計点ではうつ病がADやDLBよりも有意に高く(HDS-R AD:DLB:うつ病=16.12±0.52:16.37±0.76:22.91±0.63,p<.01),MMSEの合計点はうつ病>AD>DLBの順で有意に高かった(AD:DLB:うつ病=17.34±0.45:16.91±0.66:22.74±0.55,p<.01).下位検査ではHDS-Rの[年齢][日時見当識][場所見当識][3単語即時再生][5物品記憶][野菜名想起],またMMSEの[日時見当識][場所見当識][3単語即時再生][復唱]はいずれもうつ病がADやDLBより有意に高かった(p<.01〜.05).またHDS-RとMMSEの[3単語遅延再生]ではAD<DLB<うつ病の順で有意に低かった(p<.01〜.05).さらにHDS-Rの[連続減算]及びMMSEの[三段命令]ではDLB<AD<うつ病の順で有意に低く(p<.01),HDS-Rの[逆唱]及びMMSE の[連続減算][閉眼][作文][模写]ではDLBがADやうつ病よりも有意に低かった(p<.01〜.05).
【考察】HDS-RとMMSEにおいてうつ病はADやDLBの認知症群よりも全体的に成績が高いこと,ADでは記憶課題の成績が低下していること,DLBでは注意や遂行機能また視覚認知に関する課題で成績が低下していることが特徴であり3群を鑑別する手がかりが示された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-7
アルツハイマー型認知症患者の医療同意能力に関連する認知機能や精神症状の要因の検討
加藤佑佳,松岡照之,岡部佳世子,小川真由(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学,JST,RISTEX),中村佳永子(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学),谷口将吾(嶺南こころの病院,JST,RISTEX),藤本 宏(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学,JST,RISTEX),江口洋子(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室,JST,RISTEX),飯干紀代子(志學館大学人間関係学部心理臨床学科,JST,RISTEX),小海宏之(花園大学社会福祉学部臨床心理学科,JST,RISTEX),古川壽亮(京都大学医学研究科社会健康医学系専攻健康要因学講座健康増進・行動学),仲秋秀太郎,三村 將(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室,JST,RISTEX),福居顯二(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学),成本 迅(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学,JST,RISTEX)
【目的】医療同意能力は複数の構成要素から成り,それぞれの要素が異なる認知機能や精神症状と関連するとされている.本研究では,認知機能検査による医療同意能力をスクリーニングする方法や低下した能力を補うサポート方法の開発のための基礎資料を得ることを目的に,アルツハイマー型認知症患者における医療同意能力と各種認知機能や精神症状など多面的な要素との関連を調べた.
【方法】平成23年10月〜平成26年12月に京都府立医科大学附属病院認知症疾患医療センター,京都府立医科大学附属北部医療センター,宇治おうばく病院を受診した65歳以上のアルツハイマー型認知症患者のうち,抗認知症薬投与開始となった44名(男性8名,女性36名,平均年齢79.5±6.7歳)を対象とした.対象者に全般的認知機能(MMSE-J,CDR),実行機能(J-EXIT25,CLOX1),視空間機能(CLOX2),即時記憶(WMS-R LM I),近時記憶(WMS-R LM II)の認知機能,精神症状(NPI,GDS),日常生活機能(IADL,PSMS)の評価を実施した.抗認知症薬投与開始に関する医療同意能力の評価としてMacCAT‐Tを実施した.MacCAT-Tにおける@理解,A認識,B論理的思考,C選択の表明,D代替治療の理解の得点をもとに医療同意能力の有無を評価し,総合的な医療同意能力の有無,及び各医療同意能力の要素と認知機能等との関連性について調べた.
【倫理的配慮】本研究は京都府立医科大学医学倫理審査委員会の承認を受けており,患者,家族に書面にて説明し書面による同意を得た.
【結果】1)MacCAT-Tによる医療同意能力有無の2群間でt検定又はU検定を行った結果,教育年数,MMSE-J総得点,MMSE-J時間の見当識,CDR,CLOX1,J-EXIT25 Go/No-go課題,WMS-R LM I,PSMSで有意差がみられた.2)医療同意能力の各要素と認知機能等との関連性についてスピアマンの順位相関分析を行った結果,表1に示す項目に有意な相関関係を認めた.3)精神症状については,MacCAT-T@理解,D代替治療の理解とNPIの不安が有意に相関していた.
【考察】医療同意における情報の理解や論理的思考と,見当識や実行機能が関連しており,同意能力のスクリーニングにこれらの認知機能評価を用いることができる可能性が示唆された.また,不安感が同意能力を低下させる可能性があり,説明にあたって情緒的側面への配慮も重要であると考えられる.当日はさらに対象者数を増やして発表する予定である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-8
認知症のBPSD評価における新たな評価測度「BPS-cog」の有用性について;日本語版BEHAVE-ADの因子構造の分析を通して
今井幸充,半田幸子(和光病院生活構造研究所)
【目的】認知症高齢者の増加が予測されるなかで認知症のBPSDを的確に評価することの臨床的な意義は大きい.そこで日本語版BEHAVE-ADの評価結果を用いて,BPSDの因子構造を明らかにし,そのことにより新たなBPSD評価測度として開発された「BPS-cog」の有用性を検討した.
【方法】2010〜2012年度に実施した「認知症高齢者の要介護認定に係る判定指標等の開発に関する研究」のデ−タを用いた.日本老年精神医学会に所属する医師と認定調査員または介護支援専門員等が,認知症と診断された対象者に対して,認知症高齢者の日常生活自立度,FAST,日本語版BEHAVE-ADならびに新測度ADL-cog,BPS-cogにより評価を行った.調査に協力が得られた認知症者は1,979人(2010年度565人,2011年度997人,2012年度417人)で,本分析では欠損値を除いた1,532ケ‐スを対象とした.
【倫理的配慮】調査実施にあたっては,日本社会事業大学の研究倫理委員会の研究倫理に関する審査を受け,研究倫理上問題ないことが確認された.
【結果】対象は女性1,077人(70.3%),男性455人(29.7%),平均年齢は83.8歳(SD±7.85歳),平均要介護度2.67(SD±1.323)だった.FAST平均5.29(SD±1.139),BEHAVE-AD(H全体評価)1.32(SD±0.772)だった.BEHAVE-AD 25項目から,出現率が低く共通性が高い7項目を除いた18項目を使い,一般化された最小2乗法,プロマックス回転による因子分析を行った.その結果,「幻覚因子」,「妄想因子」,「攻撃性因子」,「行動障害因子」,「不安恐怖因子」の5因子が得られた.共分散構造分析の結果からは多数のモデルのうち,不安恐怖,幻覚,行動障害が要因となり他の因子に影響する因子構造モデルの適合度が最も高かった.さらに,BPS-cog,FAST,要介護度別平均因子得点の判別分析を行った.その結果「BPS-cog」(BPScog 0〜3)の判別的中率は40.5%であり,FAST(FAST 1〜7)は23.6%,要介護度(要支援1〜要介護5)は10.1%だった.
【考察】対象者は,要介護度は中度だが,高度の認知機能低下があり,BPSDは中等度である人が多く,妄想観念や行動障害,攻撃性の症状があった.因子分析の結果からは,BPSDの構成因子として妄想,幻覚,攻撃性,行動障害,不安恐怖の5つがあり,共分散構造分析の結果からは,精神症状と行動症状に因果関係のあるモデルが確認された.BPS-cog,FAST,要介護度の因子得点から各測度群の判別的中率を求めたところ,交差妥当化された判別的中率はBPS-cogで最も高く,要介護度で低かった.上記の結果からは,BPSDを構成する因子には因果関係があり,高度になるとその相関が強くなることがわかった.そしてそれらの状態は,BPS-cogで最も高く判別された.以上のことから,BPSDを的確に評価していくうえでBPSD評価測度が必要であり,新評価測度「BPS-cog」が有用であると考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-9
うつ病・妄想性障害とレビー小体病の鑑別におけるダットスキャンの有効性
北村ゆり,白木幸子,押岡美香,押岡千賀子(鳴子会菜の花診療所)
【目的】変性疾患であるレビー小体病において,脳内の変性が始まってから主要徴候を呈するまでの期間は20年から10数年と言われ,この間に認知変動や注意障害は既に起こっていると推測されている.そして明らかな認知症を呈する前に抑うつや不安を生じ,うつ病や適応障害として医療機関を訪れていることは度々ある.これら前駆状態に対し,対症療法である抗うつ剤などの治療でなく,早期からコリンエステラーゼ阻害剤による治療を行うことは有益であると推測されるが,前駆状態においてはMIBG心筋シンチや脳血流SPECTの陽性率も低く,鑑別は極めて困難である.今回うつ病・妄想性障害を疑われ当院を受診し,コース立方体の低値などからレビー小体病を疑われた症例にダットスキャンを施行し,有効であった症例を経験したので,ここに報告する.
【対象】抑うつ,妄想を呈し当院を受診し,認知機能検査にてコース立方体などに軽度の低下を認めた症例.
【倫理的配慮】発表に当たっては個人が特定されないように配慮し,なお本人および家族に口頭にて同意を得ている.
【結果】症例1:60代男性,経過:数年前一時的な抑うつ.X年2月「手が震えて,仕事をするのが怖い」などと訴え,仕事ができず,食欲も低下.X年5月で当院初診.神経学的には企図時の振戦のみ,幻視なし,WMS-R全て100前後,コース立方体IQ67,立方体不可.後頭葉の血流低下なし,ダットスキャンにて線条体の集積低下を認めた.
症例2:80代男性,経過:X−10年隣家とトラブル,以後被害妄想的な言動が出現,数回脳神経外科受診するも異常指摘されず.X年8月被害妄想をひっきりなしに訴えるようになった.X年10月当院初診,神経学的には企図時の振戦のみ,幻視なし,ADAS 5.7点,RCPM23,26点,コース立方体IQ77,立方体不可,後頭葉の血流低下なし,ダットスキャンにて線条体の軽度集積低下を認めた.
症例3:80代女性,経過:数十年前から双極性障害にて精神科通院中.HDS-R 24点,立方体不可,パーキンソン症状なし.後頭葉の血流低下なし,ダットスキャンにて線条体の集積低下を認めた.
【考察】抑うつ,妄想を呈し,明らかな認知症は認められないが,認知機能的に視空間,注意の低下を認め,レビー小体病を疑う症例において,ダットスキャンは有効な補助診断の方法であると考える.
(当日は症例を追加し,発表する予定である.)
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 11:10〜11:50 ポスター会場(展示ホール A)
検査A
座長: 中野 倫仁(北海道医療大学心理科学部)
P-B-10
アルツハイマー型認知症における模写課題の誤りの質的検討;非認知症との比較を通して
今村陽子,扇澤史子,岡本一枝,古田 光,市川幸子,竹部裕香,城明日香,岡陽子,須田潔子,菊地幸子,萩原寛子,福島康浩(地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター精神科),三瀬耕平(日本赤十字社横浜市立みなと赤十字病院),粟田主一,井藤佳恵(地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム)
【目的】変性性疾患の約半数を占めるアルツハイマー型認知症(AD)では比較的初期から構成障害が見られるため,診断に際してその評価を行うことは重要である.しかし,ADの進行に伴う構成障害のあり方(誤り方の質や変化)については未だ議論は十分とは言えない.したがって,本研究では,五角形,透視立方体模写に見られる誤りの質についてADと軽度認知機能障害(MCI),正常加齢(NC)の比較を通して検討した.
【方法】2014年8月−12月の当院もの忘れ外来受診患者のうち65歳以上かつ教育歴6年以上であるAD(89名),MCI(44名),NC(49名)の182名を対象とした.A4紙に透視立方体と五角形を縦に提示し余白に模写してもらった.五角形模写は,左右の図形の角数,辺数とその正誤,2つの五角形の重なり部分の四角形の有無を,透視立方体模写は前島ら(2001)参考に接点数,軸数の正誤を評価した.また,誤りのパターンを大伴(2009),依光ら(2013)を参考に16項目を挙げ(線分の欠損,付加,矮小化,左右のバランス等),3件法(0:問題なし,1:やや問題あり,2:著明な問題あり)で臨床心理士2名以上による採点を行った.AD群(男性:女性=30:59,HDS-R平均:17.80±5.34,MMSE平均:19.90±4.26)とMCIとNCを非認知症群(男性:女性=30:63,HDS-R平均:25.38±3.81,MMSE平均:25.88±3.41)として,誤りのパターンが問題なし群(0)と問題あり群(1,2)に分け各評価項目においてχ2検定を行った.
【倫理的配慮】個人が特定されないように解析では匿名化して行った.
【結果】五角形模写では[辺の数正誤],[線分の欠損],[図形の重なり]でAD群が問題のある割合が有意に高かった(p<.05).透視立方体模写では[直行なし]でAD群が問題のある割合が有意に高く(p<.05),[回転]は非認知症群がAD群に比べて問題のある割合が有意に高かった(p<.05).
【考察】ADでは五角形模写の辺の数の異常,図形の重なりの有無に問題が見られやすいと考えられた.この点は五角形模写の正誤基準とほぼ同様であり,ADの構成障害の評価にこの基準が有効と言える.また,ADでは透視立方体模写の直行箇所の失敗が多く,奥行きの認知,その描画の困難さが考えられた.一方,透視立方体模写では非認知症群の方が模写された図形が回転する誤りの割合が高かった.これは非認知症群にMCIが含まれていたことが要因として考えられた.MCIでは立方体の奥行きの認知,描出は可能ではあるが,見本と同じ向きで描出することが困難であり,結果として図形が回転したと考えられた.さらにMCIからADへの進行に伴い,徐々に奥行き感の認知自体が困難となり,平面的な図形になっていく過程が推察された.したがって,構成機能の評価において奥行き感がひとつの重要な視点となる可能性が示唆された.今後は例数を増やし,評価項目の妥当性や疾患別の誤り方の特徴を検討していく必要がある.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-11
WAIS-III成人知能検査におけるレビー小体型認知症の認知的特徴(2);群指数での比較検討から
吉川真衣,川端康雄,岡本洋平,富樫哲也,山内 繁,久保洋一郎,井手健太郎,丸山惣一郎(大阪医科大学神経精神医学教室),江村成就(大阪鉄道病院),稲田貴士(大阪医科大学神経精神医学教室,医療法人社団清風会香良病院),若林暁子(大阪医科大学神経精神医学教室),宮ヶ原えりか(横浜市西部地域療育センター),西藤奈菜子,米田 博(大阪医科大学神経精神医学教室)
【目的】認知症診療では,早期診断の補助として各種検査を用いている.神経心理学的評価ではADのみならず,他の認知症の前駆状態の可能性も考慮すべきであり,WAIS-IIIを実施する意義は大きい(村山2013)一方,被検者の負担が大きく,短縮版など検査数を減じた研究が多い.以前,我々もWAIS-III 11下位検査を用いDLBの認知特性について報告した.しかし11下位検査では全ての群指数を算出できなかったことから,本研究では13下位検査の実施で全ての群指数を算出し,DLBの認知特性を検討することを目的とする.
【方法】対象は当院認知症専門外来を受診した患者DLB群15名,AD群48名である.評価方法は記憶の簡易評価のため「符号(対再生・自由再生)」を加えたWAIS-III 13下位検査を施行した.その結果から,IQ,群指数,下位検査評価点の差に対応のないt検定を行い,DLB群とAD群を比較検討した.また本研究では,各群における能力の個人内差にも注目し,群指数間の差も検討した.
【倫理的配慮】データを数量的に扱い,個人が特定されないよう匿名化した.
【結果】AD群に比してDLB群が有意に低かったのは,全検査IQ,動作性IQ,群指数「PO」,下位検査「絵画完成」「積木模様」「行列推理」「絵画配列」「符号」(p<.05)であった.一方で,DLB群に比してAD群が有意に低かったのは「符号(対再生・自由再生)」(p<.05)であった.また群指数間でAD群に比してDLB群が有意に大きかったのは,「VC-PO」,「PO-WM」,「WM-PS」,「PO-PS」(p<.05)であった(表1).
【考察】前回の報告と同様に,DLB群では再生障害は比較的軽度で,動作性IQを構成する課題が有意に低い結果となった.全検査IQも有意に低いが,動作性IQの低さの影響とも考えられる.また,群指数の個人内差に着目すると「VC-PO」「PO-WM」「WM-PS」「PO-PS」に有意な差が認められ,プロフィール表に転記すると逆N字型の特徴的なパターンとなり,DLBの視覚認知障害やパーキンソニズムが反映された結果であることが示唆された.
 WAIS-IIIから算出される群指数は統計的にも頑健な指標であり,群指数による評価は高齢者の認知機能を評価するうえでも有用であると考えられる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-12
もの忘れ診断外来の自己記入問診票得点と認知機能の相関の検討
花田一志(近畿大学医学部リハビリテーション医学教室,近畿大学医学部精神神経科学教室),西郷和真(近畿大学医学部神経内科学教室),上田昌美(近畿大学医学部リハビリテーション医学教室,近畿大学医学部神経内科学教室),石井一成(近畿大学医学部放射線診断学教室),白川 治(近畿大学医学部精神神経科学教室),福田寛二(近畿大学医学部リハビリテーション医学教室)
【目的】当院のもの忘れ診断外来では,初診時に問診票の記入をしてもらっているが,全3枚のうち最後の1枚は必ず本人に記入してもらっている.その3枚目の問診票(以下自己記入問診票とする)は絵の模写,「すで始まる言葉」の記入など,全5問から構成されている.今回,その自己記入問診票の記入内容と認知機能の相関を検討した.
【方法】近畿大学医学部附属病院もの忘れ診断外来を,平成24年7月から平成26年12月まで受診した178名を対象とした.診療録から初診時年齢,性別,診断名,自己記入式問診票内容,MMSE(Mini-Mental State Examination)得点,ADAS(Alzheimer’s Disease Assessment Scale)得点を調査した.自己記入問診票の項目の中で,住所・氏名を除く4問を10点満点で採点し,MMSE,ADASの得点との相関を検討した.
【倫理的配慮】情報収集の際には,本研究に関する統計データのみを後方視的に解析し,氏名,住所,カルテ番号は対象とせず,別途新しい通し番号を割り当て,診療録情報を分析した.そのため,それ以降の処理において患者個人を特定することはできなくなっている.
【結果】平成24年7月から平成25年6月までに受診した56名を対象に予備調査を行った.平均年齢75.8±10.0歳,MMSE得点21.3±5.2点,ADAS得点13.5±8.7点,自己記入問診票得点6.6±2.9点であった.疾患の内訳は軽度認知障害16例(28.6%),アルツハイマー型認知症21例(37.5%),レビー小体型認知症7例(12.5%),血管性認知症4例(7.1%)であった.MMSEと自己記入問診票の得点の間には,相関係数0.68(p<0.001),ADASとの間には相関係数−0.66(p<0.001)と有意な相関が認められた.
【考察】自己記入式の認知機能検査はTest Your Memoryをはじめとして何種類かが知られている.当院の自己記入問診票も認知機能検査との有意な相関は得られたものの,8点をカットオフとして判定を行うと認知症群の25.0%が8点以上,軽度認知障害群の31.3%が8点未満と判別能は低い.当日は疾患別の自己記入問診票内容の特徴や認知機能検査と点数が乖離した例などを呈示し,考察を加えて発表する.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-13
MoCA-J下位検査の得点低下から見るアルツハイマー型認知症と軽度認知障害の比較;もの忘れ外来における2年間の縦断追跡結果から
南  潮,鈴木宏幸,安永正史,竹内瑠美,村山幸子,扇澤史子(東京都健康長寿医療センター),井藤佳恵(都立松沢病院精神科),古田 光,藤原佳典(東京都健康長寿医療センター)
【目的】MoCA-J(Japanese version of Montreal Cognitive Assessment)は軽度認知障害(以下MCI)のスクリーニング検査としてNasreddineら(2005)により開発された簡易認知機能検査MoCAの日本語版に相当する(鈴木ら2010).これまでMoCA-Jを用いた縦断追跡研究では,健常群及び疾患群における総得点の推移とそれに伴う下位検査の変化に着目されており,対象疾患別の検討はされてこなかった.本研究ではアルツハイマー型認知症(以下AD)と診断される群におけるMoCA-J下位検査における失点パターンを明らかにし,MCIと診断される群との比較を行う.
【方法】2009年から2014年において東京都健康長寿医療センターもの忘れ外来に継続して通院した患者の内,初診(BL)においてADと診断された40名(平均80.5歳SD 5.6,男性10名,教育年数10.9)と,MCIと診断されその後2年間病態に変化のなかった10名(平均79.0歳SD 8.0,男性3名,教育年数10.9)との比較を行った.また縦断分析としてAD群の2年後(2Y)との比較を行った.MoCA-J下位検査の得点は標準的な認知機能別に縮尺して点数化し,それぞれの正答率により比較した.横断分析では一元配置分散分析,縦断分析では反復測定分散分析により性別,年齢を共変量として検定を行った.
【倫理的配慮】本研究は東京都健康長寿医療センター研究所および同病院の倫理委員会において研究実施が承認されており,個人を特定しない条件で本人或は代諾者の同意が得られている.
【結果】初診時における検査では,MCI群,AD群ともに記憶課題において誤答率が最も高く,次いでMCI群では言語課題が,AD群では遂行機能課題での誤答率が高かった(課題別比較,対応ありのt検定).またAD群ではMCI群と比較して記憶(p=0.001),遂行機能(p=0.002),見当識(p=0.029)の課題で有意な失点が見られた.AD群の2年後との比較では注意集中(p=0.000),見当識(p=0.000)において有意な低下が見られた.
【考察】MoCA-J認知機能検査において最も失点しやすい課題として記憶が挙げられ,次いで遂行機能,言語の課題が挙げられる一方,視空間認知,注意集中,見当識の課題ではAD群においても70%以上の正答率であることが明らかとなった.MoCA-JはMCIのスクリーニング検査であるが,初診時においてADを疑わせる特徴として,MCI群と比較して記憶,遂行機能,見当識の課題における大きな失点が挙げられる事がわかった.またADにおいて失点が進む課題として注意集中,見当識が挙げられる一方,記憶,遂行機能,言語の課題では著明な変化は見られず,経過観察において特に留意すべき認知機能が明らかとなった.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 13:10〜14:10 ポスター会場(展示ホール A)
薬物療法
座長: 堀  宏治(昭和大学横浜市北部病院メンタルケアセンター)
P-B-14
Sedation policy(鎮静剤使用方針)と黙示の同意;同意能力が障害されるかもしれない将来への備え
石川博康(中通リハビリテーション病院精神科)
【目的】急速鎮静に関する実務上の問題として,適応外使用の問題と同意の問題がある.いずれかの薬剤の適応症の範囲に含まれる鎮静は実際の臨床ニーズと比べて小さい.鎮静剤の使用が適応外使用となる場合,同意の問題は特に重要とされるが,急速鎮静を要する患者の同意能力が障害されている事態は少なくない.せん妄の米国精神医学会治療ガイドライン(日本精神神経学会監訳,2000)は,患者の意思決定能力が障害され,かつ治療に緊急性がある場合,暗示された同意(implied consent;合理的人間であれば同意したであろうという推測的同意)に基づく治療を第一選択に挙げている.緊急性が高くない場合には代理人からの要請または同意を得ることが推奨されているが,適当な家族等が見いだせない事例もある.また,家族や後見人の同意の法的な位置付けは本邦では不明である.
 これらの問題への事前の対応として,sedation policyを作成し,これを院内に掲示することで,受診者等から予め黙示の同意や事前指示を得る方法を考案した.
【方法】開示する項目には,目的,事前指示や推定的意思の尊重,鎮静についての同意の原則と例外,黙示の同意の有効範囲,使用する可能性のある鎮静剤と投与方法および代替手段,推定されるリスク,リスクの監視,適応症の範囲内で鎮静使用が可能な薬剤,などを含めた.鎮静剤は注射剤に限定した.
【倫理的配慮】@患者による事前指示の尊重を明示し,将来自分が受けるかもしれない鎮静について事前指示を残すための手順を明示した.A黙示の同意に基づく鎮静実施の条件に,複数スタッフ(医師1名以上を含む)の臨床的判断の一致を挙げた.B注射剤を適応症とセットで列挙し,可能な限り適応症の範囲内で使用可能な鎮静剤を選択するように推奨した.
【結果】当日はsedation policy全体を提示する.
【考察】鎮静剤の使用方針について情報開示を行なわない限り,黙示の同意を明確に想定することは困難である.方針の開示は,患者にとって自己決定の機会をより多く保障し,医療者にとっても変則的・不適切な鎮静剤使用への逸脱リスクを低減させる可能性があるだろう.また,sedation policyの策定は,科横断的で症例毎に個別性の高い問題である鎮静について,病院全体としてリスクマネジメントを行う有効な選択肢となり得るかもしれない.すなわち,使用方針に従った鎮静の責任は病院(時に副作用救済制度)により帰属し,方針から逸脱した鎮静の責任はより個人に帰属することとなるだろう.
 本研究の限界として,同意能力の判定に厳密な基準を用いていないことが挙げられる.急速鎮静を医療者が検討する臨床場面では迅速な判断を要することも多いため,長時間を要する厳密な評価方法を採用した場合には臨床応用が難しくなることが懸念される.(なお,「同意能力」の用語は臨床的な概念として使用した)
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-15
ゾニサミドのレビー小体型認知症の運動機能障害に対する効果と精神症状への影響;ランダム化二重盲検プラセボ対照試験(前期第2相)の結果
小田原俊成(横浜市立大学付属市民総合医療センター精神医療センター),村田美穂(国立精神・神経医療研究センター病院神経内科診療部),長谷川一子(国立相模原病院神経内科),玉井陽一,中村将俊(大日本住友製薬株式会社),小阪憲司(クリニック医庵センター南)
【目的】レビー小体型認知症(DLB)の運動機能障害に対するゾニサミド(ZNS)の有効性を検討するため,第2相ランダム化二重盲検プラセボ対照探索試験を実施した.
【方法】Probable DLBと診断され,Unified Parkinson’s Disease Rating Scale(UPDRS)Part 3 合計スコア≧10,Mini-Mental state examination(MMSE):10〜26,Lドパ/DCI合剤を12週間以上服用中の外来患者に,単盲検下でプラセボ(P)を4週間,その後P,ZNS 25又は50mg/日を二重盲検下で12週間投与した.主要評価項目はUPDRS Part 3 合計スコアで,MMSE,Neuropsychiatric inventory(NPI),Zarit caregiver burden interview(ZBI),有害事象,臨床検査,心電図なども評価した.
【倫理的配慮】各施設のIRBで審議・承認され,ヘルシンキ宣言,GCPを遵守して実施した.また,文書による同意を全ての被験者とその代諾者から取得した.
【結果】159名(P群58,25mg群51,50mg群50)がランダム化され,うち153名(それぞれ55,48,50)が主たる有効性解析(mITT),159名全員が安全性解析の対象となった.12WのUPDRS Part 3 合計スコアは全ての群で低下し[変化量(LS Mean±SE):P群−2.1±0.9,25mg群−4.4±1.0,50mg群−6.2±1.0],50mg群はP群より有意に低下した[p=0.003,ANCOVA(Fisher’s LSD法)].MMSE合計スコアはいずれの群もほとんど変動せず(変化量:P群−0.4±0.4,25mg群−0.3±0.4,50mg群0.5±0.4),NPIも合計スコア(10項目及び4項目),項目別スコアのいずれもほとんど変動しなかった.有害事象発現割合はP群50.0%,25mg群43.1%,50mg群64.0%で,発現した事象はパーキンソン病でのものと同様であり,傾眠,幻覚,認知障害の発現割合にZNS群とP群で大きな違いはなかった.
【考察】パーキンソン病治療薬であるZNSの投与により,運動機能の指標であるUPDRS Part 3合計スコアは50mg群ではPより有意に改善し,25mg群も有意ではなかったもののP群より改善の程度は大きかった.また,MMSEやNPIにはプラセボ群と同様に大きな変動はなく,認知機能や精神症状に影響はみられなかった.特に,幻覚や妄想は,運動機能障害の治療のために使用するパーキンソン病治療薬で誘発される精神症状としては最も頻度が高いが,これらのスコアが悪化しなかったことは臨床的な意義が大きいと考える.以上のように,ZNSは認知機能や精神症状に悪影響を及ぼさずにDLBの運動機能を改善することが示唆された.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-16
アルツハイマー病に対する抗アセチルコリンエステラーゼ阻害剤の効果について;リバーミード行動記憶検査およびNPIを用いて
金井光康(高崎総合医療センター神経内科)
【目的】アルツハイマー病(AD)の治療薬であるアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害剤の効果について,中核症状である記憶障害と,認知症に伴う周辺症状に着目し,各薬剤の特徴を明らかにする.
【方法】National Institute on Aging-Alzheimer’s Association診断基準にのっとり,ADの診断をした.対象40例のうち,16例にdonepezil,20例にgalantamine,4例にrivastigmineを投与した.Donepezilは3mgで開始し,5mg投与,galantamineは8mgで開始し,16mg,続いて24mgを投与,rivatigmineは4.5mgから開始し,9mg,13.5mg,18mgへと漸増した.Memantineを併用している症例は,対象から除外した.薬剤による認知機能評価に,リバーミード行動記憶検査(RBMT)を用いた.周辺症状の評価にはNeuropsychiatric Inventory-brief questionnair form(NPI-Q)を用いた.薬剤投与の開始時および半年後に,RBMTを行い,進行ないし改善の程度を評価した.標準プロフィール点のみならず,下位項目について検討を加えた.NPI-Qについては,同一の介護者が来院に付き添われる症例において,介護者から口頭で同意を得た後に,RBMT施行時にあわせて質問し,比較検討を行った.
【倫理的配慮】介護者から同意を得た症例に対して解析を行った.データを数量的に扱い,患者個人を特定できないよう個人情報保護等に十分配慮した.
【結果】RBMTの標準プロフィール点では,donepezil投与群に比しgalantamine投与群で悪化の傾向が軽度であった.特に空間的課題である道順項目で改善傾向を認めた.Rivastigmineは4例であり,有意差を確認できなかった.展望記憶を評価する持ち物や約束の項目は有意差を得られなかったが,galantamineで改善傾向がみられた.NPI-Qでは,統計学的に有意差はみられなかったが,donepezil群で無関心,galantamin群で興奮や易努性で改善傾向をみた.
【考察】投与されたAChE阻害薬により,記憶障害や周辺症状に対する効果において差異があると考えられた.Galantamineはニコチン性アセチルコリン受容体に対するallosteric potentiating ligand作用を併せ持ち,長期投与による脱感作が生じにくく,各種神経伝達物質の放出を促進する可能性も考えられる.AD患者の治療薬選定に際し,障害されている症状を評価し,薬剤選択の参考にすべきである.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-17
アルツハイマー型認知症の食事関連BPSDにアリピプラゾール液剤が有効であった2例
西垣志帆,遠藤多香子,奥村武則,小松弘幸,田中真野,富永桂一朗(医療法人財団明理会鶴川サナトリウム病院)
【目的】認知症の行動・心理症状(BPSD)において,非定型抗精神病薬は適応外使用であるものの,BPSDが激しい場合や症状消失を急ぐ場合はその使用を余儀なくされる.一方で高齢者に対する抗精神病薬の使用は用量調整が難しく時に過鎮静を招き死亡率を増加させる.投与時は可能な限り副作用に留意し,鎮静作用の少ない薬物から検討する必要がある.加えてBPSDが激しい場合は内服困難例が少なくないため,剤型についても検討する必要がある.今回我々はアリピプラゾール(ARP)の液剤がアルツハイマー型認知症(AD)のBPSDに有効であった2症例を経験したので報告する.
【方法】症例報告.
【倫理的配慮】症例報告について個人が特定されないよう倫理的配慮を行った.抗精神病薬が適応外使用である旨の説明を家族に説明し同意を得た.
【結果】(症例1)74歳,女性.既往歴は糖尿病,高脂血症.家族歴は特記事項なし.X−3年秋頃から物忘れを認め,近医にてADと診断を受けた.その後介護認定を受け外来治療を行った.X−1年6月に自宅で転倒し大腿骨骨折.骨折の治療後介護上の問題からX−1年6月有料老人ホームに入所.入所時から暴言,暴力行為あり.X年2月から拒食を認め施設対応困難となりX年3月に当院精神科病棟入院となった.入院後も拒食,拒薬が激しいためARP 9mgの液剤内服開始.一か月後食事拒否軽減し自力摂取可能となり,暴力行為も収束した.依然として多動と不眠が残存しているため入院治療中.(症例2)89歳,女性.既往歴・家族歴は特記事項なし.X−1年頃から物忘れ出現した.X年10月から独語が目立ち,X年11月には拒食,拒薬出現.X年11月に当院受診し薬物療法を行うが改善せず,同月当院精神科病棟入院となった.入院時検査にて特記すべき身体的所見なし.ADと判断し治療を行った.オランザピン口腔崩壊錠5mgにて著効なくやや鎮静傾向を認めた為ARP液剤9mgに切り替えた.2週間程で拒食,拒薬が軽減し疎通も良好と なり,現在施設入所を検討している.
【考察】ADの食事関連BPSDにARP液剤が有効であった症例を経験した.ARPは他の抗精神病薬とは異なり,ドパミンD2受容体部分アゴニスト作用を要する.セロトニン5-HT1A受容体部分アゴニスト作用及びセロトニン5-HT2A受容体アンタゴニスト作用も併せ持っており,これらの薬理学的作用から錐体外路系の副作用が少ないと推測され高齢者の身体機能への影響も少ないと考えられる.今回の2症例はどちらも拒食,拒薬が強く興奮状態であり,口腔内崩壊錠または液剤の内服のみ可能であった.そのため錐体外路系の影響に加えて剤型にも配慮しARPの液剤を選択した.当日は演題登録後の経過を含め本症例の詳細な内容を若干の考察を加え報告する.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-18
アルツハイマー型認知症に伴う強い心気症状にミルタザピンが著効した3症例
竹内裕二,久保田敬典,市橋佳世子,門田一法,小原尚利(医療法人清陵会南ヶ丘病院),磯村周一,小原知之(九州大学大学院医学研究院精神病態医学),堀  輝(産業医科大学精神医学教室)
【はじめに】アルツハイマー型認知症(AD)に伴う心気症状や抑うつ状態に対して,抗うつ薬の効果および忍容性は一定した見解が得られていない.今回我々は,AD発症後の著しい心気症状に対してミルタザピンが著効した3症例を経験したので報告する.
【倫理的配慮】各報告にあたり,本人および代諾者からの同意を得ると共に個人が特定されないよう匿名性の保持に最大限の配慮を行った.
【各症例の経過】(症例1)84歳,男性.独居.X−2年頃より物忘れが出現し,近医にて軽度ADと診断されたが未治療であった.X−1年8月頃より漠然とした身体的不調や不安を訴え始め,同年11月頃からは「体がどうにかなりそう」と自ら頻回に救急車を要請して内科への短期間の入院を繰り返した.身体的な異常を指摘されないものの,本人は強い身体的不調を訴え,鎮痛薬を突発的に過量服用するなど,不安定な状態が続いた.X年7月当院を初診し,外来治療にてミルタザピン15mg/日の服用を開始した.治療1ヶ月目から不調を訴えることがなくなり,寛解状態となった.
(症例2)81歳,女性.独居.X年1月頃より物忘れが出現し,近医にて軽度ADと診断されドネペジルを投与された.その後,デイサービスやヘルパーなどの介護保険サービスを利用して生活していたが,同年6月から近所に住む家族に「体がふわふわする」などと漠然とした身体的不調を訴えて1日に何度も電話するようになった.翌7月からは自ら救急車を要請して総合病院に搬送されるも異常は指摘されずに帰宅するということが繰り返された.そのため同年8月から当院に入院となり,入院初日からミルタザピン15mg/日の服用を開始した.しばらくの間は多訴的な状態が続いたが,同剤を45mg/日まで増量したところ2週間ほどで症状は消失,寛解状態となった.
(症例3)79歳,男性.妻と2人暮らし.X−3年に近医にて軽度ADと診断され,短期間ドネペジルを投与されたが,その後は未治療で経過していた.X−1年頃から,動悸,目眩,ふらつき,目のかすみなどを訴えるようになり,多数の診療科で精密検査を受けたが,特に異常は指摘されなかった.そのため精神科病院を受診し,リバスチグミンとメマンチンに加えて,ベンゾジアゼピン系抗不安薬や抑肝散などが投与されたが,精神症状に変わりはなかった.その後,夜間に救急車を要請して総合病院への救急受診を繰り返すようになったため,X年6月に当院入院となった.入院初日からミルタザピン15mg/日の服用を開始し,しばらくは多訴的な状態が続いたが,45mg/日まで増量後1週間ほどで寛解状態となった.
【考察】今回AD患者に伴う著しい心気症状にミルタザピンが著効した3症例を経験した.いずれの症例も同剤の忍容性は高かった.ミルタザピンは5-HT2a/2c受容体への拮抗作用を有しており,その特異的セロトニン作動性が不安や焦燥に対し効果した可能性が考えられる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-19
アルツハイマー型認知症の薬物治療;事象関連電位を指標にして
大川順司,森田喜一郎,小路純央(久留米大学神経精神医学講座,久留米大学高次脳疾患研究所),浅海靖恵(久留米大学高次脳疾患研究所,九州看護福祉大学看護福祉学部),中島洋子(久留米大学高次脳疾患研究所),佐藤 守,加藤雄輔,藤木 僚,内村直尚(久留米大学神経精神医学講座,久留米大学高次脳疾患研究所)
【目的】事象関連電位P300成分は,認知機能を反映する精神生理学的指標として多くの研究がなされてきた.PolichはP300振幅が注意資源の分配量を,P300潜時が注意資源の分配スピードを示すとしており,さらにP300成分が情報処理資源の再分配を反映するのみならず課題や刺激条件に対する主体の心理的状態(構え,情動等)でも変動するとしている.一般に,P300潜時は加齢に伴い延長するといわれており,認知症でも,P300潜時の延長が特徴的指標とされている.
 今回,もの忘れ外来を受診された方を対象に,赤ん坊の「泣き」写真,「笑い」写真提示時のP300成分を抗認知症薬の使用前と6カ月後において測定し,治療経過における,病状依存性指標(state marker)や病態特異性指標(trait marker)を検討したので報告する.
【方法】当院もの忘れ外来を受診された被験者12名を対象とした.総ての被験者は,AD群(HDS-R 20点以下,MMSE 23点以下どちらか一つでも条件を満たす者)であり,右ききで,脳梗塞,脳出血等の既往が無く,運動・言語・聴覚機能にも障害はなかった.P300測定には日本光電NeuroFaxを使用した.事象関連電位は,視覚誘発のオドボール課題を用い,標的刺激(30%の出現確率)として,赤ん坊の「泣き」または「笑い」写真を,非標的刺激(70%の出現確率)として,赤ん坊の「中性」写真を用いた.脳波は,国際10‐20法に基づき,両耳朶を基準電極として18チャンネルから記録した.P300成分は,Fz,Cz,Pz,Ozから最大振幅,潜時を解析した.P300振幅は,時間枠350-600msの最大陽性電位とし,P300潜時は,P300最大振幅の時点とした.認知症症状評価尺度として,HDS-R,MMSEおよびVSRAD Advance Zスコアを用いた.統計処理は,有意差の検定に分散分析(表情と電極)を,相関はピアソンの積率相関係数を用いた.いずれも危険率5%未満を有意とした.
【倫理的配慮】総ての被験者に,当研究を書面にて説明し同意を得たのち施行した.尚,当研究は,久留米大学倫理委員会の承認を得て行っている.
【結果】P300振幅は「泣き」「笑い」において加療前と6カ月後では,いずれの記録部でも有意差は観察されなかった.また,「泣き」と「笑い」の課題間においても有意差は観察されなかった.
 P300潜時も同様に,「泣き」「笑い」ともに有意差は観察されなかった.「泣き」においてP300潜時とZスコアに正の相関があった.
【考察】視覚誘発情動関連電位P300成分は,認知症の精神生理学的指標として有用であると示唆された.今後,さらに症例数を増やし,薬物治療の方向性に役立つP300成分の有用性を検討していきたい.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月14日(日) 14:10〜14:50 ポスター会場(展示ホール A)
非薬物療法・ケア
松田 修(東京学芸大学総合教育科学系教育心理学講座臨床心理学分野)
P-B-20
レビー小体型認知症と自動車運転;他の認知症より運転は危険か?
上村直人,今城由里子(高知大学医学部),大石りさ,諸隈陽子(一陽病院老年精神科),藤戸良子(芸西病院)
【目的】レビー小体型認知症は第二の認知症とも呼ばれ,アルツハイマー型認知症についで多い疾患である.レビー小体型認知症では視覚認知障害が目立つため,自動車運転ではより危険性が高いと予測される.そこで認知症外来を受診し,レビー小体型認知症のドライバーの運転能力と運転中断介入の実態について評価したので報告する.
【方法】2004〜2013年の期間に高知大学精神科専門外来を受診し,レビー小体型認知症と診断され認知症疾患データベースに登録された中で,初診時において運転免許を保有していた21名を対象とした.平均年齢74.1歳(男:14,女:7),平均MMSE:20.2±5.3,CDR別(CDR 0.5:6,CDR 1:12,CDR 2:3)であった.分析方法は@:TMT,A:認知症発症後の運転行動変化,B運転シミュレーター検査,C道路標識テスト,D事故の有無,E運転中断の勧告の有無とその後の対応について評価した.
【倫理的配慮】本調査は高知大学医学部倫理委員会の承認を得て行った.
【結果】21名中5名(23.8%)が何らかの事故を起こしていた.事故自体は軽微なものが多く,人身事故などはなかった.トレイルメイキングテストではA,Bともに成績が悪く,運転シミュレーター検査でもハンドル操作や注意配分の成績が悪かった.患者自ら運転能力の低下や危険性を自覚している場合もあり,運転中断の勧告には19/21(90.5%)が認知症の告知後速やかに従って,運転中断という生活習慣の修正ができていた.また,同時に運転中断に同意しながらも外来診療時に「中断に対する喪失感や抑うつ感情」を自ら語る患者が,わずかではあるが存在していた. カルテ調査では21名中運転能力の低下自覚あり:過半数で,診断前の中断6/19=31.6%,事故の有無:物損1件,自損1件(21名中),中断勧告から中断まで(N=13):8.8カ月であった.
【考察と結語】レビー小体型認知症では,運転能力の低下があり,それは主として注意機能や視覚認知に関連するものであった.また運転中断勧告に対する反応は比較的速やかに中断が受け入れられていた稀ながら中断に対する喪失感や抑うつ感情を自ら語る場合もあり,運転中断勧告後の精神療法的アプローチも重要であると思われた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-21
神戸市における認知症初期集中支援チームの活動
梶田博之(神戸学院大学総合リハビリテーション学部),久次米健市(くじめ内科),池田敦子(神戸市保健福祉局介護保険課),尾嵜遠見,前田 潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部)
【目的】「認知症施策推進5か年計画」のなかで認知症の早期診断・早期対応に向けた支援体制を構築することを目的として,認知症の人やその家族に早期に関わる「認知症初期集中支援チーム(以下,支援チーム)」の設置が明示された.支援チームは平成25年度に全国14の自治体でモデル事業として開始されたが,神戸市はその一つとして支援チームを設置し活動を開始している(神戸市では「認知症初期相談支援チーム」の名称を用いている).今回は神戸市の支援チームの活動内容・実績について報告する.
【倫理的配慮】個人情報の取り扱いについては「個人情報同意書」にて同意を得た.
【支援チームの紹介】支援チームは,専門医,認知症サポート医,保健師,看護師,社会福祉士,作業療法士からなる専門職で構成され,神戸市の中で最も高齢化の進んだ長田区をモデル地区として活動を行った.対象者宅への訪問は保健師(看護師)と作業療法士,または社会福祉士と作業療法士の2名により実施した.対象者のアセスメントとしては,地域包括ケアシステムにおける認知症アセスメントシート(DASC),DBD短縮版,Zarit 8,身体・生活状況の確認等を行い,後日に専門医やサポート医等を含む多職種が参加するチーム員会議を開催し,対象者への初期支援策について検討した.
【支援チームの活動】平成25年9月から平成26年9月までの1年間に,実件数で92名(男性31名,女性61名)の対象者への訪問を実施した.対象者の属性として,年齢は80歳以上が全体の63%,生活形態は独居46%,配偶者との二人暮らしが24%,要介護度は,要支援1が15%,要支援2が9%,要介護1が24%,要介護2以上が7%,未申請が41%であった.対象者の把握ルートは家族からが48%,介護支援専門員が24%,近隣住民が7%となっており,認知症に気づかれてからチーム員が関与するまでの期間は,6ヶ月未満が15%,6ヶ月〜1年が33%,1〜3年が30%,3〜6年が20%であった.
 チーム員の関与によって介護保険サービスの導入に至ったケースは全体の72%,鑑別診断を受けたのが50%,インフォーマルサービスの利用につながったのは42%であった.鑑別診断を受けた対象者のうち67%はアルツハイマー型であったが,レビー小体型4例をはじめ,その他の原因疾患も見受けられた.
【考察】認知症の人が地域生活を継続するためには,介護保険等のサービスを適宜利用していくことが必要である.神戸市の支援チームが関与したケースでは7割以上の対象者へ介護保険サービスを導入することができた.これは,担当地域包括支援センターや担当介護支援専門員もチーム員の対象者宅への訪問に同行しチーム員会議にも参加するなど,密に情報共有をしながら多職種が協働できたことの結果とも考えられる.しかし,支援チームの活動はまだ開始されたばかりであり,対象者の把握ルートの拡大やインフォーマルサービスの導入,また支援チームの人材育成など取り組むべき課題も多い.そのためにも支援チームの今後の全国展開に向けて,各地での実践経験の報告が望まれる.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-22
レビー小体型認知症に伴う精神症状に対する修正型電気けいれん療法の効果について
松岡 究,上田昇太郎,木内邦明,橋本和典,安野史彦,岸本年史(奈良県立医科大学精神医学講座)
【目的】レビー小体型認知症の特徴として,進行性の認知機能の低下に加えて,精神病症状や抑うつ症状などの精神症状を伴うことが挙げられる.そのため,薬物療法を要する症例をしばしば経験するが,抗精神病薬に対する過敏性や抗うつ薬の副作用が問題となることがある.一方で,修正型電気けいれん療法は非薬物療法の選択肢として考えられるが,レビー小体型認知症に伴う精神症状に対する治療効果や施行の安全性についての体系的な研究は少ない.本検討では,レビー小体型認知症に伴う精神症状に対する修正型電気けいれん療法の治療効果や安全性について調べた.
【方法】対象として,以下の条件を満たす症例を選択した.1)奈良県立医科大学精神科病棟に2011年12月から2014年11月までに入院した症例であること,2)レビー小体型認知症の臨床診断基準改訂版によってレビー小体型認知症であるとほぼ確実(probable)あるいは疑い(possible)と診断されていること,3)薬物療法抵抗性の抑うつ症状を伴い,修正型電気けいれん療法を施行した症例であること,4)50歳以上であること.対象の症例に対して,修正型電気けいれん療法施行の前後において,抑うつ症状(Hamilton Rating Scale for Depression,HAM-D),認知症の行動・心理症状(Neuropsychiatric Inventory,NPI),パーキンソン症状(Hoehn&Yahr disability scale)の変化と有害事象の有無について調べた.
【倫理的配慮】本検討において,個人が特定されないように匿名化し,最大限の倫理的配慮を行った.また,発表について本人及び家族より同意を得た.
【結果】上記の条件を満たす症例は5例(男性1例,女性4例,平均年齢74.2±5.7歳)であった.修正型電気けいれん療法の前後で,抑うつ症状の改善(HAM-D:17.2±0.8→6.0±3.4)と認知症の行動・心理症状の改善(NPI:33.4±7.8→14.4±10.7)が有意に認められた.NPIの下位項目のうち,妄想や幻覚においても有意な改善が認められた.一方で,パーキンソン症状の改善については有意差が認められなかったが(Hoehn&Yahr disability scale:3.4±1.2→1.8±0.8),1例において抗パーキンソン病薬の減量が可能であった.修正型電気けいれん療法によると思われる有害事象はみられなかった.
【考察】レビー小体型認知症に伴う精神症状に対する修正型電気けいれん療法の効果や安全性についての体系的な研究は少なく,Rasmussenらや高橋らによる研究などが数編あるのみである.これらの研究では,修正型電気けいれん療法により,レビー小体型認知症に伴う抑うつ症状の改善が認められたと報告されている.本検討でも同様の結果が得られ,修正型電気けいれん療法によると思われる有害事象もみられなかった.レビー小体型認知症に伴う精神症状に対して,修正型電気けいれん療法が有用な治療手段となりうる可能性について考察した.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-24
軽度認知障害高齢者の認知機能向上に向けたグループプログラムの実施可能性
佐藤大介(千葉県立保健医療大学)
【目的】軽度認知障害の状態にある高齢者に対する予防的介入の必要性が指摘されている.しかし,介入プログラムの効果の検証には課題が残されている.軽度認知障害を有する高齢者を対象としたグループプログラムの認知機能への実施効果をを明らかにすることを目的とした.
【方法】精神科病院併設のデイケア2施設の利用者のうち,主治医より軽度認知障害の診断を受けている,重篤な身体症状を有していない,言語的疎通性が保たれている,調査協力の同意の得られる,の条件を満たす方を対象とした.対象者を介入群と対照群に無作為に割り付け,各群に認知機能の改善を目的としたプログラムを10週間実施した.介入群に準備体操を5分間,5段階の身体運動を用いた訓練を30分間,ストレッチを5分間実施した.5段階の身体運動には上肢で把持できる物品を使用し,1段階目の単純課題として前方および後方への運動,2段階目の回転課題として右周りおよび左周りの運動,3段階目の交互課題として左上肢および右上肢の運動,4段階目の反復課題として両上肢の同時運動,5段階目の協調課題として身体正中線の交差運動を行った.対照群にパソコン操作を用いた訓練を30分間実施した.プログラムの実施はリハビリテーションを専門とするセラピストが担当した.対象者に対する評価を介入前,介入後,3か月後に実施した. 評価項目を神経心理機能,選択的注意,分配的注意,手段的日常生活動作とした.
【倫理的配慮】調査実施施設の施設長および主治医に文書を用いて調査の主旨を説明し承認を得た.また,対象者本人および家族に,調査の主旨および協力の自由意思の保障を説明し,文書で同意を得た.
【結果】参加の条件を満たした55名のうち,プログラムに最後まで参加し,最終評価まで実施した対象者は,介入群26名(71.4歳,女性16名・男性10名),対照群25名(72.2歳,女性14名・男性11名)であった.参加の中止理由の内訳は,1名が症状進行による入院,1名が合併症悪化による入院,2名が利用サービスの変更であった.介入後の神経心理機能,分配的注意,手段的日常生活動作において,対照群に比べ介入群に有意な改善が見られた.また,3か月後の神経心理機能,選択的注意において,対照群に比べ介入群に有意な改善が見られた.
【考察】軽度認知障害を有する高齢者を対象とした身体運動を用いるグループプログラムは,認知機能の改善に効果があることが示唆された.今後,認知症の類型による効果の比較および健常群との効果の比較についての検討が必要である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた

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6月14日(日) 15:00〜16:00 ポスター会場(展示ホール A)
医療施設・その他
座長: 上村 直人(高知大学医学部神経精神科学教室)
P-B-25
健常老齢者における高い教育水準と低いアミロイドβ集積について
安野史彦(奈良県立医科大学精神科,国立循環器病研究センター研究所画像診断医学部),数井裕光(大阪大学医学部精神科),森田奈緒美(国立循環器病研究センター放射線科),梶本勝文,猪原匡史,田口明彦(国立循環器病研究センター脳神経内科),山本明秀(国立循環器病研究センター研究所画像診断医学部),松岡 究,小坂 淳(奈良県立医科大学精神科),工藤 喬(大阪大学保健センター精神科),飯田秀博(国立循環器病研究センター研究所画像診断医学部),長束一行(国立循環器病研究センター脳神経内科),岸本年史(奈良県立医科大学精神科)
【目的】これまでの疫学的検討において高い教育歴を受けた群でアルツハイマー型認知症の発症率が低いことが示されているが,教育の発症に対する抑止的なメカニズムは十分に明らかでない.本研究の目的は認知機能の正常な被験者において,11C-labeled Pittsburgh Compound B([11C]PIB)を用いたpositron emission tomography(PET)により,教育歴とアミロイド集積の関連を検討し,AD発症以前の段階における教育のアミロイド集積に対する影響を検証することで抑止的なメカニズムの一端を明らかにすることにある.
【方法】30名の認知機能正常範囲にある健常者において,[11C]PIB-PET検査と神経認知機能評価を実施した.被験者のうち,16名は教育歴12年以下(中等教育以下群),14名は13年以上(高等教育群)であった.脳内Aβ集積が複数の領域におけるbinding potential(BPND)を指標として評価され,上記2群において比較検討された.
【倫理的配慮】本研究は参加研究施設の倫理委員会による承認を受けた.被験者に対して十分な説明を行った後,文書による同意を得た.
【結果】高等教育歴群に比較して,中等教育歴以下群で,皮質領域における有意に高いPIB-BPND値が示された.検討したすべての領域で,中等教育以下群の高いPIB-BPNDが示された.この結果は,年齢,性別,測定時の知能水準による影響を考慮しても不変であった.我々の結果は高い教育を受けた健常被験者において,アミロイド集積が少ないことを示すと思われた(図a,b)
【考察】我々の結果は人生早期段階での教育水準が,のちのAD病理過程に抑止的な関連を有することを示した.この結果は脳認知予備能仮説と矛盾するものではなく,発症前段階において高い教育水準はAβ集積に対して抑止的に働くと同時に,脳の認知予備能の増大を介して発症において,より大きな病理変化の必要性を生じさせるものと思われた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-26
認知症初期集中支援チーム員研修の実際と効果評価
杉山美香(東京都健康長寿医療センター研究所),大口達也(立教大学大学院),宮前史子(東京都健康長寿医療センター研究所),鷲見幸彦(国立長寿医療研究センター),筒井孝子(兵庫県立大学大学院),粟田主一(東京都健康長寿医療センター研究所)
【目的】認知症初期集中支援チームとは,複数の専門職により認知症が疑われる人,認知症の人とその家族を訪問し,認知症の専門医による鑑別診断等をふまえて総合的な評価を行い,本人や家族支援などの初期の支援を包括的,集中的に行い,自立生活のサポートを行うものである.平成26年度,地域支援事業において41自治体,自治体の独自事業で68自治体が認知症初期集中支援チームに関する事業を行っている.我々は,認知症初期集中支援チーム員の質を確保するため,研修カリキュラム,テキストを作成し,研修を実施して研修の効果を検証したので報告する.
【方法】平成26年度老人保健健康増進等事業「認知症の早期診断,早期対応につながる初期集中支援チーム員の質の確保等に向けた調査研究事業」において,認知症初期集中支援チーム員研修のカリキュラム(2日間)を作成し実施した.カリキュラムは,1日目に認知症初期集中支援チームの支援方法,実践報告,ガバナンスの構築方法,筆記テスト,2日目に地域包括ケアシステムについて,認知症の総合的アセスメント方法,DVD事例を視聴してDASCを評価する模擬演習,筆記テストで構成された.研修1日目は平成26年7月6日に東京会場,13日に大阪会場で,研修2日目は14日に大阪会場を本会場とし東京会場, 札幌市,仙台市,名古屋市,岡山市,福岡市の7会場で衛星中継を用いて行った.受講生を対象に年齢,所属,保有資格等の属性,研修1日目に「認知症初期集中支援チーム員の基礎知識の確認テスト(10問)」,研修2日目に「認知症に関する基礎知識確認テスト(10問)」,認知症に関する経験の有無についてのアンケート,DASC模擬アセスメント演習(21問),研修の満足度についてのアンケートを行った.
【倫理的配慮】研究協力に同意の得られた受講者の個人情報は全て匿名化しデータ処理を行った.
【結果】研修1日目は372名,2日目は327名の参加を得た.受講者の平均年齢は42.25歳(SD=10.04),所属と保有資格は「地域包括支援センター(直営)」79名(21.2%),「保健師」109名(29.3%)が最も多かった.認知症に関する経験で「経験あり」が最も多かったのが「講座や研修会への参加」で313名(95.7%),最も少なかったのは「若年認知症の支援」91名(28.1%)であった.「認知症初期集中支援チーム員の基礎知識の確認テスト」の平均点は10点満点中9.54点で高く,「認知症に関する基礎知識確認テスト」の平均点は10点満点中1回目7.90点で終了時には9.41点と上昇した.DASCの模擬アセスメント演習の平均点は21点満点中20.66点で,演習問題についても高得点であった.研修の満足度については,331名(89.0%)が「非常に良かった」「良かった」と回答した.講義構成の満足度については,317名(85.2%)が「非常に良かった」「良かった」と回答した.
【考察】基礎知識に関する確認テストおよびDASC模擬演習の成績,研修満足度は総じて高かった.今後,研修終了後の長期的な効果など,研修効果の評価方法のさらなる検討が必要であろう.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-27
当院精神神経科病棟における平成25年の高齢者の入院受け入れ状況について
鈴木美佐,三井 浩,織田裕行,吉村匡史,木下利彦(関西医科大学附属滝井病院精神神経科)
【目的】高齢化率の上昇に伴い,精神神経科病棟での入院治療を必要とする高齢者も増加している.病棟区分や病棟設置基準の見直しも進められているが,認知症高齢者の入院受け入れの難渋は社会問題化している.そこで,当院での65歳以上高齢者の入院の受け入れ状況並びに,受け入れ調整がつかず,入院依頼を断らざるを得なかった状況について振り返りを行うことで,高齢者の入院に関する受け入れ困難状況を整理することを目的とした.
【方法】平成25年1月から12月を対象期間とし,当院精神神経科病棟に入院した患者,ならびに他医療機関や保健所などから具体的に入院依頼を受けたものの断らざるを得なかった者を対象とした.それらの記載を行っている入院予約ノートをもとに,入院となった場合,入院に至らなかった場合の要因分析を行った.治療を要する精神科疾患,身体合併症,ADL,入院依頼の緊急度,精神保健福祉法上の保護者の問題,などの項目から整理することととした.
【倫理的配慮】個別の症例が特定されることはない.
【結果】平成25年1年間に当院精神神経科病棟に入院した患者数は165件(男性48名,女性117名)であった.その内,65歳以上高齢者は男性9名(18.7%),女性47名(40.1%)であった.平均在院日数に関しては65歳未満の場合,男性57.1日,女性65.0日に対して,65歳以上では男性が70日,女性が74.7日であった.治療の対象としてせん妄が主な理由となった者は,男性では0名であったが,女性では8名あり,内6名が65歳以上であった.入院を断らざるを得なかった場合の理由としては,即日の転院受け入れ依頼の場合に,病床確保ができなかった場合や,緩和ケアも目的とした依頼の際に当院の精神科病棟の役割を超えているため断らざるを得なかったことがあった.
【考察】現在,精神科病棟入院中の身体合併症に関しては転院受け入れを調整する行政の仕組みや,精神科病院での身体合併症ユニットの設置,認知症疾患治療病棟の設置などが行われている.しかし,当院精神神経科病棟では,身体合併症ユニットや認知症疾患治療病棟の届け出は行っていないため,ポータブルトイレや車椅子などADLに配慮の必要な高齢者の受け入れには物理的な限界がある.そのため,身体科病院からの即応の転院要請は対応困難となることがあった.また,入院患者のなかには,退院時に,精神科治療を継続するためには,当院入院前の環境には戻れないことがあった.今後も精神科病棟の在り方について検討を重ねていきたいと考える.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-28
グループホームで暮らす認知症高齢者のワンダリング関連行動に影響する生活・環境要因
青木萩子,成澤幸子,菊永淳,岩佐有華,清水詩子,坂井さゆり,小山千加代(新潟大学医学部保健学科)
【目的】認知症に発現するワンダリング関連行動は生活上危険な側面を有し,発現に影響する要因の把握と事前の調整が必要である.グループホーム(以下GH)で観察されるワンダリング関連行動の発現に影響する生活・環境要因を抽出する.
【方法】質的帰納的分析.対象はGHで認知症高齢者のケアを行う施設介護職員である.介護職員に対してJan Dewing(2012)のワンダリングリスク評価によりリスク有と判断された受持ち高齢者のワンダリング関連行動と生活・環境について半構造的面接によって情報収集した.得られたデータをコード化([])し,意味の体系的な分析によって分類(『』)・カテゴリー化(「」)した.調査期間は2012年9月から同年11月.
【倫理的配慮】新潟大学医学部倫理審査委員会の承認(1391)を得た後,協力施設の承諾,対象への研究協力の説明,同意後に実施した.研究対象が語る高齢者に対しては本人若しくは家族に事前に説明・同意を得た.
【結果】7施設の介護職員8人に協力が得られ,介護経験年数は全員5年以上であった.介護職員の受持ち高齢者は全員アルツハイマー病認知症で,平均年齢85.1歳,塩酸ドネぺジル服用6人,ADLランクはIからIV,所在不明の経験有3人であった.データ分析の結果,コード総数は64で,コード数の多い順に『代償としての行動化』(コード数36),『季節と気象』(12),『時刻と心身の変調』(10),『身体違和』(6)に大別された.主なカテゴリーをあげると,『代償としての行動化』には「場所の失見当識」「屋外への関心」「フットワークに関連する職務経歴」「独りの寂しさ」「帰宅希望」「散歩の習慣」が抽出された.「フットワークに関連する職務経歴」にはコード[かつて新聞配達の仕事]を含んだ.『季節と気象』に関連したカテゴリーは「季節の変わり目」「冬季」と「良い天気」があげられた.「冬季」にはコード[寝ていることが多い]を含んだ.『時刻と心 身の変調』には「夕刻の変調」「日中安定」「就寝時不眠」があり,『身体違和』には「痛み」「皮膚変調」が抽出された.
【考察】介護職員によって観察・認識されたワンダリング関連行動は,アルツハイマー病による地誌的失見当識による居場所の不確かさと,長年従事した職務行動や散歩等習慣が手続き記憶として残され不穏時の行動や対処行動に変換して発現すると推論できる.判断力の減弱に伴い一人で過ごすことの不安と寂しさから人を求め,探し求める行動が発現すると解釈される.季節の移ろいの認識が困難な状況であれば季節や変わり目の気象の変化に応じて高齢者が生活環境を整えることは難しい.天気の良い日は屋外への関心をもち,行動化としてのワンダリングが発現する機会は増え,寒冷の冬季には自室で過ごすことが多くなるなど季節や気象の影響も示唆された.周知の夜間の不眠とワンダリングとの関連も確認できたが,日中に話し相手がいるなど人間関係が感情等精神の安定に影響すると認識されていることが明らかになり,今後,影響要因として介護者との人間関係に焦点をあてた検討が必要であると考えた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-29
認知症治療病棟の入院期間と退院支援に関する報告;認知症治療病棟を持つ病院へのアンケート調査より
森川孝子(神戸学院大学総合リハビリテーション学部),尾嵜遠見(神戸学院大学総合リハビリテーション学研究科),梶田博之,前田 潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部)
【目的】認知症高齢者の入院医療は主に精神科病院が担っているが,可能な限り入院期間を短縮し,当事者が地域にて生活を送れるようになることが求められている.本調査の目的は認知症治療病棟に入院する認知症高齢者の入院期間や退院支援の実態について調査し,早期退院の要因や,退院を困難にしている要因を明らかにすることである.
【方法】郵送法によるアンケート調査を実施した.対象は財団法人日本精神科病院協会に属する近畿,中国,四国地方の認知症治療病棟を有する病院,及び,西日本の認知症治療病棟を有する公立精神科病院,独立行政法人国立行政機構を対象とした.また,兵庫県下の認知症治療病棟を持たない私立精神科病院も対象とした.本調査は厚生労働科学研究費を受け実施した(課題番号H26‐一般‐005).
【倫理的配慮】本調査にあたり,神戸学院大学ヒトを対象とする研究等倫理委員会における承認を得て実施した.
【結果】132病院へ調査票を送付し,54施設より回答を得た(回収率40.9%).うち,認知症治療病棟を有する病院は45施設であった.全病院の平成26年26年8月1日〜8月31日の全ての入院患者数は1840名,そのうち,認知症患者数は497名であり,237名の患者が認知症治療病棟に入院していた.病院あたりの認知症治療病棟平均病床数は70.9床(48〜240床)であった.また,同期間に認知症治療病棟を退院した患者数は4.7名(0〜22名),8月における平均在院日数は595.6(0〜4362)日であった.
 認知症治療病棟以外に認知症患者が主として入院する病棟は,急性期治療病棟が25施設,精神一般病棟が13施設,精神科療養病棟が1施設,記載なしが15施設であった.
 平成26年10月31日時点における認知症治療病棟に入院している認知症患者の入院期間について,全施設の合計患者数は30日以内が182名,31以上60日以内が179名,61日以上1年未満が873名,1年以上が1672名であった.入院期間が61日以上1年未満,及び,1年以上の入院患者のうち,退院を困難にしている理由として最も多かったのは,「精神症状・行動障害のため」であった.
 リハビリスタッフの配置は,認知症治療病棟を有する回答のあった44施設全てに作業療法士が配置(0.6〜3名)され,理学療法士,言語聴覚士は少なかった.また,認知症患者リハビリテーション料の算定について,現在,算定している施設は7施設(15.6%),準備中の施設は7施設(15.6%),算定の予定のない施設が31施設(68.9%)であった.
 平成26年8月1日〜10月31日の間に認知症治療病棟に入院した患者515名の入院経路のうち,最も多かったのは一般科の病院・診療所からの入院であり,175名であった.一方,同時期に認知症治療病棟へ入院した患者304名の退院・転院先について,最も多かったのは介護施設129名であった.退院時に利用したサービスは通院診療,介護保険の通所サービス,介護保険の訪問サービスの順に多かった.
【考察】現在,調査結果の単純集計を行った段階である.入院が長期化する要因やどのような支援が退院につながっているかなどについて,3年前に実施した尾嵜らの先行研究とも比較しながら考察を加え報告する予定である.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
P-B-30
若年性アルツハイマー型認知症の臨床症状に関する一考察;鶴川サナトリウム病院入院患者の経験より
遠藤多香子,奥村武則,田中真野,西垣志帆(医療法人財団明理会鶴川サナトリウム病院)
【はじめに】認知症は一度獲得した知的機能が低下し,社会生活や仕事に支障を来たすようになった病態の総称である.認知症の最大のリスクファクターは加齢である.日本の認知症患者数は200万人以上といわれ,今後も社会の高齢化の加速と共に認知症患者数の増加が予想されている.一方で,認知症は高齢者に特有の疾患ではなく,64歳以下で発症する若年性認知症患者数は推計3.78万人と報告されている(2009年,朝田ら).
【方法】2014年11月末時点で鶴川サナトリウム病院に入院している若年性認知症患者24名中,最多のアルツハイマー型認知症(以下,AD)患者9名を対象に,発症年齢,初期症状,経過を調べ,臨床的な特徴の検証を行なった.
【倫理的配慮】今回の発表に際し,個人情報が特定されないように配慮した.
【結果】2014年11月末時点で当院入院中のAD患者287名,若年性認知症患者24名,若年性AD患者9名であった.若年性AD患者の割合は,全AD患者の3.1%,若年性認知症患者の37.5%であった.発症年齢は,51歳〜60歳で平均56歳であった.初期症状は,記憶障害7名,実行機能障害4名,構音障害2名,不定愁訴1名であった.家族や本人が異常を認識してから診察迄の期間は1ヶ月〜10年,平均1年10ヶ月であった.診察迄が短期の症例は,諸症状発現前から気分障害で通院加療中であり,長期の症例は,本人の更年期障害という主張を家族が受容していた例があった.家族や本人が異常を認識してから診断迄の期間は1ヶ月〜10年2か月,平均3年4ヶ月であった.診断に至るのに長期の症例では,受診迄に長期間を要した例や,気分障害として加療中だった為,初期症状が気分障害の一環であると判断されていた例があった.家族や本人が異常を認識してから初回入院迄の期間は3年〜約12年,平均6年10か月であった.入院のきっかけとなった症状として,徘徊・暴力の一方または両方を認める例が多く,痙攣発作,被害妄想を各1名認めた.
【考察】日本の若年性認知症患者内のAD患者の割合は25.4%(2009年,朝田ら),当院では37.5%であり,国内の調査より多かった.初期症状は,記憶障害,実行機能障害,構音障害など多彩であり,症状や経過は大きな個人差を認めた.また,他の精神疾患を治療中の場合,この初期症状の多彩さが,発症初期での診断をいっそう困難にしている可能性が考えられた.入院に至る問題として,一般的に老年期AD患者では認知症の周辺症状のみならず摂食量低下や身体機能低下等も多く見られるのに対し,若年性AD患者では,体力が十分あるが故の徘徊や暴力に家族対応の限界となる傾向が示された.認知機能障害と繋がりにくい精神症状が存在する場合,診断に至るまでに長期間を要する事もあり,精神科のみならず初期診療に携わる上で,若年期でも認知症を念頭においた診察により,早期診断および治療導入に繋げられる可能性も考えられた.
 本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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