Q&A 痴呆介護の100か条 041〜055
日常生活の援助―いままでできたことができなくなる

 


 

041.

「できることはしてもらう」より、「できないことはさりげなく手伝う」ことのほうが大事
 残存機能の活用というお題目のもとに、できることはしてもらはないとできなくなってしまうという理由から、痴呆症のお年寄りに、無理なことをさせたくなるご家族の気持ちはよくわかりますが、これは、お薦めすることはできません。子どもをしつけるように、「みててあげるからやってご覧なさい」「だめよお母さん、そうじゃないでしょ、よく考えて!」などと怒鳴るより、並んで、いっしょに作業して、恥をかかせないで、だれがやったのかがわからないように、さりげなく手伝い、合作で仕上げることのほうがずっと大事です。

 

042. やみくもな介助はかえって有害。なぜできないのかを観察しながら介助する
 介護に行き詰まったときは、冷静に観察しましょう。ムキになったり、やみくもにあれこれ試したとしても、お金も、時間も、労力も無駄遣いなだけです。痴呆の介護は持久戦です。無駄な消耗は極力避けましょう。たとえば、失禁の原因はさまざまで、原因が違えば対策も違います。パニックにならず、なぜこのようなことをするのか、なぜできないのかを考えながら観察し、それに応じた対策を試みましょう。だめなときは、また仕切り直して考えればよいのです。

 

043. 介助は正面から声をかけて、お手本は並んで同じ方向で
 痴呆症が進行すると、周囲に十分な注意を払えなくなります。介助をするときは、声をかけながら、前方から近づきましょう。不意に後ろから声をかけたり手を出したりすると、思わぬ事故につながることがあります。同じく、痴呆症が進行すると、鏡のような左右反対の像が理解できなくなります。歯磨きなどをいっしょにしてみせるときは、向き合ってしまうと左右が逆になることから混乱を起こすことがあります。このようなときは、並んで行うとうまくいくこともあります。

 

044. 日常動作の介助は、なにをされているのかがわかるように
 痴呆症が進行すると、周囲の状況判断ができなくなります。風呂の脱衣所に行っても、なにをするのかがわからないのです。お年寄りは、無理に服を脱がされると解釈し、驚いて抵抗し、ときには思わぬ暴力沙汰を引き起こします。お風呂だということがわかるような環境を演出し、「さあ、これから出かけますからその前にお風呂に入りましょ」などと話しかけながら介助すれば、スムーズにできることもあります。食事、トイレ、着替えなど、すべてそれらしい環境と話しかけで、ゆっくりと行ってみてください。

 

045. 食べることの障害にもいろいろある
 痴呆症のお年寄りが食事を嫌がる(拒食)、食べ過ぎる(過食)、食べ物以外のものを食べてしまう(異食)などの症状は、さまざまな原因で起こります。対応に迷うときは、痴呆症に詳しい医師に相談してみましょう。痴呆症に限らず、お年寄りの場合、ちょっとした食習慣の変化が心身の状況に重大な影響を及ぼすことがあるため早めの対応が重要です。とくに拒食の場合は、身体の異常や精神症状が陰に隠れていることがあるため十分注意しましょう。

 

046. 痴呆が進行すれば、飲み込む、吐き出すができなくなる
 痴呆症になると、初めは、細かい動きが障害され、しだいに歩くような大きな運動がぎこちなくなってきます。さらに進行した場合、食べ物を呑み込んだり、誤って気管に入ってしまった食べ物や痰を吐き出すといった、いままで無意識にしていたことが上手にできなくなります。痴呆症の末期では、気管に食べ物や唾液が入ってしまうために起こる誤嚥性肺炎が死因になることがあります。痴呆が進行し、歩行が自由にできなくなるころには、こうした機能の低下を頭に入れた介護が必要になります。

 

047. 頻尿、便秘、下痢には要注意
 痴呆症が進行してくると、身体の異常を感じにくくなったり、感じているにもかかわらずそれを言葉で表現できないということが起こります。尿や便の頻度や性状は、しばしば、身体の異常のバロメータになります。同時に、尿意が頻繁にあることは睡眠を妨げますし、若い人と違い、わずかな便秘や下痢がイレウス(腸が動かなくなってしまうこと)や脱水などの重篤な身体的トラブルにつながりやすくなります。様子が変わったときは早めに医師のアドバイスを求めましょう。

 

048. おむつをつける前に、やってみることがある
 お手洗いを汚したり、とんでもない所で排泄してしまったり、失禁したりといった排泄の失敗は、家族にとって心理的にも大きな衝撃になります。しかし、おむつをつける前に、なぜ失敗するのかをよく観察してみましょう。夜の失敗が多いのならば廊下の電気をつけっぱなしにする、お手洗いのドアを開け放ってすぐに中がみえるようにする、着脱が楽な服にする、排泄のパターンを把握してそれらしい様子がみえたときはすぐに誘導するなどの方法を取ると、かなり後までおむつを使わずにすむ可能性があります。

 

049. おむつが嫌なのはだれでも同じ
 排泄の失敗は、ご家族にとってショックである以上に、痴呆症のお年寄りにとっても衝撃です。汚れた下着を隠したり、便を包んで押入れにしまったりする行為は、そうした気持ちの表れです。痴呆が進行すれば、いずれは、おむつをつけることもやむを得ない時期がきますが、おむつを嫌がるお年寄りの気持ちを十分尊重し、恥をかかせないようにしましょう。パットやパンツ型のおむつなど、さまざまな介護用品が出回っています。お年寄りのや介護者に合わせて使いやすいものを選んでください。

 

050. 着替えの手伝いはさりげなく
 痴呆症が進んでくると、TPOに合わせた適切な衣類の選択ができなくなり、やがて、着る順番がおかしくなり、さらに進行すると、セーターの袖に足を入れるなどの着衣失行と呼ばれる症状が起こり、最後には自分からは更衣そのものをしようとしなくなります。痴呆の進行に合わせて、適切な介護をする必要がありますが、子どもではないのですから、お年寄りの気持ちを傷つけないようにさりげなく手伝ってください。汚れた下着を替えるのを拒むようなときも無理をせず、チャンスを待つようにしてください。

 

051. お風呂の介助は、危険な作業
 お風呂の介助は、病院や施設の大きなお風呂で若い職員がするときでも神経を使う仕事です。痴呆症のお年寄りが入浴を嫌がるような場合、家庭の狭い浴室で、女性やお年寄りが1人で介助をするのは介護する側にとっても、介護される側にとっても、非常に危険な作業です。無理は絶対にしてはいけません。入浴サービスを利用したり、ホームヘルパーに手伝ってもらうなど、本人が嫌がるときは一人で介助をしないようにしましょう。歳をとると新陳代謝も減りますから入浴の頻度は減っても大丈夫です。

 

052. 座りっぱなしは、寝たきりと同じ
 痴呆が進行すると、歩くのが難しくなり、転倒が増えます。歩く機会が減れば、歩く力が落ち、さらに転びやすくなり、心理的、身体的な依存度も加速度的に大きくなります。多少のリスクはあっても、できる限り長く歩行機能を維持できるように援助しましょう。それでも歩けなくなったときは「日中は座らせる」などと杓子定規なことをいわず、疲れたなら横にさせてあげましょう。歩けないということは、自分でベッドへ行って休むことができないということです。座ったままで放っておかれるくらいなら、寝たきりのほうがまだ楽でしょう。

 

053. 食べた後の口の中にも、注意が必要
 口腔内の清潔は、感染症や口臭の予防、誤嚥の防止などのために重要です。歳をとると、歯茎がやせたり、入れ歯が合わなくなってきて、口の中に食べ物が残りやすくなります。毎食後、口の中の清潔に注意します。歯磨きやうがいが上手にできなくなってきたら、並んで、一緒にやってみせると、まねができることもあります。うがいした水を飲んでしまっても、口の中にものが残るより安全です。それもできないほど進行してしまったら、指に柔らかい布をまいて、静かに口の中、特に歯茎と頬の間などに食物が残らないようにぬぐってあげます。

 

054. 寝たきりになっても運動はできる
 痴呆症が進行してくると、関節の拘縮が起こり、手足の関節の動きが悪くなります。関節が固まってしまうと、清潔の保持が難しくなるだけでなく、褥瘡(床ずれ)の助長にもつながります。立てなくなり、自分で動かせる範囲が小さくなってきたら、入浴、おむつ交換などの機会に、ゆっくりと関節を動かしてあげて、関節が固まるのを予防します。座っていると重力で下に落ちる腕も、寝たきりの場合は縮んで固まってしまいます。筋肉が硬くなり関節が動きにくいときは、無理をしてはいけません。話しかけながら、ゆっくりと行うことが重要です。

 

055. 終末期は忍び足でやってくる
 痴呆が進行してくると、身体が動かなくなり、やがて食べ物も飲み込むことができなくなってきます。この時期になっても、嫌なことをされれば顔をしかめるし、うれしければ笑顔をみせます。しかし、そうこうするうちに、誤嚥性肺炎のような危機を繰り返し起こすようになり、平穏な時期が短くなってきます。終末期はある日、突然訪れるのではなく、ふと気がつくとそこにきています。終末期の医療や介護については、早めに家族で話し合っておくべきです。

 


 

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