Q&A 痴呆介護の100か条 031〜040
痴呆老人との接し方の基本

 


 

031.

100のテクニックより1つの誠意
 人との接し方、痴呆症のお年寄りとの接し方には、いくつかのポイントがありますが、もっとも大事なのは、そのお年寄りに対する家族としての温かな思いやり、この人のお世話をしたいという気持ちです。嫌で嫌でたまらない、生理的な嫌悪感を感じるといった場合は、在宅介護をやめる方法、あるいは別の家族に介護してもらう方法を探すほうが現実的です。在宅介護を決意したならば、家族としての結びつきを信じ、自分を信じて、誠意をもって接することがなににも勝るテクニックです。

 

032. 介護を嫌がるときは、介護をしない
 明らかに介護なしでは暮らせないのに、「お世話には及びません」と言い張るお年寄りには、まず、一歩引いてみましょう。このような場合、自分の能力の低下を自覚していないというだけでなく、能力の低下を認めたくないというプライドの問題が絡んでいることが多いようです。ただし、「困るまで放っておこう」といった姿勢とは違います。それと気づかれないように、さりげなく、必要最小限のお世話はしなければなりません。ありがとうとは言ってもらえなくとも、いつか感謝してくれる日がきます。

 

033. ムキになって説得しても仕方はないが、いい加減に聞き流すのはもっといけない
 痴呆症のお年寄りが、間違った認識に基づいて、とんちんかんな話をしているとき、その間違いを正そうとムキになって話をしてもたいていはうまくいきません。かといって、お年寄りの話をすべて右から左へ聞き流すような態度は、相手の気持ちを傷つけます。少し耳を傾け、お年寄りが周囲の現実をどのようにとらえているのかを考えてみましょう。私たちにとってはつじつまが合わなくとも、痴呆症のお年寄りの目に映る現実のなかでは、理解できることもあるのではないでしょうか。

 

034. すべてを否定せずに受け入れるなんてだれにもできない
 痴呆症のお年寄りが話すことは、すべて否定せずそのまま受容して、その思いに共感するようにと書いてある本がありますが、このようなことは、訓練を受けた臨床心理の専門家であっても、せいぜい1時間弱がよいところです。毎日介護を行い、しかも長い家族の歴史を背負ったご家族にこのようなことができるはずはありません。専門家でも、相手が自分の親であれば、いろいろな感情が入り、専門家としての受容や共感はなかなかできないものなのです。誠実かつ自然に接することが一番です。

 

035. 相手や場所、時間によって態度が変わるのは、痴呆の症状
 介護者だけのときはなにもできないのに、たまにくる実の娘や他人の前では、実にしっかりとした昔ながらの対応をする、といった話をよく聞きます。脳血管性痴呆ではこのようなことがしばしば起こります。これは、必要な能力を集中させることや持続させることができなくなっているために起こるもので、立派な痴呆の症状です。実の娘が引き取って介護をしたとしても、今度は逆の現象が生じるだけです。たまに会うだけの人は、このようなことをよく理解して、毎日、介護にあたっている人の苦労をわかってあげることが大切です。

 

036. 何度も同じことを聞く
 痴呆症のお年寄りは、「忘れたこと」を忘れてしまいます。また、痴呆症という病気は、繰り返すことによって学習する(同じことを何度も聞いているうち記憶がしっかり身につく)ことを困難にします。「さっき聞いた」ということを覚えていない痴呆症のお年寄りは、こちらが辟易とするくらい同じことを繰り返し訪ねますし、何回聞いても記憶が定着しないのです。書いて渡しておくなどの工夫が有効なこともありますが、腹を立てないで、何回でも答え、不安にしないことが重要です。お年寄りも聞きやすい人にしか聞きにこないものです。

 

037. 教育・訓練モードは最悪
 痴呆症のお年寄りに、リハビリテーションと称して、難しい課題のものをさせたり、記憶のトレーニングを強制したりすることは、無意味なだけでなく、有害です。痴呆症のお年寄りと、誠実にお付き合いしていると、表面的にはもの忘れのこと、ぼけてしまったことを自覚していないかにみえますが、心の深いところでは、傷つけられた自尊心、不安、怒り、悲しみが積み重なっていることがわかるはずです。痴呆症のお年寄りにご家族が、教育・訓練モードで接することは、百害あって一利なしです。

 

038. 自分が嫌だと思うことは相手にもしない
 痴呆症のケアには、さまざまな技法が開発されています。お年寄りのなかには、これらの技法を嫌がる人が少なくありませんし、同業者である私の目にも、「あんなことさせられたくないな」としか思えないようなプログラムもあります。痴呆症のお年寄りと接するときは、少し立ち止まって、自分がお年寄りと同じぐらいの年代に達したとき、このようなことをされてうれしいだろうか、ということを考えてみることが大事です。自分がされて嫌だと思うことは、痴呆症のお年寄りにとっても嫌なことなのです。

 

039. 痴呆症になったからといって、それまでの人生が消えてしまうわけではない
 痴呆症は進行性の、深刻な病気です。なにより、その人の人となりが変化するという点で、これらの病気の宣告は、しばしば本人やご家族を絶望的な気持ちにさせます。しかしながら、合理的なケアと、一人ひとりのお年寄りの人生の流れを損なわない、心理的な援助があれば、その人の人となりは、すべての精神活動が失われる終末期になるまで生き続けます。本人はもとより、家族がいたずらに悲観的になったり、絶望したりせず、少しでも、楽しい、有意義な日々を送ることを考えましょう。

 

040. 子どもや孫を忘れても、親のことは忘れない
 痴呆症が進行してくると、子どもや孫の顔を忘れてしまうことがあります。しかし、娘のことを姉だという人も、その人が自分にとって大事な人だということはわかっているのです。また、痴呆症では、比較的新しい記憶から失われていくことが多く、子どもを産んだことは忘れても、自分の親兄弟のことは覚えているものです。95歳の人が「自分の母親は元気で生きている」と話すこともあります。このようなときは、頭から否定せず、古い昔話として聞いてください。

 


 

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