担当医師との上手なお付き合い

 

 患者と医師の良好な関係とはどのようなものでしょうか。患者は、病気のことを詳しく説明してくれる医師、そしてなによりも信頼できる医師を求めます。一方医師は、病状や服薬による効果、副作用などを正確に伝えれくれる患者を歓迎します。両者のこれらの意向が合致し、互いに信頼し合えたときに、患者と医師の良好な関係は築かれるのではないかと思います。しかし、痴呆に関しては、このような関係を築くまでに、さまざまな困難が待ち受けています。
 患者が痴呆性高齢者の場合は、主に家族がその状態を医師に説明しなければなりません。その際、患者のプライドを傷つけたくないケースや、受診に対して拒否的なケースでは、患者を目の前にして家庭におけるさまざまな失敗を説明することができないことがあります。このような場合、大方の医師はそれを察して患者に退室を求めるか、あるいは後日家族だけの面接を希望します。また、もし可能であれば、家族が2人付き添い、患者の状態をよく知っている家族が最初に医師と会い、その間にもう1人の家族が、患者と待合室で待つようにすることを薦めます。
 初診時の痴呆の診断では、家庭での詳しい状況を知ることは医師にとって欠かせないことです。しかし、診療の時間も限られており、医師は診断に必要な情報をできる限り簡潔に要領よく得ようと試みます。ですから、家族の方も、医師の質問に対して、できる限り話が横道に逸れないように答えることができれば、診察もスムーズに進みます。また、医師の質問以外に医師に伝えたいことがあれば、その旨を医師に告げ、話すとよいでしょう。
 家族のなかには、時々「医師から詳しい病気の説明を得たかったのに、忙しそうだったので聞けなかった」と後で訴える人がいます。患者の病気の説明や症状が今後どのように進行するのかを聞けなかったり、あるいは検査内容や治療について知ることができないかったとしたならば、何のために病院に連れてきたのかが分かりません。また、医師のほうにも、これらのことを患者やその家族に十分に説明する義務があります。もしも医師から十分な説明が得られないと感じたときは、遠慮なく説明を求めてください。特に、薬の内容について説明を求めようとしない家族が多いのですが、処方する薬の効果と副作用を正しく把握することは重要なことです。
 家族は、さまざまな異常行動への対応の仕方や介護の方法を医師に尋ねますが、正直なところ、これらのことについて、医師から満足できる答えを得た家族は少ないのではないでしょうか。患者は、それぞれに異なった生活史や環境をもち、また異なった性格をもっています。すべての患者に共通する対応法などは実際にはあり得ないのです。また、医師が患者の状態を把握する手段は、患者とのごく短い時間の診察や面接、あるいは家族からの情報に限られています。だからこそ、家族からの質問に対し、医師は安直に答えることができないこともあります。
 しかし、患者やその家族が通院を重ね、医師にさまざまな情報を提供し、また医師と良好な関係をもつことで、医師はその患者に適した介護指導が見いだせるようになります。家庭の状況や介護者の負担など、話し難いことは多々あると思いますが、できる限り患者の真実と介護者の本心を医師に話してみてください。たとえば、介護に疲れ果てているのに、他の家族を気にして、「在宅介護を継続したい」などと立て前をいっていると、かえって医師を混乱させてしまいます。性的な問題行動などは、介護者にとって特に話し難いことだとは思いますが、そのことが介護上大きな負担となっているのであれば、ためらうことなく医師に相談してみてください。医師には、患者や家族の秘密を厳守する義務がありますから、心配せずに困っていることを相談してみてください。
 家族のなかには、医師に必要のない遠慮や気遣いをする方がいます。たとえば、いままで長年付き合ってきたホームドクターに黙って他の専門医を受診したということで自責的になったり、その医師と連絡を取り合うことを拒否する介護者がいます。また、転院を希望するときも同様に遠慮や気遣いをする家族がいます。診断やこれまでの診療内容は、新しく関わる医師にとっては大変重要な情報となります。このような遠慮はまったく必要ありません。
 医師と上手に付き合うことは、医師のご機嫌をうかがったり、過度の遠慮や気遣いをすることではありません。患者に対して最良な状態を提供するために、両者が正確な情報を伝え合うことなので、それには、患者と医師との信頼関係の形成が不可欠です。
 平成10年6月の脳代謝賦活薬承認取り消しを伝える新聞記事のなかに、ある医師が「医療現場では、(この薬は)痴呆に効かないと思っている、(中略)でも医者にとって副作用もなく出しやすい薬だからね。患者はなにもいわないし、家族も満足している。みんなハッピーじゃないか。医療保険財政がこんなに困窮しなければ、財政当局を含めて、だれも文句をいわなかっただろう」とコメントした記事がありました。悲しいことですが、これもわが国の医療、患者・治療者関係の一端なのかもしれません。しかし、患者や家族は、このような診療を受けてほんとうにハッピーだったでしょうか。医師と患者の関係とはこのような薄っぺらな関係でよいのでしょうか。

 

前 へ 次 へ

 


 

このページのトップに戻る