甲状腺は前頚部にあり、甲状腺ホルモンを分泌する臓器です。甲状腺ホルモンは、体のなかで物質の代謝を促進する働きをします。甲状腺の疾患には、多い順に甲状腺機能亢進症(バセドウ病)、慢性甲状腺炎(橋本病)、単純性甲状腺腫、甲状腺アデノーマ、甲状腺機能低下症、亜急性甲状腺炎、がんなどがあり、最初の三疾患で全甲状腺疾患の70〜80%を占めます。これらの疾患には、それぞれに特徴的な症状や臨床所見がありますが、大部分の甲状腺疾患は甲状腺が腫れて大きくなります。
甲状腺機能亢進症
◆どのような病気か?◆
甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌され血液中の甲状腺ホルモンが高値を保った状態で、そのために代謝が亢進してさまざまな症状が出現する場合をいいます。バセドウ病、プランマー病、亜急性甲状腺炎などの疾患があります。
バセドウ病は、甲状腺機能亢進症の大部分を占める代表的な疾患で、甲状腺細胞の甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体に対する抗体ができ、甲状腺刺激物質となって発症すると考えられています。甲状腺はびまん性に大きくなります。これには遺伝的素因が関係していることが明らかにされています。
プランマー病は、過機能性腺腫による疾患で、孤立性の腺腫ができます。
亜急性甲状腺炎も甲状腺機能亢進症を示す疾患です。原因はウイルス感染で、甲状腺組織破壊の結果、発熱や甲状腺の痛みとともに一過性の甲状腺中毒症状を起こします。
◆症状と特徴◆
バセドウ病は甲状腺のはれ(甲状腺種)、眼球突出、甲状腺中毒症状や体重の減少などの症状を示します。甲状腺中毒症状とは動悸、発汗の過剰、頻脈、手のふるえなどの症状をいいます。これらの症状は夏に増悪することが多いのが特徴です。軽い運動時に息切れを感じたり、いらいらし怒りっぽくなる、不眠などの症状も現れます。
一般的に老人の場合は、比較的症状が現れにくく、体重減少や不整脈、心不全症状だけが前面にでて、診断がむずかしいこともあります。初期には、しばしば心臓病、糖尿病、神経症などとまちがわれることもあります。著しい体重減少がある場合、悪性腫瘍や糖尿病とともに甲状腺機能亢進症も疑う必要があります。また、老人では甲状腺腫も認められないこともあります。
バセドウ病は前述したように自己免疫が原因と考えられ、血液中の抗甲状腺刺激ホルモン受容体抗体が甲状腺刺激物質となり発病すると考えられています。この抗体はバセドウ病の90〜95%の症例で検出され、単一ではなくさらに細かに分類されています。診断は、この抗体のほか、血液をとり甲状腺ホルモン(TH)や甲状腺刺激ホルモン(TSH)の測定や、画像診断などで症状とあわせて診断します。
バセドウ病の治療は、抗甲状腺薬の内服治療が中心となります。そのほか、外科的治療や放射性ヨード療法などがあります。
緊急時の応急処置
バセドウ病がある人に強いストレスが加わったとき、症状の急激な悪化とともに発熱、頻脈、悪心・嘔吐、振戦、下痢、興奮、意識障害などを起こす甲状腺クリーゼでは、時にショック状態に陥り、死亡することもあります。このような症状が出現したときは、緊急に処置が必要です。
甲状腺機能低下症
◆どのような病気か?◆
甲状腺の働きが低下し、血液中の甲状腺ホルモンの濃度が低下します。その結果、細胞内でいろいろな物質の代謝が低下するために起こる病気です。先天性のものと後天性のものとがあります。成人の甲状腺機能低下症のなかで大部分を占めるのは、橋本病(慢性甲状腺炎)による原発性甲状腺機能低下症です。橋本病では、甲状腺に対する抗体が産生され、その結果組織が傷害されます。傷害が高度になると、甲状腺組織が破壊され機能が低下してきます。しかし、橋本病のうち甲状腺機能の異常を認めるものは、約10%にすぎません。
◆症状と特徴◆
橋本病は、軽症ではほとんど症状はみられません。ほとんどが中年以降の女性で、約90%の人にびまん性の硬い甲状腺腫が認められます。かすれ声や前頚部の不快感、全身倦怠感などが認められます。
甲状腺機能が低下すると、無気力、寒さに弱く、手足の冷え、便秘、押してもへこみができないむくみ、浮腫様顔貌(まぶたが腫れ、目が細く、くちびるが厚く、ぼんやりした顔つき)、脱毛、とうもろこしの毛のような頭髪、体重の増加、皮膚乾燥、貧血、月経過多などの症状が出現します。また、動作や言語が緩慢になります。重症のものは粘液水腫といわれ、これらの症状が強くなります。
言語緩慢、うつ症状、記銘力低下などの症状は、老人の場合、生理的な老化や痴呆とまちがわれることがあるので注意を要します。また、この病気はむくみのために腎臓病とまちがわれることもあります。
かすれ声で耳鼻科を受診したり、健康診断の高コレステロール血症がきっかけで発見されたりすることがあります。
緊急時の応急処置
粘液水腫性昏睡では、呼吸不全が死亡の原因になり、そのため迅速な診断と治療が必要です。基礎に心疾患をもつ老人で、治療中に不整脈や胸痛が出現したら、安静に保ったうえで緊急に医療機関を受診するようにします。
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