老年期の睡眠障害

清水徹男(秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座)


 人口の高齢化とともに,睡眠の問題に苦しむものが増加する.ことにその傾向は女性で顕著であり,65才以上の女性ではその約半数のものが睡眠の問題を抱えていると報告されている1.最も頻度の高い睡眠障害である不眠はQOLに大きな影響を与える.さらに,慢性化した不眠は高齢者においてはうつ病発症の危険因子であることが最近のメタ解析によっても実証されている.このことは,慢性の不眠は決して見逃されても良い病態ではないことを示している.高齢者の不眠に対しては,まず,非薬物療法とりわけ睡眠衛生の指導が重要である.そのうちの多くの部分は認知症患者の不眠にも適応可能である.次いで薬物療法であるが,そのエッセンスについても解説する.

 高齢者では約4割という極めて高い頻度で睡眠時無呼吸症候群がみられる.若年者の場合とは異なり,肥満やいびきが目立たないことが多い.さらに,高齢者ではその有病率に男女差がほとんど見られないことも特徴的である.睡眠時無呼吸症候群が高齢者においても若年者と同様に生命予後や心・循環器系の危険因子になるかという点は重要な問題であるが,不明な点が多い.

高齢になってから明瞭な寝言をしゃべるようになる,あるいは,夢見の時に体を動かしてしまう人がいる.そのような人はREM睡眠行動障害の患者である可能性が高い.この病態は,夢見る睡眠であるREM睡眠の時期に生理的には働く骨格筋活動の抑制機序が働かないために夢見に伴う言動が表出されるようになるというものである.激しい場合には起きあがって転倒したり,家具などにぶつかる,夢の中の襲撃者と闘っているつもりで傍らに眠る配偶者を傷つけたり,振り回した腕を壁などにぶつけて自らを傷つける危険がある.ところで,REM睡眠行動障害のみを呈し他には何らの身体疾患や精神神経疾患のない正常な患者が後にパーキンソン病やレビー小体病を高い頻度で発症することが明らかになっている.

 このように高齢者に高い頻度で見られる睡眠障害はQOLに大きな影響を与えるばかりではなく,様々な疾患や病態の発症にも影響するものである.ここでは高齢者の不眠,うつ病と不眠の関係,高齢者の睡眠時無呼吸症候群,REM睡眠行動障害に焦点を当てて解説を加える.