高齢者の身体症状

堀口 淳(島根大学医学部精神医学講座)


高齢者の身体症状の発現や悪化は,精神症状の新たな発現や増悪に容易に連動してしまう.本講では,演者の自験例を通じて,最近の演者の幾つかの視点を論じることで,任を全うしたい.

1.高齢者の視力障害 〜感覚遮断と幻覚〜

 高齢者が白内障などによる視力低下や視野欠損などを有する場合には,既に幻覚の発現脆弱性状態であると考えるべきである.いわゆる「感覚遮断と幻覚」の話である.たとえば演者の臨床経験では,視力障害を有するアルツハイマー病患者や抗パーキンソン病薬で治療中のパーキンソン病患者では,幻視を中心とした異常体験が出現しやすいように感じている.それもやはり夕方から夜間に頻発するのである.体内リズム(生物時計)の同調因子としての「光」の果たす役割は大きい.
(1)Charles Bonnet症候群
高齢者の0.4〜13%(Tan CS et.al. 2007)は白内障など,末梢視覚器官の障害による視力低下が背景にあるという.日常の視覚刺激(幻視の発現を抑制?)からの解放現象 Release Phenomena,いわゆる「解放性幻視」とも考えてよいが,脳器質障害を有する認知症などの患者の場合には,器質性幻覚症を超えて,せん妄などへと連動してしまう.ここらからは「意識」レベルが問題視されなければならない.
幻覚,特に幻視の発現機序は不明であろうが,器質性幻視症は以下の2つが主な背景要因として取り上げられよう.その第一は,中脳網様体から発する覚醒系arousal system(上行性網様賦活系ascending reticular activating system)や視床下部後部の覚醒機構など,あるいは視床内網様体から発する広汎投射系diffuse projection systemや脳幹下部(橋,延髄)網様体などの抑制系や睡眠誘発系などの傷害が基盤となるものである.第二は,視覚情報の入力経路(網膜→視神経→視索→外側膝状体→視放線→後頭葉皮質)の傷害による視野や視力障害が基盤となるものと考えられる.
(2)半盲視野内幻視
同名半盲内の視覚性入力の欠如による,やはり解放現象 Release Phenomenaによる「解放性幻視」とも言えようが,自験例は1例のみである.まれなのかも知れない.
(3)難聴者の音楽幻聴(Berrios GE 1990)
音楽幻聴の約70%は難聴者に診られるという.それも,約80%は高齢女性で,約40%は音楽幻聴以外の精神症状はないという.さらに約70%に病識があるが,これもやはり日常の聴覚刺激(幻聴の発現を抑制?)からの解放現象Release Phenomenとしての「解放性幻聴」なのかもしれない.全盲女性の,本人にとっては「綺麗で,視えて嬉しい幻視」を治療する意味はあるのか?

2.身体症状と「物盗られ妄想」

 アルツハイマー病に代表される高齢者の妄想の一つに,「物盗られ妄想」がある.なぜ,かなり類似した妄想が比較的高率に観察されるのか?おそらくこの背景には,高齢者の身体不全から発来される不安が存在するのではないか?この点については,講演当日に自験例を提示して論考したい.

3.高齢者の睡眠覚醒障害

 多くの身体疾患が睡眠を障害しうる.その内容は多岐にわたるが,代表的なものとして,心血管系の障害としてうっ血性心不全など,呼吸器系の疾患として慢性閉塞性肺疾患や喘息など,消化器系として胃食道逆流症,内分泌疾患として糖尿病などがあげられる.また,リウマチや悪性腫瘍などの疼痛性疾患も大きな影響を及ぼす.身体疾患そのものではなくても,夜間の頻尿や失禁などの泌尿器的な要因も睡眠を障害しうる.
さて問題は睡眠問題が生じると,元来の身体疾患を悪化させるだけでなく,様々なADL,QOLの劣化を招き,新たな精神疾患が発現したりなど,悪循環が生じることである.たとえば「眠れない」パーキンソン病の身体症状は,極めて具合が安定もしないし,薬物の効果も減弱するのである.

4.薬剤性の問題 〜恐ろしい不随意運動〜

 精神科薬物療法の際に問題となることの多い錐体外路症状を中心とした副作用について,ビデオや写真を使って供覧し,それらへの対処法についても,少々概説したい.日常臨床は,実はこの問題への対処が大きな比重を占めると思うのである.
アカシジアは高頻度の副作用の一つではあるが,元来の精神症状との鑑別が問題となる.「覚醒時ミオクローヌス」の存在が決め手になる.口部や食道のジスキネジアは誤嚥や窒息の原因となるが,適切な治療がなされていない場合が多い.発作性ジストニアは患者の恐怖心を煽り,変容感を伴い,慢性持続性ジストニアは関節拘縮さえ惹起する.難治性の不眠症の原因の一つに周期性四肢運動(睡眠時ミオクローヌス)があり,抗精神病薬の投与に起因する場合もある.そのほか,"覚醒時"歯ぎしり(ジスキネジア)や痙攣性発声障害(声帯筋緊張),肛門痛やMeige症候群およびBrueghel症候群(ジストニア),夜間摂食飲水症候群(レストレスレッグズ症候群との関連),呼吸性ジスキネジア,ハンチントン舞踏病,舌振戦などについても明示する.