高齢者の精神症状

三好 功峰  ((財)仁明会精神衛生研究所 )


要 約
 老年期の精神障害は,老年期に特有な生活環境の変化や身体疾患,加齢による大脳変化などが関わる.老年期にみられるうつ病では,脳器質性疾患によるうつ,身体疾患によるうつ病,薬物によるうつ病などがその原因の一部となっている.シャルル・ボネ症状群,音楽幻聴などは老年期に特有な幻覚であり,物盗られ妄想,嫉妬妄想,皮膚寄生虫妄想,同居人妄想なども老年期にみられることが多い.せん妄は身体疾患,大脳疾患が原因となるが,認知障害(認知症)も老年期,初老期の大脳疾患や身体疾患にともなって出現する.大脳疾患においては認知障害が中核的な症状であり,老年期のうつ,幻覚,妄想,行動障害,人格障害において,認知障害をともなっているときには器質性疾患によることが疑われる.

1.老年期のうつ病
 老年期うつ病late life depressionでは心理的性格的要因と身体的要因が原因となる.柔軟性に欠ける性格傾向は,環境要因に対する適応の困難さを引きおこすという意味で,うつ病の発症に関連があるとみなされている.ほかに老年期特有の生活状況の変化も原因となる.
 一方,身体的疾患あるいは神経疾患も,発症に密接な関連がある.身体因性のうつ病(二次性うつ病)は,老年期において頻度が高い.
 血管性うつ病vascular depression,パーキンソン病におけるうつ,アルツハイマー病は老年期にみられる身体因性うつ病の代表的なものである.また,身体疾患として,ウイルス感染症,全身性エリテマトーデス,HIV感染症,膵臓がん,肺がん,ビタミンB12欠乏症,葉酸欠乏症,大腿骨頸部骨折,心筋梗塞,心不全などが,また,薬物としては降圧薬,消化器系薬物,強心薬, ホルモン製剤,抗腫瘍薬,鎮痛薬,インタフェロンなどがうつ病の原因となりやすいとされている.

2.老年期の幻覚
 シャルル・ボネ症状群は,老年期にみられる生理的な幻視体験というのが本来の定義であるが,原因としては,視力低下によって視覚の鮮明さが失われることがこのような幻視の出現の基礎にあると考えられている.
 音楽幻聴music hallucinationは,特定の音楽がくりかえし,聞こえてくると訴えられるもので,しばしば老年期の聴覚障害者に体験される.

3.老年期の妄想
 物盗られ妄想は老年期に多い.だれかが侵入して大切なものを持ってゆくという侵入妄想をともなうことも多い.認知症にともなうことが多いが,遅発性パラノイアにおいてもしばしばみられる.
"幻の同居人(同居人妄想)"は,内因性,器質性いずれにおいても出現する妄想であり,幻視も幻聴も妄想形成のきっかけとなる.
 嫉妬妄想(不実妄想,オセロ症候群)や,自分は見捨てられているという妄想も老年期にはしばしば認められる.妄想的誤認症候群(カプグラ妄想,テレビ誤認症候群など)は認知症,ことにレビー小体病において頻度が高いことが知られている.
 皮膚寄生虫妄想では,確実な証拠を探して周囲の人たちを納得させようとすることが目立つ.遅発性統合失調症やうつ病,それに覚せい剤,コカイン中毒,脳血管性障害,下垂体腫瘍,ハンチントン病,糖尿病,人工透析などが原因となることが原因となることが知られている.
 遅発性パラフレニア(Kay&Roth)においては,妄想は一次性妄想であり,その内容は多くは被害妄想である.程度の差こそあれ系統化されていて非現実的な内容の妄想である.ときに幻聴や幻視もあり,しばしば人や動物が壁を通りぬけて部屋に入ってくると体験される.

4.老年期の意欲,人格,行動障害
 大脳疾患において共通してみられる発動性減退(アパチー)は,老年期にはよくみられる傾向である.もともとの性格傾向が先鋭化されるとか,対人関係において無頓着になったりするといったような平板化されることが,老年期の人格変化として認められる.

5.せん妄
せん妄は身体疾患,神経疾患にともなって出現することが多い.a. ぼんやりして,思考がまとまらなくなり行動も混乱する,b. 見当識の障害がある,c. あとで思い出せない,d. 幻視と錯視,e. 日内変動がある,f. 活動亢進あるいは活動低下がある,g. 脳波に変化がある,といった特徴がある.せん妄の評価尺度(DRS)(Trzepacz)では,症状の時間的経過,知覚障害,幻覚の種類,妄想,精神運動行動,テストによる認知力の程度,身体的障害,催眠・覚醒周期の障害,気分の動揺性,症状の変動などにおいて評価する.

6.認知症
(1)アルツハイマー病とアルツハイマー型認知症の違い
 アルツハイマー型認知症は,アルツハイマー病による認知症であるが,アルツハイマー病とイコールではない.最初期のアルツハイマー病では,まだ認知症が発現していないという段階があり得る.DSM-IV-TRにおけるアルツハイマー型認知症の診断は精神医学的な操作的診断であり,その背景の大脳における神経生物学的で,病理的なことがらは必ずしも問題としていない.一方,近年,アルツハイマー病の診断基準(NINCDS-ADRDA改訂案Dubois Bほか2007)が提唱されているが,これは臨床症状とともに特徴的な生物学的基盤を重視したものである.
(2)認知症の診断手順
 認知症かどうか?
 1)日常生活能力および社会的・職業的能力の低下がみられるか?
 2)認知機能の障害があるか?
   a.記憶障害があるか?
   b.記憶障害以外の認知障害があるか?
 3)心理検査,評価尺度などによる評価は認知症レベルか?
 4)行動面での変化や精神症状はあるか?
   a.行動面では?
 BPSDといわれるような行動面での障害があるかいなか.
   b.心理面では?
     幻覚,妄想などはみられるか.
 5)意識障害や大うつなどによるものを除外できるか?
   a.せん妄は?
   b.大うつは? 
 原因疾患は?
 認知症と診断したらつぎに原因疾患についての診断を行う
 6)神経学的診察における所見は?
 7)身体疾患による可能性はないか?
 8)画像検査で変化がみられるか?
 9)可能であれば遺伝子診断を

7.老年期における器質性障害の一般的な特徴
 器質性の大脳疾患における精神症状は,器質性精神障害organic mental disordersあるいは神経精神障害neuropsychiatric disordersと呼ばれる.その個々の臨床像はICD-10においてリストアップされているが,これらの多様な精神症状が,しばしば複数の精神症状が同時並行的に発現すること,認知障害が中核症状となること,精神症状が神経症状や認知症の出現に先行することが多いこと,などが特徴としてあげられる.老年期においてみられる加齢にともなった大脳疾患においては,しばしば,この傾向は認められる.