軽度認知機能障害(MCI)

朝田 隆(筑波大学臨床医学系精神医学)


はじめに
軽度認知機能障害(Mild cognitive impairment:MCI)が注目されることには次のような背景があると思われる.まずAD治療薬としてADの原因物質と目されるアミロイド(Aβ)のワクチンなど根治療法となる可能性をもつ新療法の開発が盛んである.こうした新療法はADが早期であるほど効果的だと考えられている.そこでADの最初期そして前駆期を高い精度で診断することが必要になったのである.
もっとも,最近では脳内Aβの蓄積はMCIの段階で既にプラトーに達しているとされる.つまり現在のMCI診断のさらに前段階,いわばpre-MCIを診断する必要さえ唱えられるようになった.本稿ではADの前駆状態としてのこのようなMCIについて現状を概説する.

2.MCIの概念
現在注目されているMCIは1996年にPetersenらによって定義され,本来は記憶障害に重点の置かれた診断基準であった.ところがここで強調された記憶障害に関して,ADの前駆期にみられる認知機能障害には幾つかパターンがあるという批判が生まれた.そこで改訂がなされ,2003年には新たな診断基準が提唱された. その骨格は1)本人や家族から認知機能低下の訴えがある,2)認知機能は正常とは言えないが認知症の診断基準も満たさない,3)複雑な日常生活動作に最低限の障害はあっても,基本的な日常生活機能は正常の3点にある.
そして記憶とその他の認知機能(言語,遂行機能,視空間機能)の障害の有無によって4つのサブタイプに分類された.

3.MCIの有症率(prevalence)
従来の報告の多くは一見健常と思われ地域で生活する65歳以上の住民を対象にしている.調査結果は概して3−5%の範囲に納まっており,わが国でも宮城県田尻町で目黒が5%と報告している.

4.MCIから認知症への進展率
MCIがどの程度認知症化するのかという問いへの回答として最も有名なものは,Petersenらが15年以上にわたって追跡調査した結果である.そこでは,1年当たり平均12%の割合で認知症あるいはprobable ADへと進行した(converter)とされる.MCIから認知症への進展率については,19の縦断研究を用いたメタアナリシスの平均値として年間10%と報告されている.なお概して専門医療機関における進展率が地域における率より高いことに留意すべきである.この理由としては,地域調査でMCIとされる群が実は相当不均一なグループだと考えられる.

5.MCIの補助的診断
(1)画像診断
MRI,SPECTともに画像統計解析の利用は不可欠である.前駆期・初期のMRIによる診断法としては,Voxel-based morphometry(VBM)による画像統計解析が主流になっている.MCI期では,海馬傍回の前方にある嗅内野皮質の萎縮が注目されている.
(2)バイオマーカー
現時点でMCIや早期ADの診断に最も有用と考えられているのは,脳脊髄液(CSF)バイオマーカーである.CSFバイオマーカーとしては,老人斑・アミロイドの主要構成成分であるAβ42と神経原線維変化を構成するリン酸化タウが注目されてきた.そしてCSFにおけるこれらの物質をELISAによって定量する方法が用いられてきた.AD患者のCSFにおいて前者は低下しており,後者は上昇している.

6.MCIの基礎疾患
MCIとは本来臨床的,操作的な状態像の概念だから固有の神経病理学所見があるわけではなく,様々な基礎疾患が存在する.もっとも病理学的には基礎疾患を特定できないこともあり,うつ病など機能性精神疾患が含まれる可能性もある.
変性型認知症であるアルツハイマー病,レビー小体型認知症のみならず嗜銀顆粒性疾患やTangle認知症例を認めることは注目される.

7.MCIの治療
治療の候補は4つに分けられる.まずADの危険因子に関する研究から指摘されたメタボリックシンドロームなどとの関係から生活療法,食品レベルのものである.次にスタチンなど各種の一般薬剤がある.さらに既存のAD治療薬コリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬である.


図1