認知症の神経病理
-変性認知症とくにアルツハイマー型認知症のシグナル伝達-

川又敏男(神戸大学大学院保健学研究科リハビリテーション科学領域
(脳機能・精神障害学分野))

 

 近年,神経画像検査技術の進歩や神経心理学的検査の普及等に伴って臨床的な認知症診断率は確実に向上している.しかし典型的な症例は別として,さまざまな症状の背景にある,神経心理学的検査で明らかになる機能障害を生じた脳領域の局在や広がりには症例毎にかなりの相違があり,最終的な確定診断は病理解剖の結果を待たねばならない場合も多い.認知症の神経病理診断では,生前の症状に相当する病変(神経細胞の変性・消失とグリア細胞の活性化)の程度・分布を確認すると共に,神経細胞内外の特徴的病理所見の有無についても質的・量的にその程度・分布を詳細に検討し,診断が確定される.
 本講演では,認知症とくに変性認知症のうち患者数が現在最も多く今後も社会の高齢化に伴って急増すると予想されているアルツハイマー型認知症を中心に,レビー小体型認知症・前頭側頭葉変性症(ピック病,ユビキチン陽性封入体を伴うもの等を含む)・嗜銀顆粒性認知症・神経原線維変化型認知症・皮質基底核変性症・進行性核上性麻痺など他の非アルツハイマー型認知症も交えながら,(1)典型的な神経病理像の概要とくに病変分布について,あるいは(2)アミロイド病変・タウ病変・シヌクレイン病変などニューロンやグリアの細胞内外に,異常蛋白質が老人斑・神経原線維変化・レビー小体・グリア細胞内封入体等の特異な形態を示しながら蓄積する特徴病理像について説明する.また(2)のうち,アミロイド病変とタウ病変に関連するアルツハイマー病の病態メカニズムについて,近年明らかになってきた知見をもとに提唱されている仮説を紹介する.
 以上,(1)のように高次脳機能障害や精神・神経症状つまり臨床症状そのものと密接な関係を示し,症状進行の理解やリハビリテーションなど非薬物療法の適用を考慮する際に有用な情報として,また(2)のように認知症病態の分子生物学的理解や今後の根治的薬物療法開発の可能性につながるものとして,認知症の神経病理像を概説したい.