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日本老年精神医学会における新型コロナウィルス感染症流行の影響調査について
日本老年精神医学会COVID-19影響調査ワーキンググループ

 

1. はじめに
日本老年精神医学会では,COVID-19流行が認知症や精神障害をもつ高齢者に及ぼした影響を明らかにすることを目的に,会員を対象とするWEB調査を実施しました.本調査の方法と結果の概要を報告します.
2. 方法
2020年6月24日〜7月31日に,日本老年精神医学会会員(7月1日現在2,837名)を対象に,WEBサイトを用いた無記名自記式調査(会員が日本老年精神医学会ホームページ内にある会員サイトに自らアクセスして質問に回答する調査)を実施しました.調査項目は表1の通りです.
データの集計・分析にあたっては,選択式の回答については単純集計を行い,自由記述の回答については質的分析(セグメントの抽出,コード化,カテゴリー化)を行い,回答された内容を整理して記述しました.なお,本調査の実施にあたっては,本学会の倫理委員会の承認を得ました.
表1.調査項目

表1

 
3. 結果
1) 基本情報
有効回答者は224名(男性185名,女性39名),年齢範囲は20歳代〜80歳代にわたり,回答者が最も多い年齢階級は50歳代(38.4%)でした.回答者の職種については概ね9割が医師(87.9%)であり,心理士(5.8%)がこれに次ぎました.回答者の所属機関類型は,精神科病院(44.2%)が最も多く,一般病院(25.0%)と診療所(17.9%)がこれに次ぎました(表2).回答者の勤務地は40都道府県17指定都市にわたり,回答者が最も多かったのは東京都(15.6%)でした(表3).
表2. 回答者の基本属性
属性人数割合
女性3917.4%
男性18582.6%
合計224100.0%
年齢
20歳代31.3%
30歳代198.5%
40歳代5926.3%
50歳代8638.4%
60歳代4721.0%
70歳代83.6%
80歳代20.9%
合計224100.0%
職種医師19787.9%
心理士135.8%
教員31.3%
作業療法士31.3%
社会福祉士31.3%
精神保健福祉10.4%
理学療法士10.4%
その他31.3%
合計224100.0%
所属機関(複数回答)一般病院5625.0%
精神科病院9944.2%
診療所4017.9%
研究機関2611.6%
教育機関3515.6%
行政20.9%
介護保険施設52.2%
介護保険事業所31.3%
 
表3. 回答者の勤務地
都道府県人数割合
北海道83.6%
青森県20.9%
山形県31.3%
宮城県83.6%
福島県20.9%
茨城県104.5%
群馬県52.2%
栃木県20.9%
千葉県31.3%
埼玉県62.7%
東京都3515.6%
神奈川県146.3%
新潟県20.9%
石川県31.3%
富山県10.4%
福井県20.9%
長野県41.8%
静岡県41.8%
岐阜県52.2%
三重県31.3%
愛知県52.2%
滋賀県10.4%
大阪府2310.3%
京都府20.9%
奈良県41.8%
兵庫県146.3%
岡山県62.7%
広島県20.9%
山口県31.3%
島根県31.3%
香川県10.4%
愛媛県62.7%
徳島県31.3%
高知県31.3%
福岡県52.2%
大分県41.8%
熊本県41.8%
宮崎県41.8%
鹿児島県62.7%
沖縄県31.3%
合計224100.0%
指定都市人数割合
札幌市52.2%
仙台市41.8%
東京23区2712.1%
横浜市83.6%
川崎市10.4%
相模原市20.9%
さいたま市10.4%
新潟市10.4%
浜松市31.3%
名古屋市52.2%
京都市20.9%
大阪市41.8%
堺市20.9%
神戸市73.1%
広島市20.9%
北九州市10.4%
福岡市20.9%
合計7734.4%

 

2) 感染者等への対応について
回答者が所属する医療機関・施設・事業所等において,感染症患者または感染陽性者の「入院対応」,「外来対応」,「救急対応」,「転院」,「転院の受け入れ」,「介護・ケア」はいずれも10〜20%の範囲で実施され,「相談対応」は20%以上で実施されていました.また,濃厚接触者,感染症患者の家族,感染疑いがある患者の「入院受け入れ」は20%,「外来診療」は26%で実施されていました.回答者の10%が,「医療機関・施設・事業所等で院内感染または施設内感染」を経験したと回答しました(図1).

図1

図1. 感染症患者,感染陽性者等への対応
 
3) 感染対策について
COVID-19の感染対策については,回答者が所属するほぼすべての医療機関・施設・事業所等において「受診者・利用者に対するアルコール消毒液等による手指消毒」を実施し,80%以上で「感染対策のための定例会議」,「受診者・利用者の体温測定」,「受診者・利用者のCOVID-19に関する体調確認」,「電話による再来診療」,「家族の面会制限」,50%以上で「感染者専用の病棟や病室の確保,ゾーニング」,約3割で「外来受診者数の制限」,「入院患者数の制限」を実施していました.また,「診療時間または稼働時間の制限」は11%,「ICTを用いたオンライン診療」は10%,「電話による初診診療」は6%で実施していました.「精神科の病棟を一時的に停止した」という回答が4%ありました(図2).

図2

図2. COVID-19の感染対策について
 
4) 社会的距離を保つ対策が認知症や精神障害がある高齢者に及ぼした影響について
社会的距離を保つ対策が認知症である人に及ぼした影響については,回答者の64%が「社会的孤立が強まった」,48%が「精神的健康状態またはBPSDが悪化した」,41%が「認知機能が低下した」,57%が「ADLが低下した」と回答しました(図3).精神障害がある高齢者に及ぼした影響については,62%が「社会的孤立が強まった」,56%が「精神的健康状態が悪化した」と回答しました(図3).COVID-19流行に関連して発症または増加が見られた高齢者の精神障害としては,頻度の高い順に,不安障害(54%),うつ病(43%),認知症(43%),睡眠障害(33%),アルコール関連障害(17%),せん妄(12%)などがあげられました(図4).

図3

図3. 社会的距離を保つ対策が認知症や精神障害がある高齢者に及ぼした影響について

図4

図4. COVID-19の流行に関連して発症または増悪が見られた高齢者の精神障害
 
5) 社会的孤立への対応について
回答者が実施した社会的孤立への対応は,頻度が高い順に,「電話による個別支援」(35%),「ホームページによる情報提供」(23%),「訪問による個別支援」(21%),「手紙による個別支援」(8%),「ビデオ電話などICTを利用した個別支援」(8%)でした(図5).

図5

図5. 社会的孤立への対応について
 
6) 認知症や精神障害がある高齢者への人権侵害について
COVID-19流行に関連して,認知症や精神障害がある高齢者への人権侵害に関わることで特記すべきことがある場合には,自由記述により回答を求めました.その結果,57名より有効回答が得られました.記述された内容を分析したところ,以下のような5つのテーマを生成することができました.
@高齢者施設等における集団感染発生への備えの不足
少なくとも第1波の中では,高齢者施設における集団感染への体系的な対策は存在せず,現場は混乱し,職員は疲弊し,当事者の生存権が脅かされる状況にあった.

高齢者施設でクラスターが発生した際の対応が現場まかせにされている

高齢者のグループホーム,精神科病院など閉鎖的な空間でクラスターが発生したが,保健所が十分にマネジメントできずに現場が混乱し,職員が疲弊し,患者が十分な医療を受ける機会を逸した

高齢者では致死率が高いことから,これらの備えを社会が怠ることは,当事者の命を軽んじることであり,もっとも憂慮されるべき人権侵害である

Aサービス利用についての差別
認知症や精神障害がある高齢者が,精神障害や認知症であることを理由に,あるいは感染陽性であることを理由に,適切な医療サービスを受けることができなかった.

COVID-19対応を行う内科・救急科などで,精神障害や認知症を理由に受け入れが断られている.

精神科病院では,COVID-19陽性を理由に,精神症状が激しくても受け入れできないため,患者が難民化している.

精神科病院に入院中のコロナ陽性者の受け入れ先がないのは人権的に問題である.

B過剰な行動制限と説明責任の不履行
感染症流行下においては,感染対策を理由に認知症や精神障害がある高齢者が過剰に行動制限されている.また,行動制限の理由について,当事者は十分な説明を受けていない.

言語的な指示(例:部屋にいること,マスクをすること)が守れない患者に対して,隔離や身体拘束を行わざるを得なかった.

自宅待機でよい陽性者が,認知症であるため精神科病院へ入院しなければならず,入院した場合は隔離や身体拘束をせざる得ない状況が発生している.

現在行動制限を行っている状況は,国民全員が甘受すべき状況であるならば根気強く説明を行うしか方法がないように思われる.しかし,認知症や精神障害のみを理由に行動を制限することは人権侵害に当たる.政府の動向や市区町村の動向を見定め,それに合わせてしっかりと説明を行う必要がある.

C地域や施設内での社会的孤立
「社会的距離を保つ対策」が,地域にあっては特に独居の認知症高齢者の社会的孤立を強め,施設にあっては家族との交流を阻み,それが本人の精神的健康状態の悪化につながった.

サービス提供事業所が休業したため,独居の認知症者の社会的孤立リスクが高まった.

情報やサービスへのアクセシビリティーが確保されにくい独居認知症高齢者の社会的孤立がさらに強まっている.

家族と面会する機会がなくなり,妄想が強まったり,病状が不安定になる人がいた.

D介護負担や虐待のリスク
感染症に対する不安とともに,社会的距離を保つ対策や経済状況の悪化が,本人や家族介護者の心理的ストレスを高め,虐待のリスクを高めた.

外出自粛や経済的な問題,介護サービスの利用制限で家族内のストレスが増大し,身体的・精神的虐待,ネグレクトに発展しかねないケースが多くあった.しかし,受診も電話対応となったり,地域包括支援センターや介護支援専門員・訪問看護などの訪問・介入が制限され,外部の目が入らず発見が遅れることが多かった.

家庭内の不和など,トラブルを相談できるところがない.

7) 今後の対応について
COVID-19流行に関連して,今後対応を要することについて自由記述による回答を求めました.その結果,81名より有効回答が得られました.記述された内容の分析したところ,以下のような7領域のテーマを生成することができました.
@高齢者施設等における集団感染発生への備え
感染症専門病院への転院,感染症専門医の派遣,軽症者に対するケア付き宿泊施設の確保,濃厚接触者のコホーティング,法人を超えた介護職員の応援体制の確保などが,各地域において体系的に整備される必要がある.

精神科病院の認知症・高齢患者,施設入所中の認知症患者の施設内感染クラスター対策が急務である.感染症専門医の派遣あるいは感染症専門病院への転院などの整備をしておく必要がある.

高齢者施設で発生した場合,感染者をすみやかに入院させるか,ケア付きの軽症者宿泊療養施設に移すなどして施設から分離し,濃厚接触者のコホーティングを行う.濃厚接触とされた職員が自宅待機となって,施設は深刻な人員不足に陥ることから,事業者や法人の枠を超えた応援体制を構築する.

A感染者の受け入れ,治療体制,検査体制の整備
感染症に罹患した認知症または精神障害のある高齢者の治療の場の確保,精神病床における感染者受け入れ体制の確保,患者・スタッフの感染症検査体制の確保,が国及び都道府県レベルで体系的に整備される必要がある.

BPSDを伴う認知症者や精神障害者,強度行動障害者など通常時においても安心できる居場所の確保が難しい人やその家族が納得できるような適切な治療体制が各地に用意されることを望む.

精神疾患患者でCOVID-19陽性または偽陽性の場合の精神科病棟のある病院の受け入れ先の確保が各都道府県で必要である.

全国的な感染症発生が生じ,それぞれの地域での医療受け入れ可能な範囲を超えた場合,国を挙げての支援が必要である.

症状の有無に関わらず,患者及びスタッフのPCR検査等を積極的に行うことで,拡大を最小限に留めることも重要である.

B感染予防対策のあるサービスの確保と継続
感染予防対策がある通所サービス・訪問サービスの継続,施設における感染対策のある家族面会の方法論の確立,が必要である.

長期的に介護サービスの利用を回避しているケースで,病状が悪化する人が増えている.感染予防をしながら在宅でできるリハビリ・介入方法の普及が求められる.

介護負担軽減という観点からも,十分な感染予防対策を講じた上でのデイケア,デイサービスの継続は重要,施設では予防策を講じながら,家族との接触をどう保つかの方法を検討する必要がある.

C社会的孤立への対策
電話・手紙・訪問による社会的交流の促進,家族との接触・交流を確保するための対策の検討,が必要である.尚,設問E-6(表1)で「社会的孤立を緩和するための対応に関する特記事項」について自由記述による回答を求めているが,そこでは,「電話・手紙・訪問による個別支援の促進」,「ICTの活用と普及に向けた工夫」の必要性を指摘する記述が複数認められた(表4).

高齢者を孤立させない環境づくりが必要である.

平時からの地域支援,特に今後は家族・介護者の連携が肝要である.

家族との絆を保てるかが問題である.

在宅の(認知症や精神障害をもつ)高齢者の社会的孤立緩和策としては,電話,手紙,訪問が,現在のところ最も現実的な方法かと思われる.地域レベルで,こうした活動を展開していくための体制づくりが求められる(再掲).

表4. 社会的孤立の緩和に向けた対応に関する特記事項

表4

設問E-6に対して 25名より有効回答を得た.内容を分析したところ,主な回答は,「電話・手紙・訪問による個別支援に関すること」,「ICTの活用と普及に向けた工夫に関すること」に整理することができた.
 
D精神的・身体的健康問題への対策
自宅でできるフレイル予防に向けた体操の普及,一定の身体的距離をとった対人的交流の促進,生活面での具体的なアドバイス,を実践するとともに,COVID-19に対する誤解や偏見の解消に向けた取り組みが必要である.

自宅でもできる体操や友人との交流を安全にできる対策づくりが急務である.

「社会的距離」ではなく「身体的距離」と言い換え,人と一定の距離をとりながらの散歩や運動,日光浴を推奨し,誤解や偏見を取り除くこと,生活面で具体的に役立つようなアドバイスの発信が必要である.

EICTなどによる新たなモダリティーの開発と普及
高齢者におけるオンライン・リテラシーの向上,高齢者へのオンライン・ツール利用支援,行政のオンライン使用の促進,オンライン診療の制度的な体制整備,が必要である.

オンライン,電話,手紙によって社会的交流を促進する.

オンラインに対する高齢者のリテラシーを向上させる.

高齢者へのオンライン・ツールの提供・利用支援を行う.

行政のオンライン利用を促進させる.

施設等でのWEB面会,ガラス越し面会を積極的に利用する.

オンライン診療の制度的な体制整備が必要である.

F感染対策のキャパシティービルディング
一般医療機関の職員に対する認知症や精神障害に対する不安・偏見の解消に向けた教育,施設における感染対策(感染予防と感染者に対する対応)の標準化と技術の普及に向けた教育,が必要である.

COVID-19対応ができる医療機関に,認知症や精神障害に関する不安や偏見を軽減させるための取り組み(相談支援など)が必要である.

施設の中で疑い例が出た場合の,どんな対応が必要かを指導してもらえるとよい.

施設における外出や面会について,感染状況に応じた実施や緩和のガイドラインが必要である.そうでなければ施設ごとの判断になってしまい,妥当でないものも含まれてしまう

4. 考察
本調査では,COVID-19流行が認知症や精神障害をもつ高齢者に及ぼした影響を,特に「人権侵害」という観点から可視化させることができました.今後の対応に関する7領域のテーマは,国・地方自治体,日本老年精神医学会を含む関係諸団体が今後取り組むべきことについて重要な示唆を与えているのではないかと思います.
本調査は,実施された期間が2020年6月〜7月であることに注意する必要があります.この時期は,いわゆる第一波が収束し,緊急事態宣言が解除され,第二波の兆候をあらわれはじめた時期にあたります.すなわち,回答者は,主に第一波の経験を通して本調査の質問に回答しているものと推察されます.第一波の時期は「混乱期」とも呼べる時期であり,感染対策に係る物資が大幅に不足し,体系だった感染対策も著しく不足していました.しかし,第一波〜第二波を経験している今日,地域差はあるものの,必要な物資は概ね確保され,具体的な対応策も次第に体系化されてきています.この点については,改めて情報を整理・共有し,状況を評価・分析していく必要があります.
本調査は,日本老年精神医学会の全会員(2,837名)を対象とするものですが,回答者が224名であり,回答率(7.9%)が著しく低い点に調査の限界があります.会員が自ら会員サイトにアクセスし,調査サイトに入って回答しなければならないという手続きが,回答率を低下させた大きな要因ではないかと思われます.しかし,回答者の勤務地は全国にわたっており,院内感染・施設内感染を経験している回答者が10%に及んでいることから,本調査の結果は,COVID-19流行の影響を比較的強く受けている全国の老年精神医学会会員(主として医師)の意見を,ある程度反映したものではないかと推察します.