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2024/3 老年精神医学雑誌Vol.35 No.3
認知症診療における精神科医の役割
田口真源
大垣病院

 私は,1982年に医師国家試験に合格し,金沢医科大学医学部神経精神医学教室に入局した.教室は,鳥居方策教授のもと生物学的研究を行っており,とくに神経心理学は,鳥居教授,榎戸秀昭助教授(准教授)が専門としており,教室研究の中心であった.そのころ認知症は痴呆と呼ばれ,精神医学の分野でも脳神経内科の分野でもまだまだ主要な領域とは考えられていなかった.試しに学生~研修医時代に自分が勉強した成書をみると,精神科も脳神経内科も2~3頁程度で,病理学教室に入局した友人に聞いても病理学分野でもマニアックな領域と目されていたようである.そういったなかで,鳥居先生は「痴呆(当時)の初発症状は神経心理学的症状である」と喝破され,研究班こそ組織しなかったが,失語症や相貌失認などの知見をもとに報告を積み重ねたり,増えつつあった高齢者の病院や特別養護老人ホーム(当時介護保険も介護老人保健施設もない),能登地域で始められていた地域保健所等で実施している在宅痴呆相談などに教室員を派遣していた.私は睡眠研究をしていた関係もあり,保健所の訪問に同行したり,老人ホームや老人病院におけるせん妄や精神症状の治療に関与した.また,鳥居先生の大学の後輩にあたる関係で小阪憲司先生をたびたび教室にお招きして,レビー小体型認知症(DLB)のお話を伺うことができた.

 そういうわけで若手医師のころから40年以上認知症診療に携わってきたが,なにかよそ行きというか,アウェイで仕事をしているような居心地の悪さを感じてきた.認知症は,アルツハイマー型認知症が最も多く,記憶障害が重要な要素であることはまちがいないが,症候の組立てが「記憶障害ありき」であること,とくに「中核症状」と「周辺症状」という2分類には当初から非常に違和感を感じていた.まるで神経学的症候が上位にあり,精神医学的症候が下位に位置づけられているような印象があり,いまだに違和感がある.神経精神科医である私は,中核症状を高次脳機能障害,認知機能障害(記憶障害,見当識障害,実行機能障害,失語・失行・失認等)と読み替え,周辺症状を精神症状(幻覚,妄想,抑うつ),精神生理学的症状,(昼夜逆転,せん妄),行動障害(徘徊,介護への抵抗,不潔行為,焦燥,多動興奮,性的問題行動,異食行動),生活障害と整理している.私見ではあるが,こういう整理のほうがおのおのの治療や対処の仕方も立てやすいし,精神科医である私にはすっきりしているように思う.また,周辺症状という用語は正確に該当する英文はないと認識しており,最近ではBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)という用語に「読み替えられる」ことが多いが,周辺症状と中身は同じである.認知症における精神科医の役割は大きいと思うのだが,精神科医として学んできた症候学と別の体系にあるように思われる.かつては「認知症をどの領域でみるか? 精神科か? 神経内科か? 老年病科か?」というような綱引きがあったように感じていたが,そのなかで精神科の役割が限定されているような印象をもっていた.こういったことはわが国だけではない.たとえば,Lancet Commissionは2017年と2020年に認知症の危険因子を公表しており,「認知症予防」の分野でバイブルのような位置づけになっているが,どうも糖尿病の関与は低く見積もられていないか? 聴覚障害があるが,嗅覚障害はどうなのか? 教育歴については発達障害や若年の精神疾患との関係は? とくにうつはもう少し比重が大きいのでは? 睡眠障害がふれられていない.などの疑問があり,2020年版をざっとみてみたが,編集者のフィールドに少し偏りがあるように思えた.「天下のLancet」が恣意的なふるまいをしたとは思わないが,結果として知らず知らずのうちに綱引きのようなこともあるのではないかと感じた.かくいう私も「自分のフィールドの扱いが小さい」といっているわけで,注意しなければならないと思っている.蛇足であるが,最近よくいわれる「介護予防」という言葉には違和感がある.「認知症予防」や「感染症予防」など,予防するものを語頭にもってくるのが,一般的なように思う.介護をしないということか? 正確には「予防的介護」であろう.こういうものは標語であるから熟語のほうがいいのか? だれが言い出したかわからないが,おかしいと感じ,いまだに違和感は続いている.

 長年認知症診療に携わって思うことは,認知機能障害発症前から発症,終末期,身体合併症対策,その間の地域連携,多職種連携などに長いスパンでかかわっているのは精神科医であり,認知症の症候も精神科の伝統的な症候で全般的にとらえることも可能であり,精神科医の役割は大きいということである.

 最後になるが,かつての私のフィールドであり,認知症の研鑽の機会を与えてくれた,能登地域の1日でも早い復興を祈って稿を終えたい.



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2024/2 老年精神医学雑誌Vol.35 No.2
令和6年能登半島地震に思いをはせて
深津 亮
公益財団法人西熊谷病院埼玉県認知症疾患医療センター

 令和6年という新年を迎え,平穏と多幸を願っていた元旦の昼下がり ―― 能登半島地震が起きた.主観的な観想を礎に概要をたどり,若干の私見を述べる.

1.「令和6年能登半島地震」について

 気象庁によると,2024年1月1日午後4時10分ごろ,石川県輪島市の東北東30 km付近で,深さは16 kmを震源とするマグニチュード(M)7.6,最大震度7の地震が発生し,北海道から九州にかけて広い範囲で揺れを観測した.

 地震調では,「活型地震で断層は150 km程度」とし,北西-南東方向への逆断層型とした.実際,輪島市西部で最大4 mの地表隆起と最大1 mの西向きの地殻変動がみられた.

 石川県によると,震災被害のうち人的被害については,同月21日午後2時の時点で死亡者232人,重軽傷者1,170人,安否不明者は22人となっている.物的被害,環境的被害に比べて人的被害が少ないのが特徴といえる.

 各メディアは大規模,かつ多様な地震の爪痕を伝えたが,ここではとくに激烈であった以下の点に言及する.

 (1)大規模火災;地震後に石川,新潟,富山の3県で17件の火災が発生し,「津波火災」などの特有な事例も伝えられているが,ここではとくに激烈だった輪島市の大規模火災を記述する.1月1日の午後6時ごろ,輪島市の中心部,観光名所としても知られる「朝市通り」周辺で発生した火災は,延焼を続け,焼失面積は5万800m2に上り,焼失した店舗や住宅など建物は300棟とみられている.

 (2)建物倒壊;輪島市河井町で起きた,7階建ビル倒壊について東京大学地震研究所の楠浩一教授は,調査を行い「周辺には液状化現象」が確認され,それと倒壊に至ったメカニズムの可能性を指摘した.

 (3)地殻変動;海底の隆起と海岸線の陸域の海側への拡大,輪島市から珠洲市にかけて海底の隆起によって2.4 km2の陸域が増加した.

 (4) 海岸隆起;輪島市の北西部で海岸線が隆記して水位が低下.水深が浅くなったため船舶の通行に支障をきたした.

 日本列島は,2100万年前から1100万年前にかけて,ユーラシア大陸の東端に地殻変動で大陸に低地から巨大な窪地が形成され,断裂部分から海が侵入して,日本海の原基ができたが,その後も拡大を続け1500万年前にほぼ現在に近い地形となった.

 このように,日本列島が北米プレートとユーラシアプレートに存在し,太平洋プレートとフィリピン海プレートが沈み込んでいるという地殻構造は,特殊な環境にあることは諸家の見解の一致するとおりで,プレートテクトニクスで説明されている.

 さらにいえば,火山が列状に分布する場合に火山帯と呼ばれるが,そこでは火山活動も活発にみられる.

 地球全体では,環太平洋火山帯,地中海火山帯,インドネシア火山帯,大西洋火山群,ハワイ諸島火山群,東部アフリカ火山帯が主要なものである.いずれも地殻変動が最も盛んな地帯であり,地震帯ともほぼ一致する.

 日本では,国内の火山を地理的分布に基づいて7つの火山帯(千島,那須,鳥海,富士,乗鞍,大山〈白山〉,霧島〈琉球〉)に区分していたが,近年ではプレートテクトニクスに基づく日本列島の大地形の説明に関連して,東日本火山帯と西日本火山帯に2分される.

 世界の陸地面積に対する日本のそれは,わずか0.25%であるのに日本および周辺海域では世界の地震の18%以上が発生している.活火山の数は7%に達している.このことは以上の諸要因を勘案すると,わが国が地震列島,火山列島であると理解できる.

 町田洋は『自然の猛威』のなかで災害との関係について,①防げる災害;台風等,②逃げれば助かる災害;津波等,③諦めるしかない災害;地震等,3つのタイプに分けている.たしかに地球物理学的環境を選択したり変更したりすることはできないが,とはいえ,災害の襲来に手をこまぬいてみていることは許されるわけもなく,叡智を結集して有効な対策を講じることは絶対不可欠と思われる.

 物理学,地球物理学の権威であり,地震学に精通する稀代の碩学,寺田寅彦は『天災と国防』のなかで,「思うに日本のような特殊な天然の敵を四海に控えた国では,陸軍海軍のほかにもう一つ科学的国防の常備軍を設け,非常時に備えるのが当然ではないかと思われる」と述べている.発生原因を除去ないし予防ができないのであれば,発生後の激甚なる災禍に対応する組織を常備するという戦略はきわめて合理的で現実的といえる.

 激甚な災禍に頻繁に脅かされるわが国にあって,少子高齢化,過疎化など,社会の変動も急速に進んでいることを能登半島地震は赤裸々に顕現した.防災思想は国民的な合意(コンセンサス)のもとに推進する必要がある.

 イギリスの心理学者ジョン・リーチは,災害などの緊急事態に遭った人の行動を分析して3つに分類している.すなわち,①落ち着いて行動できる人=10~15%,②取り乱す人=15%,③ショック状態に陥り無反応となる人=70~75%,であると.

 不測の事態に遭遇すると,大多数の人は困惑・茫然自失して精神的にある種の麻痺状態に陥る.近年,「凍りつき症候群」と呼ばれているが,緊急事態に際して思考停止,判断停止,行動停止に陥ることは古より知られている.

 災害精神医学は学際的であり,喪失,死別,悲嘆などの領域を含めて社会心理学と共通する広い分野において,再検討,再構築することは喫緊の課題といえる.



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2024/1 老年精神医学雑誌Vol.35 No.1
若年性認知症の事業場における両立支援
小山善子
独立行政法人労働者健康安全機構石川産業保健総合支援センター

 2024年元旦の能登半島地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするともに,被災された方々に心からお見舞い申し上げます.被害に苦しんでおられる方々が一刻も一日でも早く立ち直ることができるように願っております.

 2023年9月18日の敬老の日にちなみ,総務省が公表した人口統計によると,65歳以上の高齢者は3623万人(65歳以上の56.6%は女性で男性1572万人,女性2051万人)で,総人口の29.1%を占め,過去最高を更新して世界トップとなった.うち80歳以上は1259万人で初めて10%を超えた.2022年には高齢者の25.2%の912万人が就労していて,年齢層別の就労率は65~69歳は50.8%,70~74歳が33.5%でいずれも過去最高であった.

 就労者全体に占める高齢者の割合13.6%が経済活動を支えていた.ますます超高齢社会に向かっていて,65歳以上の働く人々が増加しており,高齢者が安全で快適に働き続けられる職場づくりが進められている.職場ではエイジフレンドリーガイドラインに基づき,高年齢労働者の就労状況を踏まえた職場づくりの取組みが進められている.

 厚生労働省は,2016年2月に疾患をもちながらも働く意欲・能力のある労働者が適切な治療を受けながら就労を継続する支援として「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」(2019年3月「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」に改称)を公表し,「働き方改革実行計画」に盛り込まれ,その推進が図られている.2018年にがんがその対象疾患として,2020年,2022年の改定でがんに加えて脳卒中,肝炎,難病,心疾患および糖尿病,そして若年性認知症が療養・就労両立支援指導料が診療報酬改定で算定され,両立支援の取組みの普及が進められているところである.「働き方改革実行計画」において,「若年性認知症の特性に応じた就労支援・社会参加などの推進」が掲げられている.また,2023年6月には共生社会の実現を推進するための認知症基本法が成立している.

 さて,若年性認知症は,現役世代の働き盛りの発症のため本人や家族にとって経済的損失や心理的衝撃は非常に大きい.また,職場にとっても大事な戦力を失うことにる.

 認知症のなかには薬物治療や周囲のかかわり・社会参加により進行を遅らせることも知られている.しかし,認知症と診断されるや,余儀なく退職になることがほとんどである.しかし,職場で早期発見・早期治療により,労働者の残された能力や経験を適切に評価・活用することで就労期間を延長させることができる.退職になる前に労働者本人の申し出から,医療機関(主治医)と事業場(産業医・産業保健スタッフ)との間で情報を共有調整するのが両立支援コーディネーターの役割で,就労継続のためのトライアングル型サポート体制が両立支援である.事業場では復職プログラムを作成し,円滑に仕事が継続し続けられる支援が求められる.しかし,石川県内の現状の事業場をみても若年性認知症の理解,受け入れ・支援体制は十分とはいえない.各都道府県に設置されている産業保健総合支援センター(以下,産保センター)でも,若年性認知症の相談や両立支援は緒に就いたばかりと思われる.職場で関与する産業医,産業保健スタッフ等の多くは認知症の専門家ではない.

 本年9月に待望のアルツハイマー病(AD)に対する疾患修飾薬(DMT)がわが国でも承認された.本薬の効果はADによる軽度認知障害および軽度の認知症の進行抑制で,社会生活の維持を目指す薬ともいえる.投与にあたっては厳しい使用適正が定められているが,早期の軽度のADなら若年性認知症の一部の人が対象者になる.職場でいかに早期に,認知症の前段階で気づき,専門医につなげるか,職場の健康安全管理としての産業医,産業保健スタッフ等の重大な役割となる.また,復職支援を進める際,主治医との連携のもとで産業医の関与が強く求められる.就労継続支援を成功するには上司・同僚の理解は不可欠である.職場でのDMT投与の認知症者の受け入れ整備はこれからの課題である.職場を支援する役割を担う産保センターとして,まずは職場での認知症の周知・理解を深めるための研修会,産業医の強化,相談事業の強化,認知症疾患医療センターに両立支援相談窓口設置が喫緊の課題となってくる.

 就労支援には多職種の応援が必要となる.就労中はもちろんであるが,就労中から就労が困難になった際には,本人の状況に応じて社会的制度などの利用が必要になり,本人・家族に将来の経済的・生活支援,社会福祉制度などへの活用が検討すべき課題となってくる.多職種連携チーム,チーム医療による協働はますます必要となるであろう,他関連機関と連携,関連機関として就労観点からも職場支援の産保センターも参画し,包括的なネットワーク支援体制の構築がなされねばならない.

 早期に診断され,治療と仕事の両立支援を活用し,DMT投与を受けながら職場で仕事を続ける若年性ADの人も,だれもが少しでも生き生きとした職場生活を最後まで全うできることを願う.

 本稿執筆の1か月後に愛すべき地元にこのような大災害が起ころうとは予想だにしておりませんでした.被災した能登は高齢者地域,ぜひ日本老年精神医学会ならびに学会員の皆様方の温かいご支援を今後とも伏してお願いいたします.



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