2022/8 老年精神医学雑誌Vol.33 No.8
秋田から40年を振り返って
稲庭千弥子
医療法人久幸会 今村病院ニコニコ苑
2022年6月26日日曜日,3年ぶりの対面での日本老年精神医学会評議員会そして総会が開催され,齋藤正彦 東京都立松沢病院名誉院長が本学会新名誉会員に承認された.齋藤先生の挨拶のなかで,長らく「老年精神医学雑誌」の編集委員を引き受けられたことでとてもいい勉強になったとのお話があった.私自身もこの40年近くを振り返り,本学会に参加できたことに感謝している.たくさんの方々にお世話になったことをこの場を借りて改めて深謝申し上げたい.
1985年,実家の今村病院でマルキアファーヴァ・ビニャミ病を頭部CT検査で引っかけた.所澤剛 秋田大学神経病理学元教授から,東京都精神医学総合研究所より横浜市立大学医学部教授となる松下正明 東京大学名誉教授/本学会名誉会員を紹介され,教えを頂いた.当時は老人保健法・老人保健施設が出来る直前で,精神科領域では『ルポ・精神病棟』(大熊一夫著)が話題になり,また宇都宮病院事件が問題となっていた.何とかしなきゃいけないと追い立てられる思いがあった.「痴呆」関連の報告の縁があり,横尾和子 社会保険庁元長官(老健局になる前)や伊藤雅治 老人保健課長から研究費交付の提案があった.
1986年に発足した老年精神医学研究会が日本老年精神医学会になり,私も入会した.秋田大学には大阪大学から菱川泰夫元教授が赴任され,大川匡子 現特別会員が秋田に来られ,ベルツ賞のもとになる睡眠・覚醒リズムと光療法の研究が始まった.
また,当時聴き慣れない虐待問題・権利擁護,高齢者と痴呆への医療,医療福祉の環境改善の問題から研究費が交付され,当時の研究者や厚生省のメンバーと3年間各2週間ずつ,スウェーデン・デンマーク・ドイツ・フランス・ベルギー・イギリスなどへ調査研究に行かせてもらっている.スウェーデンの厚生大臣といわれたバルブロ・ベック・フリス女史が案内され,「経済効率を考えている」と説明があった.住環境や人件費に金をかける当時のスウェーデン・デンマークの社会保障費のバランスが日本にどのように影響を与えるか,高齢者医療福祉に予算がどのくらい確保できるのか…….衣食に対しては日本のほうがずっと金をかけていたが,国の違い・文化の異なりを感じる.虐待問題・権利擁護については視点が改まり,現場の状況が気になっていった.大部屋・相部屋・看護やケアそしてリハビリ……と課題はたくさん.当時スウェーデンのルンド大学には山井和則(松下政経塾7期生)現立憲民主党衆議院議員が留学しており,スウェーデン王立工科大学に留学していた故外山義先生は病院管理研究所の主任研究員として活躍していた. 林玉子女史,外山先生,東北大学,京都大学の研究者たちが医療福祉環境を研究したいと,光療法の自然トップライトを取り入れた今村病院の痴呆病棟・痴呆デイケア(1989年スタート)を訪れ,空間環境づくりを試みていた.また,ありがたいことに,ここ数年間,秋田の今村病院と老人保健施設ニコニコ苑に,齋藤正彦先生には症例検討等のご指導に,黒川由紀子先生には回想法のご指導に来ていただけた.
日本精神科病院協会(日精協)では老人問題研究会があり,故河ア茂会長のもと常務理事だった故植田孝一郎先生(元特別会員)が中心となり,老年精神医療・痴呆への取組みがなされ,私も委員として参加した.日本全体の痴呆対策・医療の底上げとして痴呆研修会による認定資格を立ち上げ,2〜3日間の研修会の講師として松下正明,齋藤正彦,故長谷川和夫,小阪憲司,武田雅俊,中村祐,浦上克哉,新井平伊,鹿島晴雄,朝田隆,羽生春夫,池田学,三村將……多くの老年精神医学会の皆様にも講義指導をお願いできた.1993年当時日精協で調査した先のひとつに東京都精神医学総合研究所があり,池田学 本学会現理事長が若手で勤務していたのを覚えている.評議員としての役割に不安を覚えているとき,ご苦労様会の酒の場で「あなたたちは痴呆に対して研究費や診療報酬をとってくる役,厚生省や政治家たちへ交渉する役割でしょ……」と,武田雅俊 当時大阪大学教授が言ってくれた.なるほどと思った. 今村病院に泊まり込んで取材していた大熊由紀子 当時朝日新聞論説委員には「専門職のボランティアよ!……」,大熊一夫氏は,当時2階建て今村病院の病棟鉄格子が全部ガスバーナーで焼き取られ「意に沿わなかったら出て行っていいです」とした診療方針を見て「うーん……これもありか……」.香取照之,中村秀一ら厚生労働省元局長,鈴木康裕元医務技官,故山口昇 全国老人保健施設協会元会長,高木邦格 国際医療福祉大学現理事長……,感謝申し上げきれない.厚労省では2004年12月24日付で,『痴呆』に替わって『認知症』という呼称を用いることを決めているが,大島一博 現厚生労働事務次官(初代痴呆室長)が松下正明先生の意見を聞き『認知症』という用語になったと聞く.
最近は「感染症対策」「職場の心身健康管理」「少子高齢化のなかでの人材確保」「精神医療のあり方」に興味をもって活動しています.もっぱら政治面や施策面です.最後に, 老年精神医学の発展を祈り, また地元秋田大学の三島和夫 精神科学講座教授をよろしくお願い申し上げます.


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2022/7 老年精神医学雑誌Vol.33 No.7
認知症の早期相談・受診を遅らせる要因
北村 伸
医療法人社団仁寿会 中村病院脳神経内科・認知症疾患医療センター
筆者は,大学を退職して,今は都内の総合病院で診療をしている.軽度認知障害レベルから軽度の認知症患者の初診も多いが,中等度以上に進行してから受診してくる場合も少なくない印象をもっている.行政をはじめ認知症診療に携わる医師は,治療や日常生活の維持のためにも早く受診することの大切さを世の中に訴え広めてきたと思うが,その効果はまだまだ十分とはいえないように思える.認知症の早期相談・受診を遅らせる要因について考えてみた.なお呈示の症例は論旨を変えない程度に改変し,個人情報に配慮した.
80歳代前半の独居の女性が近所に住む長男と一緒に受診してきた.Mini-Mental State Examination(MMSE)は12/30点でかなり進行した認知症であった.長男の話では「以前からもの忘れはあったが,歳だから普通ではないかと思っていた」とのことであった.長男は週に1回は女性宅を訪ねて行っており,以前より部屋は散らかっていると思っていたが,食事も食べているようだし生活はできているようにみえたので,認知症とは思っていなかった.そして最近,迷子になり保護されて警察から長男に連絡があったことが受診のきっかけであった.この例のように,もの忘れのあることに家族は気がついてはいたが,病気の症状とは思わず歳のせいと思っていたことが早期受診を遅らせた要因で,同じような例は少なくないと推測できる.とくに身内の場合はなおさらそう思ってしまい受診を遅らせてしまうのかもしれない.自分でもの忘れに気がついても多くの人は歳のせいだろうと思うのが普通であり,受診するにはそれなりの決断が必要である. なかでも高齢で独居の人や高齢の夫婦のみの世帯では,もの忘れがあっても歳のせいと思い,相談先もわからず,すぐに受診に結びつかないのではないかと推測する.
大学病院で診療をしているときに,もの忘れがあったときに気軽に相談できる街ぐるみ認知症相談センターという施設をつくり,認知症の疑いのある人を早く医療に結びつける活動を2007年から行っていた.もの忘れの相談に来た人には,もの忘れの内容や生活の様子を聞き取り,タッチパネルパソコンによる物忘れ相談プログラム(TP)を実施する.そこで認知症の疑いがある人にはさらにMMSEを行って,その結果をかかりつけ医や認知症を診療している医療機関に情報提供をして,医療に結びつけることをしていた.その活動のなかのデータを使って認知症の早期発見・相談を遅らせる要因について検討をしたことがある.対象は,2007年11月〜2016年10月に初回相談に来て,TPとMMSEの両方を実施した2,006人(男性718人,女性1,288人,平均年齢77.3歳,MMSE平均値23.0).TPおよびMMSEの標準化得点を用いてk-means法クラスター分析を実施し,認知機能が高い群(高群)と低い群(低群)に分類した.年齢,性別,家族形態(独居・多世代同居・高齢者世帯),かかりつけ医の有無,相談時の付き添いの有無について,2群の差を比較した. 年齢の比較ではKruskal-Wallis検定を,他の項目はc2検定を行った.
その結果,高群と低群で「性別」の割合に有意差は認められなかったが「年齢」は低群のほうが有意に高かった.この結果より,年齢の高いことは認知症の早期相談を遅らせる要因と思われた.家族構成は「独居」か「同居」の2分類では有意差がみられなかったが,「独居」「多世代同居」「高齢者世帯」の3分類にて比較したところ有意差が認められた.多重比較を行ったところ,低群では多世代同居の占める割合が,高齢者世帯よりも有意に高かった.家族形態を考えたときに,独居のほうが同居よりも認知症の早期発見が遅れるのではないかと思っていたが,結果は独居であることは認知症の早期相談を遅らせることにはならず,逆に多世代同居は認知症の早期相談を遅らせる要因であることが考えられた.年代の異なる家族が同居していても,互いに生活は別々であり高齢者の変化に気づかず,たとえもの忘れがあると気づいても歳のせいにしてしまって認知症の始まりとは思っていなかったのかもしれない.「付き添いの有無」では,低群のほうが「付き添いあり」の割合が高かった. 「付き添いあり」が低群で高いことは,見守ってくれる家族はいるかもしれないが必ずしも早期相談につながるものでないことを示している.「かかりつけ医の有無」は,低群のほうがかかりつけ医がいない割合が高かった.このことから,かかりつけ医のいないことは早期相談を遅らせる要因と考えられた.
認知症の早期診断には,本人および周囲の人がもの忘れなど今までとは違っていると感じたときに,認知症を疑って受診することが大切なのはいうまでもないが,進行を完全に止める手段や治癒できる手段がないことは受診を遅らせてしまう要因かもしれない.期待されていた疾患修飾薬のアデュカヌマブはまだ日本では使用できないが,認知症を治癒できる治療薬が開発されて使用できるようになれば,認知症の早期診断を促進することになるのではないかと思っている.


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2022/6 老年精神医学雑誌Vol.33 No.6
老年精神医学に潜む2つの課題
下田健吾
日本医科大学千葉北総病院メンタルヘルス科
私は,老年精神医学を中心に従事しているが,総合病院に勤務していることもあり,その活動は通常の診療にとどまらず精神科リエゾンチーム・緩和ケアチーム・認知症ケアチームなどのチーム医療も含まれる.
このような臨床活動において日々感じるのは高齢者の多様性である.たとえば交通外傷で入院した70歳代の患者さんが夜遅くまで携帯電話で話をしており,朝になると「いろいろ仕事の指示を出さないといけないからいったんタクシーで家に帰る」と訴えているため,せん妄ではないかとリエゾンチームにコンサルトがあった.診察をすると,とくに注意の障害もみられないし見当識も保たれており,他の認知機能低下もみられない印象.よくよく話を聞くとさまざまな政策に携わっているとのことで,数日後ご家族から「父がご迷惑をおかけしてすみません,実際に産学官連携プロジェクトなどいろいろな仕事に携わっておりまして」と丁重にお詫びの連絡があった.その一方,60歳代で生活習慣病が悪化して透析治療を必要とし,そのうえに脳梗塞を発症したため病苦にさいなまれている患者に遭遇することも少なくない.
世界保健機構(WHO)および本邦では高齢者は65歳以上と定義しているが,いみじくもWHOは2015年の高齢化と健康に関するワールドレポート3)において,高齢者に対して抱いている共通の認識がステレオタイプであり,高齢者の健康状態と機能状態の多様性を認識し,時代のニーズに応じた包括的な対応を考えなければならないと提言している.たしかに平均的な身体的・精神的な加齢による機能低下の軌跡や特性を知ることは重要であり,一定の基準がなければ研究も進まないのであろうが,老年精神医学に従事する医療関係者がネガティブな色彩を帯びたステレオタイプの枠組みで高齢者をとらえてはいけないと痛感した.高齢化社会においてもう少しポジティブな捉え方や,その時代に合わせた提案が老年精神科医に求められているのではないだろうか.
もう1つの課題は高齢者の双極性障害(bipolar disorder ; BD)に対する知見が少ないことであろう.たしかに,臨床研究が少ないせいなのか,学会のシンポジウムや製薬メーカーの講演会で高齢者のBDというテーマはほとんど取り上げられることはない.高齢者のBDといっても,若年発症で高齢化したケース,単極性うつ病のエピソードが過去にあり,高齢となって躁病,軽躁病,混合エピソードが出現し,いわゆる擬似性単極として経過していたケース,高齢になって発症したケースなどが考えられ,異種性の集まりであることは確かである.
このなかで高齢発症であるlate-onset bipolar illness(LOBI)については,「二次障害としてのLOBI(神経疾患との関連)」「疾患に対するより低い脆弱性の発現としてのLOBI(加齢に伴う身体的脆弱性)「偽痴呆のサブフォームとしてのLOBI(混合状態や精神運動興奮を伴う)」「認知症を発症する危険因子としてのLOBI」「双極性タイプY(Akiskalによって提案,うつ病の設定での混合不安定な興奮エピソード→認知症スペクトラム)」の5つの主要な問題に整理できるという考えがある1).LOBIが器質的要因との関連が強いというのは納得できるが,この考え方に従うとLOBIは神経認知障害の予備群か前駆症状ということになってしまう.これは高齢者の気分障害の予後を考えるうえで興味深い問題ではあるが,私が注目しているのはそもそもの極性であり,躁状態の特性である.高齢者では典型的な躁症状というよりも軽躁状態や閾値下の軽躁状態,激越うつ病などにみられる混合状態を呈することが多く,私自身はsoft bipolarityの視点から高齢者のBDを広くとらえたほうがよいと考えているがどうであろうか?
国際双極性障害学会タスクフォースがolder-age bipolar disorder(OABD)に関連する生物学的,臨床的,社会的基盤についての理解をさらに深める必要があると提言2)してから7年が経過している.この分野の認識の深まりと一定の見解が本誌を通じて得られることを期待している.

[文 献]
 1)Azorin JM, Kaladjian A, Adida M, Fakra E : Late-onset Bipolar Illness ; The Geriatric Bipolar Type Y. CNS Neurosci Ther, 18 (3) : 208-213 (2012).
 2)Sajatovic M, Strejilevich SA, Gildengers AG, Dols A, et al.: A report on older-age bipolar disorder from the International Society for Bipolar Disorders Task Force. Bipolar Disord, 17 (7) : 689-704 (2015).
 3)World Health Organization(WHO):World report on ageing and health. WHO, Geneva(2015). Available at : https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/186463/9789240694811_eng.pdf(閲覧日:2022年4月5日)


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2022/5 老年精神医学雑誌Vol.33 No.5
コロナ禍で改めて浮き彫りにされたAgeism
森村安史
一般財団法人仁明会 精神衛生研究所
ようやく新型コロナウイルス感染症(COVID-19)まん延防止等重点措置は全国的に解除となったが,依然として全国で毎日多くの感染者が報告されている.新型コロナウイルスによる第6波はオミクロン株によるとされ,重症化率は低いものの,その感染率は驚くほどであった.この「災い」の直接的な打撃を受けたのは精神科病院・高齢者施設の患者や入所者であった.認知症高齢者の多くが入所・入院されている施設は,閉鎖された空間で密な生活を余儀なくされていた.市中での感染や家族からの感染を持ち込まれることを恐れた施設側は,外出や面会を制限した.通所施設も感染のおそれがある利用者を制限し,職員が濃厚接触者になったというだけで受け入れを中止するなどの措置がとられていた.在宅で生活する高齢者は外出を控え,家のなかで閉居して過ごすようになった.その結果,高齢者の活動性は著しく制限されることになり,自宅で孤立し,彼らがもつ残存能力に悪影響を及ぼすことになった.
2022(令和4)年3月23日に発表された第77回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの資料1)のなかで今村顕史,岡部信彦,尾身茂らは,次のようにと述べている.
 「2022年1月から2月のオミクロン株を主流とした感染拡大において,特に高齢者の療養については様々な課題が生じた.例えば,入院を契機としてフレイル(要介護の一歩手前の健康状態)が進みやすくなっていること,入院期間が長期化するほどその影響が大きいことが指摘されている.また,COVID-19を契機とする誤嚥性肺炎の併発や既存疾患の悪化,生活環境の変化による転倒・骨折リスクの増大,活動量の減少による不可逆的な身体機能の低下,住み慣れた環境や周囲の人々との関係から急激に切り離されることによる心理面の影響(患者だけでなく家族を含む)なども挙げられる.そのため,要介護高齢者でなくても,COVID-19の入院療養から回復後に,入院前の環境での暮らしを再開することが困難になる場合がある」
このような問題は,精神科病院に入院されている認知症患者にはとくに顕著にみられた.とくにクラスターを起こした病院では著しく,退院を予定していたPCR検査が陰性の患者であっても退院を断られ,施設側からも受け入れを拒否された.その結果は無用な入院を長引かせるだけのこととなった.感染が職員やその家族に広まると,休職する職員が増え,日常の介護にも目が行き届きにくくなってきた.集団で行うリハビリや作業療法を実施することもできなくなった.その結果,高齢精神障害者の生活機能や身体機能が悪化したのは当然の帰結であった.
一方で,精神科病院では重症化した新型コロナ感染者の転院もままならなかった.高齢であること,精神疾患をもっていること,とりあえず“病院”に入院していることから,転送順位の最下位に留め置かれたのである.中央配管などの設備が不十分な精神科病院には,中等症以上の治療に対応できるだけのスタッフも揃っていない.精神科医が見よう見真似でソトロビマブなどの抗体注射を行った.慣れないステロイドを投与したり,ヘパリンの投与を行ったりした.その間は,精神科的な治療はまったくといってよいほどに実施することができなかった.見守るスタッフが普段より手薄になると,ますます誤嚥性肺炎や転倒などによる骨折も増えた.しかし,このような合併症が発生しても新型コロナ感染者である認知症高齢者を転院させることができないという事態が頻発した.
単科精神科病院は,このような2類感染症患者をみるための設備をもたないところがほとんどである.精神症状をいかに緩和して早期に社会に帰すための設備・人員を備えているだけである.大規模なクラスターが発生した精神科病院では,治療できる患者とそうではない患者のトリアージを行わざるを得ず,残念ながら重症化した新型コロナによる肺炎患者はお看取りをすることしかできなかったのである.このことは現場で働く職員にとってもきわめてつらい状況を与えることになった.働ける職員が減少するなかで,普段着慣れないPPE(個人用防護具)に身を包み,自分自身が感染してしまわないかとの恐れや,家族に迷惑をかけてしまうのではないかといった不安は,計り知れないストレスをもたらした.コロナ禍によってあぶり出された課題は,患者・家族だけではなく高齢者をみるすべての職種に「やるせなさ」を与え,クラスターから回復した病棟のなかには燃え尽きた職員の姿があった.このやるせなさの背景にもエイジズム(Ageism)が隠れている.若い患者なら転院できるのに,なぜ認知症高齢者はどこも受け入れてくれないのか. 目の前で息を引き取られる患者を見つめながら,多くの職員はみえないエイジズムの壁の前で悔しさを噛み殺していたのである.

[文 献]
 1)第77回(令和4年3月23日)新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード:高齢者における新型コロナウイルス感染症の療養のあり方について(案).武藤先生提出資料,資料3-12.Available at : https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000917833.pdf


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2022/4 老年精神医学雑誌Vol.33 No.4
認知症の人の医療同意
今井幸充
医療法人社団翠会和光病院
インフォームド・コンセントは,患者の「知る権利」「自己決定権」「自律」を尊重する行為で,医師が病気とその治療内容を丁寧に説明し,本人,家族,医療従事者等が情報を理解,共有し,それらに合意するプロセスをいう.医師からの病気や治療の説明を十分理解せずに同意することは,医療同意とはいわない.このプロセスのもとで,「治療の性質と目的」「その治療が提案された理由」「利点や危険性」「その治療を受けないとどうなるのか」「他の治療法と比較したときの効果の違い」等の情報を熟知したうえで,その医療に同意することが医療同意である.
認知症の人は,この同意能力が十分でない.同意能力喪失と医師が判断した人には,同伴の家族から治療同意を得る慣例がある.私が勤務する医療法人社団翠会 和光病院は,主に認知症医療を提供しているので,外来,入院を問わず,同意能力が喪失している認知症の人には,家族から医療同意を得ることが多い.その際,本人との関係性の確認,本人とのトラブルの有無等の確認がむずかしいことが多い.また,同伴家族の代諾がその家族の利益を優先したものか否か,それを確証する手立てもない.医療の家族同意権に関する法的整備はなされていないので,現状では同伴家族の判断に委ねるしかない.
もちろん,家族がいない認知症の人も医療を受けることができる.厚生労働省作成の『終末医療の決定プロセスに関するガイドライン』(2007年5月21日)には,手順に従い,病院内の倫理委員会が治療代諾できることが記されている.また,同意能力喪失者は成年後見に該当するが,成年後見制度では,未成年後見人に認められている医療同意権が成年後見人に認められていない.ただし,緊急,救命に要する手術や治療の場合,同意を後見人に委ねる事例もある.
時として,家族が検査や診断の結果を本人に告知することを拒むことがある.理由の多くは,今後の本人への対応に困る,との判断である.この申立ては,末期がん患者への本人告知が相当でない場合,家族のみに告知することを認めた判例と同じ考えであろう.しかし,本人に告知しないことで,認知症の場合,その後の治療や社会資源の利用等に支障をきたすことが考えられるので,本人への告知も重要になる.
同意能力が残っていると判断した軽度認知症の人が医療を拒否したときに,その意思を尊重するには躊躇する.そこで,認知症の病態を丁寧に説明し,医療で病気の進行をある程度抑制でき,今後の生活上のアドバイスができる等についても丁寧に説明する.できる限り同意を得る試みはすべきだが,本人の医療拒否の理由にも耳を傾ける必要がある.
同意能力喪失と判断された認知症の人が入院を拒否した場合,精神保健指定医と家族が同意すれば,本人の同意なしで入院は可能である.この医療保護入院は,2013年に保護義務者の同意要件を外し,身近な家族等の同意に改正された.ここでいう家族等とは,「配偶者」「親権者」「扶養義務者」で,「後見人」や「保佐人」も含まれる.これらのより多くの者が同意することが望ましい,と謳われている.
家族から認知症の人の日常生活上の混乱を聞くと,医療保護入院が必要と判断するが,その一方で,家族のBPSDに対する対応や捉え方,本人と家族の利害関係等を考慮すると,医療保護入院が妥当か否か迷うこともある.このような場合,後見人や保佐人の存在が鍵になることがあるので,成年後見制度の活用を念頭においた診療も考慮すべきである.
認知症の人には高齢者が多いことから,身体合併症の管理が一般病棟で困難な場合は,医療保護入院の対象となる.入院時には,延命処置をどこまで積極的に行うか,本人と家族に希望を尋ねるが,その際,家族は延命を望み,本人はそれを望まないことがある.本人の意思を尊重する観点から,医療従事者として延命処置をしない決断もあるが,そこには大きな葛藤が残る.
家族のなかには,医療同意に負担を感じる人もいる.その際,同意は一人で決めずに,他の家族や親しい友人,ケースワーカーなどの医療従事者と相談することで,その負担が多少なりとも軽減されると思う.家族にこの点をアドバイスするのも担当医師の役割である.また,医療保護入院の同意では,後見人や保佐人の客観的な意見が重要な意味をもつことがある.それゆえ認知症医療では,チーム医療が欠かせない.
同意能力を喪失した認知症の人に医療が提供される場合,同意能力が喪失されていると決めた根拠はなにか,その医療が本人の意思を尊重したものなのか,どちらも曖昧なことが多い.長谷川和夫先生は,person-centred dementia careが認知症の医療・ケアの根幹であることを後世に残して逝かれた.そして「認知症になってもその人は以前のその人と変わらない」「なにもわからなくなった人とは思わないでほしい」と,認知症の人として言い残された.認知症医療は,Spirituality 精神性に視点をおいた医療の実践であり,われわれはこの長谷川先生の言葉に大きな意味を含むことに気づかされた.


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2022/3 老年精神医学雑誌Vol.33 No.3
認知症開業臨床のあゆみ
若栄徳彦
若栄クリニック
私が大学院生のころ,内科医の父が「オイ,さっきのハー・イプシロン(転換性障害)か?」と私に尋ねました.ハー・イプシロンをかろうじて知っていた私は,「ウン,それが疑われる」と答えました.父は専門外の精神科も知っていたのかという驚きと,私が開業したら,父のように何でも屋さんになろうと思いました.また,父との臨床的なやりとりはこのときが初めてで,私のことをやっと精神科医として認めてくれたのかと思いました.
大学院修了後,病院勤務となり,そこの院長に,「先生,今なら申請すれば日本老年精神医学会専門医に無試験でなれますよ」と言ったら,「僕は70歳だからもういい.それより先生が専門医になってくれ」と言われました.私のころから筆記試験が始まり,躊躇しましたが,院長の言葉に背中を押してもらい,受験して何とか合格しました.院長はその後,大脳皮質基底核変性症(CBD)がもとでお亡くなりになり,弔い合戦というわけではありませんが,認知症と向き合う気になりました.その後,日本老年精神医学会専門医→指導医→評議員と進んできました.
病院勤務後,子どものころからの夢であった開業の準備を進めました.地域医療を重視して,生まれ育った神戸市中央区の医師会に入会しました.父も兄もこちらの医師会でお世話になった関係で,私も温かく受け入れられて,それがもとで,認知症サポート医,認知症初期集中支援チーム医師,「神戸モデル」認知症診断第1段階認知機能検診および第2段階認知機能精密検査担当医の仕事が回ってきました.また,付近には父の跡を継いだ兄の内科診療所があり,認知症の身体症状を兄が,行動・心理症状(BPSD)を私が分担するという診診連携をとってきました.
若栄クリニックというささやかな事業でありますが,なにもかも自分でやらなければならず,その一方では一人でできないことが多かったです.一人でやることについては,自らの臨床スキルを高めて,サイエンスとアートの向上を図りました.一人でできない分については,ネットワークや連携を利用することにしました.
2002年に当院を開設したころは,神戸大学医学部附属病院精神科神経科の認知症専門外来「メモリークリニック」が中心となる「もの忘れ外来ネットワーク」の最下流に,当院の介護保険被保険者専門外来(シルバー外来)をいれてもらいました.また,当時の先端医療センター(現 神戸医療センター中央市民病院),他科診療所,介護老人保健施設,特別養護老人ホーム,認知症専門病院,総合病院,精神病院等との連携を図るためのネットワーク(シルバーネット)を考えました.
当院開設と同時に開始したシルバー外来は,当初,認知症だけではなく,老年期精神障害全般に取り組むのが目的でした.実際,認知症のほかにコタール症候群,遅発性パラフレニー,皮膚寄生虫妄想,音楽幻聴など多岐にわたっていましたが,認知症関係の仕事が増えてきた関係で,認知症専門外来の色彩が強くなってきました.
シルバー外来開設後,両親がグループホームに入所し,私も往診に行きましたが,2人ともアルツハイマー病型認知症(ATD)に伴う合併疾患で亡くなりました.そのとき,私の認知機能が保たれ,残存機能が働いている限りは,認知症から目を背けずに取り組んでいこうと思いました.今でも休診日を利用して往診や訪問診療を行っています.
連携方法については,紹介元の他科診療所に認知症サポート医として,認知症サポート指導を行い(診診連携),鑑別診断のために画像検査を総合病院放射線科に依頼して,その画像データを当院に送ってもらい,画像診断を行っています(病診連携).また,精神病院に入院の相談をして(診病連携),認知症初期集中支援チーム会議を通じて,さまざまな理由で受診していない患者を治療軌道に乗せるためには,なにをするべきか検討(多職種連携)を行っています.「神戸モデル」認知症第1段階検診で認知症が疑われる場合,たいていは当院で第2段階検査を行いますが,患者あるいは家族の希望があれば,専門病院へ第2段階検査を依頼します(診病連携).当院の第2段階検査で認知症と診断された場合,たいていは当院で保険診療を行いますが,希望があれば専門病院を紹介します(診病連携).その他にもさまざまな連携を図っています.
以上,私的な認知症開業臨床のあゆみについて述べてきました.臨床スタイルのひとつにすぎませんが,少しでも参考になり得たら幸いです.何でも屋さんを目指していたころの原点に戻って幅広い視野での取組みのも続けますが,“Ever Onward(限りなき前進)”という言葉があります.これからも認知症開業臨床について改善すべき点は改善し,Ever Onwardのあゆみを続けていこうと思います.


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2022/2 老年精神医学雑誌Vol.33 No.2
「風をあつめて」
笠貫浩史
聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室
アデュカヌマブという「新風」到来を前に,「風」に因んだ個人的な臨床所感を綴らせていただくことにした.精神科医を生業に定めてから15年余が過ぎた.尊敬する師たちとの幸運な出逢いに導かれ,「老年精神科医」としてのアイデンティティを築いた.とはいえ若輩の私は,「気づきと惑い」が綯い交ぜとなった臨床生活を送っている.老年期を生きる方々の言葉を診察室で聴き,机上で学んだこと・経験したことを参考にしながら,自身の頭で考える善処策をお伝えする.善処策と信じる一方,自分が述べる生活面の助言や処方するおくすりが「本当にお役に立っているかしら」と度々自問もしている.尊敬する精神科医によれば,「まだまだ自分に足りないところがあると自覚することが大切」という.「無知の知」の姿勢は,時として無意識に崩れているものだという金言である.世界はよくできたもので,ハッとするような生きる知恵を患者さんから聴かせていただくこともしばしばである.そうした時,小生の助言などは診察室内を流れるそよ風の向こうに吹き飛んでしまう. いつの頃からか,診察室をあとにする患者さんに向かって「また教えてください」とお声を掛けるのが恒例となった.
考えてみれば「老年期」精神科臨床の醍醐味は,「人生の大先輩」の心の動きを「じっと聴く・見る・感じる」ことにあると思う.そして心の動きは「風」のようだと最近とみに感じる.それもそのはずで,古語ヘブライ語“ルアッハ”は「風」や「息」を意味し,ギリシア語“プシュケ”,そして英語“スピリット”へ転じ,受け継がれた.つくづく心模様は風の流れのようだ(例:疾風怒濤の日々を振り返る人,息急き切って昂る気持ちを吐露する人,ため息をつく人,風化していたはずの過去を語る人,風来坊を自認してその半生を語る人).人生で置いてきたもの,築いてきたもの,壊れたもの.老いゆくことへのあらゆる感慨が各人各様に語られ,その言葉たちは「風」を纏う.その様態を感じ,こちらは息を呑んだり,息を潜めたり.束の間,追体験をする.ある日の外来診察室にて.高齢の婦人は東京大空襲で目の当たりにした惨たらしい鮮明な光景を繰り返し私に語った.別の日の診察室にて.北海道の大地で生き抜くことの苦難を私に向かってやおら熱弁した老紳士が居た. どちらも医学的には「中等度以上」の認知症にある方々で,普段はこうした豊かな言語表出はみられないご病状である.一瞬たじろいだ私だが,彼らの「濃密な時間」を逃さぬよう,一心に聴き,同じ場に身を置こうと努めた.私のその姿勢が届いたかは分からない.しかし彼らは「話し切った」という独特の表情で診察室をあとにされた.彼らがこうした「語り」をみせたのは,たった一度きりだった.人のカイロス的時間に意図的に接近する秘策を未だ私は持たないが,患者さんのほうから「ここぞ」と始まる「語り」は全身で存分に受け止めよう,と心掛けている.それはキーツが詩中に述べた「ネガティブ・ケイパビリティ」と似た類の,臨床的胆力ともいえる態度であろうか1).
風音は,四季折々に変化する.これは風そのものの変化に加えて,風を知覚する私たちの精神内界が動いていることとも通じている.「風」をキーワードに据えた文芸作品が多いのもこのあたりのことが無関係でないだろう.風は「私」の内にも外にもいつも吹いているのだ.昭和期のロック音楽史上に輝くアルバム『風街ろまん』(はっぴいえんど,1971年発表)の白眉たる楽曲「風をあつめて」には,作詞家松本隆氏が少年期に見た東京の原風景が詰まっている.クロノス的時間軸の世界にはもはや存在しないその風景は,「風」とともに記憶に刻まれ,漂流している(=風街)3).この作品の発表年と私の少年期は世代的にはまるで合わないのだが,時空を超えてこの「風体験」は自分の心に響き,「風街の風」を感じることができる.誤解を恐れずに記せば,音楽体験を通じて,私は「かつての東京」という風街で流れる「時間」に逢うことができるのだ.昨年その人生の終幕を迎えた木村敏氏は,彼の現象学的精神病理学の代表的考察である「あいだ」概念の着想を,自身の音楽体験の内省から得たのだという2). ここで木村がいう音楽体験は「出来上がった音楽を聴く」行為からさらに踏み込んだ「自身が奏でる」体験であるが,この精神昇華の一形態は,奏でる音をイメージする自己,奏でる行為をする自己,鳴っている音を聴いている自己から構成される.では,音楽体験の核はどこに存在するのか.それはこれらの「あいだ」にある.そう,音・時間は風に乗っているのだ.
むろん音楽体験と診療行為を徒に混同する意図はない.だが老年精神科医として今後幾ばくかの成熟ができた暁には,現在の自分よりは「風あつめ」に長けていたい,と未来を夢想している.

[文 献]
 1)帚木蓬生:ネガティブ・ケイパビリティ;答えの出ない事態に耐える力.朝日選書,朝日新聞出版,東京(2017).
 2)木村 敏:あいだ.弘文堂,東京(1988).
 3)松本 隆:風街詩人.新潮文庫,新潮社,東京(1986).


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2022/1 老年精神医学雑誌Vol.33 No.1
睡眠にみる加齢変化の個人差
三島和夫
秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座
一般的に,睡眠は加齢とともに浅くなり,早寝早起き型になる.その背景要因として,睡眠構造や生物時計の機能変化がある.各年齢層の睡眠構造を比較すると,高齢層では総睡眠時間の短縮,深いノンレム睡眠(徐波睡眠)の減少,浅いノンレム睡眠(浅睡眠)の増加などの変化が認められる.音や皮膚刺激など同じ強度の刺激でも若いころよりも覚醒しやすくなる.そのため睡眠維持障害,つまり眠り続けることができなくなる.また,生物時計のリズム位相が前進するため,夕方以降早い時刻から放熱や催眠ホルモンの分泌が始まり,入眠・覚醒時刻が早まる.これらの変化は,高齢者の睡眠でよくみられる「早寝早起き」「ちょっとした物音で目覚めやすい」「夜中に何度もトイレに行かなくてはならない」などの特徴とよく合致する.
これら睡眠・生体リズムの加齢変化の特徴は,広く知られており多くの老年学の教科書や雑誌にも書かれている.私自身も本誌に何度か同種の総説を書いたこともある.ところが,2年ほど前になるが新たに報告された研究によると,睡眠の加齢変化は従来考えられていたよりも軽微であることが明らかになった.このメタ解析研究では,過去に世界中で行われた169件の質の高い臨床研究で報告された健康な成人(18〜79歳),計5,273人分の睡眠データを解析して,さまざまな睡眠パラメータに表れる加齢変化を分析している.それによると,平均して10歳年をとるごとに,1晩の総睡眠時間は約10分短縮(例:20歳から70歳までに1時間短縮),中途覚醒時間は約10分増加(同1時間増加),寝つきにかかる時間は約1分延長(同6分延長)するという.今回の研究で最も注目されたのは,睡眠の深さが加齢によってほとんど変化しないことがわかった点である.具体的には,浅いノンレム睡眠(睡眠段階1)は10歳年をとるごとに0.5%(睡眠時間全体に占める割合)増加し,深いノンレム睡眠,レム睡眠については有意な加齢変化が認められなかったという.
深いノンレム睡眠は加齢とともに減少するというのが睡眠医学の常識であったが,今回のメタ解析研究ではそれが否定された.睡眠時間自体が短縮するので,深いノンレム睡眠の実時間は短くなるが,睡眠全体に占める割合はまったく変わっていなかったのである.解析対象となった睡眠ポリグラフデータは脳波室内で測定して得られたものである.リアルワールドでは,若者と高齢者では就床時刻も異なるし,寝室の環境も違うので論文の字面どおりにはいかないが,健康でいる限り,睡眠の老化のスピードは比較的ゆっくりしているといえそうである.
ただし,睡眠機能の老化には非常に大きな個人差がありそうである.論文データを細かくみると,同じ70歳代の健康高齢者を対象にした研究でも,研究間で結果に大きなばらつきがある.ある研究に参加した高齢被験者の睡眠時間は大きく短縮しているのに対して,別の研究では,20歳代のそれと遜色ない値を報告している.このような研究間の差異は「健常者」の参加基準がまちまちなことに原因がありそうだ.さらに,同一の研究の被験者間でも加齢変化を大きく上回るばらつきがみられている.たとえば,70歳前後の高齢者の睡眠の特徴を報告した研究の多くでは,1晩の総睡眠時間を5〜7時間と報告しており,それだけでも大きなばらつきだが,個人差をみると1/3以上の高齢者では20歳代の若者の平均睡眠時間を上回っている.睡眠にはそもそも個人差があり,そのばらつきの大きさは通常の加齢変化の幅を大きく凌駕しているのである.
睡眠の老化の個人差には体質的(遺伝的)な要因もかかわっている.とくに朝型夜型,必要睡眠時間,生理的過覚醒(ストレス反応)などは遺伝的要因が強いとされる.食事,運動など生活習慣も睡眠の質に深くかかわる.われわれは以前に光環境を整えるだけで高齢者のメラトニン分泌量が大幅に改善することを見いだした.睡眠や生体リズムの老化のスピードは一定ではなく,生活環境やライフスタイルによって変わりうることを示す一例といえる.

[参考文献]
 1)Boulos MI, Jairam T, Kendzerska T, Im J, et al.: Normal polysomnography parameters in healthy adults ; A systematic review and meta-analysis. Lancet Respir Med, 7 (6) : 533-543 (2019).
 2)Mishima K, Okawa M, Shimizu T, Hishikawa Y : Diminished melatonin secretion in the elderly caused by insufficient environmental illumination. J Clin Endocrinol Metab, 86 (1) : 129-134 (2001).
 3)Mishima K : Circadian Regulation of Sleep. In Circadian Clocks ; Role in Health and Disease, ed. by Gumz ML, 103-115, Springer, New York(2016).


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