2020/6 老年精神医学雑誌Vol.31 No.6
地域包括ケアシステムの目指すもの
石川智久
熊本大学病院神経精神科
2019年の年末から, いわゆる 「新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)」の世界的蔓延が続いています.わが国では,平成時代には幾度も地震があり,度重なる水害や台風被害など自然災害の多かった印象があります.被災された方々,今なお避難生活や病床におられる方におかれましては,心よりお見舞いを申し上げ,亡くなられた方々やそのご家族の皆様にお悔やみ申し上げます.さて本第31巻第6号の巻頭言にあたり,「平成28年(2016年)熊本地震」(以下,熊本地震)の経験を通して「地域包括ケアシステム」について気づかされたことを述べたいと思います.熊本県に対しまして,全国から励ましのご支援をいただき,深く感謝を申し上げます.
熊本地震では,震度7クラスの揺れが短時間のうちに二度発生しました.筆者も地震によって自宅が大規模半壊の被害を受け,ガスの停止と断水が長らく続いた生活を強いられました.熊本地震ではその後も震度5や震度3の余震が数か月以上にわたって続いたため,「常に何となく揺れている感覚」がいつまでも拭えず,筆者ですら何度か不安発作に襲われました.ほどなくして,お見舞いやご支援とともに,「熊本地震後の高齢者・認知症患者さんの様子はどうですか」といったご質問が寄せられるようになりました.大地震によって精神症状や行動に変調をきたした認知症患者さんが,精神科病院や認知症疾患医療センター(以下,疾患医療センター)に押し寄せたのではないか,と心配されたようです.しかし,実際は,かかりつけ医の先生方や地域の力・介護や福祉の力でその多くが対応されていたのでした.
厚生労働省が示している「認知症高齢者を地域で支える地域包括ケアシステムの構築」は,全国の取組みの結果,各地域で普及・定着し,成果を上げてきています.熊本県でも地域包括ケアシステム構築の一環として,2007年度から認知症医療体制づくりに取り組んできました.当初は県全体の認知症医療のレベルアップを目指して,すべての二次医療圏域に1か所,疾患医療センターを設置することを目標としてきましたが,各疾患医療センターの活動が地域に根ざしてくると,地元医師会の先生方やコメディカルスタッフ,介護福祉関係の方々,地元自治体,関心のある一般市民へと交流の輪が広がり始め,地域包括ケアシステムの本質ともいうべき,各地域独自の取組みへと展開するようになってきました.そういったなかで,今回の熊本地震が発生したわけです.発災後,即時に県内各医療圏域で,医療・介護・福祉・家族会,各種の協会・団体や協議会などあらゆる次元の連携網が機能し,医療圏域を越えて情報交換がなされたため,被災した病院・介護施設・デイサービスなどの患者さんや利用者さんなどは,県内あるいは周辺県域で受け入れ先が見つかりました. 避難所で身の置き所に困ったとか,夜中なかなか寝てくれずに困ったなどといった相談は,かかりつけ医の先生方や受け入れ先の介護施設スタッフ,認知症の人と家族の会が運営するコールセンター,オレンジリングを着けた認知症サポーターなどの精力的な活動によって,新たな行動・心理症状 (BPSD) の発生はあったものの, 精神科病院へ即入院となるような精神症状の極端な増悪は予想されたほどは聞かれませんでした.まさに「地域包括ケアシステム」の有事における底力を目の当たりにしたのでした.あたかも私たち自身が地域包括ケアシステムを構築していったかのように思っていたのが,実はそうではなくて,さまざまな認知症・地域ケア推進事業を実施していくなかで,知らず知らずのうちに私たち自身がさまざまな人と人とを結びつけていき,私たち自身もいろいろな人たちと結びつけられていき,地域包括ケアシステムが当初の基本的な機能から高機能へと「進化」していたのです.恥ずかしながら,未曽有の災害をきっかけに,ここまでの強い絆ができていたことに筆者自身が逆に気づかされたのでした. もちろん,行政や国レベルでもさまざまに特例認可や配慮があったことは,いうまでもありません.
筆者はこれまでおよそ10年間,熊本県の地域包括ケアシステム構築推進にかかわってきましたが,この気づきは自分自身に新たな視点を与えました.地域包括ケアシステムの目指す方向性とは,この社会で生活するあらゆる人をつないでいくことであるということ,自分たちが高齢になり認知症になったとしても,平時でも有事でも安心して生活し続けたい社会・地域の具現化であるということではないでしょうか.
地域包括ケアシステムの構築に取り組むにあたって,「将来自分たちが住み続けたくなるような理想のまちづくり」という共通項で,医療介護,経済や物流,テクノロジー,教育,文化芸術など,あらゆる領域との統合的な連携ができるかもしれないと思うと,もっと楽しいことができそうな気がします.


BACK

2020/5 老年精神医学雑誌Vol.31 No.5
私の夜明け前
丸勇司
小樽市立病院
「精神科医になって14年間,私は精神保健福祉法があることを知りませんでした.あの事件で物心がつき,本法律を知ってからの期間のほうがやっと長くなりました」
委員を務めていた精神医療審査会の懇親会で,以前こんなスピーチをした.もちろん精神保健福祉法をあまり理解していなかったことを誇張した表現だったのだが,法律家も多くいる席を少しばかりざわつかせた.
筆者の蒙を啓かせることになった“あの事件”とは,1998年の国立療養所犀潟病院における違法拘束下での患者死亡事件である.立入調査によって精神保健福祉法運用に関するさまざまな不備が明らかにされた.拘束,隔離に関する記録の欠如,そもそも開始診察がなく電話指示あるいは包括指示,事前指示により看護師判断に任されていた等の数々の事例が指摘された.本法律は,医療保護入院の決定,拘束,隔離の開始,継続,終了は医師が診察してそのつど判断し,記録すること,精神保健指定医業務は指定医自身がリアルタイムに行うことを求めていた.
筆者が当時勤務していた病院も,その後に勤務した複数の病院も似たような状況だった.医療保護入院決定は非指定医によっても行われていた.病棟の指示簿には「不穏,興奮時は保護室に隔離してください」「危険な行動がみられたら抑制」という記載が並んでいた.記録は事後的に行われ,あるいは行われていないものすらあった.
事件報道後の10月に全国調査が行われ,拘束の4割,隔離の3割に何らかの不備が指摘された.筆者の病院も何度か監査を受け,そこで精神保健福祉法の存在をまざまざと体感することになった.条文や通達等を読み込み,病院全体で話し合い,名実ともに合法となるシステムを検討し,実践していった.指定医は必ず臨場し,記録を徹底した.
第2の対応を迫られたのは翌年,1999年の6月だった.厚生省(当時)から国立病院に向けて「精神保健福祉法の運用マニュアル」1)が示された.そこには,いかなる目的であれ縛って行動を制限するという行為は身体的拘束であり,転落防止の抑制も例外ではない,それは本法律上の要件を満たすときにのみ選択されるものと記されていた.
筆者の勤務する200床の病院で拘束,隔離はともに数人程度にまで減少していたが,たとえば老人病棟の実態はどうだったか.
「1999年4月X日:入院36人(うち拘束0人,隔離1人).なお,ベッド,車椅子からの転落防止を目的に6人の患者を抑制.個室4室,大部屋3室を夜間あるいは終日施錠」
大部屋で同時に複数の患者をベッドに抑制し,しかもその部屋を施錠.こうした本法律外の拘束,隔離対象者は実人数としてこの日は計15人.老人病棟入院患者の実に4割に及んでいた.
当時は次のように判断していた.
転倒,転落の危険がある患者の車椅子あるいはベッドへの抑制は,怪我の危険回避という本人の利益を目的としたものであるから本法律上の拘束には当たらない.夜間の施錠は徘徊する患者から寝たきり等で動けない患者を守るのが目的であり,本法律上の隔離には当たらない.
前者は「仮縛」,後者は「逆隔離」と呼ばれていた.どこの病院にもローカルルールがあり,表向きの数字の背後にはこうした実態があった.
「運用マニュアル」は筆者らの解釈を完全に否定するものだった.患者さんの利益のために行っているとしたこうした解釈は,パターナリズムそのものであったといえる.「患者さんの利益のため」と考えて行っていることが,一方で,当の患者さんのなにを制限し,なにを損なっているのかという視点がそこにはなかった.
解釈を改め,グレーゾーンは小さくしていく.拘束は必ず個室で行う.「開放観察」の扱いが運用の重要なポイントと考え,隔離の開放観察は実施条件を厳格化する.拘束には開放観察を適用せず,たとえば入浴に関しても診察のうえ拘束終了,拘束開始の手続きを行う.
そして,真に問い直すべきは,手続きや記録が適正かどうかだけではなく,人権の理解であり,診療に臨む姿勢そのものだった.
「患者さんのため」と思っている自分を疑え.
隔離とは個人を閉じ込めて出られなくすることであり,拘束とは個人を縛りつけて自由を奪い動けなくすることにほかならないのだ.
さらに1年後の2000年7月,厚生省は疑義照会に対する回答のかたちで「隔離および身体拘束の対象から除外する事例」を示した.本法律上の拘束に当たらない例として,「車椅子移動の際の転落防止を目的とした安全ベルトによる固定」「就寝時にベッドから転落を防止するための短時間の身体固定」「身体疾患に対する治療行為としての一時的な点滴中の固定」が挙げられていた2).
「安全ベルト」「短時間」とか「一時的」はどう規定するのか.抑制するという同じ行為であっても目的によっては固定と言い換えるのか.
筆者の病院では,こうした事例をすでに原則として除外事例にしておらず,しかも病棟スタッフや家族との協働によりほとんどは抑制せずに対応していた.この回答は身体的拘束の意味する重大性を覆い隠してしまいかねないと考え,再び除外事例に戻す必要はないと判断した.この回答自体は生きていて,どこかで今も適用されているかもしれない.
20年が経った.病名告知や処方薬の選択,説明も似た構図にあった.司法が臨床を制約する.入れ替わる医療スタッフと型や意味を共有し続けること自体にもエネルギーが必要だ.新たな課題も尽きることがない.高齢者医療のどこを精神科が担うのか,認知症のどこまでを医療化するのか.
薄明のなかの歩みは続く.

[文 献]
 1)国立病院部政策医療課:精神保健福祉法の運用マニュアル.厚生省保健医療局(2000).
 2)厚生省精神保健福祉課:精神保健福祉法改正に関する疑義照会に対する回答.平成12年7月31日.


BACK

2020/4 老年精神医学雑誌Vol.31 No.4
高齢者のうつ病に原因はあるか;3人の医師の対話
上田 諭
戸田中央総合病院メンタルヘルス科
高齢者のうつ病の治療をめぐって,後期研修医の前で2人の先輩精神科医師である吉本医師と澤木医師の間で議論になった.
【研修医】82歳の自営業の女性が,とくに契機なく不眠になり元気がなくなり,店に出なくなりました.夫婦二人暮らしなのですが,「家族に貯金を盗られてお金が一銭もなくなった」と言い出しました.そういう事実はないとのことです.「取り返しのつかない悪いことをしたので,食事を食べちゃいけない」と言って食事を拒むようになり,高齢者専門病院で3か月間抗うつ薬治療をしても改善せず,認知症を疑われたそうです.納得できない家族の勧めで当院を受診されました.脳MRI,脳波,血液検査では問題ありません.
【吉本】どこが認知症? 重症うつ病だ.早くECT(電気けいれん療法)をやったほうがいい.
【澤木】超高齢者に電気って,どういう神経なの? ぼけるか,心臓ぶっ壊れちゃう.
【吉本】いつの時代のことを言ってるんだ.麻酔管理で筋弛緩薬を使う標準型でやれば,そんなことあり得ない.片側性でかければ認知障害も最小限にできる.
【澤木】ヘンソク? へえ,そんなのあるんだ.それより,何でいきなり電気なのよ.
【吉本】当然だよ.3か月も抗うつ薬やってまったく無効.貧困妄想や罪業妄想も出て,拒食もある.だらだら治療してたら危険なことになる.
【澤木】どうしてそういう妄想が出たのかってことよ.うつ病に妄想って普通じゃない.家族からの被害を訴えてるし,単なる貧困妄想じゃないでしょ.家族との葛藤があるに決まってる.でなきゃ,そんな妄想にならないよ.
【吉本】こういう妄想は了解不能だよ.お金が一銭もないって,そんなことあり得ないし,万一なにか悪いことしたとして,なぜ食事をとらない.精神病性の状態になっているのはまちがいない.
【澤木】どうして了解不能って言えるの.たしかに誇張や飛躍があるかもしれないけど,その根っこには心因があるんじゃないの.それをみなかったら,精神科の治療って言えないでしょ.
【吉本】妄想出すのに理由なんて要らないんだよ.だから精神病なんじゃないか.澤木先生は心理的に解釈しようとしすぎ.
【澤木】心因性妄想を知らないの? クレッチマーの敏感関係妄想って超有名なのがあるでしょ.ある環境である強い体験をしたとき妄想を呈すっていう,心因性妄想の概念はしっかりあるのよ.
【研修医】何の話をされてるのかわからないんですけど……原因って大事なんでしょうか.DSMではなにも言ってないですよね.症状の程度と精神病性の特徴とがわかれば診断できるし,それをアルゴリズムに当てはめて治療すればいいのでは.
【澤木】原因を全然考えてないDSMなんか臨床で使うものじゃないわよ.
【吉本】DSMはうつ病を単一にしてしまった.うつを全部一律にみるなんて馬鹿げてる.
【研修医】そこは先生たち共同戦線? 私たち研修医には使いやすいマニュアルなんですが.
【吉本】うつ病には原因のあるものとないものがあるんだ.脳のうつと心のうつだよ.心のうつなら澤木先生のように考えればいい.脳のうつに外的要因は関係ない.内発的に起こる.だから抗うつ薬かECTという身体療法でないとだめ.急性期に精神療法はほとんど意味がない.患者さんはわけもわからず苦しんでるんだ.
【澤木】乱暴な分け方ね.内発的? そんな要因だけとは言い切れないでしょ.
【研修医】学会の教育講演で,高齢者のうつ病は脳や神経内分泌の機能低下を背景に,近親者や役割を失う体験や経済的問題などの心理社会的要因が重なって起こるって学びましたよ.
【澤木】なんと総花的.そんな例ほとんどないよ.
【吉本】高齢者はそんなやわじゃない.たくさんの経験をして辛酸もなめて,いろんな知恵を学んでる人生の熟練者なんだ.喪失体験とかそんな精神的原因でうつ病になるものか.
【研修医】精神的原因はないってことですか.
【吉本】あえて原因というなら,脳の生気エネルギーが一気に落ちることだ.
【澤木】だからそれを引き起こすのが精神的な葛藤,心因でしょ.
【吉本】違うよ.内発的だって言ったじゃないか.だからこそ,薬とかECTで生気エネルギーを回復するのが最重要なんだよ.
【研修医】そうなると,うつ病は身体疾患みたいになりませんか.精神科なのに.
【吉本】脳のうつはまさにそうだ.命にかかわる病気でもあるんだから.
【澤木】そういう考えが精神科をだめにするのよ.ますます単純思考しかできない精神科医が増えちゃう.
 
症例は現実の症例の細部を改変した.3人は架空の医師である.


BACK

2020/3 老年精神医学雑誌Vol.31 No.3
高齢者の不眠と身体的不定愁訴の治療への提言;精神科においても対応に困る,必ずしも認知症に起因しない病態を中心として
山寺博史
やまでらクリニック
12年ほど前に「私的老年精神医学の今昔」というテーマで,認知症を主に,脳器質的な疾患の診断と治療に関して,小生の経験から,本誌の巻頭言を書かせていただいた(第19巻第5号,2008年5月号).今回は,日本睡眠学会および日本東洋医学会漢方専門医という観点から,必ずしも認知症に起因しないと思われる高齢者の不定愁訴の治療に関して,市井の一臨床医の立場から思うことを書き綴らせていただく.
小生は,東京郊外の武蔵野市で小さな心療内科クリニックを開業している.そこでの診療に際して最近感じることは,高齢の患者さんが増えてきていることである.80歳以上の方も珍しくない.受診内容としては不眠に関する訴えや,対応に困る身体的な不定愁訴が増えてきている.
当クリニックは,睡眠障害(不眠症)も専門にしているせいか,不眠の訴えでは,「他の医療機関に長くかかって睡眠薬を服用しているが,効かなくなった」,あるいは「睡眠薬を長く服用することが不安になったので来院した」,という患者さんも多い.
そこで,不眠を訴える患者さんに対しては,不眠のタイプを判断するために睡眠-覚醒リズム表を可能な限り記入していただき,それを参考にして診断・治療に役立てている.原則は,日本睡眠学会が提唱している方法に従い治療・指導を行う.とくに高齢者においては,日中の生活に大きな支障がなく,加齢による生理学的な変化と思われる症状(状態)に関しては,病的というより加齢による変化であると説明すると,ご理解をいただけることも多い.かなりお年を召されている方で,なかなか加齢による生理学的な変化を理解されない場合には,古希を迎えた小生自身の,高齢者におけるさまざまな睡眠の実際の経験談をお話しする.すると患者さんは,「先生そうですか,それでいいんですね」と言われ,安心されることもある.そして,そのうえで,寝ることに必要以上に欲をかかないように駄目押しをする.
また,当クリニックは,日本東洋医学会漢方専門医も標榜しているせいか,漢方治療を希望される患者さんも多い.不眠の治療には漢方薬が功を奏することがある.また,睡眠薬を減量するためには,漢方薬を併用して睡眠薬を漸減する方法も提唱されている.この方法は島根大学の宮岡剛先生らも提唱しており,実践しておられるが,当クリニックでも同様のよい結果を出している.
漢方薬の選択には,かなり専門的になるが,一般的には四診(望診,聞診,問診,切診)という診察を用いる.詳しくは成書を参照されたい.漢方的診察では,舌や脈を診たり,お腹を触ることもあるが,そのことが患者さんに安心感をもたらすようである.四診で得られた病態(漢方では証という)に合った適切な漢方薬を選択して服用していただく.漢方薬の種類としては,「実証」の患者さんには実証用の,「虚証」の患者さんには虚証用の漢方薬を用いる.虚証の患者さんに実証用の漢方薬を用いることは,副作用が出現しやすくなるので避けるべきである.このような点で,漢方治療はいわゆるオーダーメイド治療ともいわれている.
さらに,不眠以外の睡眠障害である,レストレスレッグス症候群やREM睡眠行動障害等にも,漢方薬の効果を得ることもある.
また,患者さんのなかには,身体的な不定愁訴も多い.古典から現代の精神医学の教科書には,精神症状の記載が主で,身体的な症状の記載は身体表現性障害等にみられるぐらいで,かなり限られており,対応に困ることも多い.それらに関しては,漢方薬を用いることで改善をみることがある.たとえば,梅雨期や秋雨期,台風が来るときに起きる,めまい,頭痛,嘔気に伴い,抑うつ気分の訴えを呈されることも多い.この場合は,利水作用(利尿作用ではない)のある漢方薬を用いると効果が認められることをしばしば経験する.また,咽頭喉頭部の絞扼感には気剤を用いると効果が認められる.更年期を終えた方のなかには,於血に似た症状を呈することがあり,この場合は更年期と同様の治療を行う.さらに,高齢者で肌が乾燥し,口渇を訴え,不眠の訴えや易疲労感などの多愁訴を訴える患者さんには,いわゆる補腎剤といわれる種類を用いるとよい.この場合も,冷えがあるときとそうでないときでは,漢方薬の種類が違う.また精神症状においても,冬に気温が低下するとうつ症状が増悪するときには,体を暖める漢方薬を用いると改善が認められることもある.
長年,精神科の臨床をやってきて,睡眠障害や身体的な不定愁訴に加齢性変化を考慮にいれることや,長きにわたり積み重ねてきた多くのエビデンスがある漢方治療という幅広い観点から治療を行うと,治療の幅が広がると考えている昨今である.


BACK

2020/2 老年精神医学雑誌Vol.31 No.2
私の認知症治療・ケアの40年;身体拘束・抑制廃止を目指して
吉岡 充
医療法人社団充会多摩平の森の病院
1.「老人病院」の変遷
私が一般の精神科医から,認知症治療・ケアに携わってから40年近くになる.世界で類をみないスピードで日本の高齢化が進むなか,脳血管障害の後遺症をもつ人たちも増え,認知症で身体合併症をもっていたり,行動症状等のある人たちの入院の需要が高まった.それに伴って東京を主とした大都市部周辺に「老人病院」が増えてきた.しかし,そこで行われた医療は縛りつけての点滴医療だった.その大きな要因は,私たち医療従事者が,これまでの大学教育によって「死は敗北」のように思い込み,完全には治癒しない人に対する生活の質を大切にする療養のあり方を知らなかったことにもある.この国の医療制度の貧しさもあった.たとえば,埼玉県の200床ぐらいの病院で,そこに入院するとすべての患者に点滴をする.嫌がれば縛ってでも点滴する.年間の退院は200人近く.そのほとんどが死亡退院という病院があった.厚生省(現・厚生労働省)の査察がはいったが,そこで問題にしたのは不正請求のみで医療の中身にまではふれられることはなかった.マスメディアは営利のみを追求する悪徳老人病院であるとして追及した.しかし,当時の老人病院の現実はこれに近いところが多かった.医療費も安かった.医師・看護師,3食ついて1日数千円ぐらいの入院費だった.そのため,利益は出来高払いの薬剤費から捻出するという構造だったのである.
これでよいわけはない.そこで,1983年,17人の病院の管理責任者である医師が集まり「老人の専門医療を考える会」を設立した.この会では,市民に向かってシンポジウムを開き,現状打破を模索した.厚生省の若手の官僚,技官たちとも話し合った.この国の明るい老人医療をどうつくっていけばよいのかを.
それまでは,精神科病院や結核病院に対しての例のように,医師・看護師を少なくした特例許可老人病院だった.ここでは人手不足は付き添い婦をつけて補っていた.そこで,この制度をなくし,病院自らが多くのケアスタッフを雇って教育し,「療養」という視点で,治療とケアを行うという介護力強化病院が創設された.そこから,病室面積をそれまでの1.5倍に広げ,リハビリテーションやアクティビティを行える場所や,食堂,入浴設備等もつけた療養型病棟へと進化していくことになる.それまでは,「私は今日は点滴係,明日はおむつ係」とばたばたしていたスタッフの人手が増え,余裕ができて,個々の患者のケアプランを立てられるようになった.
よい循環が生まれ,老人病院は本当に明るくなってきた.
2.抑制の問題,5つの基本的ケア
それでも身体拘束・抑制だけは減らなかった.もともとこれは現場では当たり前のことになっていた.患者の安全のため,治療遂行のため必要だったと皆思い込んでいた.認知症の人たちの多くがその対象となっていた.私は,抑制はやめられると思い,病院の皆に協力を求めた.それが5つの基本的ケア(図1)の始まりである.
この5つの基本的ケアを徹底することで患者は快適になり,認知症の人たちの周辺の困った行動はかなり改善する.お付き合いしやすくなるし,ケアしやすくなるのだ.縛る必要も少なくなるし,さまざまな共感もしやすくなる.親しくなれれば縛る気もあまり起きないはずである.私たちはこの結果を老人病院の仲間たちへ発信したが,なかなか受け入れられなかった.1997年, 福岡県の有吉病院の有吉通泰院長が自分たちもこれをやってみようと言い出してくれたので,それに協力することになった.結果は1年間で福岡の10の病院が抑制廃止を成し遂げたのだ.
まず,皆で抑制をやめようと決意すると,それまで漫然と行ってきた抑制の85%は簡単にやめることができた.残る15%はそれなりの工夫,代替方法等を考える必要があったが.それは楽しい作業になった.医師も含め,ケアに携わる人たちは心優しいのである.そして今までは家族に「お父さんは認知症のため,立って歩くことが危険なことだとわからないのです.だから車椅子にベルトをしますよ」と説明していたのが,「縛りつけられるのはつらいことですからやめます.十分に注意をしますから」と説明できるようになった.そして,それまではできなかった「転んで骨折したらどうしたらよいか」という相談を家族にできるようになった.縛られなくなって笑顔が戻った親を見て家族も信頼を取り戻し,スタッフと話し合えるようになった.いちばんQOLが向上したのは実はケアスタッフだったのである.有吉院長はこうも言った.「われわれは普通の老人病院だ.それが抑制を廃止できた.できないのはやらないだけだ」と.
そして,世界に類をみない,従事者自身による抑制廃止福岡宣言がなされた(図2).
それは,ちょうど生活の質も十分に配慮するという介護保険の中身を検討しているときであった.この流れのなかで,身体拘束をすることはどうなのかという意見が出たのは必然だった.そして2000年,介護保険法の実施にあたって身体拘束原則禁止の運営基準ができた.
それから20年.認知症の人たちには少しやさしい社会になってきた.が,現実にはまだまだ解決できない問題が山積している.これも少しずつ解決していかなければならない.


BACK

2020/1 老年精神医学雑誌Vol.31 No.1
高齢者におけるこころ・脳・からだの密着化
天野直二
岡谷市民病院
筆者は,現在の総合病院精神科で新しい症例に出会っている.そのほとんどはせん妄を呈する高齢者であり,骨折や肺炎などと闘っている.今回の巻頭言では,このような治療環境から得られた所感を述べてみたいと思う.精神症状という症候学は精神科医にとって宝物である.高齢の精神科医は若いころにまず状態像をきちんと診断することから教えられた.疾患診断はその積み重ねの結果であり,病名はあくまで箱物の枠であり,中身でないと思っていた.猪瀬正(横浜市立大学名誉)教授は当時の症例検討会でよく「診断は保留する」と言って病名を後回しにしたことを記憶している.とにかく臨床上の分類学は枠も中身も大切であって相互に切磋琢磨するものと考えた.今もそうであるにちがいないが,どうもその方向が逆になったように思えて仕方ない.
高齢者の精神科治療において枠より中身をより吟味しなければいけない事態が多い.精神症状にこだわって考えたひとつに“こころ”と“からだ”の関係がある.脳は身体のひとつであり,精神神経症状にきわめて重要な臓器であることはいうまでもない.さて,このような御託はこれぐらいにして,次の症例から考察を進めてみよう.なお症例は論旨を変えない程度に改変し,個人情報に配慮した.
〈症例1〉84歳の女性.アルツハイマー型認知症
ある一晩のエピソード.孫娘は24歳で自分の家の2階で生活している.普段から自分を大切にしてくれる.愛すべき孫である.今晩は会社での飲み会で遅くなると聞かされていたが,当然本人の記憶には残っていない.20時になっても帰ってこない.「どうしたのだろう」と言っているうちに「(2階に)変な男がいる」と言い出し,「危害を加える」と徐々に興奮し始めた.孫娘が帰ってきても収拾がつかなく一晩中騒いだ.不安,同居人妄想,被害妄想,そしてせん妄へと展開した例である.
〈症例2〉82歳の女性.アルツハイマー型認知症
右大腿骨頸部骨折で急患室へ運ばれた.「そこにだれかいる」と言って盛んに話しかけている.幻覚妄想があって興奮しているという報を受けて急患室へ赴いた.とにかく“ワーワー”と大声を張り上げている.並大抵ではない.さてどうしようかなと考えていたところ,看護師が「最初はとても痛がっていました,それから興奮しだしてこのように…….まず痛みをとったらどうですか?」と.そこで,鎮静処置の前にまず鎮痛薬を内服させた.そののち向精神薬を使わずに様子をみたところ,1時間ほどして興奮も治まり元に戻って落ち着いた対応をとるようになった.激痛から幻覚妄想を伴う興奮に発展した例である.
〈症例3〉76歳の女性
老年期うつ病から認知症に進展した例.几帳面な性格.ささいなことで取り乱すようになった.どうしてこの程度のことで悩むのかと夫には理解できなかった.心気的になったりヒステリックに訴えたり,不眠で体調不良を訴える.クエチアピンが結構効いた時期もあったが,うつ状態かなと考えていたら,いつのまにか意欲のないなにもしない日が続くようになった.アパシーであり,1年後にもの忘れを主訴に来院した.MRIでは脳萎縮はそれほどではないが,前頭葉や頭頂葉に脳溝の開大がみられた.本症例のように,うつなのか前頭葉症候群なのか認知症なのか判断に窮する例が多いことを実感する.
青年期,壮年期にみられる精神症状というと,たとえば心は心で心理症状として結構独自の展開をするし,精神病症状もその年代に特異的なものとしてほぼ確立している.脳も大脳の症状として同様に独自の経過をたどっている.身体の障害はいち早く血液やレントゲン等の検査でとらえられる.高齢になるとその互いのめりはりが減少してきて,ついには互いに密着して症状の互換性が高まってくるものと考える(図1).卑近な言い方であるが,高齢者の診療では身体の状態の把握,理解がとても重要であるという前提がいまさらながら基本である.


BACK