2018/3 老年精神医学雑誌Vol.29 No.3
Superager
三品雅洋
日本医科大学大学院医学研究科脳病態画像解析学講座

 2017年は久しぶりに国際アルツハイマー病学会に参加した.前回参加したのは2006年にマドリードで開催されたInternational Conference on Alzheimer’s Disease and Related Disorders(ICAD)であったが,今では名称もAlzheimer’s Association International Conference(AAIC)に変わった.2002年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校が2-(1-{6-[(2-18F-fluoroethyl)(methyl)amino]-2-naphthyl}-ethylidene)malononitrile(18F-FDDNP)PETによりアミロイドイメージングを実現,その4年後のICAD 2006では11C-Pittsburgh Compound-B(11C-PiB)PETを用いた研究が全盛であった.今回のAAIC 2017では,多くの大規模研究で,ブドウ糖代謝・アミロイドに加え,タウイメージングも分子イメージングのルーチンになっていて,まさに隔世の感がある.それぞれの分子イメージング用リガンドの特徴や問題点が明らかになったにもかかわらず,そんなことお構いなしに突っ走っているといった感もあるところが気になるが…….
 AAIC 2017の最終日は,超高齢になっても健康を保ち認知機能が低下しない「superager・successful aging」のセッションが興味深かった.これらの研究も分子イメージングが有力なバイオマーカーとして使用され,superagerはアミロイドやタウの蓄積が少ないこと,MRIのmorphometryでも萎縮が少ないことが示された.ワーキングメモリは低下しても,エピソード記憶が低下しないらしい.
 Superagerは健康管理の勝利なのか.脳卒中やアルツハイマー病に罹患してしまえば当然,superagerの資格を失うわけだから,メタボリック症候群・愛煙家の方々は脱落する確率が高い.昨今の研究はアルツハイマー病ですら成人病リスクファクターとの共通性を謳っている.また,superagerのライフスタイルや思考についても研究されている.自身の社会的役割を重要視し,健康に留意しながら,活動を社会に還元する傾向があるようだ.このあたりは認知予備能の要素に類似している.
 さて,私たちの業界には,superagerに該当する諸先輩方がたくさんいらっしゃることにご同意いただけるのではないかと思う.現役時代と変わらず講演内容は明瞭だし,ご質問も鋭い.立ち姿さえ美しい.経歴も,生まれながらにしてsuperagerになることが決まっているのではと思える方々ばかりである.ApoE e4がアルツハイマー病のリスクであるように,superagerも遺伝的背景があるに違いない.認知予備能は個人の努力が関与しているのかもしれないが,努力せずして高学歴の人も多い.そもそも「努力」も才能のひとつである.一流の音楽家やスポーツ選手の業績は才能と練習の賜物であろうが,彼らは繰り返し同じ練習をすることがあまり苦にならない傾向があるらしい.それゆえに庸人には想像もできない天才的な演奏・プレイを実現するのであろう.
 それでは,superagerを目指すべきなのか.これまで述べたように,単純に目指してなれるものでもなさそうだ.そもそもsuperagerが「successful」なのか.これは考え方・感じ方次第である.高齢になっても頭脳明晰で,いつまでも就業し続けることを幸せと感じるか.なにもせずにぼーっと暮らすのも幸せそうだが,退屈に耐えられるかどうか.私たちの患者さんのように,悪いことを忘れて朗らかに生活するのも一案.もちろん家族はたいへんであろう.しかし以前より,非薬物療法や看護・介護のテクニックが進歩したからか,ご家族も患者さんの状況に苦労しながらも上手に付き合っている人たちが増えた.根本治療としての薬物療法はことごとく失敗に終わっているが,現行の抗認知症薬4剤や向精神薬を上手に使うと,それなりにコントロールできているし,それでもむずかしい症例は,認知症専門病院での入院で調節もできる.私たちに与えられた使命はsuperagerを増やすことではなく,dementiaになっても家族も含めて幸せに過ごせる医療・社会を提供することである.
 少なくとも私は,患者と話しているうちに頼まれていた湿布の処方を忘れたり,調剤薬局から予約日と処方日数の齟齬を指摘されたりと,五十にしてsuperagerの道から大きく外れている.多数のメディカルスタッフの「介護」のもと,何とか医業をなしているといったところか…….

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2018/2 老年精神医学雑誌Vol.29 No.2
「徘徊」について考えてみた
北村 立
石川県立高松病院

 「まったく嫌になっちゃう」とサキさんが憤慨している.考え事をしながら商店街を歩いていたら,見知らぬ女性に声をかけられたのだという.「『おばあさん,お家はわかりますか?』だって.先生,私そんなふうに見えますか」.東京育ちの口調は鋭い.以前うつ状態で苦しんでいたころはそう見えた,とは口が裂けても言えなかった.
 サキさんの住む町は徘徊模擬訓練が盛んだ.警察署員も参加し年々シナリオもリアルになっているらしい.徘徊訓練は,住民に関心をもってもらう,子どもにも参加してもらう,など認知症の啓発活動になるばかりでなく,住民間のつながりを深める効果もある.昔は町内会対抗の運動会などで親睦を深めていたが,今は徘徊訓練や防災訓練がその役目を果たしているのかもしれない.何だか戦時中みたいで不気味だけど.
 「徘徊」が認知症のシンボルになったのは,やはり有吉佐和子の『恍惚の人』,茂造じいさんの影響だろうか.若い人に「恍惚の人」なんて言ってもきょとんとされるが,当時社会に与えたインパクトは大きかった.そのことが日本人の頭にこびりついているのか,行政もマスコミも「認知症といえば徘徊」みたいに短絡的に結びつけてしまうきらいがある.だから家族も徘徊をことさら心配する.「この人は徘徊の心配はないね」などと言うと,とても喜ばれる.「手はかかるけど,外に出ないので助かります.徘徊されたら家では看られない」という家族も多い.たしかに鉄道事故や自動車を運転しての徘徊など,ニュースバリューのある事件も続いた.家族の心配は当然だ.
 2016(平成28)年に全国の警察に届け出があった認知症による行方不明者は,前年比26.4%増の1万5432人だったという.2012年の統計開始から4年連続で増え,過去最多を更新し続けている.警察の捜索活動や通報で発見されたケースが63.7%,自力帰宅や家族による発見が32.3%であり,3.1%に当たる471人は死亡した状態で見つかった.当事者や家族,また警察や消防にとっては重大な問題だ.でも別の見方をしてみよう.2012年の朝田隆先生の調査をもとにすれば,現在わが国の認知症の人は500万人くらいだろう.ということは認知症の人の0.3%が行方不明になる計算になる.国民の印象からすれば案外少ないのではないだろうか.模擬訓練や通所サービスなどの整備も含めた対策が,ある程度成果を上げている証かもしれない.
 母から久しぶりに電話があった.「古いガラケーを交換したついでに,前から欲しかったタブレットも契約したのでよろしく」とのこと.相変わらず奔放だが,教育歴も職歴も経済状態も,ごく標準的な80歳の日本人女性であるわが母でさえ,携帯電話とタブレットを持つ時代である.車に乗れば,「携帯電話に接続できません」と言ってくる時代である.外出時に携帯電話を持たない高齢者は,今後減少の一途をたどるだろう.だから徘徊による行方不明者もそのうち減少に転じる可能性がある.
 「彼女,携帯持っとるから連絡はつくけど,どこかにおるか聞いてもわからんし,そこにおれといってもどっか行ってしまうし,結局GPSでわかるんやけど,この前なんか20 kmも離れたところにおってびっくりしたわ」と,しょっちゅう自宅から姿をくらます早発性アルツハイマー病の奥さんを抱えるご主人が言う.営業職なのでしょっちゅう帰宅しているから大丈夫とおっしゃるが,主治医としては「不安なので」と,何とかしてデイサービスへ通ってもらえることになった.「女房と娘に子ども扱いされた」と嘆く元町会長のお父さん.買い物帰りに慣れない道を歩いたら帰宅できなくなり,長年使い慣れたガラケーを青い自動車の描かれたキッズケータイに替えられたのだと.「最近のキッズケータイの機能すごいですよ.先生も奥さんのために替えたら」と娘さん.そんなことしたら酒場放浪できなくなるじゃないか.
 今,徘徊しているご老人はみな働き者で,なにかをしていないと不安になる人.「歌は世につれ世は歌につれ」というが,認知症の行動・心理症状(BPSD)も時代とともに変わっていくのだろう.当然,対応方法も変わってくる.われわれが認知症になるころには,外を出歩くような活発な認知症の人は少なくなるのではないか.自分がそうなったら,小型ゲーム機を持たせておけばよい.「チー,ポン,チー,ポン」と半永久的に麻雀ゲームをしているにちがいない.あるいは仮想現実の世界に浸るのもいい.VR(バーチャルリアリティー)技術がゲーム以外に応用される日も近いだろう.私は『三丁目の夕日』より少しあと,『20世紀少年』の世代である.昭和の街を,野山を,ランニングと半ズボン姿で駆けずり回る.そんな未来も悪くない.

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2018/1 老年精神医学雑誌Vol.29 No.1
認知症と自損行動
新井哲明
筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学

 日本における自殺者数は,1998(平成10)年以降14年連続して3万人を超える状況が続いていたが,2012(平成24)年以降は減少傾向に転じ,2016(平成28)年は22年ぶりに2万2000人を下回った.年齢階級別にみると,「40歳代」が3,739人で全体の17.1%を占め,次いで「50歳代」(3,631人,16.6%),「60歳代」(3,626人,16.6%),「70歳代」(2,983人,13.6%)の順となっており,初老期から老年期にかけての年代に自殺者数が多く,この傾向は変わっていない(警察庁自殺統計原票データから厚生労働省が作成した資料より).すなわち,認知症発症のリスクが高い年代に自殺者数が多いわけであるが,このなかで認知症の人がどれぐらいの割合を占めているかは不明である.
 従来,認知症の人は,遂行機能等の認知機能障害のために自殺は少ないとされてきた(Conwell Y, Crisis 16, 1995;Ferris SH, et al., Alzheimer Dis Assoc Disord 13, 1997;Harris EC, et al., Br J Psychiatry 170, 1997).しかし,2008年に発表されたデンマークの50歳以上約250万人を対象としたコホート研究の結果では,自殺既遂者5,699人中,認知症者数は136人であり,生存分析により相対リスクを算出すると,とくに若年(50〜69歳)の認知症者は一般人口の8〜10倍既遂のリスクが高いことが明らかとなった(Erlangsen A, et al., Am J Geriatr Psychiatry 16, 2008).日本の研究では,Koyamaらは,外来通院の認知症者634人中64人(10.1%)に希死念慮を認め,希死念慮が認められた群は認められなかった群に比べて,妄想,興奮,不安,抑うつなどの認知症の行動・心理症状(BPSD)がより重度であること,また認知症のタイプおよび重症度は希死念慮と相関しないことを報告している(J Affect Disord 178, 2015). また,伊藤らは,17年間に精神病院に入院したアルツハイマー病の人409例中13例(3.7%)に自殺企図が認められ,手段は縊首が最も多く,全例に抑うつ,心気,不安焦燥,妄想等の精神症状が認められたことを報告した(臨床精神医学 27,1998).認知症における自殺のリスク要因に関するこれまでの報告をまとめると,@認知症と診断されてから早期(3〜6か月以内),A病期が早期,軽度認知障害,洞察の保持,B若年,Cうつ病や他の精神疾患の合併,D自殺企図の既往,などが挙げられる(Haw C, et al., Int Psychogeriatr 21, 2009;Erlangsen A, et al., Am J Geriatr Psychiatry 16, 2008;Draper BM, et al., Int Psychogeriatr 27, 2015;Serafini G, et al., Curr Alzheimer Res 13, 2016).認知症に関連する脳の病理変化と自殺との関連性については,60歳以上の既遂者28例と対照例56例を比較したところ,神経原線維変化の程度を表すBraak scoreが既遂者のほうが有意に高かったという報告がある(Rubio A, et al., Biol Psychiatry 49, 2001). 一方,2017年の第36回日本認知症学会学術集会における吉田らによる連続法医解剖1,614例の検討の報告では,タウ病変と自殺との関連性は認められず,自殺と脳病理との関連性について現時点で一致した見解が得られているとはいえない.
 筆者が認知症の人の自殺に関心を持ち続けている理由のひとつに,過去の自身の手痛い経験がある.その方は,うつ状態で発症し,その後にパーキンソン症状が出現し,神経内科にてパーキンソン病の診断で内服加療が開始された.しかし,うつ状態が改善しないことから当科を紹介され受診.希死念慮は否定するものの抑うつ的であり,その他幻聴,幻視,被害妄想,注察妄想などの精神症状が認められた.記銘力障害と視空間認知障害が認められ,軽度の認知症レベルであり,脳血流SPECTにて両側後頭葉の血流低下が認められた.レビー小体型認知症と診断し,内服加療を開始したが,ほどなく縊首にて既遂されてしまった.この方は,上記の認知症の自殺のリスク要因のAとCが当てはまり,また認知症でなくても精神病症状を伴ううつ状態が自殺のリスクが高いことは周知の事実であり,既遂されてしまったことは筆者の力量不足によるというほかない.
 認知症における自殺の実態はいまだ不明な点が多いが,レビー小体型認知症に関しては,横浜市立大学保健管理センターの小田原俊成先生が研究代表者を務められ,多施設共同観察研究(レビー小体型認知症患者の抑うつ症状および自損行動に関する調査研究)が開始される予定であり,当科も参加施設に加えていただいている.真摯に研究に取り組み,認知症の人の自殺の病態解明とその防止に寄与していきたい.

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