2018/1 老年精神医学雑誌Vol.29 No.1
認知症と自損行動
新井哲明
筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学

 日本における自殺者数は,1998(平成10)年以降14年連続して3万人を超える状況が続いていたが,2012(平成24)年以降は減少傾向に転じ,2016(平成28)年は22年ぶりに2万2000人を下回った.年齢階級別にみると,「40歳代」が3,739人で全体の17.1%を占め,次いで「50歳代」(3,631人,16.6%),「60歳代」(3,626人,16.6%),「70歳代」(2,983人,13.6%)の順となっており,初老期から老年期にかけての年代に自殺者数が多く,この傾向は変わっていない(警察庁自殺統計原票データから厚生労働省が作成した資料より).すなわち,認知症発症のリスクが高い年代に自殺者数が多いわけであるが,このなかで認知症の人がどれぐらいの割合を占めているかは不明である.
 従来,認知症の人は,遂行機能等の認知機能障害のために自殺は少ないとされてきた(Conwell Y, Crisis 16, 1995;Ferris SH, et al., Alzheimer Dis Assoc Disord 13, 1997;Harris EC, et al., Br J Psychiatry 170, 1997).しかし,2008年に発表されたデンマークの50歳以上約250万人を対象としたコホート研究の結果では,自殺既遂者5,699人中,認知症者数は136人であり,生存分析により相対リスクを算出すると,とくに若年(50〜69歳)の認知症者は一般人口の8〜10倍既遂のリスクが高いことが明らかとなった(Erlangsen A, et al., Am J Geriatr Psychiatry 16, 2008).日本の研究では,Koyamaらは,外来通院の認知症者634人中64人(10.1%)に希死念慮を認め,希死念慮が認められた群は認められなかった群に比べて,妄想,興奮,不安,抑うつなどの認知症の行動・心理症状(BPSD)がより重度であること,また認知症のタイプおよび重症度は希死念慮と相関しないことを報告している(J Affect Disord 178, 2015). また,伊藤らは,17年間に精神病院に入院したアルツハイマー病の人409例中13例(3.7%)に自殺企図が認められ,手段は縊首が最も多く,全例に抑うつ,心気,不安焦燥,妄想等の精神症状が認められたことを報告した(臨床精神医学 27,1998).認知症における自殺のリスク要因に関するこれまでの報告をまとめると,@認知症と診断されてから早期(3〜6か月以内),A病期が早期,軽度認知障害,洞察の保持,B若年,Cうつ病や他の精神疾患の合併,D自殺企図の既往,などが挙げられる(Haw C, et al., Int Psychogeriatr 21, 2009;Erlangsen A, et al., Am J Geriatr Psychiatry 16, 2008;Draper BM, et al., Int Psychogeriatr 27, 2015;Serafini G, et al., Curr Alzheimer Res 13, 2016).認知症に関連する脳の病理変化と自殺との関連性については,60歳以上の既遂者28例と対照例56例を比較したところ,神経原線維変化の程度を表すBraak scoreが既遂者のほうが有意に高かったという報告がある(Rubio A, et al., Biol Psychiatry 49, 2001). 一方,2017年の第36回日本認知症学会学術集会における吉田らによる連続法医解剖1,614例の検討の報告では,タウ病変と自殺との関連性は認められず,自殺と脳病理との関連性について現時点で一致した見解が得られているとはいえない.
 筆者が認知症の人の自殺に関心を持ち続けている理由のひとつに,過去の自身の手痛い経験がある.その方は,うつ状態で発症し,その後にパーキンソン症状が出現し,神経内科にてパーキンソン病の診断で内服加療が開始された.しかし,うつ状態が改善しないことから当科を紹介され受診.希死念慮は否定するものの抑うつ的であり,その他幻聴,幻視,被害妄想,注察妄想などの精神症状が認められた.記銘力障害と視空間認知障害が認められ,軽度の認知症レベルであり,脳血流SPECTにて両側後頭葉の血流低下が認められた.レビー小体型認知症と診断し,内服加療を開始したが,ほどなく縊首にて既遂されてしまった.この方は,上記の認知症の自殺のリスク要因のAとCが当てはまり,また認知症でなくても精神病症状を伴ううつ状態が自殺のリスクが高いことは周知の事実であり,既遂されてしまったことは筆者の力量不足によるというほかない.
 認知症における自殺の実態はいまだ不明な点が多いが,レビー小体型認知症に関しては,横浜市立大学保健管理センターの小田原俊成先生が研究代表者を務められ,多施設共同観察研究(レビー小体型認知症患者の抑うつ症状および自損行動に関する調査研究)が開始される予定であり,当科も参加施設に加えていただいている.真摯に研究に取り組み,認知症の人の自殺の病態解明とその防止に寄与していきたい.

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