老年精神医学雑誌 Vol.32-6
論文名 神経心理学から老年期の幻覚・妄想を解明する
著者名 池田 学
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):599-602,2021
抄録 老年期の幻覚・妄想症(psychosis)については,そのなかに老年期に発症する統合失調症の存在を認めるかどうかも含めて,長年議論が続いてきた.2000年には,Howardらによる国際高齢発症統合失調症の研究グループが,60歳以上での発症者に対してvery-late-onset schizophrenia-like psychosis(VLOSLP)概念を提唱したが,その病態解明は進んでおらず,有効な治療法のエビデンスもきわめて乏しい.一方,長年にわたって注目され続けてきた老年期のpsychosisと認知症の関係は,個々の症状を改めて現在の症候学,最新の神経画像も駆使した神経心理学的アプローチで迫ってみると,新たな地平を開くことができるかもしれないという提案が,本特集を企画した意図である.
キーワード 遅発パラフレニー,very-late-onset schizophrenia-like psychosis,アルツハイマー病,レビー小体型認知症,神経心理学
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論文名 高齢発症の精神病の歴史と精神病理学総論からみたその疾病分類学的問題点
著者名 古茶大樹
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):603-610,2021
抄録 高齢発症の精神病の歴史を5つの時代に区分し,その背景について分析した.大きな変化は精神医学全体の動きと深く関係している.多くの概念が提唱されてきたが,そのたびに繰り返し問われてきた問題提起があった.それは,青年期の統合失調症・躁うつ病との関連はあるのか,認知症の初期症状ではないのか,独立した疾患ではないのか,というものである.これらの問いに対する答えは,疾患単位と類型の違い,類型が理念型であるという精神病理学総論についての理解が必要不可欠である.
キーワード 遅発パラフレニー,遅発性統合失調症,理念型,疾患単位,疾病分類
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論文名 物盗られ妄想
著者名 森田啓史,樫林哲雄,上村直人,數井裕光
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):611-618,2021
抄録 アルツハイマー型認知症(AD)の高齢者は,しばしば妄想などの精神病症状を呈する.この妄想は,精神病でみられる若年者の妄想とは異なった特徴があり,初期ADによる病理や認知機能低下が背景にあると考えられている.物盗られ妄想はADで最も多くみられる妄想であり,老化あるいは認知症に伴う機能低下,そのような障害を他者の責任にしようとする考えや行動などがその一因であると考えられている.このように,物盗られ妄想の原因を理解することは,認知症者への効果的な対応を考案するのに役立つ.本稿では,物盗られ妄想に関する最近の文献を概観し,その原因を解説し,治療法について紹介した.
キーワード delusion of theft,Alzheimer’s disease,behavioral and psychological symptoms of dementia
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論文名 誤認妄想/妄想性誤認
著者名 三嶋 亮,村井俊哉
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):619-624,2021
抄録 誤認妄想/妄想性誤認は,一方では統合失調症などの非器質性精神障害,他方では認知症を含む器質性精神障害でみられ,精神医学および神経学の双方で注目されてきた症候である.1980年代に妄想性誤認症候群という包括的概念が提唱され,さらに関心を集めるようになったが,そこに含まれる症状の誤認の形式が均質でないことは,神経生物学的基盤を探究するうえでも留意すべきである.
キーワード 誤認妄想,妄想性誤認,カプグラ症状,重複記憶錯誤
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論文名 認知症患者における嫉妬妄想の病態と治療
著者名 橋本 衛
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):625-632,2021
抄録 嫉妬妄想は,認知症では比較的頻度が高い妄想である.認知症患者では,認知機能低下や生活障害により配偶者との間に格差が生じ,配偶者への劣等感という心の痛みが引き起こされる.患者は,「配偶者が背徳的で非難されるべき立場にある」と確信することによって,自らの心の痛みを解消しようと試みる.認知症患者の嫉妬妄想の発現機序のひとつとして,このような心理的防衛機制が想定される.レビー小体型認知症(DLB)では,他の認知症疾患よりも嫉妬妄想の頻度が高いことが報告されているが,そこにはドパミン神経系の異常や幻視・誤認などのDLBに特徴的な精神症状が関与している可能性がある.嫉妬妄想の発現機序を理解し,発現にかかわる要因を取り除くことを主眼とした治療介入は,認知症患者の嫉妬妄想に有効である可能性がある.
キーワード 嫉妬妄想,認知症,ルサンチマン,劣等感,レビー小体型認知症
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論文名 妄想と記憶障害
著者名 船山道隆
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):633-640,2021
抄録 エピソード記憶障害と妄想の関係は,アルツハイマー病に出現する物盗られ妄想においては比較的密接に関連しているものの,エピソード記憶障害に伴う作話と比べるとその関連性は薄い.妄想の体系化は,エピソード記憶障害を含む認知機能・身体機能の低下や知覚の異常/低下といった心身の機能の低下をベースとして,性格要因や不安や復権的な意味合いが絡まるなかで誤った思考内容が反芻されて形成されていくものと考えられる.
キーワード 妄想,記憶障害,作話,知覚異常,不安
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論文名 老年期にみられる幻視・錯視
著者名 西尾慶之
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):641-648,2021
抄録 幻視や錯視は古くから器質性疾患・身体疾患を示唆する症候であると考えられてきた.なかでも神経変性疾患や眼疾患の罹患率の高い老年期において幻視・錯視が高い頻度で認められる.本稿では,老年期の幻視・錯視の原因疾患の大部分を占めると考えられるレビー小体型認知症とパーキンソン病を中心に取り上げる.加えて,アルツハイマー病をはじめとする他の神経変性疾患と幻視の関係,有名だが実体が明らかでない点の多いシャルル・ボネ症候群(眼疾患による視覚障害に伴う幻視)について議論する.
キーワード パレイドリア,実体意識性,通過幻覚,キネトプシア,求心性遮断
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論文名 老年期発症の幻覚・妄想と変性性認知症
著者名 鐘本英輝,池田 学
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):649-656,2021
抄録 老年期発症の幻覚・妄想は若年発症のものと質が異なり,その成因も社会的孤立などの心理社会的要因の影響を受けることが知られている.認知症を呈していない場合も背景に神経変性疾患の病理が存在することも多く,とくにレビー小体型認知症では,認知症を呈する前にうつ病や精神病性障害としか診断できない状態を呈するサブタイプの存在も提唱されており,診断や経過フォローに配慮を要する.また,社会的孤立状態で病識はなく,生活が自立している患者が多いため,受診につながりにくく,介入に工夫を要する.治療にあたっては,薬物治療以上に,地域レベルでのサポート体制を構築することが重要である.
キーワード 老年期精神病,最遅発性統合失調症様精神病,レビー小体型認知症,嗜銀顆粒性認知症,アルツハイマー型認知症
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論文名 前頭側頭型認知症における幻覚・妄想
著者名 品川俊一郎
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,32(6):657-664,2021
抄録 前頭側頭型認知症(FTD)は,大脳前方部に病変がある神経変性疾患群であり,脱抑制や意欲低下,共感性の欠如,常同行動,食行動の変化といった社会行動の変容が出現する.一方で,幻覚や妄想はほとんど出現しないと考えられてきた.しかし近年になり,欧米を中心として幻覚や妄想を有する例の報告が増えた.欧米ではとくにC9orf72遺伝子変異を伴う例で精神病症状を呈する場合があり,筆者らの最近のシステマティック・レビューでは全体の約10〜15%で出現するとの結果であった.本邦ではそれほどは多くはないが,幻覚や妄想を呈し,FTDの診断基準を満たす例は存在する.それらの例の場合はレビー小体病などの背景病理や合併病理の可能性を念頭におく必要がある.とくに高齢の場合は,他の病態でもFTDの診断基準を満たす例が多いと考えられ,注意が必要である.
キーワード 前頭側頭型認知症,幻覚,妄想,精神病症状,C9orf72遺伝子変異
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