老年精神医学雑誌 Vol.20-1
論文名 創造性と老年期精神神経疾患
著者名 松下正明
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,20(1):9-15,2009
抄録 創作活動領域を文学,絵画,音楽などのいわゆる芸術一般に限定して,創造性を以下のように定義する.創造性とは,それまでにない新しい,独自の観念,感情,情動,イメージ,ヴィジョンをもった作品を生み出し,その生み出されたものが同時代や後世の人たちの精神活動に強い影響力をもつための駆動力となる精神現象である.このような創造性について,Andreasenが指摘した行動特徴,性格や認知能力の特徴について言及した.また,創造性に関しての中心的テーマである「創造の病」について,Ellenbergerの論考(1964)を紹介したが,精神医学ではなく文学の世界でも,創作者自らが「創造の病」概念を提唱していた.とくにトーマス・マンはすでに1945年creative illnessという言葉を用い,日本では1990年代ではあるが,日野啓三が同様の考え方を披露していた.また,老年期精神神経疾患では気分障害が創造性と最も深い関係にあることを指摘した.気分障害を示した文学者は数多いが,そのなかで,初老期うつ病であったウィリアム・スタイロンを紹介した.
キーワード 創造性,老年期精神神経疾患,創造の病,うつ病,自殺
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論文名 ゴヤと創造性;戦禍・病い・奇想
著者名 江口重幸
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,20(1):16-24,2009
抄録 スペインを代表する画家であるフランシスコ・ゴヤ(1746〜1828)は,野心溢れる青年時代のカルトン作家時代を経て,念願の宮廷画家となった1792年46歳の年に大患を患い完全に聴力を失う.それはちょうどフランス革命時の国王処刑の年であった.自由思想の影響を受けたゴヤは,これを機に民衆的で社会風刺的な「奇想と創意」への傾斜を深めた.その後は戦乱と錯綜した政治権力の交代のなか引き裂かれながら後半生を送ることになる.一方で宮廷画家であり,スペインの王家や貴族,代表的な歴史事件を題材とした国民的な絵画を描きながら,他方で《マハ像》や,『戦争の惨禍』『ロス・ディスパラーテス』,さらには後に『黒い絵』と称される一群の異端的・幻想的な私的絵画を残した.とりわけその後半生には,2つの大患,なにが正義なのかも判然としない引き続く戦禍,そして最晩年のフランスへの亡命を経験する.こうした矛盾に満ちた足跡が,絶対王政の崩壊する時代を目撃し,その光と影のすべてを描き残したゴヤの,とりわけ後期の作品のもつ底知れぬ創造性と魅力の根源だったのではないか.
キーワード フランシスコ・ゴヤ,スペイン宮廷画家,フランス革命,創造性,『黒い絵』
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論文名 楽譜を書けなくなったラヴェル;頭の中には音楽が溢れているのに,楽譜を書こうとするとそれが消えていく
著者名 岩田 誠
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,20(1):25-29,2009
抄録 個人情報保護の法律規制により病歴を参照することはできないが,ラヴェルの友人や弟子などの書き残した資料により,彼は原発性進行性失語症に罹患していたと考えられる.このため,彼は書字障害とともに書譜障害を生じ,音楽能力は保たれていたものの作曲活動を断念せざるを得なかった.さらに,読譜障害と運動失行のため,ピアノ演奏も指揮活動も諦めた.現在得られる限りの資料によって,作曲家ラヴェルの病について考えてみたい.
キーワード musical note,slowly progressive aphasia,primary progressive aphasia,Pick disease,agraphia
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論文名 筆を折るヨーゼフ・ハイドン;わが力尽き果てぬ,われは老いわれは弱りぬ
著者名 小林聡幸
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,20(1):30-41,2009
抄録 古典派の作曲家ハイドンは77年の人生を全うしたが,71歳の年に遂に作曲できなくなり,「わが力尽き果てぬ,われは老いわれは弱りぬ」という名刺を作った.ハイドンは記憶障害と歩行障害を呈し,急速に衰えて亡くなったが,動脈硬化性の病態,とりわけ皮質下の多発性脳梗塞の可能性が高い.長期間,音楽好きの領主のもとで,一定水準の作品を生み出し続けなければならなかったハイドンは機知に富む音楽を生み出したが,それはP. Janetのいう心理的緊張を高度に保ち続けねばならない環境であった.晩年に至って器質的要因のもと心理的緊張の低下を喫し,筆を折ったものと推測される.
キーワード 多発性脳梗塞,皮質下脳症,心理的緊張,記銘力障害,音楽幻聴
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論文名 ニーチェにおける精神の内的な発展と外的な病について
著者名 堀 有伸,内海 健
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,20(1):42-50,2009
抄録 哲学者のニーチェ(1844〜1900)は進行麻痺に罹患していたと考えられており,最後の約10年は日常生活にも介護を要する状態であった.一方でニーチェの哲学や生き方は顕在発症以前から既存の枠組みを大きく超えたものであった.本論の前半では,それを生活史から規定されたプロテスタンティズムとのかかわりからの内的展開として,最大限の了解を行うことを目指した.後半では,ニーチェの行った「飛躍」への病の関与の可能性について考察した.
キーワード Nietzsche,progressive paralysis,creativity,Protestantism,solitude
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論文名 脳出血による創造性;作家上林暁の場合
著者名 山田和夫
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,20(1):51-54,2009
抄録 上林暁は昭和を代表する私小説作家である.明治35年高知県の四万十川のほとりの村に生まれ,東大英文科を卒業し作家となる.妻が精神病を発病し病妻物の作品で私小説の極北を極める.60歳のときに脳出血を起こし右半身不随となる.しかし脳出血による意識障害がかえって,夢うつつな認知障害を起こし,それを私小説作家魂でリアリティをもって書き綴っていった.脳出血を契機にさらに旺盛な作家活動にはいる.私小説の世界から解き離れ,ロマン文学,幻想文学などを生み出していく.左手の力に開眼し,左手で右脳を刺激し,句集,詩集,日記,随筆とまったく新たなジャンルの作品を生み出していった.脳出血の功名であった.
キーワード 上林暁,私小説,病妻物,脳出血,幻想文学
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論文名 日野啓三の幻視体験と創造性
著者名 松下正明
雑誌名
巻/号/頁/年
老年精神医学雑誌,20(1):55-61,2009
抄録 身体疾患が創作者の創造性を高めることは少なくない.その例として,「向う側」の,あるいは「都市幻想小説」の作家とされる日野啓三を取り上げた.啓三は,61歳時,腎臓がんに罹り,その術前,術後に意識変容と幻視を体験し,その凄まじい自らの意識を根底から揺るがすような体験をその後の創作で生き生きと描写することになった.その体験によって,啓三の小説はいっそうの深みを帯び,彼の死生観もまた変貌することになった.まさにその体験こそが啓三の創造性をはるかな高みに駆動させたのである.また,啓三が,そのような意識変容と幻視を体験するに至った状況として,若い時から抱いている幻想への親近感,「向う側」への意識など彼自身がもっている素質,体質が大きく関与していることを述べた.さらに,とくに彼の幻視体験はせん妄状態のそれに近く,そのような意味では,せん妄にみる幻視像の描写として,精神医学的にも寄与することが大きいことを指摘した.
キーワード 日野啓三,創造性,がん体験,幻視,意識変容体験
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