第18回日本老年精神医学会 演題抄録

 

シンポジウム;アルツハイマー病の早期診断】

臨床病理
  
池田研二 東京都精神医学総合研究所老年期精神疾患研究部門
 私に期待されていることは,mild cognitive impairment(MCI)がどのような病理像を示し,それが初期のアルツハイマー型痴呆(ATD)の病理像とどのような位置関係があるかということを指し示すことにあると思われる.今日,正常からATDに至る脳病変の進展について,最も信頼できる指標はブラークの神経原線維変化(NFT)のステージ分類(Braak,s staging for NFT : BS)注 である.これに関して,縦断的研究で最も充実したデータはNun studyの病理報告1)である.それによればBS 0,すなわち,NFTを伴わない場合は記憶障害が現れない.BS T,Uは通常,無症状と考えられているが,その42%が何らかの記憶障害を示す.そしてMCI相当(病的記憶障害を示し,軽度の認知機能障害を伴うレベル)の53%がBS T,Uに属する.BS V,Wは初期のATDに相当するとされているが,記憶障害を示すのはBS V,Wの68%であり,MCIの29%がBS V,Wに属する.BS X,Yは通常,進行したATDであると考えられているが,その7%に記憶障害を認めず,MCIの18%がBS X,Yであった.MCIは脳にNFTが出現しない場合には起こらないが,ATD病変の程度にはBS T,Uを中心に幅があることがわかる.ところで,ATD病理を構成するのはNFTだけではなく,とくに神経細胞脱落の程度と広がりは痴呆の発現に重要であるので,自験例で各BS段階のMCI相当例の病理像を提示し,ATDにおける病理学的位置を考察する.
 記憶障害はATDの主要な初期徴候であるが,実際には物忘れがなく,抑うつ,意欲低下,幻覚・妄想などの精神症状が初発症状であることもまれではない.これらの精神症状で始まり明らかな痴呆に至らなかった群(MCI相当と考えられる),精神症状で始まり痴呆に発展した群,記憶障害で始まった初期のATD群,の3群のアルツハイマー病変の比較をとおして,MCI概念と病理を補完する.なお,MCIはATD病理のみで起こるわけではない.本シンポジウムの趣旨からATDに焦点を絞るにしても,病的な記憶障害が長く続き,MCIを考えるうえで興味深い「神経原線維変化型老年痴呆」の臨床と病理特徴を紹介する.


注 Braak,s staging for NFT
BS 0:NFTはあっても数個程度
BS T,U (entorhinal stage):NFTは経嗅内野,嗅内野に限局,海馬に少数散在
BS V,W (limbic stage):NFTは嗅内領域に高度,海馬に中等度,扁桃体,視床,視床下部,マイネルト核に広がる
BS X,Y (neocortical stage):NFTは新皮質に広がり豊富に出現


[文献]
 1)Riley KP, et al.: Alzheimer,s neurofibrillary pathology and the spectrum of cognitive function ; Findings from the Nun Study. Ann Neurol, 51: 567-577(2002).

2003/06/18


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