第18回日本老年精神医学会 演題抄録 |
【シンポジウム;アルツハイマー病の早期診断】 |
神経心理 |
高山 豊 国立精神・神経センター武蔵病院 |
アルツハイマー病(アルツハイマー型痴呆)の早期診断において神経心理学の果たす役割を述べます.アルツハイマー病は,病因的にも病態的にも多様性,異種性を示す疾患群の総称ですが,初老期・老年期に発現し徐々に進行する痴呆症状と末期の失外套症候群はこの疾病に必須の中核症状です.この早期診断において神経心理学に期待される貢献は,痴呆症状のなかに表現される高次脳機能障害と大脳の機能障害部位との関係の記述です. 痴呆の診断基準は・記憶障害の存在と・記憶以外の少なくとも1つの認知機能障害の存在とを必須とします.一方ヒトの脳の老化を標準的な知能検査(WAIS-R)の成績の加齢変化で検討すると,認知機能は40歳以前からすでに低下が始まり直線的に進行し70歳過ぎると若年の約6割の成績に低下することがわかります.痴呆の早期診断に焦点をあてて,健常高齢者の示す認知機能低下の特徴と病的状態への移行について検討すると,老化により最も衰えるのは記憶機能,とりわけエピソード記憶であり,アルツハイマー病の初期にもまずこの機能が著しく障害されることがわかります.その理由は,この記憶システムが複雑な構造をもつので部分的な精神機能低下に対しても脆弱になっているためと,この記憶システムの要になる脳の海馬周辺の解剖学的・病理学的な事情のためだとされています.そしてアルツハイマー病の場合はこの障害が進行して社会的機能の著しい障害を引き起こします. アルツハイマー病の早期診断の重要な標的とも考えられるのは,痴呆の診断基準を満たす以前の寡症状の段階だが痴呆への移行頻度は一般高齢者に比べて著しく高いことが認められている,臨床的症候概念としてのMCI(Mild Cognitive Impairment) (あるいは AAMI,AACI)です.この段階にとどまっている場合,その障害像は各個人の低下した認知機能領域の組み合わせに対応したかたちでの多様性を示しますが,やはり多くの例でエピソード記憶障害が先行してきますし,健常者を含んだ高齢者群の前向的AD発症追跡研究のほとんどでエピソード記憶検査の成績が発症予測に最も重要であることが報告されています. 以上から,アルツハイマー病の早期診断(スクリーニング)に神経心理学的検査を活用するには,・エピソード記憶検査を中核にして,・痴呆の初期から低下する複雑な注意力や行動の遂行能力も補助検査にいれ,・同様に社会・生活適応能力の軽微な低下を評価する行動観察尺度にも留意して,神経心理検査バッテリーを構成するのが望ましいと考えられます.検査の構成要件をさらに考察すると,早期発見に必要な検査の性質は,低い痴呆有病率の集団においても高い疾患検出力 (感度と特異性) と診断の正診率(positive predictive value)を示すことです.この視点からは, WAIS-R とRCPMは感度・特異性が低く,MMSEとHDS-R は感度は高くとも特異性が低く,ADASはMCI より進行した痴呆の認知機能変化を反映し,CERAD はMMSEやHDS-R よりはこの目的に適いますが所要時間は40分と長いでしょう.MCI レベルの被験者だけを対象にして,施行時間が10分未満の有用性・信頼性の高い簡便な検査バッテリーも 7 Minute Screening のようなかたちでの構成が可能と考えられ,行動観察尺度を用いた CDRや Short-Memory Questionnaire を改良したスクリーニング検査も適切な質問項目の選定と柔軟な実施ができれば有用なものが開発可能でしょう.
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2003/06/18 |