第18回日本老年精神医学会 演題抄録

 

シンポジウム;アルツハイマー病の早期診断】

臨床の立場から
  
池尻義隆 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室
 アルツハイマー病(以下ADと略)の早期診断が近年重要視されている.ADでは根本的治療法は確立されていないものの,アセチルコリンエステラーゼ阻害剤などによる薬物治療をより早期から行えば,症状抑制がより効果的になるのではないかと期待されることと,早期診断を可能にする客観的診断技術が進歩してきているからである.本発表では,ADの早期診断を,明らかな痴呆症状を発現するまでの時期,すなわちいわゆる軽度認知機能障害(以下MCIと略)やCDR 0.5を含む状態において将来ADを発症するケースを同定することととらえ,臨床的な問題と対処を呈示する.
 さて,ADの早期臨床診断には困難がつきまとう.現在ADと臨床診断するにあたって決定的な客観的臨床検査はなく,NINCDS-ADRDA(probable AD)やDSM-W等の操作的診断基準が用いられる.これらの診断基準の中核は「記憶障害やその他の認知機能障害とそれによる社会的・職業的な能力障害」であるが,早期においてはその評価はむずかしい.認知機能は加齢に伴い低下することもあり,また認知機能障害の程度と能力障害の程度が必ずしも一致するとはかぎらないからである.
 最近の研究では,1.5年後のAD発症予測に有用であった認知機能障害は遅延再生記憶の障害と遂行機能の障害であること,3年後のAD発症者はそうでない者に比べ意欲低下などの症状をもつことが多いこと,MCIのうち2年以内のAD発症予測に有用であったのは手段的ADLについての介護者報告と患者報告の差の大きさであること等が報告されている.また,MCIよりもCDR 0.5のほうがADの早期と考えられることも指摘されている.さらに,脳形態・機能画像検査では,同程度の所見であっても臨床症状には個人差があることが知られ,認知予備能の問題が注目されている.
 これらの知見を踏まえると,日常臨床におけるAD早期診断においては,記憶障害や他の認知障害が他人から指摘されたものかどうか,また周囲に気づかれているか,記憶検査では遅延再生の成績低下があるかを重視し,さらに認知機能検査の結果だけではなく発症年齢や教育歴,生活歴なども十分考慮する必要があると考えられる.発表では,自験症例を呈示し臨床場面でのAD早期診断の要点を呈示したい.

2003/06/18


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