第18回日本老年精神医学会 演題抄録

 

【老年5学会教育講演】

抗痴呆薬――最近の動向――
  
平井俊策 群馬大学名誉教授
 抗痴呆薬とは偽薬との二重盲検比較試験において痴呆の中核症状を有意に改善するかその進行を有意に抑制ないし停止させる薬を指すが,現在承認されている薬は,アルツハイマー病(以下AD)の認知機能障害を一時的に改善させる薬であり,わが国で市販されているのはアセチルコリン(ACh)エステラーゼ阻害薬(AChEI)のドネペジル(アリセプト)のみである.これは1970年代に提唱されたADの成因に関するACh仮説に基づいて開発された薬で,日本で開発されたものであるが世界的に広く使われている.このほかにもこの種のいくつかの薬が治験を終了しているが,まだ日本では承認されていない.そのひとつのガランタミンは,ニコチン性ACh受容体にも作用するという点で他のAChEIとは別の作用順序も有していることが注目されている.ACh系賦活薬としてはそのほかにコリン供与体,アセチル基供与体,ACh受容体賦活薬なども試みられたがAChEIほどの効果を示したものはまだみられない.
 ACh系賦活薬以外には,神経ペプチドないし誘導体,神経成長因子様作用薬,抗炎症薬,抗酸化薬,女性ホルモン,キレート薬など多くの薬が試みられ,またAbワクチンも試みられた.このうち抗炎症薬と女性ホルモンは痴呆の進行抑制型の抗痴呆薬として期待されているが,その効果の証明はまだ不十分である.最近ではNMDA受容体拮抗薬のメマンチンが期待されている.
 これらの薬はADに特異的というよりも,むしろ一般的な抗痴呆薬と考えられるのに対し,ADの成因に関するAbアミロイドカスケード仮説に基づいたAD特異的な抗痴呆薬の開発も最近試みられている.すなわちAPPのプロセッシングの過程でAb内でこれを切断する酵素がaセクレターゼ,N末端側でAbを切断するのがbセクレターゼ,C末端側でこれを切断するのがgセクレターゼと名づけられてきたが,それらの本態は不明であった.
 ところがそれらの本態が近年明らかにされ,aセクレターゼの本態はネプリライシンという酵素,bセクレターゼはBACE(b-site APP cleaving enzyme)そしてgセクレターゼは,プレセニリン1を含む高分子量複合体であることが明らかになった.aセクレターゼ作用を亢進させたり,bないしgセクレターゼ作用を抑制させることができる薬が,Abの生成を抑制できる可能性があることからこれらの酵素の作用に影響する薬が検討されているが,まだin vitroでは有効でも臨床的に使いうる薬は得られていない.
 またAb生成の場がlipid raftであり,Abの代謝とコレステロール代謝との間に密接な関連があることが明らかになったことから,スタチン系の薬をAb生成の抑制,つまりADに対する抗痴呆薬として応用できないかとの研究も行われている.
 これら最近の話題を含めて抗痴呆薬開発の現況につき述べる.

2003/06/18


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