第18回日本老年精神医学会 演題抄録 |
【特別講演】 |
アルツハイマー型痴呆の薬物療法とQOLの改善 |
田平 武 国立療養所中部病院長寿医療研究センター |
アルツハイマー病(AD)の脳にはbアミロイド沈着による老人斑の形成,タウ蛋白の過剰リン酸化による神経原線維変化の形成,シナプスおよび神経細胞の変性・脱落がみられ,なかでもbアミロイドは病態機序の中心的役割を果たすと考えられている.bアミロイドはb蛋白(Ab)が凝集してbシート構造をとったものであり,Abはアミロイド前駆体蛋白から,bセクレターゼとgセクレターゼにより切り出される.Abは40個のアミノ酸からなるAb40が主体をなすが,42個のアミノ酸からなるAb42も含まれる.Ab40は水可溶性が高く,凝集しにくいがAb42は水可溶性が低く凝集しやすいので,Ab42の産生亢進はADの促進因子となる.家族性アルツハイマー病(FAD)の原因遺伝子として見いだされたAPP,プレセニリン1,プレセニリン2の変異は,いずれもAbの産生,とくにAb42の産生促進に絡み,またAPP遺伝子を強発現するマウスでは老人斑の形成がみられ,シナプスの変性,学習障害を示すところから,アミロイド仮説が支持されている.症例の大部分を占める孤発性ADの発症機序はいまだ十分わかっていないが,おそらくbアミロイド形成にかかわる因子が深くかかわっていると推定されている.その背景には遺伝的要因,環境要因と加齢に伴う何らかの要因が関与していると考えられる. 遺伝的危険因子としては多くの候補遺伝子があげられたが,いまだに確かであるのはアポリポ蛋白E(ApoE)のe4アリルのみである.ApoE e4をもつと何故ADの危険度が高くなるかについては諸説あるが,やはり老人斑形成を促進する方向で作用していると考えられる.またApoE e4は血管病変の危険因子でもあり,脳の虚血性変化はADの危険因子となっている. 環境因子として食習慣の影響は大きいと思われる.一日の総摂取カロリーが高いほどADの頻度は高く,そのカロリー摂取が脂肪によるものとよく相関した.高脂肪,高コレステロールはADの危険因子とされ,AD患者が肉食を好むのは脂肪摂取量の増加と関連づけられよう.高カロリーは酸化ストレスにより老化を促進し,カロリー制限は寿命を延長することが小動物やサルで示されている.また,AD患者では魚摂取の不足,黄緑色野菜の不足,ビタミンB6,B12,葉酸の不足が指摘されている.逆にこれらを多く含む食品や抗酸化作用をもつビタミンEその他を豊富に含む食品はADの抑制因子となることが考えられる. 最近コレステロールとADの関係が疫学調査や実験的研究から明らかになり注目されている.コレステロールはAbの産生工場といわれるlipid raftに多く存在し,とくに脂質二重膜の外側の膜のコレステロール増加がAb産生増強に関与することが示されている.これは加齢における変化と同じとされ,したがって脂質二重膜のコレステロール分布の変化をいかに是正するかが今後の課題となろう. 非ステロイド系消炎剤(nonsteroidal anti-inflammatory drugs,NSAIDs)の抗アルツハイマー作用についても,疫学研究と実験的研究によりよく証明されている.ロッテルダムの研究ではNSAIDsの種類と服用量との相関が見事に示されている.また,インドメタシンは副作用のためADの治療薬とはなりえなかったが,二重盲検法によりADの進行を有意に抑制することが示された.イブプロフェン,スリンダックはgセクレターゼの抑制,とくにAb42産生の特異的抑制作用があることがわかり,その作用機序が注目されている.最近,その目で各種の薬剤のAb産生に及ぼす影響が検討され,なかにはAb42の産生を2倍も高めるものがあることがわかった.プレセニリン変異があるとAb42は30〜50%増加し,40代でADを発症する.長期服用薬はその目で検討が必要と思われる. 最近,ADの免疫機序も注目されている.頭部外傷はADの危険因子とされるが,外傷によるApoEの発現増強,サイトカインの発現増強が関与していると考えられている.サイトカインの多くはAPPの発現増強,ひいてはAb産生の増強を引き起こす.一方,インスリン様成長因子1(IGF-1)はAbのキャリアー蛋白であるtransthyretinの脳内移行を促進し,結果的に脳からAbを引き抜く作用があることがわかった.沈着したbアミロイドに対する原始免疫応答は炎症性サイトカインの産生,NOの産生を介して神経突起の変性を引き起こすと考えられている.bアミロイドに対する抗体はFc受容体を介してミクログリアによる貪食を促進する.しかしAD患者ではbアミロイドに対するB細胞免疫応答は制御されている.bアミロイドに対する抗体を高める方法はADの抑制因子となりえ,ワクチン療法として開発が進められている.しかし,T細胞免疫応答は自己免疫性髄膜脳炎を起こすので,注意が必要である.このほか,ストレスは危険因子として,高学歴,積極的生活スタイル,運動習慣などは抑制因子とされており,そのメカニズムも少しずつ解明されている. ADの症状を改善し,進行を遅らせる方法はAD患者のQOLを高めることになる.薬物としてはアセチルコチン受容体抑制剤が利用可能となり,AD患者および介護者のQOLは有意に改善された.上で述べた危険因子の除去,抑制因子の促進は患者のQOLを高めることになる.ADの根本的な予防・治療法が開発され,応用される日はそれほど遠くないと思われるが,それまでの間できるだけ進行を抑えるための手立てを真剣に考えるべきであろう. |
2003/06/18 |