第18回日本老年精神医学会 演題抄録

 

U 1−56

高齢者における医学的に説明のつかない身体症状(身体表現性障害)の治療;後方視的研究
  

三井記念病院神経科 中嶋義文 井上雅之
 東京大学大学院総合文化研究科認知行動科学
               下山真希
 医学的に説明のつかない身体症状(Medically Unexplained Physical Symptoms:以下MUPS)を愁訴として受診行動をとる成人は,身体表現性障害(F45:ICD-10)と診断される.高齢者のプライマリーケアへの受診行動の多くが,MUPSを主訴とする.MUPSは治療中断率の高さ,医師との信頼関係構築のむずかしさ(疾病行動,Dr. Shopping),身体症状へのこだわり,疾病の長期化,医療経済的問題などが臨床的に問題とされる.治療の最適化を目的として,高齢者における身体表現性障害の治療の実際を治療コンプライアンス,治療反応性,薬物療法,心理療法について後方視的に分析した.


【対象と方法】三井記念病院神経科を1996年6月から2002年5月までの6年間に受診した身体表現性障害(F45:ICD-10)患者に対し,外来診療記録から治療コンプライアンス,治療反応性,薬物療法に関するデモグラフィックデータを独立した評価者(MS)が後方視的に解析した.心理療法は,担当医(YN&MI)が記述的に解析した.


【結果】6年間の全新患3,567名中身体表現性障害と診断された患者は311名(9%)でそのうち1/3が65歳以上であった.高齢者においては,GHQ-30でみた初診時の社会的不全が強く,より抑うつが強かった.治療コンプライアンスは初回脱落が20%,初診後2か月までに半数が脱落,平均8.2か月(中央値1.7か月)であった.治療反応性をCGIおよびGHQでみると,全体として治療期間中の改善が認められたが,1か月後よりも3か月後の時点のほうが有意に改善し,その後は3か月の時点に比較して有意に改善しなかった.高齢者,男性,初診時の不安の高い患者で治療反応性がよい傾向が認められた.薬物療法としては抗うつ薬が中心であった.心理療法としては,1)主観的身体的感覚の増幅と周囲の否定,2)健康に対する誤った信念(症状がまったくないことが健康だという誤解),3)身体的感覚の増幅が不安・身体化と身体感覚へのこだわりを強化する自動思考に焦点をあて,それぞれ1)身体的感覚へ理解を示し,病態生理を説明すること,2)完治(症状のないこと)をめざすような過度の治療への期待をあらかじめ否定しておくこと,3)自動思考を指摘しコントロール感の回復をめざすことが試みられていた.


【考察】MUPSに対しては,メタアナリシスで抗うつ薬の効果が示されており,レビューでは認知行動療法は行動療法やプラセボに優る.今回の後方視的分析においては,抗うつ薬,SSRIの有効性は示されなかったが,この結果が解析デザインによるものかどうかは別の前方視的研究が必要である.治療戦略が受け入れられると治療コンプライアンスがよく,治療反応性がよい臨床上の印象は,今回の結果により裏づられた.臨床上の印象として,高齢者においては,若年者と比して治療戦略への同意をより得やすく,1)身体的感覚の増幅度がより小さく,3)自動思考がより弱いということが,高齢者の治療反応性のよい理由としてあげられるが,2)健康に対する誤った信念が強固である患者では治療反応性は悪いものの治療コンプライアンスはよいという場合もある.高齢者におけるMUPS/身体表現性障害に対する積極的な診断・治療の最適化のためには,前方視的研究のより洗練された計画デザインが必要である.

2003/06/18


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