第18回日本老年精神医学会 演題抄録

 

U 1−50

Charles Bonnet syndromeに対する抗痴呆薬の効果
  

 国立下総療養所臨床研究部
堀 宏治 織田辰郎 藤原 博
 国立下総療養所精神科
冨永 格 金 廣一 寺元 弘
 国立療養所犀潟病院精神科 千貫 悟
 国立療養所犀潟病院臨床研究部  池田正行
 名古屋大学大学院医学研究科精神生物学分野 稲田俊也
 アインシャムス大学老年精神科  アシュアアブデル・モネイム
 慶應義塾大学医学部精神神経科 鹿島晴雄
 Charles Bonnet syndrome(CBS)は病識を有する幻視症状を示す症候群で,痴呆や精神疾患を伴わず,幻視以外の精神症状を認めないなどの特徴を有する.しかし,一方で,CBSは痴呆の前駆症状であるとする報告もある.今回,演者らはCBSの2症例に対して抗痴呆薬ドネペジルを投与し,1例は幻視症状が消失したが,もう1例はせん妄,幻視症状が増悪した.症例の報告を行うとともに,CBSと痴呆との関係についても考察した.


【症例1】89歳,女性.長女の家族(長女および孫夫婦)と同居.3年前に白内障により視力が低下した.半年ほどまえからとくに夜間を中心に亡くなった夫や長男の姿が見えると言うようになった.夫がひ孫を抱いて本人に見せるとも言う.これらに対しては病識が認められ「夫や長男のことが恋しいのでこのような幻覚を見るのだろう」「早く孫を欲しいと思っているから夫がひ孫を見せてくれるのだと思う」と話している.日常生活は自立しており,HDSRは17点であり,MMSEは18点であった.ドネペジル投与1か月ほどで幻視は減少したと述べるようになった.


【症例2】71歳,女性.3年前に白内障により視力が低下した.約10か月前から記銘力低下,不眠などの症状が出現したが,日常生活は自立していた.同時期より(別居中の)長女の姿が見えるようになったという.本人はこのことに対して病識を有し,「幻なので話しかけていいのか悪いのか」と長男に聞くようになった.このため,惚けたのではないかと心配し,自ら精神科を受診した.ドネペジル投与10日後,幻視が増悪し,興奮錯乱状態となった.この状態はドネペジル投与中止後軽快したが,幻視はその後も存在しているという.


 コリンエステラーゼ阻害薬であるドネペジルはコリン活性の上昇によりアセチルコリンとドパミンの均衡不全を解消させ,幻覚・妄想などの精神症状を軽快し,とくにDLBD(レビー小体型痴呆)の幻視症状には著効するとされている.これらの事実と症例1より,CBSの症状を示す段階からアセチルコリンとドパミンの均衡不全が存在し,CBSはAD(アルツハイマー型痴呆)やDLBDと同様の基盤を有するものと推察した.一方,ADまでには至らないMCI(mild cognitive impairment)の段階ではむしろコリンの過活性が存在するといわれている.症例2ではドネペジル投与後コリンの活性がさらに上昇し,このためせん妄を呈したものと推測した.以上より,CBSではアセチルコリンとドパミンの均衡不全とともにコリンの過活性が存在する状態と考え,ADやDLBDの前段階にあるものと考察した.

2003/06/18


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