【目的】アルツハイマー型痴呆(AD)に対する塩酸ドネペジル(以下ドネペジル)の反応には個人差がみられるが,その内容についてこれまで十分な検討が行われていない.本研究ではドネペジルに対する反応性と投与前の神経心理学的プロフィールを比較し,投与によって改善した認知機能についても検討した.
【方法】対象は滋賀医科大学精神科神経科および瀬田川病院に通院または入院中で,DSM-Wの診断基準を満たすAD患者28名(男性12名,女性16名).研究開始前に,患者および保護者に対し研究の趣旨について書面を用いて説明し,同意を得た.患者にドネペジル5
mg/日を継続的に投与し,投与前と投与後おおむね8週間ごとに改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を実施した.投与1年以内にHDS-R得点が4点以上上昇した者を改善(6名),変化が±3点以内であった者を不変(13名),4点以上低下した者を悪化(9名)とした.
【結果】投与前のHDS-R平均得点±標準偏差は改善群:10.00±4.05,不変群:19.23±7.17,悪化群:18.33±8.15であった.3群間の平均値には有意差が認められた(一元配置分散分析,F=3.81,p<.05).post
hoc解析では,改善群が不変群より得点が低いことが示された(p<.01).HDS-Rの下位項目得点を比較したところ,見当識課題の「月」項目(改善群:0.17±0.41,不変群:0.77±0.44,悪化群:0.44±0.53),「引き算」項目(改善群:0.67±0.82,不変群:1.54±0.66,悪化群:1.11±0.60),「逆唱」項目(改善群:0.17±0.41,不変群:1.23±0.83,悪化群:1.22±0.83)で群間の平均得点に有意差を認めた(一元配置分散分析「月」:F=3.73,p<.05,「引き算」:F=3.56,p<.05,「逆唱」:F=4.51,p<.05).post
hoc解析では,「月」「引き算」課題で改善群は不変群より得点が低く,「逆唱」課題では改善群は不変群と悪化群より得点が低いことが示された(いずれもp<.05).
改善群に関し,投与前と投与後の得点を比較したところ,「日」課題(投与前:0±0,投与後:0.67±0.47)と「語想起」(投与前:0.67±0.75,投与後:3.00±2.24)課題で投与後有意な改善を認めた(対応のあるt検定,p<.05).
【考察】改善群のほうが投与前の認知機能が低かったことから,ドネペジルがより進行した痴呆に対して効果を示す可能性が示唆された.下位項目でも,ドネペジルに反応した群は反応しなかった群に比べ,側頭葉・頭頂葉・前頭葉機能のいずれも低下していると考えられ,より進行した痴呆への効果を裏づける結果であった.しかし,認知機能障害が比較的軽度な症例の改善を,HDS-Rでは検出できない可能性も考えられた.一方,治療後に改善した下位項目は,治療前に非反応群より低下していた項目とは一致していなかった.したがってドネペジルは,すでに重度化した認知機能障害を回復させるのではなく,相対的に軽度の認知機能障害を回復させることが示唆された.
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