【目的】高齢化社会が進むにつれ,脳の老化への関心も高まっている.今回,脳の老化の機能的変化がERPのP300の変化としても強く現れることに注目し,このP300に関して健常高齢者の老化と病的老化とを比較するとともに,健常高齢者におけるP300と暦年齢(加齢)および精神測定の成績との関連も検討した.
【対象と方法】対象は55〜92歳の健常高齢者28例(平均72.1歳)および課題遂行可能な軽症の老年期痴呆対照6例(平均72.5歳)である.全例に赤と青の4種類のStroop型を含む視覚刺激を用いて,その弁別の際に出現するERPのP300成分をFz,Cz,Pzの各部位から導出し測定した.老化に関する精神測定の評価には,WAIS-R,WMS-R,HDS-Rを用いた.
【結果】(1)老年期痴呆対照群と比較して,健常高齢者群では有意にP300潜時が短く,P300振幅が大きく,誤反応率は低かった.(2)健常高齢者群において,1)P300潜時と年齢との間に有意な正の相関が認められ,年代別5群間(50歳代後半,60歳代,70歳代,80歳代,90歳代)でも高齢群ほどP300潜時は有意に長く,60歳代と70歳代の間で有意な傾向を,70歳代と80歳代の間および80歳代と90歳代の間で有意差を認めた.また,高齢群ほどomission errorが多い傾向にあった.2)Stroop刺激時のP300振幅はWAIS-Rの成績と有意な正の相関を示した.3)導出部位間のP300優位性と年齢および各精神測定の成績との間には有意な相関はなかったが,CzまたはPz優位群よりFz優位群のほうが年齢が高く,精神測定のいずれの成績も低かった.
【考察】健常高齢者では,P300潜時が加齢の程度をより強く反映しており,ERPからみた脳の老化への影響は60歳代から始まり,70歳代で明らかになると考えられた.誤反応率ではomission errorが最も脳の老化と関連が強かった.また,Stroop刺激時のP300振幅は加齢よりも知的機能の程度をより強く反映していた.さらに,P300優位性がPzからFzに移行しているほど脳の老化も進行している可能性が強いと思われた.
【結論】視覚性ERPのP300(とくにP300潜時)を測定することで,病的老化(痴呆)から生理的老化(正常老化)を判別できること,および健常高齢者の暦年齢に対する脳の老化の程度(脳年齢)を評価できる可能性があることが示唆された.
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