第16回日本老年精神医学会 演題抄録

 

【II A-13】

社会対応

医療機関につながりにくい初老期・老年期の
妄想性障害について
      
 

東京都立中部総合精神保健福祉センター高齢者精神医療相談班・
東京都精神医学総合研究所神経病理研究部門
西村徹
東京都精神医学総合研究所神経病理研究部門
池田研二 新井哲明
  

 東京都の3か所の精神保健福祉センターに設置されている高齢者精神医療相談班(老人班と略す)は地域の保健所などの保健婦と同行して高齢者の家庭訪問をしている.おもな訪問対象は痴呆症であるが,痴呆症状が目立たない一般精神科の事例を訪問することも少なくない.興味深い2例を呈示する.

【症例1】56歳,男性,理容師.約20年前に妻と離婚,一人娘は独立.本人はアパートで単身生活.X年ころより家賃を滞納.「神様から与えられた部屋であり大家など存在しない」と主張.X+9年8月,大家を相手に訴訟を起こすが,敗訴して強制退去させられた.同年11月,アパートに無断で戻り,以後も住み続けている.保健婦からの依頼で,老人班がX+10年12月に訪問した.すべての出来事を「出雲の神様」と関係づけており,妄想は体系化されていた.話は理路整然としており,最新のニュースも把握していた.生活能力は高い.妄想のみで幻覚,痴呆なし.人格の崩れもない.初老期のパラノイアと診断した.保健相談所で娘に病状を説明した.親戚が家賃を肩代わりすることで家賃滞納と住居不法占拠は解決したが,妄想はまったく不変である.

【症例2】66歳,女性,無職.未婚,単身.10代で実父母と死別した.叔父一家と同居し,高校卒業まで叔父夫婦に育てられた.成人後,家の名義が実父であることから叔父を訴えた.裁判所で和解勧告となる.叔父が多額の和解金を渡すことで和解.33歳で家をでて,以後一人暮らし.その後,叔父を相手に裁判を数回繰り返すが,いずれも敗訴.50歳で失職し生活保護受給.X年に叔父が死去,叔母と従兄弟のみとなる.X+2年11月,アパートを引き払い,叔母の家の庭に家財道具一式を持ち込み,庭で寝泊まりし始めた.保健婦からの依頼で,老人班がX+3年2月に訪問.本人は話好きで陽気に世間話をする.陰性症状は皆無.しかし,家の話に関しては叔母らがでていくべきと確信しており,その話題では興奮する.昼間は近所の区民センターで昼食を食べ入浴もしており,生活能力はある.老年期パラフレニーと診断した.保健福祉センターで関係者と処遇を検討したが,結論はでなかった.

【結語】2例ともDSM-IVでは妄想性障害であるが,従来の診断基準ではパラノイア・パラフレニーである.初老期・老年期の妄想症は,少なからず家庭裁判所などで取り扱われていることが再確認された.こうした事例を強制的に精神科の医療機関に入院させることは,人権上問題があると考えられた.

2001/06/15


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