第16回日本老年精神医学会 演題抄録

 

【I A-16】

症状学

塩酸ドネペジルの投与によってPisa症候群を呈した1症例     

島根医科大学精神医学講座
宮岡剛 妹尾晴夫 山森周子 稲垣卓司 糸賀基 坪内健 助川鶴平 堀口淳
  

【はじめに】Pisa症候群とは,抗精神病薬によって引き起こされる錐体外路系副作用のひとつで,1972年にEkbomらによってはじめて報告された.患者の体幹が一側に強直的,持続的に屈曲し,あたかもピサ(Pisa)の斜塔を連想させるのが命名の由来であるが,その発症の成因についてはいまだ不明な点が多い.今回われわれは,アルツハイマー型痴呆(DAT)治療薬である塩酸ドネペジルの投与によって引き起こされたPisa症候群を経験したので,文献的考察を加えて報告する.


【症例】
57歳,男性
【主訴】
もの忘れ,意欲低下
【家族歴,既往歴】
特記すべきことなし


【現病歴】
平成10年(56歳時)ころより,意欲低下が出現,もの忘れやつじつまの合わない言動も目立ってきた.平成11年(57歳時),島根医大精神科初診.初診時は穏やかな表情であったが,深刻さを欠いていた.神経学的診察で異常なく,HDS-Rは12点,MMSEは15点であった.頭部MRIでは中等度のびまん性萎縮を認め,これらの所見よりDATと診断し,塩酸ドネペジル5mgの投与を開始した.投与開始後4週目より,体幹がやや右側に傾斜するようになった.症状はさらに増強し姿勢は後傾し回旋性を伴って右側へ傾き,歩行時に増悪した.Pisa症候群と診断し,原因薬物と思われる塩酸ドネペジルの投与を中止したところ,中止後7日目にこれらの症状は消失した.


【考察】
今回の症例では塩酸ドネペジル投与後に症状が出現し,中止後に消失している.このため同薬とPisa症候群出現に因果関係があると考えられた.同薬単独投与によるPisa症候群の出現はいまだ報告されておらず,今後注意すべき副作用と考えられた.また,Pisa症候群の発現機序を考えるうえでも興味深い症例と思われた.

2001/06/13


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