第16回日本老年精神医学会 演題抄録

 

【I A-13】

症状学

び漫性軸索損傷による痴呆症例の5年経過
  
 

北海道立向陽ヶ丘病院
中村一朗 菅原康文 中山美帆 細川嘉之 臼窪幸恵 佐々木信一 高橋三郎
  

【はじめに】脳外科領域において,局所性損傷に対置される病態としてび漫性損傷があり,その基本的な病変が軸索のび漫性の損傷であるとの共通認識が存在する.び漫性軸索損傷(diffuse axonal injury,DAI)は,受傷の瞬間の衝撃で意識を喪失し,CTやMRI上で血腫や脳挫傷など頭蓋内で脳を圧迫する局在病巣がないのに意識障害が遷延して死亡したり,予後重篤な障害を残す病態である.交通事故に伴う脳損傷後にDAIと診断され,当科で5年間にわたり治療を継続している初老期男性例の臨床経過を報告する.


【症例】現在52歳の男性.46歳時,アメリカ出張中に交通事故のため,救急病院に搬送され左肋骨骨折,血気胸などの初期治療を受けた.脳を圧迫する局在病巣は認められなかったが,意識障害を呈したままであった.受傷後25日に地元の総合病院ICUに搬送入院後,受傷後46日まで意識障害が続き全身管理が行われた.頭部MRI(受傷後85日)で,脳梁体・脳梁膨大・脳室周囲白質に小病変の散在が認められ,び漫性軸索損傷と診断された.
 受傷後123日(47歳時),当院に転院.主治医を職場上司と誤認し,自室に戻れず,徘徊が顕著で,「上司が次々と命令してくる」と陳述,「いいかげんにしろ」「ふざけるな」などと独語しイライラした様子が続いた.口元をすぼめるしぐさ,情動失禁,保続を認め,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)で9点.その後も,看護スタッフの体に触れたり,自分の性器に触らせようとするなど抑制を欠いた行動が持続し,介助を拒否し暴力行動も顕著で抗精神病薬を使用した.睡眠覚醒リズムの確立,幻覚妄想に効果を得たが,情動不安定,刺激性,焦燥は同様であった.受傷3年後のMRIで両側前頭葉の萎縮と左側脳室前角近傍の小病変を,99mTc-ECD脳血流シンチグラムで両側前・側頭葉の血流低下・RI集積の低下を認めた.Bender Gestalt Testでは保続を認めたが,頻度は以前より軽減した.
 現在まで盗害妄想などの被害的言動を時に認めるが,donepezil導入後に抗精神病薬の減量が可能となり,情動・刺激性の安定化に効果的であった.5年間でHDS-R,MMSで改善を認めなかったが,ADAS-J cog.では認知行動面で,手指および物品呼称・構成行為・単語再認の3項目で,非認知行動面では,涙もろさ・検査に対する協力度・妄想・幻覚・徘徊・多動の各項目において入院時に比較し,軽度の改善を認めた.


【考察】症例は,DSM-IVで〈頭部外傷による痴呆〉に,Gennarelliらの臨床分類ではび漫性軸索損傷の〈重度〉に該当する.5年間の経過では,ADAS-J cog.で軽度の改善傾向を認めた.治療では,donepezil導入後に抗精神病薬の減量が可能となり,同薬剤がDAIの後遺症としての情動・刺激性の安定化に効果があることが示唆された.

2001/06/13


 演題一覧へ戻る