第15回日本老年精神医学会 演題抄録

 

【UA-16】
心理療法
SDAT患者との個人音楽療法の治療過程と効果
−サイコソーシャルなアプローチの視点から−
   

金沢医科大学神経精神医学教室  北本福美,岩崎真三,地引逸亀

【はじめに】痴呆が進行すると,言語的な交流を含め人としての尊厳を保って治療過程を患者とともに歩むことが困難になる.今回,サイコソーシャルなアプローチの一貫として音楽を媒介とした心理療法を試みたところ,臨床像の変化が得られたので報告する.
【対象】N氏,79歳,男性,SDAT
 70歳で職を辞した年の秋より徐々に不適応行動が増加.75歳で老人保健施設に入所.妻は週末の外泊・介助で14kgやせる.76歳,当科初診・HDS-R=6.77歳,当科入院時には,自力歩行も言語的交流も可能であったが,1年10か月後には臥床状態となり言語的交流がほとんどみられなくなり,家人とプライマリーナースの要望で音楽療法に紹介された.
【方法】1/週,15〜30分の個人音楽療法を家人と医療スタッフがチームアプローチの形態でトライアル3セッション,治療8セッションで実施した.治療目標は,(1)残存機能の賦活,(2)生きがいの提供,(3)家族との有意義な時間の提供とした.評価方法は,(1)参加観察,(2)ビデオ記録による間接的観察,(3)参加スタッフの内省による内部観察を用いた.
【結果】合計11セッションをとおして,覚醒水準が上昇しセッション時間が延長していった.身体的な柔軟性の改善も示され,体位変換時の苦痛の表現が患者に反応の大きかった音楽を背景音楽に用いることで解消した.ばちを持続的に持つといった合目的的な行為の改善も観察された.さらに,患者の青春時代の思い出の曲に涙を流す,腕を振るなど佳き時代の回想が促進され,エリクソンの最終課題「人生の統合」にふれることができた.また,残存する言語機能が賦活し,返事が簡単な単語で返ることや歌詞の一節が繰り返された.このような変化から「反応がみられるようになったので見舞いが楽しみ」と家族ケアにも援助効果があった.
【考察】チームアプローチによってメンテナンスの継続性をはかり,個人の思い出の音楽を活用することで重度の痴呆患者とも交流が可能であると考えられた.

2000/07/06


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