われわれは老人保健施設(現介護老人保健施設,以下,老健と記す)のデイケアを利用しながら痴呆老人を介護する家族を対象に,心理教育的家族療法が言葉による虐待を抑制する効果について検討を加えた.
平成11年8月から12年1月までの6か月間に近畿と中京2府3県5つの老健デイケアを週3日利用している血管性痴呆患者(平均年齢79歳,改訂長谷川式簡易知能評価スケールで10点以下8点以上に相当する者)を対象にした.
あらかじめ5回の心理教育プログラムを2週間に1度受けつつ「家族の集い」に参加する家族をA群とし,「家族の集い」のみ参加する家族をB群とすることを伝えた.本研究の主旨を伝え,両群の選別をコインの表裏によって行うこと,B群は心理教育がなくA群より不利になること,両群の選別ののち,参加不参加は自由に選べることを伝えた.最終的に両群各5家族が参加することになった.
A群5家族への心理教育プログラムは以下の順に行った.(1)血管性痴呆の病理,(2)症状,(3)治療,(4)家族の心と家庭内虐待,(5)家族ができる援助,である.5回の心理教育が終了したあとはフォローアップセッションを3回行った.B群は6か月継続的に家族の集いに参加した.
両群ともに,病者に対して「死ねばいい」との発言がある場合には言葉による虐待とカウントし,自ら報告することとした.
A群2件,B群9件の言葉による虐待が報告された.そのうちA群ではせん妄によって昼夜逆転が起こりデイケアから帰宅したあと暴力行為がでたため家族が耐えきれず,病者に面と向かって「死ね」と怒鳴っていた.B群は家族が愛情をもって介護しているにもかかわらず,不可解な症状についての情報がないため,病者の言動が悪意によるものと誤解していた場合が多く,虐待的な発言につながっていた.A群はB群と比べあと一歩のところで暴言を抑さえることができた.反面,B群の虐待的発言が比較的軽度かつ無意識的なものであるのに対し,A群の場合,虐待にまで至った場合には意識的で激烈な発言になる傾向があった.
痴呆の介護ではまったく予期していなかった病者の精神症状に介護者が驚き傷ついた結果,気がつくと虐待的な発言が飛び出していることがある.「虐待はけっしてあってはならない」との見地から加害者となった家族を責めても,次の虐待防止にはつながらない.血管性痴呆の場合には,病者の感情易変性やまだら痴呆のために介護家族が振り回されたあげく,意に反して言葉による虐待におよぶことが多い.
今回の結果から痴呆の支援では介護家族の不安や孤立感の払拭が最重要課題であると判明した.家族へ疾患に対する正確かつ適量の情報を提供することは介護の不安を軽減し,家庭での言葉による虐待を防止するのにきわめて有用であると考えられる. |