第15回日本老年精神医学会 演題抄録

 

【TA-9】
症状学

薬剤惹起性にCapgras症候群を呈した老年期の2症例
  

北海道立向陽ヶ丘病院  中村一朗,菅原康文,中山美帆,細川嘉之
臼窪幸恵,佐々木信一,高橋三郎
   

【はじめに】Capgras症候群は自分の身近な人物がそっくりの替え玉にすり替えられてしまったと信じ込む妄想である.老年期においてもさまざまの基礎疾患をもつ症例の報告があり,脳器質的あるいは心因的に病因論が検討されている.今回われわれは,薬剤惹起性にCapgras症候群を呈した老年期の2例を経験したので若干の考察を加え報告する.
【症例1】79歳,女性
 夫,長男家族と同居し,家事をしていた.76歳時に眼科手術(緑内障,白内障)を受け,術後に霧視を訴え点眼剤(β遮断剤;塩酸カルテオロール)を多用した.2か月後から,夫を指して「家に別の男が入り込んでいる」と騒ぎ,「本当の夫が行っていないか」と娘や友人宅に執拗に電話をかけて確認した.こうしたCapgras現象が2週間持続し当院受診,入院治療を行った.入院後,礼節は保たれていたが,HDS-R17点,頭部CTで両側前・側頭部の軽度萎縮,99mTc-ECD脳血流スペクトで同部位の血流低下,脳波で徐波の混入を認めた.入院後は他科処方の薬剤を整理し,適切な点眼剤の使用を指導した.入院4日後,人物誤認エピソードに関し,「夫が急におじいさんに見えた,本当の夫ではなく他の男が入れ替わったと考えた」「大変なことになってしまったと焦り,本当の夫を探し出そうとした」と陳述した.病棟では他患を気遣い,その後は問題なく経過した.退院時HDS-Rは22点であった.
【症例2】66歳,女性
 夫と二人暮らし,隣に長男家族が生活.64歳時,胃がんのため胃切除術を受け,その後抗がん剤テガフール・ウラシル配合剤(1日量:テガフール400mg・ウラシル896mg)が経口で使用されていた.術後8か月ころ(65歳時)から不眠傾向が出現,「神のお告げで存命が短い」と祈り続けたり,「夫の声がいつもと違う,夫が親戚と入れ替わった」と言い張り,もてなすための食材を大量に買い込んだ.以上のCapgras現象が約10日間持続し,またこの間,服薬が不規則になっていた可能性も高く内科からの紹介により当院受診,入院治療を行った.入院時HDS-Rは23点で,頭部CT・脳波に異常所見を認めなかった.入院後,抗がん剤を中止し3日で同現象は落ち着いた.
【考察】症例1で点眼剤の多用,症例2では抗がん剤が,意識変容状態とともにCapgras現象を惹起した一要因と推察された.いずれの症例も夫を対象とした高齢女性の術後1年未満のエピソードで,背景に老年期の心性や生活環境因などが存在したと考えられた.

2000/07/05


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