血管性痴呆に現れた抜毛症(trichotillomania)について報告する.
患者は66歳,女性.心臓連合弁膜症,心房細動の既往があり,右中大脳動脈領域大脳半球と小脳に心原性脳塞栓症を発症し,嚥下障害,左不全片麻痺,運動失調,痴呆を残し,経管栄養と車椅子の生活となった.その後通院加療を続けていたが,外来受診時に頭髪がまばらになっているのが観察された.眉毛,腋毛,恥毛には脱毛は認めなかった.家人に問診したところ約1か月前より麻痺のない右上肢で左頭部の毛髪を引き抜くという自傷行為が頻回に起こるようになり禿頭となったことが判明した.
抜毛症は自分の身体の毛を引き抜く障害で,毛を抜くという衝動に抵抗できずに生じるものである.抜毛症は小児でみられることが多く,どもり,つめかみ,指しゃぶり,歯ぎしりなどとともに児童精神医学における心因性反応のひとつとされている.本症状は成人でもみられることがあり,進行麻痺など器質性神経疾患に伴った報告もある.
本症例では脱毛部に炎症などの皮膚病変はなく,神経症状の変化や幻覚・妄想を伴わなかったため,抜毛症と診断した.本症状は約3か月間持続したが,抗精神病薬のリスペリドンの投与後に消失した.
抜毛症の原因のひとつとして皮膚のかゆみがあり,かゆみは痛みより耐えがたく人工的にneglect syndromeを起こしているのではないかという解釈もあるが,かゆみが消えたあとも抜毛症は続くことがある.本症例では主として左側の頭髪に脱毛がみられたが,とくにその部位のかゆみを訴えなかった.血管性痴呆には抑うつや幻覚など精神症状が随伴することがあるが,抜毛症の報告はほとんどなくまれな症例と考えられた. |