第15回日本老年精神医学会 演題抄録

 

【TA-5】
症状学
うつ病にみられた解離性健忘の神経基盤

三井記念病院神経科  中嶋義文,井上雅之

 症例は66歳の女性.40歳ころから大うつ病エピソードが数回あり,少量の抗うつ薬で寛解することを繰り返していた.経過中45歳時に高PRL血症から下垂体のmicroadenomaが発見され,切除術を受けている.X−2年(64歳時)には,うつ病性昏迷のため1か月間の入院治療を行った.退院後のMRI,ECD-SPECT(Patlak法を用いた定量法による)では異常所見は認められなかった.その後はTrazodone50-100mgにて経過を観察していたが,軽うつの状態が持続していた.X年12月,歯医者へ行くと出かけて行方がわからなくなり,翌日自宅へ帰宅するが,24時間の記憶がないという.その間の記憶については,作話によって埋められている.解離性健忘エピソードと考えられた.エピソードより5日後にSPECTをさらにその翌日にMRIを施行したところ,MRIにては新規病変は認めず,SPECTにてとくに側頭葉内側部に強い全般性血流低下を認めた.1か月後,X+1年1月のfollow-up SPECTにおいては,X−2年時と同様のプロファイルに復していた.
 EEGにては全般性徐波化を認めるのみで局在性異常はなく,血液生化学的異常は認められなかった.神経心理学的検査においては,WAIS-R(X+1年2か月)にて,VIQ=89,PIQ=74,FIQ=81と全般性の知的機能低下を認め,WMS-R(同月)にては言語性記憶指数52,視覚性記憶指数76,全般性記憶指数66,注意集中指数91,遅延再生指数63と記憶低下を認めている.本症例においては,うつ病に痴呆化のプロセスが関与していると疑っているが,解離性健忘のエピソードの前後において一過性の海馬を含む側頭葉内側部に強い血流低下と全般性血流低下を認めたことは,痴呆やその他の疾患で認められる解離性健忘エピソードの神経基盤としての海馬および側頭葉内側部の役割を強く示唆するものと考えられた.

2000/07/05


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