老年期うつ病(depression)にはMRIにおいて脳梗塞(infarction)の合併が多いという近年の研究結果を踏まえ,1997年にKrishnan, AlexopoulosらはVascular Depression(VD)概念を提唱した.VDはinfarctionの存在が臨床所見(局所神経徴候,脳卒中発作)もしくは,検査所見(CT, MRI)によって認められると定義される.
VDは,1)脳卒中(stroke)後にdepressionを発症するpost-stroke depressionと,2)depression患者においてMRIにてinfarctionの合併が発見されるMRI-defined VDに分類される.post-stroke depressionは,stroke後に神経学的徴候を呈し,臨床所見と検査所見(CT)の両面においてinfarctionの存在が確認される.一方,MRI-defined VDは潜在性脳梗塞silent cerebral infarction(SCI)を伴うdepressionを指す.このものは検査所見(MRI)にてinfarctionの存在が確認されるが,臨床所見ではinfarctionの存在が確認できない.
内因性depression(non-VD)は情動回路が一時的に機能低下をきたして発症するが,VDは情動回路の一部のneuronがinfarctionにより脱落して発症するという点において異なる.つまり,VDはnon-VDと異なり器質的因子が存在しているため,発症に際しての内因性因子,社会心理学的因子の関与が小さい.
VDはnon-VDと比べ,1)抗うつ薬への反応性が不良で遷延化しやすい,2)三環系抗うつ薬(150mg/day)でせん妄を生じやすい,3)スルピリド(150mg/day)でパーキンソニズムを生じやすいなどの特徴をもつ.またVDでは,1)depressionが再発しやすく,抗うつ薬治療を終了しにくい,2)3年間の臨床経過で,血管性パーキンソニズムや薬剤性以外のせん妄の出現が多いという特徴もあわせもつ.
VDでは抗うつ薬に対する反応性が不良で,中枢神経系副作用が出現しやすいため,慎重かつ注意深い抗うつ薬の選択,投与量の設定が必要となる.シンポジウム当日にはVDに対する治療指針について詳細に述べる予定としている. |