1892年にArnold Pickが局所性脳萎縮により失語と行動障害を呈した症例を記載し,Onari & Spatz(1926)がその疾患を「ピック病」と命名して以来,「ピック病」は行動人格障害を主徴とする前方型痴呆を示す臨床的名称であり,さらにPick球・Pick細胞の存在を意味する病理学的名称でもあった.しかし,臨床的ピック病は必ずしもPick球・細胞を有さず,また,病理学的ピック病は必ずしも行動人格障害を呈さないことから,「ピック病」についての見直しが必要となった.
行動人格障害を示す臨床的ピック病に対しては,“frontal lobe degeneration of non-Alzheimer type”,“dementia of frontal-lobe type”,“frontal lobe dementia”などの新しい名称が与えられた.これらはさらにfronto-temporal dementia(FTD:前頭側頭型痴呆)に統一された.一方,脳前方部の局所性萎縮は,FTDのほかに進行性の失語,構音障害,失行,意味記憶障害などを呈することがあり,その病理はFTDと同様にピック病ないしはその関連疾患であることが明らかにされた.
これら臨床・病理的概念を前方型痴呆として包括的に表現する目的で,Kerteszら(1994)は“Pick complex(PiC)”という名称を,Nearyら(1996)は“frontotemporal lobar degeneration(FTLD)”を提案した.PiCはピック病との概念的関連性を維持しつつもその用語に付帯する混乱を払拭し,さらに,脳前方局所性萎縮に基づく各種臨床型はいずれも病理学的ピック病やその関連疾患により生じるという共通性を強調した名称である.PiCは臨床病理学的に前頭側頭葉に束縛されない点でFTLDと異なり,臨床的にも病理的にもピック病に類似するcorticobasal degeneration(CBD)はPiCに含まれるがFTLDには含まれない.
本シンポジウムでは,臨床的にCBDと診断した自験例において,CBDを前方型痴呆の範疇でとらえるPiCの考え方について検討した結果も含めて,PiCの立場から前方型痴呆を考察したい. |