第15回日本老年精神医学会 演題抄録 |
【シンポジウムI;前頭側頭型痴呆をめぐって】 |
前頭側頭型痴呆(Nearyら) |
兵庫県立高齢者脳機能研究センター臨床研究科・神経内科 森 悦朗 |
性格や感情の変化,脱抑制や常同などの行動変化を主徴とし,記憶障害が軽く,アルツハイマー病病理学的変化を伴わない初老期痴呆の存在は古くから知られていた.病理学的には,前頭葉や側頭葉に限局する萎縮,ピック嗜銀球やピック細胞などの特徴的所見を有するものはピック病として受け入れられている.しかしピック嗜銀球が出現しない例の扱いなどに関して病理学者間で論争がある.1994年にLundおよびManchesterのグループがピック病を典型とした行動異常や性格変化などの前頭葉症候群を主徴とする変性性痴呆の一群に対して,前頭側頭型痴呆(fronto-temporal dementia)という名のもとで臨床および病理概念を発表した.前頭葉変性症型,ピック型,運動ニューロン型の3つの組織型をまとめ,臨床診断は行動神経学的所見を中心にして,形態画像や機能画像の所見を加味して行われる.姑息的現実主義に満ちているが,ピック病にまつわる病理学的な論争を先送りし,臨床的診断の指針を示したことで,臨床の場では肩の荷が降りたような感覚が得られた.従来,病理学者間の論争にも巻き込まれてしまうため,ピック病と臨床診断することははばかられ,とくに臨床研究を進めることができないでいたが,その出現以降,臨床研究は急速に進んでいる.第17染色体タウ遺伝子異常によるものの発見にも通じるところがある.しかし,3つの病理タイプが同じ疾患単位かどうかという点は別にしても,示された診断基準には問題点が残っている.診断基準とはいうものの,推計学的な配慮はなく,操作的基準のない単なる記述であり,臨床現場で生じる診断上の疑問には答えない.妥当性の検討も困難である.緩徐進行性失語や意味性痴呆をどう扱うかの問題も残されていたが,これは昨年発表された改訂版とも言える前頭側頭葉変性症の診断基準では含められることになった.またPick complex(Kertesz)の概念やPick diseaseの診断基準作成の試み(Rossor)も触発されたようにでてきている. |
2000/07/05 |